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2011年1月25日 (火)

「へんく」??

 日常的に関西弁を使う方々にお尋ねしたい。

 たとえば、標準語で「見えなくなる」というのを、あなたは関西弁でどう表現するだろうか?

 おれなら、「見えへんようになる」「見えんようになる」と言う。おおかたの年配の関西人はそうだと思う。

 が、近年、若い関西人のあいだには、「見えへんくなる」という表現が広まっているように思いませんか? しばしばこいつに遭遇して、「う~む」と考え込んでしまう。なんなんだろうね、これは? 標準語と関西弁のチャンポンなんだろうか? 言わんとすることはわかるし、面白い表現だとは思うが、自分ではまず使わんだろなあ。違和感が抑えきれない。

 むかしに比べて、全国ネットのテレビで関西人が関西弁で活躍することがずっと増えたせいだろうか、関西弁がどんどん標準語を侵略しているかのように感じていたんだが、どうやら逆の流れもあるのかもしれない。関西弁としては不自然な言いまわしが、標準語から入ってきているケースもあるんじゃなかろうか。


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コメント

私は兵庫の田舎だったんですが、そもそも一人称が「わい」で、
中学くらいになって「おれ」という言葉が入ってきて、まわりの友達が、
どんどん「おれ」に変わっていたときの違和感といったらなかった。
あれは一種の侵略ものだったなあ。だから私はいまだに、
自分のことを「おれ」って言えないのです。

投稿: 北野勇作 | 2011年1月25日 (火) 07時08分

wikipediaの「近畿方言」の“否定”にそんなことが書いてありました。

>ただし若年層では共通語「なく」と「ん」の混合形「んく」が広まりつつある(例:行かんくても 行かんくない 行かんくなる)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E7%95%BF%E6%96%B9%E8%A8%80#.E5.90.A6.E5.AE.9A

関西弁の否定の表現はものスゴク遠まわしになってよく分からないことがあります。
TVのケンミンSHOWで見たのですが、宴会などに誘って「行けたら行くわ」というのは断りの意味だ、というのを知ったときはややこしいなあと思いました。

流暢な関西弁の否定は肯定と見分けが付かない。

投稿: アダチ | 2011年1月26日 (水) 21時27分

>北野勇作さん

 「おれ」が入ってきたのは、じつは筒井康隆の影響だったりして(^_^;)。


>アダチさん

 ああ、やっぱり。

 そういえば、関東のほうでも、「◯◯みたく」という表現が出てきたのは、ここ二、三十年のあいだの変化じゃないかと思います。たとえば、私が子供のころは、「カエルみたいになる」というふうには言いましたが、「カエルみたくなる」という表現はなかったですね。これは「◯◯みたい」というのを、完全に形容詞扱いした語尾変化ですよねえ。「みたいに」と言うより「みたく」と言うほうがエネルギーが節約できるのはわかるんですが、いまはもうすっかり一般化したこの「みたく」も、自分で使うとなると私には違和感があります。「みたいに」と言っちゃうなあ。


投稿: 冬樹蛉 | 2011年1月26日 (水) 23時33分

「わい」らの平穏な暮らしの中に、
表現としての「おれ」が入ってくる、
なんてのは、すごく筒井康隆的ですね。
しかしあれは、言葉とか表現というもの
の不思議さを刻みつけられたすごく貴重
な「おれに関する思い出」ですよ。
この「わい」にとってのね。

投稿: 北野勇作 | 2011年1月27日 (木) 13時47分

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http://ray-fuyuki.air-nifty.com/blog/2011/01/post-b471.html あまり関係ないが、子どものころ周囲で「変くなる」「綺麗くなる」という言い回しを使っていたように思う。 [続きを読む]

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