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2009年2月14日 (土)

己を知り己だけを知らば、己を知ることついに能わず

「管理職は自社製品10万円購入を」 パナソニック通達 (asahi.com)
http://www.asahi.com/business/update/0213/OSK200902130060.html

 パナソニックがグループの管理職社員約1万人に対し、自社製品を総額10万円以上、購入するよう通達を出した。景気低迷のなか、業績の足しにするだけでなく、管理職に危機意識を高めてもらう狙いがある。
 購入の目標期限は、ボーナス商戦を挟んだ7月まで。対象製品は限っておらず、地域販売店でも量販店でも購入できる。同社は4日に09年3月期の連結業績予想を下方修正し、純損益が3800億円の赤字に陥ると発表。通達はその後、出された。
 パナソニックは業績が落ち込んだ01~02年度にも自社製品の購入を強化したことがある。日頃は「バイ・パナソニック運動」として社員に自社製品の購入を啓発しているが、今回は通達というさらに強めた形式をとった。
 他の電機メーカーでは、富士通が1月、社員向けに携帯電話やパソコンの自社製品を買うよう呼びかけた。シャープは「日頃から自社製品を購入するようにしている」ため、目標は定めていない。三洋電機は経営が悪化した05年に役員から一般社員まで、200万~20万円の購入キャンペーンを実施したことがある。(大宮司聡)

 まあ、たいへんな状況だからこういうことを言い出す経営陣の気持ちはわからないでもないわな。だけど、「業績の足しにする」と正直に吐露するのはいいのだが、「管理職に危機意識を高めてもらう」などというキレイごとは、全然筋ちがいだと思う。

 管理職に危機意識を高めてもらうためには、むしろ「同じカテゴリーの製品で自社製品を買うのは一台までにしろ」と通達すべきだ。つまり、テレビを二台以上買うなら、二台めからは他社製品を買えと言うべきであろう。同じ会社の、ましてや自社製品ばかり使っていると、視野が狭くなり、顧客視点も失われてくる。他社の製品やサービスが自社のそれに比べていかに優れているか、あるいは劣っているかを身を以て知るには、自分自身がまず客になることである。

 自社の製品やサービスが好きで誇りを持って提供しているので、自分が買う場合も、誰に言われることもなく、すべて自社製品にしているという社員だって少なからずいるかもしれないし、一般社員ならそれでいいかもしれないが、管理職ともなれば、自社の製品が買いたくてしかたがないのだが、あえて意識的に他社の顧客になって他社の製品やサービスを体感してみるくらいのことをおのれに課す必要があるのではないか。だいたい管理職くらいになると、自社の文化にどっぷり浸かってしまい、自社が存外に世間に比べて優れている点や、異常なほどに世間常識からズレている点などが、だんだん見えなくなってくるものである。その危険をちゃんと認識し、みずからに他社の製品やサービスを広く知り、体験することを課している人は、やっぱりどっかちがう。

 手塚眞が幼少のみぎり、父親の会社が制作した番組の裏番組ばかり観ていたところ、母親に「お父さんの番組を観なさい」と叱られたそうなのだが、手塚治虫「子供には観たいものを観せなさい」と逆に妻を戒めたという。どんなに功なり名遂げても、常に若手を同じ土俵上のライバルとして対等に見ていた手塚治虫らしいエピソードだと思う。彼はおそらくそのとき、わが子を顧客視点の体現者として見ていたにちがいない。そして、自分の息子の関心をさらう裏番組の制作者に対して、クリエータとして敬意を払うと同時に、ギラギラどろどろとしたライバル心をかきたてていたのだろう。

 正直、パナソニックほどの顧客視点を大事にしてきた会社が、なりふりかまわずこのような“内向き視点”のことを言い出すほどに、経済はたいへんな状況になってきているのだなあと、なんだか気が滅入った。「彼を知らずして己を知れば、一勝一負す」などと孫子に言うが、おれはそれはおかしいと思う。勝率高すぎるやろ。彼を知らずして己を知るなどということは、そもそもできっこない。

 おれが経営者だったら、「こういうときこそ、他社製品を買え。社員一人ひとりが他社の製品やサービスを体験し、よいところは取り入れろ。悪いところがあれば、そここそが攻めどころだ」と、顧客から見ればもっともで頼もしくカッコいい通達を出してみたいものだ。で、業績の数字にちらと目をやり、小さな声で「……ま、一台めは自社製品にしなさい」と付け足すかもしれないが……。



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コメント

分析を目的として他社製品を買うのは社の予算で行うべきではないかと考えます。
こころおきなく解体分析です。

自社製品を買えと社員に要求するのもおかしな話ではありますが。

投稿: たかつかさ | 2009年2月18日 (水) 10時38分

 危機感の共有というなら、管理職は給与賞与を時価相当の株式で支払う事にするとか。

投稿: 林 譲治 | 2009年2月18日 (水) 15時54分

>たかつかささん

 んー、それはちょっと私の言ってることとはちがうんですよね。技術職の人がリバースエンジニアリングするなら、それは会社の予算で行うべきですが、私が言っているのは、すべての社員が他社の顧客としての顧客体験をすべきであるということです。製品そのものの体験をすることは言わずもがな、カスタマサポートから廃棄からなにからなにまで顧客としての体験をすべきだろうというわけなのです。つまるところ、「喫茶店に入ったことのない人が喫茶店をはじめてはいけない」( http://ray-fuyuki.air-nifty.com/blog/2008/06/post_a234.html )というのと同じことを言っているのです。


>林譲治さん

 ストックオプションのカタチで報酬を得ている人々ならともかく、ふつーの会社の管理職だと、それは納得いかないでしょうねえ。その会社のほんとうの社会的価値と株価というのは必ずしも連動していないと思いますから。どう考えても不当に株価が高い(低い)会社ってのは、たしかにあると思うので。

投稿: 冬樹蛉 | 2009年2月19日 (木) 01時54分

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