半回転の味
おれは焼酎党だが、まあ、たまにはウィスキーもいいかと思って、ひさしぶりにコンビニでウィスキーを買ったわけだ。オーソドックスにもほどがあるサントリー・オールドだけどな。で、そのオールドに、缶詰のおまけが付いてたのよさ。「さんまのしょうが煮」だ。おれはサンマも好きだから、これは都合がいい。
で、家でそのおまけの箱をよく見てみたら、裏に「おいしい水割りのつくりかた」というのが書いてあった。おれはウィスキーを飲むときは、お湯割りかロックなので、水割りにすることはほとんどない。つきあい酒のときくらいのものだ。むかし筒井康隆も書いていたが、“水割り”というのはいかにもまずそうな呼称ではないか。
それはともかく、まあ、家では水割りを飲まないおれではあるが、後学のために、「おいしい水割りのつくりかた」とやらを知っておいても損はなかろうと、一読して仰天した。こういうのである――
1.氷をたっぷり入れます。
2.ウイスキーを注ぎます。(2フィンガー)
3.水を足さずに13回転半かきまぜます。
4.氷を足します。
5.ミネラルウォーターをウイスキーの2.5倍注ぎ、3回転半かきまぜます。
誰もが不可解に思うであろうが、この「13回転半」とか「3回転半」とかに、なにか意味があるんだろうか? 約十回転とか約三回転とかならまだわかるんだが、ここまで厳密に書いてあるからには、“半回転”かきまぜかたを誤っただけで味が変わってしまうほど、ウィスキーというのはデリケートなものであるらしい。そんな畏れ多い酒をコンビニで売っているというのもどうかと思うが、それにしてもなあ……。この「13回転半」とかは、たぶん“おまじない”みたいなもんなんだろう。「13回転半」ということになっていると知っている者同士で、コミュニティー感覚を醸成するための、符牒のようなものなのかもしれん。納豆は何回かきまぜたらいいかなんてのにも、諸説ありますからなあ。
おれが思うに、食いもの・飲みもののレシピや作法とか、オーディオとか、武道・格闘技とかには、どう考えても“おまじない”としか思えない俗説が多々存在するようである。むろん、科学的に考えても納得のゆくことも少なくないけれども、“おまじない”的なものも同様に語り継がれているようだ。なんなんだろうね、あれは? なにもかも理屈で説明できるのは凡庸な段階であって、“真髄”とか“奥義”とかの世界になると、なにかしら神秘的なものを盛り込みたくなるということなのかな? こういうところにも、ニセ科学への入口が開いている。
いやまあ、おれが浅学菲才であるばかりに、この「13回転半」に秘められたきわめて合理的・科学的な意味を読み取ることができないだけかもしれないということもあり得る。非科学的と一蹴するわけにもいかんかもしれない。
そうそう、おいしい水割りを作ろうとする場合、ミネラルウォーターの瓶に、あらかじめ「ありがとう」と書いた紙を貼っておくのは、基本中の基本である。ゆめ、疑うことなかれ。
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コメント
たしかに水割りというのはねえ。
落語に出てくる、
「水くさい酒やなあ」
「酒くさい水じゃ」
というやりとりを思い起こさせますね。
投稿: 北野勇作 | 2008年5月19日 (月) 08時57分
そして最後に、「ありがとう」と書いた紙を貼るのを忘れずに!
投稿: ふみお | 2008年5月19日 (月) 12時44分
と思ったら最後にちゃんと貼ってますね(笑)。読み落としてましたすんません。不覚なり……orz
投稿: ふみお | 2008年5月19日 (月) 12時45分
>北野勇作さん
“水を加える”という行為は、日本文化の中では、マイナスイメージが強いですからねえ。いっそ、水のほうをメインにして“ウィスキーで割る”ということにしたら、少しは印象がよくなるかもしれません。
>ふみおさん
おんなじ発想しますねえ(^_^;)。
投稿: 冬樹蛉 | 2008年5月19日 (月) 22時50分
冬樹蛉 様
「壽屋のウヰスキーの説明書には可笑しき事、実に多し。例えば「水割り」を作る際にグラスにウヰスキーを注ぎ、水を足さず十三回転半掻き混ぜ、しかして水を足すこととあり、敢えて問う半とは何処より割り出したる計算なるか」
http://www1.gifu-u.ac.jp/~masaru/soseki/
っていうことでしょうか。
投稿: いぎたなし | 2008年5月19日 (月) 23時02分
>いぎたなしさん
うまいっ!
そういえば、この漱石の文章、学生時代に一度読んでるなあ。ひさかたぶりに思い出しました。こういうふうに使うとは、おみごとです。
投稿: 冬樹蛉 | 2008年5月19日 (月) 23時20分