“特定”できることを“推定”しなければ崩壊する制度なのか、それは?
▼離婚後300日以内に生まれた子救済へ 法務省 (asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/0406/TKY200704050418.html
「離婚後300日以内に生まれた子は前の夫の子」と推定する民法772条の規定の見直しを巡り、法務省は、前夫との離婚後に懐胎したとする医師の証明書があれば、離婚後300日以内に生まれた子でも現夫の籍に入れられるようにする民事局長通達を4月末までに出す方針を固めた。
▼反発呼ぶ、法相の「貞操義務」発言 民法規定見直し巡り (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0409/TKY200704090284.html
「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する民法の見直しで特例新法を目指す与党プロジェクトチーム(PT)の動きをめぐり、長勢法相が6日の会見で述べた「貞操義務なり、性道徳なりという問題は考えなければならない」との言葉が、市民団体や議員の間で反発を呼んでいる。
家族法の研究者らは9日、通達での対応を表明している法務省に対し、救済範囲が広い特例新法の制定を求める要望書を提出。会見した早大院の棚村政行教授は「(特例法が)貞操義務や性道徳を乱すとの議論がしかるべき立場の人から出ている。『子どもの救済』という議論の本質が違う方向にいき危機感を覚える」と批判した。
▼「300日問題」今国会の提出見送りか 立法不要論強く (asahi.com)
http://www.asahi.com/politics/update/0411/TKY200704100389.html
「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」とする民法772条の規定を見直す与党プロジェクトチーム(PT)の議員立法について、自民党の政調幹部が10日、「時間をかけて議論せざるを得ない」と今国会での法案提出の見送りを示唆した。法務省の通達があれば立法は不要との意見が党内で強まった事態を受けたものだ。だが、与党PT案が救済対象とする「離婚前の懐胎」は、通達案では対象外。このケースで子供の出生届が受理されない夫婦は複雑な思いで見守っている。
同日の自民党法務部会でも、与党PT案について「婚姻制度が崩れる」などの反対論が続出した。一方、公明党はなお、議員立法での救済をめざす構えを崩していない。
なんなんだ、この不可解な迷走は? おれには民法772条を見直そうという話になんの問題があるのか、さっぱりわからないよ。
だいたい、仮に“一妻多夫”の状態で暮らしていて子供ができたとしても、どの夫の子かを充分な信頼度で特定できる技術基盤がすでにあるというのに、「嫡出の推定」などという規定がいまだに生きていること自体が不可解である。間接証拠を直接証拠より重視する刑法なんてものがあったら奇ッ怪なことおびただしいが、民法だとまだこんな時代遅れな“推定”が力を持っているんだなあ。「嫡出の推定」なんて、もはやする必要などない。知りたきゃ、DNA鑑定すればいいだけの話。
貞操義務がどうのいった意見も、これまたさっぱりわからない。そもそも、あんなもん“義務”なのか? 法律のどこに書いてある? 離婚訴訟だのなんだのになったときに、夫婦は相互に貞操義務を負うという前提がきわめて支配的な法解釈になっているだけじゃないか。おれに言わせれば、あれは義務でも権利でもなく、自主規制である。その“貞操自主規制”を、夫婦のどちらか、あるいは、両方がないがしろにする心理状態になっているということは、すなわち婚姻関係の実質的破綻を意味するはずだ。離婚訴訟において有責配偶者からの離婚請求でも認められる事案が増え、法曹界が実質婚を重視してゆく趨勢にあるのであれば、夫婦相互の貞操をいつまでも“義務”と解釈していたのでは、矛盾が生じてこないか? “望むらくは遵守されるべき自主規制である”と捉えたほうが、ずっと自然だとおれは考える。
長勢法務大臣がなにを言いたいのかおれにはいまひとつよくわからないのだが、もしかしたら、「民法772条の縛りを外したが最後、世の女どもは、わしの女房も含めて、男をとっかえひっかえスッポンスッポンやりたい放題、手当たり次第にバコバコ子供を産みおるにちがいないから、法律で縛っておかねばならん」とでも言いたいのだろうか? もし、民法772条の縛りが取れたとたんに、あんたとこの奥さんが若いツバメを何人も抱え込んでやりたい放題やりまくりはじめたら、それは法律がどうこうという以前に、あんたとこの婚姻関係が実質的にはとうに破綻しておったということを示すにすぎない。そういう個人的な懸念(?)を、世間の女性一般に敷衍してもらっては困るな。
「婚姻制度が崩れる」などの反対論? なんだ、それ? 意味がわからん。法律の縛りが外れたら崩れるような婚姻関係、婚姻制度であれば、そんなものは崩れさせればよろしい。破綻している会社は、粉飾決算をして存続させるより、正しく潰れたほうがずっと社会のためだというのと同じだ。おれはほとんど確信しているのだが、民法772条なんてものがまるごとなくなったとしても、多くの破綻していない夫婦は、相互の信頼関係に基いた“貞操自主規制”を“そこそこ”尊重してゆくだろう。まあ、少々自主規制が緩んだとしても、社会が男に対して容認してきている程度の不貞を女も享受できるようになったというだけのことで、釣り合いが取れていいんじゃないの? そのほうが緊張感があっていいと思うね、おれは。実質婚を安定的に維持するほうが、形式婚を惰性で続けるよりもずっと意識的努力を強いられるにちがいない。そうなりゃ、それこそ、ほんとうに望まれる形でのホワイトカラー・エグゼンプション導入の議論に本格的に火が点くかもよ。なにしろ、伊達や酔狂じゃなく家庭に目を向けにゃならなくなるから、効率的に付加価値の高い仕事をして家族との時間を増やしたいなんてことを本気で考える人が増えてくるかもね。
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コメント
「離婚後300日以内に生まれた子は前の夫の子」と推定する民法772条を改正したら性道徳が乱れるというのは論理的に理解できません。
現状では、「男をとっかえひっかえスッポンスッポンやりたい放題、手当たり次第にバコバコ子供を産」んでもすべて夫の子になってしまうのですが、DNA鑑定が導入されれば夫の子でないと判断される訳で夫側に有利になりますね。違うのでしょうか?
投稿: 小林泰三 | 2007年4月12日 (木) 22時39分
|DNA鑑定が導入されれば夫の子でないと判断される
家族とか親子というのは、法人もしくは機関であって、その構成員を決定するのは生物学的条件ではなく、法人を成り立たせている規範にあるという解釈ですかね。
だから天馬博士がアトムを実子とする法的根拠がここに生まれるのでは。
投稿: 林 譲治 | 2007年4月13日 (金) 22時53分
> 法人もしくは機関であって、その構成員を決定するのは生物学的条件ではなく、法人を成り立たせている規範
先日、最高裁で「夫婦の精子と卵を体外受精させ、別の女性の子宮で育てた子供は夫婦の実子とは認められない」という判決がありました。
親子関係がDNAで決定されないのは間違いないようですが、家族のローカルな規範で決定される訳でもないみたいですね。
投稿: 小林泰三 | 2007年4月15日 (日) 00時20分
|家族のローカルな規範で決定される訳でもないみたいですね。
家族という単位が規範により定義され、親子はその下部構造と言う規範の構造になっているのかもしれない。
投稿: 林 譲治 | 2007年4月15日 (日) 09時49分
「父親であること」を確認できるようになったのはまだ最近のことなので、石頭な行政や司法がこのことを理解するにはまだしばらくかかる、その間は今まで通り「推定」がまかり通るのではないかと愚考いたします。
投稿: 村上 | 2007年4月15日 (日) 10時14分
>小林泰三さん
私もまったく論理的に理解できないのです。DNA鑑定をしてなんの不都合があるというのでしょうか?
>林譲治さん
「生物学的親子関係」などは“属性”、「実質的親子関係」「実質的夫婦関係」などは“ふるまい”、「家族」などは“ユースケース”を指しているのだという具合に、ちがう次元のものだと考えればすっきりします。そうしたオブジェクト指向の世界に、法律は手続き型の思考を持ち込むので話がややこしくなるのでしょう。また、日常言語はこれらを同じレベルで一緒くたにしてしまうので、さらに混乱を引き起こします。
>村上さん
行政や司法が石頭なのはそうだと思いますが、彼らにしてみれば、それが仕事なのだから、いたしかたないといえばそのとおりなんですよね。むしろ、こういう問題は、立法の怠慢です。人間は、できるようになったことは必ずやるのだから、技術的基盤が確立されそうになっている段階で、立法は迅速に動くべきなんですよ。
投稿: 冬樹蛉 | 2007年4月17日 (火) 01時16分