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2008年4月 6日 (日)

常識が覆った応急心肺蘇生法

Revised CPR method helps save Arizonans (CNN.com)
http://www.cnn.com/2008/HEALTH/conditions/03/31/moh.cpr/index.html

In a bold departure from standard practice, paramedics in most Arizona cities do not follow the guidance of the American Heart Association. Instead, they follow a protocol that was developed at the University of Arizona's Sarver Heart Center, largely by Dr. Gordon Ewy.
Even after cardiac arrest, Ewy said, there's enough oxygen in the body to feed the brain and keep a person alive for several minutes. But that air helps only if someone compresses the heart to circulate blood. In traditional CPR, rescuers alternate 30 chest compressions with two long "rescue breaths." Paramedics are trained to start by checking the airway, and insert a breathing tube at the start of resuscitation. These extra steps, said Ewy, waste precious time.
In Arizona, paramedics skip the breathing step when they begin to treat a cardiac arrest. They simply alternate two minutes of pumping on the chest -- 200 compressions -- with a single shock from a defibrillator.
Epinephrine, a powerful stimulant that jump-starts the body's vital systems, is given as soon as possible. Paramedics insert a breathing tube only if several cycles of shock and compressions fail to re-start the heart.
Ewy said the Arizona study, along with studies on bystander interventions in Japan and his own animal research, show that resuscitation without additional breathing is superior.
"In my mind, the evidence is overwhelming right now," he said.

心停止、とにかく胸押して 救急医ら調査、指針見直しへ (asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/0404/TKY200804040161.html

 心停止状態で倒れている成人を助けるには、胸を押し続けて圧迫するだけでも、人工呼吸を加えた方法と同じ蘇生効果があることが、日本の二つのグループの調査でわかった。調査を受けて米心臓協会(AHA)は、この「圧迫」を蘇生法として市民に勧める見解を発表。日本でも指針が見直される見通しだ。
 心臓発作などで倒れた場合、命を大きく左右するのは早期の心肺蘇生。蘇生法は、胸の真ん中を押す「胸骨圧迫」と人工呼吸を交互に行うのが原則で、海外でも同じ。ただ、第一発見者の多くはたまたま居合わせた人。他人に口をあわせる人工呼吸に抵抗感があるのが課題だった。
 ところが京都大の石見拓・助教や大阪府の救急医らの調査で、人工呼吸を省いても効果が変わらないことがわかった。調査対象は、98~03年に心臓病で心停止して倒れたが、近くに人がいた大阪府民の事例約4900件。倒れて1年後に、後遺症なく社会復帰できた率を調べた。

 先日、上のCNNの記事を読んで、90へぇくらいを叩いていたんだが、American Heart Association (AHA) のガイドライン見直しを受けて、日本のメディアも報道したようだ。CNNの記事にある“studies on bystander interventions in Japan”というのが、おそらく朝日の記事にある「京都大の石見拓・助教や大阪府の救急医らの調査」なんだろう。

 要するに、急に心停止した場合には、血中には脳を数分間生かせるだけの酸素は溶けているのだから、人工呼吸に貴重な時間を費やすより、即、胸の圧迫に入って、とにかく血液を循環させることに集中したほうが、緊急の際には予後がよくなるということのようだ。言われてみれば、なるほどそうしたほうがよさそうだと素人にでも思えるんだが、なにしろ実験をするわけにはいかない分野だけに、こうした統計的な調査が威力を発揮する。

 何十万、何百万人に一人といった珍しい病気に関してならいざ知らず、心臓発作などといった、ごくありふれた症状に対する応急処置についてすら、二十一世紀になって常識が覆るんだから、まこと医学というのは奥が深い。ひょっとしたら、実際に医療の現場にいる人たち個々人には、「教科書や研修ではこう習ったが、どうも長年の経験に照らすと、ひょっとしたらこっちのほうがいいんじゃなかろうか?」と思っていることが、あれこれあるんじゃなかろうか? とはいえ、なにしろ人の命がかかっていることであるから、常識とされている手順を無視して、「こっちのほうがいいんじゃなかろうか?」と思っていることを軽々に実行するわけにはいかないのだ。下手すると、人体実験になってしまう。そのあたりが、ロゴスとプラクティスとが不可分である医学という分野の難しいところだよねえ。ジェンナーなんか、いまなら確実に訴えられますわな。おれたちが子供のころ偉人伝なんかで読まされた“自分の息子で実験した”という話はウソらしいが、自分の息子だろうが他人の子だろうが、結果オーライだったからまだよかったものの、やってることは人体実験そのものですからねえ。

 たぶん、ちょこっと未来の人たちは、いまのおれたちが中世の医術を語るような感覚で、「二十世紀には、道端で心停止して倒れた人に人工呼吸してたんだって。信じられねー」などと言うようになるのだろう。まあ、医学ってのは、もちろん科学としての理屈も大事だが、得られた経験則をすぐにでも利用して、結果として多くの人が助かりゃオーケーって面もある。それこそお釈迦様の毒矢の喩えじゃないけれども、ごちゃごちゃ議論している暇があったら、とっとと矢を抜くべき局面というのがあるだろう。

 CNNの記事は、こう続く――

Crystal Sorenson, a Glendale firefighter and medic for more than 20 years, experienced a vivid example last summer with the case of 48-year-old Daniel Lane. As she pounded his chest, Lane kept grabbing her wrist, struggling to look up. Each time she paused to deliver a defibrillator shock, "he'd let go and drop down, passing out."
A similar story inspired Ewy, who told CNN about a recording of a 911 call he heard several years ago, on which dispatchers guided a woman through CPR on her husband while she waited for paramedics to arrive.

 (これに似た話に、ユーイ博士ははっとしたのだった。彼はCNNに数年前に聴いた911の録音について語ってくれた。ある女性に、救急配車係たちが救急隊が到着するまでのあいだに心肺蘇生法の指導をしている録音である)

"After a while, she came back to the phone and said, 'Why is it every time I press on his chest, he opens his eyes, and every time I stop and breathe for him, he goes back to sleep?' " Ewy paused and gave a rueful laugh. "This woman in 10 minutes learned more about cerebral perfusion [getting blood flow to the brain] than we had in 15 or 20 years of CPR research."

 (「しばらくして彼女は電話口に戻ってきて言ったのです。“夫の胸を圧すたびに彼は目を開け、人工呼吸のために圧すのをやめるたびに意識を失うのはどうしてなの?”」 ユーイ博士は少し間をおいて、悔しそうに笑った。「この女性は、脳灌流(脳への血流確保)について、われわれが心肺蘇生法の研究で十五年、二十年とかけて学んできた以上のことを、十分間で学んだのです」)

 夫を救いたいと必死で応急処置をする妻が、その修羅場で発見したことについて、このように言える謙虚な研究者というのも、またすごいと思う。この rueful laugh は、「これにもっと早く気づいて人々に知らしめていれば、もっともっと多くの人を救えたものを、わしゃ大学のドクターでございと、いったいいままでなにをしとったんだろう……」という心持ちの laugh なのだろう。



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コメント

私はこの1年で2回応急蘇生法の講習を受けましたが、実は新聞に書いてあったことはすでに国際的な基準として常識の範疇でありまして、今さら新聞が書き立てるというのに驚いたくらいなのです。
ちなみに、応急蘇生法のガイドラインは5年に1度のサイクルで、臨床結果に基づいた見直しがされており、次の見直しでは、胸骨圧迫の際に足を上に頭を下にというものが加わることが予想されているとか。現場では時々刻々最新の知見がとりいれられているのですね。

投稿: 喜多哲士 | 2008年4月 6日 (日) 22時39分

>喜多哲士さん

 なるほど、日本の現場ではもうとっくにやってるわけですね。

 たぶん、CNNや朝日が書いたのは、やっぱりAHAといった権威ある団体のガイドラインが変わるということに反応したのでしょう。CNNの記事によると、アリゾナの人たちはすでにAHAのガイドラインに沿わずに、アリゾナ大学の先生の言うことのほうが効果がありそうだと、実践の場ではそっちに従っているわけです。現場のほうがプラグマティックということでしょうね。CNN記事冒頭のエピソードでは、UPSの運転手がほんの二か月前に講習で習ったアリゾナ方式でマーツさんを救ったということで、アリゾナでは講習会なんかでは、すでにそっちを教えているわけですね。

 となると気になるのは、現場はどんどん最新の知見を取り入れているのに、権威ある団体のガイドラインが五年に一度改定されるなどという悠長なことでは、現場の人が訴訟リスクを負ってしまうのではないかという点です。現場で最新とされているやりかたでも救えなかった場合に、「権威ある団体のガイドラインに従っていない」などと訴えられる可能性も大いにあるでしょう。そういう場合、権威ある団体の現行のガイドラインが、たとえ現実的には古くても、法的には妥当なものと見なされてしまうおそれがあると思います。ガイドラインの改定サイクルがのんびりすぎるんじゃないかと思いますね。

 むろん、現場の人たちは、そうした訴訟リスクがあることも充分覚悟のうえで、それでも“こっちのやりかた”のほうがより効果的であると確信して、人の命を救うために訴訟リスクを見込んで実行してらっしゃるわけでしょう。現場の人たちにそんな負担をかけている状態はいかがなものかと思います。権威ある団体は、もっと機敏に最新の知見を反映してほしいものです。

投稿: 冬樹蛉 | 2008年4月 6日 (日) 23時54分

今さら新聞が書き立てるというのに驚いたくらいなのです。

私も今更こんなことが記事にと思いました
Jで応急蘇生法のキャンペーンやっていたのって、2年くらい前じゃなかったかな
フクダ電子がスポンサーに手を挙げる前くらい
新京極で、蘇生法のプロモーション見たよ

投稿: kaoru | 2008年4月 8日 (火) 15時04分

>kaoruさん

 なんか、みなさんのお話を聴いていると、アメリカてえらい遅れとったんやなという感じですね。AHAちゅうのがどんくさいだけなのかな?

投稿: 冬樹蛉 | 2008年4月 9日 (水) 01時07分

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