カテゴリー「芸能・アイドル」の138件の記事

2012年7月 2日 (月)

〈週刊文春〉の話題で持ちきり

「あ、そうそう、〈週刊文春〉読んだ?」

「読んだ読んだ。まったく、あれはひどいなあ」

「ああ、あれか、おれも読んだよ。ちょっと叩きすぎだよね」

「むかしの話なのにねー」

「一度は好きになった相手だろうに。あの言いぐさはないわ」

「でも、ゆきずりの関係だったんだろ?」

「いや、しばらくつきあってたそうだよ」

「いやいや、すごく長いつきあいだろう」

「あの手紙、ホンモノなのかなあ?」

「手紙? メールだろ」

「なんであんなに叩かれるんだろう。そりゃまあ、それほど美形じゃないにしても、よく見ると愛嬌があるんだけどなあ。おれは好きだよ、美脚だし」

「愛嬌あるかあ? ガマガエルみたいで怖いけどなあ。美脚なのか、あの人??」

「誰が見ても、きりっとした美形だと思うけどなあ。たしかに脚はまだまだ逞しいし、尻なんかきゅっと上がってて、さすが鍛えた感じだよね」

「よく一億なんてポンと出せたなあ」

「え? 四億じゃなかったっけ?」

「おれは二十五万って聞いたけど」

「博多に移籍しちゃうんだろ? ほら、若田部のとこ。ちょっとかわいそうだなあ」

「ええっ、ホークスから声がかかってたのか? 若田部はもう現役じゃないだろ」

「おれは離党するって聞いたけどなあ」

「でもまあ、なんだかんだ言っても、ヘタレでもがんばってるとこがいいよね」

「そうだな、ヘタレだけどがんばってるな」

「たしかに、あのヘタレでもなんとかなってると思うと、気が楽になるな」



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2012年5月 5日 (土)

それでも好きだよ(DVD付B)(DVD付C)(指原莉乃/avex trax)

 え? なに? 結局、おまえはType-AもBもCも全部買ったのではないかって? いやまあ、そうだが、なにか文句があるか。おれは「さしこのソロデビューシングルは、Type-Aしか予約しとらん」と言っていただけであって、Type-BやType-Cは予約せずに発売後に買ったのである。初日の売上げ枚数が乃木坂46にダブルスコアで負けたというので、急遽、追加注文をすることにしただけだ。べつにブレとらん。全然、ブレとらん。「予約」という言葉の意味は、辞書を引いてもらえばわかる。はっはっは、これからおれのことを「枝野」と呼んでくれたまえ。

 まあ、指原莉乃 vs. 乃木坂46の同日発売シングル対決は、もちろんプロレスみたいなもんであって、勝っても負けても、どちらのファンにとってもおいしいし、秋元康は笑いが止まらんという仕掛けにはなっている。だいたい、さしこはそもそもがAKB48のいろもの担当なのであって、勝てば勝ったで、「ヘタレだが努力家のさしこが……」となり、負けたら負けたで、「じつに指原らしい展開」ということになるわけで、論理的に無敵なのだ。

 さて、これら3タイプのシングルの収録曲は、「それでも好きだよ」「初恋ヒルズ」の二曲は同じで、三曲めと、特典映像がタイプによって異なる。Type-Aの三曲めは「恋愛総選挙 ~指原莉乃 solo ver.~」、Type-Bは「愛しきナターシャ」、Type-Cはハロプロ好きの指原がとびきり好きだという、はるな愛――じゃない、松浦亜弥「Yeah!めっちゃホリディ」のカバーである。DVDじゃないので、乳首をいじりながら唄っているかどうかはさだかでない。いやしかし、 「Yeah!めっちゃホリディ」が存外にいいのでちょっと驚いた。やっぱり、消費者側のときに育んだ愛がハンパではないのであろう。しょこたんカバーみたいなもんだ。

 それにしても、このところの指原莉乃の快進撃にいちばん驚き戸惑っているのは、指原本人であろうと思う。ちょっと前まで、エスパー伊東“爆裂鼻風船”を渋谷の街頭でやっていたいろものアイドルだとはとても思えない。まあ、さしこなら、いまでも平気でやってくれるとは思うが。

 指原にとっては、冠番組を持てとか、さんまと渡り合えとか、フォトブックを出せとか、ソロデビューしろとか、サマンサタバサのモデルになれとか、テレビドラマで主演しろとか、そいつが映画になるのでもちろんやれとか、大分の観光大使になれとか、そういったことどもも、爆裂鼻風船とさほど変わらぬ、向こうからやってくるならありがたく受けて立とうという仕事のひとつにすぎないのだろう。きっと、あれよあれよという間に、嵐に巻き込まれているかのような感じだろうな。

 ともあれ、消費者としての愛を忘れていないさっしーには、おれは好感が持てる。いずれ指原莉乃は、放送作家かプロデューサーか、なんであれ提供側に回るタイプの才能だろうとおれも秋元康と同じように思うが、アイドルとして輝いている、いま、この瞬間を大切にしてほしいと思う。憧れのバトンを、次の世代のヘタレ少女たちに渡してくれるはずだ。

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2012年5月 2日 (水)

それでも好きだよ(DVD付A)(指原莉乃/avex trax)

 おれが指原莉乃推しであることは、このブログでもネタにしているが(twitterではもっとネタにしている)、当然のことながら、さしこのソロデビューシングルは予約して買ってしまった。

 おれの二人の姪は姉も妹もジャニヲタで、とくにHey! Say! JUMPのファンで、ほとんど同じような内容のCDやらDVDやらをことごとく買っている。ジャニーズ事務所の思うツボであり、いいカモである。こいつら、アホである。

 だが、おれの姪たちにしてみれば、今年五十になろうかというおじさんが、指原莉乃にハマっており、さしこの出演番組をいちいちチェックしているばかりか、カレンダー買ったり、フォトブック買ったり、あろうことか、ソロデビューシングルを予約までして買っているさまは、秋元の思うツボ以外のなにものでもないわけなのだ。

 おれ 「なんじゃそりゃ。また買うんか? ジャニーズは阿漕やのう。おまえら、ジャニーズの思うツボやな」

 姪ども「おっちゃんも、秋元の思うツボやけどな」

 おれ 「おれは、さしこのソロデビューシングルは、Type-Aしか予約しとらん」

 まあ、こういうのを目くそ鼻くそと言う。

 下のほうの姪は、指原莉乃と同い年であるからして、彼女にしてみれば、いいおっさんが自分と同年輩の小娘にきゃあきゃあ言うておるのが(いや、べつに、きゃあきゃあ言うてはおらんけどな)、滑稽であり、不可思議であるのだろう。

 まあ、そのへんはええやないか。これほどアイドルにハマるのは、麻丘めぐみ石野真子以来である。麻丘めぐみとか石野真子とかは、「ああ、こんなコが恋人やったらええやろなあ」みたいな感じであったが、指原莉乃は「こんなコを娘に欲しい」というハマりかたなんである。しょこたんみたいなもんだ。

 それにしても、歌はあんまりうまくないが、DVDは妙に見応えがあったな。なるほど、これで釣ろうというのだな。さらにこのデビューシングルのType-BやType-Cを買えば、さしことデートしているかのような映像が33本コンプリートできるというわけか。はっはっはっは、秋元め、その手には乗らんぞ。おニャン子に手をつけてカミさんにしてしまったおまえの陰謀にまんまとハメられてなるものか。おれはジャニーズ事務所に操られている姪どもとはちがうのだ。

 それでも好きだよ、この面白い小娘めが。

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2012年2月16日 (木)

憧れの再生産

 おれはAKB48では、なんてったって、俄然、断然、指原莉乃推しであって、今年のカレンダーはもちろん指原だし、大好評発売中の1stフォトブック『さしこ』も、当然発売前に予約して買った。今年五十になるというのに、金を使うほどアイドルにハマったのはひさしぶりだ。

 いやまあしかし、ここでさっしーの魅力を語りたいわけではないのだ。なんというか、ああ、今日はいいものを見たなあと、ちょっとほっこりしたもんだから、書き留めておきたくなったのである。

 おれは、さしこが水曜レギュラーに大抜擢されてからというもの、『笑っていいとも!』は水曜日だけ録画して、さっしーの出てるところだけチェックしている。今日も、晩飯を食いながら、「いいとも」を観た。

 今日の「テレフォンショッキング」のコーナーは、ドリーム モーニング娘。がゲストで、かなりおばさんになった往年の「娘」たちを、彼女らがほんとうに娘だったころから知っているタモリがひとしきりいじった。

 一段落ついたとき、予め打ち合わせていたのかどうかは知らないが、指原がモー娘の追っかけであったことをタモリが話題にし、舞台裏からおずおずと指原登場。自身がいまはアイドルと呼ばれる立場になっているのに、憧れのモーニング娘。を前にして指原はすっかり一人の少女ファンに戻ってしまい、目をうるうるさせながら、ドリーム モーニング娘。一人ひとりに握手してもらって舞い上がっていた。微笑ましい。おれは、手塚治虫にサインをもらい握手までしてもらった少年のころの自分を思い出していた。

 ああ、こういうことは大事なんだなあと、指原を見ていて、改めて思った。彼女はアイドルに憧れ、みずからもアイドルになった。そしていままた、少し前の指原のような少女たちが、「指原さんみたいになりたい」とアイドルをめざし、秋元康を驚かせる。

 なんの分野であれ、それが連綿と続いてゆくには、こうした“憧れの再生産”が絶対に必要だ。憧れの再生産が縮小してゆく分野は衰退してゆかざるを得ない。あげくの果てには、世襲だらけになる。政治家のようにだ。

 「なんであんなのがいいんだ?」と、多くの大人から眉を顰められるような存在であっても、それに憧れる少年少女がいるかぎり、バトンは手渡されてゆく。手塚治虫であれ、ビートルズであれ、モーニング娘。であれ、AKB48であれ、だ。

 憧れられている存在が、実際にどれくらい偉大であるかというのは、あんまり重要ではない。客観的にどれほどちっぽけな存在であれ、その存在に憧れている後進がいるということ自体が、尊く、大切なことだと思う。

 どんなにちっぽけでも、誰かに憧れられている政治家、誰かに憧れられている官僚が少ないというのが、いまの日本の悲劇なんじゃないかという気がする。


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2011年2月11日 (金)

次に「バレンタイン・キッス」が流行るのは……

 昨日、といっても、ほんの数時間前なのだが、近所のお好み焼き屋でお好み焼きを食っていると、BGMに渡り廊下走り隊7「バレンタイン・キッス」が流れはじめた。

 おれはけっこう焼酎も入っていたので、バイトの兄ちゃんをちょっとからかってやろうと、「懐かしいなあ。これ、国生さゆりが唄ってたの知ってる?」と訊いてみたが、案の定、引き攣った笑顔で首を傾げていた。そりゃあそうだろう。まるで二次元アイドルを無理やり三次元映像で観ているかのような渡辺麻友と、魔王・杉田かおるとやりあう国生さゆりおばさんとが、同列に思えるはずがない。けけけけけ。

 それはともかく、この「バレンタイン・キッス」は、なかなかの名曲だと思う。渡り廊下走り隊7のPVを観ていて、つくづくそう思う。古びてない。というか、古びてないのは道理であって、これは元々“わざと古びたふりをしている”曲なんだから、かえって古びないのは当然なのだ。

 国生さゆりがこれを唄っていたころ、年齢のわりに洋楽懐メロがけっこう好きだったおれは、「ああ、これはシェリー・フェブレーだよな」と思って聴いていた。曲想が、「ジョニー・エンジェル」みたいな、ああいう50~60年代のアメリカンポップスのラブソングによくあった感じにそっくりだ。そういうのを、80年代にあえてあざとくなぞってみせているのだろうと、製作者側の意図が伝わってきて当時にやにやしていた。

 シェリー・フェブレーの「ジョニー・エンジェル」は1962年(おれが生まれた年だ)、国生さゆりの「バレンタイン・キッス」は1986年である。二十四年後だ。そして、1986に24を足してみると……2010! いろんな人が「バレンタイン・キッス」をカバーしてきたが、これほどヒットするのは渡り廊下走り隊7を待たなければならなかったのである。ここにはなんらかの隠れた法則が働いているのではあるまいか。

 そこで、おれの仮説だ。「バレンタイン・キッス」は、今後も、ほぼ四半世紀毎にリバイバル・スマッシュヒットとなるであろう。次に当たるのは、西暦2034~35年ころにちがいない。そのころの十代のアイドルがまたこれを唄い、「ああ、そういえば、わしらの若いころに渡り廊下走り隊7ってのがあって……」と懐かしがるおっさん・おばはんたちが、またおれと同じようなことを書くのだろうな。

 歴史はぶり返す。


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2010年11月28日 (日)

トイレのコオロギ

 むかーしむかし、おれが子供のころ、トイレには花子さんもいなければ、それはそれはきれいな女神様もいなかった。汲み取り式だったアパートの一階のトイレには、べつのものがいたのだ。

 カマドウマである。いや、「カマドウマ」などというのは、あとから図鑑で知った“よそゆき”の呼称であって、関西の人間はみな、日常的にはアレを「便所コオロギ」と呼び慣わしていた。そう呼ばれるほど、汲み取り式の便所の周辺には、決まって見かけたものだった。

 それにしても、カマドウマのほうにしてみれば、いい迷惑である。公式に呼ばれたとしても、馬でもないのに「竈馬」と呼ばれ、俗に呼ばれたとしても、コオロギでもないのに「便所コオロギ」と呼ばれる。常に、自分はなにかの“パチもん”であるかのように呼ばれるのだ。

 まあ、たしかに昆虫のくせに翅が全然ないところが、ゴキブリの幼虫のでかいやつのような印象を与え、遭遇するとかなり不気味ではあるが、人間に実害がさほどあるわけでもない。なのに、まるで害虫であるかのように、駆除の対象になったりする。じつに気の毒なやつらではある。

 カマドウマを自宅のトイレ付近に見かけたような世代は、たぶん都市部なら四十代以上、田舎なら三十代以上くらいじゃないかと思うが、植村花菜がカマドウマをトイレで見たことがあるかどうかはさだかでない。でも、彼女もベタベタの関西だし、年齢的にはギリギリ「便所コオロギ」って言いかたが通じるんじゃないかなあ。

 植村花菜が『大竹まこと ゴールデンラジオ』にゲスト出演したとき、「最近、いちばん嬉しかったことはなんだったか?」と問われて、『探偵!ナイトスクープ』に出られたこと」と答えていたのは、じつに微笑ましかった。「ああ、このコは、ほんまに関西のコぉや」と、ポッドキャストで聴きながら大笑いしそうになった。

 ひょっとしたら、植村花菜は、紅白歌合戦に出られることよりも、『探偵!ナイトスクープ』に出られたことのほうが、じつは内心嬉しいんじゃないかと思ったりする。きっと、彼女のお婆ちゃんも、生きていたらそう思うんじゃなかろうか。


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2010年6月22日 (火)

感情移入

 水着のグラビアアイドルが横たわってさ、スチル写真のカメラマンの指示どおり、あ~んな格好やらこ~んな格好やら、次々とポーズを取らされるところを、写真集とかのメイキングとして撮ってる動画がよくあるじゃないすか。

 あれを観ると、なんだか不快になるんだなあ。人間ドックでバリウムを飲まされて、あの拷問台の上で、腹這いになったり仰向けになったり、ハイ、そのまま右の腰をもうちょっと回してそこで息を止めて~みたいなことをさせられているおのれの姿とグラビアアイドルを重ねてしまうのだ。

 そう思うと、グラビアアイドルって、相当な重労働だと思うのよなあ。まあ、ゲップを我慢しなくていいぶんは、ましだとは思うのだけれど、バリウム飲んでごろごろ転がってるのと、やってることはあんまり変わらんよね。

 グラビアアイドルが胃部X線撮影をされているときには、絶対、「なにこれ、仕事みたい」と思っているだろうと想像するんだよ。



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2010年4月29日 (木)

カヲル君、わかる、わかるぞ!

 『新世紀エヴァンゲリオン』渚カヲル役の声優、石田彰が、あろうことか、『ロケみつ』に、というか、稲垣早希のブログ旅にハマっているということを、ウェブラジオで熱く、熱く語っているらしいとツイッターで知って聴いてみた。いやあ、石田さん、いやさ、同志・石田よ、あなたはおれとまったく同じハマりかたをしている。よくぞ語ってくれた。その調子で稲垣早希を関東にも広めていただきたい。なんか、これ聴いてたら、おれ、石田彰のファンになってしまったよ。

 というかさ、宮村優子が出たんだから、石田彰も出るべきだよ、カヲル君! 『ロケみつ』の中の人、ここに熱烈な、エヴァ出演者がおるぞ! 「奇跡のような番組」とまで絶賛しておるぞ~!



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2010年1月 2日 (土)

『ハイキック・ガール! 』(主演:武田梨奈/監督:西冬彦/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)

 空手家でロシア語SF翻訳家でアイドル好きの大野典宏さんが劇場公開時から武田梨奈ちゃんを激賞してたもんで、子供のころに志穂美悦子のハイキックを見て以来、強い女性の美しいハイキックをこよなく愛するおれは、DVDが出たら買おうと思っておったのだった。年末年始はこれで楽しめたねえ。

 えーと、お話を楽しもうという方にはお薦めしません。まあ、アレだ、腕に覚えはあるが精神的に未熟な主人公が、師匠の闘いぶりを見て成長してゆくという定型フォーマットであり、悪党どもに捕えられた主人公の空手少女を助け出そうと敵地に乗り込んだ師匠が、次々と立ちはだかるキャラの立った敵を倒して前進してゆくという『死亡遊戯』的フォーマットだ。べつにお話はこの際どうでもよろしい。

 それでも、見応え充分。当てる当てる、ホントに当てる。素人のおれが観ていても、大丈夫かいなと思うくらい当てている。空手はもちろん、ムエタイやらテコンドーやら、“ほんまもん”の手練者が出演して、バシバシ当てている。デキる者同士だから、フルコンタクトが可能なんでしょうな。素人の役者相手だったら、手加減しても怪我するよ、これじゃ。しかも、いくら空手の大会で優勝経験のある美少女アイドルとはいえ、むくつけきおっさんがアイドルの顔面を頭を肩を腹を蹴るわ蹴るわ、こんなもん、ふつうのアイドルなら一発で失神だろう。

 武田梨奈ちゃんもカッコいいが、彼女の師匠役(中達也:日本空手協会総本部師範)がこれまたカッコいいのよ。おれは空手なんて知らんから、こんな美形の達人が空手界におるなんて、これ観て初めて知った。なんちゅうか、『柔道讃歌』“秒の殺し屋”帯刀省吾(喩えが古いかねえ?)が空手をやっておったらこういう感じだろうという、気品のある美しさと立ち居振る舞いである。立ってるだけでただただ美しく、強そうなのだ。

 女子高生空手家のハイキックをコマ送りしてスカートの中を覗こうなどという邪念のある人でも(いやまあ、おれもそういう邪念が皆無であったとは言わんが)、この映画を観ているうちに、そんなところを見ている場合ではない“ただごとではなさ感”に引き込まれること請け合い。人間の筋力や重力を無視したワイヤーアクションやら、なんでもありのCGやらに食傷気味の方には、ワイヤーなし、スタントマンなしの“ほんまもん”の突き合い・蹴り合いを、ぽか~んと口開けて堪能していただきたい。なるほど、脚本なんてどうでもいい映画ってのは、たしかにあるもんだな。この映画、あちこちのブログなどでの評価を見ると、武道を嗜む人は激賞する傾向にあるようだ。たぶん、素人が見てもわからんレベルで、「よくこんなことするなあ」という、とんでもないことをしているんだろうな。メイキングやら詳しい解説なども観てみたい武道家の方には、二枚組の豪華版のほうがいいかもしれない。

 それにしても、武田梨奈ちゃん、眼がいいなあ。このコになら蹴られてみたい(が、下手すりゃ死ぬ。マジで)。二十一世紀の志穂美悦子、ここに登場である。



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2009年12月27日 (日)

『ようこそ桜の季節へ』(桜/よしもとアール・アンド・シー)

 コンビとしての「」、最初で最後のDVDである。お断りしておくと、おれはこれを“お笑い”のDVDとして万人にお薦めしているわけではない。桜のファンか、稲垣早希のファンか、増田倫子のファンでもないかぎり、“こういう世界”にぜーんぜん縁のない方にはお薦めできない。ま、たぶんここを読んでいるような方々は、“こういう世界”の住人であるとは思うが……。あと、お薦めできる人といえば、そうだなあ……天津・向か。あると思います(それはちがう、それは)。

 彼女らの“エヴァ漫才”はテレビやネットでさんざんおなじみであるとは思うけれども(え? ご存じない? 不憫やなあ……)、このDVDはエヴァ漫才メインではない。「へー、こんなのもやってたんだ」と、いまさらながら惜しいコンビだったのだなと気づかされる。まあ、はっきり言って、学芸会みたいなとこもあるが、“こういう世界”が好きな人にとっては、そんなことは気にならないのである。

 稲垣早希はもはや全国区であるが、このDVDを観ると、増田倫子のボーイッシュな魅力に改めて気づく(関西の人以外でも)。増田は本来得意なダンスに打ち込むために「桜」を“卒業”するということで、お笑いをやめるのは惜しい気がする。

 京橋花月でのライブ「桜の季節 ~2分咲き~」に加えて、小ネタ、ロケネタを集めた「桜の冒険」を収録。関西人にしかわからんネタもあるけどね。「稲垣早希のやってみよう!」では、稲垣が太巻きでサキエルを作るという、わからない人にはさっぱりわからないネタが展開され、「増田倫子のやってみよう!」では、ゴルフ好きの増田がいろんなものを片っ端から打ちっぱなしでひっぱたき、どれくらい飛ぶかを試す。「ベリーダンスでセクシー早希ちゃん」「ロケみつ」ファン必見。ブログ旅の入浴シーンを除いては、おそらく稲垣早希最大露出なんだが、あんまりエロくないのが不思議。むしろ、増田倫子がメイドカフェで働かされる「メイドでプリティー倫ちゃん」のほうがよっぽどエロいのであった。

 コンビとしての活動期間が短かかった「桜」を見ていると、かつての「トゥナイト」をおれは思い出す。しずか引退後のなるみは、いまではすっかりベテランのお笑い人として大成しているんだから、早希ちゃん・倫ちゃんにも、それぞれの道で大成してもらいたいものである。今後、「桜」みたいな若い女のコの漫才コンビが増えてくるんだろうなあ。

Sakura_photo1_2 「初回プレス限定封入特典」として、「桜」の生写真(五種類の中から一枚をランダムに封入)が付いている。おれは、こんなのが当たりました。



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