カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の1139件の記事

2013年3月 6日 (水)

わが家の電器製品の海外メーカー比率 2013

 昨年二月に、「わが家の電器製品の海外メーカー比率」ってのをやったので、そろそろ更新しておくとしよう。

 例によって、★が海外メーカーである。

  ●テレビ(メイン) ―― 東芝
  ●テレビ(メイン)用ハードディスク(1) ―― バッファロー
  ●テレビ(メイン)用ハードディスク(2) ―― バッファロー
  ●テレビ(メイン)用外部スピーカー ―― 東和電子
  ●テレビ(サブ) ―― BLUEDOT
  ●テレビ(サブ)用外部スピーカー ―― エレコム
  ★パソコン ―― acer
  ●パソコン用モニタ ―― 三菱電機
  ●パソコン用スピーカー ―― オーディオテクニカ
  ★ワイヤレスキーボード・マウス ―― ロジクール
  ●プリンタ ―― ブラザー
  ●エアコン ―― ナショナル(パナソニック)
  ★扇風機 ―― EUPA(燦坤日本電器)
  ★サーキュレータ ―― Honeywell
  ●洗濯機 ―― ナショナル(パナソニック)
  ●冷蔵庫 ―― 三菱電機
  ●電気ポット ―― タイガー
  ●電子レンジ ―― パナソニック
  ●オーブン&トースター ―― 象印
  ●電気掃除機 ―― 日立
  ★スマートフォン ―― SAMSUNG
  ●PHS(1) ―― 京セラ
  ●PHS(2) ―― 京セラ
  ●PHS(3) ―― 京セラ
  ★Androidタブレット(1) ―― acer
  ★Androidタブレット(2) ―― amazon
  ●モバイルWi-Fi/WiMAXルータ ―― 日本電気
  ●据え置き電話 ―― 三洋電機
  ★携帯音楽プレーヤー ―― Apple
  ★電子書籍リーダー ―― amazon
  ●コンパクトデジタルカメラ ―― リコー
  ●ポータブルラジオ ―― ソニー
  ●腕時計 ―― カシオ
  ●置き時計(1) ―― カシオ
  ●置き時計(2) ―― シチズン
  ●目覚まし時計 ―― カシオ
  ●掛け時計 ―― カシオ
  ●楽器(電子キーボード) ―― ヤマハ
  ●楽器(オタマトーン) ―― 明和電機

 あまり大きく出入りがあったわけではないが、Kindle Fire HD で海外モノが増えたのを、三台の日本製PHSで挽回(?)している。

 それにしても、こうして見ると、昨年の時点で、わが家からシャープ製品はすっかり姿を消していたのだな。

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2012年7月31日 (火)

火を噴くガメラ?

 ケンタッキーフライドチキンの期間限定新商品「ファイヤーウィング」ってやつを買ってみた。まだ食ってないので味はわからない。あとで食う、あとで。

 そんなことより(をい)、上記商品のテレビCMで紹介しているAR(拡張現実)っぽいおもちゃを、チキンも食わずにさっそく試してみた。CMってのは、こんなやつだ。

 スマートフォンでKFCの公式アプリ(iPhone用とAndroid用がちゃんとある)をダウンロードして起動し、上のCMでお父さん役の男がこれ見よがしに指に装着している紙の指輪(この辛いチキンに付いてくる)の表面のパターンをカメラに認識させる。アプリが指輪を認識すると、カメラの映像の中に、ゴォオオオオオオという音と共に炎が現れるという寸法である。

Fire_wing1

 なにぶんにも独り者だもんで、おれが火を噴いているところを誰もスマホで見てくれないから、自分の手が火を噴いているのを寂しくキャプチャーしてみた。

 ほんの数年前には、ARなんてものをIT関係者でもないSFファンでもないそこいらへんの人に説明するにはずいぶん手間がかかったもので、「ほれ、『電脳コイル』みたいなやつ」と言っても、もちろん相手はそんなもの観ていないから余計に話がややこしくなり苦労した。それがどうだ。いまや、新聞やらカタログやら英語の教科書やらカーナビやらなにやら、あっちゃこっちゃARだらけである。とうとう、揚げかしわ食うときまでARだ。

Fire_wing2

 独りでやっててもあんまり面白くないんで、すぐ飽きる。が、家族持ちの方々には、ぜひ試してほしいことを思いついた。

 お父さんがこの指輪を着けて立ち小便をしているところを、横から奥さんやお子さんがスマートフォンで見たら、さぞやワイルドな画になるにちがいない。父親の威厳というものを家族に示すよい機会と言えよう。ぜひ、やってみていただきたい。

 また、この指輪はサイズの調節ができるように段階的に切れ込みが入っており、指よりも相当太いものにも巻けるようになっているから、両手が空いたお父さん自身も、お父さん自身が火を噴いているところを見られるはずだ。ワイルドだろぉ?



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2012年7月 4日 (水)

「政治生命を賭ける」やつと「土下座をする」やつは、問答無用で落とそう

 「政治生命を賭けて」などという言葉をやたら使う木っ端政治家がなぜかよくテレビに出てくるのだが、こういう言葉を平気で使うこと自体が、「私は視野狭窄でございます」と大声で喧伝しているようなものだと、なぜわからないのだろう?

 「命を賭けて」という言葉がある程度の重みを持つのは、そういう言葉を聞くほうにも、「命は大切な、とても重いものだ」という認識が共有されているからである。そんな重いものだからこそ、それを守るために超法規的措置が取られたとしても、みな、そこそこ納得するのだ。

 ところが、“政治生命”などというものは、当事者以外の人間にとっては屁のような、どうでもいいものである。そんなものを、さも普遍的に大切なものであるかのように恩着せがましく賭けて見せられたところで、「だからどうした?」と思うのが大多数のふつうの人だ。つまり、「政治生命を賭けて」などという言葉を使う人間は、そんなあたりまえのふつうの人の感覚を欠いている、あるいは、最初からそんなものは持ち合わせていないのである。

 テレビ画面の中で「政治生命を賭けてどーたらこーたら」とニューハーフのブタみたいな顔の政治家がほざいていると(最近知ったのだが、どうやらこの男はいまの首相らしい)、おれはいつも「勝手に賭けてろ、アホンダラ」とツッコむ。

 百歩譲って、“政治生命”なるものの大切さ(?)がそこいらへんの国民にも多少なりとも共有されているとしよう。だとしても、その大切なものは、政治家が自分で造り出したものではない。選挙権という、誰もが平等にちょっとずつ持っている“政治生命”が、政治家にまとめて預託されているにすぎない。いわば、政治家にとって、その“政治生命力”のすべては、人様からの大切な“預かりもの”なわけである。

 そうやって政治生命をかき集めたときに言っていたことをケロリと忘れて、または、憶えているがいけしゃあしゃあと忘れたふりをして、人から預かった政治生命を勝手にヘンなものに賭けないでほしい。おまえの政治生命はおまえのものじゃないのだ、野田(あ、言うてもた)。

 人様の政治生命をかき集めるときだけは、たとえば片山さつきのように土下座をしてみせたりする人もいる。これも失礼きわまりない話で、政治家が絶対にやってはならないことだ。土下座をするということは、「有権者なんてものは、土下座のひとつもして見せれば簡単に情にほだされて騙されるやつらなのだ、けけけけけ」と考えていることの証であり、これ以上に有権者を見下した行為はない。「おまえらみたいな阿呆が、私よりも劣るくだらない政治家にばかり票を投じているからろくな世の中にならないのだ。少しでも周りの阿呆よりもましな半馬鹿は、私に票を投じてみやがれ!」と、有権者を面罵するほうが、はるかに誠実である。

 というわけで、早晩、選挙があるだろうが、軽々に「政治生命を賭ける」阿呆と、軽々に土下座をする傲慢で狡賢いやつには、絶対に議席を与えてはならない。この二種だけは、なにも考えずに、自動的に除外してよろしかろう。



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2012年7月 2日 (月)

〈週刊文春〉の話題で持ちきり

「あ、そうそう、〈週刊文春〉読んだ?」

「読んだ読んだ。まったく、あれはひどいなあ」

「ああ、あれか、おれも読んだよ。ちょっと叩きすぎだよね」

「むかしの話なのにねー」

「一度は好きになった相手だろうに。あの言いぐさはないわ」

「でも、ゆきずりの関係だったんだろ?」

「いや、しばらくつきあってたそうだよ」

「いやいや、すごく長いつきあいだろう」

「あの手紙、ホンモノなのかなあ?」

「手紙? メールだろ」

「なんであんなに叩かれるんだろう。そりゃまあ、それほど美形じゃないにしても、よく見ると愛嬌があるんだけどなあ。おれは好きだよ、美脚だし」

「愛嬌あるかあ? ガマガエルみたいで怖いけどなあ。美脚なのか、あの人??」

「誰が見ても、きりっとした美形だと思うけどなあ。たしかに脚はまだまだ逞しいし、尻なんかきゅっと上がってて、さすが鍛えた感じだよね」

「よく一億なんてポンと出せたなあ」

「え? 四億じゃなかったっけ?」

「おれは二十五万って聞いたけど」

「博多に移籍しちゃうんだろ? ほら、若田部のとこ。ちょっとかわいそうだなあ」

「ええっ、ホークスから声がかかってたのか? 若田部はもう現役じゃないだろ」

「おれは離党するって聞いたけどなあ」

「でもまあ、なんだかんだ言っても、ヘタレでもがんばってるとこがいいよね」

「そうだな、ヘタレだけどがんばってるな」

「たしかに、あのヘタレでもなんとかなってると思うと、気が楽になるな」



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2012年7月 1日 (日)

ラブソングの刺青

知事 「市の教育委員会が先日から調査を進めておりましたが、やはり出てきてしまいました。刺青をしている教職員が十名ほどおります」

市長 「なんとな……。いるんじゃなかろうかとは思っていたが、やっぱりいたか。そいつらは、たとえば、どんな刺青をしているのだ?」

知事 「ある者などは、古いラブソングの歌詞を彫っております。“君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで”などと」

市長 「……不思議だ。その歌、どこかで聴いたような気がする」

知事 「……わかりました。われわれの遺伝子提供者たちのカールチューンが呼び覚まされているのです」

市長 「なに!?」

知事 「五十万周期の時を超えて」



市長 「大阪市長から市教育委員会へ、大阪市長から市教育委員会へ。これより貴会を援護する」

教育委員会 「――援護!?」

知事 「プロトカルチャーの文化を失うわけにはまいりません」

桂三枝 「プロトカルチャーの文楽は? 守らんと続かん藝もありますさかい」


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2012年5月21日 (月)

♪You は食! 月で日が隠れてる

Solar_eclipse_20120521_3 千円のムックに付いてた紙製の日食メガネをコンデジに当てがい、通勤途上に手持ち連射で撮影。連射だから解像度は低い。ま、記念としてはこんなもんでしょ。京都では、右下がぎりぎりかろうじて繋がるくらいの金環。

 きっちり晴れているのに、ただただあたりの光量だけが落ちてゆくというのは、じつに奇妙な体験だった。まるで晴れの日に外出している夢を見ているかのようだ。おれは北欧なんて行ったことないけど、あるいは白夜ってのはこんな感じなのかもしれんな。

 わが日の本の国には、このところずいぶん翳りが見えてきているが、なあに、この日食で底を打ったことにしておこう。明日という字は、明るい日と書くのだ。


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2012年5月 5日 (土)

それでも好きだよ(DVD付B)(DVD付C)(指原莉乃/avex trax)

 え? なに? 結局、おまえはType-AもBもCも全部買ったのではないかって? いやまあ、そうだが、なにか文句があるか。おれは「さしこのソロデビューシングルは、Type-Aしか予約しとらん」と言っていただけであって、Type-BやType-Cは予約せずに発売後に買ったのである。初日の売上げ枚数が乃木坂46にダブルスコアで負けたというので、急遽、追加注文をすることにしただけだ。べつにブレとらん。全然、ブレとらん。「予約」という言葉の意味は、辞書を引いてもらえばわかる。はっはっは、これからおれのことを「枝野」と呼んでくれたまえ。

 まあ、指原莉乃 vs. 乃木坂46の同日発売シングル対決は、もちろんプロレスみたいなもんであって、勝っても負けても、どちらのファンにとってもおいしいし、秋元康は笑いが止まらんという仕掛けにはなっている。だいたい、さしこはそもそもがAKB48のいろもの担当なのであって、勝てば勝ったで、「ヘタレだが努力家のさしこが……」となり、負けたら負けたで、「じつに指原らしい展開」ということになるわけで、論理的に無敵なのだ。

 さて、これら3タイプのシングルの収録曲は、「それでも好きだよ」「初恋ヒルズ」の二曲は同じで、三曲めと、特典映像がタイプによって異なる。Type-Aの三曲めは「恋愛総選挙 ~指原莉乃 solo ver.~」、Type-Bは「愛しきナターシャ」、Type-Cはハロプロ好きの指原がとびきり好きだという、はるな愛――じゃない、松浦亜弥「Yeah!めっちゃホリディ」のカバーである。DVDじゃないので、乳首をいじりながら唄っているかどうかはさだかでない。いやしかし、 「Yeah!めっちゃホリディ」が存外にいいのでちょっと驚いた。やっぱり、消費者側のときに育んだ愛がハンパではないのであろう。しょこたんカバーみたいなもんだ。

 それにしても、このところの指原莉乃の快進撃にいちばん驚き戸惑っているのは、指原本人であろうと思う。ちょっと前まで、エスパー伊東“爆裂鼻風船”を渋谷の街頭でやっていたいろものアイドルだとはとても思えない。まあ、さしこなら、いまでも平気でやってくれるとは思うが。

 指原にとっては、冠番組を持てとか、さんまと渡り合えとか、フォトブックを出せとか、ソロデビューしろとか、サマンサタバサのモデルになれとか、テレビドラマで主演しろとか、そいつが映画になるのでもちろんやれとか、大分の観光大使になれとか、そういったことどもも、爆裂鼻風船とさほど変わらぬ、向こうからやってくるならありがたく受けて立とうという仕事のひとつにすぎないのだろう。きっと、あれよあれよという間に、嵐に巻き込まれているかのような感じだろうな。

 ともあれ、消費者としての愛を忘れていないさっしーには、おれは好感が持てる。いずれ指原莉乃は、放送作家かプロデューサーか、なんであれ提供側に回るタイプの才能だろうとおれも秋元康と同じように思うが、アイドルとして輝いている、いま、この瞬間を大切にしてほしいと思う。憧れのバトンを、次の世代のヘタレ少女たちに渡してくれるはずだ。

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2012年5月 2日 (水)

それでも好きだよ(DVD付A)(指原莉乃/avex trax)

 おれが指原莉乃推しであることは、このブログでもネタにしているが(twitterではもっとネタにしている)、当然のことながら、さしこのソロデビューシングルは予約して買ってしまった。

 おれの二人の姪は姉も妹もジャニヲタで、とくにHey! Say! JUMPのファンで、ほとんど同じような内容のCDやらDVDやらをことごとく買っている。ジャニーズ事務所の思うツボであり、いいカモである。こいつら、アホである。

 だが、おれの姪たちにしてみれば、今年五十になろうかというおじさんが、指原莉乃にハマっており、さしこの出演番組をいちいちチェックしているばかりか、カレンダー買ったり、フォトブック買ったり、あろうことか、ソロデビューシングルを予約までして買っているさまは、秋元の思うツボ以外のなにものでもないわけなのだ。

 おれ 「なんじゃそりゃ。また買うんか? ジャニーズは阿漕やのう。おまえら、ジャニーズの思うツボやな」

 姪ども「おっちゃんも、秋元の思うツボやけどな」

 おれ 「おれは、さしこのソロデビューシングルは、Type-Aしか予約しとらん」

 まあ、こういうのを目くそ鼻くそと言う。

 下のほうの姪は、指原莉乃と同い年であるからして、彼女にしてみれば、いいおっさんが自分と同年輩の小娘にきゃあきゃあ言うておるのが(いや、べつに、きゃあきゃあ言うてはおらんけどな)、滑稽であり、不可思議であるのだろう。

 まあ、そのへんはええやないか。これほどアイドルにハマるのは、麻丘めぐみ石野真子以来である。麻丘めぐみとか石野真子とかは、「ああ、こんなコが恋人やったらええやろなあ」みたいな感じであったが、指原莉乃は「こんなコを娘に欲しい」というハマりかたなんである。しょこたんみたいなもんだ。

 それにしても、歌はあんまりうまくないが、DVDは妙に見応えがあったな。なるほど、これで釣ろうというのだな。さらにこのデビューシングルのType-BやType-Cを買えば、さしことデートしているかのような映像が33本コンプリートできるというわけか。はっはっはっは、秋元め、その手には乗らんぞ。おニャン子に手をつけてカミさんにしてしまったおまえの陰謀にまんまとハメられてなるものか。おれはジャニーズ事務所に操られている姪どもとはちがうのだ。

 それでも好きだよ、この面白い小娘めが。

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2012年4月23日 (月)

怒りのあまり暴徒と化した場合の心がけ

 おれは、まず脱原発をゴールとしっかり決定し、それが完了するまでのあいだは、危険性の少ない炉から博打を打って再稼働しろ(どのみち、動いていようが止まっていようが、廃炉を完了しないかぎり、危険性は大きくは変わらない)という考えだが、今回の大飯再稼働の政府の手順はあまりにもむちゃくちゃで、たいへん心配している。

 なにを心配しているかというと、もし大飯でまた福島に匹敵するようなことが起こったら、さすがにおとなしい日本人も黙っていないだろうということだ。そらみたことかという怒りのあまりに感情の箍が外れた一部の人々が暴徒と化し、今回むちゃくちゃな手順で再稼働を推し進めた政治家どもを吊るしにかかるだろう。事故の翌朝には、野田仙谷枝野細野はズタボロの肉塊と化し、ムッソリーニのように永田町の路傍に逆さ吊りにされていることだろう。道行く人はその肉塊に石ころや人糞を投げつけてゆくかもしれない。

 まあ、不誠実な嘘つき政治家どもはべつに吊るされてもいいのだが、おれがほんとうに心配しているのは、原子力関係の科学者や技術者たちである。民衆が怒りにまかせて彼らまで吊るしてしまったら、直近の事故に対処できる人材が減るし、廃炉のために働いてもらわねばならない人材も減る。そうなったら、もうどうしようもない。

 だから、これからもし、政治家がめちゃくちゃな手順で強引に再稼働した炉になにかあっても、そりゃまあ、お怒りになるのはごもっともだが、科学者や技術者は軽々に吊るしたりしないでほしい。その怒りは、政治家や官僚に向けてほしい。腹立たしいことではあるが、学者や技術者たちには、ケツを拭いてもらわなくてはならない。何十年かかるかわからないが、きちんと全炉を廃炉にするには、たとえこれから原発事故が何回か起こったあとであっても、ちゃんと原子力分野の学者や技術者を新たに養成してゆかねばならないのだ。現状レベルの政治家の代わりなんていくらでもいるが、社会から白い目で見られながら、終わってゆく分野に一生を捧げようと研究・研鑽してくれる科学者や技術者は、今後はそうそう出てこない。かけがえのない存在だ。

 というわけで、もしあなたが暴徒と化した場合でも、たまたま目に入った科学者や技術者の脳天をかち割ろうと振りかぶったゲバ棒(いつの言葉だよ)をぐっとこらえて、嘘つき政治家や自己保身官僚のほうに振り下ろしていただきたい。


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2012年4月 8日 (日)

ノンアルコールビール補完計画

 酒飲みのおれは、ノンアルコールビールなどというものの存在意義がいまひとつよくわからなかったのだが、先日、たまたまアサヒのドライゼロというのを飲んでみて、「なるほど、これは悪くない。酒とは異なる、なにかさわやかな飲みものだ」と、いささか認識を改めた。

 で、ときどきドライゼロを買うのだが、さっき冷蔵庫に一本残っていたドライゼロの缶がふと目に入ったとき、おれの中にひとつの根源的な問いが生まれた。

 「こいつはたしかにうまい。しかし、こいつには、なにかが足りない……」

 しばし考えたおれは、答えに到達し、膝を叩いた。

 「……そうだ、アルコールだ!」

 そこでおれは愛用の焼酎カップを取り出した。こいつは、カップの中がふたつに分かれていて、焼酎6:お湯4のお湯割りが簡単に作れるスグレモノである。

 おれはまず、ノンアルコールのドライゼロをカップに注ぎ、そこに芋焼酎を注ぎ足した。芋焼酎6:ノンアルコールビール4というベスト(?)な比率だ。

 ここに、ノンアルコールビールの大きな欠点であるところの「アルコールが入っていない」ということをみごとに焼酎がカバーしてくれる理想的(??)なカクテルが誕生したのである。なんと名づけたものだろう? ま、テキトーに「ノンアルビルチュー」とでも呼んでおこう。

 このノンアルビルチュー、どんな味かというと、ほんのり芋の香りのするビール(あたりまえだ)といった感じだ。なにやら、おれは非常に遠回りなことをしているような気もしないではない。それはたとえば、最新のお掃除ロボットが発売されるというので商品発表会へ出かけてみたら、竹箒を持ったASIMOがレレレのおじさんのように床を掃いていたのを見たかのような徒労感にも通じる感慨なのだが、なあに、人間、なにごともまずやってみることが大切だ。

 ま、とにもかくにも、これから、いろいろな酒をノンアルコールビールで割ってみるという楽しみができたわい。かつて、バービカンという最初のノンアルコールビールが出たときに試しに飲んでみたところ、そのあまりのまずさに驚愕したものだが、昨今のノンアルコールビールは、なかなかバカにできない味なのである。ノンアルコールビールという、ちゃんと飲める飲料の一ジャンルを確立しつつある。であれば、ノンアルコールビールでさまざまなドリンクを割ってみるというのは、やってみる価値のあることだ。

 さしあたり、ノンアルコールビールで芋焼酎を割るというのはやってみたが、次は、ノンアルコールビールでレッドアイを作ってみたい。つまり、ノンアルコールビールのトマトジュース割りである。それだけではアルコールがまったくないので、ノンアルコールビールのトマトジュース割りに芋焼酎でも足してみるか? ともかく、人類にはまだまだ未知の酒の飲みかたが残されている。

 ちなみに、ビールのトマトジュース割りであるレッドアイなるカクテルは、どうやらカナダ発祥らしいのだが、吉行淳之介が非常に好んでいた飲みかたである。彼はこれを「アンネカクテル」などと呼び(作ってみればわかる)顰蹙を買っていたそうであるが、おれは吉行淳之介にいいものを教えてもらったと、いまだに感謝している。レッドアイは、ビールの苦味を消し、トマトジュースの青臭さを消す。つまり、ビールもトマトジュースも苦手な人でも、レッドアイなら飲めるという奇妙なカクテルなのである。

 これに類することって、きっといろいろあるんだろうなと思いつつ、おれはいつもレッドアイを飲んでいる。SFは嫌いだし、純文学も嫌いだけど、神林長平や円城塔は好きだとか、そういう人がいそうな気もするんだねー。

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