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2009年2月 6日 (金)

緊急紙幣¥-4・¥-10

 ――などというバカなフレーズがどこからともなく頭をよぎったわけだが、若い人にはさっぱりわからないと思う(知りたいというもの好きな人はここへ)。

高橋洋一 東洋大学教授 「危機打開へ政府紙幣発行も検討せよ」 (ダイヤモンド・オンライン)
http://diamond.jp/series/policywatch2009sp02/10004/

 政策提言集団、ポリシーウォッチによる緊急討論会「2009年の政治経済の行方」の模様を引き続き動画にてお伝えする。第4回は、元内閣参事官で、現在は東洋大学教授の高橋洋一氏。景気回復のためには、「量的緩和」「政府紙幣」「埋蔵金」の3つのプログラムが有効だと主張する。

「政府紙幣は円天、マリファナのようなもの」津島氏と伊吹氏が批判 (MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090205/stt0902052034006-n1.htm

 与党の一部から景気対策の一環として政府紙幣の発行を求める声が出ていることについて、自民党津島派の津島雄二会長は5日の派閥総会で「政府が『円天』をやるようなばかな話だ。政府が紙幣を印刷してばらまくなど究極の国債だ」と述べ、健康寝具販売会社「エル・アンド・ジー」(L&G)の詐欺事件になぞらえて批判した。伊吹派の伊吹文明会長も同日の派閥総会で「人間は疲れると酒で紛らわせ、もっとひどいとマリフアナを吸ってみることになる。政府紙幣はそれと同じだ」と一蹴(いっしゅう)した。

 「円天とどこがちがうのだ」と、最初に政府紙幣発行論を聞いたときにおれも思ったが、さらに突っ込むと、「それを言うなら、日銀券も円天とどこがちがうのだ」という根源的な話になってしまいそうだ。ジンバブエの状況なんかを見てると、一国の通貨というのは、ほんとに記号にすぎないんだなあとしみじみ思ってしまう。

 はてさて、政府紙幣発行という事態にいたった場合、それが凶と出るか吉と出るか、確固たる理論的根拠を示して説明できるほどおれは経済学に明るくないので、この構想がホントにいいのか悪いのかは、いまいちよくわからないというのが本音だ。ただ、インフレ、ハイパーインフレを招かないような歯止めをどこかに組み込んでおくとするなら、いよいよという未曾有(「みぞう」と読む)の危機的事態に至ったときに抜く伝家の宝刀として、政府は鼻で笑って一蹴せずに、ちゃんと検討はしておく必要はあるのではないかと思う。短期的なカンフル剤としての効果は、あるいは、あるやもしれぬではないか。

 今回の経済・金融危機、専門家たちですらあまりにもバラバラの見解を述べているが、彼らの知識・見識がむちゃくちゃであるからそうなっているというわけでもなさそうだ。おれのような素人には、それぞれに説得力があるように聞こえる。つまるところ、彼ら専門家の意見がバラバラになるのは、「現状がどのくらい深刻であるのか」という認識の差と、「どのくらいのスパンで復興(いや、ホント、災害だよ、これは)を考えているのか」という二点のズレによるものであるようにおれには聞こえる(まあ、ほんとうに“スカタン”を言っている人だって中にはいるかもしれんけど)。現状認識を揃え、同じ復興ロードマップで議論すれば、一見まったく反対のことを言っている識者も、ベースでは同じようなことを考えているなんてこともありそうに思うのだ。

 五十年、百年先の国家を憂う視点もわからなくはないが、さしあたり、“人命救助”を最優先に、大きな副作用も織り込んだうえで、専門家たちには、共通の危機感と共通の復興期間を想定して徹底的に議論してもらいたい。まあ、それを想定するのが難しいんでしょうけどねえ……。それでも、「今月は首をくくらずにすんだ。来月はどうかわからない」「今日は屋根のあるところで寝られた。明日はどうかわからない」という人たちは、どういう政策が取られるにせよ、何か月も検討だけし続けてもらっても困るのだ。

 百年に一度と言われるような事態なら、少々あとで「まちがっていた」と言われるような action に出ても、それはしかたがないよ。誰にも正解はわからないのだ。むしろ、「あいつらは、あのときいったいなにをしていたのだ?」と後の世で非難されるのは inaction のほうだろう。

 いやしかし……『日本沈没』のそのときには、「なにもしないほうがいい」という考えかたも、たしかにないではない。



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コメント

貨幣(紙幣)というものは、あくまでバーチャルな富であって、本当の富は商品やサービスである訳です。本当の富を供給する能力がないのに、貨幣だけをばらまくから、ハイパーインフレになるのです。天保の飢饉の時にどれだけ金貨をばらまいても、腹は満たせないのと同じことです。
ただし、富の供給能力は充分あるのに、富が国民に行き渡ってない場合は、貨幣のばらまきにも効果があるかもしれません。
いずれにしても、経済はカオティックな系なので、何が起こるかは本当のところ誰にもわからないのではないでしょうか?

投稿: 小林泰三 | 2009年2月 6日 (金) 21時41分

 2月2日にジンバブエは一兆分の一のデノミを実施したと報じられました。インフレ率はもはや天文学的数値ではすまず、超天文学的だそうです。なにしろ、ほぼ毎日物価が二倍になっている計算だそうですから。
 やっぱ、政府の判断で紙幣を刷るというのは危ないかも。

投稿: 東部戦線 | 2009年2月 7日 (土) 06時28分

>小林泰三さん
>富の供給能力は充分あるのに、富が国民に行き渡ってない場合は、貨幣のばらまきにも効果があるかもしれません

 もうひとつ、富の供給能力への対価が富の種類によっては不当に低すぎる仕組みがあちこちで形成されてしまっていることにも問題があるのかもしれません。そんじょそこらの人には作れないものを作ったり、人の命を救ったり、お年寄りを介護したりする“富”の供給能力は、富かどうかわからないものを富であるかのように売りさばく能力や、記号を右から左へ動かすだけで“富の一時的な電位差”から電流をかすめ取るようにして富のおこぼれをかき集める能力に比べて、不当に低く評価されてしまっているのではないでしょうか。

 人の考えつかないことを考える、人のできないことをする、人に作れないものを作る、人より早く(速く)する、人より少ないコストでする、人がするのを嫌がるつらい・汚い・しんどいことをする、人を楽しませることをする、人のためになることをする――これらの組み合わせ以外に、ほんとうの“価値”を生み出す方法があったら教えてほしいものです。よく、そういう方法を見つけたので教えてやるというスパムが来ますが、ほんとうに見つけたのなら、私なんかに教えてくれるはずがありません。


>東部戦線さん

 デフレのときは大丈夫、安全弁をつけておけば大丈夫と専門家は言うのですが、それに失敗したら、たしかにえらいことになりそうです。小室哲哉の預金通帳じゃありませんが、そこいらへんのふつうの人の通帳の“印字桁が足らなくなる”なんてことになったらどうなることやら。あ、そういえば、印字桁とインジケータは似ている(笑)。

投稿: 冬樹蛉 | 2009年2月 8日 (日) 01時58分

 政府紙幣を米との兌換紙幣にしてしまったらどうだろうか。表記は円じゃなくて石。政府が資金投入を増大しようとしたら、国内の米生産も増やさないとならない。いやおうなく国内の食糧自給率を増やすことになる。
 最悪、政府紙幣さえあれば、ご飯を食べることはできるので、紙くずになることはない。ついでに総裁や大臣、議員の歳費も円建てじゃなくて石高で処理する。総裁になれば10000石とか、高級官僚は100石とかなんとか。

投稿: 林譲治 | 2009年2月 8日 (日) 21時23分

>林譲治さん

 あっちこっちに兌換所を作らなきゃならなくなりそうだなあ。どうも政府紙幣を手元に置いておくのが気色悪いので、みんな毎日せっせと兌換所に通い、一刻も早く米にしようとする。兌換所、兌換所で半年暮らし、あとの半年ゃ寝て暮らす。さては、これが言いたかっただけやな。

投稿: 冬樹蛉 | 2009年2月 9日 (月) 00時48分

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