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2011年1月29日 (土)

もう小学生から英語を教える必要はなくなった

 このブログでは、「英語を教えナイト?」「英語を教えナイト? 2」「『危うし! 小学校英語』(鳥飼玖美子/文春新書)」「カテゴリーの新設」「英語教育のハコモノ行政」ほかで、さんざん日本の英語教育行政、とくに小学校での英語必修化を茶化してきたが、あれから五年、問題はひとりでに解決してしまった

 もう、素人の小学校教諭に、むちゃくちゃな英語を建前だけで教えさせるような愚かなことなどしなくてよい。ALTだって、まともなALTは全然足りてないだろう? 心配ない。案ずるより産むが易しだった。問題は、教育行政なんかじゃなく、経済がすっかり解決してしまったのだ。もう、公教育で小学校からあわてて英語を教える必要はない。なぜなら、放っておいても、国民のほうで自主的に勝手に必死にやるからである。

 日本人は、英語は必要だ必要だと表向きは言いながら、そこいらのふつうの人たちがほんとうに英語が必要だなどとは誰も思っていなかったのである。そんなことは日本人ならみな知っていることだ。『英語を学べばバカになる グローバル思考という妄想』で薬師院仁志が指摘しているとおりだ。

 ところが、ここ一、二年、堰を切ったように、明示的に象徴的な出来事が、新卒就職戦線を襲った。「企業の存続のためには背に腹は代えられない。ボンクラの日本人よりも、デキル外国人を雇います」と、はっきり明言された新卒世代などというものがかつてあったであろうか? いままではずっと、“自分と同じ卒年の日本人だけが就職戦線におけるライバル”という、まことに奇っ怪なローカルルールがあったのだが、そのつもりでいたのにいきなり水をぶっかけられ、「今年からルールが変わりました。ペリーが来ましたので」と面と向かって言われた記念すべき新世代が今年の新卒(というのも、奇妙な風習だ)だったのだ。

 気の毒といえば、まことに気の毒だ。八十年代なんて、企業は、「大学教育になどなにも期待していない。むしろ、余計なことは教えずに、大学入試をクリアできる程度の知能は一応持っていると証明された連中を、真っ白のまま企業に渡してほしい。あとはこちらで教育する」といったことを、いけしゃあしゃあと公言していた。それがだ。ここへ来ていきなり、「勉強もしてない、ボンクラゆとり日本人なんか要らん。ハングリー精神旺盛で、ものすごく勉強している外国人をどんどん採る」ってんだから、世の中の流れをあまりウォッチしていなかった呑気な学生にしてみれば、寝耳に水だ。をいをいをいをい、急にルールを変えるなよ~と泣きたい気持ちだろう。

 これは、これからの日本にとって、ものすごくよいことだと思う。“自分とちがう卒年の連中はおろか、外国人までもが、自分の直接のライバルなのだ”という、日本以外の国ではごくあたりまえのことを、ひしひしとわがこととして実感するという貴重な体験が、ようやくそこいらへんのふつうの日本人の若者にもできたのだから。こんな強烈な体験をした若者は強い。「あ、もう国境なんて意味ないのだ」と体感しただけで、すでにボンクラな年寄りたち(ってのは、つまりおれたちのことだ)を精神的に超えている。

 この“ルールの変更”は、たちまち下の世代に、いまの子供たちの親たちにも、実感として伝わってゆく。「なんだって? 翻訳が出てないから読めない? 翻訳が出るまで待つ? あほんだら、そんなことでベトナムやマレーシアやミャンマーの技術者に勝てると思うか!」

 ビバ、開国! もう、わざわざ税金で英語教育なんてする必要ないさ。放っておいても、みんな身銭を切ってやります。英語“を”勉強するなんて悠長なことは、高校・大学では言っていられない。もう、その段階では、英語“で”なにかを勉強するのだ。

 つまるところ、ほんとうに必要だと実感したら、みんな勝手にやります。それが答えだ。ほんとうに必要だと実感できないものを、なんやかやと理屈をつけて、やらなきゃならないものとしてきたところに、日本の英語教育の最大の問題があるのだ。そんな旧来の日本の英語教育の建前を捨てて勝手に上達した人たちは、みんな強烈な“必要”を各自実感した人たちなのである。この小説が読みたい、この歌詞のほんとうの意味が知りたい、この映画の台詞を覚えたい、この料理のレシピが知りたい、このエロでヌキたい――まあ、動機はいろいろだが、そこには建前じゃないほんとうの“必要”があったはずである。

 というわけで、小学校での英語必修化を進めてきた方々、気の毒だが、もう、そんなのは要らない。というか、親たちはもう、そんなレベルじゃ満足しないよ。どうする?


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コメント

もうすぐ2歳になる子供の父親ですが、、、

!おっしゃる通りです!

投稿: KOJI | 2011年1月30日 (日) 15時43分

概ね同意
必要があれば学習する、というのはアタリマエだと思います。

確か小学校の外国語教育というのは「英語」と決まったわけではなく、学校の方針次第で中国語(英語より即役立つきがする)だろうがタガログ語だろうが構わなかったハズ。

ここはいっそ「落語」を教える小学校を試験的にでも設定して、「タレをカク」とか「セコをフカす」とか「コメの飯がテッペンにのぼる」みたいな実生活に必要の無い、全く役に立たない(かもしれない)けれど「美しい日本語」(←強調)を、国費を使って後世に遺す授業をしてもらいたい、と考えます。

投稿: アダチ | 2011年1月30日 (日) 17時24分

高等教育機関の一員としては,「必要があれば学習する」というロジックには常に条件反射的に反発してしまいます.

投稿: anonymous coward | 2011年1月30日 (日) 18時00分

そもそも技術が進歩してきて、公教育で先生が生徒に教えるというスタイルもその必然性がなくなってきていると思います。英語の勉強なんてネット最近はネットでしたほうが効果的だと思いますよ。これとか
http://www.englishcentral.com/home

投稿: passby | 2011年1月30日 (日) 22時36分

>KOJIさん

 お子さんが成人するころには、若い世代の日本人はごくふつうに、しょこたん語でも使うように英語を使っていることでしょう。


>アダチさん

 いいですねえ。TOEICみたいな落語検定を作ってもいいかもしれない。730点以上ないと、ウチは採用しませんみたいな。


>anonymous coward さん

 高等教育機関は、むしろ「必要なんだかどうだかまだ判断できない」ようなことをがんがんやるべきだと思います。というか、政治家ごときに必要かどうかすぐわかるようなベタなことをやってほしくはないですね。五十年後、百年後に必要となるかもしれないようなことをやってほしいです。

 でも、たとえば、九九なんかは、「学校の先生が必要だと言っているから」やっているわけじゃないわけですよ。親だってなんだって、必要だということがよーくわかっているわけです。これからは、英語も九九並みになるってことですよ。というか、すでにそうなっている。

>passbyさん

 おっしゃるとおりです。生身の人間と会話するという練習はやっぱり必要だとは思いますが、むかしに比べれば、テクノロジーが語学の習得をはるかに楽にしています。

 むかしNHKラジオの英語会話の講師をなさっていた東後勝明先生がおっしゃっていたことに私は仰天したものです。テープレコーダーもなにもなかった東後先生の時代には、うっかり夜更かししてしまった日には、ラジオの英語会話を聴き逃すのが怖くて、朝まで起きていたんだそうです http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ray_fyk/diary/dr9809_1.htm#980909

 そんな時代に比べれば、いまはもう、夢のようです。英語圏の生の放送がインターネットを通じて、そのまま聴ける、観られる。ポッドキャストもある。貧しい国の若者だって、ネット環境さえあれば、MITの講義だって聴ける・観られる。船便で一か月待たなくたって、kindle で即時に洋書が買える。こんな時代に、「英語ができない」なんて言っている十代、二十代の若者がおったとしたら、ボンクラとしか言いようがありません。そんなやつは死ねよ、もう。

投稿: 冬樹蛉 | 2011年1月31日 (月) 01時41分

>こんな時代に、「英語ができない」なんて言っている十代、二十代の若者がおったとしたら、ボンクラとしか言いようがありません。

全く同感です。

投稿: 矢野健太 | 2011年2月 2日 (水) 09時04分

>冬樹蛉様
今の時代、落語を話せる人材はともかく、落語を聞いて分かる層が枯渇しかかっているのが大問題なのです。
「郭」など50代でも全くわからない、「へっつい」は40代でもアヤシい。
日本の英語教育はヒアリングはできるかもしれないがスピーチが全くできない、という批判があります。
落語はヒアリングすら若年層には難しいものになりつつあります。
このままではSFのように「分からない人お断り」のような先細りの文化になりそうな危惧があります。
>anonymous coward様
完全に同意します。
高校生あたりであれば、古文や漢文よりもオートバイや自動車免許のほうが人生に必要なのは完全に自明です。
にもかかわらず、免許取得を禁じている学校の多いこと。
仮にも高等教育を受けようという人間が、車の運転のような雑事に時間と労力を取られることはあるまじきことです。
だからこそ、生きる上で必要なことは高等教育では一切扱わず、むしろ小学校のころから落語のような全く必要のない文化を教養として教えて欲しいと考えます。
※現状では、高等教育では英語を禁じるべきだと思います。

投稿: アダチ | 2011年2月 5日 (土) 19時13分

>こんな時代に、「英語ができない」なんて言っている十代、二十代の若者がおったとしたら、ボンクラとしか言いようがありません。

30代以上のおっさんもね(笑)

投稿: an | 2011年2月11日 (金) 18時42分

>anさん
>30代以上のおっさんもね(笑)

 まあ、私も本音では多少そう思うんですが(私が高校生のころから、テレビの二か国語放送はありましたからね)、三十代以上の世代だと、海外に長期滞在したわけでもないのに英語ができる人々のほうがヘンタイさん扱いされていたので、三十代以上の年寄りにそれを求めるのはちょっと酷でしょうね。

 ふつうの人は学校教育を信用して育っちゃうわけですし、社会全体が「ほんとは英語なんて、ごく一部の特殊な人以外には必要ないのだ」という無言の圧力をかけてましたからね。そして、それはかなりホントで、大部分の人には英語なんて必要なかったのです。私はただ自分の好きなことをして遊んでばかりいたら勝手に英語が身についちゃったので、運がよかっただけです。“お勉強”したり努力したりした覚えがない。ただただ楽しかった。世間の大部分の人がそういうヘンタイさんじゃなかったからといって、それを責めたりバカにしたりするのはおかしいです。

 でも、途中でルールが変わっちゃったので、じつはいちばん大慌てすべきなのは三十代・四十代なのです。五十以上の年寄りは、旧来の鎖国・談合・護送船団体制の日本の仕組みの残骸にしがみついて、なんとかかんとか逃げ切れるかもしれない。でも、三十代・四十代には、このままでは、なにしろこれから職場に入ってくる後輩連中はみーんな自分たちよりずっと必死で英語を勉強してきているうえにデジタルネイティブなので、「なんだ、最近の年寄りの使えねーこと、英語も使えんうえにITにも弱い、話にならねー。死ね、昭和元禄。死ね、バブル」と若いやつにお荷物扱いされる未来が待っているわけです。こわー。

投稿: 冬樹蛉 | 2011年2月11日 (金) 20時01分

>こんな時代に、「英語ができない」なんて言っている十代、二十代の若者がおったとしたら、ボンクラとしか言いようがありません。

本当です。私が海外留学した時代とあまり変わっていない時代ボケにびっくりします。

今、30~40台の親父が一番英語教育の害をもたらしているのをご存知でしょうか?
ママたちが、情報を集めてわが子に英語教育をしようとしているのに、
まだ早すぎると反対する親父が多いそうです。

20年後あなたのお子さんは、必ず負け犬になります。
進学も就職もままならず、仕事の選択肢どころか、正社員にすらなれなくなるのです。

英語も言葉である以上、早く習得したほうがよいのです。
聞こえない英語は絶対話せません。
世界中で、英語になまりのある、企業のトップがいるのは日本だけです。
アフリカでもインドでも上流階級の子弟はイギリスかアメリカで学習します。
日本人はよほど低いクラスなのでしょうと思われているのです。

英語を極めることが日本語力を低めていると考えているあなた、
勉強不足ですぞ。 最近の脳科学者の研究をご覧ください。
日本企業が生き残るために、どうか、企業の皆さんが
本当の英語力を見極めてほしい。
3年から6年の留学では本当に英語ができるようにはならないのです。
(TOEIC 900点でも、相手の通じない英語(発音)なら、
できないのと代わりがないということをご存じない日本人が多いように思う。

今英語は、一番暇な0歳から幼稚園までに習得するのが、
費用対効果を考えると有効であり、10歳以上では日本語力を鍛え、
高校生までにTOEICを800点にし、高校生ではSATを勉強して
アメリカの大学入試を考慮しつつ日本の受験勉強をすれば
真の国際的な日本人ができるであろう。 ああ・20年前にも同じことをかんがえていたなぁ・・。

投稿: 英語教育に物申す | 2012年3月 3日 (土) 17時50分

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