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2006年8月28日 (月)

タイムマシンと俳句

 以前のエントリ「再帰的な出会い」(2006年4月13日)で、ウェブに文章を公開し続けていることで得られる、出会わざる出会いについての感慨を書いたが、最近また、おれのむかしの日記に目を留めた方が、面白い使いかたをしてくださった。

 姫野恭子さんとおっしゃる俳人の方が、おれに俳句をメールしてくださった。はて? たしかにおれには、ある種の方面では廃人にかなり近いと思われる知り合いはいないでもないが、俳句方面にはまったく縁はない。まさか、おれの名句「生きたまま 脳に届いて 殖えて効く」が、ついにまともな俳壇に評価されたのだろうか? そんなことは、むこう五百年くらいありそうにない。

 落ち着いてメールを読むと、姫野さんは俳句に「よぢおりる」という表現を使ったのだが、日本語として使えるものかどうか疑問を抱いたので「よじおりる」をウェブで検索してみたところ、おれの日記(1998年10月9日)がヒットしたということなのだった。で、「一番ほねのあるあなた様の文章を参照につけさせていただ」いたということなのである。

 いや、こんなアホ日記をずいぶんと格調高い文学的なブログに引いてくださって、なにやらこそばゆいのだが、ありがたいことである。八年前に書いた戯言を見ず知らずの方が楽しんでくださるのだから、まったくウェブというのは面白い媒体だ。長年、時系列に書き続けてきた日記でも、読む側からすれば常にフラットな“現在”のウェブ上にあるドキュメントなのだから、ちょっとしたタイムマシンのようである。どんな些細なことを書いても、いつか、どこかで、誰かが、なにかのきっかけで探し当て、読んでくれる可能性が常に開かれているのだ。

 まあ、紙媒体だって本質的にはそうなんだけども、中身を検索する便はまだまだよくないよね。近い将来、紙媒体で出る本だって、ことごとく中身を電子的に検索できるようになるのはまちがいないだろう。それで紙の本が用済みになるとは思えないのだ。むしろ、消費者は自分の興味をそそる内容を持つ書物にずっと容易に出会えるようになり、紙の本がいまよりよく売れるようになるのではないかとさえ思っている。Google や Amazon がやっていることは、おれたちがふだん想像する以上に大きく世界を変えていっているのだろうな。



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コメント

冬樹蛉様
返信ありがとうございます。
トラックバックもありがとう。
ところで、生きたまま・・の名句は迷句ですね。独りの世界を抜けていないかんじ。連句をやってみればどうでしょうか。かならずや目からウロコがおちるとおもうな。この詩形のもつ恩恵ははかりしれない。個を超え個へ戻る運動が俳諧です。

それと、拙者もマカロニほうれん荘がすきでござった。なつかしいなあ。きんどうちゃん。では。

投稿: himeno | 2006年8月28日 (月) 21時03分

>himenoさん

 やってみました。

   飛び出すなカルマは急に落とせない

……やっぱり、私は俳句向きではないようで(^_^;)。

>個を超え個へ戻る運動が俳諧です

 おお、こう表現されますと、俳諧にはSFに通ずるものがあるのかもしれません。個の眼で種を捉え、種の眼で個を捉える、相対化の視点の留まらぬ運動こそがSFの武器ですから。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年8月29日 (火) 02時38分

生きたまま脳に届いて殖えて菊  蛉
  赤とんぼうを放ちやる空   恭子

冬樹さん。考えましたが、俳諧に季語はやはり不可欠だと思います。それが意識を相対化するための絶対的な水位になるんだろう。ですから最後のオチみたいな効くを菊の花にすれば、季節的にも秋ですし、現代俳句になります。菊って香りきついすから、菊の本質的な感じ出てます。で、脇をつけてみた。第三句を誰かつけないかな。すなおな句がよかですが。五七五。なんでもいいけん。 

投稿: himeno | 2006年8月29日 (火) 11時10分

すみません。
いい発句をいただいたので、舟をうごかしました。いちおう、歌仙の予定ですが、半歌仙でおわるかもしれません。それはすべて連衆ののりぐあいによります。
暇なときにでも覗いてください。みな、つけるの、はやいです。きまりさえ覚えればいいんで。

投稿: himeno | 2006年8月30日 (水) 17時49分

あ。ときにまわしますね。笑

投稿: himeno | 2006年8月30日 (水) 17時54分

>himenoさん

 私の句(?)は、新ビオフェルミンの広告コピーに大いなるインスピレーションを得て、よくあるタイプの寄生宇宙生物が地球人に侵入する生命の営みを詠んだSF俳句です。

 SF短歌には、笹公人さん( http://www.uchu-young.net/sasa/ )という第一人者がいらっしゃるわけですが(っつっても“第二人者”以下を私は知りませんけど)、SF俳句の場合、“季語”というのをどう考えるかが非常に難しいところです。季節のあるところで詠んでいるとはかぎらず、地球上だともかぎらないわけです。反物質のガス状生物がしみじみと“季節”を感じる環境条件がなにかあれば、それが“季語”となり得ることもありましょう。“ガンマ線バースト”とか“陽子崩壊”とかに、わび・さびを覚えてため息をつく風流な知的存在がどこぞにいるやもしれず、その存在になったつもりで詠む句なども想定せねばなりません。

 SFの側からSF俳句のルールを策定するか、俳句の側から“季語”の概念を拡張していただくかしなければならないかもしれませんねー。じゃあ“SF川柳”にすればいいのかもしれませんが、川柳として“くすぐる”対象のない句を詠みたい場合もあると思うのですよ。季語がないだけで、精神は俳句である、みたいなSF俳句ができれば面白いのですけどね。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年9月 3日 (日) 12時22分

おおーそれは一度検討にあたいするはなしですね。季語がないだけで精神は俳句にあたいするというのは・・どんなんじゃろう。俳句の精神。なにもかも捨てるという精神かなあ。
あれはなんという話でしたっけ。レイ・ブラッドベリだったと思うけど、気体か光りもの状態での生物がすんでいる星のはなし。あれとかは、肉体がないんだから、究極の俳句かも。笑
それと妙に印象にのこったのが、ずううっと雨ばかり降り続く話。梅雨という季節を好きですが、それはいつかあがるからです。

投稿: himeno | 2006年9月 3日 (日) 21時12分

 あ、一句でけた。

   暁を覚えずHALの狂い咲き

 季語は「HAL」です(笑)。人工冬眠から覚めなかったクルーに黙祷。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年9月 4日 (月) 00時28分

冬樹さん。やっと一巡しましたので、次をお願いしにまいりました。恋句はふつう、三句つづきますが、その内容は恋呼び出し、恋、恋離れとなっていて、詠んでほしいのは恋ばなれの句です。
1 よく似た痣を見せ合つてをり
2 短髪のうなじは白き指睦び(ゆびむつび)
恋から離れるときの句は、たとえば旅の句。それだけよめば恋句じゃないけど、1、2とつづけてよめば、恋句にも読めるというような。めんどうくさいときは、なんでも自分のつけたいものをどうぞ。これまでに出たことば、素材は出さない。季語もなしで。そうだ時事句がいいかも。親王誕生の景に逃げるとか。ゆびあそびはそれができますね。七七です。三句お願いします。まちます。

投稿: himeno | 2006年9月 7日 (木) 13時42分

あのう。おいそがしければ、順番かえますから。ほんと、てきとうでいいんです。どうしてもできないときに、暁を・・にします。でも、春だよあれは。

投稿: himeno | 2006年9月 7日 (木) 13時45分

ぐうぜんがひつぜんにかわってく瞬間をみとどけるゲンバのたちあいにんが、れんくのサバキなんだとおもう。

つぎは月の句、まんげつの句です。
どなたでもどんな月でもかんげいします。SFっぽいのでも、びびらず、だそう。よ。

投稿: himeno | 2006年9月 9日 (土) 07時41分

れいさん。こんにちは。
しらないことがよのなかにはいっぱいだとおもうきょうこのごろ、いかがおすごしでしょうか。
あのー左斜め四十五度にある「脳髄工場」、絵がこわいですね。ん。最近、引用物件で「としよりずいのう」というのんがありましたよ。そんな古い時代から脳があったことがおどろきだ!意味はおなじか。(しらんわ)
さて、歌仙は、元気のよい連衆が多く、突込みがあったりもして、たのしくすすんでいます。このぶんだと二の折までいけそうです。巡りですが、もうすぐ花の座があり、これを枝折の花、しおりのはなといいますが、れいさんにと思ったけど、ここはばどさんに詠んでもらって、最後のほうでまた出てくる匂いの花の座でれいさんに花を詠んでもらおうとおもいました。伝統的に一座のなかでいちばん若い人に花をもたせるというきまりです。ですから、花の句を準備しておいてください。花ということばを必ず入れて詠みますが、イメージはさくらです。きばりやっしゃ。

追伸:次が雑(ぞう)の七七、次が花で五七五、つぎが春で七七、そして名残おもての立句が春で五七五です。←ここ、れいさん。まだ先だけど、ひまなときに考えておいてください。HALを使って春の季語もいれて、てな句でもいいし、小学生俳句も歓迎されます。こんどは三句お願いします。

投稿: 姫野 | 2006年9月14日 (木) 13時26分

冬樹さん。勝手にまきこみましたが、これも悲運とおあきらめになり、かくなるうえは句を出してくださいませんでしょうか。まな板の上のさんま状態。さんまは秋。春の句かチョコビで七七。
まちますので。

投稿: 姫野 | 2006年9月17日 (日) 08時47分

>姫野さん

 いやあ、すみません。このところ、かなりばたばたしてますんで、なかなかゆっくり俳句を捻っている時間がないのです。ご遠慮なくどんどん飛ばしてください。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年9月18日 (月) 02時19分

了解。でももったいない気がする。ことばぬすんでいいなら、ぬすみたい。(引用とも言う)。
はやいですね、めぐりが。←両脇→の本のご紹介。回転ずしもまっさおだ。
虫、もしもウジムシが巨大化したらどうですか。コンポストをじっとのぞいていると、うじゃうじゃっといる。いつもいるわけじゃない。回転している。
蚕の本を借りてきた。家畜昆虫という表現に打たれたから。ごきぶりやカは家畜とはいえない。

投稿: 姫野 | 2006年9月18日 (月) 13時27分

右斜め上六十度のカエルのきもち、よみたい。昨日夜台風がきた。朝、カエルは鳴いた。
こどものころ、カエルを捕まえて、道に投げ殺して、それを糸で巻いてえさにして、ザリガニをつった。せみとりは、クモの巣を棒の先に巻いて、ひっつけるやりかただった。
九月の俳句カレンダー
「いたりやのふいれんつえとおしとんぼ釣り 阿部完市」

投稿: 姫野 | 2006年9月18日 (月) 13時41分

「どろどろどろっとぬちゃぬちゃぬちゃと」、これをください。はいそうですか。いただきましたからね。いいよなあ。なんかいい。口唇期をオノマトペであらわせば、こうなると私もおもう。

投稿: 姫野 | 2006年9月18日 (月) 13時48分

>姫野さん
>「どろどろどろっとぬちゃぬちゃぬちゃと」、これをください。はいそうですか。いただきましたからね。

 む、むちゃな(^_^;)。いやまあ、これでも俳句になるんなら、遠慮なく差し上げますが……。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年9月21日 (木) 23時11分

蛉さん。おはようございます。
きました。五七五です。つくっておくんなせい。三句なんてごむりはいいません六句お願いします。ウソ。一句でいいですから。笑

投稿: 姫野 | 2006年9月26日 (火) 11時02分

ことば頂きました。事後報告ですみません。あれは非常に新鮮でした。即物的で俳諧的で魅力的です。ところで、さがしたのは自分なのに、どこで拾ったか不明になりました。エッセイは1,2,3,20,22,30,31,32,33をよみました。出典を確認しようと見ておりますが、みつかりません。

投稿: 姫野 | 2006年9月30日 (土) 13時44分

>姫野さん

 いやもう、お気に召したのがあれば、どっからでも適当に持って行ってください。

 自分でも過去記事を参照するときにはよくやるのですが、Google で複数キーワードの AND 検索をやると、たいてい見つかります。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年10月 2日 (月) 02時23分

蛉さんこんばんは。読みました全部。あのことばは、やはり「ラブレター」にありました。すごい羅列だった。おもしろかったのは「歌詞」「笑い」、へえとおもったのは「米」。それと「低俗は力なり」が胸を打った。
歌仙は昨日おわりました。原稿用紙に清書しましたが、全部そらで書けた。36句順番も違えず記憶していた。自業自得自画自賛。ありがとうございました。蛉さんの書評も捜してよむ所存です。
暑くてあぶれ蚊がうるさいです。かしこ。

投稿: 姫野 | 2006年10月15日 (日) 21時29分

>姫野さん

 『迷子から二番目の真実』を全部読んでくださったのですか。お疲れさまです。あのころは、のたうちまわりながらも、大勢の人に文章を読んでもらえるのが嬉しくてしかたなく、パソコン通信にどっぷりハマっていたものです。いい勉強になったと思っています。あざとくウケを狙った文章が多いので、いまでも面白がってくださる方がたまにあります。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年10月15日 (日) 23時20分

おとといNHKで五輪まゆみが恋人よを歌っていた。マラソンびとのとこで思い出して笑ったわらった。みんな、おちこんだらこれ読んで笑おう。http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ray_fyk/maigo/maigo34.htm
先日くまもとの小栗峠のおみやげやさんでかわいいキーホルダーを買った。350円。緑色で小さくてガラスっぽい。ムスコに聞いたら、トイストーリーキャラだって。ちゃっかり自分のものにしている。調べたら、リトルグリーンマン、エイリアンというんだ。ごぞんじですか。

投稿: 姫野 | 2006年10月26日 (木) 11時17分

>姫野さん

 「マラソン人(びと)」ってのは、やっぱりどう考えても日本語として不自然ですよねえ? 俳人としてどう思われます?

投稿: 冬樹蛉 | 2006年10月26日 (木) 23時59分

いちおうオサマッテはいるからいいんじゃない。パパックスレゴメーンだったっけ。先例となる勇気ある先蹤。(かよー)
わたくしもまねして、たっきゅうびんのひとを、はいたつびとってよびまする。笑
それはともかく、短詩系ではよくやるとおもう。たとえば、牧(まき)の人。これは牧場の人。あと、なにがあったかなあ。たまーにひえっとおどろくようなヒョーゲンがあることは確かだ。ところで、よぢおりるじゃないけども、「垣間見る」のむこうをはって、垣間聞くはいかんじゃろか。

投稿: 姫野 | 2006年10月27日 (金) 13時52分

冬樹さん。
おまたせしました。
きょう、れぎおん冬号がとどきました。あすは送れます。笑
うーん。すごか。このれぎおんに叶う敵は俳壇にはいまい。今、というときがぎっしり詰まっている。おもしろいぞお!なお、蛉さんは留め書き、イチゴもはぶくなというお達しがあってましたが、編集長はすこおしラストを省かれてます。素人読者には、それがよかかも。ま、よんでくれ。おくるから。

投稿: ひめの | 2007年2月25日 (日) 16時59分

>ひめのさん

 ラストを省かれては困りますね。愉快ではないです。あれはいちばん重要なオチなんですから。れぎおんには理系の読者はいないのでしょうか?

 まあ、しょせん同人誌ですからいいんですが、そういう省きかたをするなら、無記名原稿のほうがよかったですね。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年2月25日 (日) 20時41分

れいさま。おこんばんは。
ちゃんと読んでから怒ってよ。まだ届いてもいないのに。笑

投稿: ひめの | 2007年2月26日 (月) 23時54分

>ひめのさん

 笑いごとではありません。

 私は商業的な媒体に原稿料を頂戴して記事を書くときには、編集者の納得のゆく直しには当然応じます。

 しかし、今回の場合は、こちらから書かせてくれと言ったわけでもなく、そちらから請われてボランティアで書いたものです。原稿依頼があった際に、〈れぎおん〉がどの程度常識と品格のある媒体かわからないので、「一字一句変えないこと」というのを条件に執筆をお引き受けしたはずです。素人さんの集まりの場合、著作権や署名原稿の重みというものに無頓着なこともままあるのでああいう予防線を張ったのですが、あっけなく約束を破られたので、ただただ呆れておるのです。

 おまけに、こちらでのコメント( http://ray-fuyuki.air-nifty.com/blog/2007/02/post_72d8.html#comment-12244407 )はなんですか。「不可抗力」なんてものがあるなら、ひめのさんには、私に原稿を依頼する際に「一字一句変えない」などということを約束する権限がなかったということではないですか。つまり、ひめのさんは〈れぎおん〉という媒体に対しても、不誠実な越権行為をしたということではないのですか? 私にはひめのさんのおっしゃることが、あまりにも私の考える常識というものを逸脱しているので、さっぱりわからなくなってしまいました。

 それから、ご自分のブログのこちら( http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_55da.html )に、「連句誌『れぎおん』 冬号より引用」と付記して掲載なさっているのは、正確には〈れぎおん〉からの引用ではなく、私のオリジナル原稿です。〈れぎおん〉のほうには、ひめのさんだか前田某さんだかほかの誰かだかがいじくりまわした文章が私の名前で載っています。〈れぎおん〉からの引用というのは嘘です。事実関係がおかしいので指摘しておきます。

 私は、約束を破られたり嘘をつかれたりするのは好きではないので(まあ、好きな人はおらんでしょうが)、〈れぎおん〉とはこれ以上かかわりあいを持ちたくありません。お仲間うちでじゃれあってらっしゃるぶんにはいいのですが、外部に原稿を依頼する際の礼をあまりに失しています。相手がプロであろうがアマチュアであろうが、そんなことは関係ありません。他者の著作物に対する基本的な敬意と礼節の問題です。

 また、その「サンプリング句」だかを私の名前で発表するのもやめていただきたい。私の書いたものにインスパイアされてひめのさんがどんな句を詠もうが勝手ですが、それはあくまで姫野恭子名義で発表すべき作品であって、私の名前で発表されては迷惑です。検索してみていただくとおわかりになるかと思いますが、ケチなもの書きとはいえ、私はこの名前で社会的に認知されています。私にとっては大事なペンネームです。私の責任の持てないものを私の名前で発表されては迷惑なのです。

 当該の〈れぎおん〉冬号に載っている「冬樹蛉」名義の句に、私が詠んだ句など一句もありません。あれはひめのさんが私の書いたものを「サンプリング」して詠んだ姫野恭子の句です。私が詠んだ(?)「生きたまま 脳に届いて 殖えて効く」( http://ray-fuyuki.air-nifty.com/blog/2006/02/post_f2dc.html )にとてもよく似ているのは、「生きたまま脳に届いて殖えて菊」だけですが、これ自体、新ビオフェルミンのCMコピーのパロディですよ(まさか、それにすら気づいていないとか?)。「生きたまま 脳に届いて 殖えて効く」に関しては、パロディの作者として私の名がついていてもかまいませんが、「生きたまま脳に届いて殖えて菊」を私の作品とされるのは、はなはだ迷惑です。最初にカチンときた時点できっぱり言っておけばよかったのですが、一人で遊んでらっしゃるぶんには実害はないかと看過していたのです。その点、私も甘かった。

 私が作ってもいない句が私の作品だということになっているし、私に正式に依頼された原稿は勝手にいじくられている――〈れぎおん〉という媒体の常識(?)には、ちょっとついていけません。

 ついでに、私が困惑していることについて、もうひとつ注意を喚起させていただきます。このブログへのコメントのつけかたについてです。

 このブログには、更新しない日でも一日に数百人、更新した日には平均して約千人、多い日には三千人近くがいらしてくださいます。むろん、私が知っている人はほんのひと握りでしょう。ですから私は、くだらないことばかり書いているとはいえ、不特定多数の読者を常に意識し、一見の方にも話が見えやすいように気を配っています。

 ですから、このブログにコメントをつける際、まるで私信のように、エントリの内容に関係ないことをバラバラに書かれますと、私にはわかりますが、ここへ初めていらした大多数の方々には、なんのことだかさっぱりわかりません。私にはほとんど実害はないのですが、そのようなコメントのつけかたをされますと、ひめのさん自身が、世間からいわゆる“イタイ人”に見られてしまいかねないのです。

 ひめのさんはブログをはじめられて日も浅いということで、まだ世の中のブログというものの“ノリ”や常識が掴めてらっしゃらないのだろうと思います。ブログにはいろんなありかたがあっていいと私は思いますし、少数の家族や友人だけを読者に想定したブログ(といっても、潜在的には世界中に見えているわけですが)も、実際に数多くあります。が、私のこのブログは、そのような運営方針を採っていません。世界のどこからどのように読んでいらっしゃるかわからない、不特定多数の方々を読者に想定して書いています。コメントをつけられる場合は、そのような意識を共有していただけるとありがたいです。

 以上です。

投稿: 冬樹蛉 | 2007年3月 4日 (日) 01時25分

苦言、ありがとうございました。
おっしゃるとおりでなにも返すことばがありません。

投稿: 姫野恭子 | 2007年3月 4日 (日) 13時23分

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