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2010年2月13日 (土)

聖火は人をふり返らせる

 バンクーバーオリンピックがはじまった。おれは、見ているぶんには、どっちかと言うと冬季オリンピックのほうが好きだ。なんとなくセンチになる。それはおそらく、ある程度もののわかるようになったちびまる子ちゃん前後の年齢で、札幌オリンピックで盛り上がった日本を体験したからだろうと思う。なにもかもが右肩上がりで、これからどんどん未来が拓けてゆくのだぞといった空気がそこかしこに漲っていた。『虹と雪のバラード』という名曲の存在も大きい。いまだに冬季オリンピックを迎えるたび、反射的にこの曲が頭の中に流れ出す。

 ああ、七十年代はよかったなあと爺いめいたことを言うつもりはない。あのころの、なんであれ、放っておいてもとにかく“成長”してゆくのがあたりまえなのだといった空気が、いま思えば、微笑ましいほどにナイーブだったのだろう。そりゃ無理もない。戦争が終わってから、まだ二十七年しか経っていなかったのだ。あのころのほうが、むしろ異常、と言って語弊があれば、特殊だったのだ。

 「あのころの元気に比べて、いまの日本の体たらくは……」などと、むかしと比べてどうこう言うようになったら、それは老化のはじまりである。なんだかんだあっても、やっぱり三十八年のあいだに、日本は、じわじわじわじわと少しずつでも、試行錯誤をしながら変化してきたではないか。あのころに戻りたいかと問われれば、おれはまっぴらごめんである。あのころは、大人たちがみんな同じほうを向いていて、元気だけど窮屈だったろうと思う。おれは、ほんとうに戦後が終わったのは去年だと思っている。

 いま札幌オリンピックの映像を観ると、現代の選手たちの技術に慣れた目には、とても見劣りがする(むろん、当時は最高水準だったのだ)。三十八年というのは、けっこうな時間だ。その時間で、これほど明白に進歩しているものがたしかにあるというのを目の当たりにすると、人間というものに対する“長期的”な希望のようなものが、吹雪の向こうにほの見える。もちろん、選手たちの身体能力や技巧を支える科学技術の発達によるところも大きいだろうが、四十年あれば、人間が“身体”を使う能力ですら、全体的に底が上がってゆくという事実は、素朴に驚異的である。

 まだまだ日本人にも、人類にも、頭脳にであれ身体にであれ、抑圧されていたり開発されていなかったりする潜在力が眠っているにちがいない。そんな“すでに持っている”能力の発現を阻害している要因を、ひとつひとつ、根気よく叩き潰してゆくことが、個々のちっぽけですばらしい人間にできること、やるべきことなのだろう。




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コメント

人生も最も記憶力のよい時期に観ていたので、信じられないほど覚えています。

投稿: 湖蝶 | 2010年2月13日 (土) 17時59分

札幌オリンピックといえば「日の丸飛行隊」の活躍が強く印象に残っています。
金メダルの笠谷幸生が所属していたニッカウヰスキーは経営不振によりアサヒビールの子会社になってしまいました。
銀メダルの金野昭次が所属していた北海道拓殖銀行は破綻してしまいました。
銅メダルの青地清二が所属していた雪印乳業は不祥事により再編され、今は見る影もありません。
メダル獲得数1位だったソ連は崩壊し、2位の東ドイツは西ドイツに吸収されてしまいました。

今回、5位入賞を果たした安藤美姫が所属するトヨタ自動車はリコール騒動が連日報道されています。
一時は販売台数世界一を果たした同社ですが、今後その地位を回復するのは難しいように思われます。

それでもこんな才能が花開いているのを見ると、ちょっと慰めになるような気がします。
【第4回MMD杯本選】ミクトラ
http://www.youtube.com/watch?v=Dt5snNDNtuc

投稿: アダチ@初音ミク中毒 | 2010年2月27日 (土) 22時05分

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