カテゴリー「音楽」の74件の記事

2009年6月19日 (金)

今年はチャンスだ、森口博子!

 ウチのブログにやってくる人が用いた「検索フレーズランキング」に、「森口博子 歌唱力」ってのが急にランクインしてきて見るみる二位にまで上がってしまい、いったいなにが起こっているのだろうと思っていたのだが、そうか、こういうことだったか。

森口博子デビュー曲「ニコ動」トップ ガンダム30周年大盛り上がり (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2009/06/18043437.html

「機動戦士ガンダム」がテレビ放送開始から今年で30周年を迎える。記念グッズが販売され、東京、大阪、名古屋で大規模なイベントが予定されている。そうした中で、投稿動画サイト「ニコニコ動画」では森口博子さんの24年前のデビュー曲の閲覧数がトップになり、東京・お台場で作られている全長18メートルの「実物大ガンダム」をめぐってデマが駆け巡るなど大盛り上がりをみせている。

(中略)

一方、投稿動画サイト「ニコニコ動画」で09年6月15日の週からデイリーランキングのトップになっているのはタレントの森口博子さんの歌。これまで20万回近く閲覧され、コメントも2万5000も付いている。森口さんのデビュー曲は「機動戦士Zガンダム」のオープニング曲「水の星へ愛をこめて」。24年前のことになる。また、91年に公開されたアニメ映画「機動戦士ガンダムF91」では、「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」を歌っている。
「ニコニコ動画」に「森口博子 - ガンダム関連2曲」と題してこの2曲のライブがアップされたのは09年5月30日。「曲を聴いて泣いてしまった」「初めて聞いたがいいねぇ」「マジでもっと歌ってくれ、絶対もったいない」というコメントが付いている。森口さんが「ガンダム」の曲を歌っていることを知らなかった人や、思い出の曲と思っていた人が書いたものらしい。

 森口博子を“発見”する若い人がにわかに出てきているようで、まことに喜ばしいことである。一昨年におれも激賞していた『もうひとつの未来 ~ starry spirits ~』(これもガンダムソングだ)のオリコンチャート上位ランクイン以来、森口博子の運気はじわじわ上向いているようで、今年あたり、アイドル時代を凌ぐどでかいヒットが出そうな気がな~んとなくする。絶好のチャンスだ。ここで一発、いい新曲に恵まれてほしいね。

 なんか最近、「あ、この曲いいな」と思ったら、たいていアニメに使われている曲だったりするのである。いいポップスを見つけたかったらアニメを観ることだ。

 先日、「餃子の王将」に入ったら、BGMに「Lacrimosa」Kalafina)が流れていて面食らった。で、それが終わるや否や、しょこたん「涙の種、笑顔の花」が流れ出したので、カウンター席から落ちそうになった。こ、ここは「餃子の王将」ですかっ! ほかの客をざっと見わたすと、どう見ても、これらがアニメの曲だという認識がありそうな客はひとりもいなかった。まあ、ほかの客も、スーツ姿で王将で食ってるおれを見て、「あ、あのおっさんはこの曲がアニメの曲だとわかっている」などとは夢にも思わないだろうが……。案外、あのとき王将にいた客は、ガテン系の風貌の人も家族連れもおばはんも爺さんも、み~んな心の中で、「ファントムハイヴ家の執事たる者、これくらいの曲がわからなくてどうします?」と思っていたりしてな。ちょ、ちょっと不気味だが、人は見かけによらないものだからな。ホントにそうだったとしても、べつに不思議ではない。い、いや、餃子焼いてる兄ちゃんも、「王将の従業員たる者、これくらい……(以下略)」と思っていたのかもしれない。

 だもんだから(なにが?)、アニメ作ってる人たち、いまこそ森口博子を起用して、十年後にはスタンダードになっているような曲を唄わせなさい! 若い人たちが森口を再発見しているんだから、チャンスです。本人は、アニソン歌手みたいに言われることに抵抗があった時期もあったそうなのだが、いまの森口はふっ切れてますよ。誇りを持って、アニソン唄ってくれます。だからこそ、アニソンの枠を超えて万人にアピールするポテンシャルを持っている。曲です、曲。彼女にいい曲を唄わせてちょーだい! そしたら、今年は大晦日に森口博子が観られる。

 はっ。

 なにを熱くなって事務所みたいに宣伝しているのだ?

 いやまあ、歌唱力がどうのこうのと聞いたふうなことを並べてはいるものの、はっきり言って、森口博子はおれのどストライクだというだけのことです、ハイ。ただのミーハーです、ハイ。



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2009年5月27日 (水)

でも味噌汁付かない

 村上春樹氏の新作長編、発売前に増刷 でも味噌汁付かない
 インド・バングラ サイクロンで138人死亡 でも味噌汁付かない
 敵基地攻撃 麻生首相「法理上はできる」 でも味噌汁付かない
 北朝鮮への抗議決議、衆院で採択 制裁強化求め全会一致 でも味噌汁付かない
 赤ちゃんポスト「全国で相談態勢充実を」 病院が会見 でも味噌汁付かない
 水素燃料ハイブリッド車、初のリース販売 マツダ でも味噌汁付かない
 北朝鮮、非難に反論 「安保理が我が国の主権侵害」 でも味噌汁付かない

 いやさ、このあいだ、さだまさし『私は犬になりたい¥490』を iTunes Store で見つけて、「ああ、あのCMの曲か。いっぺんフルで聴いてみようか」と買って聴いてみたところ、予想以上によかったのでちょっと驚いたのであった。

 若いころはよくさだまさしも聴いたけどさ(たいていの人はやってるだろうが、曲を跳ばしてトークだけ聴いたりとかね)、手前が歳を取れば取るほど、“説教臭い系列”の曲がどんどんうっとうしくなってきて、気楽に聴こうという感じじゃなくなってしまったのよね。

 だが、この曲はいい。結局おれは、さだまさしの飄々としたユーモアこそを最後まで評価する。ただ笑わせるというんじゃなくて、面白うてやがて哀しき、まぬけた感じのさだまさしの曲がおれは好きだ。ふざけたあざといCMソングだと思っていたのだが、こいつは案外、さだまさしの最高傑作のひとつなんじゃないかと思う。忌野清志郎「善良な市民」と併せて聴くと、引き立て合ってじつにいいなあ。

 というわけで、asahi.com の見出しを適当に選んで「でも味噌汁付かない」を付けてみたんだが、これは魔法の言葉だね。なんに付けても、それなりの不思議な味が出る。しばらくは、それがなんであれ、とりあえず、「でも味噌汁付かない」を付けてみることにしよう。わけのわからないニュースが多い昨今、とにかく味噌汁が付かないことを嘆いてみるだけで、なんぼか冷静にものごとを見られるような気がする。

 それにしても、これじゃあ、ソフトバンクの思うつぼだ! ウィルコム派としてはなんだかくやしい。



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2009年5月13日 (水)

相対性理論が過小評価されてるとは思えないんだがなあ

第1回CDショップ大賞 相対性理論「シフォン主義」 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0512/TKY200905120304.html

 全国のCDショップの店員が、売りたい、聞かせたい邦楽アルバムを選ぶ「第1回CDショップ大賞」が12日発表され、大賞に4人組ポップバンド、相対性理論の「シフォン主義」(みらいrecords)が選ばれた。準大賞には大橋トリオ「THIS IS MUSIC」(パッチワークスレーベル)、Perfume「GAME」(徳間ジャパン)の2作品、ほかに7作品を入賞に選んだ。
 昨年発足した「全日本CDショップ店員組合」が、大手やインディーズを問わず、過小評価されている音楽作品に光を当てたい、と企画した。いわば書店員が選ぶ「本屋大賞」のCD版。
 08年発売の邦楽のオリジナル作品を対象に、148人の店員が3票ずつ投じ、1次投票で29作品を選出、さらに2次投票で上位10作を選んだ。
 大賞の相対性理論は、80年代のテイストが漂うポップなサウンドとシュールな歌詞、淡々とした女性ボーカルが持ち味。ライブの他に、人前に出ることはほとんどなく、インターネットや口コミで話題になっていた。

 こんなのがはじまっていたとは知らなんだ。「本屋大賞」のCD版ねえ。

 おれもこのブログで激賞した相対性理論が賞を取るのは喜ばしいことだが、「全国のCDショップの店員が、売りたい、聞かせたい邦楽アルバムを選ぶ」「過小評価されている音楽作品に光を当てたい」ってところに、ちょっと違和感を覚えた。過小評価どころか、『ハイファイ新書』『シフォン主義』も、iTunes Store では、かなりのあいだ「トップアルバム」の一位と二位に輝いていたと思うんだが……。すでに大ブレークしてるんじゃないの? おれなんぞは、ネットのほうに軸足があるから、「ほとんど社会現象になりつつあるのではないか」などと思っていたくらいだ。べつにケチをつけるわけじゃないんだが、過小評価されているものに光を当てたいという主旨であれば、充分売れているとしか思えない相対性理論じゃなく、もっと売れてない名盤に光を当ててあげてはどうかと思う。

 まあ、あくまで「08年発売の邦楽のオリジナル作品」が対象ということだから、今年一月の『ハイファイ新書』の大ブレークに目をつぶれば、『シフォン主義』は賞の主旨にマッチしていると言えないこともないかなあ。おれは『ハイファイ新書』を iTunes Store で試聴して仰天し、その場で『ハイファイ新書』と『シフォン主義』をぽちぽちっと衝動的確信買いして、ヘヴィーローテーションで聴きまくっているうちにどうしても盤(いた)も手元に置いておきたくなり、アマゾンで二枚ともぽちぽちっとやった。都合二回ずつ買っているわけだが(なにも、いつもこんなアホなことをしているわけではない。それくらい気に入ったのだ)、一回もCDショップには行ってない。そういう時代なんだよねえ。売れてるものを買うのに、なにをわざわざCDショップにゆく必要があるか。

 まさかとは思うが、来年の今ごろ発表されるであろう「第2回CDショップ大賞」が、『ハイファイ新書』になったりはしないよね? 万が一、そうなりそうになったら、ちょっと賞の主旨を考え直したほうがよいと思う。



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2009年3月16日 (月)

『エッセンシャル・ベスト 麻生よう子』(麻生よう子/Sony Music Direct)

 昭和の歌姫のうち、この人ほど惜しい人もちょっといないのではなかろうか。哀しい歌が巧すぎたことが麻生よう子の不幸なのかもしれない。なんでこんなに歌唱力がある人が消えちゃったかねえ。おれはもう子供のころから「逃避行」の大ファンで、都倉俊一の最高傑作のひとつだと思っている。なあ、どう思う、半田健人? キミなら、リアルタイムで聴いていなくとも、この曲の良さをわかってくれると思うんだけどなあ。昭和だよ、昭和。

 麻生よう子のベストなら、カバーを入れるくらいなら、もっとオリジナルを入れろという意見もアマゾンの評にはあるし、それはまあそのとおりだとはおれも思うのだけれど、「ジョニィへの伝言」「別れの朝」「終着駅」などは、それはそれで、麻生よう子の声にピッタリ合った、いいカバーだとは思わないか? 「ジョニィへの伝言」はとくに秀逸だと思う。元から麻生よう子のオリジナルであってもいいくらいに、曲想と声質が合っている。

 おれは麻生よう子という歌手を忘れない。たまたま時代とのめぐり合わせが悪かっただけである。むしろ、いまなら、麻生よう子の歌唱は時代に受け容れられるのではなかろうか。七十年代の歌姫なら、中沢厚子なんかも活動を再開していることであるし、麻生よう子には、いまこそ流行やなんかを超えた次元で、みずからの個性だけを打ち出して、ふたたび唄ってほしいなあと思う。あなたの声が聴きたくてたまらない中年連中は絶対多いと思うのだ。

 甦れ、麻生よう子!



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2009年3月15日 (日)

『zabadak 1986-1993 SPECIAL EDITION』(zabadak/バイオスフィア・レコーズ)

 おっと、去年にこんなものが出ていたとは……。「1985-1993」というのは、要するに、上野洋子がいたころのzabadakということである。おれはべつに吉良知彦が嫌いというわけではなく、それどころか、非常に品のよい優れたミュージシャンであると評価しているが、なにせおれ自身が声フェチなもんで、どうしても上野洋子のウェイトが重いんだよなあ。

 上野洋子のいたころのzabadakというのは、まことに奇跡的なユニットであったと思う。人ごみが嫌いで、まずライブなどというものには出かけてゆかないおれが、zabadakのライブには二回も足を運んだのだからな。あれは、大阪ビジネスパークのIMPホールと、新大阪のメルパルクホールだったなあ。ライブの上野洋子は、それはそれはシャーマン的な魅力を湛えた少女のような魔女のような人だった。

 このDVDは、まあ、既出のPVやDVDのおいしいとこ取りみたいなもんで、zabadakファンにはさほど新鮮というわけでもないのだが、おいしいとこ取りだけに、上野洋子在籍時代zabadakのダイジェストが効率よく(?)楽しめるそこそこのものである。初期のPVのしょぼいこと。低予算の映像をやたらにクオリティーの高い音楽が完全に食っていて、その滑稽さがなにやら微笑ましい。名曲「harvest rain 豊穣の雨」あたりから、ようやくまともなPVになってくる。しょぼいPVもいま観ると懐かしいですけどね。

 あのころのzabadakの面白さというのは、凡百の男女デュオとはちがった“ねじれた関係”だったのだよなあと、いまこのDVDを観ながら、改めて思う。声を楽器のように操る理知的な上野洋子の歌唱を、唄うようにギターを奏でる情緒的な吉良知彦の演奏がしっかりと支えている。つまり、紋切り型の男女の役割が逆転しているのだ。その面白さと危うさは、「このままの姿では長くは続かないだろうなあ」という哀しい予感を伴いつつも、その奇跡的な数年間に立ち会えることの喜びをいや増すものだった。なにもかもみな懐かしい。

 その後、上野も吉良も、それぞれの音楽性をそれぞれの方向に追求し、深化していっているのは若い人もご存じのとおりである。いまの上野洋子、いまの吉良知彦がお好きな若い方々は、このふたつの才能が奇跡的に交じわっていたあの数年間を、御用とお急ぎでなければ、ぜひ味わっていただきたいと思う。『飛行夢』から『私は羊』あたりまでのzabadakは、ほんとにワン・アンド・オンリーの、昼下がりのうたた寝に見た前世の夢のようなユニットだったなあ。



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2009年1月12日 (月)

臨界に達した連鎖反応拡大中の「相対性理論」

 げげげ。このブログに検索エンジンからやってくる人が用いた「検索フレーズランキング」(左ペインの下のほうに出してる)だが、なんと「相対性理論」6位に上がってきている。日本語を使っている人たちが突然物理学に関心を抱きはじめたとはちょっと考えにくいから、こりゃやっぱり、前エントリーで激賞したバンドの相対性理論を、日本語使用者が世界のあちこちで猛然と検索してるんでしょうなあ。

 しかし、この勢いはすごい。ほとんど社会現象になりつつあるのではないか。今回の『ハイファイ新書』のブレークで、「特殊相対性理論が一般相対性理論になった」な~んてことを言う人が、きっとうようよいるのにちがいない。あ、あなたもうどっかに書きましたか? みんな思いつくネタだと思うよ、これ。この調子では、「量子論」とか「超紐理論」とか「大統一理論」とか「万物理論」とかいうアマチュアバンドがあちこちに出現しそうだ。「万物理論」ってのはバンド名としてはけっこういいかもしれんが、よほど天才的な実力がないと絶対名前負けすると思う。

 きっといまごろ、日本中のマーケターが、このあまりにも象徴的で面白い現象を固唾を呑んで見守っていることだろう。巨額の費用を投じてテレビCMをばんばん打っても売れないレコード会社は、「え? なんで? なんで? なんでじゃーー!?」と目を白黒させているにちがいない。だってあなた、テレビのCMなんて、もはやハードディスクレコーダ使ってる人は、自動手動を問わず、みんな跳ばしちゃうでしょ、ふつう。アマゾンや iTunes Store のパーソナライズされたレコメンデーションはしばしばちゃんと見るけどね。広告主の方々は、なけなしの広告費をどこにどう使うべきか、消費者の立場で考え直しましょう。テレビ局に代表されるマスメディアの方々は、媒体屋とコンテンツ屋は本来まるで異なる商売なのだというあたりまえのことにとっとと目覚め、認可事業の既得権ビジネスモデルにいつまでもしがみついていないで自分から先手を打ってそれを破壊し、どうやったら生き残れるかを考え直しましょう。

 それにしても、ウチの「検索フレーズランキング」のベスト10入りしている人名・グループ名が、おれの名前はさておくとして、「武梨えり」「タモリ」「稲垣早希」「鳥居みゆき」「相対性理論」って、なんか、そこはかとなく読者層のカラーが見えるよなあ。まあ、なんちゅうか、友だちが多くて困るというタイプの人たちではけっしてなさそうな気がする(笑)。



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2009年1月10日 (土)

『ハイファイ新書』(相対性理論/みらい records)

 こ、これはただごとではない。ハマってしまった。一発でハマってしまった。相対性理論はニ〇〇六年九月結成だというが、こんなユニットを一年三か月も知らなかったとは、わが身の不明を恥じる思いである。べつにおれは音楽評論家じゃないし、最新の音楽シーンなんぞちっとも追っかけてない、ただただ自分の好きなものを繰り返し聴いているだけの能天気な音楽好きにすぎないので、よく考えてみるととくに不明を恥じることもないけれども、それでも個人的には、一年三か月ぶんの人生を損したような気分である。

 昨日、iTunes Store のトップページを開いたとき、奇妙なアルバムが「トップアルバム」欄の一位に突如ランクインしてきているのに気づいた。なんじゃこりゃ? 相対性理論? 人を食った名前だな。しかし、こんな名前で活動しているユニットを、SFファンとしてはすんなり受け流すわけにもいかん。しかも、二位も同じユニットの『シフォン主義』なるEPである。インディーズがにわかにメジャーに躍り出てきているらしい。これはいっぺん試聴してみずばなるまい……。

 で、『ハイファイ新書』の一曲め「テレ東」を二十秒かそこら試聴するや否や、おれは『ハイファイ新書』と『シフォン主義』を、ぽちっ、ぽちっとやってしまっていた。つまり、おれは iTunes Store で買った(iTunes URL:相対性理論)わけなので盤(いた)は持ってないのだから、「CDの紹介」として感想を書くのは厳密にはよろしくないのではないかとも思うのであるが、そんなことはどうでもよいほど、「ええもんめっけ!」という気持ちがあまりに強いので、クローズドな mixi の日記では書かずに、こうやってここで感激を表明するのである。

 聴いたとたんにおれがなにを思ったかを嘘偽りなく言うと、「あ、Scritti Politti だ」と思ったのだった。

 どこがスクリッティ・ポリッティだよ、全然似てねーじゃねーかとツッコむ人もいるかもしれないが、おれにはそっくりに聞こえたのだからしようがない。やくしまるえつこなる、これまた人を食った本名とはとても思えぬ女性ヴォーカルの歌唱は、まるで“岩男潤子と藤本房子を足して二で割ったような声をベースに開発した初音ミク”が唄っているかのようで、その“強烈な無個性”が尋常でなく心地よい。あたかも、グリーン・ガートサイドのようだ。無個性というのはどこまで行っても無個性だが、強烈な無個性というのは透明な個性なのである。

 おれは声フェチであるから、たいていのポップスは唄い手の声でハマるのであるが、相対性理論の場合、まずその“音”にハマった。強烈な無個性を主張するヴォーカルは、ギターやベースやドラムスのカッコよさを引き立てて、まったく食わない。いやもう、ことにギターがめちゃめちゃカッコいい。

 それにしても、この国籍不明のポップさ。お笑いのジョイマン川本真琴とSF短歌の笹公人がなにかのまちがいでコラボして書いてしまったような麻薬的な“声に出して読みたい”歌詞は、なにも主張してこないのに、キラキラと耳に刺さり、頭の中でぐるぐる回って離れない。やっぱ、スクリッティ・ポリッティの『Cupid & Psyche 85』を初めて聴いたときにガツーーーンとやられた記憶に重なってしまう。まあ、こういう奇妙な感想を抱くのは、おれのようなロートルだけかもしれないけどね。

 まいったなあ。しばらくは、相対性理論にべったりになりそうだ。「地獄先生」なんて、ポリス「Don't Stand So Close to Me」の今風アンサーソングに聞こえちゃうよなあ。「バーモント・キッス」もいいなあ。納豆の賞味期限はいつだったかなあなどとふと冷蔵庫の扉を開けたりするときに、「♪わたしもうやめた~、世界征服やめた~」とか鼻歌で唄っちゃいそうだ。「品川ナンバー」もいいなあ。カラオケにあったら(そのうち入るだろうか)、いっぺん唄ってみたい。

 おれは音楽に関する専門的語彙をあまり持たないので、まるで書物であるかのように感想を表現するしかないのだが、いまはまだ、こういうものにこの時代にこのタイミングで出会った驚愕と感激に圧倒されていて、ひたすら彼らの音が醸し出す世界に淫しているだけである。

 おれ的には、'00年代のスクリッティ・ポリッティが日本に現れたってのが、掛け値なしの感想だ。もう、目が離せない。これで、ニ、三枚のアルバムを出すだけですぱぁ~~んと沈黙しちゃうとなおさらカッコよく、伝説化すること請け合いなのだが、もっともっと新しいのが聴きたいと思うのも、また、偽らざるところである。悩ましいなあ。

 ひとつたしかな予感がある。おれが二十年以上経ったいまでも『Cupid & Psyche 85』を聴いているように、いまから二十年経っても、おそらくこの『ハイファイ新書』を聴いているであろうということである。もう、たしかにそう思えるほどに、おれのツボにハマった。よくぞ「相対性理論」なんてユニット名にしてくれたもんだ。そうでなきゃ、知るのがもっと遅れたかもしれんからな。うぅ~む、盤も買っちゃおうかなあ……。

 それにしても、こいつら、いったいなにものだ? ポップなアウトプットのバックエンドで、ガチガチに理論武装してそうだなあ。SFで言えば、円城塔みたいな連中にちがいない。

 まあ、社会的・政治的・経済的にはろくなことがない昨今ではあるが、こういうときこそ、文化的にはめちゃくちゃ面白くなるのだ。キターーーーーーっ、この時代に生まれてよかったー!

「地獄先生」PV (※わ、洞口依子じゃんか……好みってものは、どうしてこうヘンなところで繋がってゆくかねえ……)



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2008年12月25日 (木)

世界中のクリスマス

 いやまあ、一昨年も書きましたけどね、おれにとって、クリスマスソングと言えば、やっぱコレですなあ。Sheena Easton 最高だなあ。

 なんとも暗い一年だったけど、こういうのを聴くと、ちょっとほっとしますね。来年は、なにかしら明るいことがあればいいのだけれど……。


Sheena Easton : It's Christmas All Over The World



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2008年12月23日 (火)

仮定法過去完了

 そろそろクリスマスなもんだから、定番のクリスマスソング「ママがサンタにキスをした」( I Saw Mommy Kissing Santa Claus )を耳にすることも増えてきた。これを聴くたびに思うんだが、これって、中学生時代のおれにとっては衝撃的な歌詞だったのよなあ。英語の先生は、これを利用しない手はないと思うのである。

  Oh, what a laugh it would have been if daddy had only seen mommy kissing Santa Claus last night!

 この文章、おれたちのころのカリキュラムでは、中学三年生までに習う英文法の中でも、最も難易度が高い(と、教えるほうは勝手に思っていたらしい)とされていた仮定法過去完了の代表的例文にしてもいいくらいの名文(?)である。そのほかにも、こういうときの only のニュアンスとか、see somebody ~ing とか、it would have been の it はなんなのかといった、“とても英語らしいノリの表現”がぎっしり詰まっている。

 実際のところ、いまの中学三年生でこの文章が正しく解釈でき、この文章に相当する構文の英作文ができる子は、抜きん出て英語のできる子だろうと思う。

 おれたちの中学生時代から、仮定法過去で躓くやつは、「過去形」がなぜに「仮定」として使われるのかが感覚的に理解できないらしいのだった。「ああ、そりゃそうだ」と誰に説明されずとも自明の理として納得できる“語感”を持っていたら、べつに難しくもなんともない。NHKの『ハートで感じる英文法』でおなじみの大西泰斗氏がみごとにシンプルに説明してらっしゃるように、いっぺん頭の中で「○○だったとしたら……」と思い描いたことは、心理的に“過去のこと”と捉えているからである。仮定した光景を一歩引いて描写するときの“心持ち”は、過去に起こったことを振り返って描写するときのそれとほぼ同じようなものだからなのだ。

 でもって、仮定法過去完了は、仮定法過去(というのは、結局、視点は現在にあるわけだが)の構造が、そのままガッチャンと過去にずれるだけのものである。“過去の一時点に於いて「そのとき○○だったら、××だったのになあ」ということ”を、現在の視点で述べているわけだ。だもんだから、仮定法過去完了が使われる文脈というのは、後悔していたり、残念がっていたりすることが日常的表現では圧倒的に多い。「ママがサンタにキスしているのをパパがもし見ていたら、そりゃあケッサクだったろう、ああ、残念」と、現在思っているわけである。

 『ダウンタウン物語』(Bugsy Malone)という、ガキのころのジョディ・フォスターなんかが出ている映画が三十年以上前にあったが、このラストシーンで唄われる歌がケッサクなんだよなあ。この映画、ギャング映画なんだが、演じているのはみ~んな子供なのである。そいつらが、「We could've been anything that we wanted to be……」と、まるで世を拗ねて裏の世界で地べたを這いずって生きてきたすれっからしの中年みたいな歌を合唱するのだ。アレがなぜ面白いかというと、ガキのくせに仮定法過去完了で唄うからである。あたかも、十四歳の少女「今まで生きてきた中で一番幸せです」とほざくがごとき、微笑ましさと滑稽さが醸し出される。

 で、だ。おれが中学生のときに「ママがサンタにキスをした」に衝撃を受けたのはなぜかというと、学校文法に於いて中学校を修了していなければわからないはずの構文が、実際の英語圏では“子供の歌”で使われていたからである。そりゃそうだわなあ。英語で生活しているやつらが、いちいち日本の学習指導要領などを気にしているはずがない。つまるところ、英語の先生にでもなるつもりがなければ、英語なんてのは、英語圏の幼児が身につけるであろうように身につけるしかないのだなあと、心底納得したものであった。要は、“フィーリング”なのである。

 だもんだから、今日の日記は、時節柄、受験生への応援である。英語の苦手な人は、「ママがサンタにキスをした」の歌詞をとにかく口をついて出るくらいに憶えなさい。絶対、役に立つ。ラテン語やなんかとちがって、英語は、いま、この世界に生きている連中が日常的に使っている言語なのだということを実感できれば、学校で習うような無味乾燥なものではないと、心の底から納得できると思うんだよね。

 Merry Christmas!



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2008年12月17日 (水)

いまいち魂に響いてこない「月華-tsukihana-」

ゴスロリ姫、北出菜奈が世界初の藁人形入りCDを発売 (Yahoo! ニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081216-00000727-bark-musi

“ゴスロリ・ファッションのカリスマ”の異名を取る北出菜奈が、2009年2月4日にリリースするニュー・シングル「月華-tsukihana-」のジャケットやアーティスト写真では艶やかな和服姿を披露。また新たな魅力をみせている。
「月華-tsukihana-」は、2008年10月より放送されているテレビ・アニメ「地獄少女 三鼎」のオープニング・テーマとしてすでにお馴染みの人も多いはず。
そんな「月華-tsukihana-」のCDは、なんと世界初の藁人形の“おまけ”付き。「菜奈姫本舗公認守護藁人形」と命名されたこの藁人形の背中には、北出菜奈のロゴが刻印されている。 藁人形は、アニメ「地獄少女 三鼎」の中で非常に重要な役割をしているアイテムで、「地獄少女」のオフィシャル・グッズとして発売された藁人形も、即完売の大人アイテムとなっている。

 「世界初の藁人形入りCD」ってあのな、そりゃ世界初だろうよ。藁人形を呪いのアイテムとして使う文化圏って、そんなに広くないと思うんだが……。まあ、新聞のプレゼント企画でDVDと藁人形を賞品にした鳥居みゆきという先人はいるけどな。

 たしかに、『地獄少女 三鼎』は、地獄流しにされるほうよりも、するほうの醜さに焦点を当てた、捻った作りが気に入ってはいるんだよね。ファーストシーズンでも二籠でも、そういう問題提起的なエピソードはいくつかあったのだけれども、三鼎はとくに「なんでこんな人が流される? なんでこいつが流す?」みたいな違和感こそをメインに攻めてきて、第一、第二シーズンの再評価をも迫る卓袱台返しのコンセプトに大いに期待しているのだけれども、北出菜奈のテーマソングは、いまいちおれには馴染まないのだよなあ。嫌いじゃないんだけど、SNoW「逆さまの蝶」「NightmaRe」が、『地獄少女』という作品に誂えたような傑作すぎて、「月華-tsukihana-」が見劣り(というか、聴き劣り)するんだなあ。

 北出菜奈の「月華-tsukihana-」は、ファッションとしての『地獄少女』という感じがして、『地獄少女』という作品の世界あっての“アニソン”という感じがしちゃうんだが、SNoW の「逆さまの蝶」や「NightmaRe」は、むしろアニメの世界のほうを牽引して引き立てているほどの独立した作品である。声に籠もったメッセージのパワーがちがうというか、サウンドとメッセージの厚みがちがうというか……。なんで SNoW みたいな人がもっと売れないかね? いやまあ、こんな人がバカ売れしても、それはそれでウソですけどね。でも、もっとずっと評価されてもいい人だと、おれは思うんだがどうよ?



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2008年12月13日 (土)

われながらいかがなものかと思う条件反射

 駅とか会社とかそこいらの道端とかのゴミ箱がさ、いまはもうみんな分別回収になってるじゃないすか。でもって、「ビン・缶」と書いてあるやつがありますわな。そこに瓶とか缶とかを捨てるとき、必ず頭の中で、

「♪BIN・KANルージュ ジェラシーふりかけて」

 と歌が流れるのは、満四十六歳の男としてどうよ? どうよっつっても、流れてしまうものはしようがない。ひどいときなど、口ずさみながら瓶や缶を捨ててるもんな。誰かに聞かれていないことを祈るばかりである。というか、「あ、あなたもそうですか」などと、万が一にも、異国で日本語を聞いたかのように同じくらいの歳のおやじが馴れなれしく話しかけてきたりしたら、どうしよう!? これは激しく厭だ。おれはあんたとはちがう。いや、第三者から見れば同類かもしれんが、主観的には断じてちがうんだ!



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2008年11月15日 (土)

最もよく聴いている曲

 mixi ミュージックが捕捉しているおれがパソコンで聴いた曲は、目下、26183曲であるが、mixi ミュージックなんてものができたのは、ごく最近のことだ。はたして、おれがほんとうに最も多く聴いている曲はなんであろうか……と、ふと考えてみたところが、明解な答えに思い当たった。

 これはおれだけではないかもしれない。とくに関西人は、おれと同じように頻繁に聴いているはずなのである。二十年にわたって、ほぼ毎週聴いている人も少なくないであろう。

 そう、『ハートスランプ二人ぼっち』である。オリジナルとはちがうテレビバージョンではあっても、あのイントロを耳にするや否や、どこにいてもなにをしてても、突如、金曜日の深夜であるかのように錯覚する関西人は、百万人や二百万人では利かんのではないかと思う。全曲ではないにしても、きっと、部分的にはおれが人生で最も多く聴いている曲ではないかと思う。『笑点』のテーマ曲とどっちが多いか、もはやわからんくらいだ。おれは『笑点』をそんなに観てないから、きっと『ハートスランプ二人ぼっち』のほうが多いだろう。

 さあ、今夜もご一緒に、複雑な現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明しよう! ♪チャッ、チャッ、チャラっ!! ベッドのまわりに~、なにもかも脱ぎ散らして~……



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2008年11月 6日 (木)

もう、“未来”じゃない

Obama: 'This is your victory' (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/POLITICS/11/04/election.president/index.html

(CNN) -- Barack Obama told supporters that "change has come to America" as he claimed victory in a historic presidential election.
"The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even one term, but America -- I have never been more hopeful than I am tonight that we will get there. I promise you -- we as a people will get there," Obama said in Chicago, Illinois, before an estimated crowd of up to 240,000 people.
With Obama's projected win, he will become the first African-American to win the White House.

 そう、おれたちの子供のころから、SFに出てくる未来社会では、アメリカ大統領は往々にして黒人だったものだった。逆に言うと、三十年、四十年前には、黒人がアメリカ大統領になるなどということは、ロボットが二足歩行をしたり、誰もが個人用の無線通信機を持ち歩いていたりといったことと同列の“SFの世界のできごと”だったのである。アメリカ大統領を黒人に設定するだけで、「ああ、なるほどこれは遠い未来のことにちがいない」という説得力を持たせられたわけだ。これからは、ただアメリカ大統領を黒人にするだけでは、“未来感”が出なくなっちゃいますな。

 オバマ候補が勝つであろうことは、選挙戦終盤にはもはやかなり確かではあったけれども、今日こうしてオバマ次期大統領の演説を、彼に勝利をもたらした最強の武器とも言えるインターネットを通じて映像と共に聴いていると(八年前には、こんなことも手軽にはできなかった)、なにやら不思議な感慨を覚える。それはちょうど、小学一年生のおれが、親に目医者に連れていってもらって帰ってくると、重そうな宇宙服を着た人が月面をぴょんぴょん跳ねているのを白黒テレビの中に観たときの感慨に似ている。アポロだけに月並みな想像ではあるが、もしもタイムマシンがあったら、目を丸くしてテレビにかじりつきアポロ11号の快挙を観ている六歳のおれに、「黒人がアメリカ大統領になるのは、おまえが四十五歳のときだ」と教えにいってやりたい気持ちでいっぱいだ。

 そう、たしかに、単にアフリカ系アメリカ人が大統領になることが決まったというだけにすぎない。政治手腕は、それこそ、肌の色などには関係ない。その関係ないはずのことでさまざまな悲劇を生んできたホモ・サピエンスの歴史を思うと、よその国のことながら、ホモ・サピエンス全体が、ほんの、ほんのちょっぴりだけ、進化の梯子を登ったような気がするのは、おれだけだろうか? それが幻想であったとしても、今夜ひと晩くらいは、“SFがまたひとつ現実になった”ことを素直に喜んで酒を飲みたいおれなのであった。

 いや、それにしても、オバマさんって人は、演説がうまいねえ。数分も聴いていると、「ああ、アメリカ人に生まれてよかった」としみじみ思えてくる……って、おまえは千駄ヶ谷の病院で生まれたんだよ。

Transcript: 'This is your victory,' says Obama (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/POLITICS/11/04/obama.transcript/index.html

If there is anyone out there who still doubts that America is a place where all things are possible, who still wonders if the dream of our founders is alive in our time, who still questions the power of our democracy, tonight is your answer.

 今夜は、ビリー・ホリデイ「奇妙な果実」U2「Pride (In the Name of Love)」「MLK」でも聴いて寝るとするか。

Billie Holiday - Strange Fruit

Rare U2 Pride In The Name Of Love Live 1984

U2 - MLK (Live From Tempe, Arizona)



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2008年10月19日 (日)

第一回『マクロス縛り紅白歌合戦』

 ニ〇〇ニ年を最後に途絶えていた好評投稿企画『アニソン縛り紅白歌合戦』が、なんと今年だしぬけに復活である。ま、要するに、「こんな歌手がこんなアニソンを歌ってくれたら面白いなあ」という架空の紅白歌合戦である。かの、ゆうきまさみ先生にもウケていたという伝説の投稿企画だ。おなじみ、唄う経済学者・マイソフさんが、六年ぶりに、今年はなんと『マクロス縛り紅白歌合戦』を投稿してくださった。今年はなにしろ、菅野よう子が音楽を担当した『マクロスF』のサントラが、アニメのサントラ版アルバムとしては『新世紀エヴァンゲリオン』にも迫る十一年ぶりの大ヒットをかっ飛ばした年であるからして、架空の紅白歌合戦もマクロス縛りだ。さすがマイソフさん、すばらしい。

 というわけで、人の褌で相撲を取るこの企画、六年ぶりに行ってみよう!

第一回「マクロス縛り紅白歌合戦」(出場順)
前半戦(紅組先攻)
茅原実里私の彼はパイロット
[超時空要塞マクロス]
TRY AGAIN
[マクロス7]
羞恥心
水樹奈々インフィニティ
[マクロスF]
アイモ~島のひと
[マクロスF]
布施明
大塚愛射手座☆午後九時 Don't be Late
[マクロスF]
MY SOUL FOR YOU
[マクロス7]
GReeeeN
アンジェラ・アキダイアモンド クレパス
[マクロスF]
SEVENTH MOON
[マクロス7]
EXILE
RYTHEMノーザンクロス
[マクロスF]
MY FRIENDS
[マクロス7]
森山直太朗
田村ゆかりシルバームーン・レッドムーン
[超時空要塞マクロス]
小白竜
~歌より長い語りつきversion~

[超時空要塞マクロス]
Revo
ゲスト
中島愛指輪
[天空のエスカフローネ]
May'n私は丘の上から花瓶を投げる
[坂本真綾アルバム『Lucy』より]
福山芳樹The Real Folk Blues
[カウボーイビバップ]
後半戦(白組先攻)
中川翔子星間飛行
[マクロスF]
PLANET DANCE
[マクロス7]
JAM Project
平野綾0-G Love
[超時空要塞マクロス]
What 'bout my star?
[マクロスF]
Gackt
坂本真綾Galaxy
[マクロス7]
ビューティフル・プレイス
[超時空要塞マクロス]
森進一
森公美子シンデレラ
[超時空要塞マクロス]
マクロス
[超時空要塞マクロス]
V6
浜崎あゆみWelcome To My Fanclub's Night!
[マクロスF]
愛・おぼえていますか
[『超時空要塞マクロス』劇場版]
平井堅
安室奈美恵ライオン
[マクロスF]
S.M.S.小隊の歌
[マクロスF]
北島三郎・細川たかし・
新沼謙治
小林幸子トライアングラー
[マクロスF]
突撃ラブハート
[マクロス7]
サザンオールスターズ
フィナーレ
飯島真理ランナー
[超時空要塞マクロス]

 いやはや、選曲もみごとなら、歌手の割り振りもみごとである。大塚愛の「射手座☆午後九時 Don't be Late」や、アンジェラ・アキの「ダイアモンド クレパス」、中川翔子の「星間飛行」、小林幸子の「トライアングラー」なんてのは、ぜひ聴いてみたいなあ。

 あんまりマイソフさんのアイディアそのままに寄りかかったエントリーではなんなので、おれもひとつオリジナルを考えてみた。

特別出演
岡崎律子VOICES
[マクロスプラス]

 これはまあ、いまとなっては実現は不可能だが、聴いてみたいよなあ。コンピュータで再現できんか?

 ともあれ、年末のアニソン・カラオケ宴会には、このラインナップをぜひ参考にしていただきたい。


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2008年10月14日 (火)

ほんとにジョイントせんかな

 「○○と××くらいちがう」シリーズ、さくっとシンプルなやつ――

やなわらばースチャダラパーくらいちがう」

 ジョイントライブとかやるといいと思う。



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2008年8月18日 (月)

中沢厚子のウェブサイトができてたのか

 わわわ、いつのまにか中沢厚子ホームページができているじゃないか。去年の四月にできてたのか。疎いにもほどがある。おれがこのブログで中沢厚子について書いたのは、一昨年の五月だったな。

 なるほどねえ、おれが中学生のころにハマった『タワーリング・インフェルノ ~愛のテーマ~』は、“第一期中沢厚子”の最後のほうだったわけだな。

 かつて将来を嘱望されつつも家庭に入って活動を休止していたシンガーソングライターが、三十年以上の時を経てばりばり活動を再開しているというのは、じつにカッコいいねえ。あのころの中学生は、もう四捨五入して五十になろうというおっさんになっていますよ。なんか、時の流れって、楽しいねえ。ええーっ、去年の七月に三十二年ぶりの新曲が出てたんだ。むかしの曲を復刻盤で聴くばかりだったからなあ。疎いにもほどがある。買う買う、いますぐ買います。はい、買いました。



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2008年8月12日 (火)

『floating pupa』(pupa/EMI Music Japan)

 高橋幸宏原田知世高野寛高田漣堀江博久権藤知彦によるユニット pupa のファーストアルバム。え? どうせおまえは原田知世目当てだろうって? いや、たしかにそうだけどさ、おれは高橋幸宏も好きなんだよ。サディスティック・ミカ・バンドも好きだしさ。今風の木村カエラちゃんも好きだけどさ、おれはやっぱりSMBと言えば桐島かれんの世代なのよのさ。そんな八〇年代には、知世ちゃんはまだひっくり返った声で主演映画の主題歌を唄う初々しいだけのアイドルであって、よもやその後独自の世界を確立するミュージシャンに大成しようとは、当時のおれには神ならぬ身の知る由もないのであった。

 そんなわけで、高橋幸宏が原田知世と組むと聞いたときには仰天した。と同時に、高橋幸宏のセンスのよさに唸った。原田知世に白羽の矢を立てたかー。二十数年前のおれに、将来、高橋幸宏と原田知世がユニットを作るんだよなどと教えてやっても、絶対信じないよな。

 pupa の音楽はとにかく品がいい。押しつけがましくない。じっくり聴くと、なるほどあちこちに職人気質が迸っているのだけれども、BGMとして流していると、とにかく品がよくて耳障りでない。不思議な浮遊感がある。原田知世という人は、こういうふわふわした感じに持ってこいなのである。かといって、知世ちゃん、いや、知世さんは、ヴォーカルばかりで活躍しているわけではないのだ。エレクトリック・バグパイプなる楽器で、演奏も聴かせてくれる。

 灰汁がなさすぎてもの足りないという声もありましょうが、なんちゅうか、意地汚い主張がなくてよろしいなあ。原田知世の声はとにかくうるさくなくていい。BLENDYやなあ。案外、いそうでいないんだよねえ、原田知世みたいなヴォーカルって。

 ともあれ、SFファン的には、『さなぎ』ってネーミングがいいよねえ。べつにSFとは関係なくて、高橋幸宏が近年フライフィッシングに凝ってるからこういう名前になったそうなんだが……。



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2008年6月23日 (月)

『親愛なる君へ』(柴田淳/ビクターエンタテインメント)

 『月夜の雨』から一年以上を経た待望のニューアルバム。柴田淳のような人は、一年に一アルバムくらいのペースがちょうどいいと思うね。粗製濫造してほしくない。あいかわらず、押しつけがましくない、身体にすっと入ってくる心地よい声である。ジャケット(って言うのは年寄りか。最近は“カバーアート”って言うのかな?)写真の腕が怖ろしくきれいだ。いやまあ、ルックスと音楽は切り離して考えねばならないが、そりゃまあ、きれいに越したことはない。ええ、どうせおれはオヤジですよ。

 全体的な印象を言うと、柴田淳的“安全牌”の曲が多いように思う。“いつものしばじゅん”を楽しむぶんにはなんの文句もない。それどころか、あの絶妙にかすれた儚げなファルセットを“聴かせびらかして”くれるような曲が多いくらいであり、「今回は、サービスはしてくれたが、あまり冒険はしなかったな」という感じ。固定ファン層を磐石にしようという製作意図なんだろう。そういう意味で、おれにはちょっともの足りない感じがした。柴田淳ほどの才能と声の持ち主であれば、もっと冒険してもいいのではないか。おれが今回のアルバムでいちばん気に入ったのは、もろにジャジーな曲に挑戦した「メロディ」なのである。“いつものしばじゅん”も聴きたいが、新しい面も見せてほしい。ファンとは貪欲なものなのだ。

 おれ的には、このアルバムのベストは、上述の「メロディ」、映画『おろち』の主題歌に決定した「愛をする人」、シングルカットされている「カラフル」、ピアノに合うしばじゅんの持ち味を活かした「小鳥と風」、堂々たるいつものしばじゅん節「君へ」といったところか。

 次回のアルバムでは、もっと冒険して、びっくり仰天させてほしいな。ジャズ路線というのはとてもいいと思うので、ジャズ・スタンダードとかにも挑んでほしい。《つまおうじ》シリーズ的なコミカルな実力派路線でアニソンなんかもやってほしいなあ。映画主題歌のオファーがあるくらいなんだから、アニメ製作者ももっとしばじゅんのあけっぴろげでコミカルな面に注目すべきだと思う。『ときめきトゥナイト』並みのアニソンの名曲が、しばじゅんになら楽勝で作れるし、唄えるだろうと想像するんだがなあ。

【収録曲】カラフル/椿/愛をする人/メロディ/38.0℃ ~piano solo~/君へ/十数えて/ふたり/泣いていい日まで/小鳥と風



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2008年6月12日 (木)

アメリカでLPレコードが復興中

Retailers giving vinyl records another spin (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/US/06/10/vinyl.records.ap/index.html

PORTLAND, Oregon (AP) -- It was a fortuitous typo for the Fred Meyer retail chain.
This spring, an employee intending to order a special CD-DVD edition of R.E.M.'s latest release "Accelerate" inadvertently entered the "LP" code instead. Soon boxes of the big, vinyl discs showed up at several stores.
Some sent them back. But a handful put them on the shelves, and 20 LPs sold the first day.
The Portland-based company, owned by The Kroger Co., realized the error might not be so bad after all. Fred Meyer is now testing vinyl sales at 60 of its stores in Oregon, Washington and Alaska. The company says, based on the response so far, it plans to roll out vinyl in July in all its stores that sell music.
Other mainstream retailers are giving vinyl a spin too. Best Buy is testing sales at some stores. And online music giant Amazon.com, which has sold vinyl for most of the 13 years it has been in business online, created a special vinyl-only section last fall.
The best-seller so far at Fred Meyer is The Beatles album "Abbey Road." But musicians from the White Stripes and the Foo Fighters to Metallica and Pink Floyd are selling well, the company says.
"It's not just a nostalgia thing," said Melinda Merrill, spokeswoman for Fred Meyer. "The response from customers has just been that they like it, they feel like it has a better sound."
According to According to the Recording Industry Association of America, manufacturers' shipments of LPs jumped more than 36 percent from 2006 to 2007 to more than 1.3 million. Shipments of CDs dropped more than 17 percent during the same period to 511 million, as they lost some ground to digital formats.

The resurgence of vinyl centers on a long-standing debate over analog versus digital sound. Digital recordings capture samples of sound and place them very close together as a complete package that sounds nearly identical to continuous sound to many people.

Analog recordings on most LPs are continuous, which produces a truer sound -- though, paradoxically, some new LP releases are being recorded and mixed digitally but delivered analog., manufacturers' shipments of LPs jumped more than 36 percent from 2006 to 2007 to more than 1.3 million. Shipments of CDs dropped more than 17 percent during the same period to 511 million, as they lost some ground to digital formats.

The resurgence of vinyl centers on a long-standing debate over analog versus digital sound. Digital recordings capture samples of sound and place them very close together as a complete package that sounds nearly identical to continuous sound to many people.
Analog recordings on most LPs are continuous, which produces a truer sound -- though, paradoxically, some new LP releases are being recorded and mixed digitally but delivered analog.

 へぇ~。早い話が、アメリカではいわゆる“バイナル”、つまり、ポリ塩化ビニル製のアナログレコードのセールスがこのところ“伸びている”らしい。音源がデジタルなのに、わざわざアナログ媒体にしたりする例もあるそうな。

 小売チェーンのフレッド・マイヤーが、発注の際にうっかり「LP」のコードを打ち込んでしまったところ、各店舗にドカっと、あの“レコード”が届いた。返品してしまった店舗も多かったが、そのまま店に並べたところでは、面白い現象が起こった。売れたのだ。初日で二十枚も売れたという。フレッド・マイヤーだけでの事件ではない。the Recording Industry Association of America によれば、二〇〇六年から二〇〇七年にかけて、LPレコードの出荷量は、三六パーセントもの伸びを見せているそうだ。一方で、同じその期間に、CDの売れ行きは一七パーセントも落ちているという。

 てなわけで、なにやらアメリカでは、ちょっとしたLPレコード復興ブームが起こっているらしい。奇妙なもんだねえ。いや、むろん、絶対量としては、いまやウォルマートを抜いて世界でいちばん音楽を売っている小売店、iTunes Store を脅かすほどのことではないが、“バイナル”にこだわる音楽ファン(“音響ファン”と呼ぶべきかもしれないけれども)の需要には、けっこう根強い(根深い?)ものがあるようだ。

 これが一時期だけの現象なのか、今後、もっと大きなうねりになってくるのかには興味津々だけど、ちょっと日本では考えにくいブームだよねえ。日本の場合、往年の名盤や幻のアルバムの復刻などが、いわゆる“紙ジャケ”というカタチでちょっとした人気を博していることはいるけれども、まあ、あれだって中身はCDである(LPレコードそっくりの外観に模してあったりするのが食玩感覚で愉快だが)。

 アメリカという国の面白いところは、最先端の技術の産物を謳歌している層があるかと思えば、まるで時間が止まったかのような枯れた技術やインフラをごくふつうに使っている層が平然とあったりするあたりだ。振幅がやたら大きいのだ。スペースシャトルを飛ばしている国だからといって、みんながみんな光ファイバーのブロードバンドでバカスカインターネットを使っているわけではなく、いまだに「ピーーーー、ガガガガガ……」などと56Kモデムであたりまえのように通信していたりする人たちがいる。その点、日本のほうがずっと均質である。韓国ともなると、後発のメリットで、最初から一気に与えられたブロードバンドしか知らないような層がマジョリティーだ。

 このLPレコードブームも、アメリカならではという気がするなあ。ごくごく一部のオーディオマニアだけじゃなく、きっと“針を落として”聴くむかしのプレイヤーがまだまだ家にあるという世帯がかなりあるのだろう。まあ、日本にもそういう人(「やっぱり超音波や低周波を身体で感じないと、ホントの音楽じゃない!」と熱弁をふるうタイプのああいう人たち)はいることはいるけど、こんな社会現象(?)を作り出すほどの数ではないと思うね。

 この現象が日本に渡ってくるかどうかは、たいへん興味深いところだ。おれは渡ってこないと思うけどね。この時代に、データじゃなく記録媒体で販売する音楽の売り上げが“伸びる”なんてのは、まことにアメリカらしい面白い現象だと思うね。ある意味、ハイテク必ずしも善ならず、先端ならずという価値観を持った人が多いわけで、不均質であるがゆえに多様性を許容する市場があるというあたりこそ、アメリカの底力だと思う。多様であることは、非効率ではあっても善であるというベースの価値観がアメリカ人にはある。これはちょっと、おれたちも見習いたいところだよね。まあ、おれ個人はものぐさなので、いまLPレコードが欲しいなどとは、まず思わないけど……。やはり、iTunes Store の便利さにはかなわない。



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2008年5月26日 (月)

『Sennheiser ダイナミック・オープン・インイヤー(カナルタイプ) ブラック CX300 BLACK』

 以前 iriver のMP3プレイヤーを買ったときにゼンハイザーのイヤホンがデフォルトで付いてたので、「げげ、添付品がゼンハイザーとは渋いなあ」と仰天したのだが、その添付品がけっこうな音だったもんだから、気に入ってかなり長く使っていた。やがてそいつがついに断線してしまい、小さな電器店で国内メーカーの二千円くらいのカナルタイプを間に合わせに買ってずるずると使っていたんだけれども、これがもう、全然いただけない。厚みというものがない。ベースはどこにあるのだ、という感じだ。安かろう悪かろうの典型である。

 で、やっぱりゼンハイザーにしようとウェブで探していたら、値段のわりにやたら評判のよいものがあったので、ハズレであってもゼンハイザーなら大ハズレではあるまいと、バクチのつもりで試してみたのである。おれには、プレイヤーより高いような何万もするイヤホンやヘッドホンを次々試す趣味はない。そもそもそんな金がない。おれは音楽が聴きたいのであって、音波が聴きたいのではないのだ。

 いや、アタリだよ、これは。こんなものが実売四千円を切るなどとはウソのようだ。低音の厚みと迫力は、いままで使ったことのあるどのイヤホンをも凌ぐ。そりゃ、まともなヘッドホンにはかなわんと思うが、CD屋の試聴コーナーに置いてあるようなしょぼいヘッドホンになら充分勝てるだろう。

 ちょっとドンシャリかもしれんが、慣らしているうちにそうでもなくなってきた。音の位置もはっきりわかる。ヴォーカル音域の素直な再現力も、おれのような声フェチにとってはじつにけっこう。これくらいのイヤホンなら、音のほうもイコライザでいじり甲斐がある。ひどいイヤホンだと、イコライザでいじってもその変化をろくろく拾ってくれないんだけれども、こいつは自分好みの微調整にきちんと反応してくれるので嬉しい。ホントに、これがこの値段でいいのかなあ。

 オーディオ機器なんてものは、とにかく金さえ出す気であれば、いくらでも高性能のものが手に入るのだから、価格相応の性能であったところで、それはあたりまえなのである。価格を裏切る高性能に当たったときに、お得感もひとしおだ。こりゃあ、いい買いものであった。ゼンハイザー、さすが。



 

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2008年5月15日 (木)

『おろち』にしばじゅん……異議なし

柴田淳、映画『おろち』で初の映画主題歌担当 (Yahoo!ミュージック 音楽ニュース)
http://music.yahoo.co.jp/music_news/d/20080514-00000016-bark-musi

女性シンガーソングライター柴田淳の歌う「愛をする人」が、今秋公開予定の木村佳乃主演映画『おろち』(楳図かずお原作/鶴田法男監督)の主題歌に決定した。柴田が映画主題歌を担当するのは、今回が初めて。以前より柴田の楽曲のファンであった鶴田監督からのラブコールを柴田が快諾したことで実現した。
柴田自身、楳図作品については以前からファンを公言するほどで、今回主題歌を担当するにあたり、台本を熟読。映画の世界観に合った楽曲を書き下ろした。主演の木村佳乃とは、昨年12月、柴田が東映大泉撮影所を見学に訪れた際に対面したという。2人とも1976年生まれの同い年ながら、柴田は木村に会った感想を、「テレビで見ててももちろんキレイなんだけど、実物は、数百倍キレイ。同い年には思えなかった」と自身のブログに綴っている。

 ああ、これはなんだか、すげーわかるなあ。おれが『おろち』を映画化しなきゃならん監督だったとしたら、やっぱり柴田淳を指名するにちがいない。その主題歌ってのは、まだ聴いたことがないけれども、これはもうドンピシャリだろうな。「紅蓮の月」を初めて聴いたときに抱いた、情念と狂気を冷徹に見つめているようなもの哀しくもホラーな印象は、なにかに通ずるとは思っていたんだが、そうかー、楳図かずおだったかー。言われてみれば、とてもわかる気がする。

 こりゃやっぱり、今度のアルバムも予約しとくとするか。どのみち買うだろうけどなあ。

 主演に木村佳乃って人選もすばらしい。もう二十年早かったら、おれが監督なら真行寺君江にしたかもしれないが(笑)、いまなら木村佳乃で文句ない。鶴田法男監督は、やはりほとんど同世代だけに、おれたちと感性が似ているのかもしれん。貞子仲間由紀恵を持ってきた監督だしねえ。

 ちなみに、柴田淳は、記事にもあるように木村佳乃と同い年であるが、誕生日はジョディ・フォスターと同じ(11月19日)である。だからどうということもないのであるが、まあ、林家ペー的興味だ。



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2008年5月 8日 (木)

『A Long and Winding Road』(Maureen McGovern/P.S. Classics)

 押しも押されぬ“ストラディヴァリウス・ヴォイス”モーリン・マクガヴァンの懐メロカバーアルバム。六○年代から七○年代にかけてヒットした、アメリカ人なら誰でも知っているようなオヤジ世代の青春の名曲を、モーリン・マクガヴァンが非の打ちどころのない歌唱力で聴かせてくれる。アレンジもグー、グ、グーな大人の一枚である。

 その歌唱力がジャンルを選ばないというか、その人が歌うとジャンルのほうに箔が付くくらいの、シンガーにとっての“大自在の境地”というのは、アメリカならモーリン・マクガヴァンのために、わが国なら美空ひばりのためにあるような言葉で、いや、このアルバムでまたまたモーリン・マクガヴァンに惚れ込んじゃいましたねえ。

 ジョニ・ミッチェルジミー・ウェッブローラ・ニーロボブ・ディランポール・サイモンといったラインナップは、じつのところ、おれの世代ではあとから追いかけた古典であって、リアルタイムの思い出に刻まれているわけではないのだ。ジョン・レノンポール・マッカートニーくらいになると、自分史のアルバムにBGMとして流れてくるけどね。とはいえ、どの曲も、洋楽ファンならどこかで聴いたことがあるようなものばかり。SFファン的には、The Moon's a Harsh Mistress なんてのも楽しい。曲のほうをハインラインの小説のあとに知りましたけどね。

 おれはたぶん、歳のわりには、自分にとってのリアルタイム以前の洋楽懐メロを意識的に聴いているほうだと思うから(カーペンターズ小林克也のおかげだ)、モーリン・マクガヴァンの声で懐メロが聴けるこのアルバムにはゴキゲンなのだが、本来は、日本に於ける“団塊の世代”にとってこそ、このアルバムの選曲はストライクゾーンなのだと思う。

 いやしかし、モーリン・マクガヴァンという歌手はすばらしいですなあ。たいていの歌手は、“おいしい”音域とあまり得意でない音域があるもんだが、モーリンにそんなものはない。どの音域も完璧。ストラディヴァリウスと讃えられるゆえんである。むかしのフォーク風から、堂々たるバラード、遊び心たっぷりのジャジーなアレンジまで、それが“歌”であるかぎり唄えないジャンルはないのではないかと思う。ビートルズ・ナンバーの Rocky Raccoon は、とくにすごかった。

 若い人にはピンと来ないとは思うが(でも、いいもんは年齢に関係なくわかる)、四十代後半以上の洋楽ファンには、涙がちょちょ切れるアルバムでしょう。それにしても、日本のレコード会社は、なんでこういうのを出さないのかねえ。これからの時代は、音楽産業もおじさん・おばさん、爺さん・婆さんがターゲットなんじゃないの?

【収録曲】All I Want/America, The Times They Are a-Changin', The Circle Game, The 59th Street Bridge Song (Feeling Groovy), Cowboy, The Coming of the Roads, Will You Still Love Me Tommorow?, Shed a Little Light/Carry It On, The Fiddle and the Drum, Fire and Rain, Rocky Raccoon, Let It Be, By the Time I Get to the Phoenix, MacArthur Park, The Moon's a Harsh Mistress, And When I Die, Imagine, The Long and Winding Road



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2008年4月27日 (日)

「ひので」と『サイエンスZERO』

 今回の『サイエンスZERO』(NHK)、お題は「ここまで見えた 知られざる太陽」。一昨年秋に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」からのデータが着々と予想以上の成果を挙げているようすを紹介していた。思えば、二〇〇六年、「ひので」が送ってきたばかりのデータを紹介していたこの番組も、ナビゲータは二人とも変わってしまっている。彼らの記憶に小杉健郎の名はないかもしれないが、こうしてまた同じ番組で「ひので」の成果が紹介されるのであるから、お星様になった科学者もさぞやお喜びであろう。

 それにしても、今回は、内容の興味深さもさることながら、音楽が妙に懐かしかったぞ。吉川洋一郎『地球大紀行』からやら羽田健太郎『さよならジュピター』からやら、選曲したのはおれと同世代の人じゃないかな?



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2008年4月 2日 (水)

アメリカだと、壊されないのか心配だけどね

戸田 覚のPC進化論『【米国ルポ】驚愕のiPod自動販売機を発見!』 (日経トレンディネット)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20080328/1008617/

 帰りがけに空港で暇をつぶしていて、さらに驚愕!
 なんと、iPodや周辺機器の自動販売機が設置されているではないか。菓子パンの自販機のように選んだ商品が販売口から落ちてくるタイプなのだが、これには参った。日本では想像すらしなかった光景である。

 これには笑った。ほんとにこんなもんがあるとはねえ。エイプリルフールのネタかと思ったよ。セカンドライフ内の日産車の自動販売機みたいだ。

 iPod の自動販売機があるんなら、G-SHOCKの自動販売機とかもあってもよさそうだよねえ。



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2008年3月14日 (金)

♪ゴジラ、ゴジラ、ゴジラが飛ぶゴジラ、ゴジラ、ゴジラが……

ゴジラの叫び声でお目覚め シャトルの土井さん (asahi.com)
http://www.asahi.com/science/update/0313/TKY200803130083.html

 スペースシャトル・エンデバーの飛行3日目となる12日、土井隆雄さんは、地上から流された映画「ゴジラ」の劇中曲とゴジラの叫び声で目覚めた。その後、エンデバーは国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした。
 シャトルの飛行中は毎日、乗組員や家族が打ち上げ前にリクエストした「ウエークアップ・コール」(目覚めの曲)を1曲ずつ、一日の始まりとして管制センターから流すのが習わしだ。
 米中部夏時間12日午後3時(日本時間13日午前5時)に流された曲は、日本の映画「ゴジラ」の劇中曲と叫び声。地上の管制官が「土井さん、おはようございます」と日本語で呼びかけると、土井さんも「おはようございます」と返した。
 「ゴジラ」を選んだのは、土井さんの妻のひとみさん。エンデバーの乗組員の多くは子供のころに「ゴジラ」や「鉄腕アトム」を見ており、打ち上げ前にも一緒にゴジラの映画を楽しんだ。
 ひとみさんは「大変なミッションを前にした『スペースゴジラ』たちを、仕事の成功を祈ってゴジラの足音と叫び声で起こすことにしました」とコメントを出した。

Shuttle Endeavour to Dock at Space Station Tonight (SPACE.com)
http://www.space.com/missionlaunches/080312-sts123-docking-preview.html

The crew awoke today to the battle scene song from the movie "Godzilla Vs. Space Godzilla," followed by the Blue Oyster Cult's radio hit "Godzilla."
"Good morning Endeavour. Doi san, ohayo gozaimasu," said Alvin Drew, shuttle spacecraft communicator, to Japanese astronaut Takao Doi from Mission Control here in Houston. "Take on today like a monster."
"We are very happy to hear Godzilla," Doi responded. "We are ready to go and we'll have a great time today docking with the space station."

 いやあ、なかなかセンスのいい奥様だ。なんたって、ゴジラなら世界中の人が知っている。日本が世界に誇る創作物である。たしかに国家としてはあちこちで機能不全を起こしてずいぶん落ちぶれてはきたものの、腐っても日本、日本をナメるなよ、マツイと同じように宇宙でもがんばっているぞー、カミカゼ、スキヤキ、ゲイシャー、ハラキリ、テンプラ、フジヤマー、といったような裏の意味もことによると込められているのではなかろうかと、おれは勝手に思い込んでいる。

 ただ、ひとつ残念なのは、やっぱり二十一世紀の日本文化のプレゼンスを示すには、この「ゴジラのテーマ」(arranged by 野尻抱介 featuring 初音ミク)を使ったほうがよかったんじゃないかなあ。

Hatsune Miku / Godzilla



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2008年2月14日 (木)

肴はあぶったイカでいい

 いやあ、四十五の中年男がだね、夜中に独りでちびちびと酒を呑みながら初音ミク「舟唄」を聴いていると、そのあまりに二十一世紀的なわびしさがなんだか無性に心地よくて癖になりそうだ。どう表現していいものか、生身の余人に真似のできない、ある種のしっとりとバカバカしさを伴った情感に溢れていて、不思議な感動を覚える。「ほのぼにょぉ~呑めばぁ~、ほのぼにょとお~ぉ~ぉ~、心が~すすり~泣いているぅ~ぅ~」なんてあたりは、なにやら妙にいとおしくて、実体のない歌い手を抱きしめたくなりそうなくらいだ。人類史において、こういう妙な感情を味わえているのは、たぶんおれたちが最初なのだと思うと、この時代に生まれてよかったなあと思うねえ。この星の「初音ミク」は……泣ける。


舟唄 歌/初音ミク



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2008年1月23日 (水)

ゴーロイスを吸ったことがあるかい

ゴロワーズが「英国籍」に=仏の国民的たばこ、身売り (時事ドットコム)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_date1&k=2008012300188

 【パリ22日時事】かつてフランスの「国民的シンボル」とも呼ばれた紙巻きたばこ「ゴロワーズ」の製造元の仏・スペイン系たばこ大手アルタディスが22日、英の同業インペリアル・タバコに事実上買収された。
 インペリアルは同日、「アルタディス株の約93.5%を持つ株主から承認を得た」との声明を出した。AFP通信によると、買収額は128億ユーロ(約2兆円)に上る。


 ひええ、なんか味気ねー! かまやつひろしムッシュかまやつ)の名曲はどうなるのよ?


 ♪ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい
  ほらジャン・ギャバンがシネマの中ですってるやつさ
  よれよれのレインコートのエリを立てて
  短くなる迄 奴はすうのさ


 イギリスの煙草になっちゃったんだなあ……。「ひと口すえば君はパリにひとっとび」なのになあ……。

 そのうち、「ハーキュリーズ・ポイロットさんがお見えです」などと名探偵を上司に取り次ぐ“教育が悪かった”若いブロンド娘の類なんかは、「ゴーロイス? イギリスの煙草ですけどなにか?」などとほざくようになるのだろうなあ。味気ないとは思わんかね、モナミ・ヘイスティングス?



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2007年12月23日 (日)

『もうひとつの未来 ~ starry spirits ~』(森口博子/キングレコード)

 すばらしい。森口博子ここにありである。ただただ、すばらしい。ゲームのテレビCMで「おおお!」と思い、ウェブでPVを観て鳥肌が立ち、あわててCDを注文した。

 ゲームソフト「SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ」(PS2)のテーマソングなわけだが、おれはゲームにもガンダムにもあんまり思い入れはない。だが、実力のわりにメディアでの露出が少なく、あまりに過小評価されている歌手・森口博子には思い入れがあるのである。個人的に顔やキャラが好みであるという点はこの際置いておくとしてもだ、この「もうひとつの未来 ~ starry spirits ~」はすばらしい。元祖バラドルとしてのイメージしかない人々、アニソン歌手として一段下に見ている人々、とんでもない、こいつを聴いて、水をぶっかけられていただきたい。すごいポピュラーシンガーがここにいるのですぜ。

 森口博子の不幸は、そのストレートな天性の歌唱力にあるだろう。つまり、むかしは歳のわりにあまりに巧すぎたのだ。巧いことは文句なく巧いのだが、なんとなく、こましゃくれた(って言葉を大人に使うのも妙だが)感じがした。また、頭がよすぎるため、歌手としての才能以外の部分が評価されすぎた。レコード会社の力があんまりないうえに、宣伝が下手ということもあるだろう。ここへ来てようやく、年齢による蓄積が生まれ持った抜群の歌唱力に追いついてきたという感じだ。才能と技巧と表現力が絶妙のバランスを見せるところにきた森口博子は、これからがすごいぞ。アニソンという“ジャンル歌謡”を歌手としてどこまでも誠実に唄うことに誇りを持った森口博子は、それがゆえにこの曲でアニソンの枠を突き破って普遍に至った。ゲームもアニメもガンダムもまったく知らない人がこの曲を聴いても、「いい歌だなあ、巧い歌手だなあ」と思うはずである。そういう人がもしあなたのまわりにいたら、森口博子だということを伏せてこいつを聴かせてあげていただきたい。「ええーっ! 森口博子ってすごいんだー」と認識を改めるはずである。

 四十代、五十代の森口博子は、根強いファンが根強く支持する大御所として日本の歌謡界に君臨することになるのではあるまいか。そうだなあ、おれたちの若いころで言えば、伊東ゆかりみたいな存在になるんじゃないかなあ。


森口博子:ガンダムソングで歌手復活 「もうひとつの未来」で12年ぶりオリコン30位入り (毎日.jp)
http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20071205mog00m200064000c.html

「SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ」主題歌「もうひとつの未来 ~starry spirits~」を唄う森口博子さんにインタビュー (GAME Watch)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20070924/mori.htm

森口博子「もう一つの未来」 PV 画質低



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2007年12月12日 (水)

When video killed the radio star...

あのときに流行った曲を検索できる「Yamelo」 (Japan.internet.com)
http://japan.internet.com/busnews/20071211/7.html

学生の時に聴いたあの曲、あの子とつきあっていたときに聴いた曲、あの仕事がつらいときに聴いた曲…。
そうした思い出の曲を時期から検索していくことができるのが Yamelo だ。検索した曲は YouTube で見ることができる。
何年の何月に流行った曲、といった感じで絞り込んでいくことができる。タグクラウドでその時期にはやったアーティストも一覧することができるので、芋づる式に思い出の曲を探すこともできるだろう。

Yamelo
http://www.yamelo.com/

 うわあ、こりゃいいなあ! しばし、芋づる式に思い出の曲に浸ってしまったよ。いやあ、八十年代はホントに洋楽ばっかり聴いてたもんなあ。

 『ベスト・ヒット・USA』を毎週観てた人、『百万人の英語』小林克也の講座を毎回聴いてた人、MTVの洗練されたPVに当時目を奪われていた人、涙がちょちょ切れること請け合いである。ビデオはラジオスターを殺したけれど、そのビデオがすでにして“懐ビデオ”なんだよねえ。

 ロートル洋楽ファンはもちろん、若い人も豊穣の80’sを楽しんでくれたまえ! いやもう、マッシュアップとはこうあるべきという、お手本のようなサイトだね。


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2007年12月 8日 (土)

『music & me』(原田知世/ヒップランドミュージックコーポレーション)

 原田知世のデビュー二十五周年記念アルバム。知世ちゃんがもう四十とは、まったく月日の経つのは早いものである。ちなみに、原田知世と岡田有希子は同い年だ。つまり、岡田有希子も、生きていれば今年四十歳の誕生日を迎えたはずなのである。合掌。

 それはともかく、知世ちゃんである。若い人から見れば、四十五のおっさんが四十のおばはんを捉まえて“知世ちゃん”などと言うておるのは気色悪いことでありましょうが、おれたちの世代にとっては、知世ちゃんは永遠に知世ちゃんなのである。タモリなどの“サユリスト”の気持ちがわかるのはこういうときだ。いつも青春は時をかける。いいじゃないか、原田知世さんは、おれたちにとっては、ずっと“知世ちゃん”なのである。

 いや、それにしても、知世さんはいい歌手になった。声がでんぐり返っていた十代のころが嘘のようだ。どんな歌でも唄えるすごい歌手になったという意味ではない。原田知世の最もおいしい音域、最もおいしさを発揮する楽曲というものがあるのである。そういう楽曲をうまく選曲すると、歌手・原田知世は、他の追随を許さない“心地よさ”を発揮する。肩の力の抜けた天性のヴォーカルを聴かせてくれる。自分が天才でないことは本人がいちばんよく知っているにちがいなく、原田知世はけっして“歌が巧い”ことをめざしているわけではないことは、彼女の声のファンはよくわかっていると思うのだ。知世ちゃんがめざしているのは、“等身大の原田知世”の力まない歌唱であって、それを愛してくれるファンにはわかる“心地よい等身大の歌唱”なのである。

 原田知世の声は天性のものである。ナレーションの仕事で認知されているように、聴く者の肩の力を抜く不思議な魅力がある。原田知世の歌が好きな人は、われを忘れて聴き惚れ、涙が溢れてくるような熱唱を期待しているのではない。土曜の午後、陽だまりにテーブルなど持ち出してお気に入りのコーヒー(ブレンディかどうかはわからんが)を飲みながら、あたりまえの日常があたりまえに過ぎてゆくことのしあわせを味わう、ふつうの人のふつうの人生のBGMとして、無性に聴きたくなるような声なのである。それを本人もめざしているであろうし、彼女の声を愛するアーティストたちもわかっていてプロデュースするのだろう。

 ビートルズのカバー「I Will」「シンシア」「ノスタルジア」「くちなしの丘」は、とくに土曜の午後のコーヒータイムにおすすめ。セルフカバー「時をかける少女」“肩の力の抜け具合”は、往年のファンには涙、涙でありましょう。みんな、あれからいろいろあった。ほんとにいろいろあったよね。

 ♪過去も未来も 星座も越えるから 抱きとめて


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2007年11月26日 (月)

『歌さがし ~リクエストカバーアルバム~』(夏川りみ/ビクターエンタテインメント/初回限定盤)

 夏川りみというのは不思議な歌手で、「この人の声であの歌を聴きたい」と思わせる。このアルバムときたら、その願望を十二分に満たしてくれる永久保存愛聴盤だ。そりゃもう、ラインナップがすごいぞ。「時代」(作詞・作曲:中島みゆき)、「花咲く旅路」(作詞・作曲:桑田佳祐)、「秋桜」(作詞・作曲:さだまさし)、「さくら(独唱)」(作詞:森山直太朗、御徒町凧/作曲:森山直太朗)、「忘れてはいけないもの」(作詞・作曲:小渕健太郎)、「こころ」(作詞:キム・ドンミョン/訳詞:キム・ソウン/作曲:沢知恵)、「なごり雪」(作詞・作曲:伊勢正三)、「キセキノハナ」(作詞:Lyrico/作曲:Senoo)、「蘇州夜曲」(作詞:西條八十/作曲:服部良一)、「少年時代」(作詞:井上陽水/作曲:井上陽水・平井夏美)、「‘S Wonderful」(作詞:IRA GERSHWIN/作曲:GEORGE GERSHWIN)、「見上げてごらん夜の星を」(作詞:永六輔/作曲:いずみたく)、「小さな恋のうた」(作詞:上江洌清作/作曲:MONGOL800)、「デンサー節」(八重山民謡)、「花 ~Live at 浜離宮朝日ホール~」(作詞・作曲:喜納昌吉/※初回盤ボーナストラック)ときたもんだ。日本の“歌謡曲”(“J-POP”ではない)の至宝が、夏川りみの声で聴ける。ただただすばらしい。

 個人的には「時代」「秋桜」「なごり雪」「蘇州夜曲」が最高ですなー。「時代」なんかは涙なしには聴けまへん。これぞ“歌謡曲”、それこそ時代を超えて、誰もが口ずさめるスタンダード曲を、最高の歌唱で聴かせる。

 このアルバム、CD版と iTunes Store の配信版(iTunes Store URL)とでは、一曲だけ異なっていて、CD版のボーナストラック「花」のライブは、iTunes Store 版では「涙そうそう」のライブになっている。CDを買って、「涙そうそう」ライブ版だけ iTunes Store で買うのがお薦め。

 ありきたりな感想だろうとは思うが、この人の声ってのは、ホント、日本の“歌謡曲”の至宝だね。艶があり、逞しく、可愛らしい。「涙そうそう」が当たりすぎたせいか、沖縄の歌手のイメージがつきまといすぎだが、このアルバムは、夏川りみの“沖縄歌手”的イメージをいい意味で打ち砕く幅の広い味を存分に聴かせてくれる。いやもうね、嬉しくて、最近こればっかり聴いてるのよ。これ聴いちゃうと、あれもこれもどれもそれも、夏川りみの声で聴きたいと思えてくる。Time After Time を夏川りみの声で聴きたい。Yesterday Once More を夏川りみの声で聴きたい。「上を向いて歩こう」を夏川りみの声で聴きたい。「襟裳岬」を夏川りみの声で聴きたい。「川の流れのように」を夏川りみの声で聴きたい。♪とーれとれ、ぴーちぴち、蟹料理~を夏川りみの声で聴きたい。もう、なんでもいいから夏川りみの声で聴きたい! 今後も、しょこたんみたいに、どんどんカバーアルバムを出してほしいね。アニソンはしょこたん、“歌謡曲”は夏川りみである。



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2007年10月10日 (水)

『しょこたん☆かばー×2 ~アニソンに愛を込めて!!~(DVD付)』(中川翔子/ソニーミュージックエンタテインメント)

 第一弾にいたく感心したので、おじさんはやっぱり買ってしまいましたよ。

 さーて、第二弾は、「1/2」(『るろうに剣心』)、「輪舞 -REVOLUTION」(『少女革命ウテナ』)、「Catch You Catch Me」(『カードキャプターさくら』)、「テレポーテーション-恋の未確認」(『エスパー魔美』)、「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」(『機動戦士ガンダムF91』)の五本でお送りしまちゅ。第一弾は比較的メジャーなアニソンで勝負したこともあってか、第二弾はえらくマニアックなラインナップである。いーじゃん、いーじゃん、すげーじゃん! 残念ながら、おれが投票した(したんだよ)「わぴこ元気予報!」(『きんぎょ注意報!』)は入らなかったけどな。第三弾に期待しよう。

 「1/2」は、はっきり言って、川本真琴より歌はうまい。おれは川本真琴も好きなんだが、川本の場合は、あのワン・アンド・オンリーの個性と特異な声で魅了しているのであって、「どっちが歌がうまいか」と問われれば、おれはしょこたんに軍配を上げる。「どっちが好きか」と問われれば、川本版「1/2」のほうが好きだけどね。いやしかし、歌手としてのしょこたんをおれは充分評価しているつもりだったが、まだ甘く見ていたようだ。すまん、しょこたん。

  「Catch You Catch Me」なんかも、どう聴いてもめちゃくちゃ難しい曲なのに、日向めぐみに迫る歌唱力を発揮している。むしろ、広瀬香美テイストをうまく活かしているのはしょこたんのほうかもしれない。 「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」も森口博子よりうまい……なんてことはさすがにないが、かなりいい線は行っていると思う。

 しょこたん、おそるべし。このコは、単なるオタクタレントでは終わらないだろう。ギガント感嘆。



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2007年8月28日 (火)

受け流せない話

カラオケにきました (眞鍋かをりのココだけの話)
http://manabekawori.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_2331_1.html

新譜みたら
わかるのがこれしかありませんでした…

 てゆーか、おれはソレがカラオケにあること自体が驚きだよ。ソレってそもそもアカペラじゃん! もしかして、歌詞だけが黙々と画面を流れるんだったりして……。



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2007年8月22日 (水)

回るまわるよ、「いまのりくんのうた」

 もう、最近耳についてしかたがないのが、「♪い~まのりくん、い~まのりくん、いま乗りたいからい~まのりくん」というCMである。おれは運転免許を持っていないのだが、気がつくと唄っていたりする。まさに、対テレパス戦術としての“強迫唄”に持ってこいの名曲(?)である。

 誰が唄っているのだろう? まさか、このモデルさん(西山茉希)ではあるまい。おれは最初、藤本房子(八〇年代にCMソングの女王として君臨したおもちゃ声の人だよ。『パタリロ!』のオープニング曲の人だと言えば若人でもわかるだろう)かとすら思ったが、それにしては声が若い。

 で、調べてみると、へえ~、奥華子だったのかアニメの『時をかける少女』のテーマ曲唄ってた人だよね? こんな歌にも向いてる幅の広い声なんだねえ。ホント、藤本房子に似てるよ。ぜひ、『パタリロ!』をカバーしてほしいくらいだ。

 ああ~、しかし、声フェチ的にはクるものの、頭の中でぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるこの歌が回るので、たいへん煩わしい。「♪い~まのりくん、い~まのりくん……」 もういいっ!



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2007年8月 8日 (水)

参議院選挙より投票しがいがある

 中川翔子(の所属会社)が『しょこたん☆かばー2』の収録曲を募集していたので、年甲斐もなくリクエストしてきた。そりゃもう、前から言ってるように「わぴこ元気予報!」(『きんぎょ注意報!』テーマソング/唄:内田順子/作詞:岸田るみ子/作曲:小坂明子)に決まってるわさ。いまの“貪欲”で元気いっぱいの中川翔子にこそカバーしてほしい“アニソン”としての名曲だ。最近は、べつにアニソンでなくたっていいタイアップ曲ばっかりですからなあ。それはそれで大人向けのいい曲も少なくないけれども、アニソンがアニソンであった時代の正しいアニソンをしょこたんはちゃんと愛してくれているわけであって、そこにおれは共感を覚える。ええ、おれはしょこたんの親父と同い年ですがそれがなにか?

 ま、リクエストは一曲だけにしといたけど、「ダンバインとぶ」とか「ときめきトゥナイト」とか、おれ自身アニメをろくに観ていないのに、アニソンとしての音楽性に惚れている曲はいくつかあるんで、『しょこたん☆かばー2』がどういう選挙区、じゃない、選曲になるのかには、興味津々なのである。ええ、おれはあと三か月ちょっとで四捨五入して五十ですがそれがなにか?



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2007年8月 7日 (火)

Another one writes about the dust.

「クイーン」ギタリストが天文学の博士論文提出 (asahi.com)
http://www.asahi.com/science/update/0804/TKY200708040210.html

 著名な英国のロックバンド「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイさん(60)が3日、ロンドンのインペリアル・カレッジに天文学の博士論文を提出した。メイさんはかつて同カレッジに在籍し、71年から博士論文のための研究に入っていたが、音楽活動のために棚上げした。しかし、その後も思いは断てず、当時の研究を36年ぶりにまとめたという。
 AFPなどによると、論文のタイトルは「黄道のちり雲における視線速度」。昨年研究を再開し、今年7月にスペイン領カナリア諸島の天文台で3.6メートル級の望遠鏡を使うなどして総まとめ。「何度も頭をかきむしりながら」論文を完成させ、同カレッジの宇宙物理学の筆頭教授に自ら手渡した。
 23日に論文に関する口頭試問があり、その上で博士号が授与されるかどうか決まる。メイさんは英BBC放送に「音楽のために研究をあきらめることは、当時とても苦しい決断だった。このカレッジで、この日を迎えられることをとても誇らしく思う」と語った。

 おおー、執念ですなー。通るといいなあ。ブライアン・メイ博士なんて、かっこよすぎ! でも、さだまさしには悪いけど、この人は天文学者にならなくてよかった



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2007年8月 4日 (土)

いっぺん聴いてみたいもの

 「さて、『題名のない音楽会21』、今回のゲストはムーディ勝山さんです。さっそく唄っていただきましょう、

『右から来たものを左へ受け流すの歌 フルオーケストラ・バージョン』

 それではどうぞ!」



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2007年7月11日 (水)

♪どーでもいいですよ

 大部分の人にとってはどうでもいいんだが、最近、京阪電車京橋駅で電車が発車するとき、「朝靄の京橋で乗り換え」(中之島ゆき)をアレンジしたジングル(というのかなあ、あれは?)が流れる。京阪電車の企画モノCD『出町柳から』に入ってるカップリング曲ですな。このCDは、もう新品では入手できないはずなんだが、京阪電車は、なにをいまさら思い出したように、こういう洒落たことをするのだろう?

 ちなみに、もう忘れている人がいるかもしれないので、念のため言っときますが、この企画モノCD『出町柳から』だけに単発で登場した謎の歌手・中之島ゆきの正体は、三浦理恵子ですから。ああ、CD買っといてよかった





中之島ゆき/出町柳から



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2007年6月 4日 (月)

『ツキアカリ』(Rie fu/パームビーチ)

 おれがいま毎回観ているアニメの中でいちばん気に入っているのが『DARKER THAN BLACK 黒の契約者』なんだけれども(“いちばん優れていると思う”となると、『電脳コイル』に軍配を上げるけど、おれはなにかにつけて判官贔屓なのだ)、アニメの内容は横に置いておくとしてだ、初回を観たときガツンとやられましたな、このエンディング曲「ツキアカリ」に。「CDが出たら買っちゃうだろうな」とは思っていたが、やっぱり買っちゃいましたわ。

 この Rie fu って人、二○○四年にデビューしてけっこうファンもついているらしいので、単におれが知らなかっただけなんだが、いや、いいねえ。おれはまあ、なんちゅうか、音楽ファンというよりは一介の“声フェチ”なもんで、基本的に音楽情報に疎いわけなのだが、今回ばかりは声フェチとしての不明を恥じましたな。こんな人を知らなかったとは、疎いにもほどがある。

 この「ツキアカリ」を聴いて最初に感じたのは、“七○年代の歌謡曲みたいな懐かしさ”である。声からすると、そんなに年食った歌手だとは思えないので、『DARKER THAN BLACK 黒の契約者』の擬似レトロなモチーフに合わせて年配の作曲家が作ったのかなあとも思ったんだが、Rie fu の公式サイトのプロフィールを見て、その若さに驚くと同時に合点がいった。そうですか、子供のころアメリカにいて、七○年代ポップスにどっぷり浸かって過ごしましたか(そのときはもう、九○年代なのに)。カーペンターズの影響をもろに受けているとなれば、そりゃおれのアンテナが反応するはずだよ。もっとも、おれが「ツキアカリ」に感じた懐かしさは、アメリカンポップスというより、日本の七○年代歌謡的な匂いだったんだけどね。Rie fu という日本人のフィルターを通って出てきた七○年代アメリカンポップスの薫りが、ちょうどおれくらいの年齢の人間には、日本の七○年代歌謡みたいに感じられるということなのかな?

 ということは、Rie fu は、ある意味、しょこたんに似ているのかな。つまり、親の世代が好きだったものに子供のころに影響を受けて、実年齢に合わない好みを醸成してしまったがゆえに、おれたちの世代に不思議な懐かしさを伴った新鮮さを感じさせるのだろう。とすると、オンデマンドなメディアが発達してくるにしたがって、Rie fu やしょこたんみたいな“遅く生まれすぎた子供たち”が、さほど特別な家庭からでなくとも、これからどんどん出てくるということだな。

 てなわけで、ここ三、四日、「ツキアカリ」をやたら聴いているのだった。ちょっと鼻にかかった独特な声が、おれの耳には妙に心地よく癖になる。ちなみに、六月十五日まで、Yahoo!動画で「ツキアカリ」のビデオクリップがまるまる観られるので、ぜひお試しあれ。四十代以上の人なら、おれが「懐かしい」と言っている感じがおわかりいただけるかと思う。



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2007年5月29日 (火)

泉水と還元水

ZARD坂井泉水さん、闘病中の病院で転落死 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/music/TKY200705280107.html

 「ZARD」のボーカルで作詞家の坂井泉水(いずみ)さん(40)=本名・蒲池(かまち)幸子(さちこ)=が27日午後、脳挫傷のため、東京都新宿区の慶応大学病院で亡くなったことが28日わかった。
 坂井さんは昨年6月、子宮頸(けい)がんを患い、入退院を繰り返していた。所属事務所などによると、26日早朝、日課の散歩後に病室に戻る途中、病院の非常用スロープの踊り場から転落したという。

 闘病していたことすら知らなかったのでびっくりしたよ。自分より若い人がこういうふうに逝っちゃうと、複雑な心境だねえ。おれは特段ZARDのファンというわけではないのだが、坂井泉水の声と聡明そうな顔立ちは好きだったね。

 今夜は持ってるかぎりのZARDの曲(あんまり持ってないんだよな)をループで流すことにしよう。坂井泉水さん、おつかれさまでした。すてきな声をありがとう。同時代を生きた多くの日本人は、あなたのことを忘れないだろう。


松岡農水相が自殺 議員宿舎で首つる (asahi.com)
http://www.asahi.com/special/070528/TKY200705280175.html

 28日正午ごろ、東京都港区赤坂2丁目の衆議院赤坂議員宿舎1102号室で、松岡利勝・農林水産相(62)が首をつっているのを秘書らが発見、119番通報した。警視庁によると、松岡氏は自殺を図ったとみられる。松岡氏は新宿区の慶応義塾大学病院で治療を受けていたが、午後2時、死亡が確認された。

 あ、そう。逃げやがったな。どうも日本人というのは、死なれてしまうと当然すべき追及すらぱったりやめてしまう傾向が強いが、おれはこういう卑怯者は、死のうがなにしようが、いくらでも鞭打つことにしている。無責任にもほどがある。石原都知事「死をもって何というのかな つぐなったという意味では やっぱり彼も侍だったなという気がします」などとコメントしていたが、なにがサムライなものか。卑怯者だ。松岡氏に貴重な一票を投じた有権者こそ、いい面の皮ではないか。舛添要一参院政審会長が言ってるように、うしろめたいところがなければ死ぬ必要などまったくないのである。そりゃ、やっぱり黒だったんでしょうよ。野党におかれては、この程度のことでひるまず、がんがん突っ込んで暴くべきことを暴いていっていただきたい。“死ねばチャラになる”といったこの国の陋習はなんとかならんか。マスコミも手を弛めるな。

 そのうち、こんな大臣がいたことすら多くの日本人は忘れてしまうだろうから、今日の日記はおれ自身の備忘録として書いておこう。いまごろ、どこかで誰かが胸を撫で下ろして呵々大笑しておるのだろうな。そう思うと、胸が悪くなる。十年後、二十年後にもZARDの歌は唄われているだろうが、この人はそのころには、「えっと、ほら、“ナントカ還元水の大臣”」になっちゃってるだろう。



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2007年5月12日 (土)

『しょこたん☆かばー ~アニソンに恋をして。~』(中川翔子/ソニーミュージックエンタテインメント)

 先日注文したのが届いたお(^ω^) ギザ、ウレシス(←だからおっさん、お前、いくつだよ?)。

 それはともかく、じっくり聴いてみると、これはそのときかぎりの“企画モノ”の域を超えていて、はなはだ感心した。長きにわたって愛聴するに足る出来栄えである。本人が好きでやってるほど強いことはない。考えてもみたまえ(急にエラそう)。「ロマンティックあげるよ」(『ドラゴンボール』)、「乙女のポリシー」(『美少女戦士セーラームーンR』)、「BIN・KANルージュ」(『魔法の天使クリィミーマミ』)、「残酷な天使のテーゼ」(『新世紀エヴァンゲリオン』)、「青春」(『タッチ』)といったラインナップを、中川翔子はそれこそ子供のころから何百回、何千回と聴き込み唄い込んでいるにちがいなく、自分の持ち歌よりもはるかに時間をかけて磨き上げてきているはずなのである。カバーとしての完成度が高いのは当然のことだ。

 中川翔子の歌声は、一、二秒聴けば誰だかわかるといった個性的なものではない。が、彼女のアニソンは、けっして没個性的ではない。強いて言えば、“脱個性”的なのだった。器用に声色を使い分けて原曲のイメージを損なわないようにしているのだが、単なる“ものまね芸”などではない。「どうだ、似てるだろう」とばかりに、似せることに意識を置いているのではなく、原曲への愛ゆえに巧まずして似てしまっているという感じが伝わってきて好もしい。その“愛しかた”にこそ、ほかの誰でもない中川翔子の個性が紛れもなく立ち上がっているのだ。企画モノから駒が出たとでも言おうか、愛のある企画モノの大成功例ですな。

 そのむかし、近所にいる“ふつうのコ”をふつうでない状況に巻き込んでアイドル化していた時代があった。いまは、“ふつうじゃないコ”がごくふつうに好きなものを愛でているさまがアイドル化されるのだろう。そんな中川翔子は、いわば“アルファ・プロシューマー・タレント”とでも言うべき存在として、いよいよ相転移にさしかかった現代の消費社会を体現している。まさに、こういう企画で輝くために生まれてきたような才能だ。この、遅れてきた八○年代アイドルは、遅れてきたからこそ、時代に足を取られることなくその風に乗り、強かな無垢を武器に、ごくふつうに羽ばたいている。不思議なコだ。少女よ、神話になれ!

 アニソンがとてもアニソンらしかった時代の宝石を、古いオルゴールから取り出してケータイストラップにしてしまう、ふつうじゃないコのふつうさが眩しい一枚。「ロマンティックあげるよ」のPVメイキングを収めたDVD付き。

 そうそう、しょこたん、第二弾をやるんなら、おじさんは「わぴこ元気予報!」(『きんぎょ注意報!』)希望!



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2007年4月18日 (水)

『月夜の雨』(柴田淳/ビクターエンタテインメント)

 ここ半年ばかり、気がつくと柴田淳を流しているという日々が続いている。iTunes Store でたまたま「紅蓮の月」を買ってみたら、これがやたらいい。以来、じわじわと柴田淳の曲がおれのパソコンの中に増えていった。

 だが、おれはたぶん女性ファンとはかなりちがった柴田淳の聴きかたをしているのだと思う。ウェブで女性ファンの評などを見ていると、女性は“しばじゅん”の詞の世界に魅せられることが多いらしいのだが、おれはといえば、データが擦り切れるほど(?)聴いているのに、ほとんど歌詞が覚えられない。ただひたすら、その声に浸ってしまうのだった。おれにとっては、ただただ心地よい声なのだ。歌詞を追ってその世界を読み解こうという脳の回路が、柴田淳の声が流れはじめるや否や、その働きを止めてしまう。といって、“聴き惚れる”という感じでもないのだな、これが。“聴き惚れる”のにはけっこうエネルギーが要る。知らずしらずのうちに、集中してこちらから耳を傾けてしまう構えになるからだ。柴田淳の声は、ただただここにあるがままのおれの中にするすると流れ込んできて、ひたすら心地よい。押しつけがましくなく、疲れない。

 よく「透明感のある声」などという常套句が使われているのを見かけるが、それはちょっとちがうんじゃないかと思う。柴田淳の声は、いわゆる“美しい声”というのとはちがう。むしろ、雑音の多いざらついた声である。そのざらつき加減が絶妙に心地よいのである。ぴかぴかの表面が冷たく体温を跳ね返してくるガラスのような感じではなく、その繊細なざらつきこそが掌に心地よく吸いついてくるシンプルな素焼きの器のようだ。

 ずっと iTunes Store で買っていて、物体としての盤(いた)を買ったのは今回が初めてである。「紅蓮の月」や「花吹雪」「HIROMI」のようなシングルで出ているメジャーな曲もさることながら、こうしてアルバムで聴いてみると、「青の時間」「涙ごはん」「つまおうじ☆彡 (拝啓王子様☆第三章)」といった、必ずしもマジョリティーには支持されないかもしれない世界を展開した曲のほうが、おれには印象に残る。おれが思っていたよりも、ずっと幅の広いアーティストなのだなあと感嘆した。狂気の薫りすら漂う病的な感性や奇妙なユーモア感覚に、おれは意外な既視感を覚えた。声質も曲想もまるでちがうのだが、なぜか柴田淳には、おれに谷山浩子を思い起こさせるものがある。おれもこのアルバムを聴くまではそんなふうに思ったことはなかったもんだから、相当意外だったんだけれども、聴けば聴くほど、この二人の“感性の匂い”みたいなものに、共通した波長を感じるんだよなあ。おれだけかなあ?

 ともあれ、ほんとに、疲れない、心地よい歌声ですなあ。声フェチのおれとしては、柴田淳には下手に“お歌がお上手”にはなってほしくないのだ。いまの柴田淳の声でなら、おれは電話帳の朗読だってずっと聴いていたいと思う。なんなんだろうね、この心地よさは?



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2007年4月 8日 (日)

世間の広さを知る

 mihimaru GT大江千里のピアノでカバーしている「部屋とYシャツと私」『mihimagic』所収)がなかなかよく、懐かしさも手伝って最近よく聴いている。hiroko の声質とちょっと舌足らずな唄いかたがとてもこの曲に合っていて、平松愛理のオリジナルに勝るとも劣らぬすばらしい出来である。ほかに、この曲に合いそうなのは、シュガーミキ(笠松美樹)かなあ。どっかで唄ってるのかもしれないが、一度聴いてみたいもんだ。フェアチャイルド時代のYOUでも面白いかもな。

 それはともかく、今日も今日とて mihimaru GT で「部屋とYシャツと私」を聴いていると、「ヘアと猥褻と私」というネタがいきなり降ってきた。もう少しましな天啓が降ってきてほしいもんであるが、まあ、神様も人を見ているのだろう。いったいこのネタをどこで使えというのだ? まあ、いまこうして使っているわけだが……。

 だけどなあ、こりゃ、いかにもアダルトビデオのタイトルかなにかにありそうなネタだぞ。きっとあちこちで天啓を受けている人がいるにちがいない。どれ、ググってみるか――うわぁ、やっぱり! なんというありきたりな発想であろう。検索して出てくるようなことを思いついているようでは、まだまだ修行が足りぬ。

 中には、二年も前におれと同じように検索してくやしがっている人がいたりして、つくづく世間は広いものだと思う今日このごろなのだった。



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2007年3月 7日 (水)

もしかして、失敗する人のほうが多いのだろうか……

 iTunes がバージョンアップされていたので、さっそく新しいバージョンに更新した。

 まあ、それはいいんだけど、インストールが完了すると、「おめでとうございます」と出してくる iTunes のインストーラはなんとかならんか。おおかた英語版の直訳なんだろうけどさ、日本語でこんなふうに言われると、うまくインストールできたのはよほど運がよかったかのような感じがして、なんだか危ない橋を渡ったみたいで落ち着かないのだ。



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2007年3月 6日 (火)

ヘイリー・ウェステンラの「涙そうそう」にびっくり

 ひょええ、ぶったまげた。iTunes で手持ちの Hayley Westenra (日本市場での「ヘイリー」という芸名をおれは好まない)を聴いていて、「そいえば、なんか新曲でも出てるかな」と、なんの気なしにストアへの→をクリックしてみたら、げげっ、英語版の「涙そうそう」iTunes Store URL)なんてものを、ついこのあいだリリースしているではないか。去年から Celtic Woman に加わったりしてちょっとびっくりしていたんだが(なんでニュージーランド人なのにケルティック?)、さらにびっくりだ。まあ、「涙そうそう」ってところが、あざといっちゃあざといが、ファンにはニクい企画である。かっ、買わいでか。

 で、さっそくダウンロードして聴いてみた。なかなかいい。ニュージーランド人がこのメロディーをどんなふうに受け止めているものなのかまるで想像がつかないのだけれども、面白い仕上がりになっている。でも、ちょっと線が細すぎて、もの足りない感じもするなあ。まるで表面張力が漲っているような夏川りみの声が、やっぱりこの歌には合っているなあ。

 そういえば、夏川りみはというと、しばし活動停止ということだが、知らないあいだにこっそり(でもないだろうけど)ガーシュイン歌ったりしてるのね。おお、いいじゃないすか。美空ひばりのジャズ、石川さゆりのポップスみたいな感じで、こういう路線でもばりばり活躍してほしいな。



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2007年3月 3日 (土)

やあ、みなさん、私の研究室にようこそ

川内氏断!森訪問謝罪は「三文芝居」 (nikkansports.com)
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20070302-163887.html

 歌手森進一(59)に、ヒット曲「おふくろさん」の歌唱禁止を突きつけている作詞家の川内康範氏(87)が1日、青森・八戸市の自宅へ謝罪に訪れた森の行動を「三文芝居」と断じた。川内氏は現在、都内に滞在中で、先月27日に八戸入りした森とは擦れ違い。川内氏は森が自宅に届けたようかんを送り返し、この日はスタッフを通じ「(森と)今後も会うつもりはない」と、生涯絶縁を宣告した。

 これがホントの「カノッサの屈辱2007」。羊羹くらいじゃ教皇は許してくれないと思うぞ。やっぱり、三日三晩雪の中に立ち尽くして、ひたすら許しを乞わないと……。え? 学校では世界史の時間に地理しか教えてくれなかったから、ネタがよくわからない? いかんなあ、そんな人は自分で調べよう



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2007年2月19日 (月)

ここだけ無性にやりたい楽器

 おれには演奏できると言えるほどに操れる楽器がないのだが、音楽を聴いたり、歌を唄ったりするのは大好きである。そんなおれでも、死ぬまでに一度はやってみたいと思える楽器がある。というか、“特定の曲の特定の箇所”だけどうしてもやってみたいというのが、いくつかあるのだ。ほれ、エレキギターをはじめた人が、Smoke on the Water のイントロだけは一度やってみたいとか、フォークギターをはじめた人がスナフキンの「おさびし山の唄」だけ弾けるようになれれば本望だとか、テルミンをはじめた関西人が「♪お~ま~え~は~あ~ほ~か~」だけはどうしてもやってみたいとか、ああいう類の理不尽な渇望がある。

 おれは努力が嫌いなうえに、歳も歳だから、いまからあんまり複雑な楽器の演奏を習得することなどできないだろう。自分で言うのもなんだが、手先は器用なほうだし、音感もリズム感も人並みにはある。だが、やはりこういうのは歳には勝てん。だから、できるだけ努力せずに、「ああ、この曲のココのところのコレがやりたい!」という渇望が満たせればいいのである。

 で、おれにもできそうで、やりたくてたまらない“特定の曲の特定の箇所”を、さっき iTunes でパーティシャッフルを流しっぱなしにしていて思い出した。そうだ、おれは子供のころから、これがやりたくてたまらなかったのだ!

「ウルトラ警備隊のうた」のシンバル

 ね? でしょでしょ? おれには、いまこれを読みながら、首をぶんぶんいわせて頷いている人が何人も見えるぞ。あれならできそうじゃないか。しかも、めちゃめちゃ気持ちよさそうじゃないか。さあ、行ってみよう!


 ♪ジャカジャーン、ジャカ、チャッチャッチャッチャッ、ジャーン、ジャカジャカジャーン
   ジャカジャーン、ジャカジャーン、ジャカジャーーーーーン

ぱぁ~~~~~んっ

   ジャッ、ジャカジャカジャカジャカジャッジャッジャッジャッ、ジャッ、ジャカジャカジャカジャカジャッジャッジャッジャッ……


 ああ、やりてー!



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2006年12月25日 (月)

忘れられたクリスマス・バラードの名曲 “It's Christmas All Over the World”

 二十年以上むかしの曲なのだが、おれと同じように惜しんでいる人も少なくなかろうと思うので、若い人たちに知って欲しくて書く。なぜこんな名曲がクリスマスソングの定番になり損ねたのか、もったいなくてしようがないのだ。

 シーナ・イーストンが唄う“It's Christmas All Over the World”という曲なのだ。子供にも大人にも響く素朴な歌詞、美しいメロディーライン、ドラマチックなアレンジ、全盛期(というと失礼かもしれないが)のシーナ・イーストンの奇跡的なばかりに艶と力を兼ね備えた歌唱、どれをとってもすばらしい(シンセドラムの使いかたが八十年代を髣髴とさせるのはご愛嬌)。『サンタクロース』という、あんまり当たらなかった映画のテーマソングである。シーナ・イーストンのサイトの記述によれば、たしかに映画のサントラをシングルカットしたものとしては、日本でも発売されていたようである。シーナ・イーストンという歌手のナンバーとしては、レコード会社の所属の問題などがありシングルカットされていないようで、どうやら映画の不人気に引っぱられて、そのままメジャーとはなり得なかったと思われる。不幸な名曲と言えよう。

 いま、この曲を合法的に入手しようとすると、すでに廃盤になっているシーナ・イーストンのベスト盤『BEST NOW』を中古で買うか(アマゾンではなんと七千八百円の値がついている)、東芝EMI(撤退しちゃうんだってね)が一九九八年に出したクリスマス・コンピレーション『ハート・オブ・クリスマス』を、やっぱり中古で入手するしかないのだ(おれは先日、中古市場に出まわっていたこいつを、二千五百円そこそこで“救出買い”した)。

 もともとは、アメリカのR&Bグループ New Edition が出した曲らしく(おれはこっちのバージョンは聴いたことない)、ほぼ同時期に製作・公開された『サンタクロース』用に、シーナ・イーストンが唄うバラードとしてアレンジされたようだ。シーナ・イーストン以降にもカバーする歌手が現れそうなものだが、あんまり耳にしない。おれが知っているのは、iTunes Store で見つけたフィリピンの歌姫 Vina Morales が唄っているカバー(The Brightest Stars of Christmas に収録)だけである。ちょっとなまってるけど、しっとりとしたスローバラードにしていて、これはこれでなかなかいい。

 こんな名曲がクリスマスソングのスタンダードになり損ねたのはまことに残念だ。美しいメロディーラインは、さまざまなアレンジに耐えるだろうに。いまからでも遅くはない。ミュージシャンの方々は(って、ここ読んでるミュージシャンがどれだけいるか知らないが)、ぜひカバーして、この名曲を救出していただきたい。

 メリー・クリスマス!

♪When Santa's flying in his magic sleigh,
  Goes all around the world in just a day,
  From the North Pole to the southern tip,
  He makes his trip with love to give away.
  Hear him say......
  It's Christmas all over the world tonight,
  It's Christmas all over the world.



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2006年11月26日 (日)

『BLOOD+ COMPLETE BEST』(アニプレックス)

 『BLOOD+』というアニメをとりあえず横に置いておくとしてもだ、盛んにテレビCMでやってるとおり、高橋瞳元ちとせHYDE中島美嘉UVERworldアンジェラ・アキジンK(ケイ) という錚々たる才能のコンピレーションがこの値段だと考えれば、たいへんお値打ち感のある買いものである。『BLOOD+』なんて知らない人でも買いでしょ。ハードウェアのほうではいろいろナニなアレで斜陽感が拭えないソニーだが、なあに、いまの世の中、コンテンツを握ってるやつはどう転んでも強いのである。もう、ANIPLEX の思うツボ、こうやって喜んで乗せられて買ってしまうやつがここにいる。事実、これだけ豪華なものをこの価格で出せる企業グループはそうそうないだろう。オープニングやエンディングの曲が次々変わってゆくものだから、最近の傾向からすると、アニメの放映が終わったあとにこういうコンピレーションが出るだろうなと、ぼんやり予測してはいたけどね。これはこれで、もはや現代のマーケティングとしては確立されたやりかたであって、あざといとも思わなくなったよ、おれは。

 で、『BLOOD+』なんだが、個人的にはたいへん好きである。やっぱり吸血鬼はいい。最初のころは、あまりにもとろとろと進む話に首を傾げたが、完結してみると、結局おれはこの作品が大好きだったのだということがよくわかった。おれが吸血鬼を好むのは、たぶん、日陰者が背負う悲哀みたいなものに美を見い出すからではないかと思うのだが、『BLOOD+』では、日陰者の吸血鬼ですらない人工の吸血鬼「シフ」という連中が出てきて、こいつらがじつに哀しくていいのだよなあ。日陰者のパチもんとして生まれてきて、運命と闘い、運命を受け容れるいいやつらなんて、じつにカッコいいじゃあありませんか。いやまあ、御託を並べてはいるが、結局のところは、日本刀振りまわす少女が好きだということに尽きて、オリジナルのコンセプトにずっとハマっているだけなのかもしれないのだけれどね。

 さすが“土6”アニメだけあって、オープニングやエンディングにやたら気合いが入っているなあとは思っていたんだが、テーマソングのコンピレーションCDに、クレジット抜きの映像と音楽が全部こうしておまけDVDで付いてくるとはね。これは安い。高いけど安い。オープニングとエンディングは、それぞれ四つずつあり、二番めと三番めのオープニングは、単独の映像作品としても十二分に見応えがあって、アニメをまったく知らない人でも楽しめると思う。おれは、ちょっとアール・ヌーヴォーっぽいテイストの二番めのオープニングがとくに好きだ。

 なんだかんだ言って、振り返ってみると、この作品はひとえに元ちとせに救われていると思いますなあ。ああいう終わらせかたをしたのもとてもよくわかるし、最後の最後は、やっぱり元ちとせの「語り継ぐこと」で締めたのも、無理のないところでしょう。これからほぼ永遠の時を“断続的”に生きてゆくであろう音無小夜にとっては、この『BLOOD+』の時代も、その生のほんの断片にすぎないわけだけれども、ほんの断片だからこそ、それはまたとてもいとおしく、せつないのであるのよなあ。

 このあと、やがて目覚める小夜をめぐる近未来SFとして(?)、『BLOOD++』だか『BLOOD#』だかが語られることになるかどうかはわからないが、おれはまたどこかで小夜が日本刀振りまわすとこを観たいね。



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2006年11月22日 (水)

有機物最高の声・山田英津子

 このところ、ソプラノ歌手の山田英津子にハマって聴きまくっている。こないだまで美空ひばりを集中的に聴いていたというのにだ。

 いやあ、すばらしい! こんな人をいままで知らなかったなんて、おれはちょっと人生を損していた気分である。iTunes Store をうろついていてたまたま見つけ、ちょっと試聴をしてみて息を呑んだ。おれの声フェチ・インジケータが振り切れ、針が弾けとんだ。なんという声! おれはクラシックの声楽家の声というのは、声というより楽器みたいでそれほど好きじゃないのだが、“天使の歌声”などという陳腐な表現は糞食らえである。たぶん天使は、もっと冷たい、非人間的な完全すぎる声をしていると思う。そりゃ、あいつらは人間じゃないからな。山田英津子の声は、ホモ・サピエンスとしての、人間らしい最高の声である。炭素と水素と酸素と窒素のぐちゃぐちゃの塊から、このような至高の音波が出てくること自体、ひとつの奇跡としか言いようがない。オリバー・カーン“霊長類最強のゴールキーパー”と呼んだニュース番組があったが、おれは山田英津子を“有機物最高のソプラノ”と呼びたい。

 そっち方面では有名な人らしいので、いまごろ知ったのかと呆れてらっしゃる方もあろうが、知らない人はいっぺん聴いたんしゃい! iTunes Store ではここ「シューベルトのアヴェマリア」なんて、息をするのを忘れますぜ。「ふるさと」なんて、日本人なら涙なしには聴けませんぜ。いや、iTunes Store で売ってるのは全部買ってしまったのだ。ええい、ビンボーだけど、いまならボーナス払いだ。

 いったいこの人は何者なのだとネットを泳ぎまわってみたら、なんと、クラシックに疎いおれですら知っている指揮者、山田一雄の娘さんだという。すごいご家庭ですなあ。



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2006年11月15日 (水)

『オリジナルベスト50~悲しき口笛,川の流れのように』(美空ひばり/コロムビアミュージックエンタテインメント)

 母が美空ひばりのファンなので、ボケ防止にDVD/CDデッキの使いかたを覚えさせるには、これくらいの強い動機がなくてはならないだろうと買ってやったのだが、じつのところ、半分くらいはおれ自身が欲しくて買ったのである。うちにはシェイクスピア全集やら夏目漱石全集やら坂口安吾全集やら筒井康隆全集やらがあるわけだから、なにはともあれ、歌謡曲好きとしては、一応、美空ひばりの代表作くらいは所有しておかねばなるまいと、にわかに一念発起して投資したのだ。天才の仕事はとりあえず手元に置いておき、いつでも触れられるようにしておきたい。メジャーなものはしっかり入っているから、美空ひばり決定版として持っておくにはお手ごろなベスト50だ。すぐに全曲 iTunes に取り込み、このところ美空ひばりを集中的に勉強(?)しているのであった。

 あまりの灰汁の強さに辟易する部分もないでもないし、おれは美空ひばりというキャラクターがそれほど好きではないのだけれども、歌手としては文句なしにすごいのだからしようがない。おれが美空ひばりという歌手を知ったのは、ちょっと変則的だが、「真っ赤な太陽」であって、子供のころは箒のマイクを持ってしょっちゅう歌っていたものである。箒を持つとおれは美空ひばりになり、算盤を持つとトニー谷になっていたのだ。

 おれはどうも演歌というやつが大嫌いであって、「悲しい酒」なんかはほとんど評価しない人なのである。だがやはり、ひばりが歌うと“演歌ですら”なかなかよいものに思えてくるから癪に障る。基本的におれは、美空ひばりという人は、ジャズ歌手・ポップス歌手として認識している。“演歌も唄う人”といった感じだ。三つ子の魂百までなのだ。

 おれ的に順不同でベスト10を選ぶとすれば、「東京キッド」「私は街の子」「リンゴ追分」「お祭りマンボ」「港町十三番地」「車屋さん」「柔」「真っ赤な太陽」「愛燦燦」「川の流れのように」といったところかなあ。比較的初期のが好きみたいだ。「東京キッド」や「港町十三番地」みたいなのは、いまの時代には絶対出てこないノリの世界だよなあ。それだけに貴重な、昭和の一ページを飾る名作だと思う。「車屋さん」なんて、和風ガーシュイン(言ってることが自分でもよくわからん)かと思うよな。

 もう少し長生きしてくれて、“TAK MATSUMOTO featuring Hibari Misora”とかを聴かせてほしかったものだ。この歳になっていまさらながらに新鮮な思いで聴いているのだが、いやホント、いいすよ、美空ひばり。



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2006年10月22日 (日)

大和言葉のインパクト

 それにしても、「いきものがかり」というのは、じつにいいユニット名だよなあ。初めて聞いたとき、むちゃくちゃインパクトあったよ。なにやらわけのわからん横文字のユニット名が多い中で、きわめて新鮮だ。誰もが小学生や幼稚園児であった時代に引き戻される。かといって、「としょがかり」とかではサマにならない。

 「いきものがかり」というひらかな表記からは、意味領域の暴力的な広がりが感じられる。おれたち日本人の意識の根底に流れる「いきもの」+「かかる」という大和言葉の力、まさにその“コアの意味”が、おのずと深読みをさせてしまうのである。「いきものがかり」の「がかり」は「神がかり」の「がかり」と同じなのだろうか――などと、やたら哲学的なことを考えてしまう。

 あんまりインパクトがあるので、しばらくは、大和言葉のユニット名がうようよ出てくるんじゃないかなあ。



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2006年9月15日 (金)

iTunes 7 の「Cover Flow」機能はじつに嬉しい

Cover_flow
 iTunes 7 が出たので、さっそくバージョンアップしてみた。画面が落ち着いた色合いになって、文字も見やすくなり、なかなかいい感じだ。

 アルバムのジャケットアートを次々と鑑賞できる「Cover Flow」って新機能はじつにいい。ダウンロードして買う音楽のなにが不満かというと、ジャケットがない点である。あれは本のカバーと同じくらいに立派な藝術の一分野なのであって、ジャケットだけ次々見ていったって充分楽しめるものである。その不満な点をちゃんとカバーしてくれるとは、さすがはアップル、たいしたもんだ。

 Cover Flow 機能をオンにすると、上のキャプチャー画像のようになる。なにも操作をしないと、現在流れている曲が収録されたアルバムのジャケットが中央にくるが、その状態でも、ほかのアルバムのジャケットアートだけを、いま聴いている曲とは関係なく、マウスやキーボードの操作で次々と自由に見てゆける。しばらく操作をしないと、いま流れている曲に対応するジャケットアートが自動的に画面中央に戻ってくるというしかけ。

 おれは、パソコンの前にいないときにも、しばしば漫然とBGMをパソコンで流しているのだが、パソコンの前に座ってゆっくりじっくり音楽を聴くときに覚える、そこはかとない“目持ち無沙汰”な感じが、この機能によって解消されそうだ。音楽を聴きながらカバーも楽しむってのが、やっぱりいいですな。ちょっとアナログな風味が薫って、なんだか懐かしい感じさえする。そうだよなあ、むかしはジャケット眺めながら聴いてたもんだよな、音楽ってのは。



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2006年8月22日 (火)

浪速のクイーン?

 おや?

 パソコンで QueenRadio Ga Ga を聴いていたら、イントロが進んでゆくうちに、なにやら唄い出さなくてはならないような気分が盛り上がってきて、身体がリズムを取りはじめた。な、なんだこれは? しかも、“唄い出さなくてはならないような”気になっているのは、Radio Ga Ga ではない。やがてフレディ・マーキュリーが唄い出すと同時に、おれの口をついて日本語の歌が飛び出した――「♪ベッドの まわりに なにもかも脱ぎ散らして……」

 いやあ、長いあいだ気づかなかったなあ。Radio Ga Ga のイントロは、おなじみ『探偵!ナイトスクープ』のテーマ曲「ハートスランプ二人ぼっち」(円広志)とそこはかとなく似ている。リズムといい、盛り上げかたといい、なんかこう、底に流れている“ノリ”が、『スター・ウォーズ』のテーマ曲と『スーパーマン』のそれくらいには似ている。実際、最初のほうは Radio Ga Ga の曲に乗せて「ハートスランプ二人ぼっち」が唄えてしまう(おれは「ハートスランプ二人ぼっち」を最後まで唄えないが……)。

 世間はとっくに知っていたのかもしれないが、おれにとっては大発見だったなあ。円広志は、クイーンにインスパイアされて「ハートスランプ二人ぼっち」を作ったのだろうか? 手元に Radio Ga Ga の音源がある人は、いっぺん試してみてください。ない人は、iTunes Music Store で視聴できます(要 iTunes )。



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2006年7月 4日 (火)

「雲は白リンゴは赤」て

 ああ、人生幸朗師匠がご存命であったなら……。



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2006年5月29日 (月)

『中沢厚子ファーストアルバム あなたが母を愛したように あなたが父を愛したように』(中沢厚子/エレックレコード/紙ジャケット仕様)

 伝説のエレックレコード“復刻紙ジャケット仕様”の一枚。当時のLPレコードをそのまま縮小した食玩テイストが面白い。紙ジャケットに印刷してある文字は、虫眼鏡でもないと読めません。その代わり、ちゃんと中にライナーノートや歌詞カードが入っている(ご丁寧にも、現代仕様のブックレット方式の歌詞カードと、LPレコードに入っていた紙の復刻仕様の二種類)。もちろん、ディスクそのもののラベル面も、むかしのLPレコードそのまま。CDに「33 1/3」などと書いてあるのが、ちょっと笑えるけど、懐かしい。若い人には、なんのことだかわからないかもしれませんなあ。

 とはいうものの、一九六二年生まれのおれは、中沢厚子を懐かしがるほどの歳ではないのである。おれよりちょっと上くらいのフォークファンのお兄さん・お姉さん(当時)だったら、ストライクゾーンだろうとは思うが。おれがこの伝説のフォーク歌手を懐かしがっているのは、ひとえに、中学一年生のときに買った「タワーリング・インフェルノ ~愛のテーマ~」によるものである。

 そう、当時は洋画のテーマソングの日本語盤というやつがよく出ていた。『タワーリング・インフェルノ』という映画そのものもおれは大好きだが、Maureen McGovern の唄う主題歌 We May Never Love Like This Again が非常によかった。いまだによく聴く。モーリン・マクガヴァンは、この曲と『ポセイドン・アドベンチャー』の主題歌 The Morning After で、アカデミー主題歌賞を二度も受賞している。以前にも書いたように、おれ的には「パニック映画は主題歌」なのである。で、だ。その『タワーリング・インフェルノ』の主題歌の日本語盤を唄っていたのが、当時フォークの新星として注目されていた中沢厚子だったのであった。

 おれは乏しい小遣いでモーリン・マクガヴァン版と中沢厚子版を両方とも買い(ドーナツ盤だよ、もちろん。当時は五百円だったと思う)、飽きもせず聴きまくっていた。若い人は信じられないでしょうが、当時の音楽記録媒体は、聴くたびに少しずつ磨耗してゆくのである。“擦り切れるほど聴く”というのは誇張のレトリックではなく、単なる事実の描写だった時代なのだ。

 中沢厚子の特異な透明感のある声は、まだ中学生だったおれにもガツンと来た。地声なのにファルセットのように響くハイトーンなのである。不思議な声だ。かといって、声楽家のようなある種の冷たさがあるわけでもなく、優等生的な印象はあっても厭味がない。伸びやかに澄んでいる。ウェブを漁ってみると、「“おかあさんといっしょ”の歌のお姉さん的イメージもなきにしもあらず」とうまく表現している人がいらした。たしかにそうなのだ。が、伸びやかに澄んだ声の中に、おれにはなにか陰のようなものがちらりと垣間見える。童女のようであり狂女のようでもあるアーティストとしての核の部分を、優等生的な声が覆っている。そんな感じだ。

 その後もラジオで「昭和のサムライたち」(受験生ソングなのである)を聴いたことがあったが、残念ながら、おれがLPレコードをそこそこ買える歳になるころには、中沢厚子は音楽界から姿を消していた。少なくとも、おれに見えるところからは姿を消していた。ずっとあとになってインターネットが普及してから思い出して検索してみても、一九九七年十月五日の日記に書いたように、「新しい情報は見つからず、むかしのラジオ番組だとかコンサート情報にしか中沢厚子の名は見当たらな」かったのである。

 おれはずっと気になっていたのだ。

 それが先日、野尻抱介さんの掲示板でちょっと中沢厚子の名を出したところ、TBSの鈴木順さんが、中沢厚子が活動を再開しているという情報をくださった。鈴木さんも中沢厚子ファンなのだという。たしかに鈴木さんの世代であればジャストミートのはずだ。しかも、鈴木さんは出入りのライブハウスで中沢厚子に紹介してもらい、ご本人からライブの案内をいただく仲だとおっしゃる。いやあ、世間は狭い。というか、インターネットというものの潜在力はすごい。おれが何年もずっと巡回している知り合いの掲示板に、中沢厚子と直接会っている方がいらしたとはね。

 そんな驚きがあったもんだから、ひょっとすると、ブログも増えた今日、中沢厚子の新しい情報があるのではないかと検索してみたら、なんとエレックレコードが復刻をはじめているではないか。知らなかった。中沢厚子もある。買わいでか。

 というわけで、このCDがおれの手元にあるわけなのだ。中沢厚子の声に初めて聴き惚れてから三十年以上を経て、おれは“おれがもう数年早く生まれていたら買っていたにちがいないLPレコード”を、レーザーで信号を読み取る未来の媒体で手に入れたのだった。不思議な気持ちだ。おれはいま“体験し損ねた過去”を、遅ればせながら満喫しているのだ。SFだなあ(強引にそこへ持ってゆくか)。

 ちなみに、これも鈴木順さんに教えていただいたのだが、この復刻版ファーストアルバムは iTunes Music Store でも買える。中沢厚子を知らない方は、ぜひ視聴してみていただきたい。ちょっとほかに類を見ない(聴かない)ワン・アンド・オンリーの声だと思いますよ。



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2006年5月 9日 (火)

『がんばらんば』(さだまさし/フォア・レコード)

 NHK『みんなのうた』の2006年4月・5月の新曲として流れている、さだまさしのヒップホップ。歌詞は全部長崎弁。さだまさしの長崎弁のラップなどという愉快なものが聴ける。「どんげんね 来られんごったね 待っとっばってんあんまいやったらちゃんぽん喰うて寝(ぬ)っ」って、そうか、大阪では必ず「屁ぇこいて寝る」もんなんだが、長崎ではちゃんぽん食って寝るのか。長崎弁ってのは、東京生まれ京都育ちのおれにもなーんとなくわかるようなわからんような絶妙なところがいい。ドイツ人のラップを聴いているオランダ人ってのは、こんな心境かも? 歌詞はちゃんと書いてあり、文字で読むと、かなりわかったような気になる。さらに「日本語訳」(そう書いてあるんだってば)を読むと、完全にわかる(あたりまえだ)。それにしても、長崎弁ってのはラップ向きだねえ。京都弁では、たぶんラップにならんよなあ。

 「がんばらんば 何でんかんでん がんばらんば」というリフレインの部分がやたら耳につき、頭の中で回り続ける。回り続けているのを聴いているうち、ひょっとして、ユンケル黄帝液のむかしのCMで流行語(流行歌?)にもなった「ユンケルンバ デ ガンバルンバ」というフレーズは、タモリ本人が作ったのではないかと思い当たった。タモリは九州人だし、福岡と長崎のちがいはあるにしても、「ガンバルンバ」といったフレーズを思いつきやすいのではあるまいか? どうなんだろね?

 これが千円以上したら買わんと思うが、五百円ってんだから買っちゃうよね。まあ、なんとなく元気が出る愉快な曲だから、健康ドリンクのつもりでいかが? ユンケルは少なくとも千円以上のやつでないと、効いた気がしないしね。



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2006年5月 8日 (月)

これはいい! 「伊東四朗の歌謡曲100プラス」

 どうも最近GyaOの宣伝をしているかのような日記でアレなんだが、テレビの視聴時間が減り、GyaOの視聴時間が増えているのは厳然たる事実なのである。GyaO以外にも、ネットの番組を観ることが多い。ここ一年ばかりのあいだに、無料で観られるコンテンツの幅がぐんと広がったというのが実感だ。

 で、連休中、酒食らいながら涙をちょちょぎらせて一緒に唄ってたりした(酔っ払いめ)のが、「伊東四朗の歌謡曲100プラス」である。伊東四朗・木の実ナナ・南こうせつ・片岡鶴太郎・清水ミチコ・小西良太郎という豪華メンバーが、カフェバーに集まって昭和の歌謡曲を百曲、あーでもないこーでもないと駄弁ったり唄ったりしながら選んでゆくというだけのもんなんだが、まるで彼らのカラオケパーティーに参加しているかのように楽しい。ギターを取り出した南こうせつが、生「神田川」(つっても、こっちはネットで観てるわけだが)を披露したり、おもむろにピアノを弾きはじめた清水ミチコが生「卒業写真」(つっても、こっちはネットで観てるわけだが)を熱唱したりする。まあ、少なくとも三十代後半以上の年齢層でないと楽しめないだろうけどね。おれより二歳上の清水ミチコ(一九六○年生まれ)がメンバーの中ではいちばん若いので、おれの年齢では想定視聴者より少し若いのかもしれないのだが、おれは幼いころ近所に住んでいた祖母や伯母に古い歌謡曲をけっこう仕込まれている。母親が内職しながら小林旭やら美空ひばりやら松尾和子やらなにやらを聴いているのをBGMに育った。だもんだから、おれにはこのメンバーの駄弁りがたいへん楽しく懐かしく思えるのである。いやホント、歌謡曲好きにはたまらない番組ですよ、これは。

 こういうのはテレビでは難しいだろうし、テレビでやるべきものでもないよね。視聴者それぞれが、都合のよい時間に勝手にオンデマンドでゆっくりと寛いで視聴するものだ。しかも、この番組は内容が内容だけに、USENの元々の本業そのものなのである。惜しむらくは、この番組をほんとうに楽しめる伊東四朗くらいの年齢層の人は、まだまだ日常的にGyaOなど視聴していないのではないかと思われる点なのだが、だからこそこういうコンテンツがどんどん提供されるべきだとも言える。おれは身体が弱ってきた年寄りこそがネット社会の恩恵を受けられるようにすべきだと思っている。USENにしてみれば、利用者の年齢層を広げようという当然の動機からこういう番組を企画するのだろうが、ネット社会全体の発展にとっても、たいへんよいことである。婆さんが生きてたら、酒飲みながら(婆さんは飲まなかったが)一緒に観たかったと心から思ったね。

 伊東四朗くらいの歳のお父様・お母様をお持ちの方は、インターネットでこんなのやってるよと教えてあげよう。なに? うちのオヤジはパソコンが使えない? じゃあ、これを機会にプレゼントして、GyaOの観かただけでも教えてあげてはいかがだろうか。数か月後、田舎の親父がやたら最新の洋楽に詳しくなっていた――なんてことになったとしても、当局は一切関知しないから、そのつもりで。成功を祈る!

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2006年4月18日 (火)

沈むも浮くも主題歌次第

日本沈没:久保田&韓流新人歌手で映画主題歌 (MSN毎日インタラクティブ < スポーツニッポン)
http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/music/news/20060417spn00m200001000c.html

 SMAP草なぎ剛(31)主演で33年ぶりに映画化される大作「日本沈没」(7月15日公開)の主題歌を、久保田利伸(43)と韓国出身の新人女性歌手SunMin=ソンミン=(18)が手掛ける。
 特別ユニット「SunMin thanX Kubota」を結成し、久保田プロデュースの楽曲「Keep Holding U」(7月5日発売)を歌い上げる。

 パニック映画の主題歌ってのは大事ですからなあ。ほとんどそれだけで印象が決まってしまう。『復活の日』という文字を見るだけで、ジャニス・イアンYou Are Love がイントロから頭の中で流れはじめるくらいに、『復活の日』=あの歌なんである。『ポセイドン・アドベンチャー』『タワーリング・インフェルノ』といえば、モーリン・マクガヴァンなんである。「パニック映画は主題歌だ!」というのが、おれが四十三年余の人生で得た経験則だ。

 このソンミンという人がどんな歌手かおれは全然知らないのだが、『復活の日』の主題歌に負けない、心に残る歌声を披露してもらいたいと切に願うものである。

映画『日本沈没』公式サイト
http://www.nc06.jp/

 

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2006年3月30日 (木)

毎年口ずさむ条件反射

 ♪フランシーヌの場合は~、あまりにーも、おばかさん

 古くてすまん。三月三十日が来ると、知らずしらず口ずさんでしまうのよ、おじさんは。おれは子供のころに大流行したこの歌の意味が当時はよくわからず、フランシーヌとは誰かも知らず、ただただメロディーが美しいのと、「おばかさん」という語感が印象に残ったのとで、しょっちゅう唄っていた。まわりの子供もみんな唄っていた。

 焼身自殺しなくても、おのれの考えるところを世界に向けて発信できる媒体をおれたちはいま手にしているし、多少の壁はあるにしても、大部分の人が手にし得る。してみると、エアカーがビルの谷間を飛び交っていなくても、やっぱり曲がりなりにも二十一世紀なのだな。

 まあ、そんな夢のような媒体をおれのように使っていたのではバチが当たるかもしれんが、少なくとも、フランシーヌ・ルコントや新谷のり子という名を、このアホ日記でいま知った若い人がいるなら、それはそれでテクノロジーも捨てたもんじゃないだろう。

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2006年3月26日 (日)

カエルの声で遊ぶ

 ぼーっと考えごとをしたりするときなどに愛聴している『「声の図鑑」蛙の合唱 山渓CDブックス[6]』(録音・蒲谷鶴彦・前田憲男/写真・前田憲男/山と渓谷社)付属のCD(といっても、iTunesにぶちこんである)なんだが、今日聴いていて、ひとつ遊びを開発した。

 カエルの声なんだから、なんの加工もせずに聴くのが本筋であろうという狭量な決めつけを、おれはいままでほとんど意識することもなくしていたのだけれども、どのみちCDになっている時点で、“ナマの自然の音”なんてものではあり得ないわけだ。じゃあ、というわけで、戯れに iTunes のプリセットイコライザをカエルの声にかけてみたら、これがけっこう面白いことに気づいた。Acoustic をかけると、渓流で聴いているような臨場感が出る。とくに、複数の種類のカエルがいっせいに鳴いている野外録りなどでは、なかなかいい感じだ。Vocal Booster をかけると、粒立ちがよく、目の前でカエルが鳴いているかのような声になる。一匹一匹、一種一種の声を楽しむのに向いている。そりゃまあ、一応ヴォーカルといえばヴォーカルだしなあ。

 カエルの種類によっても、合うイコライザ設定と合わない設定とがある。カジカガエルニホンカジカガエルモリアオガエルニホンアカガエルなどには、Treble Booster が効果的で、じつに美しい。ウシガエルには、むろん Bass Booster がよく、重低音がたまらない。トノサマガエルトウキョウダルマガエルには Pop が合うのに、なぜかダルマガエルには R&B が合うように感じられる。ツチガエルには Hip-Hop が、ニホンアマガエルには Classical が合う。発声時間が短いため、はっきりとしたちがいは聴き取りにくいのだが、ちょっと変わりダネのオットンガエルには、Electronic が適しているような気がする。

 加工したほうが、より“自然らしさ”が出るってのも、人間の認識という営為について考えさせられ、なかなかに興味深いものである。カエラーの方は、ぜひ一度お試しあれ。

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2006年3月25日 (土)

肥った白雪姫のストレンジャー

 むかしからずっと思っているんだが、天地真理「水色の恋」って、シナトラStrangers in the Night のパクリだと思わないか? いやまあ、パクリと言って人聞きが悪ければ、「インスパイアされている」とでも言おうか。というのは、おれは携帯オーディオプレーヤーに、バリー・マニロウStrangers in the Night を入れていて、夜中に駅から歩いて帰るときなど、この曲のイントロが流れはじめると、頭の中でほとんど自動的に「さよならの〜言葉さ〜え〜言えなかったの〜」と唄ってしまうからなのだった。なんかこう、曲全体のノリが似てますわなあ。荒川静香と前田健くらいには……いや、それ以上に似てると思う。

 ちなみに、いろんな人が Strangers in the Night を唄ってるけど、バリー・マニロウのバージョンが、おれはいちばん好きである。彼の声質のためにあるような曲でしょう? あの、移調して盛り上げるところなんか、ぞくぞくキますな。

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2006年3月13日 (月)

AIMEE B はキテるのかな?

 以前のエントリー「ラフェスタのCM」で、「声フェチの勘なんだが、この AIMEE B の True は、きっとオーバーシュートするぜ」と書いたのだが、このブログのアクセス解析で検索語を見ていると、なんだかほんとに当たりそうな気がしてきた。「AIMEE B」「AIMEE B TRUE」「ラフェスタ CM」などなど、AIMEE B 関係の検索語が一日に最低ひとつは必ずある。多い日は三つくらいある。「あのCMで唄っているのは誰だろう? なんという曲だろう?」と探している人が相当数いるのにちがいない。CDは出るのかなあ?

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2006年2月20日 (月)

ラフェスタのCM

 最近、日産ラフェスタのCMで、むかし懐かしスパンダー・バレエTrue が女声で流れていて、声フェチとして気になった。オリジナルより、おれはいまCMで流れている声のほうが好きだ。誰がカバーしているのだろう? CMにも名前が出ない。

 そこで調べてみたところ、AIMEE B(エイミー・ビー)という人が唄っているそうな。アマゾンで調べても出てこないので、Google であれこれ試してようやくたどり着いたのが、ダグミュージックという会社のサイトである。「TV コマーシャルスタジオシンガーのブッキング」などなどをやっている会社だということで、このサイトの「ダグアーティストCM作品」に“AIMEE B”の名が見える。どうやら、ソロではまだ無名のスタジオシンガーらしい。「LUXスーパーリッチ」「Volvic」「Tialence サウンドロゴ」「ソニーサイバーショット」など、おれも何度も聴いているはずの声だ。なんだ、この世界ではけっこうメジャーなのかな?

 たぶん、ラフェスタのCM用の True は、サビのところしか唄ってないような気がする。全曲唄って、CD出しておいたほうがいいと思うけどな。声フェチの勘なんだが、この AIMEE B の True は、きっとオーバーシュートするぜ。日産の思惑を超えるだろう。このCMでスパンダー・バレエを知った比較的若い世代をはじめ、八十年代ポップスをよく知っているおれたちの世代からも、「あのCDは出さないのか?」と、いまごろ日産に問い合わせが殺到しているのではなかろうか。True のサビのところは、典型的な“頭の中で回る歌”なんである。それに、AIMEE B は、この曲によく合った品のいい(ある意味、個性の弱い)声をしている。個性の強い声のシンガーがしばらくメディアを埋め尽くした感があるので、いま、こういう声が清涼飲料水のようにウケるフェーズに来ているのではないか。

 それはともかく、このCMのせいで最近 True のサビのとこだけが頭の中を回っていることがよくあって(スパンダー・バレエはそれほど好きじゃなかったから、なにしろCMでやってるあそこしか知らんのだ)、風呂などで鼻歌を唄っていると、途中で歌が変わってしまう――

 ♪Huh huh huh hu-uh huh
  I know this much is true
  Huh huh huh ハァ〜, ハァ〜
  ハクショーン大魔王〜

 余談だが、スパンダー・バレエって、たしかダイアナ元王妃がファンでしたな。

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2006年2月 5日 (日)

加減ちゅうもんを知らんのか

Lawsuit: iPods may cause ... eh?
http://www.cnn.com/2006/LAW/02/01/ipod.suit.ap/index.html

「iPodは難聴を引き起こす」として米国で訴訟
http://hotwired.goo.ne.jp/news/business/story/20060203101.html

ipod 訴訟社会アメリカの一部のアホどもには、「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということを教えてやらねばなるまい。そんなバカなことに貴重な時間と労力を費やしておるとだなあ、しまいにこんなふうになってしまうぞ。

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2006年1月 8日 (日)

グリーン“スクリッティ・ポリッティ”ガートサイドが活動再開

 スクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイドが、ほぼ二十五年ぶりにライブ活動を再開したというニュースにびっくり。イギリスの The Windmill というパブで“DOUBLE G & THE TRAITOROUS 3”というグループとしてライブを行なったらしい。このパブのページを見るかぎり、事前には(ウェブでは)グリーンだということは伏せていたみたいだね。そんなもん、噂だけであっというまに売り切れちゃうだろうからなあ。なーるほど、“DOUBLE G”ねえ。「フォー!」とか叫び出さないだろうなってそれはHG。

 こいつは春から縁起がいいかも。いや、おれ、スクリッティ・ポリッティ大好きです。『Cupid & Psyche 85』なんて二十年以上愛聴しているが、いまだに飽きない。

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2006年1月 1日 (日)

壁の中の煉瓦その2

 四時くらいまで音楽を聴きながら酒を呑み、それから溜まっている洗いものをして、母がひとりで朝飯を食えるようにしておいてから、いままた音楽を聴きながら飲み直している。

 iTunes Music Store をうだうだ見てまわっていると、The Wall - Live in Berlin(@iTMS)を発見。そういや、そんなコンサートがありましたなあ。シンディ・ローパーが唄っている Another Brick in the Wall Part 2 (@iTMS)なんてのが入っていて、それだけ思わず衝動買いする。ライブのタイトルは The Wall なんだが、ロジャー・ウォーターズが音頭を取っているだけで、ピンク・フロイドが参加しているわけではないのである。まあ、シンディ・ローパーがこの曲を唄っているのは、たぶんこれだけだろうから、珍しもの聴きたさというやつだ。

 ところがこれが、けっこういいのである。どうもシンディ・ローパーは、日本では軽いイメージで売り出されてしまったせいもあって(「ハイスクールはダンステリア」って邦題はないだろう)、ノリノリなだけのヘンなねーちゃんという印象をいまだに持っている人も多いのだが、本来、ボブ・ディランみたいな、なかなか思想性のあるアーティストなのである。だから、こういうチャリティ・コンサートにもよく顔を出している。そう考えると、彼女が唄う Another Brick in the Wall Part 2 は、じつによくハマっていると言える。

 あーあ、iTMS ってのは、ほんとに怖いなあ。発泡酒一本くらいだと思うと、ついつい衝動買いしてしまう。この塵が積もってゆくとバカにならないので、せいぜい自制することにしよう。

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2005年12月28日 (水)

「よ」か「を」か、それが問題だ

 深夜に目が冴えてしまったときには、部屋を暗くしてから、少し音楽を聴いて寝ることにしている。

 いやあ、深夜に「知床旅情」をじっくり聴くといいねえ。いや、iTunes Music Store でこないだ衝動買いしたんだけどね。よく考えたら、「知床旅情」のようなよ〜く知っている曲ってのは、意外とCDを持っていないものなのである。たまにテレビの歌謡特番などで聴いて「いやあ、やっぱりいいねえ」と思うだけで、あえてCDなど買おうとしない。

 iTMS ってのは、こういう“よく知ってて好きだけど、いつまで経っても音源を買おうとしない曲”を買うには、ほんとに持ってこいだよなあ。

 ところで、「知床旅情」の最後のところ、「わたしを泣かすな 白いカモメよ」は、近年「白いカモメを」に変更されているって話をよく耳にする。iTMS で買ったバージョン(『百万本のバラ』所収)は、すでに「白いカモメを」だ。森繁久弥の原詩が「白いカモメを」だと判明したためなのだそうだけれど、これは大きな変更、というか、訂正だよなあ。つまり、白いカモメに呼びかけているのではなく、この詩の“語り手”が自身を「白いカモメ」と呼んでいたのだったのだ。え〜らいちがいやないか。

 まあ、原詩がそうなのだったらいたしかたないが、「白いカモメを」って「白いカモメよ」よりも唄いにくいよなあ。

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2005年12月25日 (日)

The second hand unwinds.

 今日はゆっくりしようと、晩飯には宅配ピザを取って、食ったあと酒飲みながらテレビを観ていたら、『ハッピー・クリスマスショウ!』なる音楽特番に、シンディ・ローパーが出てきた。新聞の番組欄に書いてないじゃないか(エンヤは書いてあるのに)。これはじつにラッキーであった。Time After Time のアンプラグド・ライブ・ヴァージョン(生じゃないけど)が映像と共に聴けたのは、おれにとってはささやかなクリスマスプレゼントだ。

 電子ピアノだけを伴奏に(じゃあ、アンプラグドじゃないじゃんというツッコミはなしね)、マウンテンダルシマーをかき鳴らしながら Time After Time を唄うシンディおばさんは、酸いも甘いも噛み分けた場末のスナックのママさんみたいでじつにかっこいい。もともと婆さん顔してたけど、ほんとに婆さん顔になったねえ。ま、顔なんてどうでもいいんだけどさ。いやあ、Time After Time というのは、おれたちの世代の八十年代ノスタルジーを差し引いても、じつによい曲だ。五十年後も唄い継がれていることだろう。

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2005年11月14日 (月)

宇多田ヒカルのトーク

 先日から本家東芝EMIのサイトをはじめ、あちこちのBBコンテンツプロバイダで無料ダウンロード配信(視聴期限付き)している「宇多田ヒカル“Be My Last”インターネットライヴ」を視聴してみた。

 「Be My Last」の弾き語りパフォーマンスを、五つのアングルから撮った映像ファイルと、DJ風のトーク映像がひとつ。曲のほうは、映像のアングルがちがうだけで音声はまったく同じだから、よほどのヒッキーファンでもなければ、観ているうちに飽きてしまう。いちばん面白いのはトークであった。なんでも、宇多田ヒカルが最近気になるアーティストは、さだまさしなんだそうである。「あの人、すっげー面白いんだよ」って、そうか、宇多田ヒカルの歳だと「すっげー面白い」全盛期を知らんのかもなあ。いま再発見してハマっているのだろう。若いっていいなあ。おじさんも、さだまさしのライブ録音は、曲を飛ばしてトークだけ聴いていたりしたもんじゃよ、ヒッキー。

 こう言ってはなんだが、おれは歌っている宇多田ヒカルよりも、バラエティ番組などでしゃべっている宇多田ヒカルのほうがずっと好きである。歌は好きなことは好きだが、宣材の写真とかには全然魅力を感じない。が、動いてしゃべっているときは、片時も目を離せないほど魅力的である。不思議なコだ。つまり、ヒッキーよ、おれにとっては、さだまさしとキミは、“しゃべっているほうが面白い”という同じカテゴリに入っているのじゃよ。こんなこと言われても、本人は全然嬉しくないかもしれないが……。

 おれ的には、最近もうひとりそういうコがいて、安めぐみがそうなんである。本業のグラビアやらなにやら、静止画で見ると、べつにどうということのない、そこいらへんにいくらでもいそうなちょっと可愛いコにすぎないのだが、動いてしゃべっていると、妙に魅力的である。こんなこと言われても、本人は全然嬉しくないかもしれないが……。

 ダウンロードした宇多田ヒカルの動画ファイルは、11月20日を過ぎると再生できなくなる。三百メガバイト弱のファイルが無用の長物になってしまうのである。なんとなく理不尽な気がする(まあ、消せばいいだけだが)。だったら、ストリーミング配信しろよと言いたくなるが、線が細い環境の人でも、時間をかけてダウンロードすれば1Mbpsの画質で楽しめるという利点もあるし、同時アクセスによるサーバの負荷も軽くなるだろう。宇多田ヒカルクラスのタレントだと、ほんとうにリアルタイムの無料インターネットライブなんぞやった日には、サーバの負荷やネットワークのトラフィックがほとんど予測できないってこともあるんだろうなあ。

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2005年8月30日 (火)

空耳の狂詩曲

 たとえば、奥村チヨの「終着駅」の歌詞が、東欧のどこかの国の言葉でたまたま「字ベロ、ペンチラ、米さ、米酒だ、キープだ牛、預りDay、飲ま飲まイェイ」みたいに聞こえたとして若者のあいだで大流行、みんなあちこちでげらげら笑いながら踊っている――という光景を想像すると、そこはかとなく不気味なのですがいかがなものでしょう。

 などと言いつつ、コンビニ弁当食いながらその他の雑種(2)をあおるときに「飲ま飲まイェイ」と言ってしまうおれが、おれはちょっとかわいくて嫌いではない。

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2005年8月28日 (日)

笑うな

 iTMS で円広志の「夢想花」を衝動買いしてしまいました。

 いや、わ、笑うけどね、あれは歌謡曲としては、たいへんな名曲やで、マジで。いまあちこちのバラエティ番組に出ているのは、たまたま同姓同名のおじさんなのです。そうなんですっ!

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2005年8月20日 (土)

iTMS はもっともっとマニアックに

 おや、日本版iTMS のJ-POPカテゴリに、いつのまにかザバダックが入っている。なにかおれの知らない曲があるだろうかと、さっそく調べてみると、なんだ、持ってるアルバムばっかりだ。

 じわじわと取り扱い曲が増えてきているのはわかるのだが、こういうふうにバラ買いするのに適している“どマイナー”なナツメロとか、子供のころに買えなかったアニソンとか、あ、いい曲だなと思いつつ、なんとなく買い逃していたり、特定の曲は好きだがアルバム買うほどには思い切れずにいたような曲とか、そういうおれの欲しいのがなかなか増えない。やはりこうした販売形態が最大限に威力を発揮するのは、むちゃくちゃにマニアックな領域だと思うのだがなあ。

 どうして、ちゃんちゃこの「空飛ぶ鯨」がないのだ、梅まつりの「北山杉」がないのだ、ゴーバンズの「リボンの騎士」がないのだ、ヒカシューの「ガラスのダンス」がないのだ、葵三音子の「哀愁」(『必殺仕置屋稼業』)がないのだ、「緊急指令10-4・10-10」がないのだ、「ときめきトゥナイト」がないのだ、「チンパン探偵ムッシュバラバラ」がないのだ、「クレクレタコラ」がないのだ、「ムシムシ大行進」がないのだ、「ものしり館」がないのだ!? ぬるい。まだまだなまぬるい。iTMS は、爺さん婆さんのためのマニアックなナツメロを揃えるべきである。

 ついでにぼやいておくと、シュガーもない! どうも最近はSugar と言えば、Zone の抜けたニッチを埋めるために現れたような小娘四人組を指すらしいが、いくら一発屋だったからって(いやまあ、シュガーは二発屋くらいだと思う)、一応は日本歌謡史に残るヒットを持つグループの名前を、二十年やそこらくらいしか経っていないのに、そのまま使うのはいかがなものか。さらについでに言うと、Exile と言えば、Kiss You All Over の Exile に決まっているのであって、近年日本で唄い踊っている洋風一世風靡セピアみたいな連中は新参者じゃ。ええ、こういうことを言い出したら立派な爺いですとも。げほげほ。

 とはいえ、葉月里緒菜(当時)のアルバム(!)が 日本のiTMS に最初から入っていたのには仰天した。どうして、こんなところだけ不自然にマニアックなのだ? というか、これはマニアックなんてものではない。ゲテモノだ。おれは女優・葉月里緒奈をこよなく愛する者であるが、歌だけはけっして唄わせてはいけない。この世のものとは思われぬほどなのである。“音程に不自由な人”というか“musically handicapped”というか、人前で唄わせること自体が、葉月里緒奈の人権侵害になりそうなほどだ。これほど美貌に似つかわしくない音痴は、おれはほかには酒井和歌子しか知らない。とかいいながら、そのうちその希少価値を評価して、アルバムごと衝動買いしてしまうかもしれないが……。まあ、古本屋で言えば、百円均一のワゴンから、絶対に読みはしないがなぜか持ってはおきたいと衝動買いしてしまうような感じか。

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2005年6月12日 (日)

Another one bites...レタス?

 サラダを食っていた。レタスを口に放り込み、噛む。ザッザッ、ザッザッと、よく訓練された歩兵団が行進しているような心地よい音が歯から顎を伝わり耳に届く。噛む、噛む……。ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ、ザッ、ザッザッ、ザッ、ザッザッ、ザッ、ザッザッ、ザッ――

 ♪Buddy you're a boy make a big noise
  Playin' in the street gonna be a big man some day

 と、おれの頭の中に突如フレディ・マーキュリーの声が聞こえてきた。おれはさらにレタスを口に放り込み、リズムに合わせて噛み続けた。ザッザッ、ザッ、ザッザッ、ザッ――

 ♪You got mud on yo' face
  You big disgrace
  Kickin' your can all over the place

 さあ、みなさん、レタスを用意してご一緒に!

 ♪We will we will rock you
  We will we will rock you


 なんか、今後、レタス食うたびにやってしまいそうだなあ……。

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