SFファンとして不覚であった。当然考えてみるべきことを見落としていたのだ。
やわらか戦車は、なにしろ“さらわれた先の現地妻”や隠し子(?)がいたりするくらいであるから生殖能力があるわけであって、兵器であると同時に、たぶん生物である。だとすると、SFファンは問うべきであろう。こいつはどういう進化をしたのか? 生物がキャタピラという構造を獲得することがあり得るか? あり得るとすれば、どんな環境で進化したと考えられるか?
「そもそも、なにが哀しくて、キャタピラなどというまわりくどい構造を生物が獲得しなければならないのか?」などと問うてはならない。まわりくどいから面白いのであって、面白ければそれでいいのである。また、「キャタピラはそもそも芋虫のことではないか」というツッコミもなしだ。あれは部分構造を回転させて移動しているわけではない。
生物が車輪という構造を獲得することがあり得るかという考察は、古典中の古典「ハイウェイ惑星」
(石原藤夫)や、小松左京の『はみだし生物学』
などで行われており、SFファンにはおなじみの問題なのだが、キャタピラはどうだろう? まあ、「ハイウェイ惑星」の車輪生物はあまりに有名だから、キャタピラ生物についても誰かが真面目に考察していたとしても、おれはさほど驚かないけれどもねえ(ファーストコンタクトマニアとかがやってそうだ)。
まず、ここで言う“キャタピラを獲得した生物”には、サイボーグは含めないこととする。機械を作れる方向に進化した生物が、遅かれ早かれ、みずからの身体の設計図を書き換えたり、機械と融合したりしてゆくのはあたりまえの話であって、宇宙のどこかにそんなやつらがおっても面白くもなんともない。
さて、キャタピラを獲得するには、まずやはり車輪を獲得しなければならない。車輪というか、軸の周囲を回転する構造だ。肉体の一部が本体と分離して回っているなどという構造を、単一の種がダーウィン的進化で獲得可能かどうかは、きわめて疑わしい。極微のレベルであれば、分子モーターと呼べる構造で鞭毛を回転させている細菌はいるが、大きな生物では、まず無理だろう。なにしろ、車輪というのは、回れるか回れないかであって、うまく回るか無様に回るかはあるとしても、回れる状態と回れない状態の中間の構造があったのでは、まったく生存価を持たないはずである。よくダーウィン進化論の反論に挙げられる目や翼の構造以上に、車輪は“いきなり完成形を獲得するしかない”形質であると言えよう。
この、単一の種による車輪獲得の難しさに対して、「ハイウェイ惑星」は、人工的かつ永続的環境と複数種の生物の共生という形でひとつのモデルを提示しているのだが、やはりおれごときの発想力ではいくら頭をひねっても石原藤夫を超えるようなアイディアは出てこない。というわけで、ともかく、車輪は「ハイウェイ惑星」方式で獲得したことにして先を考えよう。つまり、強靭な自己修復・自己整備機能を備えた舗装路が知的生物によって張り巡らされた惑星があり、そのハイウェイを残したまま、その知的生物は惑星を去ってしまい、長い年月が経った――という設定である。
で、「ハイウェイ惑星」を出発点とするなら、キャタピラ生物が出現する可能性はかなり高くなるだろう。円盤状生物と四足生物との共生でクルマのような行動様式(?)を獲得した生物がいるハイウェイ惑星で、環境の激変が生じたとする。ハイウェイの自己修復機能がなんらかの外的要因によって破壊され、どんどん道が荒れてきてしまったのだ。クルマ生物複合体は、長年の進化でクルマとして動くことに最適化されてしまっており、いまさら脚で歩くなどという効率の悪い方法に切り替えたのでは、とても生き残れない。環境が激変しても、進化に後戻りが容易に利くとは考えにくい。いまのコウモリに地べたを高速で駆けまわって餌を捕まえろと言っているようなものである。
デコボコ道を走らなければならなくなったクルマ生物複合体を補助するため、車輪でもある円盤状生物の中から、路面に並んで横たわって、デコボコを緩和しようとする集団が現れる。少しでもクルマ生物複合体は走りやすくなるだろう。((四足生物+円盤状生物a)+円盤状生物b)という共生関係が成り立ちはじめる。円盤状生物bは、そのうち、より薄く平たくなり、複数個体が接合して隙間を作らないように進化してゆく。
そうした進化と共生の途上で、クルマ生物複合体の車輪(円盤状生物a)が、路面に広がっている円盤状生物bを、うっかり巻き込んでしまうということが何度も起こる。あるとき、巻き込まれた円盤状生物bの接合体がベルト状にちぎれて、クルマ生物複合体の前輪と後輪をまとめて取り囲むようにしてぐるりと一周してしまうという偶然が起こる。キャタピラの誕生である。あとは、キャタピラが安定して回転するように、車輪が増えてゆけばよい。
というわけで、やわらか戦車は“故障したハイウェイ惑星”で進化した生物なのかもしれない――というのがおれの説なのである。
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