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2007年9月10日 (月)

階段を昇るドミノ

 先日の『ロンドンハーツ』の録画を観てたら、青木さやかを驚かせるために二回も“ドミノ倒し”が出てきた。青木が楽屋の扉を開けると、それに連動して凝った仕掛けのドミノ倒しがはじまるのだ。

 いや、ロンハーも青木さやかも、この際あんまり関係ないのだ。あのドミノ倒しを観ていて、ああそうかといまさらながらに納得したことがあるのである。ドミノ倒しなんか何回も観ているはずなのに、いまごろ気づいたのかとわれながら呆れる。

 ほれ、ドミノ倒しに必ずある仕掛けに、“ドミノが倒れてゆくという現象が階段を昇ってゆく”というのがあるじゃないか。今回のロンハーのドミノ倒しにもあった。ぱっと見にはちょっと不思議な感じがするんだが、倒れるドミノの先端が次のドミノの重心より上の部分を充分な強さでヒットすることができる程度の段差であれば、ドミノは自分より高い位置にあるドミノを倒すことができる。そうした条件を満たす段差を繰り返し設けてやれば、ドミノの“倒れ”に階段を昇らせることが現に可能である。

 だが、ドミノ倒しの録画をじっくりコマ送りで観ていると、ドミノの“倒れ”が階段を昇っているときには、“倒れ”が伝播してゆく速度が、平坦な部分を伝播してゆく速度よりも、あきらかに落ちている。単純に考えれば、その速度が落ちるぶんのエネルギーが階段を昇ってゆくぶんに使われているのだろうと思うのだが、なんだかそれもヘンな気もする。“倒れ”が重力に逆らって階段を昇ってゆくといっても、なにか質量のある実体が昇っていっているわけではない。そもそもドミノ倒しとはなんなのか、そのあたりからもう少しじっくり考えてみる必要があろう。

 まず、ドミノ倒しというものが成立すること自体、なかなか魅力的だ。最初のドミノを倒したエネルギーは、空気抵抗やらドミノ同士の衝突時に出る音やら静止しているドミノの慣性やらなにやらによって、最終的には熱に化けて失われ、ドミノを倒し続けることなどできないはずだからである。なのにドミノは倒れ続ける。考えてみれば不思議なことではあるまいか?

 そこで、無重量状態でのドミノ倒し(?)を考えてみる。ドミノ自身の質量によるもの以外には重力が働かない真空中の場で、ドミノを厳密に等間隔に設置する。最初のドミノ「│」をそのまま厳密にまっすぐ押し出してやり「→」、次のドミノ「│」の側面全体に厳密に同時に衝突するようにしてやる。最初のドミノの運動エネルギーを側面全体で同時に受け止めた次のドミノは、最初のドミノを反作用で跳ね返しながらもその次のドミノに向かって移動し、またもやびた~んとその次のドミノの側面全体にぶつかる。このような、無重量状態での“ドミノ玉突き”を考えてみると、最初のドミノの運動エネルギーは、ドミノ同士がぶつかったときの反作用によってたちまち減衰し、とても次々に伝播してゆくとは考えられない。なのに、地球上のドミノ倒しではそのようなことがふつうに起こっている。これはなぜか?

 つまり、ドミノ倒しは、最初のドミノを倒すのに加えた運動エネルギーが伝わっていっているのではないのだ。ひとつひとつのドミノを立てたときにそのドミノにチャージされた、重力場の中での位置エネルギーが順々に解放されていっているだけなのである。ひとつひとつのドミノは、言わば位置エネルギーのパッケージであって、前のドミノは、このパッケージを開封するだけの仕事(つまり、ドミノの安定を崩し、進行方向へ倒れはじめるようにするだけの仕事)をすればよい。開封された位置エネルギーは、たちまち減衰してしまう進行方向への運動エネルギーを、次のドミノを倒せるところまでリカバーする。これが次々と続いてゆくだけだ。要するに、ドミノ倒しなるものは、最初のドミノが次のドミノを倒すところまでで、構造的には完結しているのである。あとは同じことの繰り返しなのだから。

 1Gの重力加速度が加わる無限の平面上を一直線にドミノが無限個並んでいるという状況を想定してみると(物理的には不可能だろうが、思考実験としてはアリである)、このドミノが倒れてゆくさまは、一種の永久機関のように見える。だが、もちろんそれは永久機関ではなく、この無限個のドミノを立てたときに、位置エネルギーをチャージし、倒れる方向に秩序(すなわち情報)を与えたやつがどこかに絶対いるのである。そいつは、ちょっと不純な“マクスウェルの悪魔”と呼べるかもしれない。マクスウェルの悪魔は情報を与えるだけで、みずから対象にエネルギーをチャージするようなことはしないから、“ちょっと不純”なのである。

 ドミノ倒しが、減衰する進行方向への運動エネルギーを位置エネルギーでリカバーしながら続いてゆくさまは、地球上に落下してくる雨滴に似ている。妙な芸をせずに淡々と平面を倒れてゆくドミノ倒しを見ていると、“倒れ”の伝播速度は一定であることがわかる。つまり、ドミノの“倒れ”の伝播速度は、いわゆる終端速度に達しているのである。減衰する進行方向への運動エネルギーをひとつひとつのドミノにチャージされた位置エネルギーがなんとかリカバーして次に伝えているので、伝播速度を加速するだけの余裕がないのだ。この終端速度は、この場の重力加速度、ドミノの形状や質量や弾性、ドミノ間の距離、空気抵抗などの関数として決定されるだろう。これは、本来であれば重力によって加速されながら落ちてくるはずの雨滴が、空気抵抗によって終端速度に達し、ほぼ等速で落ちてくるさまに似ている。そう考えると、ドミノ倒しというやつは、横に雨が降っているようなものだと見ることもできよう。

 さて、そこで、例のドミノの“倒れ”が階段を昇る現象を見てみよう。ドミノAが、自分より高いところにあるドミノBを倒れながら叩くとき、ドミノAとBが同一平面上にあるときと異なるのは、AがBを叩く位置である。BがAより高い位置にあるとき、AはBの重心により近い位置を叩く。ドミノを最も小さいエネルギーで倒すには、重心から最も遠い上端付近を叩かねばならない。しかし、BがAより高い位置にある場合、AはBの上端を叩けず、少し重心に近い位置を叩く。つまり、Bを倒すのに、平坦な場でよりも多くのエネルギーを必要とする。しかし、ひとつひとつのドミノにチャージされている位置エネルギーはほぼ同量なので、進行方向への運動エネルギーがその損失を埋めねばならない。だから、“倒れ”が伝播する速度が落ちるのである。階段の段差が高すぎると、ひとつのドミノにチャージされた位置エネルギーでは進行方向への運動エネルギーの損失がリカバーしきれず、ドミノの“倒れ”は止まってしまうはずだ。

 では、ドミノAがドミノBの上端を叩くように、ドミノAだけ少し背を高くしてやったらどうだろう? むろん、そうすると、今度はドミノAの前のドミノは、ドミノAの上端を叩けず、ここで進行方向への運動エネルギーが余分に減衰する。いやあ、自然の収支ってのは、まことにうまくできているものである。エネルギー保存則ってのはじつに強固であるなあ……。

 ご存じのように、『ロンドンハーツ』は例の日本PTA全国協議会「子どもに見せたくない番組」とやらでV4の栄冠を勝ち取っているらしいのだが、どんなものからであれ、観るほう次第でなにかが学べるのである。おれはSFからそういう“ものの見かた”を教えてもらった。これはおれの人生で最大の宝だ。親御さんや先生は、ロンハーを肴に子供にこういう話をして考えさせてやったらどうなのかな?



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コメント

 うーむ、面白い問題ですね。しばらく考え込んでしまった。
 ドミノは床との摩擦でそこが支点になるので、重心より下を叩いても倒れますね。
 現象が坂を登ること自体は、エネルギーを使ってないんじゃないかなあ。高低差ぶんの位置エネルギーはドミノを運んだ人が支払っているので。
 個々のドミノが持つ位置エネルギーは、次のドミノを倒す力と、叩いた後に床などに衝突して空費するぶんの総量として保存される。
 登り坂の伝達速度は、平地で(同じ位置を叩くように)ドミノの間隔を広げて置いた場合と同じ。最適な間隔から外れることにより速度低下する。
 距離あたりのドミノの数が多いほど伝達が早くなるわけではない。高い位置を叩くドミノは、自分の位置エネルギーを出し切る前に衝突する。ドミノの間隔には最適値があり、それより近くても遠くても伝達速度は低下する。と思う。
 間隔がゼロ~微小の場合は、最初に押した力で全部が動くけど、これはドミノ倒しじゃなくなってる気がする。
 伝達速度と言ってきましたが、これは「運動」なんでしょうか。最初のドミノを倒したエネルギーは散っているので、「波」じゃないですよね。位相速度みたいなもんかな?

投稿: 野尻抱介 | 2007年9月10日 (月) 08時22分

>ドミノは床との摩擦でそこが支点になるので、重心より下を叩いても倒れますね

 なるほど、倒せそうです。でも、これも摩擦の強さによるように思います。床との摩擦が弱いと、重心より低いところを叩くと、進行方向と逆方向に倒れそうですよね。

>登り坂の伝達速度は、平地で(同じ位置を叩くように)ドミノの間隔を広げて置いた場合と同じ

 いや、それはどうでしょう? ドミノAがそれより高い位置にあるドミノBを点Pで叩くとしましょうか。それらを平地で間隔を広げて置いて、やはりAがBを点Pで叩くように調節したとします。このとき、平地のドミノAは、ドミノBの点Pを、段差があるときよりも深い角度で叩くはずで、Aにチャージされている位置エネルギーは、段差があるときよりも多く運動エネルギーに変換されているはずです。逆に言うと、段差があると、ドミノAは充分に倒れきらないうちに点Pを叩いてしまうので、“倒れ”の伝播速度が遅くなるのではないでしょうか? そのあたりになんかこう、自然ってのはうまくしたもんだなあと感心するんですが(^_^;)。

>間隔がゼロ~微小の場合は、最初に押した力で全部が動くけど、これはドミノ倒しじゃなくなってる気がする

 ゼロだった場合、最初に押した力はドミノの“ずれ”として吸収されてしまい、全部には伝播しないような気がします。ちょっと先のドミノは平気でそのまま立っていそうに思うのです。

>伝達速度と言ってきましたが、これは「運動」なんでしょうか。最初のドミノを倒したエネルギーは散っているので、「波」じゃないですよね。位相速度みたいなもんかな?

 これがよくわからず、考え込んでしまったところなのです。ドミノ倒しでは、いったい“なに”が伝わっていっているんでしょう? 位相速度にしては、ちゃんと(位置エネルギーのパッケージを次々開封してリカバーしているとはいえ)エネルギーを運んでますよね? やっぱり、波なんじゃないかなあ? 一種の疎密波と見ることはできませんか?

 ついつい考えてしまうと、案外、ドミノ倒しって奥が深いことを思い知りました(^_^;)。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年9月11日 (火) 02時03分

摩擦力や圧力損失を調べていて立ち止まって仕事サボっています。

分かっていたようで分かってなかったのかも。

ピタゴラスイッチも同じ考えかたですね。

「位置エネルギーのチャージ」納得です。

投稿: 仕事中のカッパ | 2007年9月11日 (火) 12時54分

|平地のドミノAは、ドミノBの点Pを、段差があるときよりも深い角度で叩く
 あ、そうでしたね。となると点PにAが触れるときの「入射角」も違う。これは平地のほうが浅くなるので、Bを押す仕事は小さくなる傾向ですね。うーん、どこでどう帳尻が合うのかわからなくなってきた(^^;。

 これが波かといえば、「二つの波が交差しても互いに影響しない」という性質がないので、違うんじゃないかなあ? もしそれぞれのドミノが板バネで床とつながっていて、倒れてもびよーんと起き直るんなら、明らかに波だと思いますけど。

 ドミノ倒しから連想するものに、緩斜面をひょこひょこと二足歩行して下る玩具があります。あれは二個のドミノを無限ループさせながら倒しているようなもんじゃないかと。

投稿: 野尻抱介 | 2007年9月11日 (火) 17時22分

完全剛体で作ったドミノを真空中で倒せば永久機関ができそうな気がします。

投稿: アダチ | 2007年9月12日 (水) 00時39分

>仕事中のカッパさん

 私も、いまさらながらドミノ倒しという単純な遊びの奥深さに驚いています。


>野尻抱介さん
>うーん、どこでどう帳尻が合うのかわからなくなってきた(^^;

 ドミノの“倒れ”の伝播速度を最速化できるパラメータの組み合わせがあるんだろうと思いますが、これらのパラメータは、ある条件では強化し合い、そこから外れると打ち消し合い、さらに外れるとまた強化し合うといったような、かなり複雑な関係であろうことが想像できますね。うーむ、奥が深い。

 あ、そうそう、昨夜風呂の中で思いついたのですが、こんなことを考えてみました。ドミノの“倒れ”の伝播速度は、位相速度なのかどうかということについてです。背理的に考えてみたのです。

 ドミノ倒しが重力場の中で成立するのなら、加速系の中でも当然成立するはずです。つまり、例の“エレベータの思考実験”をドミノ倒しでやってみたわけです。

 宇宙空間にエレベータがあり、その床にはエレベータを横切る形でドミノが立てて並べてあります。このエレベータは天井の方向へ1Gで加速し続けているので、エレベータの中にいるかぎり、加速されているエレベータなのか重力場の中にあるエレベータなのかを区別する方法はありません。

 さて、このエレベータは、1G加速であるとはいえ、ずいぶん長く加速されているので、エレベータを右から左へ受け流す(^_^;)位置にいる観測者にとっては、光速にかぎりなく近い速度で運動しているように見えるほどの速度に達しているとします。

 この設定で、エレベータの中でドミノ倒しをやったとしたら、ドミノの“倒れ”の伝播速度は、外部の観測者にとっては、光速にかぎりなく近く観測されるはずです。つまり、ドミノの“倒れ”の先端が伝わってゆく軌跡は、外部の観測者にとってはエレベータの進行方向の軸とほとんど重なり合うほどの直線として観測されるはずだからです。もちろん、エレベータの中では、秒速50センチとかいった、ごくふつうのドミノ倒しが、エレベータの床を横切ってゆくだけに見えるわけですが。

 でも、外部の観測者にとっても、ドミノの“倒れ”の伝播速度が光速以上になることはあり得ないはずです。エレベータにもドミノにも質量があるからです。つまるところ、重力場の中での位置エネルギーと質量の存在に依存しているドミノ倒しという現象では、その成立条件自体が、伝播速度が光速に達することを“原理的に”禁じていると言ってよいでしょう。よってその伝播速度は、光速を超えることもできる見かけの速度である位相速度では少なくともないと言えるのではないでしょうか?


>アダチさん

 もし、なにかのまちがいでこの宇宙に完全剛体のドミノが存在し得たとしたら、そいつはこの宇宙の時空とはまったく没交渉の存在でしょうから、“倒す”どころか、まったく動かすことができないだろうと思います。妙なたとえかもしれませんが、この宇宙に所属しているわれわれにとって、そいつは映画の登場人物にとってのスクリーンの傷のようなものでしょう。もし、その完全剛体のドミノが倒れたように見えたとしたら、それはドミノが倒れたのではなく、この宇宙全体がドミノに向かって起き上がった(?)かのように運動したのではないかと(笑)。いずれにせよ、そいつはただただそこ(という言葉もこの場合適切ではないでしょうが)に頑としてあるだけの、われわれの宇宙とは関係ないなにかなんじゃないでしょうか。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年9月12日 (水) 21時45分

 サイコロを幾ら並べてもドミノくずしができないが、ドミノでは文字どおりドミノくずしができる。化学反応で言えばサイコロは基底状態にあり、ドミノは励起状態にある。だからドミノくずしとは励起状態のドミノが倒れることで基底状態になると解釈できるような気がする。そうだとすると全体の現象は波というより燃焼に近いのかな。

投稿: 林 譲治 | 2007年9月13日 (木) 23時25分

階段を登るドミノの倒れる速度が遅くなるのは、ドミノが開放する位置エネルギーが少ないからだと思います。

厚みのないドミノを考えると、平地で倒れるドミノは自分の高さhの半分のエネルギーを失い(開放し)ます(=mgh/2)。階段を登るドミノ(!)の場合は、次のドミノに当たった後に階段の角にに接触してしまいます。この階段の角に接触した段階で、位置エネルギーの解放が止まります。最終的に倒れた角度を45度とすると、ドミノが失った位置エネルギーはmgh/2×(1-SIN45)になります。失った(開放した)エネルギーが少なければ、ドミノが倒れる(床との接触点を支点に回転運動する)速度は遅くなります。こんな説明ではだめでしょうか。

ドミノが傾いて、重心が支点を越える点(重力に魂を引かれて倒れ始める点)を中立点と名づけると、
「ドミノを中立点まで起す(重心位置を高くする+モーメント?)+ドミノ同士の摩擦+空気との摩擦など」が「ドミノが中立点から倒れきるまでに開放する位置エネルギ」よりも小さければドミノは倒れ続けると思います。

ドミノの間隔を広げすぎると、倒れたドミノが次のドミノに接触した場合にドミノが床を滑り始めます。この場合は、ドミノを進行方向に平行移動させる(床とドミノの摩擦)のにエネルギーを使ってしまうのでてしまいますので、倒れるスピードが落ちてしまいます。

投稿: 田畑 | 2007年9月14日 (金) 01時09分

 ふと思ったのですが、階段と平坦な部分とでドミノの実装上の都合で間隔が異なるということはないのだろうか? 平坦では1センチ間隔が階段では1.1センチになっていたとして、それを肉眼で感知するのは難しい。しかし、ドミノが隣のドミノと接触するまでの時間は距離相応に10%伸びている。距離間隔の10%は人間には感知しにくいが、時間間隔の10%はすぐにわかる。そういう理由ということはないだろうか?

投稿: 林 譲治 | 2007年9月14日 (金) 07時03分

野尻さんとこから飛んできました。意表をつく面白い問題だぞ。

ドミノ倒しに階段を上らせるという設定だと,階段の角にぶつかるというよけいな部分を考察しなければならないので,斜面を登るドミノ,ただし,ドミノが置かれた部分は水平に掘ってあるという設定がいいんじゃないかな。もっとも,倒れた後の状態や運動は「うごき」が伝わった後の問題であって,本質的ではないような気もするのですが。
いずれにせよ,水平方向の間隔が等しければ,登る動きの場合と平地の動きの場合とで衝突時の速度は変わらない。ただし前者は当てられる側の接触部位がより低くなるので,与える慣性モーメントは小さい。したがって,倒れる速度は小さくなるから伝播速度は遅くなる。これくらいが力学的にはふつうの考え方じゃないかしら。
位置エネルギーの部分に注目すると,上に登ること自体は関係なくて,倒れたときに水平に倒れるか,中途半端に斜めに倒れるかの差がある。あ,倒れたドミノは次のドミノを枕にして寝るのんか。でも大きな違いはないですね。

もっとも,ここで冬樹さんが問題視して野尻さんあたりが注目しているのは,エネルギー保存とか,波動としてどうなのよという点ですね。もちろんエネルギー保存は成立するわけですが(そんな問題じゃない!)。いいことを思いついたらまた書きます。

あと,気になっているのは,ドミノが倒れるのは激力で倒されるのか,よりかかりによって静的な力で倒されるのか。両者が効いているのでしょうが,効き方はちがうのかなあ。

相対論にもとづく考察は,亜光速の列車の中を前方に走る人の速度は光速を超えられるかという思考実験になっているように思いますが,それは特殊相対論におけるふたつの慣性系の間の関係で考えているわけで,加速度は関係ないですよね。慣性系から加速度系を見る場合だと,ある瞬間の相対速度がゼロだったってかまわないし,「減速」しててもいい。
本質的には,外部の慣性系から見た加速度系は加速度の反対向きに重力が生じているように見える系だという認識なんですが,一般相対論などというものは私には難しすぎてよう分からんので,これ以上の言及はパス。竜頭蛇尾Orz.

投稿: こなみ | 2007年9月14日 (金) 09時08分

波動という意味ではどうなのかい?ってことですが,ドミノには復元力が働いていませんよね。パルス波でも正弦波でも,減衰して進行する波動でも,媒質に力が与えられて変位が生じるということで波動方程式を組み立てるわけですから,波としては扱えないように思います。非線形波動にもなってないし。って,ぜんぜん面白くないぞ。

投稿: こなみ | 2007年9月14日 (金) 16時47分

>SF系じゃない読者のみなさま

 えーと、野尻抱介さんが、遊び心のあるいろんな分野の科学者・技術者が群れ集う「野尻ボード」という世にも濃ゆ~い場所で声をかけてくださったので( http://njb.virtualave.net/nmain0242.html#nmain20070913192922 )、俄然話が科学的になってまいりました(^_^;)。興味深い考察があちらでもこちらでも次々と出てきていますので、べつに一文にもならないこんな話にまだついてきてくださっている方は、野尻ボードのほうも併せてご覧ください(;^_^)/。


>林譲治さん
>だからドミノくずしとは励起状態のドミノが倒れることで基底状態になると解釈できるような気がする。そうだとすると全体の現象は波というより燃焼に近いのかな。

 燃焼! おおお、それは言い得て妙かも。“灰が紙に戻らない”ことも的確に言い表わしていますね。野尻ボードでは「相転移」という解釈も出ていましたが、これもアリだと思います。

 じつは、ドミノ倒しについて誰かエレガントな解説をしていないかとウェブを検索していたら、大阪大学の先生が「光誘起ドミノ倒し過程の理論」( http://www-surface.phys.s.u-tokyo.ac.jp/sssj/Vol23/23-11/11g695-701.pdf )というのを研究なさっているのを見つけました。むろん、こんな専門的な論文なんぞ、門外漢の私にはおぼろげにしか理解できませんが、プロセスとしては林さんのおっしゃるような現象をまさに「ドミノ倒し」と呼んでらっしゃいます。光誘起ドミノ倒しとやらは、準安定状態にある結晶のほんの一箇所が光によって励起され、そこから相転移がドミノ倒しのように進み、最終的に準安定状態よりもさらにエネルギーレベルの低い絶対安定状態に落ち着くといった現象のようです。

 こういうプロセスを「ドミノ倒し」としか呼びようがないということは、ドミノ倒しは、なにかほかの、よりシンプルな現象の組み合わせで説明できるようなものではなく、それ自体がほかの現象を説明するモデルになるような、侮れない(?)ユニークなプロセスと言えるのかもしれませんね。


>田畑さん、こなみさん

 お二人の説明で、だいぶ見えてきたような気がします。林さんのおっしゃる実装上の難点は、こなみさんの想定で解決できますね。


>田畑さん
>ドミノの間隔を広げすぎると、倒れたドミノが次のドミノに接触した場合にドミノが床を滑り始めます

 これはそうでしょうね。そこで考えたのですが、ドミノの接地する端を摩擦係数の大きいゴム製にし、片方をなにか滑りやすい材質にするとします。もちろん、ドミノの重心が変わらないような設計にしなくてはなりません。

 すると、ドミノの接地端ではエネルギーの滑り損失が減り、次のドミノを叩く端では次のドミノを引き止めてしまう力が弱くなるので、より効率的に“倒れ”のエネルギーが伝わるようになって、“倒れ”の伝播速度を上げることができるように思います。ふつうより、間隔を広げてドミノを並べることができるようになるのではないでしょうか。

 では、その速度が上がったぶんのエネルギーは誰が支払っていることになるのでしょう? 私が思うに、このような不均質な構造のドミノにした場合、“不純なマクスウェルの悪魔”がドミノを立てるときには、接地側が常にゴム製の端になるように、ふつうより余分な情報をドミノに与える必要があるはずです。じゃあ、情報がエネルギーに化けたのかというと、たぶんそんなことはなくて、ここで余分に与えられた情報は、エネルギーの損失をわずかにでも減らすことで“見かけのエネルギー利得”を生み出しているだけなんだろうと思います。

 いずれにせよ、絶対に“得”はできないようになっているところに、私はなにか素朴な感動のようなものを覚えたりするのです。


>こなみさん
>あと,気になっているのは,ドミノが倒れるのは激力で倒されるのか,よりかかりによって静的な力で倒されるのか。両者が効いているのでしょうが,効き方はちがうのかなあ。

 そのあたりもたぶん影響するのでしょうねえ。ドミノ同士の接点の摩擦とか、ドミノの弾性とかがもろに影響してきそうです。ドミノ倒しがこんなに複雑な現象だったとは……。

>それは特殊相対論におけるふたつの慣性系の間の関係で考えているわけで,加速度は関係ないですよね

 なぜ加速系を想定したかというと、慣性系だとエレベータは等速直線運動をしているだけなので、中は無重量状態になってしまい、そもそもドミノ倒しが成立しないだろうと思ったからなのです。はっきりイメージできないのですが、重力場の中か加速されている状態でないとドミノ倒しができないというところに、なにかどこかで余分なものを支払わされたり制限をかけられたりするような警戒心(?)を抱いたのかもしれません。

>慣性系から加速度系を見る場合だと,ある瞬間の相対速度がゼロだったってかまわないし,「減速」しててもいい。

 あ~、それはむかし、いろもの物理学者さんにウルトラマンダイナを肴に教えてもらいました(^_^;)( http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ray_fyk/diary/dr9805_2.htm#980516 )。たしかにそうですよね。エレベータのドミノ倒しは、思考実験としては、ポイントがずれています。でも、エレベータが重力場の中にあるか加速されているかでないと、ドミノ倒しそのものができないこともたしかなんですよねえ。ああ、ややこしい、なにを考えるべきなのかこんがらかってわからなくなってきてしまいました。


 さて、いままでにいろんな方に考えていただいたことを総合すると、


  (1)ドミノ倒しの過程で伝わっているものは、波ではない。
  (2)“倒れ”が階段を昇るときに伝播速度が落ちるのは、ドミノが自分の次のドミノをヒットする位置が低いことによって、次のドミノに与える慣性モーメントが小さくなるからだ。位置エネルギーに注目すると、ドミノが自分より高いところにあるドミノを倒す場合は、倒れきって安定する姿勢になるまでに開放される位置エネルギーが、平坦な場所でよりも小さくなるからだ。


 ……ということになるでしょうか。

 (1)の、波ではないという点は納得できたのですが、じゃあドミノ倒しでは“なに”が伝わっているのかが、まだしっくりきません。なにも伝わっていないという考えかたもありそうですが……。

 (2)については、伝わっているものがなんであるにせよ、結局のところ、間接的に位置エネルギーを支払っていると解釈してもいいんじゃないかという気はします。あ、待てよ、支払っているというよりは、支払いを拒否されているのか……。上で“見かけのエネルギー利得”なんて言葉を使いましたが、階段昇りの場合は、“まだ位置エネルギーを払えるのに払わせてもらえない”ことによって、“見かけのエネルギー損失”とでも言うべきものが生じているのかもしれませんね。


 あと、これは与太ですが、ドミノ倒しは相転移という考えかたに立てば、宇宙はドミノ倒しのようにしてできたのかもしれません。この宇宙ができる以前(?)にはせっかく安定していた時間も空間もな~んにもないところ(?)を誰かおせっかいなやつがつっついて、最初のドミノを倒したのかも(^_^;)。SFやなあ。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年9月15日 (土) 05時21分

 皆さんお騒がせしました。ふとこんなお話が降りてきたので投稿してみます。

【SF/ドミノ惑星の波乗り人間】

 その固体惑星は太陽から1000万キロしか離れていないにもかかわらず元気に自転していて、昼夜のコントラストがすごく強いのであった。
 地表の岩石は日々の熱衝撃によって板状節理が発達し、ほぼ同じサイズに剥離した平らな石板で惑星全土が敷き詰められているのである。
 そして驚くべきことに、昼夜の熱的ポテンシャルがあまりに大きいので地表面のエントロピーが逆流し、日周運動のたびにこの石板は同じ向きに整列した状態で立ち上がるのであった。
 つまり一夜明けると惑星全土はドミノ倒しゲットレディ状態になっているのである。
 そんな惑星の上で探検隊は、見渡す限り続くドミノ倒しの「波」に乗って移動するソーセージ状生物の一団を目撃する。彼らには目も口も手足もないが、確かに生物であった。
「フユキ隊長、あれはなんでしょうか」
「わかったぞ。この星の生物はドミノ倒しを利用した移動能力を獲得したのだ」
「それで脚がないんですね」
「さえてるぞノジリ君」
「彼らはどこを目指しているんでしょう?」
「ドミノが並ぶ方向にだよ」
「そりゃそうですけど、ゴールには何があるんでしょうか」
「エントロピーの逆流する泉があるんだろう。そこにいけば体内の排泄物が食い物に戻るんだろうな」
「なるほど。それで彼らは口も肛門も退化してるんですね」
「さえてるぞノジリ君」
「でも、それなら泉に留まってもいいのでは。なぜ移動するんでしょう」
「ドミノを倒してエントロピーを補充しているのさ」
「でも隊長、それなら自分たちが移動しなくても――」
「いいから君はサンプルを採取したまえ」
 ……

投稿: 野尻抱介 | 2007年9月17日 (月) 02時14分

>野尻抱介さん

 おおお、星雲賞作家・野尻抱介先生の最新掌編が読めるのは『間歇日記』だけ! 野尻先生に励ましのお便りを出そう!

投稿: 冬樹蛉 | 2007年9月19日 (水) 02時38分

>ドミノ倒しでは“なに”が伝わっているのか
感動とか?
すみませんすみません。

投稿: ゆうきまさみ | 2007年9月21日 (金) 07時51分

伝わっているのは、どちらかといえば「破壊」のような気がしますが、倒れたドミノの数に感動が比例するのは事実ですね。
ならば、ドミノの数を「感動」の単位にするといいかもしれません。

「劇エヴァみてきた。もういいと思ったけど、やっぱすごいわ。3キロドミノはきたなー」

投稿: 野尻抱介 | 2007年9月22日 (土) 04時06分

野尻様

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、以前に観てからもう十何年ぶりだったこともあって、軽く5キロドミノくらいは行っちゃいました。

投稿: ゆうきまさみ | 2007年9月24日 (月) 02時33分

>ゆうきまさみさん、野尻抱介さん

 小説や映画の広告に、「80ギガドミノ保証」とか書いてあるようになっても、それはそれで厭かも(^_^;)。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年9月25日 (火) 01時29分

 ドミノ倒しで伝わってるものは、ドミノを1枚1枚並べる-これは人の手でやるしかない-「仕事」で、この「仕事量」を既存の物理量ではうまく表現できないのじゃないかと愚考いたしますのですが・・・
 見当ハズレだったらゴメンナサイ、何せ物理と数学には死ぬほど弱いので・・・・・

投稿: 村上 | 2007年9月26日 (水) 19時10分

遠い昔の「ひらけポンキッキ」
お兄さんがドミノを並べている。
ガチャピン「**ちゃん、何してるの」後ろから肩をたたく
お兄さん「ギャア」

 ドミノが倒れる画像、数十秒

ガチャピン「わあ、すごいすごい」(喜ぶ)
お兄さん「ガチャピン・・・・」(泣く)

 あの時だけは心底ガチャピンがアホに見えた-というかそんな台本を書く作者にハラを立てたのだった・・・

投稿: 村上 | 2007年9月29日 (土) 21時45分

・ガチャピン
 それは推理小説を読んでる人に犯人をばらすのと同じくらいの犯罪ですね。
 罪の単位は「ハンバラ」。1ハンバラ=23.4キロドミノと定義されますので、罪と感動は統一的に扱えます。

・仕事
 ある個数のドミノを連鎖するように立てる仕事と、ばらばらに立てる仕事の違いについて、物理学はなにか答えを持っているのでしょうか? エントロピーが違うような気がするけど、マジでわかりません。

投稿: 野尻抱介 | 2007年9月30日 (日) 03時48分

>村上さん
>見当ハズレだったらゴメンナサイ、何せ物理と数学には死ぬほど弱いので・・・・・

 いやいや、ご遠慮なく奇想をぶちかましてください。ここはそういう場所です(;^_^)/ 物理と数学に弱いのは私も同じです。だからこそ、理科系の人にはあたりまえのことを、いまさらのように不思議に思って楽しめるわけで、わたしゃこれを若いころに数学をろくろく勉強しなかったご褒美(??)だと思ってます。このぶんだと、くだらない問題を見つけては死ぬまで楽しめそうです。

>野尻抱介さん
>罪の単位は「ハンバラ」

 う、その単位は私にはわかりません。なんかミステリのほうでは有名なんですか? 関西では、ネタばらしの罪の単位は、SI単位ではありませんが、「ハマムラ」をよく使います。

>ある個数のドミノを連鎖するように立てる仕事と、ばらばらに立てる仕事の違いについて、物理学はなにか答えを持っているのでしょうか?

 このあたりは私も詳しい方にご教示いただきたいところです。物理エントロピーと情報エントロピーをついつい混同してしまうあたりで、思考がこんがらかってしまいます。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年10月 1日 (月) 02時39分

 ドミノが一列に並んでいる状態は AADFKOSUUUY という11の文字が FUKUDAYASUO になっている、バラバラに立っている状態はそれ以外の無意味綴り-と考えればよいのかな?
 ドミノが倒れる=言葉の意味が通じる
 やっぱり伝わるものは感動なのかも

投稿: 村上 | 2007年10月 1日 (月) 19時00分

>村上さん
>やっぱり伝わるものは感動なのかも

 たしかに、感動というのは情報処理の一形態ですしね。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年10月 4日 (木) 02時49分

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