カテゴリー「社会」の160件の記事

2008年7月16日 (水)

コンピューターおばあちゃんの死

'World's oldest blogger' dies at 108 (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2008/WORLD/europe/07/14/oldest.blogger/index.html

(CNN) -- An Australian woman often described as the world's oldest blogger has died at the age of 108 after posting a final message about her ailing health but how she sang "a happy song, as I do every day."
Olive Riley died Saturday at a nursing home in New South Wales.
Riley posted more than 70 entries on her blog -- or "blob" as she jokingly called it -- since February 2007.
On the site, The Life of Riley, and in a series of videos post on YouTube, Riley mused on her day-to-day life. She also recounted living through two world wars and raising three children on her own while working as a cook and a bar maid.

(中略)

Riley was born in 1899 and would have turned 109 on October 20. She took up blogging at the suggestion of Mike Rubbo, who filmed a documentary on her life four years ago.
"First of all, I had to explain to her what a blog was and that took some doing," Rubbo said. "Then I got across the idea it was sort of a diary that she would share with the world.
"The reason for its popularity is that she was such a standout talent -- just so touching and funny and such a great story teller."

 おれはこの“世界最高齢ブロガー”のライリーおばあちゃん、この記事を読むまで知らなかったんだけど、いやあ、いいねえ。おれもこういうふうに死にたいもんだ。

 彼女がブログを書いていたのは、ほんの一年半足らず、わずか七十四エントリーを記しただけだ。それでも、彼女にとって、人生の最後に、世界中のいろんな人とこういう形で交流ができたことは、どんなにか新鮮な驚きだったことだろう。

 なにしろ、ライリーおばあちゃんは一八九九年に生まれているのだ。アインシュタインが特殊相対性理論を世に問うたのは、彼女が十六歳のときだということになる。そう考えるだけでも、彼女が経験してきたであろうことどもは、おれたちの想像を絶する。ライリーおばあちゃんは、おれたちには信じられないような、さまざまなものを見てきたにちがいない。Attack ships on fire off the shoulder of Orion. ...とかはさすがに見てないと思うが、それに相当するようなワンダーを経験してきていたのだろう。

 そんな彼女にとっても、百歳を超えた自分が個人用のコンピュータなどというものを使って世界中の人に向けて日記を書くと、見も知らぬ外国の人々が温かいコメントを寄せてくれるなどという出来事は、まるでむかし子供たちが読んでいた Amazing StoriesAstounding Science Fiction の中にいるかのようであったろう。ワンダーは未来の話にのみあるわけではもちろんない。こんなおばあちゃんの人生は、それそのものがワンダーの塊なのである。

 All those moments will be lost in time, like tears in rain. コンピューターおばあちゃん、バンザイ!



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2008年7月15日 (火)

右翼の方々、こういうのをほっといてはいかんよ

田中義剛さんの生キャラメル「200箱売れ」強要の男逮捕 (YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080714-OYT1T00418.htm

 タレントの田中義剛さんが経営する花畑牧場(北海道中札内村)に対し、右翼団体を名乗って生キャラメルを大量販売させようとしたとして、道警帯広署は14日、芽室町西2、不動産業山口栄治容疑者(29)を強要未遂の疑いで逮捕、釧路地検帯広支部に送検したと発表した。
 発表によると、山口容疑者は9日、花畑牧場に電話をかけ、人気商品「生キャラメル」(12粒入り、850円)約200箱の購入を申し込んだが、断られたため、右翼団体を名乗り、「100箱買うんだったら30人で行って買えばいいんだな」「バスに乗って、黒い服を着て行くぞ」などと脅した疑い。
 生キャラメルは昨年4月に発売したところ、大人気となり、今春から1人当たり5箱の限定販売をしている。山口容疑者は「内祝いのお返しに使うつもりだった」と供述しているという。

 なんだかなあ。脅しただけだから強要未遂ということになるのだろうが、実際に押しかけていったら、威力業務妨害だろうな。

 「右翼団体を名乗り」ってあるけど、キャラメルが欲しいからと三十人で押しかけてくる右翼なんているかねえ。ちゃんとした右翼が怒るぞ。「内祝いのお返しに」人気のキャラメルを使いたいんなら、その三十人の手下だか従業員だかに、行儀よく一人ずつ代わるがわるふつうに買いにゆかせればいいだけではないか。それくらいのことは、みんなスーパーの特売とかで家族を動員してやっているぞ。念の入った人は、着替えて行ったり、リバーシブルのジャンパーとかを用意していったりするくらいだ。庶民がふつうにやってる手間を惜しんではいけませんなあ。

 ちゃんとした右翼の方々は、こういうくだらない犯罪で右翼を名告るようなけしからんやつには、再発防止のためにヤキのひとつも入れてやるべきだな。右翼をバカにしている。こういうやつがいるから、左翼に比べて右翼は頭が悪いとか(実際にはそんなことは全然ない。左翼だろうが右翼だろうがアホはアホ、カシコはカシコである)、右翼のイメージが悪くなるのだ。



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2008年7月 5日 (土)

電車の女性乗務員を守る提案

電車内で乗務員を連続強姦 男起訴、朝のグリーン車狙う (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0703/TKY200807030489.html

 JR東日本の電車内で今年3月と4月、乗務員の女性が襲われる事件が2件相次ぎ、川崎市川崎区の飲食店従業員、今井卓哉被告(34)が、強姦(ごうかん)や強姦致傷の罪で逮捕・起訴されていたことがわかった。JR東日本は、一部の電車内に監視カメラを設置するなど、車内の防犯、安全対策の強化に乗り出している。
 電車内の強姦事件では、JR西日本管内の特急などで06年、乗客の女性3人が被害に遭うなどしたが、勤務中の乗務員の被害が明らかになったのは初めて。
 捜査当局やJR関係者などによると、今井被告は今年3月下旬と4月上旬ごろ、走行中の電車のグリーン車付近で、乗務員の女性をトイレに連れ込んで首を絞めるなどの暴行を加えたうえ、「静かにしろ。殺すぞ」「死にたくなかったら言うことを聞け」などと脅迫。1人を強姦し、1人は未遂だったが約2週間のけがを負わせたとされる。
 今井被告は、グリーン車には女性乗務員が勤務していることを知っていて、乗客の人目が少ない早朝を狙って相次いで乱暴したとみられる。

 ひえええ、こんなアダルトビデオみたいな事件が現実に起こっているとは……。まあ、車内がガラガラになる時間帯だったら、こういうやつも現れるかもなあ。

 それにしても、鉄道会社も鉄道会社だ。自社のどの路線のどんな列車がどんな時間帯にガラガラになるのかとかは、把握してないのかなあ。女性乗務員をひとりで回らせるのは危険かもしれないくらいのことは、気づきそうに思うんだけどな。ひょっとしたら、女性乗務員たちからも、「あの時間帯は怖い」くらいの訴えはあったのかもしれない。とくに昨年は、北陸本線の特急「サンダーバード」車内で、衆人環視(というか、衆人看過)の下に起こったああいう事件が各メディアに大きく取り上げられたくらいなのだから、もっと早く手を打つべきだったろう。

 監視カメラやなんかを設置する決定をし手配をするまでに時間がかかったのだろうが、どっちにしても監視カメラってのは、モニタを常時見ている人がいなければ、迅速に対応はできないだろう。あとで録画を観たら乗務員が強姦されていました、では話にならないのである。また、抑止力としての監視カメラは、「監視してるぞ~」とこれ見よがしに設置しなければ意味がない。ホンモノであろうが、ダミーであろうがだ。ほとんどのふつうの乗客にとって、ちょっと不愉快だろう。グリーン車となれば、なおさらだ。

 そこでおれは考えたのだが、女性乗務員にヘッドセットを着用させるというのはどうだろう? コールセンター要員が着けてるようなアレだ。実際に機能してもいいし、なんならダミーでもいい。よからぬことを考えている男に、「私はどこかと繋がってます」ということを視覚的にアピールするだけで、大きな抑止力になるだろうと思うのだがどうか? ヘッドセットなら、監視カメラほど不快な印象を与えないし、なにより、女性が装着している姿はあちこちで誰もが見慣れている。

 まあ、問題は、世の中には“ヘッドホン萌え”という趣味の人もあるから、“ヘッドセット萌え”だって、たぶんあるだろうということだけだな。ヘッドセットを装着しているがゆえに、ニッチな趣味(?)の男の劣情を刺激してしまうという可能性はゼロとは言えない。でも、ニッチなフェチで非常識な男であったとしても、「キャー」とひと声叫べばどこかの誰かに聞こえるようになっているかもしれないと“見える化”されていれば、そうそう迂闊に手は出せまい。ひょっとしたら、車内放送のマイクになっているという可能性だって、見るからにあるのだ。

 これ、いいアイディアだと思うんだけどなあ。ダミーでも充分効果あるんじゃないかな。どこかの鉄道会社さん、採用しませんか?

 まあ、最後の手段は、女性乗務員にスタンガンでも携行させるしかないか。それもまた、殺伐としてて厭だけどねえ。日本という国がそこまで落ちぶれてほしくない。



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2008年7月 2日 (水)

警戒せよ、大阪人!

大阪人、「金が戻ってくる」には弱い? 還付金詐欺急増 (Yahoo!ニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080701-00000901-san-soci

 「オレオレ詐欺」には強くても、税金などの払い戻しを装う「還付金詐欺」には弱い大阪人-。大阪府警が30日まとめた今年1~5月の府内の振り込め詐欺の被害状況で、こんな大阪人像が浮かびあがった。全国での還付金詐欺の被害額は一般にオレオレ詐欺の半分以下だが、大阪府の還付金詐欺は件数、被害額とも前年同期比10倍以上と急増しており、オレオレ詐欺を大きく引き離している。
 府警幹部は「オレオレ詐欺に強い大阪人も、金が戻ると思わせる還付金詐欺には注意してほしい」と呼びかけており、府警は同日、被害抑止に向けた「振り込め詐欺対策本部」を設置した。

 いわゆる“オレオレ詐欺”に最も引っかからないのは大阪人であると人口に膾炙しているのだが、“金が戻ってくる”という話には弱いというのは、じつに面白い。おれは妙に納得し、爆笑してしまったよ。

 だけど、大阪人ともあろうものが、こんな手口に引っかかるとは、もう少し常識というものをわきまえなきゃならんよなあ。そもそも、国やら自治体やらが、「取りすぎていました」などと自分から申し出てくるわけがないじゃないか。民間の優良な企業であれば、そういう良心というものを持ち合わせており、みずからの過ちを誠実に認めることが長期的には自分たちの繁栄にも繋がるということをちゃんと理解しているが、国や自治体を逆さに振っても、そんな良心が出てくるわけがない。取れるところ、取りやすいところからはどんどん取り、取れないところ、取りにくいところからも取れれば取りたいと思っている。そして、一度取ったものは絶対に返すものかと思っている。「公のものは公のもの、民のものは公のもの」くらいに思っているのが、日本の多くの公務員である。ジャイアンみたいなものだ。そういう卑しい身分を恥ずかしく思う人は、たいてい遅かれ早かれ公務員など辞めている。

 原則として、国や自治体が国民・住民(ユーザ)のためを思って、自分たちが損をするようなことを自主的に言ってくるわけがないという、あたりまえのことをわきまえておれば、還付金詐欺などに引っかかるはずがないのである。わかりましたか、大阪人? とにかく、“官”とか“公”とかの名のつくものは“ひったくりの一種”だと思っていれば、大阪人ももっと自然に警戒できるだろう。



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誰を“ほふる”の?

 前から思ってるんだが、証券保管振替制度(あるいは、機構)の愛称が「ほふり」ってのは、あまりといえばあんまりではないだろうか? まず、いちばんに「屠り」と漢字を当ててしまう。あんまり“大切な株券”を預けたくないような名称だよなあ。まあ、おれは株券なんて持ってないが。

 こういう愛称がすんなり通ってしまうということは、「屠る」といった言葉を日常の語彙に持っている人が減っているということなのかもしれんなあ。まあ、このブログを読みにきているような人々にとっては、「屠る」というのは非常に使用頻度の高い日常語だろうとは思うが、どうやら一般世間ではそうではないらしい。

 ひょっとしたら、わざと「ほふり」という名称にしているという可能性もないではないかな。株式投資などとは縁のない経済的弱者を「屠る」という意味を意図的に込めているのかもしれない。いや、あくまで、“かもしれない”だよ。



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2008年6月28日 (土)

なんととっぴな平城京

「せんとくん」敗れる 京都・山科駅前で288人に聞く (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0626/NGY200806260005.html

 「せんとくん」は有名だが、好感度は「まんとくん」に軍配――。平城遷都1300年祭のキャラクターについて、そんなアンケート結果が出た。ただ、「せんとくん」は高齢者の間では健闘した。「なーむくん」も含め、乱立ぎみのキャラだが、調査した京都橘大学の木下達文准教授は「せんとくんの知名度を生かし、ダブル、トリプルキャストでやってはどうか」としている。

 せんとくんまんとくんなーむくんに続いて、けんとくんというのはどうだろう? まんとくんにもなれる。



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産地はどこか、前へ回ってウナギに訊いてくれ

ウナギ偽装の魚秀社長「神港魚類と計画」 (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0628/OSK200806280057.html

 ウナギ輸入販売会社「魚秀(うおひで)」(大阪市)と水産物卸売会社「神港魚類」(神戸市)が中国産のウナギのかば焼きを「三河一色産」と偽装して販売していた問題で、魚秀の中谷彰宏社長が朝日新聞の取材に対し、「魚秀の福岡営業所長と神港魚類の担当課長が1月下旬ごろに偽装を計画した」と話した。中谷社長は営業所長から相談を受け、「ウナギの在庫を何とかしたい」と思って偽装を承認したという。
 中谷社長によると、神港魚類との商談窓口になっている福岡営業所長が、神港魚類の担当課長との雑談の中で「中国産ウナギの在庫がふくらみ困っている」と話したところ、互いの利益が一致し、偽装の計画が持ち上がった。その際、一色産なら有名だから売れるのではないかと、偽装ブランドの内容も決めたという。

(中略)

 問題発覚後の神港魚類の会見では、担当課長が中谷社長から呼び出され、1千万円入りの中国産のお茶の袋を渡されたと証言。当時、市場関係者から「ウナギの産地がおかしい」と指摘されており、担当課長は「産地偽装の口止め料」と認識していたという。これに対し、中谷社長は「偽装したウナギを売ってもらうためのリベート」と話しており、両者の認識は食い違っている。

 『担当課長は「産地偽装の口止め料」と認識していたという。これに対し、中谷社長は「偽装したウナギを売ってもらうためのリベート」と話しており、両者の認識は食い違っている』って、ええい、目くそ鼻くそじゃ。お互い、自分の都合のいいようになんとでも呼べ。

 しかし、すげえなあ。「越後屋、お主もワルよのお」「いえいえ、お代官様にはかないませぬ」みたいな定型のやりとりが聞こえてきそうだ。いや、少なくとも、悪代官と越後屋には相互に犯意の認識があるわけであって、まだしもすがすがしい(?)。今回のようにワル同士がなすり合いをしているのは、なんとも見苦しいなあ。

 もし、《必殺》シリーズをいまも作ってたら、絶対、偽装ネタで一本やっただろうねえ。「主水、偽装鰻を食う」とかなんとか。

 それにしても、「ウナギ偽装」とか言われると、「イヌの肉を混ぜてたりして……」などと反射的に考えてしまうおれもわれながらいかがなものかとは思うが……。それを“珍味ウナギイヌ”として売るのならなんの問題もないが(買う人がいるかどうかはともかく)、純ウナギだとか純イヌだとか偽って売っちゃいかんというだけの話だよなあ。

 「ウナギの在庫を何とかしたい」と思っていたんなら、丸明の冷凍庫に預けておけばよかったのに。とっても長いあいだ保管(保存ではない)してくれるぞ。



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2008年6月21日 (土)

国際環境保護窃盗団「グリーンピース」

グリーンピース:鯨肉持ち去りでメンバー2人逮捕 (毎日jp)
http://mainichi.jp/select/today/news/20080620k0000e040025000c.html

 国際環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(GP)=東京都新宿区西新宿8=のメンバーが4月、調査捕鯨船「日新丸」乗組員の鯨肉横領を裏付けようと、宅配途中の鯨肉入り段ボールを無断で持ち去った事件で、青森県警と警視庁は20日朝、GP海洋生態系問題担当部長、佐藤潤一容疑者(31)=東京都八王子市みなみ野3=ら2人を窃盗と建造物侵入の疑いで東京都内で逮捕した。

(中略)

 県警は20日午前、新宿区のGP事務所など5カ所の家宅捜索に入った。2人の身柄は同日中に青森署に移して本格的に事情を聴き、GPが組織的に関与していなかったかなどについても調べる。
 GPは5月15日、乗組員ら12人が鯨肉を着服したとして業務上横領容疑で東京地検に告発。佐藤容疑者は記者会見で、無断持ち出しを認めたうえで「横領行為の証拠を入手するためで問題ない」などと説明していた。
 県警は「持ち出し行為は悪質で、グリーンピースの主張は関係ない」としている。西濃運輸は「同様事件の再発防止を再徹底する。グリーンピースへの損害賠償請求については、弁護士に相談する」とのコメントを発表した。【矢澤秀範、野宮珠里】
 ◇「逮捕は当然だ」 国家公安委員長
 GPメンバー2人が逮捕されたことについて、泉信也国家公安委員長は20日の閣議後会見で「人の所有物を勝手にとるのはあってはならないことで許されない。(逮捕は)警察として当然の責務を果たしたものと理解している」と述べた。

グリーンピース:即時釈放求める声明 (毎日jp)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080620k0000e040079000c.html

 国際環境保護団体グリーンピースは20日、「グリーンピース・ジャパン」の幹部ら2人が窃盗容疑などで青森県警と警視庁の合同捜査本部に逮捕されたことを受けて、「無実の人間が逮捕されたことは驚きだ。即時に釈放されるべきだ」との英文の声明を東京発で発表した。
 声明は、「日本の捕鯨は国際的に批判されている。逮捕された活動家には、捕鯨で誰が得をしているか知る権利がある。(逮捕は)脅迫行為だ」と非難した。(共同)

 おれは最初にテレビでこのニュースを観たとき、目か耳がおかしくなったのかと思ったよ。言っていることがさっぱりわからない。「横領行為の証拠を入手するためで問題ない」って、あのなあ、いつどこで誰がおまえに司法警察権を付与したというのだ?? 環境より先に、自分の脳を心配しろ。

 まあ、どんな組織にもバカはいる。ごく少数のバカが勝手な解釈で突っ走って犯罪に走ることもあろう……と大目に見てやろうかと思っていたら、団体名義の声明で「無実の人間が逮捕されたことは驚きだ」などとほざいている。おまえらが犯人たちを「無実の人間」だと思っているのが驚きだよ。

 こら、あかんわ。こいつらの言っていることは、オウム真理教と本質的には変わらん。テロリストの論理だ。こういう連中は、法というものは自分たちを縛るばかりの枷だとしか考えられない程度の知能と想像力しか持ち合わせていない。その法が守っているものの中には、ほかならぬ自分たちも入っているのだとは夢にも思っていないのである。

 こんなやつらは、どんどんしょっぴけばよろしい。というか、しょっぴかんとまずい。国家公安委員長の言ってることは、まったくもって正しい。こいつらは、“環境保護”という呪文を唱えれば、なにをしてもかまわんと思っているわけだ。“なにをしても許される”と思っているわけではない点に注意されたい。なにをしてもかまわんのだから、“許される”なんて概念そのものがそもそもないのである。

 こういう団体を放っておくと、そのうち集団で秋葉原とか新宿とか霞が関とか東京駅とかでダガーナイフを振りまわし通行人を数十人、数百人と殺傷しては、シー・オー・ツーの排出を削減するためで問題ない」などと、いけしゃあしゃあとほざくにちがいない。おれは冗談で言っているのではないのだ。そういう思想を内包している団体だと、連中は自分たちで誇らしげに明言しているのである。

 まともに環境保護について考えているのだが、うっかりなにかの弾みでグリーンピースに所属してしまっている人は、すぐに脱退したほうがいい。いつなんどきどんな理屈で、“自己批判”を迫られ、粛清されるかポアされるか、わかったもんじゃないですぞ。なにしろ、あなたひとりがこの世から消えれば、あなたぶんの二酸化炭素の排出は確実に削減できるし、あなたぶんの食糧になる動物や植物の命を絶たなくてもすむのもまた、定性的にはまったく正しいことなのだから。



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2008年6月17日 (火)

お帰りなさいませ

 たとえば、秋葉原だけにたまたま観光で来たガイジンは、「お帰りなさいませ」という日本語をまちがって覚えている可能性はないだろうか? 日本ではどんな飲食店に入っても「お帰りなさいませ」と言われるものだと思っていたら、それは大まちがいだぞ。ふつーは「いらっしゃいませ」と言われる。

 じゃあ、日本の家庭では、家に帰ると奥さんなり旦那さんなりが「お帰りなさいませ」と言ってくれるかというと、そんなことはたぶんない。「お帰りー」くらいがせいぜいだろう。なに? あなたのウチでは、奥さんが帰ってくると、あなたが「お帰りなさいませ、奥様」と言って迎えるですと? いやまあ、それはあなたのウチの特殊な事情であって、ガイジンさんに「日本ではこう言う」などと教えるのには問題があるだろう。

 要するに、秋葉原で「お帰りなさいませ、ご主人様」などという日本語を覚えて帰ったとしても、そんな日本語を使う機会などまずないのだ。わかりましたか、ガイジンさん? まあ、こういうのは、われわれが外国語を覚える際にも気をつけたいことではある。



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2008年6月15日 (日)

喫茶店に入ったことのない人が喫茶店をはじめてはいけない

炎上寸前!? 新山千春のブログがアツい(イタい?)! (日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2008/06/post_638.html

芸能プロも頭を抱える!? タレントブログの“管理”問題 (日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2008/05/post_581.html

 うう~む、新山千春のブログに行ってみたが、これは、た、たしかにかなりイタいね。タレントとしての新山千春におれ個人は含むところはなにもないし、好きでも嫌いでもないといった感じだ。べつに褒めようとも叩こうとも思わない。メジャーでもマイナーでもないという微妙な立ち位置ではあろうから、マーケティング的にいろいろと演じなきゃならん面もあるのだろう。芸能人も商売だ。でも、このブログのノリは、はっきり言ってスベってるとしか思えないんだけれども……。

 なにより、アクセスした瞬間に思ったのは、まあ、おれの感覚が古いのかもしれんが、もし津川雅彦がこういうブログを見たらどういう感想を抱くものか、訊いてみたい気もする――ということだった。ぞっとするだろうか、「時代も変わったねえ」と苦笑するだろうか……。おれの婆さんが生きていたら、まちがいなく「あほや」と一蹴しただろうけどな。まあ、さいわいあのときの娘さんも、立派に女優になってらっしゃいますしね。おれも歳を食ったもんだ。

 ま、新山千春のことはともかく、たしかに昨今、芸能人が猫も杓子もブログを開設して、中には仰天するほど非常識なことを書いて世間に呆れられ叩かれたり、最悪、本業の活動停止を食らったりするような例も出てきている。芸能プロダクションとしても管理が難しいだろうとは思う。まあ、いまの日本なら、ほぼ三十歳くらいを精神的な成人だと考えるとすれば、芸能プロが扱っているタレントという商品の多くは、精神的には未成年なのである。早くから特殊な世界に放り込まれたコなら、けっこういい歳になっても精神的にバランスが悪いことも考えられる。

 そこいらへんの高校生、大学生が自分でブログを立ち上げ、少々問題のあることを書いても、それは本人の責任であるし、また、ほとんど大きな問題にはならない。なにしろ、たいていは、ほんの限られた身内しか読んでいないのだ。その点、芸能人の場合、下手に有名なもんだから、パンピーなら無視される程度のことでも、やたらあちこちで叩かれることになる。それが芸能人であるということの職業的宿命ではあるのだけれども、そういう自覚がない芸能人だって、若年化が進む中で少なからずいることだろう。

 となると、いちいち検閲するのはどうかと思うけれど、やはり芸能プロダクションとしては、媒体としてのブログの特性を教育してから開設させるべきではなかろうか。法的なことの基礎教育をやっているところもあると上記の記事は伝えているが、それでは足らないと思う。「このご時世、ウチのタレントにもブログくらいやらせないとなあ」などと、ブログを自分たちが馴染んできたマスメディアのひとつだと勘ちがいしていると、そんな芸能プロのタレントはいつかブログで問題を起こすだろう。ブログはマスメディアじゃない。まず、そこを芸能プロが認識することが重要だと思う。

 ブログを長く続けて支持されているタレントは、たいていみずからもさまざまな他者のブログの一読者であるところからはじめている。眞鍋かをりしかり、中川翔子しかりである。彼女らは、ブログの媒体としてのすごさも怖さも、ウェブ上のいろいろな事件を見てきて、頭の隅にあることだろう。つまり、ユーザとしての視点を持っており、ブログはけっして自分たちの主戦場であるマスメディアなどではないこと、マスメディアのノリが通じない別の媒体であることを、しっかりと“体感”しているはずだ。

 ろくろくウェブを利用してもいないタレントに、流行りものだからと、マスメディア的なプロモーションのつもりで無理にブログをはじめさせると、絶対失敗すると思うな。失敗するどころか、問題を起こす可能性も高い。それはあたかも、喫茶店の客になったことがない人に、いきなり喫茶店を経営させようとするようなものだからだ。なかなか注文を取りに来なくてイラついた経験がない。ゴキブリが這っていたりハエが飛んでいたりして、イラついた経験がない。音楽がやかましい、テーブルが汚い、コーヒーフレッシュの瓶の注ぎ口からフレッシュが垂れている、品のない客が大声で騒いでいるのを放置している、ウェイトレスが水を置いてゆくときに荒っぽくて水がこぼれた……などなど、自分が喫茶店を経営するなら、絶対こういうことには気をつけるようにしたいな、と思うような不快な経験をしたことがない。こういう人に、いきなり喫茶店を経営しろと言っても無理な話なのである。

 そこでおれは芸能プロに提案したい。所属タレントにブログをはじめさせるのなら、まず彼ら・彼女らに、“ユーザ”としての経験をさせるべきだ。同業のタレントや文化人のブログを、最低一か月はじっくりと読ませるべきである。ユーザとしての経験をさせれば、小難しい教育などしなくとも、おのずとやっていいことと悪いことに関して自覚的になるはずだ。媒体の“ノリ”がわかるはずだ。

 自分が客になったことのない媒体で、いきなり提供者側に回らせようとすることに、そもそもの問題があるように思える。テレビを観たことがなくて、テレビで活躍するタレントになっている人はほとんどいないだろう。テレビというのがどういう媒体であるか、彼ら・彼女らは、ユーザとしての経験を積むことで、いちいち教えなくても身体でわかっているはずだ。インターネットだって同じである。まず、ちゃんと使わせろ。提供者側に回るのは、それからだ。



 

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2008年6月14日 (土)

煙草が千円になったら

 さすがにおれはやめるつもりだ。いくらなんでも、毎日一枚ずつ千円札に火を点けて燃やしているところを想像すると、アホらしいことおびただしい。いやまあ、毎日三枚ずつ百円玉に火を点けて燃やすのも充分アホらしいことはアホらしいのであるが、それはあまりリアルでヴィヴィッドな“画”には繋がらない。やはり、燃える千円札のイメージは、あまりにも鮮烈だ。

 きっとアレだなあ、そろそろ値上げというころになると、コンビニに車で乗りつけて、最後の安い煙草を何十カートンも“大人買い”してゆくやつがいっぱい現れるだろうなあ。子供にゃ買えないんだけどな。



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2008年6月12日 (木)

アメリカでLPレコードが復興中

Retailers giving vinyl records another spin (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/US/06/10/vinyl.records.ap/index.html

PORTLAND, Oregon (AP) -- It was a fortuitous typo for the Fred Meyer retail chain.
This spring, an employee intending to order a special CD-DVD edition of R.E.M.'s latest release "Accelerate" inadvertently entered the "LP" code instead. Soon boxes of the big, vinyl discs showed up at several stores.
Some sent them back. But a handful put them on the shelves, and 20 LPs sold the first day.
The Portland-based company, owned by The Kroger Co., realized the error might not be so bad after all. Fred Meyer is now testing vinyl sales at 60 of its stores in Oregon, Washington and Alaska. The company says, based on the response so far, it plans to roll out vinyl in July in all its stores that sell music.
Other mainstream retailers are giving vinyl a spin too. Best Buy is testing sales at some stores. And online music giant Amazon.com, which has sold vinyl for most of the 13 years it has been in business online, created a special vinyl-only section last fall.
The best-seller so far at Fred Meyer is The Beatles album "Abbey Road." But musicians from the White Stripes and the Foo Fighters to Metallica and Pink Floyd are selling well, the company says.
"It's not just a nostalgia thing," said Melinda Merrill, spokeswoman for Fred Meyer. "The response from customers has just been that they like it, they feel like it has a better sound."
According to According to the Recording Industry Association of America, manufacturers' shipments of LPs jumped more than 36 percent from 2006 to 2007 to more than 1.3 million. Shipments of CDs dropped more than 17 percent during the same period to 511 million, as they lost some ground to digital formats.

The resurgence of vinyl centers on a long-standing debate over analog versus digital sound. Digital recordings capture samples of sound and place them very close together as a complete package that sounds nearly identical to continuous sound to many people.

Analog recordings on most LPs are continuous, which produces a truer sound -- though, paradoxically, some new LP releases are being recorded and mixed digitally but delivered analog., manufacturers' shipments of LPs jumped more than 36 percent from 2006 to 2007 to more than 1.3 million. Shipments of CDs dropped more than 17 percent during the same period to 511 million, as they lost some ground to digital formats.

The resurgence of vinyl centers on a long-standing debate over analog versus digital sound. Digital recordings capture samples of sound and place them very close together as a complete package that sounds nearly identical to continuous sound to many people.
Analog recordings on most LPs are continuous, which produces a truer sound -- though, paradoxically, some new LP releases are being recorded and mixed digitally but delivered analog.

 へぇ~。早い話が、アメリカではいわゆる“バイナル”、つまり、ポリ塩化ビニル製のアナログレコードのセールスがこのところ“伸びている”らしい。音源がデジタルなのに、わざわざアナログ媒体にしたりする例もあるそうな。

 小売チェーンのフレッド・マイヤーが、発注の際にうっかり「LP」のコードを打ち込んでしまったところ、各店舗にドカっと、あの“レコード”が届いた。返品してしまった店舗も多かったが、そのまま店に並べたところでは、面白い現象が起こった。売れたのだ。初日で二十枚も売れたという。フレッド・マイヤーだけでの事件ではない。the Recording Industry Association of America によれば、二〇〇六年から二〇〇七年にかけて、LPレコードの出荷量は、三六パーセントもの伸びを見せているそうだ。一方で、同じその期間に、CDの売れ行きは一七パーセントも落ちているという。

 てなわけで、なにやらアメリカでは、ちょっとしたLPレコード復興ブームが起こっているらしい。奇妙なもんだねえ。いや、むろん、絶対量としては、いまやウォルマートを抜いて世界でいちばん音楽を売っている小売店、iTunes Store を脅かすほどのことではないが、“バイナル”にこだわる音楽ファン(“音響ファン”と呼ぶべきかもしれないけれども)の需要には、けっこう根強い(根深い?)ものがあるようだ。

 これが一時期だけの現象なのか、今後、もっと大きなうねりになってくるのかには興味津々だけど、ちょっと日本では考えにくいブームだよねえ。日本の場合、往年の名盤や幻のアルバムの復刻などが、いわゆる“紙ジャケ”というカタチでちょっとした人気を博していることはいるけれども、まあ、あれだって中身はCDである(LPレコードそっくりの外観に模してあったりするのが食玩感覚で愉快だが)。

 アメリカという国の面白いところは、最先端の技術の産物を謳歌している層があるかと思えば、まるで時間が止まったかのような枯れた技術やインフラをごくふつうに使っている層が平然とあったりするあたりだ。振幅がやたら大きいのだ。スペースシャトルを飛ばしている国だからといって、みんながみんな光ファイバーのブロードバンドでバカスカインターネットを使っているわけではなく、いまだに「ピーーーー、ガガガガガ……」などと56Kモデムであたりまえのように通信していたりする人たちがいる。その点、日本のほうがずっと均質である。韓国ともなると、後発のメリットで、最初から一気に与えられたブロードバンドしか知らないような層がマジョリティーだ。

 このLPレコードブームも、アメリカならではという気がするなあ。ごくごく一部のオーディオマニアだけじゃなく、きっと“針を落として”聴くむかしのプレイヤーがまだまだ家にあるという世帯がかなりあるのだろう。まあ、日本にもそういう人(「やっぱり超音波や低周波を身体で感じないと、ホントの音楽じゃない!」と熱弁をふるうタイプのああいう人たち)はいることはいるけど、こんな社会現象(?)を作り出すほどの数ではないと思うね。

 この現象が日本に渡ってくるかどうかは、たいへん興味深いところだ。おれは渡ってこないと思うけどね。この時代に、データじゃなく記録媒体で販売する音楽の売り上げが“伸びる”なんてのは、まことにアメリカらしい面白い現象だと思うね。ある意味、ハイテク必ずしも善ならず、先端ならずという価値観を持った人が多いわけで、不均質であるがゆえに多様性を許容する市場があるというあたりこそ、アメリカの底力だと思う。多様であることは、非効率ではあっても善であるというベースの価値観がアメリカ人にはある。これはちょっと、おれたちも見習いたいところだよね。まあ、おれ個人はものぐさなので、いまLPレコードが欲しいなどとは、まず思わないけど……。やはり、iTunes Store の便利さにはかなわない。



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2008年6月10日 (火)

ビッグビジネスの予感

「おかかえ運転手」サービス 富裕層に人気 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/06/07021346.html

団塊世代など富裕層のあいだで、ゴルフ場や会員制リゾート施設、会社や病院への送迎に使う「おかかえ運転手」が話題になっている。ハイヤーよりも安く、自家用車の運転を代行する。利用者の多くは企業のオーナーやリタイヤした元役員などで、「運転手付き」というステイタスが気持ちいいようだ。
利用者の多くは60歳以上
このサービスをしているのは「おかかえ運転手株式会社」という会社で、サービスの名前は「おかコール」。「おかかえ運転手を呼べ(コールしろ!)」という意味だそうだ。登録運転手は150人を確保。女性の運転手もいて、英語の通訳や秘書業務もする。また、ボディーガード、囲碁や将棋の相手やパソコンでの株価チェックなども行う。ここまですると、運転代行というよりも人材派遣だ。

 へー、こんなのが話題なのか。なんか、そんなにめちゃめちゃ高価なサービスでもないようだし、会社の名前からして、ちょっと“なんちゃって感”が入っている。要するにこれは、一種のコスプレというか、ロールプレイ願望を狙ったビジネスで、顧客の“アレやってみたかったんだ”願望に応えるという面が大きいのだろう。

 いま団塊世代を相手にこういうビジネスが出現しているとするなら、もう十年もすれば客層が変わって、もっと大きなビジネスになるぞ。

 初期投資は必要だ。まず、絶対必要なのは、ピンク色のロールスロイスだ。マシンガンとかも搭載していたほうがよい。運転手の“源氏名”は「パーカー」でなくてはならない。もう、これだけで大枚はたいてでも呼びたがる年寄りが、いずれ大量に出現する。

 ある程度儲かってきたら、流星号マッハ号ポインタージャンカーZ、ジローのサイドマシンフレンダーカーヤッターワンナイト2000ガンセキオープンヒュードロクーペマジックスリークロイツェルスポーツプシーキャットタンクGTギャングセブンポッポSLハンサムV9トロッコスペシャルゼロゼロマシン(犬付き)などを次々と投入する。ちょっと投入の順番がおかしいけどな。派遣運転手の源氏名は、パーカーばかりじゃ飽きるので、なんかこう“榊”とか“伊集院”とか“伊達”とか、それっぽい(なにっぽいというのだ?)名前をいろいろ揃えたほうがいい。ちょっとS気のあるお客には“糞虫”とかもいいかもな。最低限の受け答えのほかには「ピルルルル……」としか言わないのだ(ほんとに狭い世代にしか通じないネタだなあ)。

 つまり、おかかえ運転手ビジネスと、昭和三十~四十年代の少年を狙ったアキバ系オタクビジネスとを融合させるのである。これは儲かるぞ!

 ところで、どうでもいいけど、Penelope Parker って作家がほんとうにいるんだよね、おれは読んだことないけど。これって、“香山リカ”的なペンネームなんだろうか、本名なんだろうか。



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2008年6月 1日 (日)

しっかりしてくれ、大学

大学入学式に父母出席 これは「過保護なのか」論争 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/05/31020864.html

学生の数を上回る父母が出席した東京大学の2008年入学式で、特別栄誉教授の安藤忠雄さんが「子離れしろ」と発言した。メディアでも取り上げられ、「これは過保護なのか」がネットで議論になっている。

 そりゃ、過保護だよ。過干渉というべきか。入学式ならほんの少しは気持ちもわからんでもないが、入試にまで親がついてくるとなると、失笑を禁じ得ない。幼稚園、小学校の“お受験”じゃあるまいし、親がついてきた時点で、そんな受験生は不合格にしてしまえ。

 話には聞いていたが、事態はおれの想像を上まわってるみたいだなあ。東大にかぎった現象でもないらしいのが情けない。もはや、大学の入学式に親が出てくるのがあたりまえという時代になりつつあるのだろう。

 私立大学だったら、学生もその親も“顧客”だから、のこのこ入学式についてゆきたいという親が増えてきたら、つっぱねるわけにもいかなくなってくるのが資本主義というものでありましょうが、国公立大学こそ、「親のための場所などない。どうしてもわが子の晴れ姿が見たいなら、慎ましく門の外で待っておれ」と毅然とした態度を示すべきだろう。安藤忠雄、よく言った。

 大学も大学、親も親なら、学生も学生だ。十八にもなれば(十九、二十歳だってざらにいるだろう)、親がついてゆきたいなどと言おうものなら、恥ずかしいからやめてくれ、大学にも迷惑だと思うもんなんじゃないだろうか? 「思うもんなんじゃないだろうか?」と言ったところで、事実、そうじゃないんだから詮ないことではありますが……。

 まあ、若者がどんどん減ってゆくわけだから、そのうち企業だって、新卒学生様、その親御様のご要望をもったいなくもありがたくも尊重させていただかざるを得なくなり、入社式にのこのこついてくる親のための席を用意するようになってくるかもしれんな。このままゆくと、その可能性は高いと見た。学生様や親御様の不興を買うと、優秀(だが過保護な)学生様が来てくれなくなるからだ。

 大学も学生も親もそれぞれに情けないと思うが、いちばん情けないのは、やっぱり大学である。学生と親は自分たちの閉じた世界でおままごとをしておれば、まったりと時間の止まった Win-Win の関係(?)が維持できて心地よいのかもしれんが、そのディストピアを“外の価値観”でガツンとやって破壊するのが、教育機関としての大学のあるべきスタンスだと思う。ぬるい親の侵攻も撃退できずに、“大学の自治”などちゃんちゃらおかしい。



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2008年5月29日 (木)

多様性、みんなで守れば怖くない

生物多様性基本法が成立 (asahi.com)
http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY200805280306.html

 多様な生物を守り、その恩恵を持続的に利用することを目的にした「生物多様性基本法」が28日、参院本会議で全会一致で可決され、成立した。6月にも施行される。
 国や自治体に対し、生物多様性を守る国家戦略や地域戦略の策定を求めている。国は法制や財政、税制上の措置のほか、公共事業など開発の計画段階で環境への影響評価が必要となる。生物多様性に影響が及ぶ恐れがある場合は保全策をとらねばならない。

 それはそれでけっこうなことだとは思うんだけれども、わが国の場合、先に人間の多様性を尊重する法律を作ったほうがいいような気もするんだがどうか。



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2008年5月28日 (水)

肥後守とケータイ

 最近、充分な議論もなされぬまま、とにかく「子供にケータイを持たせるな」という、大人も子供も最も頭を使わなくてよい安易な規制の方向に持ってゆこうとするやつが増えてきているようである。要するに、問題の種になりそうなものは禁止するのが面倒がなくてよいという思考停止だ。大人の怠慢と言ってもいいだろう。

 なんだかなにかに似てるんだよなあともやもやしていたんだが、今朝トイレでウンコしてたらだしぬけにわかった。むかし社会党の浅沼委員長が刺殺されたことによって盛り上がった「子供に刃物を持たせるな」という風潮に似ているのだ。といっても、浅沼委員長が刺されたのはおれの生まれる前だが、なんというか、あとから知った“記憶のような知識”としておれの頭の中にあるものだから、「そういえば似ている」と思い出して(?)しまうのである。

 あの事件のあとに盛り上がった刃物追放運動の影響で、おれたちよりちょっと上の世代には、肥後守(といっても若い人にはピンと来ないかもしれないが、工作なんかに使う鞘の付いた切り出し刀のことである)で鉛筆を削れない人が多いという。おれたちが子供のころくらいになると、すっかり浅沼委員長刺殺事件のほとぼりは冷めていて、おれは文房具屋でなにごともなく売られている肥後守を買ってきて、竹薮に落ちている切り残しの竹を拾ってきては、よく竹トンボを作ったりしていた。さすがにおれたちの子供のころには、鉛筆は鉛筆削り(手回しや電動)で削るのが一般的であったが、肥後守やカッターナイフで削るのがなんだかカッコいいような気がして、鉛筆削りと併用していた。

 そういうものだ。つまり、ケータイはナイフのようなものだということにすぎない。追放(?)しようとしたところで、無駄なことである。自分も人も傷つけないように正しく使えばたいへん便利なものであり、大人にはそれをきちんと子供に教える義務と責任がある。どのみち、いま、安易な考えと勢いだけで「子供にケータイを持たせるな」なんて言ってる連中の多くは、そのうち、中国やら韓国やら台湾やらの子供に比べて日本の子供は情報機器を使いこなす能力が低い――なーんて調査結果が出たりすると、掌を返すように「子供にケータイを持たせろ」と言い出すに決まっているのだ。

 繰り返すが、おれたちが小学生・中学生のころ(昭和四十年代後半)には、肥後守はふつうに文房具屋で売っていたし、持っていても、親も先生もなにも言わなかった。「手ぇ切るなよ。人に向けるなよ」くらいのもんである。それでも何度か自分の指を切り、血を流し、痛い思いをして、“正しく使わないと怖い道具がある”という大切なことを、大人に叱られたり説教されたりしながら、おれたちは学んでいったように思う。

 まあ、肥後守で鉛筆が削れない子供が大量生産されたからって、それで大人になってから困ったという人はいないだろう。だけど、ケータイはそうかな? 英語は早くから子供にやらせたがるくせに、ケータイはいかんというのは矛盾しとらんか? 自分ではいまの社会を生きていないくせに口だけは出したがる輩の考えることはまことに不可解だ。だいたい、コミュニケートするということの大切さと怖さに目隠しをさせながら、英語でコミュニケートできる日本人を作るもへちまもあるもんか。どうして、「ケータイでインターネットを使って、外国のお友だちと英語でやりとりしてみよう!」という方向に子供たちを導こうとせんかなあ? そういうふうに教育することのほうが、問答無用でケータイを取り上げるよりも、はるかに前向きで、これからの時代の要請に合っていると思うんだがどうか。



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2008年5月20日 (火)

力は六千六百倍?

 ……ってとこまではいかず(いったら危ないわい)、二十倍くらいらしい(そもそもタイトルのネタが古すぎる)。

Robotic suit amplifies human strength (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/TECH/05/15/robotic.soldier.ap/index.html

Much as the brain sends signals to tendons to get muscles to move, the computer sends instructions to hydraulic valves. The valves mimic tendons by driving the suit's mechanical limbs, replicating and amplifying the wearer's movements almost instantly.
"With all the previous attempts at this technology, there has been a slight lag time between the intent of the human, and the actual movement of the machine," Obusek said.
In the demonstration, the bulky suit slowed Jameson a bit, but he could move almost normally.
When a soccer ball was thrown at him, he bounced it back off his helmeted head. He repeatedly struck a punching bag and, slowly but surely, he climbed stairs in the suit's clunky aluminum boots, which made him look like a Frankenstein monster.
"It feels less agile than it is," Jameson said. "Because of the way the control laws work, it's ever so slightly slower than I am. And because we are so in tune with our bodies' responses, this tiny delay initially made me tense."
Now, he's used to it.
"I can regain my balance naturally after stumbling -- something I discovered completely by accident."
Learning was easy, he said.
"It takes no special training, beyond learning to relax and trust the robot," he said.

 どうもアメリカ人というのは、こういう技術の話になると、すぐ兵士が着るだの、身体障害者自身が着るだのと、貧困な発想を露呈するなあ。だいたい、アメリカ人というのは“攻めてゆく”とか“自分で守る”とか“自立する”とかいった、強迫的に“個”に囚われた発想をしすぎる。基本的におれ自身は indivisualist ではあるし、アメリカ的発想もわからんでもないんだが、こういう技術を話題にするのなら、“弱い人を助ける”とか“互いに助け合う”といった発想にはならんのか、アメリカ人よ。こういうの見ると、真っ先に災害救助用に役立ちそうだと思うわな、日本人は。

 この種の研究だと、日本で有名なのは、神奈川工科大学山本圭治郎教授らによる「介護用パワーアシストスーツ」だろう。日常生活で力を二十倍にもする必要なんかあるもんか。山本教授らの研究は、その発想に於いて、世界に誇るべきものがあると思うのだがどうか。介護師や介護する家族がパワードスーツを着るなんて発想は、アメリカ人にとっては、あっと驚く盲点にちがいない。

 まあ、アメリカでも、ボランティア団体が傷痍軍人にセグウェイを寄贈したりしているようで、テクノロジーのそのような使いかたにはたしかに見るべきものがある。だけどな、そもそも、国家の名の下に国民がこういう目に会ったりしないような政治をしろよ、ブッシュ。それから、ブッシュ、セグウェイは電源入れてから乗るようにな。

Donated Segways may help disabled vets get back on feet (USA TODAY)
http://www.usatoday.com/news/nation/2007-12-04-Segway_soldiers_N.htm

Wounded Arizona Veteran to Receive Segway to Improve Mobility (EVliving.com)
http://www.evliving.com/cities_news.php?action=fullnews&id=9854



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2008年5月13日 (火)

テロリストを「アホ」と呼んで、なにが悪いものか

松本人志が硫化水素自殺で「放言」 「アホが死んだら別に俺はええねん」 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/05/12019982.html

 はて、松本人志の発言のどこがどう問題なのか、おれにはさっぱりわからないよ。あえて松本発言に文句をつけるとするなら、硫化水素で自殺しようなどというやつを単に「アホ」と呼ぶのは生ぬるい。あれはアホどころではなく、先日も書いたように“テロリスト”なのである。自分が死ぬという目的のためであれば、無関係の人が巻き添えになってもかまわぬと考える程度の人間なのだ。「アホ」程度ですんだら上等である。

 おれは、どうしても死にたいという人に死ぬなとは言えない。おれの知っている人が自殺したいと言えば、そりゃあ絶対止めるが、おれが顔も知らない不特定多数の人に、生きているほうが絶対いいなどと自分の価値観を押しつけるわけにはいかない。ずいぶん前に、『せっかく生きてるのにわざわざ早めに死ぬなんて、生きたいのに死ななければならない人に失礼きわまりない。「失礼でもなんでも、私はどうしてもいま死ななければならないのだ」と判断したのなら無理に止めたりはしないから、せめてできるだけ人に迷惑をかけないように死んでほしいものだ』とおれは書いたが、いまでもまったく考えは変わっていない。だって、どうしても死にたいと思っている人のほうだって、どこの馬の骨とも知れぬおれなどに「とにかく死んじゃだめだ」などと型どおりの陳腐な説教などされたくないだろう。大きなお世話である。

 だから、おれはおれに関係ない人が死にたがろうが生きたがろうが無責任に口は出さん。人にはそれぞれ事情というものがあろう。はたして、この宇宙で生き続けることが賢明な選択なのかどうか、おれ自身、ときどき疑問に思うことがあるのは事実である。おれが生き続けているのは、単に「せっかく生きてるのにもったいない」という貧乏性のなせる業かもしれん。

 だけど、何度も言うが、どうしても死なねばならんというのなら、せめて、せめてできるだけ人に迷惑をかけないように死になさい。どうもおれは日本人の多数派の心性を身につけ損ねたのか、死者に鞭打つことをなんとも思わん。鞭打たれてもしようがないような死者であれば、いくらでも罵ることにしている。死んだらなにもかもすむと思うなよ!

 考えてもみろ、ただたまたま本人も死んだというだけの些細なことを理由に、不特定多数の、生きたい、生きようとしている人々にテロを仕掛けたやつに、なんで同情せねばならんのだ。本人が死んでいるだけに、余計腹が立つ。許し難いやつに対して反射的に出てくる「死ね!」という罵倒が通じないのだから、忌々しいことおびただしい。

 もっと科学技術が進めば、安部公房グレッグ・イーガンが書いたように、死んだ人間の脳を一時的に強引に機能させるようなことができるようになるかもしれん。そうなれば、硫化水素でテロを仕掛けて死んだやつの脳を無理やり機能させ、いちばん苦しいところで寸止め(?)にして、発狂するまで生かしておくという“死後刑罰”を作ればよいと本気で思っている。そのような刑罰が可能になれば、自分が死ぬついでに不特定多数の人間が死んでもかまわぬなどと考える憎むべきテロリストに対する大きな抑止力となるだろう。



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2008年5月 5日 (月)

硫化水素自殺対策に関する控えめな提案

 最近やたらむかついているのが、硫化水素による自殺である。そりゃまあ、自殺するのは、この際、個人の自由であるとしよう。するなとは言わん。おれは牧師じゃない。ここでは、専らその方法のみを問題とする。

 気体の硫化水素を発生させて自殺しようとする場合、当然、本人はそれがたいへんな毒ガスであることを知っているわけである。つまり、不特定多数の無辜の市民が、ことによると巻き込まれて、死んだり障害を抱えたりすることになると知ったうえでそのような毒ガスを発生させ、おのれの目的のみを果たそうとしているわけだ。手前の都合だけしか考えていない。同じ死ぬにしても、もう少し他人に迷惑のかからん方法がありそうなものだ。まあ、人が死ぬということは、どんな死にかたであろうが自動的に他人になにがしかの迷惑がかかるものなのであるが(かから