おれには妹の娘である姪が二人いるのだが、この下のほうの今年高校を卒業したばかりの姪というのが、とにかくむかしから、おっそろしく、くじ運がいい。なんでもかんでも、面白いように当ててくる。めちゃくちゃにくじ運が悪い(“くじ運がない”といったニュートラルなものではない。積極的に“悪い”のだ)伯父のおれから、くじ運を全部吸い取って生まれてきたんじゃないかと思うほどの驚異の姪である。
その姪がこのたび当てたのは、なんと、『探偵!ナイトスクープ』のスタジオ観覧。一組二名で参加できるということで、おれがこの番組のファンであることを知っている姪が、行けるのなら一緒に行ってほしいと誘ってくれた。持つべきものはくじ運のよい姪である。行かいでか。午後半休を取って、いそいそと姪と待ち合わせ、朝日放送へ向かった。移転前の朝日放送(ってのは、あの“大阪タワー”で知られたやつね)には、むかししばしば仕事で行っていた時期があったのだが、移転後に訪れるのは初めてである。おやまあ、ずいぶんと小洒落た雰囲気になりましたねえ。
三月だというのにやたら寒い中を三十分ほど外で待たされ、ようやくスタジオへ。ををををを。見慣れたセットがきっちり組んである。テレビ画面に映る部分だけでなく、映らない部分にもこだわったすばらしいセットだった。テレビなんて、映るときにはどうせ二次元なのに、空間的奥行きが持たせてあるのだ。いわゆる“描き割り”といった感じではない。
『探偵!ナイトスクープ』の収録は、いわゆる“二本撮り”である。二週ぶんを一度に撮る。だもんだから、姪と「ゲストは誰だろう? ラッキーだったら、すごい豪華ゲストが東京から来るかもしれんぞ」と事前にいろいろ推理していたのだが、妹と上のほうの姪は、「キダ・タローや、キダ・タロー」と、おれたちをおちょくっていた。いやまあ、そりゃ、ものすごい豪華ゲストが映画の宣伝かなにかでやってくる可能性はないとは言えんくらいの淡い期待であって、キダ・タローならキダ・タローで、最高顧問だから、べつにいいではないか。おれにとっては大学の大先輩であるし、ある意味、キダ・タロー最高顧問出演の回を観てこそ、ナイトスクープファン冥利に尽きるというものである。でも、安めぐみとか戸田恵梨香とか上野樹里とか本仮屋ユイカとか来ねーかなとかすかに思いつつ、わくわくと係員の誘導に従い席に着く。
あわわわわわ。やっぱり、この姪はなにか持っている。おれたちは、左翼・中央・右翼とあるスタジオのブロックの中央の最前列のど真ん中になった。いわゆる“かぶりつき”である。なんという席順運! これ以上の席は望めないという最上席だ。出演者席はほんの数メートル先! 中央カメラのモニタがはっきり見えるほど。将来、この姪のダンナになるやつは、たいして努力もせずに、あれよあれよという間に巨万の富を築くにちがいないと確信した。
間寛平の弟子という若者と二名の若いADによる、かなり寒いがゆえに微笑ましい稚拙な前説で、ある程度会場が温まったところへ、出演者登場。あの、オープニングの出演者たちが入場してくるところはこうやって撮影されているのだなと納得。テレビを観ていると、きっとあれはなにやらでかいホールみたいなところにちがいないと錯覚するのだが、実際には、三百名がぎゅうぎゅう詰めで入る程度のスタジオである。大学の大教室のほうがよほど広い。
姪と顔を見合わせる。一本めの顧問は桂ざこばだ。なんというベタベタな、いつものナイトスクープ! いやまあ、それはそれでいいですとも。「せめて田丸麻紀」とちらっと思ったけどね、ちらっと。
いよいよ収録という段になったとき、西田敏行探偵局長が改まった表情で立ち上がり、観客に呼びかけた。すでに一部メディアで報道されているとおり、福島県出身の西田は、観客と出演者に、今回の大災害の犠牲者のために、一分間の黙祷を呼びかけた。出演者は起立し、観客は着席したまま、静かな一分間が過ぎた。
会場、しんみりとした雰囲気。では、ここからは雰囲気を戻していつものナイトスクープにと言う西田に、ざこば師匠が「……戻りまっか?」とひとこと。その絶妙の間に会場大爆笑、ほんとうに雰囲気を戻してしまった。さすがはざこば、タダモンではない。
収録内容については、いずれ放映されることだから、細かくは書くまい。おれが長年知りたかったことがわかったので、それを書いておこう。
テレビ番組によっては、ずいぶんと長く回して、実際に放送で使う部分はほんの一部といった撮りかたをするものもあるようだが、『探偵!ナイトスクープ』の場合、ほとんどが収録されたまま流れていると考えて差し支えない。放送では、一ネタが終わって、探偵のトークの途中で「♪ナーイトスクーーープ」というジングルが流れたあとCMに入るわけだが、収録ではそのあと、次のネタまでに担当探偵によるちょっとした雑談が続く。そして、すぐに次の依頼読みに移る。これはホントに、時間的インターバルは、ほとんど実放送どおりなのである。
VTRを出演者や観客はどのように観ているのか――というのも、長年の疑問だったのだが、これもじつにシンプルであっけない。VTRが映し出されるモニタは全部で七つあり、そのうち四つは観客用、三つは出演者用である。観客用のモニタ四つのうち二つは特大モニタで、地上三メートルくらいのところに観客に向けて右翼と左翼にひとつずつ、少し小さいモニタは地上一・五メートルくらいのところに右翼・左翼ひとつずつが用意されている。よって、VTRを観るときは、かぶりつきの席はむしろ観にくく、右か左かどちらかを向いて観なくてはならない。出演者たちは、二、三メートル離れた三つのモニタを、正面下方に見下ろすカタチで観ているのだ。VTRがはじまると、会場は暗転し、真っ暗な中に、モニタの光に照らされた出演者たちが、VTRの内容に反応して泣いたり笑ったりしているさまが、ぼんやりと浮かび上がっているという状態である。局長や顧問は、できるだけ積極的に音声でリアクションを取るようにしているようだ。
秘書の松尾依里佳が、リアルで観ると、テレビよりはるかに美しいのに仰天した。テレビでは主に上半身ばかりが映るので、ちょっと横に幅があるガッチリした体型に見えるのであるが、実際に全身を一度に視野に収めると、存外にほっそりしていて惚れぼれするような美脚であり、品がいいのに庶民的という、ナイトスクープの秘書に持ってこいの雰囲気を常時放射しているのだった。こりゃ惚れる。
あの“エンド五秒ギャグ”はどう撮っているのか――というのも、おれの疑問だったのだが、これもじつにオーソドックスというか、バカ正直というか、一本撮り終えたあとに、ほんとうに放映どおりのタイミングで、あのギャグを撮っているのであった。真相とは常に単純なものだなあ。
一本めの収録が終わり、少し休憩。また寒い前説。で、出演者入場!
おれは苦笑している姪と顔を見合わせて苦笑した。
二本めの顧問は、最高顧問、キダ・タロー先生である。いやべつにがっかりしていませんから。していませんとも。名誉なことです。ビッグなアーティストを目の当たりにできて、関西人冥利に尽きる。ビッグですともー、顔のサイズも! 松尾依里佳の倍くらいある。
二本めの収録が終わり、西田局長と松尾秘書が、観客席に笑顔をふりまきながら、おれたちの目前、五十センチくらいのところを通りすぎていった。松尾依里佳、脚きれーだなー、エロいなー。姪が、「あの秘書の人、脚きれいやったなー。お父さんやったら、食い入るように脚ばっかり見はるわ、絶対」って、おい、義理の弟よ、娘にフェチを見破られているぞ。まあ、おれもそうだけどな。
収録後、観客が案内に従って、徐々に退場。収録前に松尾秘書から、義援金の募金のお願いがあり、今回は特別に、速やかに東京へ帰らなくてはならない出演者も残れるかぎり残って、観客に募金のお願いをしてくれるのだという。
姪は石田靖のファンで、握手してもらって言葉を交わしたとずっと興奮していた。おれも募金して数人の探偵と握手し、「ラジオ、ポッドキャストで聴いてますよ」と、カンニング竹山探偵と言葉を交わした。あとで姪と意見の一致を見たのは、「寛平ちゃんの手、がっちりしててすごかったな」ということである。世界一周マラソンを成し遂げた鉄人と握手ができたのは、おれにとっても姪にとっても、なにやらとてつもないエネルギーがもらえるかのような、貴重な体験であった。姪は、世界一周どころか東京マラソンで死にかけた松村邦洋探偵に「赤い眼鏡がよく似合うね」と言われて照れていた。おお、松村、さすが見る目あるね、だろ? わが姪ながら、似合うだろ? いいんだよ、こいつの眼鏡、ちょっと萌えるだろ。命あってのものまねだね、まったく。
姪と二人きりでデートするのは初めてなので、帰りには、未成年女子同士では行きにくいであろう焼き鳥屋に連れていってやった。店内はおっさん・おばはんばっかりで、姪は興味津々といった風情で店内を見まわしていた。さすがに酒を飲ますわけにはいかないので(じつは、姪は家では発泡酒をガブガブ飲んでいる)、ソフトドリンクで焼き鳥の盛り合わせを食わせた。あと二年くらいしたら、堂々と酒を飲みに行こうぜ、わが姪よ。
JR京橋駅で京阪に乗り換えようとすると、むかしコブクロも唄っていたというあのスペースに、黒山の人だかりができている。おや、並みのシンガーソングライター程度では、この人だかりはないなと思って近寄ってみると、ZANGEというストリートパフォーマーが、なかなかにすごい藝を披露している。姪はこういうのを観るのが初めてらしく、興奮したようすでデジカメを構えて動画を撮影していた。
『探偵!ナイトスクープ』の収録を観られたうえに、ハイクオリティーの大道芸人まで観られてラッキーだったなあと、京阪中書島駅で姪と別れる。
この姪は、阪神淡路大震災のときには、生まれてはいたが、その記憶はまったくないという。だが、やはりなにか記憶が残っているのか、揺れはじめると、なにやら説明できないものすごい怖さが襲ってくるのだそうだ。かもしれんなあ。あれを赤ん坊のときに体験しているのだから、無理もあるまい。
これからの日本は、けっこうシビアな状況になるだろうが、次におまえとデートするときには、サシで酒を飲みたいもんだな、くじ運がめちゃくちゃにいい、わが姪よ。
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