カテゴリー「SF」の95件の記事

2008年7月18日 (金)

こういう会合には、ブルース・スターリングでも呼ばんとなあ

Scientists: Humans and machines will merge in future (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2008/TECH/07/15/bio.tech/index.html

LONDON, England (CNN) -- A group of experts from around the world will hold a first of its kind conference Thursday on global catastrophic risks.
They will discuss what should be done to prevent these risks from becoming realities that could lead to the end of human life on Earth as we know it.
Speakers at the four-day event at Oxford University in Britain will talk about topics including nuclear terrorism and what to do if a large asteroid were to be on a collision course with our planet.
On the final day of the Global Catastrophic Risk Conference, experts will focus on what could be the unintended consequences of new technologies, such as superintelligent machines that, if ill-conceived, might cause the demise of Homo sapiens.
"Any entity which is radically smarter than human beings would also be very powerful," said Dr. Nick Bostrom, director of Oxford's Future of Humanity Institute, host of the symposium. "If we get something wrong, you could imagine the consequences would involve the extinction of the human species."

(中略)

"Nanotechnology will not just be used to reprogram but to transcend biology and go beyond its limitations by merging with non-biological systems," Kurzweil said. "If we rebuild biological systems with nanotechnology, we can go beyond its limits."
The final revolution leading to the advent of Singularity will be the creation of artificial intelligence, or superintelligence, which, according to Kurzweil, could be capable of solving many of our biggest threats, like environmental destruction, poverty and disease.
"A more intelligent process will inherently outcompete one that is less intelligent, making intelligence the most powerful force in the universe," Kurzweil writes.
Yet the invention of so many high-powered technologies and the possibility of merging these new technologies with humans may pose both peril and promise for the future of mankind.
"I think there are grave dangers," Kurzweil said. "Technology has always been a double-edged sword."

 今日、オクスフォード大学に諸分野の専門家が集まって、global catastrophic risks について話し合うカンファレンスを持っていたらしいのだが、その global catastrophic risks ってのが、SFファンの関心事そのものである。核テロが起こったらどうなるかとか、小惑星が地球にぶつかってきたらどうなるかとか、人類の知性をはるかに凌ぐ能力を持った機械知性が現れたらどうなるかとか、べつに珍しくもなんともない話なんじゃないかなあ、SFファンにとっては。この種のカンファレンスは初だと記事は伝えているが、ほんとにそうなの? SFファンってのは、寄るとさわるとこんな話ばかりしているし、SFファンには本職の学者も多いのである。おんなじようなもんなんじゃないの?

 人類はいずれみずからを改造して機械と融合してゆくだろうなんてことを、いまさらのように言われてもねえ。しかもそれを“リスク”だと言われてもねえ。おれはそんなこと、リンゴが木から落ちるくらいあたりまえのことだと思ってたけどなあ。眼鏡や入れ歯となにがちがうというのだろう? それとも、“カタギの人”たちは、この期に及んで、人類と機械が今後融合してゆかないとでも、まだ思っているとでもいうのだろうか? そんなアホな。おれの貧しい見識に照らしてさえひとつだけ確かなのは、“人類というものは、できるようになったことは必ずやる”ということである。

 そういうわけで、この記事、SFファンにとってはちっとも面白くないのだが、Dr. Ray Kurzweil の言葉にだけは、「それは、きっとそうだろう」と頷けるものがある。グレッグ・ベアが、かつて似たようなことを言ってたよね。Kurzweil 博士曰く、"This will happen faster than people realize."

 そう、それはいままでも、常にそうだった。



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2008年7月17日 (木)

木製SF化計画

木製宇宙服:木で作成したSFアイテムのいろいろ (WIRED VISION)
http://wiredvision.jp/news/200807/2008071619.html

本当のスチームパンク[蒸気機関が現実以上に発展した世界を描くSFのジャンル]的なビジョンを持つアーティストは、一目見ればわかる。Michael T. Rea氏は間違いなくその1人だ。
しかし、われわれの見方はやや偏っている。マルチバレルの光線銃や、木でできた機械仕掛けの戦闘服などは、ガジェット専門のブロガーが何年もかけて培うようなデザインの好みだ。
Rea氏は、木や黄麻布、ロープなどの材料を使って、空想力あふれるSFの世界に登場するさまざまな物を実物大で制作し、そういった材料を通じて作品に命を吹き込もうとしている。

 “スチームパンク”の定義が狭義すぎてまちがってると思うけど、それはさておき、この木工細工はちょっとクるなあ。日本人だったら、絶対ガンダムとかマジンガーZとかを作るだろうな。ちょっとマイナーだが、魔神ガロンなんかはいかにも木で作りやすそうなんだけどなあ。モノリスくらいならおれにでも作れそう。

 ふと、真面目に考えてしまったんだけど、木製の宇宙船ってのは、ほんとうに不可能だろうか? たとえば、黒檀とかの立派な調度品を思い浮かべると、放射線を照射して特殊な加工を施すとか、特殊な塗装をするとかすれば、短時間の航宙になら充分耐えられるくらいの気密性が得られそうな気もしないでもない。まあ、自分が乗るのは厭だけど。



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2008年6月11日 (水)

どうも飲食物が“青い”というのは、違和感を禁じ得ない

青く輝く炭酸飲料「ペプシ ブルーハワイ」を飲んでみました (GIGAZINE)
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080610_blue_hawaii/

 たしかになんとなくさわやかな気もしないでもなく、喉が渇いているときに飲んだら気持ちよさげだが、それにしても色がなあ……。なんか、こういうのを思い出しちゃいましたよ。筒井康隆をして、「それにしてもこの作品をこれから読むという人、ほんとにしあわせな人ですなあ」と言わしめた“多元宇宙もの”SFの傑作古典で、主人公のキースは“ちがう宇宙”に紛れ込む羽目になっているのだ――

 キースはウェイトレスを見上げていった。
 「マンハッタンをひとつ」
 「おそれいりますが、そういうのは聞いたことがありません。新しいお酒でしょうか?」
 「マーティニは?」
 「かしこまりました。青ですか、ピンクですか?」
 キースは身ぶるいをおさえて、
 「ウィスキーのストレートはあるかね?」
 「むろん、ございます。なにかお好みの銘柄でも?」
 キースは、これ以上めんどうな係り合いはごめんなので、ただ頭を左右にふった。ウィスキーがピンクや青でなければよいがと思った。

――『発狂した宇宙』(フレドリック・ブラウン/訳:稲葉明雄)

 そのうちほんとうに青いウィスキーでも出たら、“Mad Universe”とでも名づけることを提案しておこう。



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2008年6月 7日 (土)

野田昌宏逝去

SF作家の野田昌宏さん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0607/TKY200806060323.html

 野田 昌宏さん(のだ・まさひろ=SF作家、本名野田宏一郎〈こういちろう〉)が6日、肺炎で死去、74歳。通夜は8日午後6時、葬儀は9日午後0時30分から東京都文京区関口3の16の15の東京カテドラル聖マリア大聖堂で。喪主は弟玲二郎さん。
 「銀河乞食(こじき)軍団」シリーズなどのSF小説、ノンフィクションのほか、翻訳も手がけた。フジテレビに勤務し「ちびっこのど自慢」などの番組に携わり、番組制作会社・日本テレワークを設立し社長もつとめた。

 アーサー・C・クラーク今日泊亜蘭に続き、またもSF界の重鎮が亡くなられた。びっくりだ。昨日、日記にお名前を出したばかりなのに。今年はなんとも寂しい年だなあ。まあ、それだけおれたちも歳を食ったということなのだろうが……。

 過去の日記を紐解いてみると、あのSFセミナーから、もう十年になるのか。自分の日記を引用して追悼に代えることにしよう――

野田昌宏、SFを語る「宇宙を空想してきた人々」(出演/野田昌宏、聞き手/牧眞司)
 コンヴェンションにあまり出かけないおれは、野田大元帥のご尊顔を生で拝したのは初めてである。NHK人間大学にいよいよSFが登場することになり、講師を務められる大元帥が抱負と裏話を語った。レイ・ブラッドベリの名作短篇「万華鏡」を読んだことがない人が会場に多少いると知り驚いた大元帥、「死ね」とひとこと、厳かにおっしゃった。後世に語り継がれるべき名言であろう。まあ、若い人もいるんだから、お許しください。

 さすがに「万華鏡」は原書でも翻訳でも読んでるが、野田氏のような大コレクターに比べれば、おれなんぞは読書が趣味などとほざくのも二百五十六年早い雑魚にすぎない。SFの膨大な資産を針で引っかいたほどしか読んでいないよ。大元帥には、もう一度、ニコニコしながら「死ね」と叱ってほしかったな。



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2008年6月 5日 (木)

『DVD&図解 見てわかるDNAのしくみ』(工藤光子・中村桂子/ブルーバックス 講談社)

 うう~む。こ、これはすごい。もっと早く買っておけばよかった。

 ブルーバックスはブルーバックスなんであるが、本のほうはDVDのダイジェストみたいなもので、まず、いきなりDVDを観るのがいいと思う。それから本に目を通せばいい。これで千六百八十円は安い。ミニサイズのDVDが三枚付いていて(これは“付録”ではない。こっちがメインである)、最初多少DVDが取り出しにくいものの、それだけDVDをがっちり保護する厚紙を綴じ込んだ作りで、ふつうの新書となんら変わることなく、そのまんま安心して本棚に収納できる。

 おれもいままでいろんな科学書や科学雑誌や科学番組で、DNAのいろんな図解やアニメやCGを観てきたが、これほどの躍動感に打たれたものは初めてだ。DVDを観て呆然としてから、本書の「メーキング編」を読んで合点がいった。タイトルに「図解」とあるが、これはそんじょそこらの“説明のための映像”ではない。むしろ、“映像による動く模型”とでも呼ぶのがふさわしい。著者(というか、製作者というか)らは、さまざまな論文を確認し、針金のモールや紙粘土と格闘しつつ、納得のゆく“動くDNA”の手応えを得るために、手で触れられるDNAや酵素の模型を構築しながら、このCG作品をものにしたのだ。「表現すると見えてくるものがあるということをこれまで以上に強く確信」したという。さもありなん。これは、『超時空要塞マクロス』『マクロスF』などでおなじみのメカニックデザイナー&監督・河森正治の方法論そのままである。河森は、絵ならなんでもできてしまうからといって、どう見ても動きそうにない、飛びそうにないメカをデザインすることを潔しとしない。手を動かして、手で触れられる模型を作りながら、映像のためのメカをデザインしてゆく。そうした作業の中から、動きに説得力と躍動感がある、あのバルキリーなどが生み出されたわけである。「SFは絵だねえ」という野田昌宏宇宙大元帥のお言葉もあるが、二十一世紀的には、もはや「SFは模型だねえ」というのが妥当なのかもしれない。最終的なアウトプットが絵や文章の作品であっても、実際に模型を作ったうえで描く・書くくらいのこだわりが、圧倒的な説得力を生むのかもしれない。

 腰巻で福岡伸一も絶賛しているが、いわゆる“岡崎フラグメント”の生成の繰り返しによってラギング鎖側のDNAが複製されてゆくようすなど、いままで観たことのないダイナミックな映像である。ああ、こんなのが高校生のころにあったなら、おれは道を踏み誤って(あるいは、道を踏み誤り損ねて)いたかもしれないなあ。

 先日、郵便受けにどこかの教会の信者勧誘用小冊子が入っていた。おれを知る人はご存じのように、おれは宗教心のカケラもない人間であるが、どんな手を使っておるのかなあと興味本位に読んでみると、もはや使い古された“眼のような精妙な器官が進化などでできたはずがない。誰かが設計したのだ。ダーウィンだって困っていた”という例の論を中心に話を展開していたので、「けっ」と苦笑してゴミ箱に放り込んだ。えーと、この進化論への反論(?)そのものをご存じない方は、『イリーガル・エイリアン』(ロバート・J・ソウヤー)でもお読みください。

 きっと、この教会の人がこのDNAのDVDを観たら、「ほら、こんな精妙な仕組みがひとりでにできあがったはずがない。神秘を感じるでしょう?」などと勧誘してくるにちがいないが、残念でした、おれはこういうものに“神秘”などカケラも感じない。むしろ、“神秘”などというわけのわからないものが関与していないことにこそ、“驚異”を感じる。妙な言いかたかもしれないが、そこに“謎”はあっても“神秘”など介入する余地もないほどの“ミもフタもない精妙さ”があることに、一種の神秘を感じないでもないけどな。もっとも、おれはそれを“神秘”などとは呼ばないが……。そう、それは、ただただ純粋な“驚異”であり、“感動”であるだけである。

 こんなにお手軽ですごいものが出ているのだから、高校・大学の先生方は、ぜひ活用してほしいね。授業や講義で使えなくても、せめて推薦図書くらいには入れておいてほしい。何十人か何百人かに一人の学生が、“生命の驚異”(“神秘”じゃないよ、しつこいけど)に打たれて道を踏み外して(あるいは、道を見つけて)くれるなら、千六百八十円など安いものだろう。

 こりゃ、現代のSFファンは必読(ちゅうか、必見)の作品でしょう。やっぱり映像のインパクトはすごいわ。わかった気になっていただけのことを呆然と再発見し、「おれは浅はかだった」と打ちひしがれちゃいましたね。



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2008年5月 3日 (土)

どこかで人気なの?

 なんだか、このところ「バトルプログラマーシラセ」という検索語でこのブログにやってくる人が急増しているんだが、どこかで再放送でもやってるのだろうか? それとも、誰か名のある人が公の媒体で言及したのだろうか? どうも、検索が増えている原因が見当たらない。いやまあ、おれはアレ、大好きですけど。



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2008年3月22日 (土)

THE VOICES OF TIME

 One day the pain would be gone; but never the memory.

―― The Songs of Distant Earth by Arthur C. Clarke

Sir Arthur C Clarke: 90th Birthday Reflections



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2008年3月20日 (木)

映画『楽園の泉』?

 そういえば、十年以上前にこんな文章を書いていたのを思い出した。『楽園の泉』を映画化するとしたら、このカットはぜひ実現してほしいんだよなあ!

 クラークの訃報を聞いたときに、なぜかヴァニーヴァー・モーガンの最期が脳裡に浮かんでしまった。あの、アラームが虚しく鳴っているシーンね。

 なんか、意外な人が『楽園の泉』に言及しているんで、ちょっとびっくりした。名作というのは、こういうものなのですなあ。



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アーサー・C・クラーク死去

Sir Arthur C. Clarke (1917-2008) (SFWA)
http://www.sfwa.org/news/2008/aclarke.htm

Obituary: Sir Arthur C Clarke (BBC NEWS)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/2358011.stm

SF作家のアーサー・C・クラーク氏が死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0319/TKY200803190065.html

Author Arthur C. Clarke dies (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2008/SHOWBIZ/books/03/18/obit.clarke/index.html

Arthur C. Clarke, 90, Science Fiction Writer, Dies (The New York Times)
http://www.nytimes.com/2008/03/19/books/19clarke.html

Space Odyssey author dies (Al Jazeera English)
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/A2827CF5-BB28-4FF1-BE69-75A67ACFD1AA.htm

Clarke sur orbite (Le Monde.fr)
http://passouline.blog.lemonde.fr/2008/03/19/clarke-sur-orbite/

Weltraum-Visionär Clarke gestorben (ZEIT online)
http://www.zeit.de/online/2008/13/clarke-2001

 いつかはこの日が来るだろうとSFファンはみな頭ではわかっていたはずだ。「次はクラーク」などと失礼にも冗談のネタにしたりすることはしばしばあったが、なぜか心情的には“この人は死なない”と確信していたからこそ、そのような冗談も気安く口にされたのだろうと思う。とはいえ、アーサー・C・クラークの肉体はその機能を停止した。それは事実なのである。世界の“ミスターSF”“SF作家の代名詞”は、ついにおれたちを後にした。これからは、クラークのいない世界で暮らさねばならないのだ。残酷な現実ではあるが、クラークなら、それを受け止めて進め、とおれたちに言うにちがいない。

 クラークにはさまざまな思い入れがあるが、故人となった偉大なヴィジョナリーを偲んで、あえて個人的な感慨を述べることを許していただきたい。おれがクラーク作品の最高傑作として挙げるなら、やはり『楽園の泉』『宇宙のランデヴー』である。だが、どの作品が“好きか”と言われると、おれはあえて『遥かなる地球の歌』を挙げる。なんかね、好きなんだよ、この作品。

 おれが The Songs of Distant Earth をペーパーバックで読んだのは、大学生のころだ。ちょうど、2010: Odyssey Twoを読んでから、映画化されたのを観にいって、「いやあ、ブンガク的なSFもいいけど、やっぱクラークは最高だなあ」と思っていたころに、The Songs of Distant Earth を読んだわけで、そりゃもう、クラクラ来ましたよ。どうしてこんなにカクカクした“科学的事象”を描写するだけで、読む者に poetic な感動を与えるのか、クラークはおれが思っている以上に名文家であり、おれが思っている以上に偉大な文学者なのではないかと、その文章の秘密を分析していたころだ。もうね、The Songs of Distant Earth にはノックアウトされちゃいましたね。科学と詩情というものは両立し得るのだという感動だ。よもや、後にその邦訳文庫版の解説を自分が書く運命が待っているとは、想像だにしていなかった学生時代のいい思い出である。

 クラークの作品は、最先端の科学理論や工学技術を面白おかしく組み合わせては、鬼面人を驚かすものでは断じてない。むしろ彼は、ともすると陳腐とすら映りかねないアイディアも、それが合理的であれば、意に介さず重ねて使うタイプの作家である。科学的アイディアのけれん味でクラークを凌ぐSF作家の名を挙げるのは容易だろう。
 それでもなお、アーサー・C・クラークの“SF作家の代名詞”たる評価が毫も揺らぐことがないのは、本来科学の持っていた素朴な驚異や感動をみずからの血肉と化している点において、彼の右に出る者はそうはいないからだ。彼にとって科学とは、電波望遠鏡や電子顕微鏡といった取捨選択可能なツールなのではなく、驚異に見開いたり感動に涙したりできる、生身の目そのものなのである。だからこそ、それ自体は無味乾燥な科学的ディテールを彼が淡々と語るとき、あたかも高僧の口から出た念仏が仏像と化すがごとく、それらはそのまま詩となり歌となってわれわれの心を打つ。このあたりが文科系の読者にも広く愛される理由なのであろう。われわれは、絶対音感を持ったメロディ音痴が譜面どおりに弾いてみせる科学論文が読みたいのではない。宇宙が暗く冷たいことを知っている科学の詩人が奏でる、“遥かなる地球の歌”に聴き惚れたいのである。
――『遥かなる地球の歌』(ハヤカワ文庫SF)解説:冬樹蛉

 クラークの偉大なところは、おれのような文科系の読者に感動を与えただけではない。理学・工学系の読者には、実際に「いつかこういうものを実現してみたい」というヴィジョンを与えたのである。そりゃもうね、実際に“作る側”に回った人々が、いかにクラークの影響を受けているかということを、おれはSFギョーカイの片隅を汚すようになって、つくづく思い知った。SF作家にしてからが、野尻抱介林譲治小林泰三小川一水といった人々は、クラークがいなかったら、いまここにいないのではないかと思う。

 きっと、これからの千年、二千年のあいだに、人類は、もっと遠くへゆくだろう。ずっと、遠くへゆくだろう。そして、見知らぬ惑星の上に立った人々が、こんな会話を繰り返すにちがいない――

 「こんなところに自分が立っているだなんて……なんだか信じられない気持ちだ」
 「その気持ちを誰にいちばん伝えたいですか?」
 「……アーサー・C・クラーク。あなたがいたからこそ、いまボクが、ここにいるんだ」



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2008年2月23日 (土)

歴史は繰り返す

 「なにかね、ヘス君?」
 「はっ、イージス総統! それがじつは……」
 「報告は手短かにしたまえ」
 「は、はっ、イージス総統。や、ヤマトが……わがガメラスの誇るイージス機雷原を、なにごともなく突破いたしました」
 「なに!? そろそろオチは読めてきたが、念のために訊きておきたい。どのような科学技術を持つ敵にも、いまだかつて一度も突破されたことのないイージス機雷原を、あの原始的なサルどもがどうやって突破したというのだ?」
 「そ、それが……手で
 「……?」
 「やつらはイージス機雷を手で撤去して、悠々と機雷原を突破いたしました」
 「……あの機雷の名はなんといったかな、ヘス君?」
 「…………」
 「あの機雷の名はなんといったかな、ヘス君?」
 「…………」
 「もうよい、下がれ!」
 「はっ……あ、あの……祝電を打ちましょうか?」
 「……へス君、キミはバカかね?」
 「はっ、ししし失礼いたしましたっ」
 「――ああ、それからヘス君!」
 「はいっ!?」
 「Winny はアンイストールしておきたまえ」



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2008年2月 8日 (金)

見ててくれ、メトロン星人

特撮の「聖地」閉鎖へ 円谷プロ旧本社・東宝ビルト (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0206/TKY200802060371.html


 「ウルトラマン」シリーズを生んだ円谷プロダクションの旧本社(東京都世田谷区砧)と、同シリーズの撮影などに使われたスタジオ「東宝ビルト」(同区大蔵)が今月、ともに閉鎖される。同じ時代を歩み、夢を紡ぎ続けた特撮の「聖地」が約45年の歴史に幕を下ろす。

(中略)

 敷地内の別館2階には、怪獣の着ぐるみを保管。「怪獣倉庫」と呼ばれ、雑誌やテレビにたびたび登場する名所だった。閉鎖後、着ぐるみは別の倉庫に移される。

(中略)

 「ウルトラマン」(66年)でフジアキコ隊員を演じ、現在は円谷プロ社員の桜井浩子さんは「勢いとパワーで今も残る作品が作れた。時代が流れて古い建物がなくなっても、また新たに長く残る作品を作ればいい」と話す。

 いや、なんちゅうか、感無量でありますなあ。おれ自身は一度もここへ行ったことはないのだが、おれの、おれたちの世代の人格形成に、少なからぬ影響を与えた“聖地”であることはたしかだ。ノスタルジーに浸るばかりでは建設的でないと若い人たちには嘲られてしまうかもしれないが、許せ。こういうときくらいはおじさんたちにノスタルジーに浸らせてくれ。

 この「怪獣倉庫」も登場する『ウルトラマンマックス』の「狙われない街」、いま思えば、あれをあのときに撮っておいてくれて、ほんとうによかったですなあ。作品としてどうこうという以前に、四十年の時を超えて、おれたち子供に戻れた時間をくれた実相寺監督に感謝である。「狙われない街」が放映されてほぼ一年後に実相寺監督が亡くなられたのも、おれたちにとっては、ひとつの時代が終わったのをしみじみと実感した出来事だった。

 桜井(ユリッペ=フジアキコ=ヨシナガ教授)浩子のお言葉が泣かせますなあ。「また新たに長く残る作品を作ればいい」か。そうさ、おれたちは、爺さんになっても楽しみにしているとも、フジ隊員!

 メトロン星人がまた侵略したくなるような星にできればいいなあ。



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2008年1月21日 (月)

ネットの噂では、もうリアルタイムでこんなことができるそうです

 うおお、こ、これはすごい! 面白い!

『攻殻機動隊』『電脳メガネ』どころではない拡張現実感技術の現在 (王様の箱庭)
http://www.masayashi.com/2008/01/20/556

 もう、ノートパソコンで、リアルタイムで、こんなことができちゃうんだねえ。それにしても、この記事で紹介されている Georg Klein という研究者は、よくよくダース・ベイダーが好きなんだな。

 カプセル内視鏡やら将来の医療用マイクロマシンやらの映像とこの技術を組み合わせれば、“リアルタイム『ミクロの決死圏』”とでも言うべき映像がたちまち作れてしまうのではあるまいか。縮小光線の効果が切れて、ミクロの医療チームがだんだん大きくなってくるところも含めてだ。

 え? こんな技術なんかなくても、ボクにはしばしば小さな大名行列がとことこと机の上を歩いてゆくのが見えるって? アタシにはパソコンの上に座って英語の綴りの不合理さをバカにする緑色の小人が見えるって? いやまあ、それも拡張現実感かもしれんが、ちょっと歪んだ方向に拡張していると思うぞ。



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2008年1月 3日 (木)

都合のいい宇宙人がおったもんやな

宇宙人が地球を観測したら… スペイン・米チームが論文 (asahi.com)
http://www.asahi.com/science/update/1231/TKY200712310097.html

 宇宙に生命を求めて太陽系外の惑星探しが盛んだが、宇宙人の天文学者に地球はどんなふうに見えるのか――。そんな論文を、スペインと米国の研究チームが天文学専門誌(電子版)に発表した。地球は、生命の存在につながりうる、気象現象がある「生きた」惑星とわかるはずだという。
 恒星を回る惑星に生命が存在するには、恒星までの距離や、大気があるかどうかなどがカギ。太陽系では、地球のすぐ内側の金星は暑すぎ、すぐ外側の火星は寒すぎる。地球はちょうど良い条件がそろい、水や水蒸気が共存して変化に富む気象現象が起きている。
 チームは、気象衛星が撮影した地球の雲の映像を分析した。遠方の宇宙人には地球が点にしか見えず、明るさの変化だけを観測すると考えられる。だが、そのパターンから自転周期が割り出せ、想定される明るさからのずれの分析で気象現象や海、大陸の存在まで知ることができるはず、と結論づけた。
 ちなみに、金星には地球より厚い大気があり、火星には逆に大気はほとんどないが、宇宙人から見れば、いずれも明るさは変わらないという。
 これまで地球の天文学者は太陽系外惑星を200個以上発見している。

 「遠方の宇宙人には地球が点にしか見えず、明るさの変化だけを観測すると考えられる」と言うんだが、なんか妙じゃないか? 遠方ってのは、どのくらいの遠方を想定しているのだろう? 地球人ですら、現代の科学力で「太陽系外惑星を200個」そこそこしか発見していないわけだよね。自恒星系外の惑星に生命が存在するかなんてことを光学観測で推測しようというほどの技術を持つ異星の生命体が、電波天文学を手にしていないなんてことがあるだろうか? まあ、そいつらにとっての“可視光”は、おれたちのそれとはちがうだろうから、そいつらがどこいらへんの波長の電磁波を観測するのを“電波天文学”と呼んでいるかは知る由もないけどなあ。もし、そいつらが「異星の知性体を探そう」という予断というか目的を持って観測をしているのであれば、光学的に観測してまわりくどいことを考えるよりも、地球から出ている電波のパターンを研究するほうが早道のような気がするんだが……。

 そもそも、この異星人は、あまりにも地球中心的な思考の持ち主である。「大気」だの「熱い」だの「寒い」だのという言葉を、なぜか地球人流に使っているし、生命の存在に水が不可欠であるかのような前提を勝手に持ち込んでいる。不思議なことおびただしい。異星人の科学者は、「どうも、この惑星では生命が存在するには寒すぎるよなあ」などと午後の硫酸をホットで飲みながら首を傾げているかもしれず、「こんな熱い星に生きものがいるはずがない。だとしたら、このガチャガチャした電磁波はなんだ? わからん、ちょっとシャワーでも浴びて気分転換しよう」と液体のメタンを浴びて頭を冷やしているかもしれない。

 結局、この論文は、「もし、自分たちが遠方の恒星系の惑星に遠いとおいむかしに捲種された地球人の同胞であったとしたなら、現在の太陽系第三惑星を光学観測してどのように推理するか」という話なんじゃないの? あ、すまん。「現在の」という言葉も、この場合、不用意に使ってはいかんのだった。おそらく、世界中のSFファンがあちこちでこのニュースにツッコんどるだろうな。



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2007年12月30日 (日)

謎の人物たちの素行を調査する

 「WEB素行調査」という巷で人気の調査機関があり、便利なうえに無料だというので、人をさんざん待たせてばかりで、いつもついに姿を現さないあの謎の人物について、おれは調査を依頼した。結果は、以下のようなものであった。


ゴドーは、シについて聞いて回っていた。
ゴドーとベケットが、なにやら親しく話しているところを目撃したという証言がある。
ゴドーといえば逆転裁判日和。
パトリックによると、ゴドーは「一言でいってコーヒー」らしい。
ゴドーは、吾伽式とタイトルの関係について何か知っているようだ。
戯曲の歴史にはゴドーの影が見え隠れしている。
ゴドーは、登場について何かを掴んでいるいるらしい。
ホテルについて一家言あるらしい。
ゴドーの謎をとく鍵、それは名前、オブ、こ、不条理劇、blog。
サミュエルはゴドーの過去を知っている。
ゴドーはワイエルとつながっている。
山崎清介はゴドーに特別な感情を抱いていたらしい。
ゴドーは、コメントの世界ではそこそこ名の通った人物である。
成歩堂について調べると、必ずゴドーに行き当たる。
ゴドーについて聞くと、別役実は堅く口を閉ざした。
ゴドーのおかげで串田和美の今がある、と言っても過言ではない。


 おれはさらに、主に発明家をしているらしい謎の人物についても、調査を依頼した。


エヌ氏のおかげで浅野忠信の今がある、と言っても過言ではない。
ボッコちゃんはエヌ氏に何か隠し事があるようだ。
本について調べると、必ずエヌ氏に行き当たる。
エヌ氏は、古本とウォッチリストの関係について何か知っているようだ。
エヌ氏は、冠号について聞いて回っていた。
出品者について一家言あるらしい。
エヌ氏といえばワザップ。
エム氏はエヌ氏の過去を知っている。
ケイ氏はエヌ氏に特別な感情を抱いていたらしい。
エヌ氏は、楽天ブックスについて何かを掴んでいるいるらしい。
エヌ氏の謎をとく鍵、それは情報、楽天市場、次、マイページ、出版社。
エヌ氏と星新一sfワールドが、なにやら親しく話しているところを目撃したという証言がある。
エヌ氏は、名前の世界ではそこそこ名の通った人物である。
エヌ氏について聞くと、星新一は堅く口を閉ざした。
ショートショートの歴史にはエヌ氏の影が見え隠れしている。
綸太郎氏とエヌ氏の間に肉体関係はまだない。
エヌ氏はオークションとつながっている。


 なに!? 「エム氏はエヌ氏の過去を知っている」とな! さっそくおれはエム氏の調査を依頼した。


池原ダム悪戦苦闘記について調べると、必ずエム氏に行き当たる。
エム氏は切通理作とつながっている。
日記について一家言あるらしい。
道の歴史にはエム氏の影が見え隠れしている。
エヌ氏はエム氏の過去を知っている。
エム氏の謎をとく鍵、それはmembers、デジカメ日記、東尋坊、遊園地、おにぎり。
ラーメン太郎はエム氏に何か隠し事があるようだ。
エム氏は、満腹探検隊とオフィス街の関係について何か知っているようだ。
エム氏といえばホームページ入門講座。
エム氏は、夜の世界ではそこそこ名の通った人物である。
エム氏は、ほんブログ村について何かを掴んでいるいるらしい。
エム氏は、競走馬一覧について聞いて回っていた。


 なに!? 「エヌ氏はエム氏の過去を知っている」とな! そういうことか。この二人は、互いに過去を知られているので、それについては互いに言及しないようにしているにちがいない。なるほど、うまくしたものだ。それにしてもこの調査機関、なかなか侮れない調査能力を持っている。

 この調査機関を評価したおれは、どこの誰かは知らないけれども誰もがみんな知っているという不可思議な人物について、思い切って調査を依頼してみた。


歌について調べると、必ず月光仮面に行き当たる。
月光仮面について聞くと、川内康範氏は堅く口を閉ざした。
ちくわの歴史には月光仮面の影が見え隠れしている。
千葉隆三によると、月光仮面は「一言でいって幽霊党」らしい。
月光仮面は谷幹とつながっている。
月光仮面は、爪の世界ではそこそこ名の通った人物である。
児童養護施設について一家言あるらしい。
山田のり子と月光仮面の間に肉体関係はまだない。
月光仮面は、幻について何かを掴んでいるいるらしい。
正義は月光仮面の過去を知っている。
月光仮面は、評価について聞いて回っていた。
月光仮面といえば昭和。
月光仮面は、おじさんと東映東京の関係について何か知っているようだ。
月光仮面の謎をとく鍵、それは名、味方、子どもたち、精、和音。
月光仮面のおかげでオークションの今がある、と言っても過言ではない。
鬼塚さんは月光仮面に何か隠し事があるようだ。
西村明は月光仮面に特別な感情を抱いていたらしい。
月光仮面と大瀬康一が、なにやら親しく話しているところを目撃したという証言がある。


 「月光仮面について聞くと、川内康範氏は堅く口を閉ざした」のか……。勝手に歌詞を追加して唄ったやつがどこかにいるにちがいない。

 そして、ついにおれは、みずからの危険も顧みず、調べてはならない人物についての調査を依頼した。たぶん、この調査機関なら信頼できると思うのだが、万一、ターゲットに気取られると、調査を依頼したおれの命も危ない。


デューク東郷は、質問について何かを掴んでいるいるらしい。
デューク東郷のおかげで雪藤洋士の今がある、と言っても過言ではない。
オークションによると、デューク東郷は「一言でいって作」らしい。
仕事術漆田公一はデューク東郷に特別な感情を抱いていたらしい。
デューク東郷は、レンタルサーバーの世界ではそこそこ名の通った人物である。
デューク東郷といえばお願い。
デューク東郷の謎をとく鍵、それは女、人物、激裏名無しさん、漫画、うち。
ブログについて調べると、必ずデューク東郷に行き当たる。
殺し屋の歴史にはデューク東郷の影が見え隠れしている。
デューク東郷は、名無し職人と名前:,ゴルゴの関係について何か知っているようだ。
かんについて一家言あるらしい。
デューク東郷は、出品者について聞いて回っていた。


 「デューク東郷は、レンタルサーバーの世界ではそこそこ名の通った人物である」だと? そういうことか……。レンタルサーバ事業を闇で展開して、さまざまな情報を収集しているのだろう。最近、日本の大手電機メーカが彼と手を組んでいるという事実も、おれの独自の調査であきらかになっている。そうか、そうだったのか……。



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2007年12月27日 (木)

日本製の「心のふるさと」

除夜の鐘、自動鐘つき機で「ゴ~ン」? 後継難で急増 (asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/1226/OSK200712260038.html

 無人で鐘を突く機械式の撞木(しゅもく)を採り入れる寺院が増え、今や全国約1600カ所に広がっている。住職が高齢化したり、過疎化で後継者がいなくなったりする突き手不足の中、地域の鐘の音を守りたい住民らの願いがのぞく。タイマーで動く撞木を唯一、製造しているのは奈良市の上田技研産業。日本人の「心のふるさと」を消すまいと、除夜の鐘を控えた年の瀬、駆け込み需要に追われる日々だ。


 「ばあさんや」
 「なんですか、おじいさん」
 「ちょっと寒いんで、窓を閉めてくれんかね」
 「あら、いやですよ、おじいさん。除夜の鐘が聞こえにくいから、少しだけ開けておいてくれと、おじいさんがおっしゃったんじゃありませんか」
 「そんなこと言うたかいな……。除夜の鐘は聴きたいし、この歳じゃ寒いのも身体にこたえるし、いったいどうすりゃいいんじゃろうなあ」
 「ふふふふふ」
 「なんじゃ、ばあさん、その不敵な笑いは?」
 「こんなこともあろうかと密かに買っておいた“自動除夜の鐘聴き機”を、いまこそ試すときですわいな」
 「そ、そりゃいったいどんなものじゃね?」
 「おじいさんのような寒がりの年寄りのために、スイッチを入れると自動的に除夜の鐘を聴いておいてくれる機械ですよ」
 「ひえ~、こりゃ驚いた! するってえとなにかね、その機械は、スイッチを入れると自動的に除夜の鐘を聴いておいてくれるというわけかい?」
 「だから、そう言ってるじゃあありませんか、おじいさん」
 「いやあ、長生きはするもんだね。文明開化の音がするね」
 「じゃあ、スイッチを入れておきますね」
 「うん、頼むわい」


 「おじいさん、コタツで寝ると風邪引きますよ。そろそろ『ゆく年くる年』の時間ですよ」
 「……ん? あ、ああ、もう紅白は終わったのかい」
 「終わりましたよ。今年も小林幸子はすごかったですよ。すっかり衣装と一体化してましたよ」
 「一体化してたのかい?」
 「ええもう、継ぎ目なく」
 「ああ、そうかい。いや、どうもわしは毎年寝てしまっていかんね」
 「お酒をお召しになるからですよ」
 「いやしかし、やっぱり『ゆく年くる年』はNHKだねえ」
 「そうですねえ」
 「ときに、鐘はいくつめかな?」
 「自動除夜の鐘聴き機によれば、次が九十八ですよ」
 「『ゆく年くる年』もいいけど、やっぱり遠くからかすかに聞こえてくるナマの鐘の音色がいいねえ」
 「ちゃんと機械が聴いておいてくれますよ」

 アナウンサー「……そしていま、去りゆく年に最後の鐘の音が響こうとしています。さようなら、三千百七十三年……」

ごぉおおおおお~~~ん

 アナウンサー「……年が明けました。あけましておめでとうございます。西暦三千百七十四年の幕開けです」

 「あけましておめでとう、ばあさん」
 「あけましておめでとうございます、おじいさん」
 「ありがたいことに、また二人で新年が迎えられたのう、ばあさんや」
 「ほんにありがたいことですよ、おじいさん」
 「じゃあ、そろそろ寝るか、ばあさんや」
 「そうですね、おじいさん」
 「自動除夜の鐘聴き機のスイッチを切るのを忘れんようにな」
 「いやですよ、おじいさん。ちゃんと百八つ聴いたら、自動的にスイッチが切れるんですよ」
 「ほえ~、よくできてるもんだね」
 「そんなのあたりまえじゃありませんか、おじいさん」
 「そんなものかね。じゃ、おやすみ、ばあさん」
 「おやすみなさい、おじいさん。今年はよい年でありますように」

 爺さんと婆さんは互いのスイッチを“待機モード”に設定し、七時間かっきりの眠りについた。



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2007年12月21日 (金)

映画『2001年宇宙の旅』のラストシーン

 生まれたばかりのスターチャイルドは、カメラ目線でこう言った。

「いつまでもデイヴと思うなよ」



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UFOは北から来るの?

UFO襲来への対応「個人で考える」 石破防衛相 (asahi.com)
http://www.asahi.com/politics/update/1220/JJT200712200003.html

 「災害派遣が使えるのか。領空侵犯でもなさそうだ。防衛出動なのか」。石破茂防衛相は20日午前の閣議後の記者会見で、未確認飛行物体(UFO)が日本を襲来した場合、自衛隊がどう対応するかについて「防衛省として取り組むことはないが、わたし自身としてどうなるのかは考えたい」と大まじめに語り、法制面の研究に個人的に取り組む考えを明らかにした。
 UFOをめぐっては、政府が「存在を確認していない」との答弁書を決定したばかり。石破氏は「存在しないと断定できる根拠はない」と異を唱えた上で、「いろいろな攻撃を仕掛けるのなら防衛出動だが、『地球の皆さん仲良くしよう』と言えば急迫不正の武力攻撃ではない」と指摘。脱線気味に「ゴジラがやってきたら、(破壊行為をしても)天変地異のたぐいだから災害派遣だ。モスラも大体同様だ」と独自の見解を披露する場面もあった。(時事)

 なにやら先日から、UFOについて政府が公式見解を出したり、それに対して町村官房長官が個人的に異を唱えたりと、ケッサクな話が続いているが(そもそも「UFO」という言葉の使いかたがおかしいだろう)、とうとうこの問題まで出てきたか。奇しくも、『パンドラ 4』(谷甲州/ハヤカワ文庫JA)の文庫解説でおれが枕に用いたネタそのものである――

 ある日、絵に描いたように凶悪な宇宙からの侵略者が、なぜかたまたま最初に日本を標的として攻撃を仕掛けてきたら、はたして自衛隊は出動できるのか――という、半ば本気、半ば冗談の問いがある。
 これに対する、やはり本気とも冗談ともつかない答えは、「災害出動できる」というものだ。つまり、日本の現行法では(宇宙人が攻めてくることを想定した法を持つ国があるかどうか知らないが)、地球外からやってきた飛行物体が発した未知の光線が国会議事堂を瞬時に蒸発させたとしても、それは“自然災害”としか解釈しようがないだろう。よって自衛隊は、地震や台風に対するのとまったく同じように宇宙からの侵略者に立ち向かうことになる……はずだ?
――『パンドラ 4』解説:冬樹蛉「“異”なればこその希望」

 いやあ、まさかこんなことを内閣やら総理大臣やら官房長官やら防衛大臣やらが大真面目に論じる日が来ようとは思わなかった。SFみたいじゃん(しつこいようだが「UFO」という言葉の使いかたがおかしいけど)。石破防衛相の個人的研究の成果は、ぜひ公開してほしいものだ。おれもこういう事態の法解釈には、大いに興味がある。

 そうそう、やっぱりここはひとつ、みんなが期待しているだろうが、麻生閣下のご意見をぜひとも賜りたいものである。


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2007年12月10日 (月)

『MM9』(山本弘/東京創元社)

 いやいや、これは痛快、痛快。すべての怪獣ファン必読の怪獣本格SFである。舞台は、自然災害の一種としてフツーに“怪獣災害”が存在する現代。世界有数の怪獣大国である日本では、怪獣災害に立ち向かうべくスペシャリスト集団が組織されていた。気象庁特異生物対策部――略称「気特対」である(ここで「特捜隊のうた」を頭の中で流すように)。『歩兵型戦闘車両OO(ダブルオー)』(坂本康宏)では、環境庁が作った合体ロボットが怪獣と闘っていたが、本作の場合は、気象庁が怪獣対策を行う。いずれにせよ、“自然災害”の一種ということになると、現行の制度では妥当な設定ではあるよね。

 ただ、「気特対」は、あくまで怪獣の出現予測や正体の特定、その科学力による怪獣対策のアドバイスを自衛隊に与えるだけであって、怪獣を直接攻撃するのは自衛隊なのである。これもまあ、なるほどたしかにそういうことになるにちがいない。気象庁が武力を持つのはおかしいしね。

 五話完結の連作短篇という形式を取っており、各話にそれぞれの工夫があって、飽きさせない。ハードSF的に考えるとあり得ない怪獣というものの存在や属性を、「多重人間原理」なるアクロバティックな力業できちんとSFの文脈に嵌め込んでいるのは、さすが「と学会」会長である。

 実在するわれわれの社会への皮肉やくすぐりがところどころにチクチクと入っていてニヤリとさせられるうえ、なによりかにより、“怪獣”もので育った人々なら爆笑してしまうような小ネタが随所にちりばめられている。それはもう、『ウルトラマン』はもちろん、『ガメラ対大魔獣ジャイガー』から『ウルトラマンガイア』『仮面ライダー響鬼』まで、あなたにはこの小ネタ遊びがいくつわかるか? 挙句の果てには、諸星大二郎テイストまで湛えている。おみごと。

 といっても、小ネタで遊んでばかりいるおやじ世代への懐メロSFというわけではけっしてない。SFとしての屋台骨は、しっかり通っている。SF的にきちんと怪獣を出すというのは、簡単そうで難しいにちがいないのだ。誰にでもできることではない。第三話「脅威! 飛行怪獣襲来」はとくに秀逸。

 巨大幼女萌え(なんじゃそれは?)の人、必読。「べつにウルトラマンなんて出てこなくてもいいのに」と思っていた人、必読。『ウルトラマン』よりも『ウルトラセブン』よりもなによりも『ウルトラQ』が好きな人、必読。桜井浩子ファン、必読。ひし美ゆり子ファン、必読。そして、「ほんとうに怪獣が出現したらいいのに」と思っている人は、なにをおいても読むべきであります。怪獣、バンザイ!



 

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2007年11月27日 (火)

透明ボール

 強盗のニュースを観ていて、ふと“透明ボール”というやつを考えた。もちろん、“カラーボール”の逆(?)の機能を持っているのである。強盗に投げつけると、そいつはたちまち透明になってしまう。それでは逃走を幇助しているのではないか? いやいや、そうでもないぞ。なにしろ、そいつは一生透明なのである。せっかく金を盗んでも、それではあんまり生きている意味がない。“透明ボール”に封入されている薬剤は、その解毒剤(?)である“不透明化薬”と必ず対で生成され、その対関係を解明するには、巨大な数列をふたつの素数の積に因数分解しなければならない。透明ボールを投げつけられた犯人は、きわめて実用的な量子コンピュータでも発明しないかぎり、早晩、自首してくるという寸法である。なんか、ドラえもんチックなアイディアではあるな。



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2007年10月30日 (火)

ゴルフ接待でガンダムも売るのかな

防衛省技術研究本部、陸上装備として「ガンダム」の実現を模索 (Garbagenews.com)
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2007/10/post_2793.html

【防衛省技術研究