『双生児』(クリストファー・プリースト/古沢嘉通・訳/早川書房)
今年もそろそろ総括に入らなくちゃならない時期なので、やっぱりおれも書いておかなくちゃならないなあと、いまさらのように書く。これはもう、やっぱりすごい。すでにあちこちで別格扱いの高評価が目白押しであるから、べつにおれごときがいまさら紹介する必要もないかもしれないが、なにしろおれは読むのに一か月ほどかかり、さらにこれについてなにかを書く気になるまでにさらに一か月ほどかかっているのである。それくらい楽しめますぜ。
略せばいずれも「J・L・ソウヤー」となってしまうイギリスの一卵性双生児が、第二次世界大戦の時代にそれぞれたどる数奇な運命をプリーストらしい超絶技巧で描いた、むちゃくちゃに読み応えのある作品である。おれはまるで刺繍かなにかのように、行ったり来たりを繰り返しながら読んだ。「あれれれ、ヘンだぞ。なんだこりゃあ……」と思いはじめるあたりからの読書体験は、まさに至福! ああ、字を習ってよかったと思う。そこのキミ、ケータイ小説なんか読んでる場合じゃないぜ。こういうのを読書というのだ。
はっきり言って、これをSFとしてだけ読むのはもったいない。というか、“SFとしても読めないことはない”ようになっているだけであって、SF風のパラレルワールドものとしてのみ読まれることをプリーストは最初から拒否しているのだ。重層的な仕掛けは、何とおりもの解釈を許す。一粒で何度もおいしい。そうだなあ、たとえば、山田正紀の『ミステリ・オペラ』とか、コニー・ウィリスの『航路』
とかを読んで楽しかった人は、なにをおいても読むべきでありますな。ここには、あなたの大好きな“小説を読み解く”ということの悦びが横溢している。ひととおりにしか解釈できないようなつまらないテクストなんて糞喰らえである。そんなものは数式と変わらない。いや、場合によっては、数式のほうが豊かかもしれない。
例によって、なんでも手塚治虫に見えてしまうおれの悪い癖をフルに発揮するとすれば、この作品は、イギリス人が超絶技巧で書いた『アドルフに告ぐ』なのである。三人のアドルフは、二人の「J・L・ソウヤー」なのだ。むちゃくちゃ言うとるなと思う人もいるかもしれないが、もはや今年のベスト3に入ることは確実な本書に関しては、評価が定まりすぎて、多少のむちゃくちゃを言わんと面白くないから、好き勝手言うておるのである。
というわけで、これを読まずに年を越してはいかんぞ!
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コメント
わかりました、大晦日までに何とかします。この作者の「奇術師」と「魔法」はコワ過ぎでしたが。
ところで今日の私の日記(10/17)をお読みいただけるとうれしいです。メッチャでき悪い-というか知らない人には何のことかわからないハズ-なのは承知の上ですが
投稿: 村上 | 2007年10月17日 (水) 11時38分
>村上さん
おおお、『怪奇大作戦』ネタですね。岸田森がもし長生きしていたら、セカンドファイルの所長は彼が演っていたかもしれないですね。じつに惜しい。
投稿: 冬樹蛉 | 2007年11月 4日 (日) 12時32分
お勧め通り、本書を読了しました。確かに傑作ですね。納得。
投稿: 齋藤 | 2007年11月10日 (土) 16時15分
>齋藤さん
いいでしょう!? これが楽しめる方であれば、村上さんも書いてらっしゃる『魔法』『奇術師』もお薦めです。よく「騙されたと思って読め」なんてことを言いますが、プリーストの場合、「騙されるために読め」って感じですね。
投稿: 冬樹蛉 | 2007年11月11日 (日) 13時52分
TBさせていただきました。
評判どおりで面白かったです。
正直重厚すぎて歯が立たない感じはしましたが・・・。
虚実入り乱れて、本当に不思議な魅力に満ちている一冊でした。
投稿: タウム | 2007年12月 9日 (日) 01時12分
>タウムさん
そうでしょうそうでしょう、クリストファー・プリーストというのはこういう作家なのです。ひととおりの安易な解釈を許さない幻惑的な小説がお好きであれば、プリーストの『魔法』や『奇術師』もぜひぜひお読みください。
投稿: 冬樹蛉 | 2007年12月 9日 (日) 01時21分