カテゴリー「ウェブログ・ココログ関連」の39件の記事

2008年7月16日 (水)

コンピューターおばあちゃんの死

'World's oldest blogger' dies at 108 (CNN.com)
http://edition.cnn.com/2008/WORLD/europe/07/14/oldest.blogger/index.html

(CNN) -- An Australian woman often described as the world's oldest blogger has died at the age of 108 after posting a final message about her ailing health but how she sang "a happy song, as I do every day."
Olive Riley died Saturday at a nursing home in New South Wales.
Riley posted more than 70 entries on her blog -- or "blob" as she jokingly called it -- since February 2007.
On the site, The Life of Riley, and in a series of videos post on YouTube, Riley mused on her day-to-day life. She also recounted living through two world wars and raising three children on her own while working as a cook and a bar maid.

(中略)

Riley was born in 1899 and would have turned 109 on October 20. She took up blogging at the suggestion of Mike Rubbo, who filmed a documentary on her life four years ago.
"First of all, I had to explain to her what a blog was and that took some doing," Rubbo said. "Then I got across the idea it was sort of a diary that she would share with the world.
"The reason for its popularity is that she was such a standout talent -- just so touching and funny and such a great story teller."

 おれはこの“世界最高齢ブロガー”のライリーおばあちゃん、この記事を読むまで知らなかったんだけど、いやあ、いいねえ。おれもこういうふうに死にたいもんだ。

 彼女がブログを書いていたのは、ほんの一年半足らず、わずか七十四エントリーを記しただけだ。それでも、彼女にとって、人生の最後に、世界中のいろんな人とこういう形で交流ができたことは、どんなにか新鮮な驚きだったことだろう。

 なにしろ、ライリーおばあちゃんは一八九九年に生まれているのだ。アインシュタインが特殊相対性理論を世に問うたのは、彼女が十六歳のときだということになる。そう考えるだけでも、彼女が経験してきたであろうことどもは、おれたちの想像を絶する。ライリーおばあちゃんは、おれたちには信じられないような、さまざまなものを見てきたにちがいない。Attack ships on fire off the shoulder of Orion. ...とかはさすがに見てないと思うが、それに相当するようなワンダーを経験してきていたのだろう。

 そんな彼女にとっても、百歳を超えた自分が個人用のコンピュータなどというものを使って世界中の人に向けて日記を書くと、見も知らぬ外国の人々が温かいコメントを寄せてくれるなどという出来事は、まるでむかし子供たちが読んでいた Amazing StoriesAstounding Science Fiction の中にいるかのようであったろう。ワンダーは未来の話にのみあるわけではもちろんない。こんなおばあちゃんの人生は、それそのものがワンダーの塊なのである。

 All those moments will be lost in time, like tears in rain. コンピューターおばあちゃん、バンザイ!



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2008年4月18日 (金)

お役に立てたかな?

 ひさびさに《ヘンな検索語》シリーズである。今回は、ヘンというより、ちょっと喜ばしい。

「花の木登り協会」

 年配の方はご存じであろうが、『花の木登り協会』というのは、三十年以上もむかしに出たイーデス・ハンソンの風刺小説。なるほど、「花の木登り協会」で Google 検索すると、このブログのエントリーもヒットするな。

 近年は本の shelf life (日本語で正しくどう呼ぶのか知らん)が極端に短い。つまり、新刊として棚に並んでいる時間が短い。極端な場合は、書店に並んだ次の日に返本されてしまうそうだ。そんな時代に、三十年以上前の本について手軽に調べられ、また、そんなものについてもの好きにも書いているやつ(というのは手前のことだが)がすぐ見つかる手段があるというのは、まことに喜ばしいことである。

 そんなむかしの本についてたまたま調べた人の役に、少しは立てたのだろうか。おじさん・おばさん、爺さん・婆さんは、新しいことについて書くのもいいが、生きているうちに、古いことを書いてウェブに公開しておくのも、総体としてのウェブの価値を高めるのではないかと思う。そりゃ、アクセスは少ないだろうけどさ、いつかどこかの誰かの役には立つわけだよ。「ホワイト・ノイズの中から意味を汲み出す個別の利用者を想定したとき、はじめて個別に価値が生じる」のだ。

 アクセス数獲得に死ぬほど血道を上げるというのもひとつだろうけどさ、「いつかどこかの誰かの役には立つ」と信じて、気長にのんびりまったりとむかし話を遺しておくのも、またブログのひとつのありかただろうと思うわけなのよのさ(なぜピノコ語)。



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2008年4月16日 (水)

生きた、書いた、死んだ

米国で著名ブロガー死亡相次ぐ 日本でも「ドクターストップ」発生 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/04/10018844.html

「ドクターストップ」がかかった著名ブロガーが国内にもいた。自身のブログのページビューが年間950万ほどにまで成長した経済学者の池田信夫さんは、
「プレッシャーはありますよ。月間100万アクセスを超えた辺りから、寝られない日が続き、医者にブログをやめろと言われて…。もう、どうしようもないコメントやスパムとかノイズが凄く飛んでくるんですよ。私はこういったものについて気にしない方なんですが、さすがにストレスになってきています」
と明かす。池田さんは、ストレスを抱えながらも、雑誌に掲載されるよりも社会的に影響力のある情報をいち早く掲載できるメリットがあるとして、ブログの運営は続けていく意向だ。

 うわあ、たいへんだなあ。まあ、池田氏は、アメリカの専業ブロガーとはちがって、学者としての情報発信に貴重な媒体だと意義を感じて運営なさっているんだろうから、ただただスクープを競ってブログで食っている人たちとはまたストレスの質がちがうだろうとは思うが、それでもたいへんだろうなあ。

 その点、ウチなんかは気楽なもんである。年間100万アクセスなんてのは夢の夢だ。せいぜい多いときで月間3万くらいだから、浮き沈みを考えると、ざっくり年間30万くらいか。楽しみでやっているものがストレスになってはたまらん。なんであれ、仕事にしちゃうとたいへんなのだ。

 ま、「人生の意味」を検索してやってくる人に、それは「42」だと答えているようでは、まちがったって年間100万アクセスにはならんと思うから、その点では安心だ。



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2008年3月 8日 (土)

CGMの資産価値

 昨日ネタにした mixi の規約改定騒ぎだが、おれはたぶん mixi の法務担当者がとんでもなく顧客視点を欠いたアホか、そもそも法務担当がいないのであろうと推測している。つまり、mixi の今回の大ボケは、mixi がいよいよ肥らせたユーザを取って食おうと、かねてから周到に研いでいた邪悪な牙を剥いたなどという上等な事件ではなく、単に mixi が上場企業としては信じられないレベルの幼稚な体制しか持っていない(下手すると、笠原社長は新規約を見てもいない)といった程度の、“はらほろひれはれ”なポカミスなのではないかと疑っているのだ。新規約とやらは、若造が適当にコピペして作ったのではないかとすら思っている。

 でも、もしそうではなく、一応ちゃんと考えて作って発表したのだとしたら、mixi はいわゆるCGM(Consumer-Generated Media ……って言葉は英語圏ではあんまり使われていないみたいなんだが)というものをまったく理解せずにそう呼ばれるサービスをうっかり提供してしまっているのではないかと思われる。

 今回の事件を機に、CGMなるものの資産価値は那辺にあるのかを、改めて考えさせられた。ユーザが作ったコンテンツに資産としての価値があるのか? いや、ちがうちがう。そう勘ちがいしがちだが、そうではない。コンテンツは、CGMの副産物あるいは老廃物にすぎないのではあるまいか――そう考えてゆくと、CGMの本質は、昨年のベストセラーにちゃんと書いてあった。なにしろベストセラーであるから、相当多くの人がすでに読んでいるはずなのだ。ちょっと長くなるが、あえて引用しよう。これこそ、CGMの本質、CGMの価値である。

 さらにシェーンハイマーは、投与された重窒素アミノ酸が、身体のタンパク質中の同一種のアミノ酸と入れ替わったのかどうかを確かめてみた。つまりロイシンはロイシンと置き換わったかどうかを調べたのである。
 ネズミの組織のタンパク質を回収し、それを加水分解してバラバラのアミノ酸にする。二十種のアミノ酸をその性質の差によってさらに分別する。そして各アミノ酸について、重窒素が含まれているかどうかを質量分析計にかけて解析した。確かに実験後、ネズミのロイシンには重窒素が含まれていた。しかし、重窒素を含んでいるのはロイシンだけではなかった。他のアミノ酸、すなわち、グリシンにもチロシンにもグルタミン酸などにも重窒素が含まれていた。
 体内に取り込まれたアミノ酸(この場合はロイシン)は、さらに細かく分断されて、あらためて再分配され、各アミノ酸を再構成していたのだ。それがいちいちタンパク質に組み上げられる。つまり、絶え間なく分解されて入れ替わっているのはアミノ酸よりもさらに下位の分子レベルということになる。これはまったく驚くべきことだった。
 外から来た重窒素アミノ酸は分解されつつ再構成されて、ネズミの身体の中をまさにくまなく通り過ぎていったのである。しかし、通り過ぎたという表現は正確ではない。なぜなら、そこには物質が「通り過ぎる」べき入れ物があったわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、通り過ぎつつある物質が、一時、形作っていたにすぎないからである。
 つまりここにあるのは、流れそのものでしかない。

―― 『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一/講談社現代新書)

 ユーザが作ったコンテンツがCGMの資産価値だと思うのは、アミノ酸やタンパク質やDNAに蓄えられている情報が生命の本質だと思い込むようなものだ。ちゃうちゃう。そこにある“流れそのもの”がCGMの資産価値なのである。

 CGM(って言葉自体、おれはあんまり好きじゃないけど)を“マネタイズ”したいと考える企業家たちは、基礎教養として生物学を学ぶべきではないかとすら、おれは本気で思う。うまくすれば、大腸菌に人間にとって有益な物質を作り続けさせたり、DNAに演算をさせたりするようなことが、CGMを利用したビジネスモデルにも可能であるかもしれないじゃないか。



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2008年2月28日 (木)

おれのブログはいくら?

 「見つからないblogの価値、100万ドル以上!?」404 Blog Not Found)でネタになってるのを見て、おれもさっそく How Much is Your Blog Worth?Dane Carlson's Business Opportunities Weblog)で、このブログの価値を測定(?)してみた―― Your blog, ray-fuyuki.air-nifty.com/, is worth $0.00

 $0.00 てことは、えーと、現在の為替レートで日本円に換算してみると……〇円ということだな。いやまあ、そこいらへんだろうと思ってはいたが、せめて十円くらいはつけてくれよ。暇つぶしくらいの価値はあってほしいよなあ。

 もののついでに、できるだけ高値がつきそうなブログで試してみたところ、The Official Google Blog は、$5,008,598.88 を叩き出した。どんな計算をしているのか知らんが、なんだかすげー。脳内メーカー脳の中が全部「H」になったくらいの感動がある。もう少し頑張れば、スティーブ・オースティンが買えるぞ。いまのままでも、バイオニック・ジェミーくらいは買えるかもしれん(ジェミーはいくらかかってるんだっけ? なんとなく、目のほうが耳よりも高くつきそうに思うんだが……)。

 きっと、なんだかんだ言っても、英語サイトは有利なんだろうなあ。Steve RubelMicro Persuasion で試してみると、$1,537,806.96 と出た。うーむ、やっぱり技術系やマーケティング系は強い。

 『特殊清掃「戦う男たち」』$181,217.34 と大健闘。『岸部シローの四郎マンション』$114,037.08 !! えーと、今日は一ドル一〇六円として……ざっと千二百万円強か。うーむ、岸部シローさんにこの結果をお教えするべきかどうか悩みますなあ。あくまでこの概算システムの査定であって、ほんとにその値段で買う人がいるかどうかは別問題だし……。もし売ってしまったら、金の卵を産むガチョウを殺して腹を割くようなことになりかねない。やっぱり黙っておこう。



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2008年1月25日 (金)

機械時蝿は電気矢を好むか?

 このブログへのアクセスをチェックしていると、なんとも不可解なところからのアクセスが見つかった。ここなんだが、つまり、このブログを自動翻訳サービスでわざわざ英語に訳して読んでくれた方がいらっしゃるわけである。常連読者に海外在住の日本人の方がけっこういらっしゃるのはメールやコメントを頂戴したりするので把握しているんだが、その方々は当然日本語が読める。一日に数千、数万のアクセスがあるような人気ブログでもなし、海外でも名が知られているような有名人がやってるわけでもなし、英語のコンテンツがあるわけでもなし(本拠地のほうにひとつだけあるけど)、いったいなにを求めて英語しか読めないらしい方がこんなものをわざわざ英語に訳して読んでくださっているのか、よくわからない。ありがたいといえばまことにありがたいのだが、なんとも不可思議である。

 またこの自動翻訳サービスの性能がすさまじいんだなあ。なにを話題にしているのかがおぼろげながら掴める程度で、噴き出してしまうような怪訳に仕上がっている。「(月)」だの「(火)」だのといった表記は、近辺に日付けがあるんだから、曜日を指していると解釈するようなアルゴリズムは簡単に組めそうなものだ。「(month)」「(fire)」ってなんだよ、そりゃ。「The male be completed the book」って?? ああ、そうか、「おす」「すめ」「本」か。辞書が貧弱という以前に、形態素解析がむちゃくちゃである。

 「winter tree 蛉」ってのは、まあ人名としては使用頻度の高い漢字じゃないからいたしかたないとしても、コメントをくださっている「ふ fairway」さんとか「forest 譲」さんって誰? そうか、な、なるほど、「ふ 澪」「林 譲」か。どこで切っとるんじゃ。そもそも、「治」はどこへ行った、「治」は? まあ、「forest 譲」って、ちょっとかっこいいかも?

 なんといっても、最高傑作は「Oven person Hiroshi」だなあ。「かま」「やつ」「ひろし」か。なんだかゲルショッカー系の怪人みたいだ。

 機械翻訳は難しい。ともあれ、翻訳してまで読んでくださった方、ありがとうございます。



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2007年10月17日 (水)

星ちゃんブログ再開

 おっと、書こうと思って忘れてた。あの“星ちゃん”(放送作家・星知美)がブログを再開なさってますよん。プロフィールには、ついに写真登場(まあ、ネット動画とかで知ってる人は知ってますが)。星ちゃんファンは注目のこと。



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2007年9月28日 (金)

リンゴは赤いが、氷は冷たい

『忙しい人』と『仕事ができる人』の20の違い (モチベーションは楽しさ創造から)
http://d.hatena.ne.jp/favre21/20070927

 素朴な疑問なのだが、ここに書いてあるようなことがこのまま続くとすると、「仕事ができる人」はそのうちただの「忙しい人」になってしまい、「忙しい人」はそのうちただの「暇な人」になってしまうように思うのだがどうか。

 そもそも「仕事ができる人」は「仕事ができない人」と、「忙しい人」は「忙しくない人」とそれぞれ較べるべきであって、分類基準の異なる二者を比べてみたところで、好きなことがいくらでも言えるだけである。これでは、「仕事ができて、かつ忙しい人」や「仕事ができず、かつ忙しくない人」の立場がない。「“SFな人”は密室に異次元などからエレガントに進入するが、“ミステリな人”は三次元空間でいろいろと見苦しいトリックを考える」などといった言説と変わらないのである。それでは“SFでミステリな人”や“ミステリでSFな人”や超限探偵Σ名探偵Zの立場がない。

 なになに、「『忙しい人』は、同じような仕事でも、イチイチ考えながら仕事をしている。/『仕事ができる人』は、同じような仕事が発生したら、考える事なく、仕事ができる仕組みを作り上げている」とな。なーるほど。きっと、偉大な発見や発明は、忙しい人によって為されたのにちがいないぞ。



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2007年9月18日 (火)

『英会話上達法』ふたたび

 ずいぶん前になるが、おれが高校生のころに影響を受けた名著『英会話上達法』倉谷直臣/講談社現代新書)を日記に取り上げたことがある。その後、それを発見なさった倉谷先生ご本人からメールを頂戴して驚いたりしたこともあった。

 最近はどんな活動をしてらっしゃるのだろうと、ひさびさに検索してみたら、倉谷先生、この春から「NK @ Global Village」というブログをはじめていらして、こいつが滅法面白い。『このブログは、私の「新・英会話上達法」です』とおっしゃっているとおり、あの『英会話上達法』の倉谷先生そのままの、反骨と諧謔に溢れた斬れ味のよい文章が楽しめる名ブログである。

 「学校英語をナメてはいかんぞ! (01-15) 」なんてエントリーは、痛快きわまりない。『「ネイティブも知らないような」という前に、ネイティブは知らないことをまず恥じなさい!』なんて啖呵は、不良ガイジンを奉ってチーチーパッパをやってるだけの薄っぺらな英語教師には、なかなか切れるもんじゃありませんぞ。考えてもみればよい。あなたが、外国人にわかりやすいように、本質を論理的に剔抉した視点で、正しい日本語を教えられるかを……。そんなことは、おれにはとてもできん。おれ以上に日本語に詳しい外国人になら、素直に教えを乞いたいと思う。そういうことなのだ。

 このブログ、なんでももうじき本になるとのことで、じつに楽しみだ。もう、デフォルトで買いだな。子供たちを、母国語も満足に操れないうえに似非英語を刷り込まれただけの根無し草にしようとする風潮に一石を投じる快著になることだろう。



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2007年9月 8日 (土)

『今日の早川さん』(coco/早川書房)

 いや、なんちゅうか、早川書房さんが突然マンガをご恵贈くださったのでちょっと面食らったのだが、読んでみて、なーるほどこれはおれにご恵贈くださってもまったく不思議はないにちがいないと思い知った。本好きの女性たちの日常を描く人気のブログコミックを書籍化したものだそうだが、おれはブログでは読んだことがなかったもんで、たいへん新鮮……かつ、身につまされた。

 SF者の早川さん、ホラーマニアの帆掛さん、純文学読みの岩波さん、ライトノベルファンの富士見さん、レア本好きの国生さん……おれが女だったら、絶対この五人の女性のどれかになっているにちがいない(ってまあ、男でも似たようなものになってしまっているわけだが……)。やっぱり、いちばん近いのは早川さんだろうけどな。ま、カタギの人から見れば、これらはみんな目くそ鼻くそなんだが……。

 『住宅事情、将来的に実現可能な展望など一切考慮せずにせっせと本を買い込んでは居住スペースを圧迫し、「宝くじさえ当たれば」などとはかない夢を抱きつつ、「そのうち家が傾くね」なんて他人事のように呑気な言葉を口にしたり、最後には「地震がきて本に埋もれて死ぬのなら本望」と物騒な居直りをするので、家族の心配の種となっています』って、誰かおれんちに盗聴器を仕掛けマシタカ? カメラもか? 気色が悪いほどである。このような因果な人が女性にもたくさんいるのだとしたら、まことに、まことに心強いことだ。そうさ、日本沈没の際には、みんなで本に埋もれて死のう。♪もうひとりぼっちじゃない あなたがいるから~。

 「うんうん、私も本に埋もれて死ぬのなら本望」と、なんの抵抗もなく頷いているそこのヘンなあなたならともかく、カタギの人にとってこのマンガがどのくらい面白いものなのか、おれには想像もつかない。というのは、このマンガ、全然フィクションの部分がない(ようにおれには思える)。日常そのもの、というか、人生そのものではないか。広義には、いわゆるエッセイマンガの範疇に入るのだろうが、『ちびまる子ちゃん』やら『あたしンち』やらをはるかに凌ぐリアリティーがある。えーと、「これのどこにリアリティーがあるの?」とおっしゃる方々は、無理にこちらへは誘いませんから、そっちで楽しく生きていってください。リアリティーとは相対的なものである。

 いやー、しかし、なぜかこういう可愛い女性たちには、おれの日常では全然遭遇しないのよなー。日本が一夫多妻制で、この五人の女性たちを全員妻にできたら、さぞや面白い人生が送れることであろう。週休二日でな。もっとも、家の中はぐちゃぐちゃになるにちがいない。ぐちゃぐちゃになったところで、おれも妻もそんなことはほとんど意に介さないであろうから、なんの問題もない。めでたし、めでたし。



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2007年8月28日 (火)

受け流せない話

カラオケにきました (眞鍋かをりのココだけの話)
http://manabekawori.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_2331_1.html

新譜みたら
わかるのがこれしかありませんでした…

 てゆーか、おれはソレがカラオケにあること自体が驚きだよ。ソレってそもそもアカペラじゃん! もしかして、歌詞だけが黙々と画面を流れるんだったりして……。



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2007年8月26日 (日)

牛丼ひとつで人生を描く

 以前にも話題にした『特殊清掃「戦う男たち」』というブログだが、最新のエントリー「牛丼」には、改めて感嘆した。優れた短篇小説を一本読んだくらいの読み応えがある。悲しいというよりは、とても清々しい読後感である。

 亡くなったこのお婆さんの食生活には、やたら親近感を覚える。というか、このお婆さんは近未来のおれそのものであろう。まあ、おれはこのお婆さんとちがって、近所の独居老人たちから慕われることなどまずあるまいから、特殊清掃の人たちの手を余計に煩わせてしまうかもしれないけどな。そんなことにならないように、お迎えが来そうな歳になったら、象印がやってるポットと連動したモニタシステムのようなものを自分で作って、妹宅にアラートが飛ぶような仕掛けにしておかなくてはなるまいな。

 いやしかし、すごいなあ、特殊清掃という仕事。自分でやりたいとはとても思わないけれども、そこにはいくらでもホンモノのドラマが転がっていそうだ。二時間ドラマが「特殊清掃人・○○○○の事件簿」みたいなのを出してこないのが不思議なくらいである。特殊清掃の人を主人公にすれば、検事やら家政婦やらどころではない人間ドラマがいくらでも描けるのではあるまいか。でも、飯食いながら観る人もいるだろうから、やっぱりテレビ用のドラマでは難しいかなあ……。じつにもったいないなあ。

 「故人が生きていた余韻を台所に残し」去ってゆくところが渋い。おれの仕事ではまず体験できないようなシーンである。悲しく重く、冷たく温かくダンディーだ。死体ばかり描いているブログなのに、人が生きるということへの共感に溢れている。脱帽。



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2007年8月17日 (金)

こういうテロリストは大歓迎だよ

 “エロテロリスト”のインリン・オブ・ジョイトイが、「頑張れ!日本」とブログで檄を飛ばしている。芸能人だって商売だから、こういう発言をしては一部の商売がしにくくなるだろうし、ましてや外国人なのだから、いろいろ攻撃もされるだろうに、たいしたものである。芸能人であるということはそれだけで相当なパワーなのだから、それをおのれの信条に則って有効に使おうというスタンスには、敬意を表する。

 狂人が仕切っている国がすぐ隣にあるという点では、それなりの備えをせねばならんとおれは思うが、インリンの意見にはおれも賛同する部分が多い。おれは日本国憲法第九条を“怪我の功名”だと思っていて、現生人類にはあまりにも未来的すぎる傑作だと思っている。押し付けなのはたしかだが、あんなすごい条文、よその国に押し付けるのでもなければ、どこの現生人類が自国の憲法として自分で起草するか? それが現生人類の限界なのである。願わくば、怪我の功名で奇跡的に手にした宝として、第九条の精神は守ってゆきたいものだ。現生人類がいっぺん滅びなければ無理な相談なのだとしても……。いずれにせよ、アメリカと、いや、いまのアメリカ政府と同じ土俵に乗っても、日本は世界から尊敬される“美しい国”にはちっともならないぞ。世界から軽蔑されるプチアメリカになるだけだ。どうも、いまの日本は、近い将来そんなしょうもないプチアメリカになるために、“いま日本が世界から羨まれ、尊敬されている部分”を削ぎ落としていっているように思えてならないのだが……。インリンの言うように、日本の立場、日本の力でしかできないことがあるはずだ。

 とはいえ、おれは改憲論者である。“論者”というほどの教養はないから、改憲賛成派とでもしておこうか。前から言ってるように、第一章、あれは邪魔だ。そのうち取っ払ってほしい。

 ともあれ、日本で生まれ育った日本人の芸能人のみなさんも、せっかくブログを立ててるなら、インリンくらいはっきりとしたもの言いをしてほしいものである。そりゃまあ、あなたがたも商売でしょうけど、幸か不幸かせっかく与えられている強大なパワーを、少しは世の中を自分の主義主張に近づけるべく利用してはどうか? With great power comes great responsibility. その主義主張がどんなものであれ、だ。おれはインリンの主張に全面的に賛成ではないが、彼女のスタンスはすばらしいと思うぞ。まあ、卑しくも他国の首相をその国の言語で書くブログで呼び捨てにするのはいかがなものかと思うし、その点で必要以上に損していると思うが、まあ、おれだって、ブッシュやブレアをしょっちゅう呼び捨てにしているしな。おれが連中の大統領を茶化しているこういうものを読んで怒り狂うアメリカ人もいるだろうし、拍手喝采するアメリカ人もいるだろう。まあ、いまとなっては、拍手喝采するほうが多いだろうとは思うが……。

 おれは、たとえば、生き馬の目を抜く厳しい国際社会の中での日本人のお人よしぶり、ノーテンキぶりに水をぶっかける金美齢のような人が言うこともかなりもっともだと思うし、インリンの言うこともよくわかる。結論としてはまるで対立するように見えるけれども、たぶん、彼女らはそれぞれのやりかたで祖国も愛しているし、日本も愛してくれていると思う。ベースはそんなにちがわないような気がするのだ。金美齢とインリンの対談とか、どこか企画しないだろうか? ぜひ読みたいよ、それは。



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2007年8月13日 (月)

オススメされてしまった

 あららら、なんか盆休みのわりにはアクセス数があんまり落ちないなあと思っていたら、なんと「日刊ココログ・ガイド」にウチが紹介されている。どう考えてもマジョリティーにウケるようなノリのブログではないのだが、@nifty の人も、仕事とはいえまめにあちこち読んでるんだなあ。



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2007年7月 6日 (金)

7月10日はなんだかすごい日らしい

7月10日はウルトラマンの日 (asahi.com)
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000000707040004

 10日が「ウルトラマンの日」だとご存じですか――。館山市相浜の鈴木馨さん(75)はTBS番組宣伝部員としてシリーズの最初の企画段階から深くかかわった。41年前のことだ。(福島五夫)
 記念日のいきさつはこうだ。
 「ウルトラマン」の放送が始まったのは、1966年7月17日。ところが、初めてウルトラマンがテレビに登場し、その姿がお茶の間に流れたのはその1週間前の「7月10日」だった。
 10日に予定されていた「ウルトラQ」の最終回が突然取りやめになった。理由は「内容が難解」。前日にあったウルトラマンのイベントの様子を映した映像を「ウルトラマン(前夜祭) ウルトラマン誕生」として放映して、乗り切った。
 「慌てました。苦し紛れのアイデアでしたが、結果は大成功でした」と鈴木さんは振り返る。

7月10日の「納豆の日」を前に、業界団体がPR (asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/0705/TKY200707050280.html

 7月10日の「納豆の日」を前に、約260社の納豆メーカーでつくる全国納豆協同組合連合会はPRに懸命だ。
 今年1月、「納豆ダイエット」を取り上げたテレビ番組がデータを捏造(ねつぞう)していたことが発覚。年間約2000億円の納豆の売り上げへの影響が懸念されたが、2月は前年同月比1割増、3~6月はほぼ前年並みと、踏みとどまっている。
 テレビや雑誌、各種イベントなどで納豆の普及に一役買う「納豆クイーン」には今年、タレントの真鍋かをりさんを選んだ。毎日納豆を食べるという真鍋さんに「ねばり強い人気をさらに後押ししてほしい」(連合会の笹沼隆史会長)。

 なんか、七月十日は「ウルトラマンの日」「納豆の日」だということだから、少なくともおれは軽く扱ってはいかん日のような気がしてきた。当日はウルトラマンと納豆に敬意と感謝を捧げつつ、清く正しくおだやかに過ごすことにしよう。

 『ウルトラQ』の“難解”な最終回というのは、「あけてくれ!」のことだよね。時代を感じますな。あれが難解で放映できないというのなら、いまのアニメなんて初回から放映できないやつだらけだ。

 それにしても、眞鍋かをりはユビキタスだねえ。今度は納豆クイーンなのか。こういう姿勢と見識が納豆業界に高く評価されたにちがいないぞ。納豆クイーンとなれば、ますます応援しちゃうね。

 眞鍋かをりと言えば、このところ、「Tokyo Local」でおなじみの星ちゃん(放送作家・星知美)のブログがものすごいことになっている。と言いつつ、はらはらしながら読んでるわけだが……。ここまで私生活のドロドロをネタにぐいぐい押してくるとは、放送作家というよりは吉本芸人のようで、見上げたものというか業というか……いや、結局面白いければいいんだけどさ(きっぱり)。いやあ、いいなあ、星ちゃん




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2007年6月 5日 (火)

十五年前の冷めたピザ?

ニール・スティーブンソン、セカンドライフをクールと言う (On Off and Beyond)
http://www.chikawatanabe.com/blog/2007/06/post.html

ま、Neal Stephenson的には、もうメタバースなんて飽き飽きしちゃってたのかもしれませんね。

 だろうなあ。ヴァーチャルワールドの話となると、たんびたんび引き合いに出されるのが、正直もう、うざいんでしょうな。以前、"Google Earth general manager John Hanke has said that Google Earth was partly inspired by Snow Crash's metaverse." なんてことが書いてあった記事もあったし。作家的には、とっくのむかしに自分の頭の中にあるものに、たまたま“外の現実”が似てきたからといって、「それがなにか?」みたいな感じなのかもね。考えてみれば、『スノウ・クラッシュ』から十五年だよ、十五年。殺人事件だって時効になるくらい経ってるわけだ。

 「おめでとうございます、白川先生。導電性ポリマーの発見と開発の業績に対して、ノーベル賞が授与されるそうです」
 「は? いつの話だっけ?」

 ……みたいな感じかも。

 まあ、作家のキャラにもよるだろう。たとえば、近い将来、軌道エレベータを初めて造った人がアーサー・C・クラークにパーティーで出会って(チャールズ・シェフィールドはもう故人だが、クラークならそのころまで生きていたとて不思議ではない)、「ボボボボクは子供のころにあなたの小説を読んで……」と興奮して話しはじめたとしたら、クラークなら子供のように一緒に興奮して相手を質問攻めにし、自分の小説を照れも衒いもなく自慢するような気がする。しませんか?



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2007年5月14日 (月)

冬樹蛉とは

はてなダイアリー > キーワード > 冬樹蛉
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c5%df%bc%f9%e9%d9

 ををを、なんと。おれもとうとう、「はてなダイアリー」の「キーワード」になったか。なんのキーなんだか。

 それはともかく、いつの日かはてなダイアリーのキーワードになってやろうと九十九里の夕陽に誓ったあの日から三十余年、強ければそれでいいんだ力さえあればいいんだとひねくれて星を睨んだことも、盗んだバイクで走り出し自由になれた気がした日もあったが、いやあ、いつのまにかはてなダイアリーのキーワードになっていたとは、お釈迦様でも気がつくめえ。そうか、はてなダイアリーのキーワードになったのか。いやですよ、おじいさん、はてなダイアリーのキーワードになったんですよ。ほえーっ、ばあさんや、わしゃまたてっきり、はてはダイアリーのキーワードになったのかと思ったよ。おじいさん、それは言わない約束よ。そ、そうじゃったな、げほげほげほ。



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2007年4月22日 (日)

アクセス解析結果の簡易表示をはじめてみた

 先日、ココログの新機能として、アクセス解析の結果がブログパーツで公開できるようになった。面白いので、左ペインの下のほうにつけてみた。このブログの「人気記事ランキング」「検索フレーズランキング」「リンク元ランキング」「アクセス地域ランキング」を知ることができる。いずれも、表示はベスト10まで、集計期間は過去三十日間に設定してある。完全にリアルタイムではなくて、一日一回更新されるのだそうな。

 おれはこのブログの管理者なのだから、もっと詳しいアクセス解析をしょっちゅう見ているわけだが、こうしてアクセスの状況が自動的に切り出されて表示されるのは、管理者にとってもけっこう便利だな。



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2007年3月 9日 (金)

ほんとの客はだあれ?

2年以内の実用化目指す ロボットに話しかけてブログにエントリ、NECが新システム (@IT)
http://www.atmarkit.co.jp/news/200703/05/nec.html

 NECは3月5日、ロボットに話しかけることでブログを編集、公開できる「マルチメディアブログ創作システム」を開発したと発表した。話しかけられた言葉を解析し、内容に応じて検索したイラスト、映像、音楽などを追加、マルチメディア対応のブログエントリを作成する。NECは同システムを2年以内に実用化するとしている。
 同システムはNECの研究試作ロボット「PaPeRo」(パペロ)に搭載。ロボットに話しかけることでブログを作成できるようにした。自然な言葉で発声されたメッセージをテキストに変換する語彙(ごい)連続音声認識技術と、テキストから重要度を分析してキーワードを抽出し、Web上のマルチメディアコンテンツを検索する自然言語文検索技術を組み合わせた。
 NECは同システムを使うことで「ロボットに向かって話すだけで魅力的なマルチメディアブログを簡易に創作することができ、ブログによる情報発信をより便利に快適に行えるようになる」としている。同システムはロボットに搭載したが、別のデバイスに載せることも可能という。

 うーん、なんだかなあ。いやまあ、現存の技術を組み合わせて「こんなこともできる」という試みとしてはこういうのもアリだろうけど、ふたつの点で大いにひっかかる。

 「ロボットに向かって話すだけで魅力的なマルチメディアブログを簡易に創作することができ」というのだが、マルチメディアだったらそれだけで魅力的だとでも言うのだろうか? それとも、ただただ口から言葉を垂れ流すだけで、それが魅力的な創作になるって意味なのだろうか? そんなおそるべき才能の持ち主がそこいらにうようよいるとでも言うのか? なんだか、言ってることがさっぱりわからん。

 「ブログによる情報発信をより便利に快適に行えるようになる」ってところも、なんだか珍妙な気がする。発信者だけ快適にしてどうする。そりゃ、ブロガーの立場で考えれば、快適に発信できるに越したことはないとおれも思うけれども、ブログの“利用者”で最も数が多いのは、“読者”に決まっている。どこの誰とも知らない人がロボットにくっちゃべったことを基に大部分を機械が自動的に作ったようなブログなど、おれが読者ならあんまり読みたくないがなあ。たとえば中川翔子のブログなどの場合、中川翔子本人が発信しているということそれ自体に意味があるのであって、残念なことにたいていの人はしょこたんじゃないのである。

 NECにとっては、ブログで情報発信する人たちのほうが自分たちの“客”なのはわかるが、最終消費者はブログを読む人であるという、あまりにもあたりまえのことが抜け落ちているような気がする。もののみごとに、ブログの提供者都合のもの言いしかしていないあたりに、なんだかとても奇妙なものを感じる。まあ、NECにしてみれば、ブログの読者のほうは、“客の客”にすぎないというわけなんだろうな。でも、客の客こそが真の客というケースも少なからずあるわけで、いわゆる Consumer-Generated Media (CGM) に企業が企業の論理で手をつける場合、まさにそこいらが難しいのだろうな。ここでNECは、このシステムの実用化や展開を、単なるBtoCのビジネスモデルでしか捉えていないかのように見える。こういうのはBthroughCtoCとでもいった捉えかたをしなきゃ、たぶんダメじゃないかな。



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2006年12月 9日 (土)

こんな辺境でも大人気

 うーん、こりゃ驚いた。おれのこのブログに検索エンジンからやってきた人が使った検索語で、過去三十日間に最も多かったものはなんだと思う?

「星ちゃん」……95

 なのである。「放送作家」48「星」18「眞鍋かをり」――ということは、やっぱりみな、“あの星ちゃん”を検索しまくっているとしか思えない。

 いや、そりゃまあ、たしかに「星ちゃんはいい」って書きましたけどね、これほど人気があるとは……。平均して一日に三人強は「星ちゃん」を検索して、うちごときにやってきてくれたりしているわけなのだ。ほんとに星ちゃんは、いまキテるねー。そりゃ、失恋の憂さ晴らしにマンションを衝動買いするような人を、ちょっと調べてみたいと思う気持ちはわかる。



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2006年8月23日 (水)

安めぐみのブログ

 何度も言うように、おれは安めぐみのファンではない。ファンではないのだが、ただ眺めていたい。娘のような感じである。断じてファンではない。ただ好きなだけである。殺されている当のおやじに自覚がないからこそ“おやじ殺し”などという評価があるのかもしれないが、まあ、当たらずといえども遠からずだ。「昭和の香りのするアイドル」と評されるとおり、おれが安めぐみに感じているものは、単なるノスタルジーなのかもしれない。まあ、いまの殺伐とした日本に、よくもまあこんなおっとりした娘が育ったものである。

 そんな安めぐみが最近ブログをはじめていて、「GyaO」の番組と連動してずいぶんプッシュしている。海千山千のブログの女王・眞鍋かをり姐さんがココログの広告塔であるとすれば、安めぐみは、ソフトバンクの息のかかった PlayNC Blog の広告塔という位置づけである。利発な野生児・眞鍋かをりと、天然ボケの癒し系・安めぐみは好対照だ。これに筋金入りのおたく不思議少女系の中川翔子のぶっ飛んだ物量ブログが絡んでくると、アイドルブログもなかなかどうして目が離せない。

 リッチなユーザ体験を売りとする PlayNCBlog は、ビジュアル的にはなかなか面白い機能を満載しているのだが、どうやら安めぐみ自身がまだ RSS フィードの機能を使いこなせていないようで、RSS が配信されていないのが珠に疵である。思い出したころにいちいち見にゆかなくちゃならないので、不便このうえない。安ちゃん、早く RSS フィードの機能を覚えてくださいな。いや、べつにおじさんはファンじゃないんだけどね。おれの部屋のカレンダーは安めぐみなんだけどね。なんか気になるよのね。いやファンじゃないんだ、断じてファンじゃありませんっ!

そしてね、インターネットを使うようになって
から行きたいお店を調べたり、探し物をしたり
、色々役立てているのですが、
なんかね、みたくないようなものまでも目にして
しまったり。
だから必要最低限しか使わないようにしています

そう、色々言われてしまう職業ですが、なので
分かってはいますが、
一つ言っておきたいのは、私年齢ごまかしてたり
鼻いじったりとかしてません(苦笑)

 かっ、可愛い……。そんなもん、インターネットでは日常茶飯事なんだから、笑ってやりすごせばよろしい、わが娘よ(って、いつのまに娘にしている?)。

 まあ、そんな噂の類など、慣れれば、眞鍋女王くらいに豪快にガハハハとやりすごせますから。がんばれ、めぇ――って、いやおれはファンじゃないすからね。ただ見ていたいだけでね。ファンじゃないですからっ!



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2006年6月 6日 (火)

アレクサンダーも酒樽の栓になる

 知り合いが mixi の日記で紹介していたブログ『特殊清掃「戦う男たち」』を、吸い込まれるように読み耽ってしまった。自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・飛び込みなどの遺体処置から特殊清掃・撤去までを仕事としている人たちの生々しい記録である。言っておくが、お食事中の人は、いますぐ読みにいったりしないほうがいいと思う。食事中でなくても、こういうのが苦手な人は自己責任でお読みください。

 ずっと以前に『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ系)で、アメリカの同じ仕事を取り上げたドキュメンタリーを紹介していた。世の中にはたいへんな仕事があるものだと感銘を受けたものだが、こうしてまさに手を汚して(!)仕事をしている人たち自身の想いが綴られているのを読むことができるようになるとは、ちょっとフクザツではあるが、そういう面ではたしかにいい世の中になったものだ。もっとも、彼らがますます忙しくなるような世の中になっているのも事実だが……。

 「腐敗当時はウジも大量に発生したはずだが、みんなハエになって飛んで行ったのだろう、ウジ・ハエは一匹もいなかった。どこかに飛んで行ったハエは、またどこかの死体に卵を産んで、子孫を増やしていることだろう。そして、その子孫達と私はまたどこかの現場で再会するかもしれない」「香りのソムリエ 原本悠」)などという件には、いたく文学的感動を覚えた。道化師ヨリックの髑髏に語りかけるハムレットのようだ。

 「アンアンアン♪とっても大好き~どざえーもん~♪」などというタイトルを不謹慎だと思う人もあるだろうが、ちょっとしたユーモア感覚でもなければとてもやっていられない、せつない仕事なのだろう。「社会的にも認知されず、誰も誉めてくれないので、自画自賛するしかない」といった件もあるが、これは誰かがやらなければならない仕事なのだ。血も涙もある人間がやらなければならない仕事なのである。しかも、これからますます需要は増えてくる。こういう仕事の社会的認知を進めるという意味でも、価値あるブログだと思う。同じ会社の女性社員の方々が書いている『遺体屋の仕事』というブログもお薦め。

 なにしろ、おれなんかはほぼ確実に独居老人になるだろうから、将来、この人たちのお手をわずらわさなくてはならなくなる可能性が高いのだ。できるだけ死骸をとっちらかさないように工夫をしておくつもりだけど、そのときはよろしくお願いします。



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