カテゴリー「映画・テレビ」の257件の記事

2008年6月24日 (火)

天文学者になればよかった

 なんか、このところ、『サイエンスZERO』(NHK)と『溜池Nowはミッドタウンにお引っ越ししました』(GyaO)で、立て続けに国立天文台の渡部潤一准教授を観たぞ。ということはナニだ、渡部准教授は、短いあいだに立て続けに安めぐみ中川翔子に会っているわけである。う、羨ましい。ついでに言うと、スピードワゴン小沢と、バカリズムにも会っているわけだが、そっちはあんまり羨ましくないかも。

 いいなあ、天文学者などという、地味も地味、地味ここに極まれりといった仕事にこのような役得があろうとは、いったい誰が想像するであろうか。そうと知っておれば、おれも天文学を志したかもしれぬ。動機が不純だ。

 いやいやしかし、『サイエンスZERO』や『溜池Nowはミッドタウンにお引っ越ししました』を観た全国の青少年の中には不純な動機で天文学者になろうと思っているやつがすでに何人かいて、勉強しはじめたところがホントに面白くなってしまい、そのうちホントに学者になって大発見をしたりするかもしれない。で、その学者がまたそのころのアイドルに立て続けに会い、それをメディアで観たそのころの青少年にまたまた不純な動機を植え付け、将来の大発見のきっかけを作るかもしれない。いや、広報ってのは大事だよ、ホント。



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2008年6月15日 (日)

喫茶店に入ったことのない人が喫茶店をはじめてはいけない

炎上寸前!? 新山千春のブログがアツい(イタい?)! (日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2008/06/post_638.html

芸能プロも頭を抱える!? タレントブログの“管理”問題 (日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2008/05/post_581.html

 うう~む、新山千春のブログに行ってみたが、これは、た、たしかにかなりイタいね。タレントとしての新山千春におれ個人は含むところはなにもないし、好きでも嫌いでもないといった感じだ。べつに褒めようとも叩こうとも思わない。メジャーでもマイナーでもないという微妙な立ち位置ではあろうから、マーケティング的にいろいろと演じなきゃならん面もあるのだろう。芸能人も商売だ。でも、このブログのノリは、はっきり言ってスベってるとしか思えないんだけれども……。

 なにより、アクセスした瞬間に思ったのは、まあ、おれの感覚が古いのかもしれんが、もし津川雅彦がこういうブログを見たらどういう感想を抱くものか、訊いてみたい気もする――ということだった。ぞっとするだろうか、「時代も変わったねえ」と苦笑するだろうか……。おれの婆さんが生きていたら、まちがいなく「あほや」と一蹴しただろうけどな。まあ、さいわいあのときの娘さんも、立派に女優になってらっしゃいますしね。おれも歳を食ったもんだ。

 ま、新山千春のことはともかく、たしかに昨今、芸能人が猫も杓子もブログを開設して、中には仰天するほど非常識なことを書いて世間に呆れられ叩かれたり、最悪、本業の活動停止を食らったりするような例も出てきている。芸能プロダクションとしても管理が難しいだろうとは思う。まあ、いまの日本なら、ほぼ三十歳くらいを精神的な成人だと考えるとすれば、芸能プロが扱っているタレントという商品の多くは、精神的には未成年なのである。早くから特殊な世界に放り込まれたコなら、けっこういい歳になっても精神的にバランスが悪いことも考えられる。

 そこいらへんの高校生、大学生が自分でブログを立ち上げ、少々問題のあることを書いても、それは本人の責任であるし、また、ほとんど大きな問題にはならない。なにしろ、たいていは、ほんの限られた身内しか読んでいないのだ。その点、芸能人の場合、下手に有名なもんだから、パンピーなら無視される程度のことでも、やたらあちこちで叩かれることになる。それが芸能人であるということの職業的宿命ではあるのだけれども、そういう自覚がない芸能人だって、若年化が進む中で少なからずいることだろう。

 となると、いちいち検閲するのはどうかと思うけれど、やはり芸能プロダクションとしては、媒体としてのブログの特性を教育してから開設させるべきではなかろうか。法的なことの基礎教育をやっているところもあると上記の記事は伝えているが、それでは足らないと思う。「このご時世、ウチのタレントにもブログくらいやらせないとなあ」などと、ブログを自分たちが馴染んできたマスメディアのひとつだと勘ちがいしていると、そんな芸能プロのタレントはいつかブログで問題を起こすだろう。ブログはマスメディアじゃない。まず、そこを芸能プロが認識することが重要だと思う。

 ブログを長く続けて支持されているタレントは、たいていみずからもさまざまな他者のブログの一読者であるところからはじめている。眞鍋かをりしかり、中川翔子しかりである。彼女らは、ブログの媒体としてのすごさも怖さも、ウェブ上のいろいろな事件を見てきて、頭の隅にあることだろう。つまり、ユーザとしての視点を持っており、ブログはけっして自分たちの主戦場であるマスメディアなどではないこと、マスメディアのノリが通じない別の媒体であることを、しっかりと“体感”しているはずだ。

 ろくろくウェブを利用してもいないタレントに、流行りものだからと、マスメディア的なプロモーションのつもりで無理にブログをはじめさせると、絶対失敗すると思うな。失敗するどころか、問題を起こす可能性も高い。それはあたかも、喫茶店の客になったことがない人に、いきなり喫茶店を経営させようとするようなものだからだ。なかなか注文を取りに来なくてイラついた経験がない。ゴキブリが這っていたりハエが飛んでいたりして、イラついた経験がない。音楽がやかましい、テーブルが汚い、コーヒーフレッシュの瓶の注ぎ口からフレッシュが垂れている、品のない客が大声で騒いでいるのを放置している、ウェイトレスが水を置いてゆくときに荒っぽくて水がこぼれた……などなど、自分が喫茶店を経営するなら、絶対こういうことには気をつけるようにしたいな、と思うような不快な経験をしたことがない。こういう人に、いきなり喫茶店を経営しろと言っても無理な話なのである。

 そこでおれは芸能プロに提案したい。所属タレントにブログをはじめさせるのなら、まず彼ら・彼女らに、“ユーザ”としての経験をさせるべきだ。同業のタレントや文化人のブログを、最低一か月はじっくりと読ませるべきである。ユーザとしての経験をさせれば、小難しい教育などしなくとも、おのずとやっていいことと悪いことに関して自覚的になるはずだ。媒体の“ノリ”がわかるはずだ。

 自分が客になったことのない媒体で、いきなり提供者側に回らせようとすることに、そもそもの問題があるように思える。テレビを観たことがなくて、テレビで活躍するタレントになっている人はほとんどいないだろう。テレビというのがどういう媒体であるか、彼ら・彼女らは、ユーザとしての経験を積むことで、いちいち教えなくても身体でわかっているはずだ。インターネットだって同じである。まず、ちゃんと使わせろ。提供者側に回るのは、それからだ。



 

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2008年6月10日 (火)

ビッグビジネスの予感

「おかかえ運転手」サービス 富裕層に人気 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/06/07021346.html

団塊世代など富裕層のあいだで、ゴルフ場や会員制リゾート施設、会社や病院への送迎に使う「おかかえ運転手」が話題になっている。ハイヤーよりも安く、自家用車の運転を代行する。利用者の多くは企業のオーナーやリタイヤした元役員などで、「運転手付き」というステイタスが気持ちいいようだ。
利用者の多くは60歳以上
このサービスをしているのは「おかかえ運転手株式会社」という会社で、サービスの名前は「おかコール」。「おかかえ運転手を呼べ(コールしろ!)」という意味だそうだ。登録運転手は150人を確保。女性の運転手もいて、英語の通訳や秘書業務もする。また、ボディーガード、囲碁や将棋の相手やパソコンでの株価チェックなども行う。ここまですると、運転代行というよりも人材派遣だ。

 へー、こんなのが話題なのか。なんか、そんなにめちゃめちゃ高価なサービスでもないようだし、会社の名前からして、ちょっと“なんちゃって感”が入っている。要するにこれは、一種のコスプレというか、ロールプレイ願望を狙ったビジネスで、顧客の“アレやってみたかったんだ”願望に応えるという面が大きいのだろう。

 いま団塊世代を相手にこういうビジネスが出現しているとするなら、もう十年もすれば客層が変わって、もっと大きなビジネスになるぞ。

 初期投資は必要だ。まず、絶対必要なのは、ピンク色のロールスロイスだ。マシンガンとかも搭載していたほうがよい。運転手の“源氏名”は「パーカー」でなくてはならない。もう、これだけで大枚はたいてでも呼びたがる年寄りが、いずれ大量に出現する。

 ある程度儲かってきたら、流星号マッハ号ポインタージャンカーZ、ジローのサイドマシンフレンダーカーヤッターワンナイト2000ガンセキオープンヒュードロクーペマジックスリークロイツェルスポーツプシーキャットタンクGTギャングセブンポッポSLハンサムV9トロッコスペシャルゼロゼロマシン(犬付き)などを次々と投入する。ちょっと投入の順番がおかしいけどな。派遣運転手の源氏名は、パーカーばかりじゃ飽きるので、なんかこう“榊”とか“伊集院”とか“伊達”とか、それっぽい(なにっぽいというのだ?)名前をいろいろ揃えたほうがいい。ちょっとS気のあるお客には“糞虫”とかもいいかもな。最低限の受け答えのほかには「ピルルルル……」としか言わないのだ(ほんとに狭い世代にしか通じないネタだなあ)。

 つまり、おかかえ運転手ビジネスと、昭和三十~四十年代の少年を狙ったアキバ系オタクビジネスとを融合させるのである。これは儲かるぞ!

 ところで、どうでもいいけど、Penelope Parker って作家がほんとうにいるんだよね、おれは読んだことないけど。これって、“香山リカ”的なペンネームなんだろうか、本名なんだろうか。



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2008年5月29日 (木)

インテリジェンス

 「地球外の知性体からの信号をキャッチしたって?」
 「はい、主任。つまらないことに、なんの工夫もない電磁波で送ってきています」
 「どんな信号なんだ?」
 「ピッ、ピピッ、ピピピッ、ピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピピッ、ピピピピピピピッ……と、つまらないことに、自然数をビープ音でカウントアップしていっているだけです」
 「それが自然現象でないと言い切れるだろうか? そうだな、たとえばなにかインクリメンタルな――」
 「言い切れます」
 「えらい自信だな。なにを根拠に?」
 「その、お、音が……素数のときだけアホになるのです」



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2008年5月25日 (日)

「子供に見せたくない番組」五年連続第一位とはすばらしい

子どもに見せたくない番組、5年連続「ロンドンハーツ」 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0515/TKY200805150255.html

 日本PTA全国協議会は15日、小学5年と中学2年生の保護者らを対象にした「子どもとメディアに関する意識調査」の結果を発表した。子どもに見せたくないテレビ番組の1位は5年連続で「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)、逆に見せたい番組1位は前年に続き「世界一受けたい授業」(日本テレビ系)となった。
 見せたくない理由は「内容がばかばかしい」「言葉が乱暴」など。調査は昨年11月に実施し、見せたくない番組には延べ1170人、見せたい番組には延べ2258人の回答があった。

 出たな、おれが一方的に敵視している日本PTA全国協議会(笑)。おれは『ロンドンハーツ』『世界一受けたい授業』も、両方とも録画して毎回観ているが、なんで『ロンドンハーツ』がこの人たちにこんなに目の敵にされるのか、さっぱりわからない。「内容がばかばかしい」て言われてもなあ。あの人たちは、バカバカしいことを言ったりしたりするのが仕事なのである。大人があれだけの手間と時間をかけて懸命に仕事をしている姿はかなり教育的ではあるまいか? 他人の“格付け”なんぞ、自分の道を堂々と歩む人々にとっては、それこそ笑いのネタにするのがちょうどいい程度のバカバカしいものなのだというメッセージをメタレベルで発信していると考えれば、相当教育的ではあるまいか? まあ、『ロンドンハーツ』関係者にしてみれば、日本PTA全国協議会恒例のこの意識調査は、それ自体がギャグにしか見えていないだろうし、「子供に見せたくない番組」のトップを取ることはむしろ誇らしいであろう。もはや、世間もギャグかお祭り程度にしか思ってないのではあるまいか? つい先日、田村淳は、番組の中で“四年連続一位”を自慢してたしな。

 そりゃまあ、もしおれに子供がいてだよ、『ロンドンハーツ』だけしかテレビ番組というものを観ないのであれば、「おまえ、大丈夫か?」と心配になることだろう。「『クレヨンしんちゃん』とかも観ろよ」くらいの教育的指導を親としてするかもしれん。また、『世界一受けたい授業』だけしか観ないというのも、こりゃ、親として相当心配だ。非常に不健全な気がする。「いかん。こんなことでは、いまの時代に、まともな情報リテラシーを育むことができん」と、親たるおれはあわてて、『ダウンタウンDX』『サイエンスZERO』『探偵!ナイトスクープ』『タモリ倶楽部』『マクロスF』を観せようとするかもしれん。

 子供のいないおれが言うのも妙だが、おれの教育方針は「きれいはきたない、きたないはきれい」ということに尽きる。そうした玉石混交の情報の海から、他人ではなく自分にとって意味のある“なにか”を嗅ぎ分けて見つけ出す逞しい姿勢と力をこそ、わが子に身につけてほしいと思うにちがいない。だいたい、おれはテレビにどっぷり浸かって育ったテレビっ子である。「これを観ろ、これは観るな」なんてことを、どの口でわが子に言うことができようか。ただ、「きれいなものばっかり観るな。きたないものばっかり観るな」ということだけは言ってやれるだろう。というか、それしか言ってやれない。「そうか、ろくに勉強もしないで、いろんなものをなんでもかんでも観てたから、お父さんみたいになっちゃったんだ……」と言われたら、返す言葉はないけどな……。

 まあ、子供がおったとしたら、テレビに関しては非常に寛容な親になっていたであろうと想像されるおれではあるが、さすがにこればっかりは子供にあまり観せたくないという番組はある。国会中継だ。「内容がばかばかしい」うえに「言葉が乱暴」だからである。



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2008年5月15日 (木)

『おろち』にしばじゅん……異議なし

柴田淳、映画『おろち』で初の映画主題歌担当 (Yahoo!ミュージック 音楽ニュース)
http://music.yahoo.co.jp/music_news/d/20080514-00000016-bark-musi

女性シンガーソングライター柴田淳の歌う「愛をする人」が、今秋公開予定の木村佳乃主演映画『おろち』(楳図かずお原作/鶴田法男監督)の主題歌に決定した。柴田が映画主題歌を担当するのは、今回が初めて。以前より柴田の楽曲のファンであった鶴田監督からのラブコールを柴田が快諾したことで実現した。
柴田自身、楳図作品については以前からファンを公言するほどで、今回主題歌を担当するにあたり、台本を熟読。映画の世界観に合った楽曲を書き下ろした。主演の木村佳乃とは、昨年12月、柴田が東映大泉撮影所を見学に訪れた際に対面したという。2人とも1976年生まれの同い年ながら、柴田は木村に会った感想を、「テレビで見ててももちろんキレイなんだけど、実物は、数百倍キレイ。同い年には思えなかった」と自身のブログに綴っている。

 ああ、これはなんだか、すげーわかるなあ。おれが『おろち』を映画化しなきゃならん監督だったとしたら、やっぱり柴田淳を指名するにちがいない。その主題歌ってのは、まだ聴いたことがないけれども、これはもうドンピシャリだろうな。「紅蓮の月」を初めて聴いたときに抱いた、情念と狂気を冷徹に見つめているようなもの哀しくもホラーな印象は、なにかに通ずるとは思っていたんだが、そうかー、楳図かずおだったかー。言われてみれば、とてもわかる気がする。

 こりゃやっぱり、今度のアルバムも予約しとくとするか。どのみち買うだろうけどなあ。

 主演に木村佳乃って人選もすばらしい。もう二十年早かったら、おれが監督なら真行寺君江にしたかもしれないが(笑)、いまなら木村佳乃で文句ない。鶴田法男監督は、やはりほとんど同世代だけに、おれたちと感性が似ているのかもしれん。貞子仲間由紀恵を持ってきた監督だしねえ。

 ちなみに、柴田淳は、記事にもあるように木村佳乃と同い年であるが、誕生日はジョディ・フォスターと同じ(11月19日)である。だからどうということもないのであるが、まあ、林家ペー的興味だ。



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2008年5月14日 (水)

世界のナベアツにやってほしいこと

 



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2008年4月29日 (火)

君にも取れるウルトラの資格

Qからメビウスまで…ウルトラ検定開催 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/nikkan/NIK200804250010.html

 世代を超えて愛され、コアなファンも多いウルトラシリーズの知識を問う「ウルトラ検定」が誕生から43年目で初めて実施される。66年の「ウルトラQ」から06年の「ウルトラマンメビウス」まで全16作のテレビシリーズと30作を超える映画、登場した35体のヒーローに関して出題され、7月27日に東京、大阪、名古屋で同時開催する。
 試験問題は、テレビを見たことがあれば分かる基礎知識から、関連商品や撮影秘話、制作の円谷プロまで及ぶ多彩な範囲から出題される。第1回は3級と2級が実施され、1級は2級の合格者を対象に次回から行われる予定。3級問題の7割は「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」から出題。2級は7割がテレビシリーズ、残りは関連分野が出題範囲と定められている。
 解答はマークシート方式で出題数や合格基準などの詳細は未定。検定に対応した公式テキストが5月15日にダイヤモンド社から発売され、この中から一部が本番の問題として出題されるため、受験勉強も可能だ。
 受験者、合格者には特典のオリジナルグッズが贈られる。参加者にはピンバッジ、3級合格者にはポストカード5枚組、2級には脚本の復刻版、1級にはソフトビニール特製バルタン星人(ブロンズカラー版)が用意され、魅力も倍増。ウルトラ博士の称号をかけて多数の応募が見込まれる。
 ◆応募要項 願書受け付け期間は28日~7月10日(郵送の場合は当日消印有効)。試験時間は3級、2級とも70分。受験料は3級4800円、2級5800円。併願も可。申し込み方法はインターネット(公式サイト=http://ultra-kentei.jp/)、もしくは郵送(ウルトラ検定本部事務局〒164・0003、東京都中野区東中野3の17の11)、ファクス03・3367・0982で。問い合わせは公式サイトか(電話)03・3360・4068まで。

 昨今“検定”ブームだから、そのうちこういうのも出てくるだろうとは思っていたが、なんだかスペックを見てるとやたら本格的。最初は1級がないなんてのも、まるで真面目な検定試験みたいだ(いやまあ、真面目は真面目なんだろうけど)。すごいな、2級の受験料なんて、情報処理技術者試験より高いのだ。

 うーむ、こんだけ金払って受験する気にはとてもならないが、あろうことかダイヤモンド社から出る公式テキストってのはけっこう魅力的かも。受験する気がなくても、これはちょっと見てみたい。ことによると、値段次第では買ってしまうかもしれない。1級合格者に与えられるソフトビニール特製バルタン星人(ブロンズカラー版)ってのも、ぜひ実物を見てみたいな。

 『3級問題の7割は「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」から出題』されるということは、こりゃほとんどおれたちの世代を狙っているとしか思えない。試験会場に行ってみたら、四十代、五十代のおっさんばっかりだったりしてな……な、なんか不気味(自分のことは棚に上げる)。

 1級合格者ともなると、やっぱり全国に名前が発表されるのだろうな。新聞にも載るのだろうか。第一回の1級合格者がネットで発表されたのを見に行ってみると、小林泰三田中啓文北野勇作牧野修……とかが並んでいたりして。絶対、「プロによる犯行」とか「先生何やってんすか」とかいうタグが付くよな。ど、どこに?



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2008年4月27日 (日)

「ひので」と『サイエンスZERO』

 今回の『サイエンスZERO』(NHK)、お題は「ここまで見えた 知られざる太陽」。一昨年秋に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」からのデータが着々と予想以上の成果を挙げているようすを紹介していた。思えば、二〇〇六年、「ひので」が送ってきたばかりのデータを紹介していたこの番組も、ナビゲータは二人とも変わってしまっている。彼らの記憶に小杉健郎の名はないかもしれないが、こうしてまた同じ番組で「ひので」の成果が紹介されるのであるから、お星様になった科学者もさぞやお喜びであろう。

 それにしても、今回は、内容の興味深さもさることながら、音楽が妙に懐かしかったぞ。吉川洋一郎『地球大紀行』からやら羽田健太郎『さよならジュピター』からやら、選曲したのはおれと同世代の人じゃないかな?



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2008年4月24日 (木)

「たり」ない

 前から気になってるんだが、近年「たり」の使いかたが急速に変化しているのが感じられる。「さっきからあの男はずっと、きょろきょろあたりを見まわしたり、小走りに物陰に隠れたりしている」といった具合に使う、あの「たり」のことである。

 こいつの使われかたが、最近、あきらかにおかしい。本来、「○○したり、××したり、△△したり……」と、並置する動詞の数だけ「たり」をつけるべきである。というか、並置する動詞の数だけ「たり」をつけるからこそ、並置部分の長さが不揃いであったり、耳で一度聞いたくらいでは覚えきれないくらいに文章が長くなったりしても、なにとなにとなにとを同格に扱っているのかが明示され、意味の塊や論理構造がはっきりして理解しやすくなったり覚えやすくなったりするのだ。

 ところが、最近では、並置の最後に置く動詞には「たり」をつけないようになっている。テレビのニュース原稿ですら、もはやそのほうが多数派だとはっきり感じる。たとえば、「休日は本を読んだりDVDを観たりします」という使いかたが、おれのような年寄りにはしっくりくるんだが、近ごろでは、「休日は本を読んだりDVDを観ます」というのが、ごくごくあたりまえになってしまっているのである。多くの人が、後者に違和感を覚えなくなっているようだ。

 おれなんかは「たり」が足りないとイラッと来る。やはりおれの嫌いなら抜き言葉などとは比較にならないくらいにイラッとくる。なぜこんなにイラッとくるのか、よくよく考えてみて、はたと気づいた。上記例文の前者と後者では、おれには意味が変わってしまっているように感じられるからだったのだ。好き嫌いの問題ではなく、伝達される情報の内容が変わっているから、こんなにイラッとくるのだ。

 説明しよう。「休日は本を読んだりDVDを観たりします」と言われると、おれは、「ああ、この人は休日には読書とDVD鑑賞以外にもいろんなことをするのだが、最も時間を費やす代表的なふたつを例示しているのだな」と解釈する。「たり」に、並置と同時に例示のニュアンスを感じ取る。

 ところが、「休日は本を読んだりDVDを観ます」と言われると、「読書とDVD鑑賞しかしないのか」と思ってしまうのだ。「読んだり……」までのところで、「おっ、このあとに何個か“たり”が続くぞ、いったいどんなことが並置・例示されてゆくのかな、わくわく」と、言語化する間もないほどの刹那に、おれの脳は期待に打ち震える“構え”を取る。そこへ、「DVDを観ます」とあっさり言い切られたのでは、脳がはらほろひれはれとずっこけてしまう。あたかも、いい感じで食事とお酒を楽しんで店を出たところで、女性に「じゃあね」と言われたかのような落胆がおれを襲う。

 こんなふうに感じてしまう言語感覚の持ち主のほうがすでにして少数派なのかもしれない。だが、おれの脳神経細胞は、並置される要素の数だけ「たり」を期待してしまう回路を子供のころに形成し、それが強化され、固定されてしまっている。そりゃもう、しようがないのである。

 「休日は本を読んだりDVDを観ます」がここまで一般化したいま、もはやこれが“まちがい”であると主張したところで詮ないことではある。おれは丸谷才一ぢやない。現時点で妥当な正当性を持つ日本語の守護者であるべき放送人までが、新用法に汚染(?)されているのだから、勝ち目はないだろう。多勢に無勢だ。日常的に日本語を使っている人々全員の多数決を取ったら負けるんじゃないかとすら思う。だけど、おれはおれの主観を述べるしかない――

気色悪いんだよ、それは!



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2008年4月16日 (水)

朝メガ、昼メガ、夜メガ

 最近マクドナルドがものすごいテレビCMを流している。「♪朝メガ~、昼メガ~、夜メガ~」って、あのな~。

 つまり、朝はメガマフィンを食い、昼はメガマックを食い、夜はメガてりやきを食うことを推奨(?)しているかに思えるのだが、当のマクドナルドのサイトで試算してみると、メガマフィンは695キロカロリー、メガマックは768キロカロリー、メガてりやきは900キロカロリー、しめて、2,363キロカロリーである。成人男性の一日の摂取カロリーは、いろいろ説はあるが、まあ、ざっくり2,000~2,500キロカロリーあたりである。おれなんかは、あんまり動かない仕事なので、1,800~2,000キロカロリーくらいに留めている。おれの基礎代謝は、だいたい1,400キロカロリーである。

 つまり、メガマフィン、メガマック、メガてりやきを食ったら、少なくともカロリーベースで考えるかぎりは、その日はほかになにも食わなくてもよい、というか、食ったらあきらかに肥るということだ。

 そりゃまあ、おれもマックのハンバーガーは嫌いではない。じゅるじゅると肉汁の滴るメガマックをときには楽しむこともある。が、「朝メガ、昼メガ、夜メガ」は、さすがにやったことがないし、やろうとも思わない。

 マクドナルドも商売ではあろうが、これは国策に真っ向から敵対しようというCMなのではあるまいか。おれは、個々人が肥っていようが痩せていようが、そんなことに国が口出ししてくることには反対だが、おれ個人は肥っている自分を好まない(他人は知らん)。なにより、階段昇ったりするのがしんどいからな。

 とはいえ、いくらなんでもこれは、あまりにものすごいCMではありますなあ。「朝メガ、昼メガ、夜メガ」のカロリーの合計が、それらのみを食うとしたら必ずしも食べすぎとはいえないあたりに留められているところに、マクドナルドが思い切ってこのようなCMを打つことを是とした計算が秘められているように思える。要するに、このCMは、「ほかにはなにも食うな」と暗に言っているわけである。

 たしかに、毎日この三つだけを食い続けるとしたら、存外にバランスはいいかもしれないよなあ。



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2008年4月15日 (火)

あれはこっちではシャベルじゃない

 「家族と、もっと、シャベる。」――というのが、最近の au のコピーなんだが、ちょっと待った。

 テレビCMのあの映像などを観て、関西人の多くは違和感を覚えるはずである。ふつう、ここいらへんではあのハンディな掘削用具をシャベルとは呼ばぬ。あれはスコップだ。

 そりゃまあ、標準語では“シャベル”があのようなものを指すことになっているというのは、知識としては知っている。が、やはり、おれのコアにあるものが、「あれはシャベルではない。スコップだ」と言い張って聞かぬのである。

 小学生のころ、学校の花壇に球根やらなにやらを植えるのに使った道具はなんであろうか? スコップである。断じてシャベルなどではない。花壇にしゃがみこんで夢中で作業をしていたあのコのまぶしい太もものあいだに覗いていた純白のパンティーに誓って、あれはスコップである。

 不思議なことに、“スコップ”と言うと、関東人の多くは、工事現場とかで使っているあのでかいやつが頭に浮かぶらしい。あっちが“シャベル”やんか。

 この“シャベル-スコップ”問題、小林泰三さんがこだわっている“冷麺”問題に匹敵する不可思議な問題である。いかにしてこのような逆転が生じたのであろうか?



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2008年4月11日 (金)

いかにもエンジンの名にふさわしい

Steampunk Unboxing: Difference Engine Arrives in Silicon Valley (Wired)
http://www.wired.com/gadgets/miscellaneous/multimedia/2008/04/gallery_babbage

When Charles Babbage invented a massive calculating machine in 1849, he probably didn't count on the 150 years it would take to actually get the thing built.
Babbage's Difference Engine No. 2 was a precursor of modern computers, capable of performing complex mathematical calculations with 31 digits of precision, all using Victorian-era rods, gears, levers and linkages.
But Babbage never completed it. It took engineers and curators at London's Science Museum almost six years of work to bring Babbage's 20 pages of blueprints to life in 1991.
Now, thanks to Microsoft multimillionaire Nathan Myhrvold, a second Difference Engine has been built and delivered to the Computer History Museum in Mountain View, California, where trained docents will turn its brass handle to crank out the calculations Babbage dreamed of automating.

 ううーむ、なんてセクシーなんだ。なんかこういうのには、下手なエレクトロニクス(って、どんなエレクトロニクスだ?)より萌えますなあ。タイガー計算機のでかいやつ。惜しむらくは、やっぱりこれは蒸気機関で動かしてほしいよなあ。まあ、湿気に弱いそうだから、蒸気機関本体とは隔離して駆動力を伝えなきゃならんだろうけど。

 これを機会に『ディファレンス・エンジン』(ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング/黒丸尚・訳/角川書店)の復刊希望。こういう記念碑的古典(というには新しいが、やっぱり“スチームパンク”という意味では古典だよなあ)が古本でしか入手できないのは、じつにもったいない。『パヴァーヌ』(キース・ロバーツ/越智道雄・訳/扶桑社)なんかは、サンリオ文庫なきあと、扶桑社から復刊されたのになあ(それももう古本でしか手に入らないのか。おれも歳食ったもんだ)。



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2008年4月 3日 (木)

実食

CoCo壱番屋で「カレーのトッピング全部のせ」に挑戦してみた ~実食編~ (GIGAZINE)
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080403_coco1_topping_all_2/

無謀にもココイチの「カレー トッピング全部のせ」を注文したGIGAZINE編集部員たち。テーブルに置かれたのはもはやカレーに見えないカレー皿と、揚げ物が大量に乗せられた皿でした。自分たちの手で揚げ物もトッピングして全部のせカレーを完成させた様子をさきほどの注文編でお届けしましたが、今回はいよいよこのド級カレーに挑戦です。

 むちゃしおるなあ。まあ、複数人で食ったみたいだから、まだ常識がある(?)ほうだが、これ、一人で食ったらギャル曽根だよなあ。

 それはともかく、この“実食”という言葉、最近日本語に定着してきているような気がするんだが、よくよく考えると妙な言葉ではあるよな。たぶん、『とんねるずのみなさんのおかげでした』「食わず嫌い王決定戦」から出てきた言葉のように思うんだが、近年、あちこちで耳にする。

 わざわざ“実食”と言うからには、それとはちがう“食べかた”があるかのように聞こえる。食うという行為は、常に“実”に決まっているんだが、“実食”という言葉には、たしかに日本人の語感を納得させるなにかがある。元々は、まさに「食わず嫌い王決定戦」のようなシチュエーションが文脈としてないと奇異に感じる言葉のはずなんだが、「あんなものをこんなふうに食ってみたい」と事前に話題にしたうえでいよいよほんとうに食うといったシチュエーションでは、なるほど、“実食”という言葉が適切に思える。

 では、“虚食”という言葉が定着しているのかというと、これは全然そうじゃないんだな。さしずめ、雑誌の写真などを見ながら「ああ、こんなものを食ってみたいなあ」と強く想像する行為を“虚食”と呼んでもよさそうなものなんだが、どうもそういう言葉は生まれそうにない。

 宣伝とか書評とかを読んで、「なんか、この本はこういう内容らしい」と思っている段階を“虚読”とし、実際に読んでみる行為を“実読”と呼ぶようにしたら、それはそれなりに面白いんじゃないかと思うんだがどうか。



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2008年3月20日 (木)

映画『楽園の泉』?

 そういえば、十年以上前にこんな文章を書いていたのを思い出した。『楽園の泉』を映画化するとしたら、このカットはぜひ実現してほしいんだよなあ!

 クラークの訃報を聞いたときに、なぜかヴァニーヴァー・モーガンの最期が脳裡に浮かんでしまった。あの、アラームが虚しく鳴っているシーンね。

 なんか、意外な人が『楽園の泉』に言及しているんで、ちょっとびっくりした。名作というのは、こういうものなのですなあ。



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2008年3月17日 (月)

羽野晶紀と泰葉の復帰

 最近、羽野晶紀泰葉が猛然とテレビに出はじめていて、なにやらおれには一九八〇年代にタイムスリップしたように感じられ、不思議な感慨を覚えている。日曜日も、ふたりともテレビで観た。いや、おれはどちらも好きなんだよ。『現代用語の基礎体力』とかも楽しみにしてたし、泰葉がシュガー(おれはシュガーも好きなんだ)とやってた歌謡番組(もう、タイトル忘れたなあ)なんかも毎週欠かさず観てた。大学生のころだっけなあ。

 だいたい、こういう才能ある人たちが家に閉じこもっているなんて、もったいないじゃないですか。片や狂言、片や落語と、伝統芸能の家庭にいったんは嫁いだ彼女らが、奇しくもほぼ時期を同じくして再び自分のキャリアを歩みはじめたのは、なかなか面白い偶然だと思う。

 結局、伝統芸能というのは女性の我慢の上に成り立っているのかなどと陰口を叩かれないよう、独身の狂言師や落語家にもばりばり活躍してもらいたいものだ、なあ、春風亭昇太。



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2008年3月14日 (金)

♪ゴジラ、ゴジラ、ゴジラが飛ぶゴジラ、ゴジラ、ゴジラが……

ゴジラの叫び声でお目覚め シャトルの土井さん (asahi.com)
http://www.asahi.com/science/update/0313/TKY200803130083.html

 スペースシャトル・エンデバーの飛行3日目となる12日、土井隆雄さんは、地上から流された映画「ゴジラ」の劇中曲とゴジラの叫び声で目覚めた。その後、エンデバーは国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした。
 シャトルの飛行中は毎日、乗組員や家族が打ち上げ前にリクエストした「ウエークアップ・コール」(目覚めの曲)を1曲ずつ、一日の始まりとして管制センターから流すのが習わしだ。
 米中部夏時間12日午後3時(日本時間13日午前5時)に流された曲は、日本の映画「ゴジラ」の劇中曲と叫び声。地上の管制官が「土井さん、おはようございます」と日本語で呼びかけると、土井さんも「おはようございます」と返した。
 「ゴジラ」を選んだのは、土井さんの妻のひとみさん。エンデバーの乗組員の多くは子供のころに「ゴジラ」や「鉄腕アトム」を見ており、打ち上げ前にも一緒にゴジラの映画を楽しんだ。
 ひとみさんは「大変なミッションを前にした『スペースゴジラ』たちを、仕事の成功を祈ってゴジラの足音と叫び声で起こすことにしました」とコメントを出した。

Shuttle Endeavour to Dock at Space Station Tonight (SPACE.com)
http://www.space.com/missionlaunches/080312-sts123-docking-preview.html

The crew awoke today to the battle scene song from the movie "Godzilla Vs. Space Godzilla," followed by the Blue Oyster Cult's radio hit "Godzilla."
"Good morning Endeavour. Doi san, ohayo gozaimasu," said Alvin Drew, shuttle spacecraft communicator, to Japanese astronaut Takao Doi from Mission Control here in Houston. "Take on today like a monster."
"We are very happy to hear Godzilla," Doi responded. "We are ready to go and we'll have a great time today docking with the space station."

 いやあ、なかなかセンスのいい奥様だ。なんたって、ゴジラなら世界中の人が知っている。日本が世界に誇る創作物である。たしかに国家としてはあちこちで機能不全を起こしてずいぶん落ちぶれてはきたものの、腐っても日本、日本をナメるなよ、マツイと同じように宇宙でもがんばっているぞー、カミカゼ、スキヤキ、ゲイシャー、ハラキリ、テンプラ、フジヤマー、といったような裏の意味もことによると込められているのではなかろうかと、おれは勝手に思い込んでいる。

 ただ、ひとつ残念なのは、やっぱり二十一世紀の日本文化のプレゼンスを示すには、この「ゴジラのテーマ」(arranged by 野尻抱介 featuring 初音ミク)を使ったほうがよかったんじゃないかなあ。

Hatsune Miku / Godzilla



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2008年3月 9日 (日)

見とれてしまうが購買意欲の湧かないCM

 おやあ、懐かしい歌がテレビから流れているなあと目をやると、ジーンズ姿の藤原紀香。うう~む。おれはいつもCMってのは、誰になにをどう訴える気なのかと意図やらなにやらを反射的に考えながら小賢しくいやらしく観てしまうのだが、ひさびさにただただ口開けて映像に見とれてしまったよ。

ユニクロ(UNIQLO) HIGH RISEジーンズCM 藤原紀香

 この人は、なに着てるときより(なに着てないときより)、ジーンズがいちばんカッコいいですなあ。か、身体の半分脚じゃん。率直に問いたい。いったい、なに食ったら日本人がこんな身体になりますか?

 仮に、藤原紀香がこのジーンズを脱いでおれに手渡し、「履いてみて」と言うとするわな。おれは腹囲八〇センチだから、まず前のボタンが留まりませんわな。下手すると、ファスナーも上がりませんわな。下を見ると、なぜかジーンズの開口部から足が出現しないでしょうな。ふーんっ、ふーんっ、と、股間の障害物をどっちかに寄せて思いっきり引っぱり上げても、やっぱり足は出現しないでしょうな。おれに残されているのは、もはや“松の廊下ごっこ”をするくらいのことであろう。殿中でござる、殿中でござる~。

 胴まわりは努力次第でなんとかなりそうだが、脚の長さだけはどうしようもない。脚が長きゃカッコいいってもんでもないが(短かきゃカッコいいってもんでもないけど)、こういう脚の長い人がジーンズ履いて歩いていると、いかにも二足歩行しているにちがいないと感心してしまう。ホンダアシモに人気があるのは、きっと大多数の日本人のように歩くからだろう。もしアシモが藤原紀香みたいな体型で、藤原紀香のように歩いたら、たぶん反感買うよな。藤原紀香の場合、ああいう顔でああいうあけっぴろげなキャラクターだから反感買わないのであって(だと思う)、首から上が小沢一郎だったら、絶対、石投げられるよ。

 まあ、日本は地震が多いんだから、藤原紀香のようなハードウェアではきっと不便だろう。震度3くらいでよろけそうだ。その点、おれなんかは、けっこう耐えると思うぞ。重心が低いからな。

 それにしてもこのCM、はたしてジーンズの宣伝になっているのだろうか? これを観たたいていの日本人は、「このジーンズがカッコいいんじゃなくて、単に藤原紀香がカッコいいだけではないか」と思うような気がする。しませんか?



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山中伸弥教授がカッコよかった『サイエンスZERO』

 このところいろいろとバタバタしているので周回遅れで録画を観ている『サイエンスZERO』、今回のお題は「夢の万能細胞に挑む」。人間の皮膚から万能細胞「iPS細胞(induced pluripotent stem cell)」を造り出した時の人、京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授がゲストだというので興味津々。このあたりが痩せても枯れても腐ってもNHKだ。

 山中教授はおれと同い年なのである。SFギョーカイで囁かれる“魔の1962年生まれ”だ。遅かれ早かれ、ノーベル医学・生理学賞を取るにちがいない。いやまったく、おれは生まれて四十五年間もぼけーっといったいなにをしておったんだろうねと思わされますなあ。

 まあ、あくまでテレビで観た感想ではあるが、実直を絵に描いたような人ですな、この先生は。すごい科学者というと、なんとなくエキセントリックな天才肌の人をステロタイプとして連想してしまうのだが、山中教授はそんな感じではない。やるべきことをこつこつこつこつこつこつこつとやってきたからこそ、人のやれない仕事にたどり着いたという感じだ。

 山中教授の態度や雰囲気は、昨日もネタにした『生物と無生物のあいだ』がとくに共感を込めて讃えている、大発見の一歩手前でそのジャンプ台を地道に作った陰の英雄とも言うべき報われなかった偉大な科学者たち――DNAこそが遺伝子の本体であることを地道に解き明かしたオズワルド・エイブリーや、X線結晶学を武器にDNAの二重螺旋構造解明に繋がる写真を撮影していた夭逝のロザリンド・フランクリンなどなど――を連想させる。華々しい天才という感じがしないのだ。きっと山中教授自身も、「おれは生物学に巨大な足跡を記した大天才である」などとは、微塵も思ってらっしゃらないことであろう。ただ、地道な探求を通じて養われた prepared mind に来るべくして来るアイディアが降ってきて、自分以外の誰に訪れても不思議はなかったかもしれぬ僥倖がやってきた程度にしか考えてらっしゃらないのではなかろうか。むろん、そのような僥倖を掴める状態に自分を持ってゆき、それを維持できることが、客観的に見ると、とんでもなく非凡な才能なのである。

 「人の役に立ちたい」という元臨床医としての使命感を保ち続けて、(多くの場合はあまり報われることのない)基礎研究を地道に続けていらした姿にも頭が下がる。モーツァルトよりベートーヴェンが好きな人は、たちまち山中教授のファンになってしまいそうだ。いやあ、この先生がノーベル賞を取る日が楽しみだなあ。



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2008年3月 2日 (日)

微笑ましく家族でドライブ

 これには大爆笑! これって、英語を教える学校のCMなのに、アメリカのテレビでは流せないよな。Engels leren? ってのは、よく知らんがオランダ語だろう。ドイツ語によく似ている。

 後部座席に座っている子供たちには英語がわかっているんだろうね。子供たち同士が微妙に笑いながら顔を見合わせるところで、それを示唆しているのだろう。

 不思議なのは、英語がまったくわからないオランダ人にはこのCMはちっとも面白くないはずだという点だ。つまりその、なんというかアレだ、“ある種の性交様式を試みたい”といった程度の英語は、多くのオランダ人には理解できるからこそ成り立つCMなのでしょうなあ。というか、オランダ人の中で“ある種の性交様式を試みたい”といった程度の英語がわかる層こそ、おそらくもっと英語をちゃんと身につけたいと思っているはずの、この語学学校のターゲット層であり、そこにピンポイントで訴求することを狙ったレーザービーム的広告なのかもしれない。英語がまったくわからないオランダ人であったとしても、「あのCM面白いね」と周囲で話題になったら、「え、私だけわからなかったのか。こりゃ、少しは英語覚えんといかんな」と焦るだろうしね。

 まったく広告屋さんというのは、どこの国でも怖ろしく頭がいい。



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2008年2月23日 (土)

歴史は繰り返す

 「なにかね、ヘス君?」
 「はっ、イージス総統! それがじつは……」
 「報告は手短かにしたまえ」
 「は、はっ、イージス総統。や、ヤマトが……わがガメラスの誇るイージス機雷原を、なにごともなく突破いたしました」
 「なに!? そろそろオチは読めてきたが、念のために訊きておきたい。どのような科学技術を持つ敵にも、いまだかつて一度も突破されたことのないイージス機雷原を、あの原始的なサルどもがどうやって突破したというのだ?」
 「そ、それが……手で
 「……?」
 「やつらはイージス機雷を手で撤去して、悠々と機雷原を突破いたしました」
 「……あの機雷の名はなんといったかな、ヘス君?」
 「…………」
 「あの機雷の名はなんといったかな、ヘス君?」
 「…………」
 「もうよい、下がれ!」
 「はっ……あ、あの……祝電を打ちましょうか?」
 「……へス君、キミはバカかね?」
 「はっ、ししし失礼いたしましたっ」
 「――ああ、それからヘス君!」
 「はいっ!?」
 「Winny はアンイストールしておきたまえ」