ある名馬の物語
“トーカイタテガミ”という伝説の競走馬をご存じであろうか? 彼女こそは、おれの騎手人生において、最高の名馬だった。おれに“人馬一体”という言葉をほんとうに実感させてくれた不世出のサラブレッドだった。
あの日は馬場の状態もよくなかった。トーカイタテガミは、パドックでもいつもとちがうそわそわした様子を見せていた。といっても、それはたぶん、長年彼女と共に過ごしたおれにだけ感じられるような、微かなかすかな違和感だったろう。
第四コーナーをまわったところで、おれはわれとわが目を疑った。どこから迷い込んできたのか、三、四歳の子供がちょこちょことコースに歩み出てきたのだ。おれたちの目の前に! おれがあわてて手綱を絞るより早く、トーカイタテガミは信じられない勢いで馬身を捻ると、みずからの速力を覚悟を決めて受け止めるかのように、横倒しに地面に激突した。投げ出されたおれは、脳震盪を起こしてしばし意識を失っていたようだ。
両前足骨折。ベッドの上で飛び起きたばかりのおれに、獣医はそう告げた。おれは彼に懇願した。おれにやらせてくれ、と。
おれがゆっくりと注射器のシリンジを押すと、トーカイタテガミは、ほっとしたように首を垂れ、潤んだ眼でおれを見つめて、すべてを許すように頷いた。頷いていたようにおれには見えた。おれは注射器をテーブルの上に置くと、彼女の最期を見届けようとした。しばらくすると、トーカイタテガミは、眠くてたまらないといったようすで大きな目を閉じ、どさりと横になった。おれはたまらず外に飛び出し、嗚咽を漏らしながら地面に突っ伏して、いつまでもいつまでも身を震わせていた。かすかに藁の匂いがした。トーカイタテガミ――おれはおまえを忘れない。おれを風にしてくれたトーカイタテガミ。おまえの走りを忘れない……。
その後、堺正章という歌手が、おれたちのことを唄ってくれた。若さゆえのまっすぐで不器用な恋の終わりを唄った曲だとあなたは思っていることだろう。この歌に隠された一頭の名馬と騎手の物語は、誰も知らない……。
♪さよなら トーカイタテガミ
テーブルの上に置いたよ
あなたの眠る顔みて
黙って外へ飛び出した
えー、本日は田中啓文風でお送りしました。
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コメント
自分で歌ってみました!笑いすぎて椅子から落ちました!
投稿: 湖蝶 | 2007年4月28日 (土) 07時40分
ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆まいりました!オチまで気づかなかった自分が悔しい(^^;)もうカラオケで歌えなくなりそうですよ(^^;)
投稿: めんちかつ | 2007年4月28日 (土) 08時14分
くぅー、大笑いしちゃって悔しいので突っ込み
田中啓文にしてはエログロが少ない(ぉぃ
投稿: モりやま | 2007年4月28日 (土) 11時47分
やられた~
感動してうるうるきてたのにー!
よかったばい!!
投稿: こり | 2007年4月28日 (土) 22時51分
どひゃひゃひゃ、ウケたみたいですね(^_^;)。
「注射器をテーブルの上に置く」あたりの不自然さで、ヘンだなとオチを見破る人もいるかもしれません。
>モりやまさん
田中啓文ほどの才能があれば、このネタで短篇一本書くんですけどね(笑)。
投稿: 冬樹蛉 | 2007年4月29日 (日) 02時57分
最初、意味が全然分からなくて……、マチャアキの名前が出てきても(ニブくてすみません)。
「トーカイタテガミ」でググってたら、結構、出てきたんで、やっと分かりました。空耳として有名なんですかね。
投稿: きむらかずし | 2007年4月29日 (日) 08時22分
>きむらかずしさん
うわー、ほんとだ、同じ空耳してる人がけっこういる(^_^;)。これだから、インターネットというやつはもう……。まあ、ここまでネタとしてでっちあげたのは、私が初めてであろう(笑)。
投稿: 冬樹蛉 | 2007年4月30日 (月) 03時37分