« 実写版『名探偵コナン』 | トップページ | 巨大な飛躍 »

2006年10月 4日 (水)

『天涯の砦』(小川一水/ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 いやもうアレでしょう、宇宙SFが好きな人は、表紙見ただけで手に取っちゃうでしょう。なにやらピザパイのひと切れのようなものに宇宙船と思しきものがめり込んだまま、宇宙空間を漂っているらしい。乗っている人間はどうなっているのだ? そもそも、このピザパイはなんだ?

 このピザパイを見ただけで、回転体の一部であろうと書店で手に取ったSFファンは推測するだろう。とすれば、おそらく宇宙ステーションだ。居住部を回転させて遠心力を擬似的な重力とする設計の宇宙船はあるだろうが、このピザパイにめり込んでいる宇宙船の大きさからすれば、このピザパイが宇宙船の一部だとしたら、とてつもなく巨大な宇宙船だということになる。そんなものの巨大な居住区にこのサイズの宇宙船がめり込むなどという事故は、ちょっと想定しにくい。いったいそんなところで、小さいほうの宇宙船はなにをしていたというのだ? これは、宇宙ステーションにドッキングした宇宙船が、ステーションの部分構造ごと、なんらかの原因で吹き飛ばされたと推測するのが妥当だろう。

 というわけで、そのとおりなのである。月と地球の中継ステーションとして機能する巨大な軌道複合体“望天”を、想定外の大事故が襲う。たまたまドッキングしていた月往還船“わかたけ”は、ステーションの扇形の一区画と共に、虚空に吹き飛ばされる。その奇妙な複合体の中には、ところどころ奇跡的に気密が保たれた区画に、数人の生存者があった。こんな極限状況に対処できそうなエキスパートはひとりもいない。最も宇宙慣れしているのは下っ端の軌道業務員という始末で、パンピーもいれば子供も犬もいる。大事故での即死は免れたものの、絶望的な状況であることはたしかだ。そんな状況下で、生存者たちはダクトを伝声管に用いて連絡を取りつつ、真空と無重力という、“無”との闘いを開始する。さしあたりの幸運を噛みしめる間もないまま、事故の衝撃で速度を失った複合体は大気圏への突入軌道にあることが判明。目前の危機を回避する方法はただひとつだが、それが成功したとしても……。

 絵に描いたようなディザスターノベル。こういうのが好きな人にはたまらない。やっぱり宇宙じゃ事故が起きなくては(いや、フィクションではですよ、あくまで)。宇宙というのは、べつにバンデル星人(ふる~)やらなにやらが襲ってこなくても、ブラックホールが迫ってこなくても、ただただそこにあるだけ(というか、そこにないだけ)で十二分に冷たく過酷な圧倒的虚無である。

 「開けるな、死ぬぞ!」
 二ノ瀬は腹の底から叫んだ。返ってきたのは、半分笑っているような戸惑いの声だった。
 ――外に怪物でもいるんですか。
 これですべてを説明しなければならなくなったが、それも仕方ないと二ノ瀬は腹をくくった。
 「外には何もないんです」

 うまいね、これは。まあ、おれたちがこの星の上でふつうに生きていて、「外には何もな」かったことなんぞ、まず一度もないわな。宇宙というのは、そういうところなのだ。そういうところだということを、小川一水は真正面から描いてエンタテインメントにする。SFにする。SFを読み慣れている人ほど、心理的には宇宙が自分の庭みたいになってしまっていて、なにかよっぽど派手なことが起こらないともの足りなく思うものだろうけど、たまには宇宙が暗く冷たいことを思い出そう。あのなぁ、宇宙ってのはなぁ、どっちをどっちをどっちを向いても宇宙、外には何もないんだぞ!

 さしずめ、宇宙版『ポセイドン・アドベンチャー』、ディザスターノベルの勘所を押さえた、手に汗握る傑作である。ただし、あの転覆した豪華客船の事故とちがうのは、こちらの生存者たちは、いくら上をめざして登ったとしても、海面なんかいつまで経っても現れない点だ。というか、そもそも“上”なんてものがない。上もなければ下もない、そして外にはなにもない、はー、よいよい。

 いやあ、宇宙での事故って、ほんっとうにいいもんですねー。



|

« 実写版『名探偵コナン』 | トップページ | 巨大な飛躍 »

コメント

 21世紀の「渇きの海」と言っていいんじゃないかと思います。

投稿: 林 譲治 | 2006年10月 4日 (水) 06時51分

TBさせていただきました。
私も「渇きの海」を思い出しました。

投稿: こり | 2006年10月 4日 (水) 22時34分

コメント、みなちょうみじか。
れいさんて聖フランシスコみたいじゃね。小鳥をあそびにこさせるってかんじ。かささぎもいれてくれてありがとう。

投稿: 姫野 | 2006年10月 5日 (木) 10時05分

>林譲治さん、こりさん

 この作品では、救助する側はほとんど苦労しないのですが、たしかに『渇きの海』的ノリではありますね。

>こりさん

 あれ? トラックバック来てませんが、もしかすると、ココログのメンテ中だったのかも。

>姫野さん

 聖フランシスコは“SF”だというのは、小松左京がどこかで書いていたことがあります(^_^;)。まあ、どっちかというと、ここは小鳥が囀っていると聖フランシスコがあちこちからやってくるという感じですが……。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年10月 7日 (土) 23時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/161330/12022963

この記事へのトラックバック一覧です: 『天涯の砦』(小川一水/ハヤカワSFシリーズ Jコレクション):

« 実写版『名探偵コナン』 | トップページ | 巨大な飛躍 »