トイレのコオロギ
むかーしむかし、おれが子供のころ、トイレには花子さんもいなければ、それはそれはきれいな女神様もいなかった。汲み取り式だったアパートの一階のトイレには、べつのものがいたのだ。
カマドウマである。いや、「カマドウマ」などというのは、あとから図鑑で知った“よそゆき”の呼称であって、関西の人間はみな、日常的にはアレを「便所コオロギ」と呼び慣わしていた。そう呼ばれるほど、汲み取り式の便所の周辺には、決まって見かけたものだった。
それにしても、カマドウマのほうにしてみれば、いい迷惑である。公式に呼ばれたとしても、馬でもないのに「竈馬」と呼ばれ、俗に呼ばれたとしても、コオロギでもないのに「便所コオロギ」と呼ばれる。常に、自分はなにかの“パチもん”であるかのように呼ばれるのだ。
まあ、たしかに昆虫のくせに翅が全然ないところが、ゴキブリの幼虫のでかいやつのような印象を与え、遭遇するとかなり不気味ではあるが、人間に実害がさほどあるわけでもない。なのに、まるで害虫であるかのように、駆除の対象になったりする。じつに気の毒なやつらではある。
カマドウマを自宅のトイレ付近に見かけたような世代は、たぶん都市部なら四十代以上、田舎なら三十代以上くらいじゃないかと思うが、植村花菜がカマドウマをトイレで見たことがあるかどうかはさだかでない。でも、彼女もベタベタの関西だし、年齢的にはギリギリ「便所コオロギ」って言いかたが通じるんじゃないかなあ。
植村花菜が『大竹まこと ゴールデンラジオ』にゲスト出演したとき、「最近、いちばん嬉しかったことはなんだったか?」と問われて、「『探偵!ナイトスクープ』に出られたこと」と答えていたのは、じつに微笑ましかった。「ああ、このコは、ほんまに関西のコぉや」と、ポッドキャストで聴きながら大笑いしそうになった。
ひょっとしたら、植村花菜は、紅白歌合戦に出られることよりも、『探偵!ナイトスクープ』に出られたことのほうが、じつは内心嬉しいんじゃないかと思ったりする。きっと、彼女のお婆ちゃんも、生きていたらそう思うんじゃなかろうか。
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