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2009年2月の18件の記事

2009年2月26日 (木)

見つけられにくいことの損益

 前野昌弘という科学者が、素粒子物理の“いろもの物理学者”さん以外にもいらして、統計解析やら物性やら無機化学やらの本を出してらっしゃることはSF文化圏(?)では周知の事実であるが、柴田淳という人が Python の本を書いているという事実を、シンガーソングライターの柴田淳ははたして知っているだろうか? たぶん、知らんのじゃないかなあ。歌手のほうの柴田淳が、本屋でプログラミング言語関係書のコーナーを見てまわるとはちょっと思えない。ひょっとしたら、しばじゅんファンのプログラマが「じつは同姓同名の人がいて……」と本人に教えているなんてことはあるかもしれないけど。

 それにしても、Python のほうの柴田淳さんはちょっと気の毒かも。だって、「柴田淳」で検索でもしようものなら、圧倒的にしばじゅんのほうばっかりが出てきて、ソフトウェア開発のことが書いてあるページなど埋もれてしまう。初対面の人などには、「うわあ、柴田淳……さんですか」と強烈な印象を与え、一発で名前を覚えてもらえるという利点もあるだろうが、有名人と同姓同名(いやまあ、プロ・プログラマの柴田淳氏のほうも、そっちの業界では有名人だと思うが)というのは、この検索時代にはなにかと不便だろうなあ。

 待てよ、“検索されても埋もれてしまえる”というのは、ある意味、いまの世の中では非常に有利なこととも言えるな。木を隠すなら森の中だ。



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2009年2月25日 (水)

もはや怖いものなどなにもないでしょう

日米首脳会談が終了 有識者と昼食会 (asahi.com)
http://www.asahi.com/politics/update/0225/TKY200902240382.html

 麻生首相とオバマ米大統領との初めての首脳会談は24日正午前(日本時間25日午前2時前)に終了した。会談は予定の1時間を超えて、約80分間行われた。共同記者会見など、両首脳がそろって会談内容を記者団に説明する場面はなかった。

 ソムリエは連れて行かなかったみたいだな。

 「共同記者会見など、両首脳がそろって会談内容を記者団に説明する場面はなかった」ってのは、じつに残念だなあ。ここはやはり記者会見を開いて、べろんべろんに酔ったふりをした麻生首相にドン引きしている記者団に向かって、「……な~んちゃって!」くらいのことをやってくれれば、世界もちょっとは日本人のユーモアセンスを見直してくれるんじゃないかと思うんだが……。というか、これ以上支持率が下がりようがない首相ってのは、なにやっても怖くないわけであって、ある意味、最強なんじゃなかろうか。そういう、誰にでも望めば得られるわけではない立場をせめて最大限に利用してほしいと思う今日このごろである。「外交で失地回復を狙う麻生首相」みたいなことをマスコミが言っていたりするが、失地回復ったって、もはや失うべき土地はまったくなく、海にぷかぷか浮いているかのごとき麻生政権である。

 ま、とにかく一刻も早く選挙やってよ。



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2009年2月24日 (火)

とりあえず、ありがたくも、今日、おれは生きている

「死に対する畏敬」米でも評価 「おくりびと」栄冠 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0223/TKY200902230280.html

 受賞の瞬間、滝田洋二郎監督は足早に壇上に上がり、「サンキュー、オール・アカデミー」と英語であいさつした――。第81回アカデミー賞で「おくりびと」が外国語映画賞を受賞した。英語題は「旅立ち」を意味する「ディパーチャーズ」。海外36カ国・地域で公開が決まっている。滝田監督はスピーチを「アイル・ビー・バック」と締めくくった。
 主人公を演じた本木雅弘さんが、旅先で葬儀の光景をヒントに十数年前から温めてきた企画。07年に山形県庄内地方などで撮影し、本木さんの上司を山崎努さん、妻を広末涼子さんが演じた。
 本木さんは、納棺師の青木新門氏の著書「納棺夫日記」を読み込み、現役納棺師の特訓を受けた。「ご遺体」を丁寧に清める湯灌(ゆかん)の儀。旅立ちの衣装への着替えでは、故人の肌が見えぬよう細心の注意を払い、化粧を施して生前の面ざしをよみがえらせる。流れるような所作の美しさ。ひつぎに納めるまでの動きの隅々に、命に対する厳粛な思いがにじむ。

 おれはまだこの映画観てないんだけど、こういう日本の文化に流れる精神性がアメリカ人にも伝わっているらしいのが、なんだか喜ばしい。おれは宗教というものがまったくわからない人間だし、セレモニーというものが大嫌いな人間ではあるのだが、いったい全体、何教なんだか表面的にはさっぱりわからないような日本のあれこれの儀式の底に流れる、ある種の“思いやり”のようなものにだけは、素直に共感できるのである。だからといって、冠婚葬祭が好きなわけじゃないけどな。ほら、葬式って、悲しいけど、なんだか清々しい側面があるじゃないか。自分もいつか必ずこんなふうに灰になるのだということをしみじみ実感すると、なんだか安らぎを覚えないか? おれは葬式が嫌いだが、葬式が終わったあとの、あのなんとも言いようのない穏やかな心持ちは、ちょっと好きなんだな。

 この日記でも何度か話題にしたブログ『特殊清掃「戦う男たち」』は、ショッキングな内容と哲学的な語り口が相まって、かなり人口に膾炙した有名ブログだと思うんだが、同じ会社のエンゼルケア事業部ってところで、湯灌から納棺までやってる女性の『遺体屋の仕事』ってブログも、地味ながらいろいろ考えさせられるいいブログですぞ。まさに、“おくりびと”の日常なんである。まあ、『おくりびと』のアカデミー賞受賞を機会に、知らない方はぜひ読んでみてください。

 常々思うんだが、人の生き死にに関わる仕事ってのは、それだけでもうすごいなあと頭の下がる思いがするのである。おれたちは、人が生まれるところにも死ぬところにも、まあ、ふつうはそんなに多々遭遇するものではない。そういうものを目にするのが日常になっている人々ってのは、たぶん、自分が生きている実感ってものも、おれたちとはかなりちがうのではなかろうかと思うのである。人の生き死にというものをしょっちゅう目にするというのは、はたしていいことなのか悪いことなのかよくわからないが、少なくとも「人は死ぬものだ。じつにあっけなく死ぬものだ」ということは、咲いた桜が散ることくらいに、あたりまえのこととして常に意識しておかねばならんなあと思ったりするのだ。

 そう、ひょっとしてひょっとすると、これがおれの最後のエントリーなのかもしれないわけで、そう思うと、生きてバカをやっていることが、なんともいとおしく、かけがえのないことのように思えてくる。げに、「生きてるだけで丸儲け」なのだよなあ。



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2009年2月21日 (土)

ただごとではない感

 夕方にテレビを点けてザッピングしてたら、渡辺篤史の緊迫したナレーションが流れてきたので、思わず手を止めて『奇跡の生還! 九死に一生スペシャル』ってのの再放送をしばらく観ちゃったよ。先日、『大竹まことゴールデンラジオ!』笑福亭笑瓶が、渡辺篤史の声にはザッピングを止めさせる力があると指摘して感嘆していたが、まったくそのとおりの体験をした。なんかこう、この人の声が聞こえてくるだけで、ただごとではない事態が進行しているかのような気になる。あるいは、小林製薬がまたケッタイな名前の製品を発売したかのような気になる。条件反射とはげに怖ろしい。たとえば、渡辺篤史がレストランでおもむろに立ち上がり、ただただメニューを朗読しはじめたとしたら、みなナイフとフォークを持ったまま手に汗握って、「次の瞬間!」いったい全体どんな災害が襲ってくるのかと息を呑むにちがいない。

 もし、テレビのすべてのナレーションが渡辺篤史と小林清志だけだったら、それはそれは緊迫感に溢れた、一瞬も気を抜けないような日常になることであろう。世界中のいたるところで、のべつまくなしに大惨事や大事件が起こっているかのようだ。

 想像してごらん。キートン山田でなく、渡辺篤史がツッコむ『ちびまる子ちゃん』を──「振りむいたまる子の眼前に、轟音とともに火砕流が迫ってきた!」

 想像してごらん。石坂浩二でなく、小林清志がナレーションの『渡る世間は鬼ばかり』を──「岡倉には泥酔して大吉に絡む長子。一方、幸楽では、五月にもうひとつの災厄が降りかかろうとしていた」

 想像してごらん。渡辺篤史と小林清志が語る『まんが日本昔ばなし』を──「爺さんやっ!」「なんだい、婆さんやっ!!」、そこで加藤みどり「なんということでしょう!!!」

 いやまあ、みなさん、ナレーターとしての藝はすごいとは思うけど、おれは家で酒飲んでるときに、そんなにぶっ続けで緊迫したり驚愕したりしたくないぞ。たまにでいい、たまにで。



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2009年2月20日 (金)

稲垣早希風の楽しみかた

Yukimi01 こ、これは……第九の使徒マトリエル? いえ、ちがうわ……脚がない。このただただ円いだけの無愛想さは、第十二の使徒レリエル!

Yukimi02 ロンギヌスの槍っ! (なぜか「LOTTE」と書いてある)

Yukimi03 レリエルに深々と突き刺さるロンギヌスの槍。

Yukimi04 剥き出しになったおいしそうな虚数空間。

 いやまあ、いい歳をしたおっさんがなにをやっているのだろうかと思わんでもないが、新発売の『雪見だいふく〈たまごプリン〉』はけっこうイケるぞ。えーと、今日のネタは、わからん人にはテッテ的にわからんでもいいぞ。



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2009年2月17日 (火)

酔務大臣

中川財務相:陳謝、「機内で風邪薬、酒も…相乗効果で」 (毎日.jp)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090216k0000e010067000c.html

 中川昭一財務相は16日午後、国会内で記者団に対し、ローマで行われた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)終了後の記者会見で、時折、ろれつの回らない口調でやりとりしたことについて、「風邪薬を(ローマに向かう)飛行機の中で飲んだ。それが多めになってしまったことが原因。酒も飛行機で飲み、その相乗効果で誤解を招いたのは事実で申し訳ない」と陳謝した。同時に「会見前には飲んでいない」と強調した。
 自らの進退問題については「それは首相が判断することだ」と語った。
 この問題で、河村建夫官房長官は16日朝、中川氏から電話で事情を聴取し、「自己管理に努めるように」と注意した。河村氏は同日午前の記者会見で「極めて遺憾だ。風邪薬、体調、疲れなどが一体となって出た結果だと思う」と述べた。
 中川氏は先月の衆院本会議で行った財政演説で26カ所を読み間違え、議事録を訂正。この際も「飲酒が原因ではないか」と指摘されたが、政府高官は「腰痛の薬が原因だろう」と説明していた。【清水憲司、坂口裕彦】

 いやあ、おれもあの記者会見をテレビで観たけど、あれはすごいわ。ウケを狙ったネタかと思った。酒とか風邪薬とか言ってるけど、酒だとしたら、G7の最中にぐびぐびやってでもいないかぎり、あそこまでにはならんのじゃなかろうか。平均的な人より酒は強いんだろう? また、風邪薬って、常識のある人が“多めに”飲んだりするか、ふつう? 「ああ、この風邪はとくにひどいから、二錠って書いてあるけど、四錠飲もう」なんてことを、まともな教育を受けた人がしますか、ふつう?

 ただちに麻生首相のやるべきことは、閣僚全員の尿検査だと思うぞ。最近、流行ってるからな。もっとも、最近の首相の言動を見るに、麻生さん自身がヘンなクスリでもやってんじゃないかってしばしば思うけどな。



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2009年2月15日 (日)

四十代以上の方ではありましょうが……

 おなじみ、《ヘンな検索語》シリーズ――

「“ムシムシ大行進” 試聴」

 どこのどなたか存じませんが、お探しになっているものが、な、懐かしすぎます

 それにしても、あんな一分そこそこ(だったと思う)の曲が、なんでまたいまだに脳の奥に突き刺さったままなのか、いやあ、あのころの子供向け短時間帯番組のテーマソングってのはインパクトあったんだよなあ。「クレクレタコラ」とか「ものしり館」とか、なんかの拍子に口ずさんだりすること、たしかにあるもんなあ。

 ♪ムシムシ~~~~~~~~~~~
        ムシムシ~~~~~~~
              ムシムシ~~~

   ムシムシ大行進!



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2009年2月14日 (土)

己を知り己だけを知らば、己を知ることついに能わず

「管理職は自社製品10万円購入を」 パナソニック通達 (asahi.com)
http://www.asahi.com/business/update/0213/OSK200902130060.html

 パナソニックがグループの管理職社員約1万人に対し、自社製品を総額10万円以上、購入するよう通達を出した。景気低迷のなか、業績の足しにするだけでなく、管理職に危機意識を高めてもらう狙いがある。
 購入の目標期限は、ボーナス商戦を挟んだ7月まで。対象製品は限っておらず、地域販売店でも量販店でも購入できる。同社は4日に09年3月期の連結業績予想を下方修正し、純損益が3800億円の赤字に陥ると発表。通達はその後、出された。
 パナソニックは業績が落ち込んだ01~02年度にも自社製品の購入を強化したことがある。日頃は「バイ・パナソニック運動」として社員に自社製品の購入を啓発しているが、今回は通達というさらに強めた形式をとった。
 他の電機メーカーでは、富士通が1月、社員向けに携帯電話やパソコンの自社製品を買うよう呼びかけた。シャープは「日頃から自社製品を購入するようにしている」ため、目標は定めていない。三洋電機は経営が悪化した05年に役員から一般社員まで、200万~20万円の購入キャンペーンを実施したことがある。(大宮司聡)

 まあ、たいへんな状況だからこういうことを言い出す経営陣の気持ちはわからないでもないわな。だけど、「業績の足しにする」と正直に吐露するのはいいのだが、「管理職に危機意識を高めてもらう」などというキレイごとは、全然筋ちがいだと思う。

 管理職に危機意識を高めてもらうためには、むしろ「同じカテゴリーの製品で自社製品を買うのは一台までにしろ」と通達すべきだ。つまり、テレビを二台以上買うなら、二台めからは他社製品を買えと言うべきであろう。同じ会社の、ましてや自社製品ばかり使っていると、視野が狭くなり、顧客視点も失われてくる。他社の製品やサービスが自社のそれに比べていかに優れているか、あるいは劣っているかを身を以て知るには、自分自身がまず客になることである。

 自社の製品やサービスが好きで誇りを持って提供しているので、自分が買う場合も、誰に言われることもなく、すべて自社製品にしているという社員だって少なからずいるかもしれないし、一般社員ならそれでいいかもしれないが、管理職ともなれば、自社の製品が買いたくてしかたがないのだが、あえて意識的に他社の顧客になって他社の製品やサービスを体感してみるくらいのことをおのれに課す必要があるのではないか。だいたい管理職くらいになると、自社の文化にどっぷり浸かってしまい、自社が存外に世間に比べて優れている点や、異常なほどに世間常識からズレている点などが、だんだん見えなくなってくるものである。その危険をちゃんと認識し、みずからに他社の製品やサービスを広く知り、体験することを課している人は、やっぱりどっかちがう。

 手塚眞が幼少のみぎり、父親の会社が制作した番組の裏番組ばかり観ていたところ、母親に「お父さんの番組を観なさい」と叱られたそうなのだが、手塚治虫「子供には観たいものを観せなさい」と逆に妻を戒めたという。どんなに功なり名遂げても、常に若手を同じ土俵上のライバルとして対等に見ていた手塚治虫らしいエピソードだと思う。彼はおそらくそのとき、わが子を顧客視点の体現者として見ていたにちがいない。そして、自分の息子の関心をさらう裏番組の制作者に対して、クリエータとして敬意を払うと同時に、ギラギラどろどろとしたライバル心をかきたてていたのだろう。

 正直、パナソニックほどの顧客視点を大事にしてきた会社が、なりふりかまわずこのような“内向き視点”のことを言い出すほどに、経済はたいへんな状況になってきているのだなあと、なんだか気が滅入った。「彼を知らずして己を知れば、一勝一負す」などと孫子に言うが、おれはそれはおかしいと思う。勝率高すぎるやろ。彼を知らずして己を知るなどということは、そもそもできっこない。

 おれが経営者だったら、「こういうときこそ、他社製品を買え。社員一人ひとりが他社の製品やサービスを体験し、よいところは取り入れろ。悪いところがあれば、そここそが攻めどころだ」と、顧客から見ればもっともで頼もしくカッコいい通達を出してみたいものだ。で、業績の数字にちらと目をやり、小さな声で「……ま、一台めは自社製品にしなさい」と付け足すかもしれないが……。



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2009年2月11日 (水)

どこが手作りやねん

 毎年いまごろになると思うわけであるが、“手作りチョコ”などという言葉を聞くたびに、“自作パソコン”という言葉を連想する。

 おまえがカカオ豆挽いたんかー!? おまえがMPUの回路図引いたんかー!?

 どうも、“手作り”という言葉は、むかしに比べてヌルくなっていっているような気がする。昨今の“手作り”というのは、「そら、足では作らんやろ」という程度の意味になってしまっているのかもしれない。



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2009年2月 8日 (日)

明解きわまりないおじいちゃん

 ある娘がケータイで抱介じいちゃんに尋ねた――


 「ねえ、おじいちゃん、SFとふつうの小説のちがいってなに?」
 「宇宙に行くかどうか」
 「……もういい。ママに訊く」

 「――あ、ママ。SFとふつうの小説のちがいってなに?」
 「宇宙に行くかどうかよ」


 ……ってCMはどうですか、NTTドコモさん

 ま、「河童がいるかどうか」って答えは、この場合にも、当たらずといえども遠からずという気はするけどな。



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2009年2月 6日 (金)

格差社会を詠む

 また「○○と××くらいちがう」シリーズ。できるときには続けてできるな――

「銭ゲバとドルガバくらいちがう」

 音的にも意味的にも、耳で聞いただけでわかるので、日常会話で使える佳作かな。



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緊急紙幣¥-4・¥-10

 ――などというバカなフレーズがどこからともなく頭をよぎったわけだが、若い人にはさっぱりわからないと思う(知りたいというもの好きな人はここへ)。

高橋洋一 東洋大学教授 「危機打開へ政府紙幣発行も検討せよ」 (ダイヤモンド・オンライン)
http://diamond.jp/series/policywatch2009sp02/10004/

 政策提言集団、ポリシーウォッチによる緊急討論会「2009年の政治経済の行方」の模様を引き続き動画にてお伝えする。第4回は、元内閣参事官で、現在は東洋大学教授の高橋洋一氏。景気回復のためには、「量的緩和」「政府紙幣」「埋蔵金」の3つのプログラムが有効だと主張する。

「政府紙幣は円天、マリファナのようなもの」津島氏と伊吹氏が批判 (MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090205/stt0902052034006-n1.htm

 与党の一部から景気対策の一環として政府紙幣の発行を求める声が出ていることについて、自民党津島派の津島雄二会長は5日の派閥総会で「政府が『円天』をやるようなばかな話だ。政府が紙幣を印刷してばらまくなど究極の国債だ」と述べ、健康寝具販売会社「エル・アンド・ジー」(L&G)の詐欺事件になぞらえて批判した。伊吹派の伊吹文明会長も同日の派閥総会で「人間は疲れると酒で紛らわせ、もっとひどいとマリフアナを吸ってみることになる。政府紙幣はそれと同じだ」と一蹴(いっしゅう)した。

 「円天とどこがちがうのだ」と、最初に政府紙幣発行論を聞いたときにおれも思ったが、さらに突っ込むと、「それを言うなら、日銀券も円天とどこがちがうのだ」という根源的な話になってしまいそうだ。ジンバブエの状況なんかを見てると、一国の通貨というのは、ほんとに記号にすぎないんだなあとしみじみ思ってしまう。

 はてさて、政府紙幣発行という事態にいたった場合、それが凶と出るか吉と出るか、確固たる理論的根拠を示して説明できるほどおれは経済学に明るくないので、この構想がホントにいいのか悪いのかは、いまいちよくわからないというのが本音だ。ただ、インフレ、ハイパーインフレを招かないような歯止めをどこかに組み込んでおくとするなら、いよいよという未曾有(「みぞう」と読む)の危機的事態に至ったときに抜く伝家の宝刀として、政府は鼻で笑って一蹴せずに、ちゃんと検討はしておく必要はあるのではないかと思う。短期的なカンフル剤としての効果は、あるいは、あるやもしれぬではないか。

 今回の経済・金融危機、専門家たちですらあまりにもバラバラの見解を述べているが、彼らの知識・見識がむちゃくちゃであるからそうなっているというわけでもなさそうだ。おれのような素人には、それぞれに説得力があるように聞こえる。つまるところ、彼ら専門家の意見がバラバラになるのは、「現状がどのくらい深刻であるのか」という認識の差と、「どのくらいのスパンで復興(いや、ホント、災害だよ、これは)を考えているのか」という二点のズレによるものであるようにおれには聞こえる(まあ、ほんとうに“スカタン”を言っている人だって中にはいるかもしれんけど)。現状認識を揃え、同じ復興ロードマップで議論すれば、一見まったく反対のことを言っている識者も、ベースでは同じようなことを考えているなんてこともありそうに思うのだ。

 五十年、百年先の国家を憂う視点もわからなくはないが、さしあたり、“人命救助”を最優先に、大きな副作用も織り込んだうえで、専門家たちには、共通の危機感と共通の復興期間を想定して徹底的に議論してもらいたい。まあ、それを想定するのが難しいんでしょうけどねえ……。それでも、「今月は首をくくらずにすんだ。来月はどうかわからない」「今日は屋根のあるところで寝られた。明日はどうかわからない」という人たちは、どういう政策が取られるにせよ、何か月も検討だけし続けてもらっても困るのだ。

 百年に一度と言われるような事態なら、少々あとで「まちがっていた」と言われるような action に出ても、それはしかたがないよ。誰にも正解はわからないのだ。むしろ、「あいつらは、あのときいったいなにをしていたのだ?」と後の世で非難されるのは inaction のほうだろう。

 いやしかし……『日本沈没』のそのときには、「なにもしないほうがいい」という考えかたも、たしかにないではない。



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2009年2月 5日 (木)

♪転売は、六千倍の、胸騒ぎ~ (♪六千倍、六千倍)

 たとえば、地方のさびれた駅前にある駄菓子屋と見まがうような店構えの小さな古本屋の百円ワゴンから買った老舎『猫城記』(サンリオSF文庫)の美本が、どこかのSFコンベンションとかで六十万円で売れるもんなら、おれも売ってみたいよ。

 いま、『猫城記』の世間相場は一万円そこそこみたいだけどな(それでも、あんな薄い文庫本が一万円とはすごい)。おれがもともと持ってるやつを売る気は毛頭ないが(よっぽど食うに困ったら売るかもしれん。話自体は全然面白くなかったもんだから、ほとんど憶えていない)、あまりものをよく知らない古本屋の百円ワゴンにほんとうに『猫城記』を見つけたとしたら、狂喜して百円で買って、もののよくわかった古本屋にすぐに一万円で転売するね、おれなら。美本なら、それくらいで買ってくれそうだ。そもそも、サンリオSF文庫の老舎を百円で売ってるほうが古本屋としてどうかしているんだが、万一、そんなのに遭遇したら、これはおいしいよなあ。どこかにそういう古本屋ないかなあ。

 えーと、なんの話だっけ?



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2009年2月 4日 (水)

マイトはずるいという子供心

 あっ。なんということだ。この歳になって気づいた。

 子供のころ、おれは『スーパースリー』が大好きだった。だが、なにか釈然としないものを感じていたのだ。おれはマイトがいちばん好きだったが、なんだか「ずるい」と感じていたのだった。

 なぜ「ずるい」と感じたのか、大人の目で見ればなんのことはない。マイトだけが質量保存則を破っているのがあきらかだったからだ。そんな概念を習うのは夢中で『スーパースリー』を観ていた何年もあとのことだが、子供心にやっぱり“ずるい”ものを感じていたんだなあ。つまり、四歳や五歳の人生経験でも、日々の暮らしの中から、ものの“かさ”と“重さ”が、外からなにも足さないのにいっぺんに増えるのはヘンだくらいの感覚は身につけていたということなのだろう。

 むかしの子供は、しょっちゅうものを投げたり回したり飛ばしたり叩きつけたりといった遊びをしていたから、四、五歳でも、誰に教わらなくとも、“な~んとなく、ものというのはこういうふうにふるまうものだ”という感覚をひとりでに身につけられたのだろうが、それを思うと、ちょっといまの子供が心配にはなってくるな。おれはリアルをヴァーチャルの上に置くような考えはけっして取らないが、やっぱり子供のころには、手で触れられる“もの”と、重力と、遠心力と、その他もろもろの“生身で感じられる自然界の力”と、戯れてほしいものだなあと感じる今日このごろである。



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♪七つの海の底深く 科学の夢がのびてゆく

グーグル、3D海洋探査ができる地図サービス「Google Ocean」を開発中 (毎日.jp)
http://mainichi.jp/life/electronics/cnet/archive/2008/05/01/20372453.html

 「Google Earth」と「Google Sky」の次にやってくるのは、海面下の世界を表示する地図サービス「Google Ocean」となりそうである。
 Googleは、海洋学の専門家から成るアドバイザリーグループを組織し、2007年12月には、世界中の専門機関からの研究者を、カリフォルニア州マウンテンビューの本社に呼び集めた。そこで、3Dの海洋学的な地図作成計画が話し合われたことを、この件に詳しい情報筋は明らかにしている。
 この新ツールは、現在のところGoogle Oceanと呼ばれており、今後は名称の変更もあり得るが、他の3Dのオンラインマッピングアプリケーションに類似したサービスになると、この情報筋は伝えている。(Google Oceanによって)水深測量とも呼ばれる水中の地形の閲覧、特定のスポットおよび魅力的なポイントの探索、ズームやパノラマ表示によるデジタル環境ナビゲーションなどが可能になるだろう(しかしながら、この新ツールを、フランスのMagic Instinct Softwareが、海洋データのビジュアライゼーションにGoogle Earthを活用して進めている”Google Ocean”プロジェクトと混同することがないようにしてほしい)。

「タマネギをむくように街の変化を表示」Google Earth最新版 (INTERNET Watch)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/02/03/22312.html

 続いて紹介したのは、海中を探索できる「Ocean機能」。バーチ氏は、海洋科学者のシルビア・アール氏に「現状のGoogle Earthは、地球と言ってはいるが、『Google 土』にとどまっている。地球の表面の3分の2は海なのに、Google Earthには海の情報が何もない」と指摘されたエピソードを紹介。「これまで地形を表示できたが、3分の1をカバーしているに過ぎなかった。Googleも海のことはよく知らなかった」と思い知らされたことが、開発のきっかけになったことを明かした。
 今回、海底の地形や海面を表現できるようにしたほか、「ナショナルジオグラフィック」の写真や解説、クイズなど海に関するコンテンツも用意した。なお、ナショナルジオグラフィックについては日本語コンテンツも用意しているが、多くは英語のままだという。ただし、テキスト情報だけでなく、BBCのコンテンツではYouTubeに掲載している動画も参照できるようになっており、英語がわからなくても海中の様子などを楽しめるとしている。

 「ををを、すげーな、今度公開された Google Ocean。おっ、マリアナ海溝の底になにか見えるぞ……。表札だ! ちゃんと“冬樹”と読めるな。あっ、こっちにはホテルに入ろうとするカップルが――」
 「プライバシーの侵害だ」

 いやしかし、楽しいこと考えるねえ。ぜひ実現してほしいな。Google の財力なら、その気になれば、原子力潜水艦だろうが深海探査艇だろうが自前で持てそうだから、光学的な写真でなくとも、音響的な世界海底地図くらいなら作れちゃいそうだけどなあ。

 その次は、地中かな? Google Earth って名前はもう使っちゃってるから、将来、そういうサービスをはじめるときは、Google Pellucidar ってのはどうだ? 家に居ながらにして地底旅行(?)ができるのはいつの日か。

 いやいや、地球ばかりが対象ではつまらない。Google Earth の要領で人体内を旅することができる Google Fantastic Voyage ってのもいいぞ。白血球に襲われそうになったところでマウスのスクロールボタンを思いきり回して“引いて”ゆくと、ミクロの世界からものすごいスピードで視野が広がり、たちまち宇宙空間から地球を見ている映像になる……なーんてのは、じつに気持ちがいいだろうな。



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2009年2月 3日 (火)

“値頃感”の挑戦

しょうゆなどサイズ小さめに 適量・割安で販売増狙う (asahi.com)
http://www.asahi.com/shopping/news/TKY200902010102.html

 しょうゆやドレッシングなどの分野で、従来より容量の少ない製品を発売する動きが食品メーカーに広がっている。少子高齢化などを背景に家族の人数が減り、賞味期限内に使い切れない例が増えていることに対応する。量を減らして価格を抑え、買い物客に値頃感をアピールする狙いもあるようだ。
 キッコーマンは17日から、「特選丸大豆しょうゆ」の750ミリリットルサイズを発売する。これまでの売れ筋は1リットルだったが、1世帯あたりの月平均のしょうゆの購入量は90年の985ミリリットルから07年は662ミリリットルまで減少。昨年春の値上げも影響し、1リットルの売れ行きは微減傾向が続いていた。
 希望小売価格(税抜き)は1リットルが479円なのに対し、750ミリリットルは380円。「適量で、価格が安い。販売増につながれば」(広報)と期待する。
 キユーピーも13日出荷分から順次、ドレッシング11品目を200ミリリットルから170ミリリットルに減量する。こちらも狙いは同じで、減量は58年に発売して以来、初めてという。日清オイリオグループも3月2日から、1千グラムしかなかった「日清ベジフルーツオイル」の600グラムサイズを出す。(本田靖明)

 うう~む。これはどうなのかなあ? まるで、先日のエントリー「百億のシャンプーと千億の塩」に合わせたような話だが、メーカーの思惑は図に当たるのかどうか……。要するに、おれ風に言えば“公転周期が短くなる”わけだよな。

 「適量で、価格が安い。販売増につながれば」などと広報の人は言っているそうだが、言ってる本人だって奇妙だとは気づいているにちがいない。あくまで「値頃感」だからね。どうも、おれの感覚では、“どのみちしょっちゅう使うもので、ある程度日持ちするものであれば、でかい容器でまとめて買うほうが安上がり”だとしか思えないんだけどね。たいていの主婦(主夫)はそういう感覚を持っていると思う。

 「1リットルが479円なのに対し、750ミリリットルは380円」なのだったら、3リットルだったら前者は1,437円、後者は1,520円である。“適量に見える”という心理的効果が、83円のバリアを打ち破って合理性に勝利するかどうか、これは見ものだなあ。おれなら1リットルのほうを買いますけどね。メーカーがどんな大きさの容器で売ろうが、おれの側の醤油消費量は、べつにそう大きく変動したりするわけでもないのだからねえ。



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2009年2月 2日 (月)

お買い上げ御礼(2009年1月)

■2009年1月

【最も値段の高いもの】

 まあ、これはアレでしょうな、『マクロスF』にいたく感銘を受けた人が、歴史をお勉強せねばとお求めになったのでありましょう。しかも、Blu-ray だし。

【最も値段の安いもの】

 あくまで商品名が面白いというだけで、洒落でネタにしたのだが、ほんとうに買った人がいたのには、ちょっと驚き。乗りもの酔いしやすい人なのか、パーティーグッズ的なノリで買ってみたのか、はたまた、ほんとうになにか切実なニーズがあるのかはよくわからないが、インパクトのある商品名の力だなあ。

【最も多く売れたもの】

 これはもう、圧倒的。インディーズとしては異例の売れかただし、おれも個人的に激賞してますから。結局おれも、iTunes Store で衝動買いしたにもかかわらず、どうしても盤が欲しくなって、CDも買っちゃいましたよ。『ハイファイ新書』も『シフォン主義』もね。アホですな。

 まあ、こういう才能豊かなやつらが好き勝手に活動できる一助になるのであれば、三千円や四千円、喜んでカンパしようという心持ちだ。みなさんも、ほんとうに好きなバンドやら作家やらの作品は、いじましくいろんな手段でタダで手に入れようとせず(それも容易な世の中ではある、たしかに)、「おれが買い支えてやろう」くらいの気概を持ってサポートしていただきたい。政治家だって同じだぜ。選挙にも行かないやつは、政治が悪い、世間が悪いと、ぐだぐだ甘ったれた文句を言うな。つまるところ、あなたの“清き一票”とやらも、好きなアーティストへのカンパのようなものだ。

 いやしかし、近年、こんなにハマったアルバムも珍しい。捨て曲なし。全曲ヘヴィーローテーションの日々をあいかわらず過ごしている。♪わたしもうやめた~ 世界制服やめた~

【最もケッタイなもの(主観)】

 あはは、こんな本が出てたんだ。なんか面白そうだ。おれたちの若いころにも“口裂け女”やら“トイレの花子”さんやらはあったが、二十一世紀のいまになっても、あいかわらずその手のものはあるのだろう。どんなハイテク時代になったって、その時代時代で、この手の“現代妖怪”は現れるものなんでありましょうなあ。

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2009年2月 1日 (日)

今月の言葉

愛染列島

 1938年1月。上原謙田中絹代が働く病院に、ひとりの急患が運び込まれてきた。高熱、痙攣、吐血、全身感染とも言える多臓器不全……それは人類がいまだかつて遭遇したことのない感染症状であった~!

 ♪花も嵐も~ 踏み越えて~



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