カテゴリー「訃報」の15件の記事

2008年7月16日 (水)

コンピューターおばあちゃんの死

'World's oldest blogger' dies at 108 (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2008/WORLD/europe/07/14/oldest.blogger/index.html

(CNN) -- An Australian woman often described as the world's oldest blogger has died at the age of 108 after posting a final message about her ailing health but how she sang "a happy song, as I do every day."
Olive Riley died Saturday at a nursing home in New South Wales.
Riley posted more than 70 entries on her blog -- or "blob" as she jokingly called it -- since February 2007.
On the site, The Life of Riley, and in a series of videos post on YouTube, Riley mused on her day-to-day life. She also recounted living through two world wars and raising three children on her own while working as a cook and a bar maid.

(中略)

Riley was born in 1899 and would have turned 109 on October 20. She took up blogging at the suggestion of Mike Rubbo, who filmed a documentary on her life four years ago.
"First of all, I had to explain to her what a blog was and that took some doing," Rubbo said. "Then I got across the idea it was sort of a diary that she would share with the world.
"The reason for its popularity is that she was such a standout talent -- just so touching and funny and such a great story teller."

 おれはこの“世界最高齢ブロガー”のライリーおばあちゃん、この記事を読むまで知らなかったんだけど、いやあ、いいねえ。おれもこういうふうに死にたいもんだ。

 彼女がブログを書いていたのは、ほんの一年半足らず、わずか七十四エントリーを記しただけだ。それでも、彼女にとって、人生の最後に、世界中のいろんな人とこういう形で交流ができたことは、どんなにか新鮮な驚きだったことだろう。

 なにしろ、ライリーおばあちゃんは一八九九年に生まれているのだ。アインシュタインが特殊相対性理論を世に問うたのは、彼女が十六歳のときだということになる。そう考えるだけでも、彼女が経験してきたであろうことどもは、おれたちの想像を絶する。ライリーおばあちゃんは、おれたちには信じられないような、さまざまなものを見てきたにちがいない。Attack ships on fire off the shoulder of Orion. ...とかはさすがに見てないと思うが、それに相当するようなワンダーを経験してきていたのだろう。

 そんな彼女にとっても、百歳を超えた自分が個人用のコンピュータなどというものを使って世界中の人に向けて日記を書くと、見も知らぬ外国の人々が温かいコメントを寄せてくれるなどという出来事は、まるでむかし子供たちが読んでいた Amazing StoriesAstounding Science Fiction の中にいるかのようであったろう。ワンダーは未来の話にのみあるわけではもちろんない。こんなおばあちゃんの人生は、それそのものがワンダーの塊なのである。

 All those moments will be lost in time, like tears in rain. コンピューターおばあちゃん、バンザイ!



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2008年6月 7日 (土)

野田昌宏逝去

SF作家の野田昌宏さん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0607/TKY200806060323.html

 野田 昌宏さん(のだ・まさひろ=SF作家、本名野田宏一郎〈こういちろう〉)が6日、肺炎で死去、74歳。通夜は8日午後6時、葬儀は9日午後0時30分から東京都文京区関口3の16の15の東京カテドラル聖マリア大聖堂で。喪主は弟玲二郎さん。
 「銀河乞食(こじき)軍団」シリーズなどのSF小説、ノンフィクションのほか、翻訳も手がけた。フジテレビに勤務し「ちびっこのど自慢」などの番組に携わり、番組制作会社・日本テレワークを設立し社長もつとめた。

 アーサー・C・クラーク今日泊亜蘭に続き、またもSF界の重鎮が亡くなられた。びっくりだ。昨日、日記にお名前を出したばかりなのに。今年はなんとも寂しい年だなあ。まあ、それだけおれたちも歳を食ったということなのだろうが……。

 過去の日記を紐解いてみると、あのSFセミナーから、もう十年になるのか。自分の日記を引用して追悼に代えることにしよう――

野田昌宏、SFを語る「宇宙を空想してきた人々」(出演/野田昌宏、聞き手/牧眞司)
 コンヴェンションにあまり出かけないおれは、野田大元帥のご尊顔を生で拝したのは初めてである。NHK人間大学にいよいよSFが登場することになり、講師を務められる大元帥が抱負と裏話を語った。レイ・ブラッドベリの名作短篇「万華鏡」を読んだことがない人が会場に多少いると知り驚いた大元帥、「死ね」とひとこと、厳かにおっしゃった。後世に語り継がれるべき名言であろう。まあ、若い人もいるんだから、お許しください。

 さすがに「万華鏡」は原書でも翻訳でも読んでるが、野田氏のような大コレクターに比べれば、おれなんぞは読書が趣味などとほざくのも二百五十六年早い雑魚にすぎない。SFの膨大な資産を針で引っかいたほどしか読んでいないよ。大元帥には、もう一度、ニコニコしながら「死ね」と叱ってほしかったな。



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2008年3月20日 (木)

アーサー・C・クラーク死去

Sir Arthur C. Clarke (1917-2008) (SFWA)
http://www.sfwa.org/news/2008/aclarke.htm

Obituary: Sir Arthur C Clarke (BBC NEWS)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/2358011.stm

SF作家のアーサー・C・クラーク氏が死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0319/TKY200803190065.html

Author Arthur C. Clarke dies (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2008/SHOWBIZ/books/03/18/obit.clarke/index.html

Arthur C. Clarke, 90, Science Fiction Writer, Dies (The New York Times)
http://www.nytimes.com/2008/03/19/books/19clarke.html

Space Odyssey author dies (Al Jazeera English)
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/A2827CF5-BB28-4FF1-BE69-75A67ACFD1AA.htm

Clarke sur orbite (Le Monde.fr)
http://passouline.blog.lemonde.fr/2008/03/19/clarke-sur-orbite/

Weltraum-Visionär Clarke gestorben (ZEIT online)
http://www.zeit.de/online/2008/13/clarke-2001

 いつかはこの日が来るだろうとSFファンはみな頭ではわかっていたはずだ。「次はクラーク」などと失礼にも冗談のネタにしたりすることはしばしばあったが、なぜか心情的には“この人は死なない”と確信していたからこそ、そのような冗談も気安く口にされたのだろうと思う。とはいえ、アーサー・C・クラークの肉体はその機能を停止した。それは事実なのである。世界の“ミスターSF”“SF作家の代名詞”は、ついにおれたちを後にした。これからは、クラークのいない世界で暮らさねばならないのだ。残酷な現実ではあるが、クラークなら、それを受け止めて進め、とおれたちに言うにちがいない。

 クラークにはさまざまな思い入れがあるが、故人となった偉大なヴィジョナリーを偲んで、あえて個人的な感慨を述べることを許していただきたい。おれがクラーク作品の最高傑作として挙げるなら、やはり『楽園の泉』『宇宙のランデヴー』である。だが、どの作品が“好きか”と言われると、おれはあえて『遥かなる地球の歌』を挙げる。なんかね、好きなんだよ、この作品。

 おれが The Songs of Distant Earth をペーパーバックで読んだのは、大学生のころだ。ちょうど、2010: Odyssey Twoを読んでから、映画化されたのを観にいって、「いやあ、ブンガク的なSFもいいけど、やっぱクラークは最高だなあ」と思っていたころに、The Songs of Distant Earth を読んだわけで、そりゃもう、クラクラ来ましたよ。どうしてこんなにカクカクした“科学的事象”を描写するだけで、読む者に poetic な感動を与えるのか、クラークはおれが思っている以上に名文家であり、おれが思っている以上に偉大な文学者なのではないかと、その文章の秘密を分析していたころだ。もうね、The Songs of Distant Earth にはノックアウトされちゃいましたね。科学と詩情というものは両立し得るのだという感動だ。よもや、後にその邦訳文庫版の解説を自分が書く運命が待っているとは、想像だにしていなかった学生時代のいい思い出である。

 クラークの作品は、最先端の科学理論や工学技術を面白おかしく組み合わせては、鬼面人を驚かすものでは断じてない。むしろ彼は、ともすると陳腐とすら映りかねないアイディアも、それが合理的であれば、意に介さず重ねて使うタイプの作家である。科学的アイディアのけれん味でクラークを凌ぐSF作家の名を挙げるのは容易だろう。
 それでもなお、アーサー・C・クラークの“SF作家の代名詞”たる評価が毫も揺らぐことがないのは、本来科学の持っていた素朴な驚異や感動をみずからの血肉と化している点において、彼の右に出る者はそうはいないからだ。彼にとって科学とは、電波望遠鏡や電子顕微鏡といった取捨選択可能なツールなのではなく、驚異に見開いたり感動に涙したりできる、生身の目そのものなのである。だからこそ、それ自体は無味乾燥な科学的ディテールを彼が淡々と語るとき、あたかも高僧の口から出た念仏が仏像と化すがごとく、それらはそのまま詩となり歌となってわれわれの心を打つ。このあたりが文科系の読者にも広く愛される理由なのであろう。われわれは、絶対音感を持ったメロディ音痴が譜面どおりに弾いてみせる科学論文が読みたいのではない。宇宙が暗く冷たいことを知っている科学の詩人が奏でる、“遥かなる地球の歌”に聴き惚れたいのである。
――『遥かなる地球の歌』(ハヤカワ文庫SF)解説:冬樹蛉

 クラークの偉大なところは、おれのような文科系の読者に感動を与えただけではない。理学・工学系の読者には、実際に「いつかこういうものを実現してみたい」というヴィジョンを与えたのである。そりゃもうね、実際に“作る側”に回った人々が、いかにクラークの影響を受けているかということを、おれはSFギョーカイの片隅を汚すようになって、つくづく思い知った。SF作家にしてからが、野尻抱介林譲治小林泰三小川一水といった人々は、クラークがいなかったら、いまここにいないのではないかと思う。

 きっと、これからの千年、二千年のあいだに、人類は、もっと遠くへゆくだろう。ずっと、遠くへゆくだろう。そして、見知らぬ惑星の上に立った人々が、こんな会話を繰り返すにちがいない――

 「こんなところに自分が立っているだなんて……なんだか信じられない気持ちだ」
 「その気持ちを誰にいちばん伝えたいですか?」
 「……アーサー・C・クラーク。あなたがいたからこそ、いまボクが、ここにいるんだ」



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2008年3月10日 (月)

広川太一郎が逝っちゃったりなんかりして~

声優の広川太一郎さん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0308/TKY200803080216.html

 しゃれを交えた軽快なしゃべりから、渋い二枚目役までこなす声優として、映画やテレビで広く活動した広川太一郎さん(ひろかわ・たいちろう、本名・しん次郎(しんは言べんに甚))さんが3日、がんのため東京都内の病院で死去したことが8日わかった。69歳だった。葬儀は近親者で終えた。
 映画の吹き替えは「007」シリーズのロジャー・ムーアのほかにトニー・カーチスなど、またアニメでは「宇宙戦艦ヤマト」の古代守や「ムーミン」のスノーク役で知られた。他に英国発のコメディー「モンティ・パイソン」のシリーズなどでも吹き替えをした。
 数々のCMやナレーションでも声を聞かせ、「しちゃったりなんかして~」といったアドリブ調や、だじゃれ交じりの語りで人気を博した。

 また昭和がひとつ逝った。寂しいなあ。おれの母親くらいの歳だったのね。信じられん。

 おれは二枚目の広川太一郎よりも、やっぱり思いっきり軽薄調の広川太一郎が好きだなあ。朝日新聞よ、「しちゃったりなんかして~」じゃないだろ、「しちゃったりなんかして~」が正調広川節だ。

 なんかねえ、誰でもそのうち死ぬわけだが、それでも、死ぬなんてことは広川太一郎らしくないんだよなあ。死んでもあのノリであの世の連中を煙に巻いてほしいもんだ。「なに? 天国? ここ天国? 天国よいとこ一度はおいで酒はうまいしねーちゃんはきれいだっつったりなんかりして~」

 広川太一郎さん、ご苦労さま。楽しいひとときをありがとう。おれも早晩そっちに行くだろうから、そのときはまたあの軽~いノリのナレーションを聴かせたりしちゃったりなんかりしてくださいよ。そっちに行けなかったときのために、地獄にも流してね。



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2007年6月30日 (土)

中江真司死去

声優の中江真司さん死去 「トリビアの泉」ナレーション (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0629/TKY200706290412.html

 中江 真司さん(なかえ・しんじ=声優、本名佐藤良孝=さとう・よしたか)が28日、肝細胞がんで死去、72歳。通夜は7月1日午後6時、葬儀は2日午前11時から東京都国分寺市西恋ケ窪1の39の5の東福寺むさしの斎場で。喪主は妻夕希子(ゆきこ)さん。
 「仮面ライダー」シリーズをはじめ、「特捜最前線」「トリビアの泉」など多くのテレビ番組でナレーションを担当した。

 ついこのあいだまで、あの声を聴いていたもんだから、とても急なことに思えてしまう。生涯現役だったんだなあ。

 やっぱり、おれたちの世代にとっては、いつまでも『仮面ライダー』のナレーションの人ですわなあ――「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは、世界征服を企む悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと闘うのだ」

 すごいことに、「世界征服(制覇)を企む悪の秘密結社」というのは、日本語の“常套句”になってしまっている。まあ、似たような言いまわしはむかしからあったのだろうが、この言いまわしがこれほどまでに人口に膾炙し、常套句として安定し得たのは、ひとえに中江真司の功績と言ってよいだろう。そこのお父さん、子供のころ、よく真似したでしょう? いまでもおれは、ふと夜中に独りでやってしまうことがあるが……。あのナレーションの昂揚感がなかったら、きっと『仮面ライダー』は人気が出ず、V3までに終わっちゃったんじゃないかとすら思っている。

 あれは何年前だったか、仮面ライダー好きで有名なDA PUMPISSA『タモリのジャングルテレビ』に出演したときが、ISSAのために仮面ライダーの関係者を一堂に会した企画だった。ISSAは顔出しで出演した中江真司に、「仮面ライダー辺土名一茶は改造人間である。彼を改造したショッカーは……」と目の前でやってもらって狂喜していたものだ。アレ、自分の名前でやってほしかった人は、日本中にたくさんいるだろう。ISSAはラッキーな男だ。もう、どんなにラッキーな人でも、二度とアレをやってもらえることはないのだ。

 立花のおやっさんも逝った。死神博士も逝った。寂しいなあ。昭和がどんどん遠くなる。ああ、中江真司のナレーションなくしては、カルビーはどのタイミングでCMを出せばいいのか困るではないか。

 中江真司さん、ありがとう。お疲れさまでした。今日はひさしぶりにあなたのアレを聴いて、世界征服されることにします。

Kamen Rider 1 2 & V3



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2007年5月29日 (火)

泉水と還元水

ZARD坂井泉水さん、闘病中の病院で転落死 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/music/TKY200705280107.html

 「ZARD」のボーカルで作詞家の坂井泉水(いずみ)さん(40)=本名・蒲池(かまち)幸子(さちこ)=が27日午後、脳挫傷のため、東京都新宿区の慶応大学病院で亡くなったことが28日わかった。
 坂井さんは昨年6月、子宮頸(けい)がんを患い、入退院を繰り返していた。所属事務所などによると、26日早朝、日課の散歩後に病室に戻る途中、病院の非常用スロープの踊り場から転落したという。

 闘病していたことすら知らなかったのでびっくりしたよ。自分より若い人がこういうふうに逝っちゃうと、複雑な心境だねえ。おれは特段ZARDのファンというわけではないのだが、坂井泉水の声と聡明そうな顔立ちは好きだったね。

 今夜は持ってるかぎりのZARDの曲(あんまり持ってないんだよな)をループで流すことにしよう。坂井泉水さん、おつかれさまでした。すてきな声をありがとう。同時代を生きた多くの日本人は、あなたのことを忘れないだろう。


松岡農水相が自殺 議員宿舎で首つる (asahi.com)
http://www.asahi.com/special/070528/TKY200705280175.html

 28日正午ごろ、東京都港区赤坂2丁目の衆議院赤坂議員宿舎1102号室で、松岡利勝・農林水産相(62)が首をつっているのを秘書らが発見、119番通報した。警視庁によると、松岡氏は自殺を図ったとみられる。松岡氏は新宿区の慶応義塾大学病院で治療を受けていたが、午後2時、死亡が確認された。

 あ、そう。逃げやがったな。どうも日本人というのは、死なれてしまうと当然すべき追及すらぱったりやめてしまう傾向が強いが、おれはこういう卑怯者は、死のうがなにしようが、いくらでも鞭打つことにしている。無責任にもほどがある。石原都知事「死をもって何というのかな つぐなったという意味では やっぱり彼も侍だったなという気がします」などとコメントしていたが、なにがサムライなものか。卑怯者だ。松岡氏に貴重な一票を投じた有権者こそ、いい面の皮ではないか。舛添要一参院政審会長が言ってるように、うしろめたいところがなければ死ぬ必要などまったくないのである。そりゃ、やっぱり黒だったんでしょうよ。野党におかれては、この程度のことでひるまず、がんがん突っ込んで暴くべきことを暴いていっていただきたい。“死ねばチャラになる”といったこの国の陋習はなんとかならんか。マスコミも手を弛めるな。

 そのうち、こんな大臣がいたことすら多くの日本人は忘れてしまうだろうから、今日の日記はおれ自身の備忘録として書いておこう。いまごろ、どこかで誰かが胸を撫で下ろして呵々大笑しておるのだろうな。そう思うと、胸が悪くなる。十年後、二十年後にもZARDの歌は唄われているだろうが、この人はそのころには、「えっと、ほら、“ナントカ還元水の大臣”」になっちゃってるだろう。



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2007年4月13日 (金)

カート・ヴォネガット死去

Kurt Vonnegut, Jr. (1922 - 2007) (Fantasy and Science Fiction News - SFWA News Site)
http://www.sfwa.org/news/2007/kvonnegut.htm

Writer and artist, Kurt Vonnegut, Jr. died Wednesday, March 11, 2007, following brain injury received in a fall at his Manhattan home a few weeks earlier.

Author Kurt Vonnegut dies at 84 (CNN.com)
http://www.cnn.com/2007/SHOWBIZ/books/04/12/obit.vonnegut/index.html

NEW YORK (CNN) -- Kurt Vonnegut, whose absurdist visions and cynical outlook infused such books as "Slaughterhouse-Five" and "Cat's Cradle," has died. He was 84.
Vonnegut died at New York's Mount Sinai Hospital at 9:45 p.m. ET Wednesday, said his wife, photographer Jill Krementz.
Vonnegut had been hospitalized for several weeks after suffering brain injuries following a fall at his East Side Manhattan home.

 とうとう、このジョークを言わなければならない日がやってきてしまった。では、故人の希望どおりに言わせてもらうことにする――「カートはいま天国におります」

 ありがとう、ヴォネガット。あなたは、おれがこのとんでもない世界で生きていられる理由をくれた偉大な作家のひとりだ。おつかれさまでした、“戦友”よ。

 Do be do be do.

 So it goes.



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2006年12月21日 (木)

『トムとジェリー』と『意地悪ばあさん』と『ムーミン』と

米アニメ映画作家のジョゼフ・バーベラさん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/1219/001.html

青島幸男さん死去 元東京都知事・意地悪ばあさん (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/news_entertainment/TKY200612200258.html

岸田今日子さんが死去 劇団円創設、映画「砂の女」主演 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/1220/001.html

 ハンナ・バーベラの片割れと意地悪ばあさんムーミンが立て続けに逝った。いや、お三方とも、個人的にとくに強い思い入れがあったというわけではないのだ。小学生くらいのころ、まるで空気のようにそこにいた人たちなのである。それだけに、予想外に大きな喪失感があり、そんなふうに感じている自分にちょっと驚いている。なるほど、考えてみればあたりまえのことではあるのだけれど、四十代も半ばになるというのは、実感としてはこういうことなのだな。



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2006年12月 1日 (金)

実相寺昭雄、死す

「ウルトラマン」「帝都物語」の実相寺昭雄さん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/1130/003.html

 テレビの「ウルトラマン」シリーズの演出や映画「帝都物語」などで知られた映画監督の実相寺昭雄(じっそうじ・あきお)さんが29日深夜、死去した。69歳だった。通夜・葬儀の日取りは未定。
 東京生まれ。59年、ラジオ東京(現TBS)に入社し、66年の「ウルトラマン」をはじめ、「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」など特撮番組に数多く参加。奇抜な構図や照明を駆使する独自のスタイルで、不可解で不条理なムードあふれる映像を作り上げた。

 もしも“あの世”というものがあったなら、手ぐすねひいて待っていた岸田森佐々木守が、実相寺監督を捕まえているころだろう。もちろん、あちらのスタッフを集めて、「京都買います」をリメイクするためだ。

 ちょうど去年のいまごろ、『ウルトラマンマックス』の「狙われない街」に感嘆したばかりだったのに。怪獣とともに育ったおれたちの世代の人々にとっては、特別な存在だったろう。陳腐な台詞だが、「夢をありがとう」と言っておきたい。お疲れさまでした、実相寺監督。



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2006年10月30日 (月)

武藤礼子死去

エリザベス・テーラーの吹き替え 武藤礼子さん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/1030/002.html

 武藤 礼子さん(むとう・れいこ=俳優)29日、心不全で死去、71歳。通夜は31日午後6時、告別式は11月1日午前11時から東京都世田谷区砧7の12の22の耕雲寺で。喪主は夫明さん。連絡先は青二プロダクション(03・3479・1791)。
 米俳優エリザベス・テーラーの日本語吹き替えやアニメ「ふしぎなメルモ」のメルモなど、主に声優として活躍した。

 ああ、おれの中の昭和がだんだんなくなってゆく……。“武藤礼子”という名は、おれたちの子供のころだと週に二、三回は目にしたころがあったような気さえするんだが(実際はどうか知らんよ)、もうそんなお歳だったとは。そりゃそうだよな、おれがもうすぐ四十四になるんだからなあ。

 やっぱり、メルモちゃんの印象が強いかな。大人のメルモちゃんの声にドキドキしたもんだ。『ど根性ガエル』ヨシ子先生も忘れないでほしいぞ。

 ♪メルモちゃん メルモちゃん メルモちゃんが持ってる
  赤いキャンディー 青いキャンディー 知ってるかい
  ラララー ラララー ラララー ラララー ララ……

 武藤礼子さん、お疲れさまでした。



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2006年9月28日 (木)

ダブルミーニング

'You Only Live Twice' actor dead (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2006/SHOWBIZ/Movies/09/27/film.japan.reut/index.html

TOKYO, Japan (Hollywood Reporter) -- Japanese actor Tetsuro Tamba, best known internationally for playing dapper spymaster Tiger Tanaka in the 1967 James Bond picture "You Only Live Twice," has died in Tokyo. He was 84.

 あ、うまいねー、この記事の見出し。これはちょっと日本語ではできない藝だなあ。単に事実を述べているだけなのに、故人にピッタリの紹介になってしまっているあたりがニクい。書いた本人も、そのつもりは全然なかったりして。

 丹波哲郎氏に於かれては、もしもほんとうに“あっちの世界”があったんなら、いまこそぜひ、こっちの世界にコンタクトを取っていただきたいものである。そうだな、まず、なんといっても、いちばんに嘉門達夫のところへ出てほしい。



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2006年8月24日 (木)

関敬六、逝く

「寅さんの親友」、関敬六さん死去 浅草舞台史彩る (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0823/002.html

 栃木県生まれ。大学卒業後、喜劇役者・榎本健一率いるエノケン劇団を経て、東京・浅草六区のストリップ劇場「フランス座」に所属。同期の渥美清、谷幹一とともにお笑いトリオを結成し、テレビ界の人気者に。解散後は浅草に「関敬六劇団」を結成し、浅草の舞台史を彩った。不器用ながら人間味あふれる演技で観客を沸かせ、浅草を代表する芸人になった。山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズでは、「寅さん」の親友のテキ屋役を演じた。ヒット曲に「浅草の唄(うた)」「商売繁盛」がある。

 ああ、もう再結成はないのか……。寂しい。

 なんの再結成って? スーパースリーだよ、スーパースリー! ♪コイルはでぶっちょ、ボヨヨのヨン、のスーパースリーに決まっておろうが。関敬六といえば、おれにとっては第一義的に『スーパースリー』のコイルなのだ。そりゃあもう、天本英世死神博士なのと同じくらい関敬六はコイルなのだ。しかし、こうして改めて絵を見ると、スーパースリーって、ゲッターロボに似てるな

 いつか三人で座談会とかやってほしかったのになあ……。

 寂しいので、今夜は『スーパースリー』のテーマソングを聴こう(って、ふだんもけっこう聴いてるけどな)。

 ラーーーーーリホーーーーーーーーっ!



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2006年3月28日 (火)

スタニスワフ・レム死去

Stanislaw Lem (1921-2006) (SFWA)
http://www.sfwa.org/news/2006/slem.htm

「惑星ソラリス」原作者 スタニスワフ・レムさん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0328/001.html

ポーランドSF作家のスタニスワフ・レム氏死去 (Yahoo!ニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060328-00000002-jij-int

 大往生と言えるだろうが、巨星中の巨星だけに、またひとつの時代が終わったかと思うと、そこはかとなく寂しい。おれ自身も歳を食ったのだなあと、改めて感じさせられる。ほんとの『天の声』になっちゃったんだなあ。

 今夜は、バッハの「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」を聴きながら寝るか。レムはあの『惑星ソラリス』って映画、嫌いだったろうけどね。

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2006年2月28日 (火)

オクテイヴィア・バトラー死去

Octavia E. Butler (1947-2006) (SFWA News)
http://www.sfwa.org/news/2006/obutler.htm

Octavia Estelle Butler passed away at her Seattle, Washington home on Saturday February 25, 2006.

 訃報が続く。

 「血をわけた子供」『80年代SF傑作選〈下〉』所収)、『キンドレッド―きずなの招喚』《異種創生 Xenogenesis 》三部作(未訳)などで知られる黒人女性SF作家、オクテイヴィア・E・バトラーが、シアトルの自宅で二月二十五日(現地時間)急逝したとのこと。

 Xenogenesis 三部作は、日本SF大賞受賞作『女性状無意識(テクノガイネーシス)―女性SF論序説』小谷真理/勁草書房)所収の評論にも取り上げられているので、未訳ながらも、なんとなく話は知っているという方も少なくないかもしれない。まあ、文庫の傑作選で紹介されているうえ、ショッキングなインパクトがあるという点で、やはり、日本の多くのSFファンには、「血をわけた子供」のバトラーとして知られているのではなかろうか。

 マイノリティーのSF作家としては最も功成り名遂げたひとりであったろうが、まだ逝くには若すぎただけに、彼女がこれから書いたであろうものの大きさを思うと、その早すぎる死が惜しまれる。

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2006年2月26日 (日)

佐々木守、逝く

「ウルトラマン」などの脚本家、佐々木守さん死去
http://www.asahi.com/obituaries/update/0226/002.html

 佐々木 守さん(ささき・まもる=脚本家)が24日、内臓疾患で死去、69歳。告別式は3月1日午前11時から石川県小松市西町96の称名寺で。喪主は妻直子さん。自宅は公表していない。
 「ウルトラマン」「七人の刑事」「アルプスの少女ハイジ」など、テレビやラジオで多くの脚本を手がけた。

 おれたちの世代だと、脚本家を意識するとせざるとにかかわらず、佐々木守の作品にいろんなものを刷り込まれているのがふつうだろう。何年も経って再放送を観て、「あ、これも佐々木守だったのだ」などと気づいたものである。一般紙的には上記のような紹介になるのだろうけど、佐々木守といえば、やっぱり『怪奇大作戦』「京都買います」でしょう。新聞の訃報にも挙げてほしかった。「死神の子守唄」も好きだなあ。

 佐々木守さん、お疲れさまでした。数々の作品をありがとうございました。

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