「あなたとはちがうんです」って、どう英訳します?
今年の流行語大賞候補に早くも挙がっている、福田首相の「あなたとはちがうんです」であるが、これ、どう英訳されているのか、ちょっと興味が湧いて、ニュースサイトやブログを調べてみた。いくつか、例を挙げよう。
I can see myself objectively, as opposed to you. (telegraph.co.uk)
I can see myself through an objective perspective. I am different from you. (Asia Times Online)
I am able to view myself objectively and that is my strength. (Business Week)
I am able to look at myself in an objective manner. I am different from you in that respect. (Asian Gazette)
I can see myself objectively. I'm not like you. (Reuters > Yahoo! News)
面白いのは、アジア系の媒体では、福田首相の「ちがう」という言葉を、different と訳しがちなことである。欧米的な indivisualism が無意識にでもベースにあると、AさんとBさんとが different であるのはあたりまえのことであって、different では「おれはおまえより上等な人間なのだ」という倣岸なニュアンスが出ない。しかし、英語を外国語として学習したアジア人が読むと、たしかに福田さんの言いたいことは different でわからんでもない。おれはアジアのほかの国の言葉をよく知らないが、他と“異なる”ということに、個別には積極的な価値を見い出さないとか、そこに階層的な差異を見い出してしまうとかいったものの感じかたがベースにあるあたり、同じアジア人だなあと思う。アジア人にとっては、同一階層にある者同士が different であることは悪いことであり、different であることを誇示してもよい対象は異なる階層(とくに下の階層)にある者なのだろうな。
その点、欧米系の媒体では、さすがに different という言葉は使っていない(まあ、時間かけて調べれば使ってるところもあるやもしれんけどな)。日本語を外国語として学習した英語ネイティブには、福田さんの言わんとするところを英語で表現するには、different ではないよなあという思いが働くのだろう。“I'm not like you”というのは、じつにうまい。そうだよね、これが福田さんの言う「あなたとはちがうんです」のニュアンスを最も正確に伝えているだろう。やはり、あたりまえかもしれんが、英語としていちばんこなれているのはロイターだろうと思うね。日本語と日本文化について深い知識と理解があるからこそ、このようなキレのよい訳ができるのだ。
Business Week の“and that is my strength”ってのも力作だと思うが、これは文字で読むと、福田さんがこの言葉に乗せた厭味なニュアンスがうまく伝わらない。音声通訳だったら“my”を強調して読むことで正確なニュアンスを伝えることができるだろうし、そうするのなら、これが最高傑作じゃないかな。文字にするなら、“and that is MY strength”と、大文字にするくらいの工夫は欲しいな。
中学校や高校の英語の先生に於かれては、福田さんのこの「あなたとはちがうんです」を生徒に英訳させてみて、言語と文化について考えさせてみるなんて授業を試みてご覧になるのはいかがだろう?
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コメント
さっき、近日公開の映画「ウォンテッド」の予告編を診ていたら、冒頭、男性のナレーションが「僕は平凡な人間だった(字幕)」と語るのですが、きこえてくる英語は "I'm just like you."でした。
このエントリを見ていたおかげで、そこだけヒアリングできました(笑)。
投稿: 飛浩隆 | 2008年9月 9日 (火) 13時28分
>飛浩隆さん
ああ、その「僕は平凡な人間だった」ってのもうまいですねえ。
I'm not like you. というのは、その直前までの文脈があるから、福田さんの厭味なニュアンスが乗るんですが、文脈なしでそれだけ言われるとしたら、どっちかというと「私はあなたみたいに恵まれた人間じゃない」といったふうに響くと思います。
こずえ「そんなことでくじけてちゃダメよ。あなたならできるわ!」
みどり「ダメよ、わたしはあなたとはちがうのよ」
……みたいな文脈でのほうが、頻度は高いような気がしますね。
ギャラリー「高校生のくせに、なんて髪型なの。どうして試合中も乱れないの」
お蝶夫人「わたしはあなたがたとはちがうのよ」
ひろみ「さすがだわ。わたしなんかとはちがうわ」
投稿: 冬樹蛉 | 2008年9月10日 (水) 02時23分
飯食いながら、たまたまテレビでやってた『スパイダーマン』を観てたら、このエントリーの関連ネタで最高のダイアログが耳に飛び込んできた。グリーンゴブリンがスパイダーマンを痺れさせて拉致し、手を組まないかと迫るシーン――
Green Goblin: You're an amazing creature, Spider-Man. You and I are not so different. (おまえはたいしたやつだ、スパイダーマン。おまえとおれとは、そうちがっているわけでもない)
Spider-Man: I'm not like you. You're a murderer. (おれはおまえとはちがう。おまえは人殺しだ)
おれがもし英語の先生だったら、ここんとこ絶対使うね。日本語だと両方とも「ちがう」になってしまうこの英語のココロ、中学生に教えたいなあ。
投稿: 冬樹蛉 | 2008年9月26日 (金) 22時41分
久しぶりに来ちゃいました。
私がミクシイのリンクをクリックする前に頭の中にあったのは、やっぱりI'm not like you でした。それ以外に思いつかなかった。まあ、文脈を知らなかったわけですが、ビデオ見て、あー、differentは絶対ヘン、と思いましたね。完全に誤訳です。
最近は私がアジア的表現をすると、すかさず息子に指摘されるので、随分鍛えられてますからぁー なんてね('-'*)エヘ
でも、中国人は間違えないのに、日本人は間違えるのってけっこうあるんですよ。
たとえば、
「どうか許してください。もうしません」
これ、間違っていますよね。
でも学校ではこう習ったような気がします。許す、を漢字の意味から英訳すると、allow とか、permitとかになります。「許可してください、もうしません」じゃ、意味が通らない。ここは「赦す」を使うべき。
漢字では「書く、欠く、掻く、描く」などと表現しても、読みは「かく」。よく見ると、この4つはなーんとなく似てる。つまり、日本語ではぜんぶ「かく」と言っていた動作を、中国人は区別していたわけですね。「あつい」も、かろやかでさわやかな感じとは対照的な状態、と思えば、「暑い、熱い、厚い、篤い」はどれも似たようなもの。
ところで、ここってココログだったんですね。
投稿: 猫まんな | 2012年4月25日 (水) 15時11分