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2008年10月30日 (木)

円い“バビロニア・ウェーブ”

 西暦二XXX年、人類は、自然界のすべての力を統一記述し、自在に操れるようになっていた。ニ〇世紀のSFを読むのが好きな、とある暇な大金持ちが、ある日、風呂の中で『バビロニア・ウェーブ』という本を読んでいて、妙なことを思いつき、さっそく金に糸目をつけずに試してみることにした。

 大金持ちは、いまや空間の曲率を自在に制御できるようになった空間工学を駆使して、まあせいぜい銀河系程度の大きさしかない小ぶりの空間回路を建造した。回路といっても、じつに単純なもので、一点から発射された光が“直進”しているうちに正確に元の発射点に戻ってくるというだけのものである。光自身は常に最短距離を直進している“つもり”なのだが、空間のほうが大きな円を描いて曲がっているので、元の場所に戻ってきてしまうのだ。

 そこでその暇な大金持ちは、酔狂な思いつきを試してみた。その閉じた空間回路の一点から、大出力のレーザーを照射した。レーザーは直進し、時間 t 後に、光源に戻ってきた。レーザーは光源をすり抜け、二周めの周回に入る。そういう性質の光源なのだ。なにしろニXXX年だ、それくらいのことは簡単にできる。光源からはずっとレーザーが照射され続けている。

 これで、レーザーは閉じた空間の中を永遠にぐるぐると回り続ける。投入したエネルギーをレーザーの形で閉じた空間内に蓄えられる、電池ならぬ“光池”の完成だ。必要なときに、光池からちょっとずつエネルギーを取り出して使えばよい。

 しかし、大金持ちは設計段階でちょっとしたいたずらを仕掛けていた。これこそ、風呂の中で思いついたことなのだ。

 大金持ちは、レーザーが空間回路を一周して元の点に達するとき、ちょうど位相がπぶんだけズレる距離に円周を設定していたのだ。ということは、二周めに入るレーザーは、いま光源から放たれた一周めのレーザーと打ち消し合い、波動として観測されないことになる。そして、三周めに入ったレーザーは、いま一周めを回っているレーザーとは強めあい、二周めを回っているレーザーとは打ち消し合うはずであるから、結局、最初に放たれたレーザーと同じ姿になるはずだ。あとは、これの繰り返し……、つまり、この空間回路では、光源からはずっとレーザーが照射され続けているにもかかわらず、時間 t ごとにレーザーが点滅するように観測されるはずである。しかし、だとすると、ずっと照射し続けているレーザーのエネルギーはどこへ行ってしまうのか? この“光池”には、どれだけレーザーのエネルギーを投入しようとも、常に回路一周ぶんのレーザーのエネルギーしか蓄えることができないのか?

 さて、そもそも、ほんとうにこんなことが起こるのだろうか? 起こらないとすれば、なにがどうまちがっているのだろう?

 いやじつは、おれにもさっぱりわからないのである。



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コメント

うーん。
半日考えましたがさっぱりわかりません。
外部のノイズを消すヘッドホンの宇宙版みたいに考えればいいのかなあ。
光を曲げたり位相をずらしたりするのに、この宇宙がつぎ込む以上のエネルギーがどこかで費やされている。
あちら側の宇宙とか超宇宙とかを含めてエネルギー保存則が成立するのかなあ……
そもそもなんで「光のドーナツ」を作らないかんのか。
で、想像するに、「虚無回廊」のSSは、こんなもんなんじゃないすか?
『虚無回廊Ⅲ』(ハルキ文庫)の瀬名さんの解説(力作!)を読んでいて……しかし、SSは、「愛」とかいうよりも、宇宙害虫を集める誘蛾灯か、あるいは超宇宙の大金持ちが風呂で屁をこいたらたまたま円環状の泡が浮かび上がって、お、おもろいやんけ、一次元下の宇宙にこれ作ったろと思ったイタズラ……いや、そこまでの思考もなく、単に超宇宙の麻生太郎がこいた風呂の屁なのかなあ……などと、わが思考はまとまらないままであります。

投稿: 堀 晃 | 2008年10月30日 (木) 21時50分

> レーザーは光源をすり抜け、二周めの周回に入る。

ここが鍵のような。光と相互作用しなければ、そもそもレーザー発振できないような。

こういう系は小規模なものはよく作られています。所謂「共振器」というものです。上記のような状態は「反共振状態」となり、系の中にパワーを入れることができなくなると思います。

つまり、損失がない理想的な状態だと、光源が太陽電池になってしまい、入力と出力のバランスがとれてしまうのではないでしょうか?

専門家のフォーロー期待。

投稿: 小林泰三 | 2008年10月30日 (木) 21時59分

>堀晃さん

 わわわ、オリジナル『バビロニア・ウェーブ』の著者に、いの一番にコメントいただけるとは、光栄であります。古典的名作をいじり倒してすみません。

>外部のノイズを消すヘッドホンの宇宙版みたいに考えればいいのかなあ

 私もそういうイメージで着想しました。


>小林泰三さん
>ここが鍵のような。光と相互作用しなければ、そもそもレーザー発振できないような。

 ですよねえ。そこんとこは、未来の超技術ということにしてテキトーに書いたんですが、せっかくだから、少なくとも魔法は使っちゃいけませんね。

 では、こうしてはどうでしょう。粒子加速器みたいに、この空間回路の円の接線に沿ってレーザーを打ち込む。接線と円の接点をPとしましょう。で、Pを“光源”と考えて、あとは同じ。これなら、ふつうのレーザー発振装置があればいいでしょう。

>こういう系は小規模なものはよく作られています。所謂「共振器」というものです。上記のような状態は「反共振状態」となり、系の中にパワーを入れることができなくなると思います。

 なるほど。では、入れることができなかったパワーは、どこへどんなふうに行ってしまうのでしょう?

 そう言われて思いついたのですが、点Pでπぶん位相がズレるように仮にできたとしても、ひょっとすると、自然は安定な状態を求めて、円周がちょうど波長の整数倍になるように、レーザーの波長を伸ばすか縮めるかしてしまうような気がな~んとなくします。弦楽器の倍音みたいな感じで。あら、なんか、ド・ブロイっぽいアナロジーかも。

 いろんなイメージは浮かぶのですけれども、しょせんはイメージですから、空想の域を出ません。ビシっと理屈の通った明解な解説が聞きたいなあ。でも、理屈で説明されたらされたで、私には理解できないかもしれませんが(^_^;)。

投稿: 冬樹蛉 | 2008年10月31日 (金) 02時52分

> では、入れることができなかったパワーは、どこへどんなふうに行ってしまうのでしょう?

入れることができないのです。つまり、入り口から戻ってくるように見えます。

投稿: 小林泰三 | 2008年11月16日 (日) 22時33分

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