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2008年6月の28件の記事

2008年6月30日 (月)

“下痢小説”なんてジャンルがあったのか……

 《ヘンな検索語》シリーズなんだけど、こ、これはたしかにヘンだ――

「女子高生下痢小説」

 いやね、これが「女子高生 下痢 小説」というのなら、まだわからんでもないよ。たぶん、『ミッションスクール』田中哲弥)のタイトルを忘れた人が、「ええと、なんだっけな、女子高生が下痢のための一刻も早く排便したいのですとか言うケッタイな書き出しの小説だったんだけどな」と悩んだ末に検索してみたのだろうと、おれも納得するわけだ。

 だけど、これはちがう。複合検索ではない。堂々と単独の検索語として「女子高生下痢小説」と検索しているのである。どこの世界に“女子高生下痢小説”などというジャンルがあるものか。そんなものを書きそうなのは、田中哲弥くらいのものである。とてもひとつのジャンルを形成し得るとは思えない。

 単に“下痢小説”だとしても、やはりジャンルになるほど作品数があるかどうかは疑問である。“下痢小説”と言われて思い浮かぶのは、筒井康隆「おれは裸だ」くらいかなあ。あなた、ほかになにか思い浮かびますか?

 かくなるうえは、出版社の方、いっそ下痢小説アンソロジーを企画してみてはいかがだろう? 下痢というのは、たしかに日常生活の中で最も存在の不条理を感じる事態である。ひょっとしておれはいま取的に追いかけられているのではなかろうかと思いながら、駅のトイレに駆け込んだ経験のある方は少なくないだろう。たかが腹具合が悪いというだけのことで、人間というものはそれで頭がいっぱいになってしまうのだ。なんともバカバカしく、そして、いとおしいではないか。案外ウケるかもしれないぞ、下痢小説アンソロジー。



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2008年6月28日 (土)

なんととっぴな平城京

「せんとくん」敗れる 京都・山科駅前で288人に聞く (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0626/NGY200806260005.html

 「せんとくん」は有名だが、好感度は「まんとくん」に軍配――。平城遷都1300年祭のキャラクターについて、そんなアンケート結果が出た。ただ、「せんとくん」は高齢者の間では健闘した。「なーむくん」も含め、乱立ぎみのキャラだが、調査した京都橘大学の木下達文准教授は「せんとくんの知名度を生かし、ダブル、トリプルキャストでやってはどうか」としている。

 せんとくんまんとくんなーむくんに続いて、けんとくんというのはどうだろう? まんとくんにもなれる。



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産地はどこか、前へ回ってウナギに訊いてくれ

ウナギ偽装の魚秀社長「神港魚類と計画」 (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0628/OSK200806280057.html

 ウナギ輸入販売会社「魚秀(うおひで)」(大阪市)と水産物卸売会社「神港魚類」(神戸市)が中国産のウナギのかば焼きを「三河一色産」と偽装して販売していた問題で、魚秀の中谷彰宏社長が朝日新聞の取材に対し、「魚秀の福岡営業所長と神港魚類の担当課長が1月下旬ごろに偽装を計画した」と話した。中谷社長は営業所長から相談を受け、「ウナギの在庫を何とかしたい」と思って偽装を承認したという。
 中谷社長によると、神港魚類との商談窓口になっている福岡営業所長が、神港魚類の担当課長との雑談の中で「中国産ウナギの在庫がふくらみ困っている」と話したところ、互いの利益が一致し、偽装の計画が持ち上がった。その際、一色産なら有名だから売れるのではないかと、偽装ブランドの内容も決めたという。

(中略)

 問題発覚後の神港魚類の会見では、担当課長が中谷社長から呼び出され、1千万円入りの中国産のお茶の袋を渡されたと証言。当時、市場関係者から「ウナギの産地がおかしい」と指摘されており、担当課長は「産地偽装の口止め料」と認識していたという。これに対し、中谷社長は「偽装したウナギを売ってもらうためのリベート」と話しており、両者の認識は食い違っている。

 『担当課長は「産地偽装の口止め料」と認識していたという。これに対し、中谷社長は「偽装したウナギを売ってもらうためのリベート」と話しており、両者の認識は食い違っている』って、ええい、目くそ鼻くそじゃ。お互い、自分の都合のいいようになんとでも呼べ。

 しかし、すげえなあ。「越後屋、お主もワルよのお」「いえいえ、お代官様にはかないませぬ」みたいな定型のやりとりが聞こえてきそうだ。いや、少なくとも、悪代官と越後屋には相互に犯意の認識があるわけであって、まだしもすがすがしい(?)。今回のようにワル同士がなすり合いをしているのは、なんとも見苦しいなあ。

 もし、《必殺》シリーズをいまも作ってたら、絶対、偽装ネタで一本やっただろうねえ。「主水、偽装鰻を食う」とかなんとか。

 それにしても、「ウナギ偽装」とか言われると、「イヌの肉を混ぜてたりして……」などと反射的に考えてしまうおれもわれながらいかがなものかとは思うが……。それを“珍味ウナギイヌ”として売るのならなんの問題もないが(買う人がいるかどうかはともかく)、純ウナギだとか純イヌだとか偽って売っちゃいかんというだけの話だよなあ。

 「ウナギの在庫を何とかしたい」と思っていたんなら、丸明の冷凍庫に預けておけばよかったのに。とっても長いあいだ保管(保存ではない)してくれるぞ。



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2008年6月26日 (木)

悪人なおもて説明される、いわんや善人をや

 とんでもない善人・Aさんが、それはそれは怖ろしいばかりの無差別善行事件を起こし、人々を不安にするとしよう。なぜ人々が不安になるかというと、Aさんに比べれば、自分は卑しく、みみちく、欲深く、穢れにまみれた極悪非道の人非人のように、誰もが思えてしまうからなのだ。

 マスコミには連日連夜さまざまな識者が登場し、Aさんのような常軌を逸した善人を生んでしまった社会の病理を説明しようとする。それらにつきあっていると、なにやら、Aさんが善人であるのはAさんがふつうの人よりえらいからでもなんでもなく、Aさんの高潔な精神を形作った社会的要因の為せる業であると、みなが納得したがっているかのように聞こえてくるのだった。要するに、みな、「ああ、こんなことどもが重なったのであれば、Aさんが善人になったのも無理はない。Aさんはたまたま環境の犠牲で善人になってしまったにすぎないふつうの人なのだ」と思いたいわけである。

 Aさんの凶善行の数日前に、善行心理学者がAさんのプロフィールをぴたりと言い当てた記事を書いていたことなどがクローズアップされると、「ほうら、やっぱりAさん自身が偉いわけじゃない」といった妙な論調がエスカレートし、Aさんは“たまたま善人になるべき運命を背負わされただけのふつうの人”に引きずり下ろされる。

 テレビを観ながら「Aさんはえらいなあ」と感心してひとことつぶやき、テレビを消して自分の日常に戻る――といったごくありふれた反応に、存外に強かな健全性を覚えてしまう今日このごろなのだったのだった……。

 ――なーんてひねくれたことを考えてしまうのは、例の秋葉原連続殺傷事件をきっかけに、おれを以前からずっと悩ませている例のダブルスタンダードが、またもや頭をもたげてきたからである。「加藤智大はただの悪人です。以上」じゃ、いかんのかい?

 いや、マジな話、「マザー・テレサはえらいなあ」で終わらせずに、「マザー・テレサは“なぜ”あんなにも善人だったのか」を徹底討論するワイドショーとか報道番組とかを観てみたい気がするのよ。そういう討論は、つまるところ、必然的に“マザー・テレサはいかに偉くなかったか”を説明しようとする事象や分析や意見で溢れかえることにならなければならないはずだ。なんだかなあ。



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2008年6月25日 (水)

旅の恥は書き捨て?

イタリアの大聖堂に落書き 岐阜の短大生、名前や校名 (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0625/TKY200806240365.html

 岐阜市立女子短大の学生6人が、世界遺産登録されているイタリア・フィレンツェ歴史地区のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に落書きをしたとして、大学から厳重注意処分を受けた。見晴らし台にある大理石の壁に、黒油性ペンで全員の名前と日付、ハートマーク、大学の略称「岐女短」と書き添えていたことで発覚した。
 大学側が24日、発表した。6人は2月、学生36人でイタリアに研修旅行をした際に大聖堂を訪問。3月に現地を訪れた日本人からA4判ほどの広さに書かれた落書きを撮った写真が大学側に届いた。
 大学側によると、大聖堂には各国の言葉で多くの落書きがあり、6人は「高揚してしまった」と反省しているという。大聖堂側に英語で書いた謝罪文を送って許しを請い、大学も謝罪したところ、「修復の費用負担は不要」との返事があったという。

 「修復の費用負担は不要」というのは、たぶん「バカにはこれ以上できるだけ関わりあいになりたくない」という意味のイタリア語なのだろう。

 それにしても、自分らの名前と大学名までご丁寧に書くという、あまりにぶっとんだ悪気のなさが、かえってしみじみと不気味である。「イタリアに研修旅行」とあるが、いったい行く前になにを教えておるのやら。

 慈悲深い大聖堂さん側が呆れかえってくれるだけだったからまだよかったものの、あんたら、落書きする場所と内容をちょっとまちがえたら、サルマン・ラシュディ並みの目に会わんともかぎらんぞ。

 この時代、本で読み、ビデオで観りゃすむところを、わざわざ現地まで行くという研修の意味はだな、つまるところ、端的に、ひとことで言えば、「外国は日本とはちがうのだ」ということを学びにゆくわけだろう? いやまあ、日本でだってこんなことはやっちゃいかんのは当然だが、なにも高い旅費を払って、海外にまで恥をさらしに行かんでよろしい。「岐女短」てあのなあ……。そういうときは、せめて“Gijotan was here.”とでも書くくらいのユーモアがないか。いや、もちろんそれだって書いちゃいかんぞ。ちゃんと言っとかんと、洒落というものがわからんやつがおるからな。

 大学もえらい迷惑やな。まあ、どこかの精肉会社の社長みたいに、「大学は知らん。学生が勝手にやった」などと言わず、ちゃんと大学からも謝罪するのは、あたりまえのこととはいえ、このご時世、珍しくまともな尻拭いだとは思う。欲を言えば、その六人を大学の費用でもう一度大聖堂に行かせ、修道衣に身を包み雪の中で(雪が降るまで待て!)幾晩も立ち尽くして許しを請わせるくらいのことをすれば、いろいろな意味で教育にもなっていいと思う。



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2008年6月24日 (火)

「水と空気だけで発電し続けます」はないだろう

日経BPが永久機関の話にだまされちゃ困るだろう (Life is beautiful)
http://satoshi.blogs.com/life/2008/06/bp.html

 日経エレクトロニクスの愛読者として日経BPにはいろいろとお世話になっている私だが、今回のは完全なミスなので日経BPのためにも指摘しておきたい。こんな詐欺のような話は頭から無視すべきなのは明々白々。こんなくだらない話を記事にした記者には厳重注意を与えるべき。日経BPとしてこれ以上の権威失墜を避けるためにも、ここから先の報道は控えた方が良いだろう。できることならば、「なぜこの手の永久機関が不可能なのか」を丁寧に解説して、不幸にも誤解してしまった読者を救済すべき。

 これはじつにもっともな指摘である。アントニオ猪木ならともかく、天下の日経BPがこういう胡散臭い発表の片棒を担ぐかのような報道をするのはまずい。永久機関ではないと言っているにせよ(あたりまえだ、言っていたらそれこそトンデモだ)、中島聡氏の指摘するように、この会社も日経BPも、非常にミスリーディングなもの言いをしている。犯意があると疑われてもしかたのない発表のしかただ。

 おれとしては、“ニセ科学”の匂いがしたもんで、SFファン的野次馬根性で上記の中島氏の指摘や当該記事を興味深く眺めたのだけれども、どうもこれは“ニセ科学”というよりは、単なる“誇大広告”のようだ。それに日経BPが不注意にも乗せられてしまったということだろう。日経BPは善意の第三者(?)といった好意的な解釈もできようが、一企業の発表を内容も吟味せずウラも取らずにそのまま記事にしてしまうというあたりが、日経BPというブランドを背負っている記者としてはあまりに不注意だ。『探偵!ナイトスクープ』だって、それくらいのことはするぞ。『探偵!ナイトスクープ』がこんなネタをそのまま咀嚼もせずに取り上げたら、上岡龍太郎前局長なら怒って席を蹴って帰るよな。



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天文学者になればよかった

 なんか、このところ、『サイエンスZERO』(NHK)と『溜池Nowはミッドタウンにお引っ越ししました』(GyaO)で、立て続けに国立天文台の渡部潤一准教授を観たぞ。ということはナニだ、渡部准教授は、短いあいだに立て続けに安めぐみ中川翔子に会っているわけである。う、羨ましい。ついでに言うと、スピードワゴン小沢と、バカリズムにも会っているわけだが、そっちはあんまり羨ましくないかも。

 いいなあ、天文学者などという、地味も地味、地味ここに極まれりといった仕事にこのような役得があろうとは、いったい誰が想像するであろうか。そうと知っておれば、おれも天文学を志したかもしれぬ。動機が不純だ。

 いやいやしかし、『サイエンスZERO』や『溜池Nowはミッドタウンにお引っ越ししました』を観た全国の青少年の中には不純な動機で天文学者になろうと思っているやつがすでに何人かいて、勉強しはじめたところがホントに面白くなってしまい、そのうちホントに学者になって大発見をしたりするかもしれない。で、その学者がまたそのころのアイドルに立て続けに会い、それをメディアで観たそのころの青少年にまたまた不純な動機を植え付け、将来の大発見のきっかけを作るかもしれない。いや、広報ってのは大事だよ、ホント。



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2008年6月23日 (月)

『親愛なる君へ』(柴田淳/ビクターエンタテインメント)

 『月夜の雨』から一年以上を経た待望のニューアルバム。柴田淳のような人は、一年に一アルバムくらいのペースがちょうどいいと思うね。粗製濫造してほしくない。あいかわらず、押しつけがましくない、身体にすっと入ってくる心地よい声である。ジャケット(って言うのは年寄りか。最近は“カバーアート”って言うのかな?)写真の腕が怖ろしくきれいだ。いやまあ、ルックスと音楽は切り離して考えねばならないが、そりゃまあ、きれいに越したことはない。ええ、どうせおれはオヤジですよ。

 全体的な印象を言うと、柴田淳的“安全牌”の曲が多いように思う。“いつものしばじゅん”を楽しむぶんにはなんの文句もない。それどころか、あの絶妙にかすれた儚げなファルセットを“聴かせびらかして”くれるような曲が多いくらいであり、「今回は、サービスはしてくれたが、あまり冒険はしなかったな」という感じ。固定ファン層を磐石にしようという製作意図なんだろう。そういう意味で、おれにはちょっともの足りない感じがした。柴田淳ほどの才能と声の持ち主であれば、もっと冒険してもいいのではないか。おれが今回のアルバムでいちばん気に入ったのは、もろにジャジーな曲に挑戦した「メロディ」なのである。“いつものしばじゅん”も聴きたいが、新しい面も見せてほしい。ファンとは貪欲なものなのだ。

 おれ的には、このアルバムのベストは、上述の「メロディ」、映画『おろち』の主題歌に決定した「愛をする人」、シングルカットされている「カラフル」、ピアノに合うしばじゅんの持ち味を活かした「小鳥と風」、堂々たるいつものしばじゅん節「君へ」といったところか。

 次回のアルバムでは、もっと冒険して、びっくり仰天させてほしいな。ジャズ路線というのはとてもいいと思うので、ジャズ・スタンダードとかにも挑んでほしい。《つまおうじ》シリーズ的なコミカルな実力派路線でアニソンなんかもやってほしいなあ。映画主題歌のオファーがあるくらいなんだから、アニメ製作者ももっとしばじゅんのあけっぴろげでコミカルな面に注目すべきだと思う。『ときめきトゥナイト』並みのアニソンの名曲が、しばじゅんになら楽勝で作れるし、唄えるだろうと想像するんだがなあ。

【収録曲】カラフル/椿/愛をする人/メロディ/38.0℃ ~piano solo~/君へ/十数えて/ふたり/泣いていい日まで/小鳥と風



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2008年6月21日 (土)

国際環境保護窃盗団「グリーンピース」

グリーンピース:鯨肉持ち去りでメンバー2人逮捕 (毎日jp)
http://mainichi.jp/select/today/news/20080620k0000e040025000c.html

 国際環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(GP)=東京都新宿区西新宿8=のメンバーが4月、調査捕鯨船「日新丸」乗組員の鯨肉横領を裏付けようと、宅配途中の鯨肉入り段ボールを無断で持ち去った事件で、青森県警と警視庁は20日朝、GP海洋生態系問題担当部長、佐藤潤一容疑者(31)=東京都八王子市みなみ野3=ら2人を窃盗と建造物侵入の疑いで東京都内で逮捕した。

(中略)

 県警は20日午前、新宿区のGP事務所など5カ所の家宅捜索に入った。2人の身柄は同日中に青森署に移して本格的に事情を聴き、GPが組織的に関与していなかったかなどについても調べる。
 GPは5月15日、乗組員ら12人が鯨肉を着服したとして業務上横領容疑で東京地検に告発。佐藤容疑者は記者会見で、無断持ち出しを認めたうえで「横領行為の証拠を入手するためで問題ない」などと説明していた。
 県警は「持ち出し行為は悪質で、グリーンピースの主張は関係ない」としている。西濃運輸は「同様事件の再発防止を再徹底する。グリーンピースへの損害賠償請求については、弁護士に相談する」とのコメントを発表した。【矢澤秀範、野宮珠里】
 ◇「逮捕は当然だ」 国家公安委員長
 GPメンバー2人が逮捕されたことについて、泉信也国家公安委員長は20日の閣議後会見で「人の所有物を勝手にとるのはあってはならないことで許されない。(逮捕は)警察として当然の責務を果たしたものと理解している」と述べた。

グリーンピース:即時釈放求める声明 (毎日jp)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080620k0000e040079000c.html

 国際環境保護団体グリーンピースは20日、「グリーンピース・ジャパン」の幹部ら2人が窃盗容疑などで青森県警と警視庁の合同捜査本部に逮捕されたことを受けて、「無実の人間が逮捕されたことは驚きだ。即時に釈放されるべきだ」との英文の声明を東京発で発表した。
 声明は、「日本の捕鯨は国際的に批判されている。逮捕された活動家には、捕鯨で誰が得をしているか知る権利がある。(逮捕は)脅迫行為だ」と非難した。(共同)

 おれは最初にテレビでこのニュースを観たとき、目か耳がおかしくなったのかと思ったよ。言っていることがさっぱりわからない。「横領行為の証拠を入手するためで問題ない」って、あのなあ、いつどこで誰がおまえに司法警察権を付与したというのだ?? 環境より先に、自分の脳を心配しろ。

 まあ、どんな組織にもバカはいる。ごく少数のバカが勝手な解釈で突っ走って犯罪に走ることもあろう……と大目に見てやろうかと思っていたら、団体名義の声明で「無実の人間が逮捕されたことは驚きだ」などとほざいている。おまえらが犯人たちを「無実の人間」だと思っているのが驚きだよ。

 こら、あかんわ。こいつらの言っていることは、オウム真理教と本質的には変わらん。テロリストの論理だ。こういう連中は、法というものは自分たちを縛るばかりの枷だとしか考えられない程度の知能と想像力しか持ち合わせていない。その法が守っているものの中には、ほかならぬ自分たちも入っているのだとは夢にも思っていないのである。

 こんなやつらは、どんどんしょっぴけばよろしい。というか、しょっぴかんとまずい。国家公安委員長の言ってることは、まったくもって正しい。こいつらは、“環境保護”という呪文を唱えれば、なにをしてもかまわんと思っているわけだ。“なにをしても許される”と思っているわけではない点に注意されたい。なにをしてもかまわんのだから、“許される”なんて概念そのものがそもそもないのである。

 こういう団体を放っておくと、そのうち集団で秋葉原とか新宿とか霞が関とか東京駅とかでダガーナイフを振りまわし通行人を数十人、数百人と殺傷しては、シー・オー・ツーの排出を削減するためで問題ない」などと、いけしゃあしゃあとほざくにちがいない。おれは冗談で言っているのではないのだ。そういう思想を内包している団体だと、連中は自分たちで誇らしげに明言しているのである。

 まともに環境保護について考えているのだが、うっかりなにかの弾みでグリーンピースに所属してしまっている人は、すぐに脱退したほうがいい。いつなんどきどんな理屈で、“自己批判”を迫られ、粛清されるかポアされるか、わかったもんじゃないですぞ。なにしろ、あなたひとりがこの世から消えれば、あなたぶんの二酸化炭素の排出は確実に削減できるし、あなたぶんの食糧になる動物や植物の命を絶たなくてもすむのもまた、定性的にはまったく正しいことなのだから。



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2008年6月20日 (金)

短歌は画だねえ

 だしぬけに一首できた。


木乃伊取りは 悲しからずや

空の青 海の青にも 染まずただよう


 われながらいいなあ。誰の心にも、はっきりと画が浮かぶよなあ。孤高の木乃伊取りが空と海のあいだに漂っている姿は、なにやらもの悲しい叙情に溢れている。『叙情の奇妙な冒険』だなあ。笹公人路線に転向しようかしら。

 なに、どっちかというとそれは田中啓文路線だろうって? うーん、そうとも言う。歌壇に打って出るときには、“短歌啓文”という戯号にしようか。



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2008年6月17日 (火)

お帰りなさいませ

 たとえば、秋葉原だけにたまたま観光で来たガイジンは、「お帰りなさいませ」という日本語をまちがって覚えている可能性はないだろうか? 日本ではどんな飲食店に入っても「お帰りなさいませ」と言われるものだと思っていたら、それは大まちがいだぞ。ふつーは「いらっしゃいませ」と言われる。

 じゃあ、日本の家庭では、家に帰ると奥さんなり旦那さんなりが「お帰りなさいませ」と言ってくれるかというと、そんなことはたぶんない。「お帰りー」くらいがせいぜいだろう。なに? あなたのウチでは、奥さんが帰ってくると、あなたが「お帰りなさいませ、奥様」と言って迎えるですと? いやまあ、それはあなたのウチの特殊な事情であって、ガイジンさんに「日本ではこう言う」などと教えるのには問題があるだろう。

 要するに、秋葉原で「お帰りなさいませ、ご主人様」などという日本語を覚えて帰ったとしても、そんな日本語を使う機会などまずないのだ。わかりましたか、ガイジンさん? まあ、こういうのは、われわれが外国語を覚える際にも気をつけたいことではある。



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未来のレコーディングダイエット

 将来、“暗記パン”のテクノロジーを応用し、なにかを書き留めるとそれをすっかり忘れてしまう“忘却ノート”が発明されるのである。記憶したことが、書くことによって脳からノートに移ってしまうのだ。

 これさえあれば、痩せすぎなど怖るるに足らん。食べたものをいちいち全部“忘却ノート”に書き留めるようにすれば、一年間で五十キロの増量も夢ではないぞ。



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2008年6月16日 (月)

一筆啓上 業苦が見えた

 またもや、《ヘンな検索語》

「本に埋もれて死ぬ」

 あのなあ……それを検索して、なにが知りたい?

 そ、それにしても、「本に埋もれて死ぬ」のが夢だとか本望だとかいう人が、こんなにたくさんいるものなのか……。『今日の早川さん』が売れるわけだ。



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マーク・トウェインもツッコむだろうな

Kinen 一時間しか経ってないのに、どうしてそんなことがわかったのだ??

 これって、こうして話題にされることを狙ってやってる? それとも、ホントにホントの天然ボケ?




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2008年6月15日 (日)

喫茶店に入ったことのない人が喫茶店をはじめてはいけない

炎上寸前!? 新山千春のブログがアツい(イタい?)! (日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2008/06/post_638.html

芸能プロも頭を抱える!? タレントブログの“管理”問題 (日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2008/05/post_581.html

 うう~む、新山千春のブログに行ってみたが、これは、た、たしかにかなりイタいね。タレントとしての新山千春におれ個人は含むところはなにもないし、好きでも嫌いでもないといった感じだ。べつに褒めようとも叩こうとも思わない。メジャーでもマイナーでもないという微妙な立ち位置ではあろうから、マーケティング的にいろいろと演じなきゃならん面もあるのだろう。芸能人も商売だ。でも、このブログのノリは、はっきり言ってスベってるとしか思えないんだけれども……。

 なにより、アクセスした瞬間に思ったのは、まあ、おれの感覚が古いのかもしれんが、もし津川雅彦がこういうブログを見たらどういう感想を抱くものか、訊いてみたい気もする――ということだった。ぞっとするだろうか、「時代も変わったねえ」と苦笑するだろうか……。おれの婆さんが生きていたら、まちがいなく「あほや」と一蹴しただろうけどな。まあ、さいわいあのときの娘さんも、立派に女優になってらっしゃいますしね。おれも歳を食ったもんだ。

 ま、新山千春のことはともかく、たしかに昨今、芸能人が猫も杓子もブログを開設して、中には仰天するほど非常識なことを書いて世間に呆れられ叩かれたり、最悪、本業の活動停止を食らったりするような例も出てきている。芸能プロダクションとしても管理が難しいだろうとは思う。まあ、いまの日本なら、ほぼ三十歳くらいを精神的な成人だと考えるとすれば、芸能プロが扱っているタレントという商品の多くは、精神的には未成年なのである。早くから特殊な世界に放り込まれたコなら、けっこういい歳になっても精神的にバランスが悪いことも考えられる。

 そこいらへんの高校生、大学生が自分でブログを立ち上げ、少々問題のあることを書いても、それは本人の責任であるし、また、ほとんど大きな問題にはならない。なにしろ、たいていは、ほんの限られた身内しか読んでいないのだ。その点、芸能人の場合、下手に有名なもんだから、パンピーなら無視される程度のことでも、やたらあちこちで叩かれることになる。それが芸能人であるということの職業的宿命ではあるのだけれども、そういう自覚がない芸能人だって、若年化が進む中で少なからずいることだろう。

 となると、いちいち検閲するのはどうかと思うけれど、やはり芸能プロダクションとしては、媒体としてのブログの特性を教育してから開設させるべきではなかろうか。法的なことの基礎教育をやっているところもあると上記の記事は伝えているが、それでは足らないと思う。「このご時世、ウチのタレントにもブログくらいやらせないとなあ」などと、ブログを自分たちが馴染んできたマスメディアのひとつだと勘ちがいしていると、そんな芸能プロのタレントはいつかブログで問題を起こすだろう。ブログはマスメディアじゃない。まず、そこを芸能プロが認識することが重要だと思う。

 ブログを長く続けて支持されているタレントは、たいていみずからもさまざまな他者のブログの一読者であるところからはじめている。眞鍋かをりしかり、中川翔子しかりである。彼女らは、ブログの媒体としてのすごさも怖さも、ウェブ上のいろいろな事件を見てきて、頭の隅にあることだろう。つまり、ユーザとしての視点を持っており、ブログはけっして自分たちの主戦場であるマスメディアなどではないこと、マスメディアのノリが通じない別の媒体であることを、しっかりと“体感”しているはずだ。

 ろくろくウェブを利用してもいないタレントに、流行りものだからと、マスメディア的なプロモーションのつもりで無理にブログをはじめさせると、絶対失敗すると思うな。失敗するどころか、問題を起こす可能性も高い。それはあたかも、喫茶店の客になったことがない人に、いきなり喫茶店を経営させようとするようなものだからだ。なかなか注文を取りに来なくてイラついた経験がない。ゴキブリが這っていたりハエが飛んでいたりして、イラついた経験がない。音楽がやかましい、テーブルが汚い、コーヒーフレッシュの瓶の注ぎ口からフレッシュが垂れている、品のない客が大声で騒いでいるのを放置している、ウェイトレスが水を置いてゆくときに荒っぽくて水がこぼれた……などなど、自分が喫茶店を経営するなら、絶対こういうことには気をつけるようにしたいな、と思うような不快な経験をしたことがない。こういう人に、いきなり喫茶店を経営しろと言っても無理な話なのである。

 そこでおれは芸能プロに提案したい。所属タレントにブログをはじめさせるのなら、まず彼ら・彼女らに、“ユーザ”としての経験をさせるべきだ。同業のタレントや文化人のブログを、最低一か月はじっくりと読ませるべきである。ユーザとしての経験をさせれば、小難しい教育などしなくとも、おのずとやっていいことと悪いことに関して自覚的になるはずだ。媒体の“ノリ”がわかるはずだ。

 自分が客になったことのない媒体で、いきなり提供者側に回らせようとすることに、そもそもの問題があるように思える。テレビを観たことがなくて、テレビで活躍するタレントになっている人はほとんどいないだろう。テレビというのがどういう媒体であるか、彼ら・彼女らは、ユーザとしての経験を積むことで、いちいち教えなくても身体でわかっているはずだ。インターネットだって同じである。まず、ちゃんと使わせろ。提供者側に回るのは、それからだ。



 

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2008年6月14日 (土)

みんな一度は小学六年生だったころがある

 おなじみ《ヘンな検索語》シリーズ。ヘンはヘンだけど、懐かしいなあ。

「のぼーる みくちゃん」

 同士よ!



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煙草が千円になったら

 さすがにおれはやめるつもりだ。いくらなんでも、毎日一枚ずつ千円札に火を点けて燃やしているところを想像すると、アホらしいことおびただしい。いやまあ、毎日三枚ずつ百円玉に火を点けて燃やすのも充分アホらしいことはアホらしいのであるが、それはあまりリアルでヴィヴィッドな“画”には繋がらない。やはり、燃える千円札のイメージは、あまりにも鮮烈だ。

 きっとアレだなあ、そろそろ値上げというころになると、コンビニに車で乗りつけて、最後の安い煙草を何十カートンも“大人買い”してゆくやつがいっぱい現れるだろうなあ。子供にゃ買えないんだけどな。



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2008年6月12日 (木)

楽観と悲観

Eigo_koukoku 人生いろいろ、広告もいろいろ。




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アメリカでLPレコードが復興中

Retailers giving vinyl records another spin (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/US/06/10/vinyl.records.ap/index.html

PORTLAND, Oregon (AP) -- It was a fortuitous typo for the Fred Meyer retail chain.
This spring, an employee intending to order a special CD-DVD edition of R.E.M.'s latest release "Accelerate" inadvertently entered the "LP" code instead. Soon boxes of the big, vinyl discs showed up at several stores.
Some sent them back. But a handful put them on the shelves, and 20 LPs sold the first day.
The Portland-based company, owned by The Kroger Co., realized the error might not be so bad after all. Fred Meyer is now testing vinyl sales at 60 of its stores in Oregon, Washington and Alaska. The company says, based on the response so far, it plans to roll out vinyl in July in all its stores that sell music.
Other mainstream retailers are giving vinyl a spin too. Best Buy is testing sales at some stores. And online music giant Amazon.com, which has sold vinyl for most of the 13 years it has been in business online, created a special vinyl-only section last fall.
The best-seller so far at Fred Meyer is The Beatles album "Abbey Road." But musicians from the White Stripes and the Foo Fighters to Metallica and Pink Floyd are selling well, the company says.
"It's not just a nostalgia thing," said Melinda Merrill, spokeswoman for Fred Meyer. "The response from customers has just been that they like it, they feel like it has a better sound."
According to According to the Recording Industry Association of America, manufacturers' shipments of LPs jumped more than 36 percent from 2006 to 2007 to more than 1.3 million. Shipments of CDs dropped more than 17 percent during the same period to 511 million, as they lost some ground to digital formats.

The resurgence of vinyl centers on a long-standing debate over analog versus digital sound. Digital recordings capture samples of sound and place them very close together as a complete package that sounds nearly identical to continuous sound to many people.

Analog recordings on most LPs are continuous, which produces a truer sound -- though, paradoxically, some new LP releases are being recorded and mixed digitally but delivered analog., manufacturers' shipments of LPs jumped more than 36 percent from 2006 to 2007 to more than 1.3 million. Shipments of CDs dropped more than 17 percent during the same period to 511 million, as they lost some ground to digital formats.

The resurgence of vinyl centers on a long-standing debate over analog versus digital sound. Digital recordings capture samples of sound and place them very close together as a complete package that sounds nearly identical to continuous sound to many people.
Analog recordings on most LPs are continuous, which produces a truer sound -- though, paradoxically, some new LP releases are being recorded and mixed digitally but delivered analog.

 へぇ~。早い話が、アメリカではいわゆる“バイナル”、つまり、ポリ塩化ビニル製のアナログレコードのセールスがこのところ“伸びている”らしい。音源がデジタルなのに、わざわざアナログ媒体にしたりする例もあるそうな。

 小売チェーンのフレッド・マイヤーが、発注の際にうっかり「LP」のコードを打ち込んでしまったところ、各店舗にドカっと、あの“レコード”が届いた。返品してしまった店舗も多かったが、そのまま店に並べたところでは、面白い現象が起こった。売れたのだ。初日で二十枚も売れたという。フレッド・マイヤーだけでの事件ではない。the Recording Industry Association of America によれば、二〇〇六年から二〇〇七年にかけて、LPレコードの出荷量は、三六パーセントもの伸びを見せているそうだ。一方で、同じその期間に、CDの売れ行きは一七パーセントも落ちているという。

 てなわけで、なにやらアメリカでは、ちょっとしたLPレコード復興ブームが起こっているらしい。奇妙なもんだねえ。いや、むろん、絶対量としては、いまやウォルマートを抜いて世界でいちばん音楽を売っている小売店、iTunes Store を脅かすほどのことではないが、“バイナル”にこだわる音楽ファン(“音響ファン”と呼ぶべきかもしれないけれども)の需要には、けっこう根強い(根深い?)ものがあるようだ。

 これが一時期だけの現象なのか、今後、もっと大きなうねりになってくるのかには興味津々だけど、ちょっと日本では考えにくいブームだよねえ。日本の場合、往年の名盤や幻のアルバムの復刻などが、いわゆる“紙ジャケ”というカタチでちょっとした人気を博していることはいるけれども、まあ、あれだって中身はCDである(LPレコードそっくりの外観に模してあったりするのが食玩感覚で愉快だが)。

 アメリカという国の面白いところは、最先端の技術の産物を謳歌している層があるかと思えば、まるで時間が止まったかのような枯れた技術やインフラをごくふつうに使っている層が平然とあったりするあたりだ。振幅がやたら大きいのだ。スペースシャトルを飛ばしている国だからといって、みんながみんな光ファイバーのブロードバンドでバカスカインターネットを使っているわけではなく、いまだに「ピーーーー、ガガガガガ……」などと56Kモデムであたりまえのように通信していたりする人たちがいる。その点、日本のほうがずっと均質である。韓国ともなると、後発のメリットで、最初から一気に与えられたブロードバンドしか知らないような層がマジョリティーだ。

 このLPレコードブームも、アメリカならではという気がするなあ。ごくごく一部のオーディオマニアだけじゃなく、きっと“針を落として”聴くむかしのプレイヤーがまだまだ家にあるという世帯がかなりあるのだろう。まあ、日本にもそういう人(「やっぱり超音波や低周波を身体で感じないと、ホントの音楽じゃない!」と熱弁をふるうタイプのああいう人たち)はいることはいるけど、こんな社会現象(?)を作り出すほどの数ではないと思うね。

 この現象が日本に渡ってくるかどうかは、たいへん興味深いところだ。おれは渡ってこないと思うけどね。この時代に、データじゃなく記録媒体で販売する音楽の売り上げが“伸びる”なんてのは、まことにアメリカらしい面白い現象だと思うね。ある意味、ハイテク必ずしも善ならず、先端ならずという価値観を持った人が多いわけで、不均質であるがゆえに多様性を許容する市場があるというあたりこそ、アメリカの底力だと思う。多様であることは、非効率ではあっても善であるというベースの価値観がアメリカ人にはある。これはちょっと、おれたちも見習いたいところだよね。まあ、おれ個人はものぐさなので、いまLPレコードが欲しいなどとは、まず思わないけど……。やはり、iTunes Store の便利さにはかなわない。



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2008年6月11日 (水)

どうも飲食物が“青い”というのは、違和感を禁じ得ない

青く輝く炭酸飲料「ペプシ ブルーハワイ」を飲んでみました (GIGAZINE)
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080610_blue_hawaii/

 たしかになんとなくさわやかな気もしないでもなく、喉が渇いているときに飲んだら気持ちよさげだが、それにしても色がなあ……。なんか、こういうのを思い出しちゃいましたよ。筒井康隆をして、「それにしてもこの作品をこれから読むという人、ほんとにしあわせな人ですなあ」と言わしめた“多元宇宙もの”SFの傑作古典で、主人公のキースは“ちがう宇宙”に紛れ込む羽目になっているのだ――

 キースはウェイトレスを見上げていった。
 「マンハッタンをひとつ」
 「おそれいりますが、そういうのは聞いたことがありません。新しいお酒でしょうか?」
 「マーティニは?」
 「かしこまりました。青ですか、ピンクですか?」
 キースは身ぶるいをおさえて、
 「ウィスキーのストレートはあるかね?」
 「むろん、ございます。なにかお好みの銘柄でも?」
 キースは、これ以上めんどうな係り合いはごめんなので、ただ頭を左右にふった。ウィスキーがピンクや青でなければよいがと思った。

――『発狂した宇宙』(フレドリック・ブラウン/訳:稲葉明雄)

 そのうちほんとうに青いウィスキーでも出たら、“Mad Universe”とでも名づけることを提案しておこう。



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2008年6月10日 (火)

ビッグビジネスの予感

「おかかえ運転手」サービス 富裕層に人気 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/06/07021346.html

団塊世代など富裕層のあいだで、ゴルフ場や会員制リゾート施設、会社や病院への送迎に使う「おかかえ運転手」が話題になっている。ハイヤーよりも安く、自家用車の運転を代行する。利用者の多くは企業のオーナーやリタイヤした元役員などで、「運転手付き」というステイタスが気持ちいいようだ。
利用者の多くは60歳以上
このサービスをしているのは「おかかえ運転手株式会社」という会社で、サービスの名前は「おかコール」。「おかかえ運転手を呼べ(コールしろ!)」という意味だそうだ。登録運転手は150人を確保。女性の運転手もいて、英語の通訳や秘書業務もする。また、ボディーガード、囲碁や将棋の相手やパソコンでの株価チェックなども行う。ここまですると、運転代行というよりも人材派遣だ。

 へー、こんなのが話題なのか。なんか、そんなにめちゃめちゃ高価なサービスでもないようだし、会社の名前からして、ちょっと“なんちゃって感”が入っている。要するにこれは、一種のコスプレというか、ロールプレイ願望を狙ったビジネスで、顧客の“アレやってみたかったんだ”願望に応えるという面が大きいのだろう。

 いま団塊世代を相手にこういうビジネスが出現しているとするなら、もう十年もすれば客層が変わって、もっと大きなビジネスになるぞ。

 初期投資は必要だ。まず、絶対必要なのは、ピンク色のロールスロイスだ。マシンガンとかも搭載していたほうがよい。運転手の“源氏名”は「パーカー」でなくてはならない。もう、これだけで大枚はたいてでも呼びたがる年寄りが、いずれ大量に出現する。

 ある程度儲かってきたら、流星号マッハ号ポインタージャンカーZ、ジローのサイドマシンフレンダーカーヤッターワンナイト2000ガンセキオープンヒュードロクーペマジックスリークロイツェルスポーツプシーキャットタンクGTギャングセブンポッポSLハンサムV9トロッコスペシャルゼロゼロマシン(犬付き)などを次々と投入する。ちょっと投入の順番がおかしいけどな。派遣運転手の源氏名は、パーカーばかりじゃ飽きるので、なんかこう“榊”とか“伊集院”とか“伊達”とか、それっぽい(なにっぽいというのだ?)名前をいろいろ揃えたほうがいい。ちょっとS気のあるお客には“糞虫”とかもいいかもな。最低限の受け答えのほかには「ピルルルル……」としか言わないのだ(ほんとに狭い世代にしか通じないネタだなあ)。

 つまり、おかかえ運転手ビジネスと、昭和三十~四十年代の少年を狙ったアキバ系オタクビジネスとを融合させるのである。これは儲かるぞ!

 ところで、どうでもいいけど、Penelope Parker って作家がほんとうにいるんだよね、おれは読んだことないけど。これって、“香山リカ”的なペンネームなんだろうか、本名なんだろうか。



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2008年6月 7日 (土)

野田昌宏逝去

SF作家の野田昌宏さん死去 (asahi.com)
http://www.asahi.com/obituaries/update/0607/TKY200806060323.html

 野田 昌宏さん(のだ・まさひろ=SF作家、本名野田宏一郎〈こういちろう〉)が6日、肺炎で死去、74歳。通夜は8日午後6時、葬儀は9日午後0時30分から東京都文京区関口3の16の15の東京カテドラル聖マリア大聖堂で。喪主は弟玲二郎さん。
 「銀河乞食(こじき)軍団」シリーズなどのSF小説、ノンフィクションのほか、翻訳も手がけた。フジテレビに勤務し「ちびっこのど自慢」などの番組に携わり、番組制作会社・日本テレワークを設立し社長もつとめた。

 アーサー・C・クラーク今日泊亜蘭に続き、またもSF界の重鎮が亡くなられた。びっくりだ。昨日、日記にお名前を出したばかりなのに。今年はなんとも寂しい年だなあ。まあ、それだけおれたちも歳を食ったということなのだろうが……。

 過去の日記を紐解いてみると、あのSFセミナーから、もう十年になるのか。自分の日記を引用して追悼に代えることにしよう――

野田昌宏、SFを語る「宇宙を空想してきた人々」(出演/野田昌宏、聞き手/牧眞司)
 コンヴェンションにあまり出かけないおれは、野田大元帥のご尊顔を生で拝したのは初めてである。NHK人間大学にいよいよSFが登場することになり、講師を務められる大元帥が抱負と裏話を語った。レイ・ブラッドベリの名作短篇「万華鏡」を読んだことがない人が会場に多少いると知り驚いた大元帥、「死ね」とひとこと、厳かにおっしゃった。後世に語り継がれるべき名言であろう。まあ、若い人もいるんだから、お許しください。

 さすがに「万華鏡」は原書でも翻訳でも読んでるが、野田氏のような大コレクターに比べれば、おれなんぞは読書が趣味などとほざくのも二百五十六年早い雑魚にすぎない。SFの膨大な資産を針で引っかいたほどしか読んでいないよ。大元帥には、もう一度、ニコニコしながら「死ね」と叱ってほしかったな。



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2008年6月 5日 (木)

『DVD&図解 見てわかるDNAのしくみ』(工藤光子・中村桂子/ブルーバックス 講談社)

 うう~む。こ、これはすごい。もっと早く買っておけばよかった。

 ブルーバックスはブルーバックスなんであるが、本のほうはDVDのダイジェストみたいなもので、まず、いきなりDVDを観るのがいいと思う。それから本に目を通せばいい。これで千六百八十円は安い。ミニサイズのDVDが三枚付いていて(これは“付録”ではない。こっちがメインである)、最初多少DVDが取り出しにくいものの、それだけDVDをがっちり保護する厚紙を綴じ込んだ作りで、ふつうの新書となんら変わることなく、そのまんま安心して本棚に収納できる。

 おれもいままでいろんな科学書や科学雑誌や科学番組で、DNAのいろんな図解やアニメやCGを観てきたが、これほどの躍動感に打たれたものは初めてだ。DVDを観て呆然としてから、本書の「メーキング編」を読んで合点がいった。タイトルに「図解」とあるが、これはそんじょそこらの“説明のための映像”ではない。むしろ、“映像による動く模型”とでも呼ぶのがふさわしい。著者(というか、製作者というか)らは、さまざまな論文を確認し、針金のモールや紙粘土と格闘しつつ、納得のゆく“動くDNA”の手応えを得るために、手で触れられるDNAや酵素の模型を構築しながら、このCG作品をものにしたのだ。「表現すると見えてくるものがあるということをこれまで以上に強く確信」したという。さもありなん。これは、『超時空要塞マクロス』『マクロスF』などでおなじみのメカニックデザイナー&監督・河森正治の方法論そのままである。河森は、絵ならなんでもできてしまうからといって、どう見ても動きそうにない、飛びそうにないメカをデザインすることを潔しとしない。手を動かして、手で触れられる模型を作りながら、映像のためのメカをデザインしてゆく。そうした作業の中から、動きに説得力と躍動感がある、あのバルキリーなどが生み出されたわけである。「SFは絵だねえ」という野田昌宏宇宙大元帥のお言葉もあるが、二十一世紀的には、もはや「SFは模型だねえ」というのが妥当なのかもしれない。最終的なアウトプットが絵や文章の作品であっても、実際に模型を作ったうえで描く・書くくらいのこだわりが、圧倒的な説得力を生むのかもしれない。

 腰巻で福岡伸一も絶賛しているが、いわゆる“岡崎フラグメント”の生成の繰り返しによってラギング鎖側のDNAが複製されてゆくようすなど、いままで観たことのないダイナミックな映像である。ああ、こんなのが高校生のころにあったなら、おれは道を踏み誤って(あるいは、道を踏み誤り損ねて)いたかもしれないなあ。

 先日、郵便受けにどこかの教会の信者勧誘用小冊子が入っていた。おれを知る人はご存じのように、おれは宗教心のカケラもない人間であるが、どんな手を使っておるのかなあと興味本位に読んでみると、もはや使い古された“眼のような精妙な器官が進化などでできたはずがない。誰かが設計したのだ。ダーウィンだって困っていた”という例の論を中心に話を展開していたので、「けっ」と苦笑してゴミ箱に放り込んだ。えーと、この進化論への反論(?)そのものをご存じない方は、『イリーガル・エイリアン』(ロバート・J・ソウヤー)でもお読みください。

 きっと、この教会の人がこのDNAのDVDを観たら、「ほら、こんな精妙な仕組みがひとりでにできあがったはずがない。神秘を感じるでしょう?」などと勧誘してくるにちがいないが、残念でした、おれはこういうものに“神秘”などカケラも感じない。むしろ、“神秘”などというわけのわからないものが関与していないことにこそ、“驚異”を感じる。妙な言いかたかもしれないが、そこに“謎”はあっても“神秘”など介入する余地もないほどの“ミもフタもない精妙さ”があることに、一種の神秘を感じないでもないけどな。もっとも、おれはそれを“神秘”などとは呼ばないが……。そう、それは、ただただ純粋な“驚異”であり、“感動”であるだけである。

 こんなにお手軽ですごいものが出ているのだから、高校・大学の先生方は、ぜひ活用してほしいね。授業や講義で使えなくても、せめて推薦図書くらいには入れておいてほしい。何十人か何百人かに一人の学生が、“生命の驚異”(“神秘”じゃないよ、しつこいけど)に打たれて道を踏み外して(あるいは、道を見つけて)くれるなら、千六百八十円など安いものだろう。

 こりゃ、現代のSFファンは必読(ちゅうか、必見)の作品でしょう。やっぱり映像のインパクトはすごいわ。わかった気になっていただけのことを呆然と再発見し、「おれは浅はかだった」と打ちひしがれちゃいましたね。



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2008年6月 3日 (火)

不注意二秒、毛が一生

児童32人の前、わいせつ映像2秒流す 北九州市立動物園 (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0602/SEB200806020003.html

 北九州市小倉北区の市立動物園「到津の森公園」(岩野俊郎園長)で2日午前11時半ごろ、動物の画像のスライドショーを見ていた同市八幡西区の市立小学校2年生の児童32人の前で、過ってわいせつな映像が2秒ほど流れた。
 園によると、児童たちは「動物の赤ちゃん」という学習プログラムに参加。それに使う予定だった園のパソコンが故障していたため、担当の男性嘱託職員(31)が、自分のパソコンを持ち込んだ。
 園内見学が早く終わった1クラスの児童に、別のクラスが到着するまでの間、スライドショーを見せたところ、終了後、パソコンにデータが残っていたわいせつ映像が流れたという。気がついた職員が慌てて止めた。
 市では今後、この嘱託職員や上司らの処分を検討するとともに、園職員に映像紹介前の操作確認などを徹底するという。岩野園長は「改めて職員に十分な注意を払うよう指導するとともに、今後の再発防止に取り組みたい」とのコメントを出した。

 具体的にどういう現象が起こったんだろうなあ? スライドショーというからには、そこは静止画を次々と紙芝居のように見せていたわけだ。で、「わいせつな映像が2秒ほど流れた」というからには、そこは動画だったわけだ。どんな環境で、どんなソフトを使ってスライドショーを見せていたのだろう。静止画も動画も扱えるソフトだったんだろうな。動画はどんなファイルフォーマットだったのかな。

 「――わっ、やべっ! あわわわわ」
 「えっ? えっ? おじさん、いまのなに?」
 「なんかガイジンさんが取っ組み合ってケンカしてたみたい。ねえねえ、おじさん、いまのなに?」
 「“おーまいごーっ”ってなに?」
 「ぼく知ってる。あおたのりこっておばさんが“じーざっす”って言うんだ」
 「あー、ロンハーなんか観ちゃだめなのにー」
 「なんでロンハーにあおたのりこが出てるって知ってるんだよー」
 「ねーねー、おじさん、いまのなあにー?」
 「ねーねー、おじさん、いまのなあにー??」
 「ねーねーねー、なぁに~~~???」
 「な、なにって……かっ、怪獣映画だよ~! 知らないかな、ほら、『サンダ対ガイラ』って……」
 「知らなぁ~~い!」
 「しっ、知らないよね、やっぱり。あはははは。あは。あははは」

 それにしても、園長の「今後の再発防止に取り組みたい」ってのは、紋切り型だからこそケッサクなコメントだ。言ってる本人だって、腹の中じゃバカバカしいと思いながら言ってるだろうな。そんなもん、めったなことじゃ再発しねーよ!



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2008年6月 2日 (月)

お買い上げ御礼(2008年5月)

■2008年5月

【最も値段の高いもの】

 先日、こいつについて書いたばっかりなんだが、いや、マジでいいすよ、これ。もちろん、オーディオ機器だから、当然“値段のわりに”ということだけど。もう少し使い込むともっと音が練れてくると思うんだが、十日ほど使っただけでも充分満足。

 おれは基本的には単なる声フェチで、音楽の趣味は雑食だが、総合的には、アニソンも含めてポップス系、ロック系の曲を聴くことが多い。だもんで、低音の厚みを重視しているこいつはとても気に入っている。低音はまったくイコライザでいじる必要がないクオリティーだから、高音をちょっとブーストしてやると、ちょうどおれ好みの音になる。おれの好きな Fleetwood MacScritti PolittiU2Styx (オヤジな好みだねえ)なんか、タコなイアホンの音と比べると見ちがえる(ってのもヘンか。聴きちがえる)ようだ。シェリル・ノーム「♪もってっけ~」もいいぞ。

【最も値段の安いもの】

 この作品は新刊本で手に入るのだけれども、どうしても旧版が欲しかった人がいるんでしょうなあ。

 やっぱりクライマックスがいいよね。もしかしたらやるんじゃなかろうか、いや、そんなことが可能なのだろうかということをやっぱりやるところに手に汗握る。もちろん野尻抱介は、月であれば、ああいう方法でああいうふうに宇宙船に拾ってもらうことも不可能ではないと裏付けの計算をしたうえで、ああいうプロットを立てているわけで、“ああいう”ばっかりで未読の方にはなんのこっちゃわからんだろうが、ネタばらしをするわけにはいかない。“宇宙”というだけですぐブラックボックスのハイテクで煙に巻こうとするSFは凡庸なのであって、野尻抱介のすごいところは、宇宙がホントに“空の続き”だと思わせてくれるところなのだ。“手作り”や“ローテク”でも手の届く場所として提示してくれるのである。この作品は、とくにそんな野尻抱介の真骨頂が存分に発揮されている。

 ひょっとしたら、この古本を買った人は、新刊本のほうもとっくに持っているのかもしれないなあ。

【最も多く売れたもの】

 そうなんだよ、つまり先月は、最も値段の高いものが最も多く売れたわけなのだ。おれとしてはありがたいことである。まあ、“多く”ったって、一桁だけどね。イアホンに不満を持っていて、安くていいのがあれば試してみようという人が少なくないんだろうなあ。

 たしかに、iPod の付属品のアレは、なんぼなんでもなあ。価格とか交通安全とか耳の健康に関する訴訟リスクとか、いろいろ深謀遠慮があって、あのあたりの高音寄りの設計を落としどころにしているのかもしれないが、いくらなんでもアレは音が薄っぺらすぎんか。しょせんアップルはコンピュータメーカであって、オーディオ機器メーカじゃないからねえ。携帯プレイヤーとクライアントソフトウェアとオンラインショップとの三位一体の垂直統合ビジネスモデルが大成功したからといって、虚心坦懐にオーディオ機器としての iPod を見た場合、ユーザインタフェースを除いては、さほど突出して優れたものだとは、おれには思えない。音楽を聴く環境に関するポピュリズムとでも言うべきものをとことん追及した結果成功した、ひとつのモデルであるというだけだ。これだけ大成功したのだから、アップルももう少し音響機器メーカとしての洗練へ向けて進んではどうか? かといって、ゼンハイザーを買収したりするなよ。

【最もケッタイなもの(主観)】

 おおお、シーナ・イーストンですか。いいですねえ、おれも好きです。

 このブログを検索エンジンで見つけてやってくる人の検索語にも、けっこう「It's Christmas All Over the World」があるのである。クリスマス・シーズンでなくてもだ。以前、この曲を惜しんで書いたエントリーがヒットするのだろう。やっぱり、それだけいい曲だと思っている人が多いにちがいない。この「It's Christmas All Over the World」(邦題「世界中のクリスマス」)が収録されているアルバムは、いまとなっては、この中古の「BEST NOW」しかないんだよねえ。東芝EMIの廃盤クリスマス・コンピレーション『ハート・オブ・クリスマス』にも入っているんだが、こいつはもう、アマゾンのマーケットプレイスでも入荷待ちである。

 ホントにバカにならないほどの検索があるので、レコード会社は本気で「BEST NOW」の復刻を考えるべきだと思う。もはや、八十年代のシーナ・イーストン旋風を知らない若者も多いのだ。《007》シリーズの若いファンにだって、「このおばさん、歌うまいわー」などと、美空ひばりのリハを聴いた近藤真彦みたいなことを言っている人がいるにちがいない。そりゃ、歴代007主題歌歌手の中でも、シャーリー・バッシー(最近またCMで再発見している若者も多いかもしれない)とタメを張れるのはシーナ・イーストンくらいのものだよ。まだ現役なのに、日本ではすっかり過去の人みたいになっちゃってるのは悲しいね。

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2008年6月 1日 (日)

しっかりしてくれ、大学

大学入学式に父母出席 これは「過保護なのか」論争 (J-CASTニュース)
http://www.j-cast.com/2008/05/31020864.html

学生の数を上回る父母が出席した東京大学の2008年入学式で、特別栄誉教授の安藤忠雄さんが「子離れしろ」と発言した。メディアでも取り上げられ、「これは過保護なのか」がネットで議論になっている。

 そりゃ、過保護だよ。過干渉というべきか。入学式ならほんの少しは気持ちもわからんでもないが、入試にまで親がついてくるとなると、失笑を禁じ得ない。幼稚園、小学校の“お受験”じゃあるまいし、親がついてきた時点で、そんな受験生は不合格にしてしまえ。

 話には聞いていたが、事態はおれの想像を上まわってるみたいだなあ。東大にかぎった現象でもないらしいのが情けない。もはや、大学の入学式に親が出てくるのがあたりまえという時代になりつつあるのだろう。

 私立大学だったら、学生もその親も“顧客”だから、のこのこ入学式についてゆきたいという親が増えてきたら、つっぱねるわけにもいかなくなってくるのが資本主義というものでありましょうが、国公立大学こそ、「親のための場所などない。どうしてもわが子の晴れ姿が見たいなら、慎ましく門の外で待っておれ」と毅然とした態度を示すべきだろう。安藤忠雄、よく言った。

 大学も大学、親も親なら、学生も学生だ。十八にもなれば(十九、二十歳だってざらにいるだろう)、親がついてゆきたいなどと言おうものなら、恥ずかしいからやめてくれ、大学にも迷惑だと思うもんなんじゃないだろうか? 「思うもんなんじゃないだろうか?」と言ったところで、事実、そうじゃないんだから詮ないことではありますが……。

 まあ、若者がどんどん減ってゆくわけだから、そのうち企業だって、新卒学生様、その親御様のご要望をもったいなくもありがたくも尊重させていただかざるを得なくなり、入社式にのこのこついてくる親のための席を用意するようになってくるかもしれんな。このままゆくと、その可能性は高いと見た。学生様や親御様の不興を買うと、優秀(だが過保護な)学生様が来てくれなくなるからだ。

 大学も学生も親もそれぞれに情けないと思うが、いちばん情けないのは、やっぱり大学である。学生と親は自分たちの閉じた世界でおままごとをしておれば、まったりと時間の止まった Win-Win の関係(?)が維持できて心地よいのかもしれんが、そのディストピアを“外の価値観”でガツンとやって破壊するのが、教育機関としての大学のあるべきスタンスだと思う。ぬるい親の侵攻も撃退できずに、“大学の自治”などちゃんちゃらおかしい。



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♪惑星Eから~追放さ~れた~

Monkeys control robots with their minds (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/TECH/science/05/29/monkey.robots/index.html

(CNN) -- Scientists have trained a group of monkeys to feed themselves marshmallows using a robot arm controlled by sensors implanted in their brains, a feat that could one day help paralyzed people operate prosthetic limbs on their own, according to a study out Thursday.
Lead researcher Andrew Schwartz of the University of Pittsburgh said he believes it won't be long before the technology is tested in humans, although he predicts it will be longer before the devices are used in actual patients with disabilities.
"I think we'll be doing this on an experimental basis in two years," said Schwartz, professor of neurobiology at the university's School of Medicine.
The results were appeared in the journal Nature's online edition on Thursday. The arm is controlled by a network of tiny electrodes called a brain-machine interface, implanted into the motor cortex of the monkeys' brains -- the region that controls movement.
It picks up the signals of brain cells as they generate commands to move and converts those into directional signals for the robotic arm, which the monkeys eventually used as a surrogate for their own.

 おお、すげえなあ。だけど、こういうのを見ると、おれくらいの世代の人は、このサルに“ラー”と名前を付けたくなるにちがいない。

 将来的に、こういう技術の恩恵に身体障害者が与ることができるようになると、健常者以上に器用で力持ちになる可能性すらある。おれたちが子供のころに空想してたようなものが、もはやすぐそこまで来ているのだなあ。もうすぐ、生得的に持っているものを人工物が超える時代がやってくるにちがいない。そういう技術とどうつきあってゆけばよいのかも、そろそろ考えておかなくてはならないよなあ。むかしはこういう手術をするのには、600万ドルくらいかかったもんだ。



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今月の言葉

羞恥表示混同惹起行為

 たぶん、「おこめ券」とかそういうやつ(関西限定)。

 えーと、元ネタがわからん方は、不正競争防止法2条1項1号を参照のこと。



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