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2006年5月29日 (月)

『中沢厚子ファーストアルバム あなたが母を愛したように あなたが父を愛したように』(中沢厚子/エレックレコード/紙ジャケット仕様)

 伝説のエレックレコード“復刻紙ジャケット仕様”の一枚。当時のLPレコードをそのまま縮小した食玩テイストが面白い。紙ジャケットに印刷してある文字は、虫眼鏡でもないと読めません。その代わり、ちゃんと中にライナーノートや歌詞カードが入っている(ご丁寧にも、現代仕様のブックレット方式の歌詞カードと、LPレコードに入っていた紙の復刻仕様の二種類)。もちろん、ディスクそのもののラベル面も、むかしのLPレコードそのまま。CDに「33 1/3」などと書いてあるのが、ちょっと笑えるけど、懐かしい。若い人には、なんのことだかわからないかもしれませんなあ。

 とはいうものの、一九六二年生まれのおれは、中沢厚子を懐かしがるほどの歳ではないのである。おれよりちょっと上くらいのフォークファンのお兄さん・お姉さん(当時)だったら、ストライクゾーンだろうとは思うが。おれがこの伝説のフォーク歌手を懐かしがっているのは、ひとえに、中学一年生のときに買った「タワーリング・インフェルノ ~愛のテーマ~」によるものである。

 そう、当時は洋画のテーマソングの日本語盤というやつがよく出ていた。『タワーリング・インフェルノ』という映画そのものもおれは大好きだが、Maureen McGovern の唄う主題歌 We May Never Love Like This Again が非常によかった。いまだによく聴く。モーリン・マクガヴァンは、この曲と『ポセイドン・アドベンチャー』の主題歌 The Morning After で、アカデミー主題歌賞を二度も受賞している。以前にも書いたように、おれ的には「パニック映画は主題歌」なのである。で、だ。その『タワーリング・インフェルノ』の主題歌の日本語盤を唄っていたのが、当時フォークの新星として注目されていた中沢厚子だったのであった。

 おれは乏しい小遣いでモーリン・マクガヴァン版と中沢厚子版を両方とも買い(ドーナツ盤だよ、もちろん。当時は五百円だったと思う)、飽きもせず聴きまくっていた。若い人は信じられないでしょうが、当時の音楽記録媒体は、聴くたびに少しずつ磨耗してゆくのである。“擦り切れるほど聴く”というのは誇張のレトリックではなく、単なる事実の描写だった時代なのだ。

 中沢厚子の特異な透明感のある声は、まだ中学生だったおれにもガツンと来た。地声なのにファルセットのように響くハイトーンなのである。不思議な声だ。かといって、声楽家のようなある種の冷たさがあるわけでもなく、優等生的な印象はあっても厭味がない。伸びやかに澄んでいる。ウェブを漁ってみると、「“おかあさんといっしょ”の歌のお姉さん的イメージもなきにしもあらず」とうまく表現している人がいらした。たしかにそうなのだ。が、伸びやかに澄んだ声の中に、おれにはなにか陰のようなものがちらりと垣間見える。童女のようであり狂女のようでもあるアーティストとしての核の部分を、優等生的な声が覆っている。そんな感じだ。

 その後もラジオで「昭和のサムライたち」(受験生ソングなのである)を聴いたことがあったが、残念ながら、おれがLPレコードをそこそこ買える歳になるころには、中沢厚子は音楽界から姿を消していた。少なくとも、おれに見えるところからは姿を消していた。ずっとあとになってインターネットが普及してから思い出して検索してみても、一九九七年十月五日の日記に書いたように、「新しい情報は見つからず、むかしのラジオ番組だとかコンサート情報にしか中沢厚子の名は見当たらな」かったのである。

 おれはずっと気になっていたのだ。

 それが先日、野尻抱介さんの掲示板でちょっと中沢厚子の名を出したところ、TBSの鈴木順さんが、中沢厚子が活動を再開しているという情報をくださった。鈴木さんも中沢厚子ファンなのだという。たしかに鈴木さんの世代であればジャストミートのはずだ。しかも、鈴木さんは出入りのライブハウスで中沢厚子に紹介してもらい、ご本人からライブの案内をいただく仲だとおっしゃる。いやあ、世間は狭い。というか、インターネットというものの潜在力はすごい。おれが何年もずっと巡回している知り合いの掲示板に、中沢厚子と直接会っている方がいらしたとはね。

 そんな驚きがあったもんだから、ひょっとすると、ブログも増えた今日、中沢厚子の新しい情報があるのではないかと検索してみたら、なんとエレックレコードが復刻をはじめているではないか。知らなかった。中沢厚子もある。買わいでか。

 というわけで、このCDがおれの手元にあるわけなのだ。中沢厚子の声に初めて聴き惚れてから三十年以上を経て、おれは“おれがもう数年早く生まれていたら買っていたにちがいないLPレコード”を、レーザーで信号を読み取る未来の媒体で手に入れたのだった。不思議な気持ちだ。おれはいま“体験し損ねた過去”を、遅ればせながら満喫しているのだ。SFだなあ(強引にそこへ持ってゆくか)。

 ちなみに、これも鈴木順さんに教えていただいたのだが、この復刻版ファーストアルバムは iTunes Music Store でも買える。中沢厚子を知らない方は、ぜひ視聴してみていただきたい。ちょっとほかに類を見ない(聴かない)ワン・アンド・オンリーの声だと思いますよ。



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コメント

へー、そうなんですね。中沢厚子版聴いてみたくなりました。

投稿: 9ch | 2006年10月10日 (火) 21時24分

>9chさん

 私もあのPVは YouTube で見つけましたよ。ほんとにヘンテコな編集ですよね。

 『タワーリング・インフェルノ』では、モーリン・マクガヴァンがちょこっと唄ったあとに、ウィリアム・ホールデンのビルオーナーとロバート・ヴォーンの上院議員がスコッチウィスキーの話をはじめるシーンがあって、モーリンの歌が背景でかすかにかぶってるんですよね。これから大惨事になる前ののどかな雰囲気がよく出ていて、私はあのシーンが大好きです。極限状況下で、ロバート・ヴォーンはどんどん卑怯な人になっていって、ウィリアム・ホールデンはどんどん責任感に目覚めてくるといったあたりのキャラの変化も、さすが二社合同製作、脚本がいいですね。

 中沢厚子の「タワーリング・インフェルノ ~愛のテーマ~」は、どうもCDでもデータでもいまのところは入手できないようです。うちにセルロイドのドーナツ盤があるんですが、なにしろプレーヤーがなくて聴けません(^_^;)。そのうち iTunes Store とかで出るといいんですが。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年10月10日 (火) 23時48分

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