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2008年4月 3日 (木)

竹宮惠子学部長

竹宮惠子さん、マンガ学部長に 京都精華大 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0402/OSK200804020089.html

 京都精華大(京都市)は2日、マンガ学部長に漫画家の竹宮惠子教授(58)が就任したと発表した。1日付。竹宮さんは「風と木の詩」「地球(テラ)へ…」などの作品で知られ、00年から同大学教授を務めている。ほかに、漫画評論家の呉智英氏(61)が同学部客員教授に、漫画家の六田登氏(55)が同学部特任教授になった。

 ひょえ~。京都にはすごい人たちがうろついている(失礼)んだなあ。そこいらですれちがわないともかぎらない(すれちがってもわからないだろうけど)。せいぜい気をつけておくことにしよう。

 それにしても、六田登特任教授ってのは、おれくらいの歳の人にとっては、〈小学六年生〉「おしゃべりらくがき」“のぼ~る”だよね――っつっても、わかる人はごく限られているとは思うが……。十一から十二歳のおれは、アレをけっこう楽しみにしてたんだよ。アレは当時の小学館の学習雑誌にしては、ずいぶん好き勝手にやってたコーナーだと思うのだ。昭和は遠くなりにけり。



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コメント

ミクたんとかカエルさんとか……。あのコーナーは内輪ありシュールありのくだけた感じで、最初面食らいましたが、だんだんそこが大人っぽく感じられてきて、好きでした。
のぼ~るでは、「はいるかはいるか なつみかん~」というのをいまも覚えています。

投稿: 山岸真 | 2008年4月 3日 (木) 05時28分

はじめまして。いつもたのしみに拝見しています。

のぼ〜る、は懐かしいですね。

小生は冬樹さんより少し年長(1960)ですが「ハロー6(シックス)ワイドショー」は楽しんでおりました。
月名を語呂合わせで覚えるヤツとか(「三月、桜が散りマーチ」「八月、冷房がストップ(オーガストっぷ)ぷして、暑い」)まだ断片的に覚えています。
かなり影響を受けていることでしょう。

Googleで検索したら、どっさりありました。
子供の記憶に残る仕事っていいですね。

ひさびさに思い出させてくださり、ありがとうございました。

投稿: 飛浩隆 | 2008年4月 3日 (木) 07時49分

小生もあのコーナーは大好きでした。とくに印象に残っているのは、あれだけが別冊附録になったときがあって、その内容がとても充実していたことです。
たとえば、「ミクたん」のなぞなぞ講座。「空も陸も海も走れる船の名前は何でしょう?」というなぞなぞの答が「そんな乗り物はありません。だから答えは「アリマ船」」なんてのはレベルが低いからダメ、という高級な内容に衝撃を受けました。

読者のお便りコーナーで、「オレは彼女が好きで、キスもしたのに、大人はつきあってはいけないといいやがる」という投書に対し、のぼ~るが「その気持ちが本当なら、キスをしたっていいだろう。だがおまえは自分は匿名で、彼女の名前は実名で書いている。そんなやつが、本当に相手のことを思っているなどといえるのか!」という厳しい返事をしていたのもよく覚えております。小学6年生相手に(小生はなぜか5年生のときにそれを読んでおりましたが)大人が真剣に答えてくれているという感動を味わったものです。

投稿: 加藤秀一 | 2008年4月 3日 (木) 13時06分

のぼ~る、ミクたん、カエルさん……なつかすぃ。私も加藤さんが覚えてらっしゃる恋愛相談、
記憶にあります。あと、常連投稿者同士の言い争いなんてのもあって、衝撃でした。そこでも厳しい仕切りをしてましたよね。普通の子供向け雑誌の投稿欄だったらただ「載せない」という判断で済ませちゃうようなものも載せた上で真剣に向き合う、というのはすごかったです。

なつかすぃ。「ウゴウゴルーガ」不完全版DVDみたいな本作ってくれないかなあ。

投稿: ふみお | 2008年4月 3日 (木) 13時32分

 なつかしいなあ。のぼーるとミクたん。
「ノーラの箱舟」とかを、おお、あのミク
たんだ、とか思いながら読んでたのは、私
だけではなかったということですね。

 

投稿: 北野勇作 | 2008年4月 3日 (木) 14時40分

 うわわわ、思わぬ反響が(^_^;)。

>山岸真さん

 ミクたんは初音ミクで、御厨さと美さんは“みくちゃん”だったんではないかと。“ロコたん”とこんがらかってるんだと思います。なつみかんは憶えてないなあ(^_^;)。


>飛浩隆さん

 京フェスではこちらは一方的に拝見しているんですが、直接ご挨拶したことはなかったですね。ご愛読ありがとうございます。

 そうそう、「ハロー6ワイドショー」が正式なコーナー名でしたね。「おしゃべりらくがき」(おしゃらく)は、欄外コーナーの名前でした。初めてあのコーナーを見たときには、なにごとかと思いましたよ。欄外にまでびっしり字と絵が詰まっていて、なんだかガチャガチャした版面でしたが、それが非常に新鮮でした。

 たしかに検索してみると、うようよ出てきますね。三十年以上を経ても当時の読者の心に残っている仕事いうのは、ほんとに羨ましいと思います。


>加藤秀一さん

 おおお、ふみおさんと同じく、その恋愛相談、言われてみれば記憶にあります。さすが社会学者になるような方は、細かく憶えてらっしゃいますね。なんちゅうか、“カテゴリー差よりも個体差”みたいな考えかたに、加藤さんが当時から反応してらしたというのは、じつに興味深いことです。


>ふみおさん

 飛さんや加藤さんが読んでらしたのはわかるんですが、ふみおさんの記憶にまであるとは(^_^;)。あのコーナーって、どのくらい続いていたんでしょうね? われわれと同じ時期に読んでらしたとしたら、小二で〈小学六年生〉を読んでらしたわけですか……。ずいぶんマセたガキだなあ。まこと、蛇は双葉より芳し、栴檀は寸にして人を呑む。


>北野勇作さん

 一九六二年組の妙な共通点がまた見つかりましたね(^_^;)。


 考えてみれば、六田登氏は、1952年生まれ、SFギョーカイ62年組の十年先輩です。ということは、みくちゃんものぼ~るも、当時の「ハロー6ワイドショー」の時代には、いまのわれわれの半分くらいの年齢だったわけですねえ。

 いまおっさん・おばはんになったわれわれから見ても、それくらいの若造であったみくちゃん・のぼ~るたちが、和気藹々とわいわいがやがや、自分たち自身も悩んだり迷ったりしているさまをあけすけに表現していたさまは、とても印象に残ってます。のぼ~るが浅川マキを聴きながら落ち込んでるとことか(^_^;)。加藤さんもおっしゃるように、彼らのそういう大人の実際の姿は、身近な学校の先生以上に“教師”として機能していたように思います。

 小学館の学習雑誌というのは、考えてみると、非常に特殊な媒体なんですよね。「床屋に『ゴルゴ13』と一緒に置いてあった〈小学六年生〉が面白かったので、以来、三十年間〈小学六年生〉を愛読している」なんて話は聞いたことがありません。つまり、一年間で“卒業”してゆくことを前提としている。単行本になったりすることなんか、まるで想定していない。そんな場だからこそ、ローカル放送局の深夜放送みたいな、不思議なコミュニティ感覚を醸成することができたのだろうと思います。子供相手だからこそ、“奇跡的”といってもいいくらいの才能が集まった場所だったのかもしれませんね。思えば、学研のほうでは、当時はすがやみつるさんが『アスガード7』とか描いてらしたわけで(笑)。

 ホントに、子供相手の仕事というのは、羨ましくて怖い、影響力のある仕事なんですねえ。

投稿: 冬樹蛉 | 2008年4月 3日 (木) 22時50分

 どひゃひゃひゃひゃひゃ、こんなの見つけましたよ。なーつかしいでしょう、みなさん!

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Cell/4855/gak70.htm

投稿: 冬樹蛉 | 2008年4月 3日 (木) 23時31分

ネットって……

ホントになんでもありますねえ……。懐かしくて気絶寸前です。

投稿: ふみお | 2008年4月 5日 (土) 01時14分

 ああ、そういえば、のぼ~るが甲子園に熱中する大人たちにちょっと斜に構えて言及して、「自分の代わりに燃える他人を見てうさ晴らしだ」みたいなことを言ってたのも思い出したぞ(^_^;)。こんな断片的な記憶が話題に刺激されて出てくるとは、人間の脳ってのは面白いなあ。

投稿: 冬樹蛉 | 2008年4月 5日 (土) 01時44分

あと、のぼ~るの自画像って70年代ヒッピー風ってカンジでしたけど、あれが最初の頃はわりと劇画超に近い感じだったのに、しまいにゃモチを二つ折りにしたみたいな顔の二頭身型になってましたよね。その後パタリロやチビ猫、アラレちゃんにも同じ現象が起こりましたが、それに気づくたび「ああ、のぼ~る化だ」と思っていたワタシ。子供の頃の刷り込みってスゴイ。この頃もっと勉強しておけば……orz

投稿: ふみお | 2008年4月 5日 (土) 12時31分

もひとつ……。件の別冊附録には、男女そろっての「パジャマパーティ」の勧めが、たしか(じゃないけど)ロコたんのイラストと説明入りで載っていたような気が。なんだかドキドキしたもんです。

投稿: 加藤秀一 | 2008年4月 5日 (土) 12時39分

>ふみおさん

 70年代ヒッピー風ね、た、たしかに(^_^;)。「のぼ~る化」ってのはすごい認識のしかたですな。『ドラえもん』だって、のぼ~る化してから人気が出たわけです(笑)。いや、最初にアニメ化された日テレ版『ドラえもん』、私は好きですけどね。とくにテーマソングが。

 中山蛙なんか、小学生の目には酸いも甘いも噛み分けた場末の喫茶店のおっさんマスターかなんかみたいな感じでしたが、考えてみりゃあ、いまのわれわれから見れば若造だったわけですねえ……。なんか、信じられない感じ。


>加藤秀一さん

 やっぱりジェンダーネタじゃないですか(;^_^)/。蛇は双葉より芳し、栴檀は寸にして……。

投稿: 冬樹蛉 | 2008年4月 6日 (日) 03時37分

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