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2006年4月15日 (土)

『クロサギ(1)~(3)』(黒丸・[原案]夏原武/ヤングサンデーコミックス)

 父親が詐欺に引っかかって一家心中した家族でただひとり生き残った息子が、数年ののち、詐欺師たちに噂される存在となっていた。詐欺師のみをターゲットにする詐欺師――人呼んで“クロサギ”として。

 この春からテレビドラマになるというので、先日最初の三巻を読んでみたのだが、なるほど、こりゃドラマ向きだ。この設定を得ただけで、もう半分勝ってますわな。詐欺師を騙す詐欺師の話というだけで買ってみるおれみたいなのがいるわけだから。いやおれ、詐欺師ものって好きなのよな。

 三巻まででは、まあ、かなり一般的というか古典的というか、オーソドックスな詐欺が取り上げられている。新聞の社会面的な話題に疎い幸福な方が詐欺のお勉強をするには持ってこいである。現在九巻まで出ているが、詐欺ったって、エンタテインメント性の高い手口がそうそうたくさんあるわけもなく、おおまかにパターン分けできてしまうはずであって、話が進むにしたがってシンプルなネタが枯渇し、徐々に複雑な手口のものもネタになってゆくのだろうな。

 主人公の“クロサギ”こと黒崎は、表向きは喫茶店「桂」のマスターをしている“フィクサー”と呼ばれる老人・桂木から、カモにするためのふつうの詐欺師“シロサギ”の情報を買っている。桂木は桂木で、黒崎の敵でも味方でもなく、独自の不可解な興味だか規範だかに基いて、黒崎を掌の上で遊ばせるようにして商売をしている(実際、人相の悪いお釈迦様みたいな顔をしているのだ)。じつは黒崎の父親が一家心中を図るにいたった詐欺事件のプランを立てた詐欺師はこの桂木であって、黒崎もそのことを知っているし、黒崎が知っていることを桂木も知っている。なんとも奇妙な関係なのである。この奇妙な二人の周囲に、検事をめざしている大学生のヒロイン・氷柱(つらら)、黒崎の逮捕に執念を燃やすキャリアの刑事・神志名らが絡み、詐欺師対決を横糸、人間模様を縦糸に物語が織られてゆく。

 どうもおれには、この『クロサギ』、手塚治虫の『七色いんこ』に影響を受けているように思えてならない。まあ、おれには、なんでもかんでも手塚作品の影響下にあるように見えてしまう悪い癖があるのだけれども、構造的によく似ていることはたしかなのである。七色いんこ・鍬方陽介は、財界の黒幕でさんざん悪事を働いてきた自分の父親と戦うわけだが、自身は天才的な役者であると同時に神出鬼没の大泥棒でもある。世間的な規範では、どっちも悪人といえば悪人なのだ。『クロサギ』では、いんこの父親の役回りが、桂木と部分的に重なってくる。いんこを愛しつつも職業上対決もせねばならない千里万里子刑事は、『クロサギ』では、むろん氷柱に重なる。泥棒:刑事=詐欺師:検事志望学生となっているわけだ。

 七色いんこが真に憎むものは、自分の父親個人のみというわけではなく、父親に象徴的に代表される、弱者の人生を虫けらのように踏みにじってゆく権力者の巨悪の論理であり、国家のエゴである。黒崎が憎むものも、じつは個々のシロサギではなく、弱者を食いものにする論理がまかり通る現実というものの忌々しいありかたそのものなのだろう。ゆえに『クロサギ』では、「人を食いモノにして潰していくような腐った大企業しか狙わない」詐欺師を黒崎のライバルとして登場させ、多くを語らない黒崎との共通点を際立たせることで、黒崎のキャラクター造形に深みを加えている。『七色いんこ』の想定読者層がもう少し高く、もっと長期の連載が可能であったなら、手塚治虫も遅かれ早かれ、七色いんこに同じようなライバルをぶつけてきたかもしれない。

 と、三巻まで読んでそこそこ面白かったものだから、テレビドラマも初回を観てみたんだが、主人公のイメージはだいぶちがうなあ。あそこまでイケメンじゃ具合悪いでしょ(イケメンじゃなきゃいけない大人の事情はわかります、ハイ)。ま、“フィクサー”が山崎努という秀逸なキャスティング(よく出てくれたなあ)に免じて、すべて許す。山崎努を観るためだけにでも、努めて観るようにしようっと。



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コメント

1回目、見逃しちゃった。2回目から見ます。

投稿: 湖蝶 | 2006年4月15日 (土) 09時11分

>湖蝶さん

 いやあ、山崎努は、ほんまに渋いですよ。二回めでだいたい三巻ぶんくらい話が進むようです。

投稿: 冬樹蛉 | 2006年4月16日 (日) 00時06分

 少し気になったことがあります。確認に手間取ったので、遅くなりました。
 詐欺師の種類を業界用語(?)では色で区別するというのは前に聞いたことがあります。結婚詐欺師を「赤詐欺」というのは割と有名みたいですね。(昔、同名のNHKドラマがあり森重久弥がいい歳した結婚詐欺師を好演してました)
 で、問題はほかの色です。私の確認したところ、
  1.白詐欺→手形・小切手を使う信用詐欺
  2.黒詐欺→暴力や脅迫を匂わせる詐欺(暴力や脅迫を実行したり、すると脅すと詐欺にならない)
  3.赤詐欺→結婚詐欺
となるようです。確認できなかったのですが、「青詐欺」というのもあったように思います。
 問題なのは白と黒です。作品の説明とちがいます。
 これは時代で業界用語が変わったということなんでしょうか。

投稿: 東部戦線 | 2006年4月17日 (月) 00時46分

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