米国マーチ
昨日のネタの影響もあって、風呂で鼻歌を唄っていたら、なんとはなしにできてしまった。葉巻をどこに置こうか悩んでいるダース・ベイダーがセグウェイに乗って現れるところでも想像しながら唄うと吉だ。
♪米国は~とてもずるい~
兵隊は~とても若い~
大統領は鈍い!
研修生はエロい!
執務室まるい~~
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昨日のネタの影響もあって、風呂で鼻歌を唄っていたら、なんとはなしにできてしまった。葉巻をどこに置こうか悩んでいるダース・ベイダーがセグウェイに乗って現れるところでも想像しながら唄うと吉だ。
♪米国は~とてもずるい~
兵隊は~とても若い~
大統領は鈍い!
研修生はエロい!
執務室まるい~~
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《ヘンな検索語》のお時間です。いやあ、しかし、こう来たか……。
検索語にツッコむのもどうかとは思うが、アレは「替え歌」ではないよなあ。「充て歌」とでも言うべきなんだろう。
で、ソレを検索してあなたはどうしようと? 文化祭かなにかで唄わなければならないといった事情でも?
武道館いっぱいの客が全員でアレを大合唱している光景を想像すると、それはそれで、ある種の感動がないこともないなあ。
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▼高校英語:コミュニケーション重視に 文科省 (MSN毎日インタラクティブ)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20070828k0000m040090000c.html
今年度内に予定される学習指導要領改定の一環として文部科学省は27日、高校で教える英語の科目構成を「コミュニケーション英語」(仮称)に統合する案を中央教育審議会教育課程部会外国語専門部会に提示した。コミュニケーション能力や発信力の向上が狙いで、新科目はレベルに応じて「基礎」「I」「2」「3」に分ける方針。
ぎゃー! なんだその名称は! 「コミュニケーション英語」って、あのな~~~! コミュニケーション以外に言葉ってなんに使うんだ!? 馬から落馬してないか? What else is a language for??
たとえ無人島でたったひとりで沈思黙考していたとしても、人間は言語をインタフェースとして“世界”とコミュニケートしているのだ。無数の切り取りかたができるこの“世界”を、とりあえず、ある切り取りかたで認識することを選び取っているのである。多少なりとも言語というものに向き合った人間の頭から、「コミュニケーション英語」などという奇ッ怪な言葉が出てくるとはとても思えない。「仮称」とはいえ、いったいどんな薄っぺらな見識の役人が、こんな不可解で汚らしい言葉をひねくり出したのだろう?
仮称でさいわいだ。こんな言葉、本番の教育現場では絶対に使うなよ。それこそ学生の言語感覚がおかしくなるわい。そんなケッタイな教科名で教えるくらいなら、その時間で神林長平を読ませたほうが、言語とコミュニケーションについてずっと深く有意義な認識が得られることだろう。
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▼カラオケにきました (眞鍋かをりのココだけの話)
http://manabekawori.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_2331_1.html
新譜みたら
わかるのがこれしかありませんでした…
てゆーか、おれはソレがカラオケにあること自体が驚きだよ。ソレってそもそもアカペラじゃん! もしかして、歌詞だけが黙々と画面を流れるんだったりして……。
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▼バケツでプリン、50リットル (asahi.com)
http://www.asahi.com/komimi/NGY200708250003.html
見ただけで満腹になりそうな「バケツプリン」と、涼しげな「きんぎょ鉢ゼリー」――。愛知県豊田市松ケ枝町の日本料理店「割烹(かっぽう)さんま亭」のこんな裏メニューが、静かな話題になっている。インターネットで販売したところ、誕生日プレゼントなどとして全国から注文が殺到。店を切り盛りする加藤正雄さん(45)と妻の由香さん(39)は、「一つひとつ心を込めた商品を届けたい」と、手作りの味にこだわる。
プリンの大きさは0.7リットルから50リットルまで11種類。普通より大きいため、気温や湿度、微妙な火加減が仕上がりに影響する。一度にたくさん食べられるように、生クリームは使わず、甘さ控えめであっさりした口当たりに仕上げる。
3年半前から、インターネットでも販売を開始。クリスマスや誕生日などの行事に合わせて全国から注文が入る。多い日には、店を休んで1日50個以上つくることもある。売れ筋は、値段も手頃な2リットルサイズ(4700円)。市販のカップ入りプリン20個以上にもなる。正雄さんは「まさかこんなに売れるとは。ありがたいことです」と笑う。
さらに2年半前、由香さんが「きんぎょ鉢ゼリー」を発案。この春から本格的な販売にも乗り出した。
直径13センチ、高さ11センチの鉢の中を泳ぐ金魚やカメは、梅や抹茶、ブルーベリー風味の白玉細工で、中にはあんこが詰まっている。ゼリーは飾り付けなどが大変で1個仕上げるのに4、5時間もかかる。猛暑が続くこの季節は、涼しさを求める人が多く、人気も急上昇中だ。
由香さんは「製造方法は企業秘密。遊び心だけじゃなく、おいしく食べてもらうため、手抜きはできない。心を込めて一生懸命つくりたい」と話し、寝る間もない忙しさだ。
こういうものを食いたくなる気持ち、作りたくなる気持ちはわかるねえ。これはたぶん、プリンとかゼリーとかいったものが、子供のころには“高級なもの”だった世代に共通した反動形成なのだと思う。おれたちの世代の人間というのは、たいてい「いつの日か、○○○○を腹いっぱい、山のように食ってやる!」と、子供のころに夕陽に誓っているのである。大人になったある日、それが意外とたやすくできることに気がつくのだ。
作る人が「寝る間もない」ほどにこういうものが売れるというのは、やはり、日本中におれと同じような奇妙な欲望を抱えた人が多いからであろう。おれたちより上の世代になると、逆に「○○○○を戦中戦後にさんざん食わされたので、見るのも厭」といったトラウマを抱えているらしい。いまでも“すいとん”が厭だという年配の人がいたりする。おれたちくらいだと、平和な飽食時代にいろいろと豊かな食材を入れたおいしい“団子汁”というイメージがあるが、先輩たちの食ったホンマもんの“すいとん”は、ろくな食材も調味料もない時代に、腹だけをとにかく膨らませようという工夫から生まれた料理なのだった。
それはともかく、おれとしては、やっぱり味つけ海苔をバケツ一杯食ってみたいかも(食えるかどうかは別として……)。
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以前にも話題にした『特殊清掃「戦う男たち」』というブログだが、最新のエントリー「牛丼」には、改めて感嘆した。優れた短篇小説を一本読んだくらいの読み応えがある。悲しいというよりは、とても清々しい読後感である。
亡くなったこのお婆さんの食生活には、やたら親近感を覚える。というか、このお婆さんは近未来のおれそのものであろう。まあ、おれはこのお婆さんとちがって、近所の独居老人たちから慕われることなどまずあるまいから、特殊清掃の人たちの手を余計に煩わせてしまうかもしれないけどな。そんなことにならないように、お迎えが来そうな歳になったら、象印がやってるポットと連動したモニタシステムのようなものを自分で作って、妹宅にアラートが飛ぶような仕掛けにしておかなくてはなるまいな。
いやしかし、すごいなあ、特殊清掃という仕事。自分でやりたいとはとても思わないけれども、そこにはいくらでもホンモノのドラマが転がっていそうだ。二時間ドラマが「特殊清掃人・○○○○の事件簿」みたいなのを出してこないのが不思議なくらいである。特殊清掃の人を主人公にすれば、検事やら家政婦やらどころではない人間ドラマがいくらでも描けるのではあるまいか。でも、飯食いながら観る人もいるだろうから、やっぱりテレビ用のドラマでは難しいかなあ……。じつにもったいないなあ。
「故人が生きていた余韻を台所に残し」去ってゆくところが渋い。おれの仕事ではまず体験できないようなシーンである。悲しく重く、冷たく温かくダンディーだ。死体ばかり描いているブログなのに、人が生きるということへの共感に溢れている。脱帽。
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▼「プーチンのようになろう」 ロシア紙が肉体改造特集 (asahi.com)
http://www.asahi.com/international/update/0824/TKY200708230345.html
▼厚生労働副大臣のメタボ退治ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/metabo/index.html
▼レコーディング・ダイエットのススメ
http://putikuri.way-nifty.com/blog/
この三つを比べてみると、なにやらいろいろフクザツな思いが心中を去来するものであるが、おれには岡田斗司夫がいちばんカッコよく見えるなあ。あたりまえのことをあたりまえにやる。なんとすがすがしいことだろう。そして、それはなんと難しいことだろう。近年すっかり酒呑みになってしまったおれには、まったく頭が下がる。最近筋トレをさぼっていると、たちまち体脂肪率が上昇しはじめたので、あわててまたはじめたところだ。多分におれの先入観のせいなのかもしれんけれども、どうもプーチンの逞しい身体は、年齢からすればカッコいいことはカッコいいが、気に食わないやつが現れたら即座に首をへし折るための逞しい身体であるように見えてしまう。「岡田斗司夫は、気に食わないやつが現れたら即座に首をへし折るために肥っていたのだ」と思う人はいないと思う。
それにしても、あのマシュマロマンのような巨体から、一年あまりで体重六十七キロ、体脂肪率十七パーセントにまで下げるとは、科学と意志の偉大さに感動を禁じ得ない。やっぱり、おたくというのは“その気になったらとことんやる”という脂質、じゃない、資質があるわけで、オタキングとまで呼ばれる人物の底力を見た思いがするよな。こういう実例を目の当たりにすると、おれなんかは全然おたくじゃなく、パンピーに毛の生えた程度の執着心しかないのだなあと、改めておのれの業の浅さに情けなくなると同時に安堵感を覚えたりもする。ちなみに、おれみたいな元々からの痩せ型体形でも、体脂肪率を十七パーセント台にまで下げていた期間はほんの少ししかない。最近は、概ね、体重六十五~六キロ、体脂肪率十九~二〇パーセントくらいで、ふらふらと安定している。
ここ数年、おれもかなり“肉体”というものを意識して運動をするようになり、“無理に脂だけを落とそうとするよりも筋肉をつけようとしたほうが健康的で、結局フィットネスの早道のようだ”という実感は得ているのだが、岡田斗司夫の事例はあまりにすごい。あの岡田斗司夫に、体脂肪率の低さで負ける日が来ようとは、まったくの想定外である。おれは基本的に、食いたいものは我慢までせずちゃんと食って、そのぶん筋肉をつけることで食ったぶんをどんどん燃やして相殺しようという思想だから、あんまり劇的な効果というものがない。筋肉がついてくると面白いものだから、ついつい筋肉増強運動にばかり文字どおり力を入れがちになってしまうのが、あまりよろしくないのだろうなあ。もう少し、有酸素運動に割く時間を増やしたほうがよさそうだ。
いやあ、しかしこれは励みになりますなあ。岡田斗司夫が体重六十七キロ、体脂肪率十七パーセントなのだったら、おれとしては六十五キロ、十六パーセントくらいをめざしたいもんだ。年内の実現をめざしてがんばろう。
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おなじみ《ヘンな検索語》。このブログに検索エンジンからやってきた人が検索に使った妙な検索語を愛でるアレなんだが、いやしかし、これはいったいなんなんだ?
いやそりゃ意味はわかるけどさ、動機がわからん。どういう事情で検索しているのだろう? とある女性が、近々男に襲われる可能性が高くなるような予感を覚え、反撃の必殺技かなにかを解説しているサイトがないか探しているのだろうか? あるいは、女に襲われるのには慣れている男性が、あろうことか近々「男」に襲われる可能性が高くなるような予感を覚え……。
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もう、最近耳についてしかたがないのが、「♪い~まのりくん、い~まのりくん、いま乗りたいからい~まのりくん」というCMである。おれは運転免許を持っていないのだが、気がつくと唄っていたりする。まさに、対テレパス戦術としての“強迫唄”に持ってこいの名曲(?)である。
誰が唄っているのだろう? まさか、このモデルさん(西山茉希)ではあるまい。おれは最初、藤本房子(八〇年代にCMソングの女王として君臨したおもちゃ声の人だよ。『パタリロ!』のオープニング曲の人だと言えば若人でもわかるだろう)かとすら思ったが、それにしては声が若い。
で、調べてみると、へえ~、奥華子だったのか。アニメの『時をかける少女』のテーマ曲唄ってた人だよね? こんな歌にも向いてる幅の広い声なんだねえ。ホント、藤本房子に似てるよ。ぜひ、『パタリロ!』をカバーしてほしいくらいだ。
ああ~、しかし、声フェチ的にはクるものの、頭の中でぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるこの歌が回るので、たいへん煩わしい。「♪い~まのりくん、い~まのりくん……」 もういいっ!
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▼忘れ物軽減へ「わすレモンちゃん」 東武鉄道が新キャラ (asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/0813/TKY200708130236.html
東武鉄道は、年間22万件に上る駅での忘れ物を減らそうと、注意を促すキャラクター「わすレモンちゃん」を作った。ポスターなどに使っていく。
鉄道事業関連では同社初のキャラクターで、首都圏の鉄道各社でも忘れ物限定のものはなかったとか。「お陰で分かりやすいだじゃれを使えました」
「忘れ物をすると、とってもキュッとしちゃう…」「問い合わせをしてスキッと解決しよう!」。わすレモンちゃんはこんなせりふで口を酸っぱくして注意していくそうだ。
べっ、ベタやなあ~。まんまやないか。いやまあ、こういうノリは嫌いじゃないが、まるで京阪電車みたいなセンスだ。いや、待てよ、京阪電車だったら、もっと脱力系の「忘レタスくん」かなにかにしそうな気もするな。レモンというところが、よくも悪くも関東なのかもしれん。なかなか可愛いではないか。
でも、たぶんご存じかと思うが、英語の lemon は“欠陥車”を指す俗語なので、電鉄会社に縁起を担ぐ人がいたら、嫌がるかもしれないよな。まあ、あくまで“レモン”だから、気にすることはないと思うけど。もし“檸檬”だったら、爆弾テロを連想させるというので縁起が悪いと嫌がる人が……。
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これっておれだけなのかなあ~? いやね、身長数十センチのちっちゃい子供がさ、なんとか日本語として聞き取れるようななにごとかを叫びながら、ちょこちょこちょこちょこと走っている姿なんかを街なかで目撃するとさ、おれは「おお、可愛いなあ」と思うよりもほんの少し先に、「おお、よくできてるなあ」と思ってしまうのである。なんというか、よくもこの小さな筐体の中にこのような精妙な機能が詰まっているものだなあと、そのことがとてもいとおしく感じられる。それはたとえば、PDAやら時計やらといった小さく精巧な機器に感じる愛情のようなものと、おれにはほとんど区別がつかない。一度破壊してしまったら、同じようなものは復元できても、まったく同じ状態のものは二度と創り出せないのだなあという危なっかしさゆえ、文字どおり“いと惜しい”感じがする。
おれは、この小さく精巧な機器が自分のゲノムの半分を運んでいるのだなあといった実感を持ったことはないのだが、そうでなくても、ちっちゃい子供の精巧さを見せつけられると、なにやら胸を掻き毟られるかのような奇妙な愛情が湧いてくる。他人の子だろうがなんだろうが、子供一般に対してだ。おれはたぶん、精巧でちっちゃい機械と精巧でちっちゃい子供との区別が、心の底ではできていないのだと思うんだが、「なんでいちいち区別する必要がある?」とも正直なところ思っている。おれの子供に対する愛情は、世間一般的な規範に照らせば、きっとかなり歪んでいるのだと思う。思うが、それがおれの素直な感じかたなのだからしかたがない。自分に嘘はつけませんわ。
ほんと、ちっちゃい子供ってのは、よくできてて可愛いよね~。
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あらら、もうタダでやるのかと観たのが『学校の階段』(監督:佐々木浩久/9月17日正午まで)。まあ、はっきり言って、黒川芽以、松尾敏伸、小阪由佳、通山愛里、甲斐麻美といった当世演技派アイドルたちのファンムービーなんだが、なかなかどうして面白い。秋山奈々、栩原楽人、森本レオといった『仮面ライダー響鬼』組(松尾敏伸も劇場版に出てるそうだけど)も脇を固めており、“怪女優”ファンにはたまらない三輪ひとみも期待どおりの不気味系主婦役で登場していて、おれとしてはたいへん見応えがあった。まあ、レオおじさんが必要以上の演技指導をしようとしていないか、ちょっと心配だけど。
天栗浜高校なるネーミングからして異化効果抜群の高校での物語。学校の中をひたすら走りまわることに意義を見い出す“階段部”と、階段部を潰すことに執念を燃やす生徒会とのすがすがしい闘いを描く――と言ってもなんのことかわからないと思うが、まあ、いわゆる学園スポコンものを換骨奪胎してみせる平成の「部活アクション・ムービー」である。ところどころミュージカルになったりするので、たぶんタモリは嫌いだろうが、制服のままの女子高生が懸命に走る姿というのは、ただただ爽やかである。
松尾敏伸は、歳食ってるだけだあって、こういうコメディでもさすがだ。群を抜いて光っている。よく笑い出さないものだ(まあ、笑い出したとしてもカットされるでしょうが~)。学校の中をコンピュータで監視している生徒会なんかも、古の『ねらわれた学園』風でバカバカしくて愉快だ。
バカバカしい中にも奇妙なすがすがしさがある不思議な青春映画である。なんちゅうか、こういう形でないと、もはや現代の青春ってのは描けないのかもしれないね。
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『ボウリング・フォー・コロンバイン』を観たからには、やはり勢いでこれも観なくてならないだろう。というわけで、SFには非常に関連のあるタイトルの『華氏911』(監督:マイケル・ムーア/9月30日正午まで)をとうとう GyaO で観た。
いくらなんでも恣意的な悪意がこもっているのではないかと思う点もないではなかったが、恣意的に悪意をこめたい政権なのだからいたしかたない。おれ的には拍手喝采である。「自分の子供をイラクへ送ってはどうか」というムーアの提案(というか、いやがらせというか)に対する議員たちの反応がケッサク。これが戦争というものなのだよな。
ムーアがキレているのは、イラク侵略は“必要な戦争”(そういうものがあるかどうかはべつにして)ですらないのに、利権を手にした連中が、貧困層の青年たちを戦場に送り込んでは無駄死にさせているからだ。アメリカ国民たちのナイーヴな愛国心を利用しているからだ。『ボウリング・フォー・コロンバイン』と同じく、人々に必要以上の“恐怖”を注ぎ込んで支配する権力者たちの姿が、いささかブラックすぎるくらいに描かれている。この作品は、二十一世紀の『地獄の黙示録』なのだ。The horror... the horror...
現代に生きるおれたちが、他人に操られないようするために求められているのは、“正しく怖がる”ということだ。それはとても難しいことだ。詐欺の手口のたぶん半分は、正しく怖がることができない人々に必要以上の恐怖を注入するところからはじまる(あとの半分は、正しく欲しがることができない人に必要以上の欲望を注入するところからはじまるのだろう)。どちらにも引っかからないようにするには、正しく怖がり、正しく欲しがる術を身につけるしかない。これはじつに難しい。しかし、おのれを見失わずに現代を生きるための必須のスキルなのだろう。
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“エロテロリスト”のインリン・オブ・ジョイトイが、「頑張れ!日本」とブログで檄を飛ばしている。芸能人だって商売だから、こういう発言をしては一部の商売がしにくくなるだろうし、ましてや外国人なのだから、いろいろ攻撃もされるだろうに、たいしたものである。芸能人であるということはそれだけで相当なパワーなのだから、それをおのれの信条に則って有効に使おうというスタンスには、敬意を表する。
狂人が仕切っている国がすぐ隣にあるという点では、それなりの備えをせねばならんとおれは思うが、インリンの意見にはおれも賛同する部分が多い。おれは日本国憲法第九条を“怪我の功名”だと思っていて、現生人類にはあまりにも未来的すぎる傑作だと思っている。押し付けなのはたしかだが、あんなすごい条文、よその国に押し付けるのでもなければ、どこの現生人類が自国の憲法として自分で起草するか? それが現生人類の限界なのである。願わくば、怪我の功名で奇跡的に手にした宝として、第九条の精神は守ってゆきたいものだ。現生人類がいっぺん滅びなければ無理な相談なのだとしても……。いずれにせよ、アメリカと、いや、いまのアメリカ政府と同じ土俵に乗っても、日本は世界から尊敬される“美しい国”にはちっともならないぞ。世界から軽蔑されるプチアメリカになるだけだ。どうも、いまの日本は、近い将来そんなしょうもないプチアメリカになるために、“いま日本が世界から羨まれ、尊敬されている部分”を削ぎ落としていっているように思えてならないのだが……。インリンの言うように、日本の立場、日本の力でしかできないことがあるはずだ。
とはいえ、おれは改憲論者である。“論者”というほどの教養はないから、改憲賛成派とでもしておこうか。前から言ってるように、第一章、あれは邪魔だ。そのうち取っ払ってほしい。
ともあれ、日本で生まれ育った日本人の芸能人のみなさんも、せっかくブログを立ててるなら、インリンくらいはっきりとしたもの言いをしてほしいものである。そりゃまあ、あなたがたも商売でしょうけど、幸か不幸かせっかく与えられている強大なパワーを、少しは世の中を自分の主義主張に近づけるべく利用してはどうか? With great power comes great responsibility. その主義主張がどんなものであれ、だ。おれはインリンの主張に全面的に賛成ではないが、彼女のスタンスはすばらしいと思うぞ。まあ、卑しくも他国の首相をその国の言語で書くブログで呼び捨てにするのはいかがなものかと思うし、その点で必要以上に損していると思うが、まあ、おれだって、ブッシュやブレアをしょっちゅう呼び捨てにしているしな。おれが連中の大統領を茶化しているこういうものを読んで怒り狂うアメリカ人もいるだろうし、拍手喝采するアメリカ人もいるだろう。まあ、いまとなっては、拍手喝采するほうが多いだろうとは思うが……。
おれは、たとえば、生き馬の目を抜く厳しい国際社会の中での日本人のお人よしぶり、ノーテンキぶりに水をぶっかける金美齢のような人が言うこともかなりもっともだと思うし、インリンの言うこともよくわかる。結論としてはまるで対立するように見えるけれども、たぶん、彼女らはそれぞれのやりかたで祖国も愛しているし、日本も愛してくれていると思う。ベースはそんなにちがわないような気がするのだ。金美齢とインリンの対談とか、どこか企画しないだろうか? ぜひ読みたいよ、それは。
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GyaO のタダ映画観まくり週間、第三夜は『ボウリング・フォー・コロンバイン』(監督:マイケル・ムーア/9月1日まで)。いやあ、はっきり言って、GyaO の配信映画の多くはB級、C級、Z級だが(おれは嫌いじゃないけど)、こういうメジャーな映画を配信してくれるとは思わなかった。
通して観るのは初めてとはいえ、この映画のあっちゃこっちゃの断片はいろんなところで観ている。マイケル・ムーアというのは、まったくすごい男だ。これだけ深刻な問題を描きながら、ブラックなユーモア感覚を忘れない。自分もアメリカ人なのだということを常に忘れずに撮っている。そこが凡百のアメリカ批判と一線を画すところであり、ムーアの稀有な才能と言えるだろう。カート・ヴォネガットにも比肩する異才だと思う。
おれもむかしアメリカの銃社会を茶化したことがあったが、マイケル・ムーアに比べればまだまだ浅い浅い。アメリカと同じように銃が簡単に手に入り、巷に銃が溢れているカナダでは、なぜかくも銃犯罪が少ないのかという指摘は、じつに面白い。“それで儲けてるやつが権力と通じているから”というのが一応納得のゆく答えではあるのだが、どうもおれはそれだけじゃないような気もするんだよなあ。はっきりとはわからないけどさ。
マイケル・ムーアとハロルド・ピンターは気が合いそうだね。こういう人たちがもっともっと評価されるといいと思う。というか、世界はこういう人たちを評価してゆかねばいかん(ま、すでに充分評価されてるけど、批判されてるほうが聞く耳を持たないだけかもしれんが……)。アメリカ人だってバカじゃあない。むしろ、奇妙な強迫観念から解放されさえすれば、合理的で有能な人々である。なんだかんだ言って、おれはアメリカが好きだ。だけど、大嫌いだ。でもまあ、マイケル・ムーアのような人が殺されもせずに映画が作れる国なのだと思えば、まんざら捨てた国じゃないように思えるんだよ。
What a wonderful world!
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またまた GyaO でやってた『ザ・ハッカー 』(監督:ジョー・チャペル)を観る。伝説のハッカー・ケヴィン・ミトニックと日本人科学者・下村努との対決を描く Takedown の映画化である。そのうちテレビかなんかでやるだろうと思っていたが、数年後にネットでタダで観られるようになるとは、テーマがテーマだけに、感慨無量ですな。
あんまり期待してなかったんだけど、コンピュータにあまり詳しくない人でも充分楽しめる内容になっている。そもそも、ケヴィン・ミトニックが最も得意としたのは、システムの“人間系”の脆弱性を衝くいわゆる“ソーシャルエンジニアリング”なのであって(もちろん、テクニカルな面もすごいのだが)、これはコンピュータの知識のない人にでもちゃんと理解できるし警戒できる“詐欺”の一種なのである。この映画はそこのところをちゃんと描いている。セキュリティ関係者は一応必見かも。
ミトニックを演じるスキート・ウールリッチもなかなかホンモノに似ているんだが、下村努役の(たぶん韓国の)俳優さんは妙に山下真司に似ていて、英語が流暢すぎてかっこよすぎ。まあ、ホンモノの下村努さんを知らないので、似てるかどうかはわかりませんが~。
ご存じとは思うが、ミトニックは臭い飯を食ったあと、足を洗ってコンピュータセキュリティコンサルタントとして活躍している。米国の下院は、ミトニックを呼んでレクチャーまでしてもらっているのである。FBIが血眼になって追っかけていた元犯罪者にでも、必要とあらば教えを乞うというあたりがじつにアメリカ的であって、日本も見習うべき合理主義だ。ミトニックの言う "Companies spend millions of dollars on firewalls and secure access devices, and it's money wasted because none of these measures address the weakest link in the security chain: the people who use, administer and operate computer systems," というのは、企業のあらゆる危機管理担当者が肝に命ずるべきことだろう。
おれは原書の The Art of Deception しか読んだことがないのだが、ミトニック自身が書いた『欺術(ぎじゅつ)―史上最強のハッカーが明かす禁断の技法』
ってのは、なかなかの名著だと思う。つまるところ、ソーシャルエンジニアリングに対する完全な防御は、企業にとっては不可能に近いと言っているにすぎない本なのだけれども……。Good luck, 企業のみなさん。
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まとまった休みがあると、なぜかバカ映画ばかり観てしまう習慣がすっかり身についてしまったが、これも GyaO が悪いといえば悪い。なにしろ、タダだからな。『かにゴールキーパー』だの『コアラ課長』だのは、金払って観るのはさすがに躊躇する。こういう作品が嫌いなわけじゃないんだけども、「ほかに観るべきもんがあるじゃろう」という気になっちゃうのよなあ。でも、タダとなると、こういうものを優先して観るわけだから、結局、なんだかんだ言ってこういうのが好きなんでしょうな。
で、さっき酒呑みながら観たのが『ヅラ刑事(ヅラデカ)』(監督:河崎実/11月1日まで)というわけだ。「監修:実相寺昭雄」だもんなあ。GyaO でやってるとなれば、観ないわけにはいかないでしょう。
これがどういう映画であるかは、さすがにおれでも知っている。モト冬樹演ずるところのヅラをかぶった刑事が、ウルトラセブンのアイスラッガーのようにヅラを投げる必殺技で難事件を解決してゆくという、まあ、ここまでやるかというおふざけ痛快ポリス・アクション(?)である。けっこう個性的な面々を揃えているので、“そういうもん”だと思って観れば、それなりに楽しめる。
重要な女子高生役の江口ヒロミ、いいですね。このコは“ヒラメ顔”なのに美少女であるという、じつに奇妙な魅力の持ち主である。どこかで見たことあるなあと思って調べたら、ああそうか、『ウルトラマンマックス』の第29話「怪獣は何故現れるのか」で、若かりしころの桜井浩子演じる江戸川由利子のような役柄で出てきたコですな。うん、たしかに、桜井浩子の若いころみたいに、とびきりの美人じゃないけど、ファニーフェースの魅力に溢れたいいコですねえ。味のある顔というか。いま“ユリッペ”をやるとしたら、なるほど、このコだ。円谷系が好んで使いそうな女優なので、今後の成長に大きく期待。明日の洞口依子になれるか?
それにしても、堀内正美という人は、岸田森に迫る怪優ですなあ。こういうのには欠かせない人だね。歳を重ねると、天本英世に化けるかもしれないよ。
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あららら、なんか盆休みのわりにはアクセス数があんまり落ちないなあと思っていたら、なんと「日刊ココログ・ガイド」にウチが紹介されている。どう考えてもマジョリティーにウケるようなノリのブログではないのだが、@nifty の人も、仕事とはいえまめにあちこち読んでるんだなあ。
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アーノルド・シュワルツェネッガーのことをマスコミが「シュワ氏」と書くのもたいがいやなーといったことを以前書いたんだが、ダルビッシュ選手のことを「ダル」ですませるのは、もっとたいがいやなーと思う。なんちゅうか、『坊ちゃん』の野だいこが「野だ」になっちゃうのにも似た、独特の力業感が漲っている。
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団地の自治会が、掲示板にこんな貼り紙をしていた――「年金未払いの件で社会保険庁と名乗る人物が、各戸に、訪問しています。注意を、してください」
なるほど、社会保険庁を騙った詐欺か、気をつけねばなあと思ったには思ったのだが、仮にホンモノの社会保険庁がやってきたとしても、詐欺かもしれない怪しさにはあんまり差がないのではなかろうか?
もっとも、自分たちの不手際を、当の被害者に立証させようとしていたような連中が、自分の腰を上げてわざわざこっちにやってくるはずがないということは、日本国民であれば誰にでも容易に推測がつくので、あんまり効果的な詐欺だとは思えない。騙りというのは、本来信頼できるはずの人や組織の名を騙るからこその騙りなのであって、詐欺師を騙って詐欺を働こうとすること自体に、構造的な無理がある。「年金未払いの件で社会保険庁が各戸を訪問しています。注意をしてください」という貼り紙であったとしても、なんの違和感もないのである。ちゅうか、詐欺師がやってくるよりも、そっちのほうがよっぽど怪しいぞ。
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中川翔子(の所属会社)が『しょこたん☆かばー2』の収録曲を募集していたので、年甲斐もなくリクエストしてきた。そりゃもう、前から言ってるように、「わぴこ元気予報!」(『きんぎょ注意報!』テーマソング/唄:内田順子/作詞:岸田るみ子/作曲:小坂明子)に決まってるわさ。いまの“貪欲”で元気いっぱいの中川翔子にこそカバーしてほしい“アニソン”としての名曲だ。最近は、べつにアニソンでなくたっていいタイアップ曲ばっかりですからなあ。それはそれで大人向けのいい曲も少なくないけれども、アニソンがアニソンであった時代の正しいアニソンをしょこたんはちゃんと愛してくれているわけであって、そこにおれは共感を覚える。ええ、おれはしょこたんの親父と同い年ですがそれがなにか?
ま、リクエストは一曲だけにしといたけど、「ダンバインとぶ」とか「ときめきトゥナイト」とか、おれ自身アニメをろくに観ていないのに、アニソンとしての音楽性に惚れている曲はいくつかあるんで、『しょこたん☆かばー2』がどういう選挙区、じゃない、選曲になるのかには、興味津々なのである。ええ、おれはあと三か月ちょっとで四捨五入して五十ですがそれがなにか?
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こないだ、昼に近所の牛丼屋で牛丼食ったらですなあ、目の前にこんな貼り紙がしてあって仰天したのよな。
義務ではない「運動」で「命を守」られていたのでは、お客様としてはおちおち牛丼食ってる場合ではないような気もするのだが、その店は見るからに若いバイトのコばかりで、たぶん、この貼り紙がヘンなことにもまるで気づいていないのだろうなあ。なんちゅうか、お客様から見れば、たとえバイトでもあんたらはプロなわけで、プロがお客様の「命を守る」ことを“励行”する程度では困るわけよ。ゴルゴ13が“できるだけ弾を命中させよう”運動をやってるところを依頼者にアピールしているようなものだと言えばわかってもらえるだろうか?
いかにも手作りテイストの貼り紙だったから、従業員たちが自主的にやってることなのだろうけれども、お客様としては困惑しますわ。無邪気にもほどがあるちゅうかねえ……。微笑ましい(?)ような気もしないではないのだが、自分たちの身内で“うちらはこんなにがんばってますよ~”的な自己満足に浸っているだけで、“顧客視点”というものが決定的に欠落してることに誰か気づかんか? ま、おじさんは黙って牛丼食って金払って帰りましたけどね。
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▼「ネットランナー」休刊へ (ITmedia News)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0708/02/news094.html
ソフトバンククリエイティブは8月2日、ネット情報誌「ネットランナー」(月刊)の休刊を決めたことを明らかにした。10月6日に発行する11月号が最終号になる。「ブロードバンド普及に伴ってWebが発展し、ネットランナーが担ってきたWeb1.0時代の使命が終わったため」としている。
ネットランナーは1999年9月に創刊。P2Pソフトの活用法やネット上の話題などを掲載し、2002年のピーク時には20万部を発行していたいが、直近では8万部に減っていた。
とうとう休刊ですかあ。いやまあ、おれもあんまり買ってはいなかったけれども、毎号買っていたようなころもあったなあ。「バカもここまで本気でやれば上等」と絶賛(?)していたものだ。こういう好き放題やる雑誌がなくなるのは、なんだか寂しいですなあ(だったら買ってやれよ)。ひとつの時代が終わった。なにもかもみな懐かしい。
で、アレはといえば、実はまだウチにいるのです(つげ義春風)。無駄に精巧にできてるので妙にポーズがつけやすいのが、なにやらもの哀しい。
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▼「クイーン」ギタリストが天文学の博士論文提出 (asahi.com)
http://www.asahi.com/science/update/0804/TKY200708040210.html
著名な英国のロックバンド「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイさん(60)が3日、ロンドンのインペリアル・カレッジに天文学の博士論文を提出した。メイさんはかつて同カレッジに在籍し、71年から博士論文のための研究に入っていたが、音楽活動のために棚上げした。しかし、その後も思いは断てず、当時の研究を36年ぶりにまとめたという。
AFPなどによると、論文のタイトルは「黄道のちり雲における視線速度」。昨年研究を再開し、今年7月にスペイン領カナリア諸島の天文台で3.6メートル級の望遠鏡を使うなどして総まとめ。「何度も頭をかきむしりながら」論文を完成させ、同カレッジの宇宙物理学の筆頭教授に自ら手渡した。
23日に論文に関する口頭試問があり、その上で博士号が授与されるかどうか決まる。メイさんは英BBC放送に「音楽のために研究をあきらめることは、当時とても苦しい決断だった。このカレッジで、この日を迎えられることをとても誇らしく思う」と語った。
おおー、執念ですなー。通るといいなあ。ブライアン・メイ博士なんて、かっこよすぎ! でも、さだまさしには悪いけど、この人は天文学者にならなくてよかった。
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いやあ、こんな愉快な本を見逃していたとは不覚であった。字幕翻訳家が書いた本だから外国語の話がたくさん出てくるのかと思いきや、これは“字幕屋”としての視点から著者が捉えた、現代日本語への抱腹絶倒のツッコミ集なのである。おれは太田直子と年齢が近いせいか、言語感覚が似ていて、大笑いしながら「うんうん、あるあるあるある」と大いに意を強くした。「そんなに叫んでどうするの~「!」の話」、「ルビと混ぜ書き」、「させていただきたがる人々」、「くさいものにはふた~禁止用語をめぐって」、「くさそうなものには全部ふた~禁止用語をめぐって」、「くさくなくてもこっそりふた~禁止用語をめぐって 番外編」などなど、章題を見ればだいたいどういうことをぼやいているか想像がつくと思うが、おれもどこかで書いたようなことを痛快に指摘してくれているので、じつにうれしい。
字幕という特殊なフィルタを通して見るからこそ、現代日本語のヘンな部分が、より鮮明に浮かび上がってくる。いやしかし、この人、字幕だけをやらせておくのはもったいない(と編集者が思ったからこそ、こうして本が出ているわけだが)。エッセイの呼吸が“筒井風”である。文中に一度だけ禁止用語絡みの話題で筒井康隆の名前が出てくるが、かなり筒井を愛読していると見た。『狂気の沙汰も金次第』を少なくとも三回は読んでいるにちがいない。笑わせかたがSF作家的である。隠れSFファンなのではなかろうか? だいたい、本のタイトルからして、(長いタイトルブームに乗って編集者がつけたのかもしれないけど)フィリップ・K・ディックとハーラン・エリスンを足して二で割ったようである。
ともあれ、日常生活で目にし耳にする「日本語が変だ」と思っている人、必読。肩の凝らない、ウケを狙った文体はつるつる笑いながら読める。そのわりにけっこう深いことを言っているんだが、そんなことを表面上は感じさせないところが、字幕屋の面目躍如たるものがあるかもだ(って、ここはやはり“なっち語”にせにゃ)。
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Advanced/W-ZERO3[es](アドエス)の不便なところを見つけた。土曜日に病院に行ったのだけれども、こいつは病院内では使いにくいのである。
厳密に言えば、ウィルコムの端末は“携帯電話”ではない。PHSだ。だがおれは、病院内では、PDAは使ってもPHSは使わないようにしてきた。PHSなら病院の職員間で連絡用に使われているのにもかかわらずである。PHSだとはいえ、傍から見れば、どうしたって“ケータイ”に見える。「いえ、これはPHSですから」といちいち大声で周囲に説明しながら使うわけにもいかない。タラバガニを食っている最中に、「いえ、これはヤドカリですから」といちいち大声で周囲に説明しながら食う人があろうか。いや、ありはしない。瓜田に履を納れず、李下に冠を正さずである。子供が見ていると教育に悪い。というわけで、おれは病院内では、たとえPHSのウィルコム端末といえども、使わないようにしてきた。それどころか、ちゃんと電源まで切っていた。
だが、PHSとPDAが合体してしまうと、なかなかそうもいかないことをいまさらのように発見した。次の診察の予約を入れるときなど、スケジュールを見るのにどうしてもPDAを使いたい。しかし、このアドエスの外見はどうも携帯電話のように見える。PDAにPHSの機能が付いているだけなのに。困った。
そこでおれは考えた。病院内でアドエスをPDAとして使うときには、とくに必要なくともキーボードを出した形態で、横向きに構えて使うことにした。こうすると、よりPDAらしく見える。うむ、今後、この手でいくことにしよう。アドエスを愛用している方は、参考にしていただければさいわいである。
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こないだの金曜日も東京日帰り出張だったので、先日あまりうまく撮れなかったもんだから、今回は、朝京都駅に入ってくるところを Advanced/W-ZERO3[es] の五連写機能で挑んだところ、なかなかうまく撮れた。ケータイで撮ったにしては上等ではあるまいか。繰り返すが、おれは“鉄ちゃん”ではない。だけど、なぜか新幹線の顔は好きなんだよなあ。だから小池栄子の顔も嫌いじゃない(そーゆー問題か)。
新幹線といえば、the Indigo の田岡美樹嬢が、よく新幹線の写真をブログに貼ってますなあ……って知らない人はこれから知るように。素直ないい声してるんだ、彼女は。声フェチ的に萌えるね。新幹線の写真も、おれよりかっこよく撮れてるし。
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▼「美しい国」私も言えませんでした 世耕補佐官も苦言 (asahi.com)
http://www2.asahi.com/senkyo2007/news/TKY200708020393.html
「街頭では、とても『美しい国』なんて言えませんでした」。参院和歌山選挙区で当選し、1日から官邸での業務を再開した世耕弘成首相補佐官(広報担当)は、復帰早々に安倍首相に苦言を呈した。世耕氏は「美しい国づくり」国民運動の担当でもあるが、苦しい選挙戦を経て軌道修正を迫ったものだ。
首相は、地方遊説のたびに「美しい国」をアピールし、「地域の活力なくして国の活力なし」と訴えた。だが、自民党は1人区で6勝23敗と惨敗。あまりの逆風に世耕氏は当選確定後に万歳をせず、「安倍内閣への逆風を真っ正面から受けた。有権者の声を首相にじっくり伝えたい」と語り、笑顔も見せなかった。
世耕氏は、首相に「生活に密着した政策を打ち出し、憲法改正などとバランスを取るべきです」と進言。神妙に聴き入ったという首相は、参院選後は「美しい国」という言葉を口にしていない。
ああ、やっぱりね。おれは自民党は好きじゃないが、実効的な戦術を伴った世耕氏の戦略的PR能力には端倪すべからざるものがあり、おれも一サラリーマンとしては、じつに学ぶべきところが多いと思っていた。さすが、民間で鍛えられた人はちがう。ところが、安倍内閣は、まるで広報担当が替わったかのようにPR下手になってしまい、いったいどうなっているんだろうと不思議に思っていたのだ。
つまるところ、広報というのは、手持ちの駒の打ちかたをマネジする活動なのであって、持ち駒の器以上のことはできるわけがない。そこを広報マンとしての倫理を超えて背伸びすると、それはもはや広報ではなく、プロパガンダになってしまう。そんな状況下で、広報マンとしての一線を踏み越えずに“ちゃんと負けた”(ご本人は当選したけど)のだから、おれは世耕氏にはかなり好印象を抱いているのだった。この人はプロとして骨のある人だ。事実と哲学を伴わない浅薄な宣伝であれば、いくらでもできただろうに、実態を伴わない小賢しいことはしなかった。民主党にこういう人がいれば、とっくに政権を取っていることだろう。
でもそうかあ、とうとうご本人も苦言を呈したかあ。まあ、こういう世耕氏の状況というのは、関西人にとってはとても馴染み深いものだ。「ベンチがアホやから選挙がでけん」というわけですわな。いや、まったくお気の毒。いまの自民党の広報担当にだけはなりたくないもんである。
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このところ、朝っぱらからセミがガシガシ鳴いていて、じつに暑苦しい。
今朝も今朝とてガシガシ鳴いていて暑苦しかった。あんまり暑苦しい声なもんだから、「真冬に鳴けばちょうどいいのに」とおれは思った。
が、ちょっと考えればわかることだが、もしセミが最初から真冬に鳴く虫だったら、当然のことながらおれたちは、「ああ、もうセミがガシガシ鳴いている。聞くからに寒々しい。そろそろコートを出さなきゃ」と思っているにちがいないのだ。
ガーシガシガシガシガシ ガーシガシガシガシガシ (谷岡ヤスジ風)
ああ、寒苦しい。ほんとにもう、声聞いてるだけで鳥肌が立ってくるな。
チュクチュクオーシ チュクチュクオーシ オーシチュクチュク チュクチュクオーシ
チュクチュクオーシ オーシチュクチュク オーシチュクチュク チュクチュクオーシ
スットコチーヨ スットコチーヨ スットコチーヨ スットコチーヨ
ジーーーーーーーーーーーー (梶井基次郎風)
ひぃい、寒苦しい~! こんな午後は、熱~いかき氷とか熱し中華とか食いたいな。
カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナマナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナマナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナマナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ……
おお、生温かげな声がなかなかいいなあ。
リーンリーーーン リィーーーンリィーーーーーーーーン
チンリロリン チンチロリン
うわー、暑苦しい。
……てな具合だろうな。
そういえば、むかし秋の虫の鳴き声を日本語に翻訳して各方面から激賞されたものだが、セミだって結局、
やりてーやりてーやりてーやりてー
はよやらんと死ぬ はよやらんと死ぬ
やりてーやりてーやりてーやりてー
と、鳴いているにちがいないのだ。
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以前の「ウルトラの父ガエル~、ウルトラの母ガエル~」とあんまり変わらんような気もするが、これはとにかく曲がいいので、ぜひ声に出して唄ってみていただきたい。なにごとのおわしますかは知らねども、バカバカしさに涙こぼるる(ってのはたしか、かんべむさしのネタだったような気もする)。
いやなに、もうすぐ停車しますよという新幹線の車内アナウンスのジングルが、いつのまにか「いい日旅立ち」(「西へ」のほうかもしれんけど)になっていたので、アレ聴いて思いついたんだけどね。そういえば、どうでもいいけど、「いい日旅立ち・西へ」ってタイトルを見ると、おれはいつも頭の中で「ウルトラ警備隊かっ」とツッコんでしまうのだが、みなさんもきっとそうでしょう、そうだそうにちがいない。
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ひさびさに東京へ出張に行ってたもんで、べつにおれは“鉄ちゃん”ではないのだが、Advanced/W-ZERO3[es]のカメラでどのくらい撮れるものか試してみた。有効画素数約131万画素のCMOSカメラだから、デジカメとしては全然たいしたことないわけで、シャープもウィルコムもこの機種ではそのへんに凝る気はまったくないとはいえ、まあ、これくらい撮れればブログ用としては充分だよ。
ちなみに、左側の写真は品川駅に入ってくる新幹線。右側は京都駅を出てゆく新幹線。見てのとおり、どっちもシャッターが落ちる(?)のが遅れている。いつも思うんだけど、デジカメはタイミングを合わせるのが難しいですなあ。五枚連写の機能があるので、それを使えばどれかは当たったかもしれない。次はトライしてみよう。よ~~~く見ていただくと、駅に入ってくる新幹線はほんの少し心なしか青みがかっており、駅から出てゆく新幹線はほんの少し心なしか赤みがかっている……ように見える人はものすごい眼の持ち主なので、その能力を人類のために役立てるように。
せっかく東京に行ったんだから、もちろん、浜松町駅のおなじみ「東京ブギ」でメイドさんとカリーライスを楽しんできましたわさ。さすがにメイドさんの写真は撮れなかったけどね。個人情報だし、肖像権もあるし。いやしかしなんちゅうか、大富豪の屋敷で働いていてそこの御曹司とおいたをしそうなアキバ系のメイドさんとちがって、ここのメイドさんは、労咳の老父に人参を飲ませるために食堂車とかで働いていそうなメイドさんで、地味で清楚なコスチュームがそそりますねえ。こういう感性がすっかりおやじですねえ。絶対領域剥き出しのやつは、はしたない。いやまあ、はしたないのははしたないので嫌いというわけでもなく、どっちかというと好きですが……。眼鏡っ娘のメイドさんがいなかったのは残念だなあ。
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