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2006年10月27日 (金)

「履修漏れ」「履修不足」ってのは、言葉がヘンじゃろう?

 先のエントリーで書いた高校卒業生偽装問題であるが、あちこちのマスコミが「履修漏れ」だの「履修不足」だのと言っているのは、どう考えても日本語としておかしいと思う。「履修」している主体は生徒である。これだと、まるで生徒が悪いみたいではないか。正確には「履修させ漏らし」「履修させ不足」と言うべきではないかと思うのだがどうか。学校が教育委員会に虚偽(あるいはまったくの架空)の報告をしているのは、ふつう公文書の偽造、あるいは、不実記載と認識されるべきなのではないのか。立派な犯罪である。

 この問題は結局、“いじめが原因の自殺はゼロである”と報告している、というか、並外れて骨のある人間以外はそう報告せざるを得ない状況を作り出しているシステムの欠陥が、異なる現象として噴出しているということなのではないのか?

 こんなこと、民間の企業だったら、粉飾決算にも相当する重大な犯罪である。これらの学校の校長には、国が国なら、懲役二十四年の判決を食らうほどのことをしたのだという意識はあるのだろうか?



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