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2007年3月の31件の記事

2007年3月31日 (土)

イラクのリン・ミンメイ

Idol TV show contestant unites war-weary Iraqis (CNN)
http://www.cnn.com/2007/WORLD/meast/03/28/iraq.star.academy/index.html

BAGHDAD, Iraq (CNN) -- Shada Hassoon, a charismatic and talented 26-year-old singer, is doing for Iraq what weary politicians in that strife-torn country have so far failed to do: unite the fractious nation.
Hassoon is a contestant representing Iraq on LBC's "Star Academy," a televised entertainment competition from Lebanon similar to "American Idol."
She has advanced all the way to the finals and is one of four contestants left.

(中略)

Hassoon has mixed national heritage. She was born in Morocco to an Iraqi father and a Moroccan mother.
But she is regarded as an Iraqi because nationality is based on her father's country.
She identifies herself as an Iraqi national and says her dream since childhood has been "to represent my country, Iraq, in arts."
"We voted for Shada without asking if she were a Shiite or a Sunni," Hicham Mahmoud Alaazami said on the Al-Arabiya Web site. "We voted for her just because she is an Iraqi."
Hassoon has been the object of attention in Arabic-language media in Iraq and across the Arab world.


 Shada Hassoon というイラク国籍の歌姫が、“レバノンの「American Idol」”みたいなコンテスト・テレビ番組で最後の四人に入るまで勝ち上がり、イラクのみならず、アラビア語圏の注目の的となっているそうだ。シーア派・スンニ派の対立はとりあえず脇に置いて、“イラク人”のアイドルを応援しようという空気で盛り上がっているらしい。

 政治に翻弄されたテレサ・テンのような人がすぐ頭をよぎって、日本人としては手放しでめでたがる気分にはなれないのだけれども、まあ、イラクといえばなんとも殺伐とした話ばかりが報道されるので、こういうニュースはちょっとほっとするよね。満身創痍で焼け跡から立ち上がろうとしているところへ、湯川秀樹がノーベル賞取ったくらいの感じなのかもね、日本でいえば。巨人ファンだろうが阪神ファンだろうが、WBCだとみんな日本を応援しちゃうしねえ……って、宗教対立はそういう軽いノリの問題ではないとおっしゃいましょうが、本音のところでは、意外と当たらずといえども遠からずかもしれんじゃないか。無能なアメリカ人の審判が横柄な態度を取れば取るほど、なおのこと盛り上がって団結する……って、そういう問題じゃないかもしれんが、なんとなく似てる気もしないでもないかもしれないぞ。


 Shada Hassoon star academy 4



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2007年3月27日 (火)

『バビロニア・ウェーブ』(堀晃/創元SF文庫)

 太陽系から三光日ほどのところにそれはあるのである。直径千二百万キロメートル、全長五千三百八○光年の巨大なレーザーの光束。両端にはおそらく重力場によるなんらかの反射機構が存在しているらしく、そのレーザー光束は、完全に位相の揃った定在波としてそこにただただ存在している。真空中のレーザーだから、当然、そこにそんなものがあることは横から見たってわからない。ビームの中に入り込みでもしないかぎり、わからないのだ。が、不用意に入り込んだが最後、毎秒5・3×1011エルグ、太陽常数の七○万倍に相当するエネルギー照射を浴びて黒焦げになってしまう。

 ようやく片道進んだ光ですら、古代バビロニア以前にもう一方の終端を発したことになる長大なレーザー光束――この謎の天体、人呼んで“バビロニア・ウェーブ”は、反射板を差し入れるだけで無尽蔵とも言えるエネルギーを人類に提供し、その歩みをどこへともなく歪めてゆく。地球とバビロニア・ウェーブ間をレーザー推進連絡船で往還する単調な任務に就いていた宇宙飛行士マキタは、バビロニア・ウェーブへと向かう途中、目的地から地球へのレーザー照射が停止するという事態に巻き込まれる。地球へのビームが途絶えたのでは、レーザー推進船は減速できず、目的地で停止できない。マキタは、急遽バビロニア・ウェーブに向かった、かの天体の発見者・ランドール教授と合流、連絡船を捨てて、核融合推進の救命艇で教授と共にバビロニア・ウェーブ近傍の基地に赴くこととなる。その最果てのマルドゥク基地では、バビロニア・ウェーブに関して極秘裏にある計画が進行していた……。

 と、まるでアオリ文みたいなことを書いたところで、ピンと来ない人にはさっぱりピンと来ないだろうと思う。それはもう、しようがない。ところが、なまなかなことでは人智を寄せつけない、なんだかものすごいものがただただそこに存在しているというだけで、「おおおお……」とばかりにページを繰るのももどかしくなるタイプの人が世の中には少なからずいるのである。あなたがそういう人であれば、これを読まずに死んではいけませんぜ。長らく入手困難であった日本ハードSFの金字塔、待望の復刊である。これを喜ばずして、なにを喜ぼう。

 おれは、圧倒的に巨大な未知がただそこにあるというだけで読者を魅了してしまう類のSFを、アーサー・C・クラーク『宇宙のランデヴー』を踏まえて“茶筒SF”と勝手に呼んでいるのだが、日本人SF作家で堂々たる茶筒SFをものした人は、存外に少ないのである。茶筒SFは非常に読者を選ぶから、かなり度胸のある編集者の理解がないとゴーが出ないということもあるのかもしれないな。「なんじゃこりゃあー!? こいつはなんなんだ、なにしにやってきたんだ、なんのためにそこにあるんだー!?」という“未知への畏怖”そのものを楽しめる読者は大喜びなのだが、そうでない人は「喧嘩売っとんのか!?」と怒り出しかねないのが茶筒SFというものなのである。実際、『宇宙のランデヴー』読んで怒り狂った人は、欧米にもけっこういると思うんだよなあ。かわいそうに。そういう人は生まれた星のめぐり合わせが悪かったのだろう。

 『バビロニア・ウェーブ』は、紛れもなく、日本の茶筒SFの最高傑作と呼んでよいと思う。SFにしか描けないストレートの剛速球を受け止めて、ミットの焦げる匂いをかぎながら掌と魂の痺れに愉悦を味わいたい人には、余計な御託は不要だ。とにかく、お薦めである。まさに、「スットライーック!!」なのである。

 今回の復刊を機に何度めかの再読をして改めて思ったのだが、優れたハードSF作家の資質は、おそらく想像力などではない。観察力だ。“そこにないものに対する観察力”なのである。おれにはそうとしか表現しようがない。これは単なるルースな想像力とは似て非なるものだ。“もののことわり”を考え抜く想像力は、観察力と区別がつかない。え? なにを言っているのかさっぱりわからない? わからん人は、とにかく本書を読め。



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2007年3月26日 (月)

たしかに小中学生のころ、地図で探しましたなあ

行ってみました「変な地名」 (asahi.com)
http://www.be.asahi.com/be_s/20070325/20070301TKAG0022A.html

 この記事で紹介されている『世界の「珍名」所 大集合』ってサイト(ブログもある)、実際に行ったところにいちいち「制覇」マークが付いているのがなんともおかしい。名前が(日本語的には)面白いだけで、べつに難所でもなんでもないだろうに。「ヤリキレナイ川」は、以前『探偵!ナイトスクープ』にも出てきたよね。

 いやしかし、誰に褒められるわけでもないのに(おれは褒めたい)、これだけの手間をかけて世界中を回るなんて、ふつうの人間にできることではない。なにかこう、歪な情念のようなものがないとダメだろう。率直に偉業と讃えたいね。現地の人に「なんで日本人がこんなところへ来た?」と問われたら、なんと説明するのだろう? 「いやなに、地名がとても美しい響きだったので、矢も盾もたまらずごにょごにょごにょ……」とか、適当にお茶を濁すのかなあ。お茶を濁したつもりが、さらにツッコまれたらどうする? 「ほぉ。で、エロマンガってのは日本語でどういう意味になるんだい?」



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2007年3月25日 (日)

ひさびさに軽い新作

「アニヲタとアニータくらいちがう」

 この初回限定の特典、アタシのものヨ! ニッポンに返さないヨ!



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コンプライアンス

 (1)法や倫理の求めるところに従うこと。(2)法令を遵守し、確立された倫理に則って活動しているという意味の冠言葉。あたりまえのことをわざわざ言挙げしているわけだから、法令を遵守せず倫理に悖ることが当然とされている活動などに通常冠されることが多い。[例:コンプライアンス経営、コンプライアンス立法、コンプライアンス行政、コンプライアンス司法]



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いきなり「ください」と言われても

 さっき仕事のメールを書いていたら、とんでもない誤変換が第一候補に出て、危うくディスプレイにお茶を噴きかけるところだった。

「後漢書ください」

 そんなもん、自分のパソコンにいきなり「ください」と言われてもなあ。ほしのあき「後漢書ほしーの」とでも言うのなら、ちょっとは考えないでもないが、まあ、ホントのホンモノだったらオークションで高く売れそうだから、持ってたとしてもあげないよ。



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2007年3月24日 (土)

ロシアより萌えをこめて

声優を目指して日本へ - ロシアのオタク親善大使、ジェーニャ嬢 (MYCOMジャーナル)
http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/03/19/jenya/

 おや、ひところネットで日本のオタクどもを驚愕の坩堝に叩き込んでいた、あの“いつき”ちゃんだよねえ。もう、こんなに活躍しているのか。おれもあのとき、オーチンハラショーな歌聴いてびっくりしたあるよ。「ワタシ、大学でカワバタの研究しましタ」みたいな人より、こういうコにずっと親近感を覚えてしまうのはなんなんだろうね? なんか、海の向こうでこういう人を作り出してしまっている日本の文化はスゴイと、妙な愛國心のようなものがめらめらと湧き起こってくるのは、われながら忌々しくも微笑ましい。♪カミカゼ スキヤキ ゲイシャ~、ハラキリ テンプラ フジヤマ~、おれ~たちの日の~丸が燃えている~!

 ……それはともかく。

 妙齢のロシア美女が「私はショタです」と日本語で言っているかぎり、まあ、国同士のゴタゴタはいろいろあろうが、やっぱりホモ・サピエンス同士だわと長期的には楽観的になれる。プーチンとか見てると、まだまだおれたち人類はサピエンスに欠けていると短期的には暗い気持ちになるのだけれど。



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括弧付きの「SF」

未来を創るエンジニアを育てた「SF」の魅力 (Tech総研)
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001023

 うわぁあ、なんて“ベタ”な記事なんだ! いやまあそりゃ、媒体が媒体だから、これくらいのベタ度がないと読者がついてこないという事情はよくわかる。「情報サイボーグを造ろうと思ってエンジニアになりました」とか「いつか塵理論を実証します」とか「ゲシュタルトがわたしを呼んでいる」とかいう話にはまちがったってなりそうにないのは、クリックしたときからわかっていた。おれもそこそこ大人だ。だけどなあ、ここまで“ありがち”だと、この二人の技術者も、もしかしたら達観したうえでわざとベタをかましているのではないかとさえ思えてくる。案外、SFファンってのは、一般世間相手には、そうやって楽しんでいるところもあるわな。この記事読んで、にやにやと苦笑しているSFファンはけっこういるだろうなあ。

 メインの記事はともかくとして、そのあとに、こんなところ(失礼)でワールドコンの宣伝しているのにはちょっと驚いた。がんばってますね。



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2007年3月23日 (金)

ポジティブと糞とビデオテープ

「半分空っぽのコップ」を「半分水が入ったコップ」に見せるテクニック (Life is beautiful)
http://satoshi.blogs.com/life/2007/03/post_11.html

 VHSテープ全盛の時代の米国のレンタルビデオ店での話。「見終わったあとはテープ巻き戻してから返却してください」とシールを貼っておいても、巻き戻さずに返却する人が多く、店としては頭を抱えていた。そのまま次の客に貸してしまうと次の客の気分が悪くなるし、店でいちいち巻き戻していては手間がかかって仕方がない。
 これを「マナーの問題」としてしまうと、ほぼ解決不可能な難問になってしまうが、この店では思い切ってルールを変更してしまうことにより、この問題をみごとに解決したのだ。VHSテープに貼り付けるシールの文言を「このテープは一度最初まで巻き戻してからご覧ください。返却時は巻き戻さなくても結構です」に変更しただけだ。

 そうかー、おれもポジティブに考えてさえいれば、もう少し楽しく生きてこられたのかー! もちろん、以前に「ウンコをするのはおまえだけではない!」「哀川翔、えらいっ!」で書いた、トイレットペーパーの話である。

 なるほど、公衆トイレのトイレットペーパーは、そもそもホルダーに取り付けられていないものなのだと発想を切り替えれば、「自分が使い切ったら、あとの人のために取り付けておけ」などと憤らなくてもすむ。もし取り付けてあったら、「世の中には常軌を逸して親切な人がいるものなのだなあ。よくもまあ、ウンよくそんな人のあとに入ったものだ」などと、とても得をしたような気になり、人生なんぼか楽しくなることだろう……。

 ……って、そんなことあるかー! やっぱり、ビデオテープとトイレットペーパーとはちがうのだ。早くビデオテープを巻き戻さないとどえらいことになる、ズボンを下ろすのももどかしい――などという切羽詰った状況は考えにくい。トイレットペーパーの場合は、そういうことがあるのである。というか、なんとか危機を回避し、ほっとわれに返ったとき、それがホルダーに取り付けられていないことにようやく気づくのだ。

 上に紹介したエントリーを読んで、ふーむ、なるほどと感心し、このビデオテープの話を公衆トイレのトイレットペーパーに応用したりしないように。



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2007年3月22日 (木)

翔べ!必殺早送り

 これは関西、というか、京都特有の現象なのかもしれないのだが、地上波テレビではとにかく《必殺シリーズ》の再放送が多い。最近だって、週に二回再放送をやっているくらいだ。本家の朝日放送『必殺仕事人5・激闘編』を放映しているし、京都テレビ『新必殺仕置人』を流している。まあ、なんちゅうか、必殺ファンには嬉しいことである。

 で、おれはというと、さすがに週に二本もゆっくり観ている時間がないから、ほとんどぐいぐい早送りして、殺しのシーンだけ観てはストレスを発散している。どのみち悪いやつが殺されるのだ。どんな悪事を働いた外道かは知らんが、悪いやつに決まっている。ああ、すっとした。中村主水はかっこいいなあで終わり。じつに効率的な利用法である。現代人は忙しいのだ。あたり前田のクラッカー。

 おれ、《必殺》好きだから、ほんとはじっくり観たいんだけどねえ。週に二本も観られるのもよし悪しだよなあ。



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2007年3月21日 (水)

怪奇ちくわパン

Chikuwa_bread01_1Chikuwa_bread02_1Chikuwa_bread03_1 な、なんだこれは――。

 おれはコンビニの棚の上にさもあたりまえのように置いてあったこいつが視界をよぎったとき、絵に描いたような“二度見”をした。「ちくわパン」フジパン)てあなた。いやそりゃ、なるほどちくわパンでしょうよ。そいつは、「ちくわパンですが、なにか?」とでも言いたげにおれを挑発した。よし、一度だけだぞ。一度だけ食ってやる。

 で、買って帰って、晩飯のあと小腹が空くのを見はからって食ってみたのだが、う、う~む……。ちくわがなにやら主張している。とにかく主張している。チーズをまぶしたパンも主張している。ちくわの中のチーズクリームも主張している。が、それらがいったいなにを主張しているのかは、いっこうにわからないのであった。さながら、ちくわとパンとチーズクリームのバベルの塔である。

 まずくはない。まずくはないのだが、軽々にうまいなどとは言い切れない、なにか重いものをこのパンは孕んでいる。日本が世界に問うこのパンは、口にする人に“コミュニケーションとはなにか”を深く考えさせずにはおかない。この春、注目の問題作である。



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2007年3月19日 (月)

大事なければいいんだけど……

 さてさて、おなじみの《ヘンな検索語》である。このブログに検索エンジンからやってきた人が検索に使った妙な検索語を鑑賞する、じつに味わい深い企画(というほどのもんでもないが)だ。さあ、今日の検索語は――

「ゴキブリホイホイ ベタベタ とる」

 ああ、なんとなく画が浮かぶね。あの粘着剤が服かなにかについちゃったわけだ。で、取る方法を探している、と。きっとそうだ。

 まあ、服とかならまだいいんだけどさ、ちょっと目を離した隙に、赤ちゃんが粘着剤まみれになっていたなんてことなら、これはたいへんだ。おれは赤ん坊にはまるで縁がないもんだから実体験こそないのだが、想像するに、いかにもありそうな事故である。ハイハイしはじめた赤ちゃんのいるご家庭は、マジで気をつけたほうがいいと思う。まだ新しいゴキブリホイホイなら不幸中の幸いだが、たっぷり取れたあとだと、それはもう、かなりものすごいことになるにちがいない。トラウマになるよな、本人も親も。



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夜中の発作

 いやあ、どうでもいいことなんだけどね、いつもより多めに酒飲んだあと、夜中に発作的に食いたくなるマルちゃん「ワンタン」ってのは、どうしてこんなにうまいのかねえ? これはもう、マルちゃんのワンタンじゃないとダメなのだ。なにものにも換え難い。スープまで全部飲んじゃうよねえ。



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2007年3月18日 (日)

いっぺん、死んでみる?

 『地獄少女』というのがあるのなら、『天国少女』があったっていいのではないか。

 正午だけに繋がるホームページ「天国通信」にアクセスし、自分のいちばん好きな人の名前を送信すると、その人は天国少女によって天国に流されるのである。しかし、人を好まば穴二つ、人を天国に流すからにはそれなりの代償を支払わねばならない。依頼人自身も天国に流されるのである。死んだあとの話だけどね。

 なにしろ、好きな人と天国で再会して、永遠にそこで過ごせることが約束されたようなものであるから、現世なんぞどうでもよくなる。天国通信は大人気、モテるやつ、人望の厚いやつ、尊敬されてるやつ、立派なやつ、とにかく人に好かれるやつは、たちまち天国に流されてしまう。

 その結果、現世には、いずれ死後に天国に流されることを約束された誰にも好かれない厭なやつばかりが残ることになる。

 あ。これって、ある種のカルト宗教のユートピアじゃないのか?

 まあ、この話にはオチがあって、天国流しになるやつがいなくなったころ、天国少女はにやりと笑って地獄少女に変身し、現世に残っているやつをまとめて地獄流しにしてしまうのだった。



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2007年3月17日 (土)

like a bolt out of the blue

 突如、駅のホームの屋根を突き破って、空からボルトが落ちてくるかのように。青天の霹靂。


JR東京駅ホームに工事のボルト落下、男性けが (YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070315i504.htm

 15日午前11時ごろ、東京都千代田区のJR東京駅近くのビル工事現場からボルト(長さ45ミリ、約85グラム)が落下、東海道新幹線ホームの屋根を破り、ホーム上を歩いていた男性(40)の頭に当たった。
 男性は頭に切り傷を負い、病院に運ばれた。
 JR東海などによると、ボルトは、東京駅の隣接地で建設中のオフィスビルの工事現場から落下したらしい。



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2007年3月15日 (木)

六○兆件以上の個人情報が漏洩!

 ある団体が、六○兆六○億件の個人情報を漏洩させてしまった。この団体、もともと六○億件の個人データを保有しており、そのデータを基に、レコード一件から一万件の架空データを同一のフォーマットで生成して、いろいろなシステムのテストに使っていたのだが、管理が杜撰だったので、すべてのデータが漏れてしまったのだ。どれがオリジナルのデータだったのか、もはやこの団体にすらわからない。

 迷惑したのは、個人情報を闇で取り引きする業者たちだった。大金を支払って闇データを買っても、使えるデータはごくわずか、こんなに品質の悪いデータでは元が取れないという詐欺グループや悪徳業者からの苦情が個人情報の闇ブローカーに殺到し、個人情報の闇単価は大幅に下落した。

 そのうち、漏洩した個人情報はネットで誰にでも無料で入手できる状態になってしまい、そうした個人情報から無数の“テストデータ”を自動生成し、ネットに自動的に流通させるプログラムを面白がって作るやつが現れた。そのプログラムはスクリーンセーバーになっていて、個人のパソコンの余力を利用してニセ個人情報を大量に生成し、ポピュラーなファイル交換ソフトのネットワークを通じて、勝手にばらまくのだ。「田中一郎」からは、「田中二郎」「田中三郎」「田中四郎」「田中五郎」……が生成され、住所の番地やアパートの部屋番号、電話番号やクレジットカード番号などなどからは、いかにも実在しそうな架空の番号が巧妙に生成され、さらに複数のレコード間で項目がシャフルされた。そんなデタラメ個人データが、日夜、数億台のパソコンによってせっせせっせと生成され、ネットにばらまかれた。やがて、インターネットのトラフィックの九○パーセント強を、そんなニセ個人情報の自動的な流通が占めるようになった。

 ……なーんて想像をさ、ちょっとしてみただけなのよ。



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2007年3月14日 (水)

超絶技巧

 胴体離陸。



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2007年3月13日 (火)

これ一本でお花見の人気者!

 松岡大臣ネタが続くんだけどさ、いまのうちに、ほんとうに「ナントカ還元水」という商標の登録を出願だけしてだな、ペットボトル入りの水をパーティーグッズとして売り出してしまってはどうだろう? ウケを狙って“一度だけ”洒落で買うやつがきっとけっこういるから、二、三か月は売れるだろう。ウケ狙いが好きなやつの“おもしろ買い”がサチったあたりで、さっさと撤退する。短期決戦だから、商標が取れるのを待つ必要もない。というか、商標登録が完了するころには売れなくなっている。

 なにしろ、中身はなんの変哲もないミネラルウォーターで、ネーミングだけに商品価値があるわけだから、原価は知れているだろう。一本百五十円くらいで売れば暴利が貪れる。一撃必殺の電撃商品である。万一売れ残ったら、ヤフオクにでも出せば、流行に乗り遅れた好事家がクリスマスパーティーや忘年会用に箱買いしてくれたりするかもしれない。原価に毛の生えた程度の落札額でも、損にはならないだろう。

 なんか、ホントにやるやついそうだなあ。儲かったら、二割くらいちょうだい。儲からなかったら、水に流して。



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2007年3月12日 (月)

大臣の正体見たり!

 もうみんな、とっくに松岡農林水産大臣の正体に気づいていると思うのだけどなあ。少なくとも、おれと同世代の人であれば、見抜いているだろう。

 彼がアイアンキングなんだ。



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『ひとりっ子』(グレッグ・イーガン/山岸真編・訳/ハヤカワ文庫SF)

 なんかもう、「イーガンはいいねえ」というのは「郵便ポストは赤いねえ」というのにも等しいほどになってしまっているから、いちいち褒めるのも野暮なんだけれども、やっぱり、いいもんはいい! 「現役SF作家の最高峰という評価は日本でも完全に定着したようだ」と、本書の「編・訳者あとがき」にあるとおりである。おれがここで言わんでも、ほかの人がいっぱい言うておるであろうが、あえておれも一応言っておく。たしかに、グレッグ・イーガンは、総合的に見て、現役SF作家の最高峰である。おれが好きか嫌いかということならば、テッド・チャンの次に好きな現役海外SF作家だけどね。ま、おれは判官贔屓だから。テッド・チャンは、いまのところ、どこまで行っても、偉大なるマイナー・ポエットなのよ。堂々たる最高峰となると、やっぱりイーガンだろう。

 以前の日記で書いた「イーガンやチャンは、ほんとうなら、いわゆる純文学読者が嬉々として跳びつくような作家ではあるまいかとマジで思っているんだよ、おれは」という評価はまったく変わっていないのだが、この『ひとりっ子』に関しては、これも「編・訳者あとがき」にも注意があるように、SFを読み慣れていない読者には、ちとキツいかもしれないと思う。つまり、描かれていることや、そこに横たわる問題意識は、まさに現代の純文学が扱うべきことなのだが、その“薯を噛む境に入る”には、最低限、ポピュラーサイエンス・レベルの科学知識を必要とする。理科系の人が言うと排他的に聞こえるかもしれないが、ずぶずぶの文科系であるおれが率直にそう言うぶんにはかまうまい。現代では、文学の最先端に触れるには、科学の教養が必須なのである。そういう時代なのである。そもそも、文科系だの理科系だのという古臭い二項対立を意識しているようでは、ほんとうに面白いところにはついてこられないのである。あんまり言いたくないのだが、ついに言ってしまうと、イーガンには、ついてこられるやつだけついてこい! ああ、言っちゃった。ま、『ひとりっ子』がキツかったら、これもまた親切な「編・訳者あとがき」にあるように、SF慣れしていない読者向けに意図的に編んである『祈りの海』『しあわせの理由』で助走をつけるのが吉。

 と、またSFの読者を減らしてしまったところで、あとはおれの好みのみでファンレターを書くとすると、何度めかに再読した「ルミナス」が、やっぱり本書所収の作品ではいちばん好きだねえ。なんでこんなに好きなのかと考えてみると、SFファンになるようなやつは、イーガンほど厳密にではなくとも、子供のころから、その時々の知識レベルなりに、一度はこれに似たようなことを考えてみたことがあるからじゃないだろうか? 2たす2は宇宙のどこに行っても4なのか、みたいなことをね。

 いままた「ルミナス」をじっくり読み返してみると、この作品の語りそのものがメタ小説として成立していることに気づいた。つまり、この作品の物語は、語られている作中世界で“あるぶっ飛んだ仮説”が検証されてゆくことで展開するのだが、この作品の語りそのものも、その“ぶっ飛んだ仮説”が真であるように巧妙に信じさせてゆくところでSFとして成立している。最初に読んだときには、なにやら気色の悪い、騙されたような感じが残っただけで、そこまで考えが及ばなかったのだが、よーく読むと、“語りのレベル”と“語られている内容のレベル”とで、同じ詐術が同時進行していることがわかるのだ。それは、仮に物語の中での“あの闘い”の勝敗が逆転していたとしたら、「ルミナス」というテキストはどんなふうに終わらざるを得なかっただろうか、いや終われただろうかと考えてご覧になると、おれの言わんとしていることがなんとなくおわかりいただけると思う。ネタばらししたくないので、ずいぶん口幅ったい言いかたをしているが、この段落は、すでにお読みになった方向けということで、ご勘弁を。



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2007年3月11日 (日)

匕首を逆手に構え、敵の攻撃を逆手に取った

 “逆手”と書いて「ぎゃくて」とも「さかて」とも読むわけだが、これらをおれはいままで「そういうもんだからそういうもんだ」と、とくに理由も考えずに使い分けていた。が、さきほど「“逆恨み”というのは、考えてみれば妙な言葉だな」と思った瞬間、「ぎゃくて」と「さかて」の使い分けがたちどころに腑に落ちたような気がした。

 “逆恨み”をなぜ妙だと思ったかというと、「恨みをベクトル量だと考えた場合、方向が百八十度ちがうのであれば、すべての“逆恨み”なるものは、自分を恨んでいるということにほかならないのではないか?」という考えが襲ってきたからだ。しかし、“逆恨み”というのは、ご存じのように、自分を恨むという意味ではない。

 待てよ。考えてみれば、“さかむけ”やら“さかまつげ”だって、百八十度向きがちがうという意味ではない。むしろこれらは、どちらかというと順方向へと向かっているのではあるまいか。指の根元側が開いている“さかむけ”などという不気味なものを見たことがない。それではまるで鱗だ。眼球面に対して垂直に伸びてくる“さかまつげ”などというものも、少なくともおれは体験したことがない。ヘアピンカーブを描いて睫毛が伸びなくては、そんな怖ろしい事態にはならない。

 ははあ。すると、“さか”という言葉は、なにかに対して積極的に百八十度異なる向きを取っているというのではなく、“本来の方向から外れている”という意味をコアに持っているにちがいない。おそらく、“さく(避く)”と根っこのところで繋がっているのだろう――と、おれは考えた。とすると、「ぎゃく」とあえて外国語として音読みしている場合には、“百八十度ちがう”という意味になるのだろう。

 こう考えると、「敵の攻撃を逆手に取る作戦だ」といった場合には「ぎゃくて」と読まなくてはならないし、「お竜は匕首を逆手に構えた」という場合には「さかて」と読まなくてはならないのだろうと、すっきり腑に落ちる。

 どこぞの語学講座に倣って、母国語の“コア・イメージ”をじっくり考えると、「ぎゃく-」の場合には“相対する”というイメージがコアにあり、「さか-」の場合は“本来の筋・道理を外れる”というイメージがコアにあるということではなかろうか。“本来の筋・道理を外れる”ことで、結果的に“相対する”ことと等価になってしまうこともあるので、「ぎゃく」でも「さか」でもよさそうに思えるグレーゾーンが生じ、慣用的に併用されたり容認されたりするというややこしいことになっているのだろうと思う。英語でも、clockwise (時計回り)の反意語は、本来 counterclockwise (反時計回り)だが、unclockwise という語も誤りではないとして使われている。つまり、時計の場合、回るといえば二とおりの方向しかないから、実質的に counter- も un- も同じ意味、少なくとも、誤解の生じない意味領域に留まるから、併用されているのだろう。

 あ、でも、“逆鱗”の「げき」は、おれ流の論理でいけば、どう解釈すべきなのかな?

 まあ、これはおれがなにも調べず、おのれの語感で勝手に納得していることであって、語学の専門的見地からは、いろいろ異なる見かたがあるにちがいない。学生の方は試験に書いたりしないように。というか、こういうことを勝手に言っているやつがいるので検証してやろうというくらいの好奇心を発揮していただきたい。



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2007年3月 9日 (金)

ほんとの客はだあれ?

2年以内の実用化目指す ロボットに話しかけてブログにエントリ、NECが新システム (@IT)
http://www.atmarkit.co.jp/news/200703/05/nec.html

 NECは3月5日、ロボットに話しかけることでブログを編集、公開できる「マルチメディアブログ創作システム」を開発したと発表した。話しかけられた言葉を解析し、内容に応じて検索したイラスト、映像、音楽などを追加、マルチメディア対応のブログエントリを作成する。NECは同システムを2年以内に実用化するとしている。
 同システムはNECの研究試作ロボット「PaPeRo」(パペロ)に搭載。ロボットに話しかけることでブログを作成できるようにした。自然な言葉で発声されたメッセージをテキストに変換する語彙(ごい)連続音声認識技術と、テキストから重要度を分析してキーワードを抽出し、Web上のマルチメディアコンテンツを検索する自然言語文検索技術を組み合わせた。
 NECは同システムを使うことで「ロボットに向かって話すだけで魅力的なマルチメディアブログを簡易に創作することができ、ブログによる情報発信をより便利に快適に行えるようになる」としている。同システムはロボットに搭載したが、別のデバイスに載せることも可能という。

 うーん、なんだかなあ。いやまあ、現存の技術を組み合わせて「こんなこともできる」という試みとしてはこういうのもアリだろうけど、ふたつの点で大いにひっかかる。

 「ロボットに向かって話すだけで魅力的なマルチメディアブログを簡易に創作することができ」というのだが、マルチメディアだったらそれだけで魅力的だとでも言うのだろうか? それとも、ただただ口から言葉を垂れ流すだけで、それが魅力的な創作になるって意味なのだろうか? そんなおそるべき才能の持ち主がそこいらにうようよいるとでも言うのか? なんだか、言ってることがさっぱりわからん。

 「ブログによる情報発信をより便利に快適に行えるようになる」ってところも、なんだか珍妙な気がする。発信者だけ快適にしてどうする。そりゃ、ブロガーの立場で考えれば、快適に発信できるに越したことはないとおれも思うけれども、ブログの“利用者”で最も数が多いのは、“読者”に決まっている。どこの誰とも知らない人がロボットにくっちゃべったことを基に大部分を機械が自動的に作ったようなブログなど、おれが読者ならあんまり読みたくないがなあ。たとえば中川翔子のブログなどの場合、中川翔子本人が発信しているということそれ自体に意味があるのであって、残念なことにたいていの人はしょこたんじゃないのである。

 NECにとっては、ブログで情報発信する人たちのほうが自分たちの“客”なのはわかるが、最終消費者はブログを読む人であるという、あまりにもあたりまえのことが抜け落ちているような気がする。もののみごとに、ブログの提供者都合のもの言いしかしていないあたりに、なんだかとても奇妙なものを感じる。まあ、NECにしてみれば、ブログの読者のほうは、“客の客”にすぎないというわけなんだろうな。でも、客の客こそが真の客というケースも少なからずあるわけで、いわゆる Consumer-Generated Media (CGM) に企業が企業の論理で手をつける場合、まさにそこいらが難しいのだろうな。ここでNECは、このシステムの実用化や展開を、単なるBtoCのビジネスモデルでしか捉えていないかのように見える。こういうのはBthroughCtoCとでもいった捉えかたをしなきゃ、たぶんダメじゃないかな。



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2007年3月 8日 (木)

姪がテレビに出演?

 姪がテレビに出るというので、録画予約をしておいたのだった。

 いやなに、高校の卒業旅行とやらで友だちと東京へ遊びに行っている姪が、お昼にはアルタへ行くから、『笑っていいとも!』で映るかもしれないというのである。なるほど。

 会社から帰って母に訊いてみると、中学生のほうの姪から電話があって、みごと姉がテレビに出たと報告してきたという。そう、ご想像どおり、スタジオの外にいる人たちをカメラがナメる、あの定番のオープニングに映ったのだそうだ。

 さっそくオープニングをコマ送りで再生してみる。もう二十一世紀だというのに、カメラに向かってVサインを出しているやつがいまだに何人かいるのには、奇妙な感慨を覚える。チャーチルのつもりなのか井上順のつもりなのかそのほかのつもりなのかはわからない。どう見たって十代から二十代の若者ばかりなのに、彼らはいったいどこでこのような反射を身につけたのだろうか? ま、テレビなんだろうけど、じゃあ、その手本(?)となった人々は、どこでそんな怪行動を刷り込まれたのだろう? まったくもって奇妙な慣習である。

 それはともかく、いったい姪がどこに映っているのか、おれにも母にもさっぱりわからない。中学生の姪が母に電話してきて、テレビに出た姉の勇姿のありかを教えようとするのだが、母にはよくわからない。それを母から伝え聞くおれにはますますわからない。

 とうとう中学生の姪は、おれにケータイで画像をメールするから見てくれという。パソコンで受けたメールを開いてみると、添付ファイルの拡張子は「.3gp」。ドコモのケータイで使っている動画らしい。こんなものパソコンで再生できるのかなと、とりあえず添付ファイルを開こうとしてみると、QuickTime が立ち上がってきた。へぇ、QuickTime で見られるのか。ひとつ賢くなった。

 てっきりビデオの再生を一時停止してケータイでテレビ画面を撮影して送ってくるのかと思っていたら、自分でテレビ画面を指差して解説するようすをケータイの動画で送ってくるとは。現代っ子ですなあ。

 とはいえ、動くテレビ画面をケータイで撮影したものなど、まるで貞子がセザンヌの絵を念写したかのような画質である。そいつをハードディスクレコーダーの録画と照らし合わせること数分、ようやく姪らしき娘の顔だけが、小さくぼんやりと心霊写真のように映っているのを確認できた。

 それにしても、おれと母がコマ送りでいくら見てもわからなかったのに、妹の話によれば、中学生の姪は、録画画面を一時停止しなくとも、たちどころに自分の姉の生霊が映っている箇所を指摘したという。妹ですら、自分の娘がさっぱりわからなかったのだ。そりゃそうだろう、これは教わらないとわからんわ。いやあ、姉妹というのは、なかなかどうしてたいしたもんですな。



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2007年3月 7日 (水)

もしかして、失敗する人のほうが多いのだろうか……

 iTunes がバージョンアップされていたので、さっそく新しいバージョンに更新した。

 まあ、それはいいんだけど、インストールが完了すると、「おめでとうございます」と出してくる iTunes のインストーラはなんとかならんか。おおかた英語版の直訳なんだろうけどさ、日本語でこんなふうに言われると、うまくインストールできたのはよほど運がよかったかのような感じがして、なんだか危ない橋を渡ったみたいで落ち着かないのだ。



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2007年3月 6日 (火)

ヘイリー・ウェステンラの「涙そうそう」にびっくり

 ひょええ、ぶったまげた。iTunes で手持ちの Hayley Westenra (日本市場での「ヘイリー」という芸名をおれは好まない)を聴いていて、「そいえば、なんか新曲でも出てるかな」と、なんの気なしにストアへの→をクリックしてみたら、げげっ、英語版の「涙そうそう」iTunes Store URL)なんてものを、ついこのあいだリリースしているではないか。去年から Celtic Woman に加わったりしてちょっとびっくりしていたんだが(なんでニュージーランド人なのにケルティック?)、さらにびっくりだ。まあ、「涙そうそう」ってところが、あざといっちゃあざといが、ファンにはニクい企画である。かっ、買わいでか。

 で、さっそくダウンロードして聴いてみた。なかなかいい。ニュージーランド人がこのメロディーをどんなふうに受け止めているものなのかまるで想像がつかないのだけれども、面白い仕上がりになっている。でも、ちょっと線が細すぎて、もの足りない感じもするなあ。まるで表面張力が漲っているような夏川りみの声が、やっぱりこの歌には合っているなあ。

 そういえば、夏川りみはというと、しばし活動停止ということだが、知らないあいだにこっそり(でもないだろうけど)ガーシュイン歌ったりしてるのね。おお、いいじゃないすか。美空ひばりのジャズ、石川さゆりのポップスみたいな感じで、こういう路線でもばりばり活躍してほしいな。



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2007年3月 5日 (月)

ズバリ言うオーラの大事典

超能力や心霊現象のテレビ番組、行き過ぎ是正を要望 (asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0304/012.html

 超能力や心霊現象を取り上げたテレビ番組が霊感商法による被害への素地になっている危険性があるとして、全国霊感商法対策弁護士連絡会は、民放連とNHKなどに番組内容の見直しなどを求める要望書を提出した。
 要望書では、この数年、「霊能師」と称する人物が「霊界やオーラが見える」と断言したり、タレントの未来を断定的に予言したりし、出演者が信じているような番組が目立ってきた、と指摘。番組の社会的影響に注意を払い、行き過ぎを是正してもらいたい、などと求めた。

 おおお、いーじゃん、いーじゃん、すげーじゃん!AAA DEN-O form風) 全国霊感商法対策弁護士連絡会とやら、よくぞやってくれた。先日も「あなたにもできる人助け」で書いたけどさ、ホントに、この手の番組、作ってるほうだってかわいそうだってば。救ってあげようよ。

 この手の番組をいけしゃあしゃあと制作しては公共の電波に乗せて垂れ流しているすべてのテレビ局に、おれは提案したい。あんたら、自局の番組に自称霊能者やら占い師やらを出してだな、「朝晩納豆を食べると痩せると、ほら、そこでご先祖様がにこやかにおっしゃっていますよ」とか、「朝晩納豆を食べないと地獄に落ちるわよ!」とか言わせてみたらどうだ? できまい。なぜできないのかは、あんたらがいちばんよく知っているはずだ。



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『逆境戦隊バツ「×」〈2〉』(坂本康宏/ハヤカワ文庫JA)

 〈1〉の紹介からずいぶんと間が空いてしまったが、「かなりSF的にしっかりした仕掛けを用意していそうな気配あり」という期待が裏切られることはなかった。作者が意識しているのかどうかはわからないが、あるポーランドのSF作家(って、何人もおるのか?)による古典中の古典を生物学的にアレンジした仕掛けと見ることができる。デビュー作『歩兵型戦闘車両OO(ダブルオー) 』で、坂本康宏は合体ロボットがなぜ合体しなければならないかを合理的に説明してみせたものであるが、本作でも、少なくとも作品世界中では、劣等感の塊である冴えないサラリーマンがなぜ戦隊ヒーローなどというものに都合よく(悪く?)変身してしまうのかに、ちゃんとした説明を与えている。あっぱれである。バカSFにはバカSFだからこそのしっかりした論理が必要なのだ。

 おれはこの作品で、坂本康宏という作家に安心した。デビュー作を読んだときに感じた荒削りなハチャメチャさが、決意と自覚と技巧を伴ったよい方向へ転がっていっている。この作家は、眉村卓梶尾真治かんべむさし草上仁の正統な後継者となる素質と実力を持っている。つまり、ふつうの勤め人としての経験をSF的に昇華できる作家の系譜に連なるにちがいない。

 いや、なんかね、吉本新喜劇と松竹新喜劇を同時に観ているような感じですよ。おれは“ヒーロー”というものの本質をこれだけ考えさせられたのは、大迫純一《ゾアハンター》シリーズ以来だ。いやね、サラリーマンが戦隊ヒーローに変身して怪人と闘うというアホな話だけれどもね、コアがしっかりしているので、泣けますな。号泣はせんだろうけれども、うるうるキますな。ふつうの小説ではこっ恥ずかしくて描けないようなことがね、バカSFだと描けるということがあるわけだ。『探偵!ナイトスクープ』観ながら、一見アホらしい依頼にちっぽけな人間へのいとおしさのようなものを感じて笑い泣きしてしまうような人にはね、とくにお薦めですよ。そう考えると、梶尾真治に解説を依頼した編集者の慧眼には感嘆させられる。坂本康宏の本質を見抜いてるね。まあ、編集者もサラリーマンだからねえ。

 ティーンズ向けライトノベル風の装丁に騙されてはいけない(いや、もちろんティーンズも読んでいいのよ)。これは、下手すると、四十、五十のいいおっちゃん・おばちゃんが、西田敏行局長のように、へらへら笑いながらもハンカチが必要になるかもしれないナニなアレだ。劣等感を持つすべての人に(ってことは、要するに、すべての人に)お薦めの真のヒーロー小説である。



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2007年3月 4日 (日)

カフカ都市

金属盗、滑り台まで 北京五輪「特需」で高騰か? (asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0302/TKY200703020338.html

 今年に入り、全国各地でステンレスや銅などの金属泥棒が急増している。火の見やぐらの半鐘、公衆トイレの屋根、滑り台や墓地の線香皿……。あきれるほど多彩だ。一体だれが、どうやって、何のために。背景を探ると、「五輪景気」にわく中国各地の建設ラッシュや、それをあてこんでの投機による金属相場の「高騰」にいき着いた。

 ある朝、グレゴール・ザムザがなにか気がかりな夢から目を覚ますと、東京ビッグサイトの屋根がまるごとなくなっているのを発見した。

 ……なーんてことにならないか心配だ。最近の建物には、ステンレスを使った部分が多いからなあ。ほかにステンレスがたくさん使われているところといえば、どこかなあ……。

 あっ。

 福井県の方、とくに気をつけていただきたい。

 え? 眼鏡フレームの話じゃないってば! 朝起きたら、原発がバラバラにされてそこいらに転がっているかもしれない。すべり台みたいに。



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2007年3月 3日 (土)

やあ、みなさん、私の研究室にようこそ

川内氏断!森訪問謝罪は「三文芝居」 (nikkansports.com)
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20070302-163887.html

 歌手森進一(59)に、ヒット曲「おふくろさん」の歌唱禁止を突きつけている作詞家の川内康範氏(87)が1日、青森・八戸市の自宅へ謝罪に訪れた森の行動を「三文芝居」と断じた。川内氏は現在、都内に滞在中で、先月27日に八戸入りした森とは擦れ違い。川内氏は森が自宅に届けたようかんを送り返し、この日はスタッフを通じ「(森と)今後も会うつもりはない」と、生涯絶縁を宣告した。

 これがホントの「カノッサの屈辱2007」。羊羹くらいじゃ教皇は許してくれないと思うぞ。やっぱり、三日三晩雪の中に立ち尽くして、ひたすら許しを乞わないと……。え? 学校では世界史の時間に地理しか教えてくれなかったから、ネタがよくわからない? いかんなあ、そんな人は自分で調べよう



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2007年3月 2日 (金)

『BPS バトルプログラマーシラセ』を観る

 『BPS バトルプログラマーシラセ』ってのを GyaO でやってたので、面白いハッキング・テクニックでも出てくるのだろうか、IT業界の隅っこに身を置く者としては後学のため観ておかずばなるまいと自分に言い聞かせてついうっかり全五話を観てしまったわけなのだが、わははははは、なにかの勉強になるかもしれんなどと意地汚いことを考えたおれがバカだった。よく言えばハッカー・ファンタジー、ふつうに言えばロリ萌えハッカーもの、悪く言えばコンピュータ好きのSFファンが酒飲みながらひと晩じゅうダベっているようなことをまかりまちがってアニメにしてしまったものという感じ。いや、貶しているように聞こえるかもしれないが、おれはこういうバカ話は大好きである。こんなとんでもないものを、二○○三年ころにUHF局でやったりしてたんだねえ。神をも畏れぬ所業である。

 大ネタは単なるぶっとびバカ話なのだが、マニアックな小ネタのくすぐりがひたすら(一部の人にはたぶん)楽しい。ほんの四年前の作品でありながら、すでにして懐かしい感じがしてしまうというのは、この業界、いかに変転が激しいかということですなあ。IT業界人の方には、まったく仕事に役立たないこと請け合い。まあ、主人公の超人ハッカー・白瀬にかなり近いかもといった人は、たまに(しばしば?)いますわな。ハッカーものの怪作として語り継がれるだろうってのが、妥当な評価だろな。



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今月の言葉

やおい、疼き、殺気、JUNE

 メイ 「お姉ちゃん、今月の“今月の言葉”、よくわかんなーい」
 サツキ 「わからなくていーの」
 父 「言いまつがいだよ、きっと」



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