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2007年10月 9日 (火)

『時間はどこで生まれるのか』(橋元淳一郎/集英社新書)

 むかしスティーヴン・ホーキングは、言語の分析が哲学に残された唯一の任務だとまで言うヴィトゲンシュタインを例に挙げ、アリストテレスからカントに至る哲学の偉大な伝統を思うと、なんて落ちぶれざまだ(“What a comedown from the great tradition of philosophy from Aristotle to Kant!”)と、哲学と科学との乖離に苛立っていたもんだ(『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』)。まあ、ホーキングのヴィトゲンシュタイン批判自体が、あまりにも表層的だという意見はよく目にするが、おれはヴィトゲンシュタインはあんまり知らないので、ホーキングの批判が妥当なものなのかどうかはよくわからない。

 本書は、そうしたホーキングの苛立ちに真正面から応えるものだ。哲学的な時間論が、物理学の成果をあまりにも取り入れていないことに苛立った橋元淳一郎が、物理学的時間論と人間的時間論を統合する叩き台として提示した時間論なのである。さすがは理科系SF作家。SFファン必読でありましょう(って言ってるわりには、ずいぶん遅れて読んだわけだけど)。

 橋元淳一郎は、あくまで物理学的に考えながら、結果的には、著者本人も書いているようにハイデガーの時間論に近いところに到達している。ということは、当然道元にも近いわけで、おれの印象としては、橋元時間論は道元の『正法眼蔵』-「有時」に最も近いように思われるのだが、本書には道元のことがまったく出てこない。古今東西の時間論を参照しながら、あくまで物理学的に時間を考察している橋元淳一郎が、道元の時間論に触れていないはずはないと思われるので、まったく言及されていないことはちょっと不思議な感じがするのだが、まあ、ハイデガーが出てくるからいいか。

 哲学的にであろうが物理学的にであろうが、時間とはなにかなんてことを真剣に考えたところで、たぶん一文の得にもならないだろうけれども、あえてこういうのを新書で出そうという橋元淳一郎の気概はたいへん嬉しい。そうなんだよな、つまるところ、グレッグ・イーガンやテッド・チャンのようなバリバリの理系作家こそが最も哲学的であるという事実に、文科系人間としてはちょっと苛立っている部分があるわけだよ、おれは。

 ひさびさに面白い時間論を読んだ。極東の島国に、一文にもならないこういうことに挑む物理学者がいるということに、ホーキングも安心するんじゃなかろうか。



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コメント

 遅ればせながら読んだので感想を書いてしまいました。何回かアップしなおしてから気が付いたんですが、この本、SFだったんでしょうか?
 だったらこんなふうにツッコむのはヤボだったかも。
http://jikenkisya.blog.ocn.ne.jp/keiatjiken/2007/12/post_28ff.html

投稿: KEI | 2007年12月17日 (月) 16時02分

>KEIさん

 SFというわけではありませんが、文系・理系といった二項対立的な思考を超えて思索を展開している点で、“SF的”とは言えると思います。

 ご感想を拝読しましたが、橋本氏はべつにエントロピーが減少してゆく宇宙の存在を否定しているわけではなくて、こういうふうにものを考えるわれわれのような生命体を産み出せる宇宙はエントロピーが増大してゆく宇宙であるはずだと考えてらっしゃるだけです。すなわち本書は、時間論であると同時に生命論であるわけで、“人間原理”を拡張した“生命原理”とでも言うべき視点で宇宙と時間と生命を論じたものです。

 本書のタイトルが「時間とはなにか」ではなく、「時間はどこで生まれるのか」であることには、重要な意味があります。ここで使われている“どこ”という“場”を問う言葉は、物理学的な座標を問うているわけではなく、存在論的な、ハイデガーの言う“da”を問うているのだろうと思います。だから私は、本書の結論がハイデガーに近いと言っているのです。現存在は〈世界-内-存在〉という存在様態でしかあり得ないという考えかたは、われわれ自身が時間に“向き”を感じている事実と無関係ではない。それどころか、われわれのような存在にとっての時間と、宇宙のありかたは不可分であると橋本氏はおっしゃりたいのでしょう。ほかに宇宙はたくさんあり得るけれども、われわれが時間に向きを感じている宇宙はこういう宇宙であって、それは生命を産み出し得る宇宙である、と。だから、時間に向きを感じ、時間の向きに意味を感じる存在を産み出す宇宙はどんな宇宙でなくてはならないか――が、「時間はどこで生まれるのか」という問いになるのでしょう。

 むろん、本書にも断られているように、これはあくまで“叩き台”であって、サイエンスの方法論による検証に完璧に耐える仮説かどうかは、私にはまだわかりません。ただ、このようなアプローチにたいへん価値があるだろうと私は思っているのです。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年12月22日 (土) 05時54分

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