去年は、いろいろと悪いものを三つもやめることができた。流行りの“断捨離”が実践できた。
まず、煙草をやめた。身体に悪いものを“断”ったわけだ。値上がりするのは前からわかっていたから、徐々に量を減らすようにしていたのだが、実際に値上がりした十月にすっぱりとやめた。最後に煙草を吸ったのは十月三日である。
次に、日本の新聞をやめた。頭に悪いものを“捨”てたわけだ。日本に存在する新聞がことごとく頭に悪いと言うつもりはないが、いわゆる五大紙なんぞは、あってもなくても同じだ。というより、あんなものを読んでいたのではアホが移る。
さらに、紙の新聞をやめた。環境に悪いものから“離”れたわけだ。日本の新聞をやめるにあたって、背中を押してくれたのは、amazon の電子書籍リーダーの kindle だ。海外の新聞や雑誌の電子版が紙版よりもはるかに安く定期購読できるので、便利なこと、この上ない。惚れちゃったね。
いずれ kindle についてはじっくり書きたいとは思うが、二か月半ほど使ってみて見えた本質を端的に述べるならば、kindle というのは、電子書籍リーダーというハードウェアを売ると見せかけて、“クラウド読書環境”を販売しているのだということである。日本のメディアは、やれ iPad だ、やれ Android タブレットだなどと、ハードウェアとしての電子書籍リーダーばかりを比較してつまらない記事を書いていることが多いのだが、そんなものは電子書籍の本質ではない。
kindle を所有して、いじってみて、たちまち覚えるのは、「ああ、これ“一冊”を持って歩けば、巨大な“書店”を持って歩いているのと同じなのだ」という奇妙な全能感である。欲しい洋書は、kindle 版が出てさえいれば、一分もしないうちに手元に“所有”できる。そのための通信費は、事実上無料だ。kindle は早い話が“電話”を内蔵しており、3G回線の国際ローミング費用は米アマゾンがほぼ負担してくれる。太っ腹にもほどがあるんだが、これを彼らは太っ腹とはおそらく考えていないのだろう。“読者”が負担すべき費用ではないと当然のように考えているのだろう。つまり、アマゾンは、あくまで“本屋”としての本分を、いかにテクノロジーが進もうとも、ただただ全うしようとしているだけなのである。
以前、地方の人に聞いた話だが、地方の小さな書店では、全国紙に広告が出ているような本でも、東京の出版社から取り寄せることを拒む店があるという。なぜなら、取り寄せるために東京に電話するだけで儲けが吹っ飛んでしまうからだ。「東京に電話するのにいくらかかると思ってるんですか?」と言われるのだという。
kindle の3G回線使用料が、日本で amazon.com から kindle 端末を買った場合でも無料であり、キャリアとの契約などまったく不要だと知ったときにまず連想したのは、上記の“お取り寄せ”の話だった。そうだ、これは無料であるべきだし、そのあたりまえのことができるアマゾンはすごいと思った。そりゃそうだろう。地方の書店で東京の出版社から本を取り寄せてもらったら、本の定価に電話代を上乗せして取られたなんて人がいるだろうか? いないいない。取り寄せを断られた人は、たくさんいるだろうけどね。「本を調達するのがわれわれの仕事なので、調達にかかる費用はわれわれが負担しよう。読者は、あくまで本に対してお金を払ってくれればよい」と、アマゾンは態度で示しているのだ。
これはじつはものすごいことだ。こういうものすごいことができるほど、“本屋であること”に徹しているアマゾンに、旧態依然たる日本の出版社や取り次ぎや書店が、いまのままでかなうとはとても思えない。ましてや、「いい端末を作れば、電子書籍は売れる」などと考えている“おもちゃ”メーカーは、笑止千万である。
電子書籍リーダーは、リーダーなのではない。それ自体が、電子書籍流通のビジネスモデルを体現した“携帯書店”にほかならないのだ。ハードウェアとしてのリーダーを比較してもなんの意味もない。携帯書店としての、顧客にとっての利便性を比較しなければ、電子書籍リーダーの比較にはならないのである。
いまのところ最も優れた携帯書店は、kindle という名の書店だとおれは思う。少なくとも、英語の読める人にとってはそうである。アマゾンは、どこまでも本屋であることを極めようとしているからこそ、ハードウェアを売ろうが、クラウド環境を提供しようが、全然ブレないのだ。日本のハードウェアメーカーやサービスプロバイダに求められているのは、この怖ろしいまでにカスタマーセントリックなブレない視点であり、ブレないスタンスなのだ。「おまえは何屋だ?」と問われて、「本屋だ」と答え続けられることは、とてつもなくすごいことなのだ。
日本には、こんな出版社や書店が出現するだろうか? しないのだとすれば、それは日本語文化圏にとっては、とても不幸なことだろう。
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