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2008年2月12日 (火)

自分が高潔だからといって、他人が下賤なわけじゃないだろう

経産次官「デイトレーダーはバカで無責任」 講演で発言 (asahi.com)
http://www.asahi.com/business/update/0207/TKY200802070395.html

 経済産業省の北畑隆生事務次官が講演会で、インターネットなどで株売買を短期間に繰り返す個人投資家のデイトレーダーについて「最も堕落した株主」「バカで浮気で無責任」などと発言していたことが分かった。北畑氏は7日の記者会見で発言内容を認め、「申し訳ない」と陳謝した。

(中略)

 北畑氏はデイトレーダーについて「経営にまったく関心がない。本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつですから、会社の重要な議決権を与える必要はない」と発言。デイトレーダーに適した株式として、配当を優遇する代わりに議決権のない「無議決権株式」を挙げ、上場解禁を唱えた。

 いやまあ、おれも個人的にはね、デイトレーダーってのは節操がないとは思うよ。なんかこう、自分で作ったコンテンツが一切ないブログでアフィリエイト収入やら広告収入やらを得ようとしているスパムブログみたいなものを連想する。ああいうブロガー(?)にとっては、ブログの中身はどうでもいいわけだしね。

 だが、プレイヤーの志が高かろうが低かろうが参入できる仕組みだからこそ、ウェブと同じく、株式市場ってのは健全なダイナミズムを保つものなんじゃないのかなあ。美学ってのはおのれが持つものであって、他人に持たせられるものではない。

 なんちゅうか、この事務次官の言い種には、いかにも官僚的なものの考えかたが如実に表れてますなあ。語るに落ちているというか。世の中、手前の美学を共有する人間だけでできてるわけではない。それはおれにとっては不愉快で忌々しいことではあるが、おれの美学を不愉快で忌々しいと思っている人もたくさんいるのが道理だから、お互いさまなのである。この“お互いさま”という発想・認識が完全に欠落しているあたりが、いかにも官僚的なのだ。デイトレーダーにはデイトレーダーの美学があるのかもしれんしね(おれ個人はそんなものを共有したくはないけれども)。おれ自身は株はやったことがないし、一切保有もしていないから(そもそもそんな余裕なんかねえよ)、この御仁の論理でゆけば、企業に投資するという形ではまったく社会貢献をしていないおれは「バカで無責任」以下ということになるのだろう、たぶん。

 たとえば、ある作家の書いた本がベストセラーになったとしようや。だが、どう考えても、百万も二百万もの人がその本をちゃんと“理解”して読んでくれているとは思えず、まあ、大半は“巷で話題になっているから買ってみた”という程度の読者だったとしようや。

 そのとき、「理解もできないくせに、ただ話題になっているというだけの理由でおれの本を買うようなやつは、最も堕落した読者であり、バカで浮気で無責任である」などとその作家がほざいたら、身のほど知らずを晒すだけだろう(そういうことを文学的営為として意図的・実験的に行う作家はいるけど、これはそういう話じゃない)。なぜなら、市場に出した時点で、その“作品”はすでに作家のものではないからである(著作権とか、そういう話じゃないよ)。完全にコントロールできるという意味では、作家の制御を離れている。その制御を万人に委ねるという行為こそが、出版する、作品を世に問うという意味にほかならない。作家が「最も堕落した読者」呼ばわりしている読者の中にも、必ずや作家の意図をはるかに超えた読みかたをする人がいるにちがいない。そのような読みかたをされることで、その作品は価値を増すのだ。読者がひとり残らず作家の意図どおりの読解をするのだとしたら、そんな作品にはたいした価値はないと思う。株式市場だって似たようなものだろう。企業の経営なんてどうでもよくて、単に株式市場という仕組みの中に生じる電位差から微弱な電流を掠め取ってただただ蓄電しようとするプレイヤーだって、そのことによっておのれの意図を超えた価値をどこかに作り出しているかもしれないのだ。

 この事務次官の発言におれが決定的な違和感を覚えるのは、おそらく“価値”というものの捉えかたが、この人とおれとではまったく異なっているからだろう。たぶん、この人とおれは、まったくちがう世界を見ている。こういう人とは、いくら話し合っても、永遠にすれちがうだろうと想像するんだなあ。おれの身のまわりには、こういう人はあんまりいてほしくないなあ。うざい。「それはちがう! これはこうあるべきであって、そう思わないおまえなど、最も堕落した無責任なバカだ」と、しょっちゅう断じられてしまいそうだ。



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コメント

 たぶん、この議論は価値観とか倫理観以前の日本の資本主義のありようの問題ではないでしょうか。
 だって、北畑次官の発言は矛盾しています。
 議決権の無い株は本当の株より価値が低いですから、同じように取引されるはずがありません。デイトレーダーはそれぞれを別の株として投機の対象にするでしょう。
 デイトレーダーそのものがよろしくない存在だというなら、購入した株を短期間で売却することの方を禁じるべきです。
 だいたいがデイトレーダーが経営に興味をもっていないなら、議決権の無い株券なんか出しても特に意味はありません。経営に興味を持たない株主が悪いってんなら、株主権限の使用を義務化するほうが筋が通ってます。
 北畑次官の意見はむしろ「デイトレーダーが経営に興味をもってしまう」かもしれないことを警戒していると見られてもしかたないです。

 このお馬鹿な発言は日本の官界・財界に根強くある考え方、つまり会社は株主のものじゃないという主張が根っこにあると思います。
 株主はおとなしく国や会社にお金を貢ぎなさいってことです。社会主義国家にふさわしく。

投稿: 東部戦線 | 2008年2月13日 (水) 19時04分

>東部戦線さん
>北畑次官の意見はむしろ「デイトレーダーが経営に興味をもってしまう」かもしれないことを警戒していると見られてもしかたないです。

 なるほど、それは鋭い!

 私は「知らない人が社長になるのがイヤなら、上場しちゃだめですよ」というホリエモンの指摘は至極もっともな正論だと思っているんですが( http://ray-fuyuki.air-nifty.com/blog/2005/04/post_9712.html )、なるほど、北畑事務次官は、鎖国主義者なわけですな。そこからこういう発言が出てくるわけだ。

 この期に及んでは、世界市場で戦える力を日本人自身が養うべきであって、鎖国やら保護貿易やら護送船団やらといった方向に向かうべきではないと思いますね。

投稿: 冬樹蛉 | 2008年2月21日 (木) 01時30分

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» デイトレーダーはバカだってよ。 [閑話ノート]
経産次官「デイトレーダーはバカで無責任」 講演で発言ー<asahi.com> 今、経済産業省事務次官の北畑隆生氏の発言が物議を醸しているようだ。 手元のgooブログ検索をしてみると、殆んどがバッシング記事だ。 ことの発端は、先月25日(財)経済産業調査会が、身内の北畑事務次官を招いて、「会社は株主だけのものか?ー企業買収防衛策・外為法制度改正・ガバナンスー」<PDFファイル>と題する講演会の席での発言だった。 その席で北畑次官は、デイトレーダーは「最も堕落した株主」、「バカで浮気で無責任」などと... [続きを読む]

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