「脳髄工場」に驚嘆
読みかけの本についてはまだどうこう言いたくないのだが、これは中短篇集だから、バラで感想を述べてもいいだろう。いや、『脳髄工場』(小林泰三/角川ホラー文庫)のことだ。巻頭の書き下ろし表題作「脳髄工場」はすごい。八十ページほどの中篇だけれども、小林泰三の目下の最高傑作だと独断してしまおう。奇想や藝術性ということであれば、これを凌ぐ小林作品はいくつもあるだろうが、奇ッ怪な設定、悪趣味なジャンク風味、偏執狂的論理、引き攣った笑い、歪な美しさを湛えた叙情性――これら小林泰三的なものがみごとなバランスで凝縮されている点で、小林泰三という作家をあますところなく示す、面目躍如たる傑作だ。まるで江戸川乱歩にグレッグ・イーガンが憑依して書かせたかのような、鬼気迫る猛毒を孕んでいる。騙されたと思って読んでみるべし。おれ個人の好みでも、ストライクゾーンである。以前、宅間守に関して感じた不気味さと不快感を日記に書いたことがあるのだが、その気味の悪さをもののみごとに増幅してくれる。不快さが心地よい作品としか言いようがない。
それにしても、この、折り返しのところの著者紹介はなんだ? 「二○○二年にはデビュー作『玩具修理者』が女優の田中麗奈主演で映画化された」って、あのなあ……。こんなの、同じく角川ホラー文庫から以前に出た『家に棲むもの』の著者紹介にはなかったぞ。作品が映画化されたことをアピールしたほうが宣伝になると考えた編集者側が加えたのだろうと思う人もありましょうが、いいや、おれはそうは思わないぞ。これは著者本人の希望にちがいない。自分の名前のそばに「田中麗奈」という文字列をなんとしても配置せんとする歪んだ執着のなせる業であろう。きっとそうだろう。そうにちがいない。絶対そうだ。なんちゅう、おっさんや。
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コメント
あっ。本当だ。「田中麗奈」って書いてある。全然、気付かなかったなぁー。
投稿: 小林泰三 | 2006年3月14日 (火) 21時14分
>小林泰三 さん
あっ、な、なにをしらじらしい。
まあ、今日全部読み終えて、「C市」にああいうのが入っているから編集者が著者紹介にあれを加えたほうがよいと考えたのかなあ……とも一瞬思いましたが、なんの、私は騙されません。たぶん、こういうやりとりもあったのではないかと、邪推は膨らむばかりです――
小林: 「影の国」は女優の桜井幸子主演でテレビドラマ化された、というのも入れてください。
編集: そ、それは長すぎます。田中麗奈か桜井幸子か、どちらかを取ってください。
小林: 取れません。ぼくは妻を愛しています。
編集: その妻主演で映像化された作品はありましたか?
小林: ありません。そのうちなにかに主演させます。
編集: 期待してます。
投稿: 冬樹蛉 | 2006年3月14日 (火) 21時28分
やっと読みはじめたのですが、これは傑作ですね。善意を積み重ねて悪意を描いているとでも言いますか。小林泰三さんが「しあわせの理由」を書けばこうなりますというような。
投稿: 林 譲治 | 2006年3月26日 (日) 22時56分
>林譲治さん
でしょ、傑作でしょ。ウルトラマンと仮面ライダーと田中麗奈と桜井幸子の話ばかり(最近は、伊藤裕子と三輪ひとみと里中あやが加わったようですが)している怪しいおっさんの頭の中から、どうしてこんな傑作が出てくるのでしょうか。
「江戸川乱歩にグレッグ・イーガンが憑依して書かせたかのような」のところに、ちょっとブラッドベリも加えたいかと。ブラッドベリの怪異短篇が、こんな空気を持ってますね。理屈を徹底的に重ねてゆくと、幻想味が出てくるという点では、ハードSFの王道でもあるかと思います。ラリイ・ニーヴンがもっと性格が悪かったら(どんな性格か知りませんが)、こういうのを書いたかもしれません。
投稿: 冬樹蛉 | 2006年3月26日 (日) 23時56分
>林譲治さん
ああ、そうそう、こういう「不快さが心地よ」くて読み進めることしかできないという感じは、怪我したときのカサブタを剥がす感じに似てますねー。これに匹敵する厭~な面白さは、「スパイス」(森岡浩之)を読んだときにも味わったものです。ああ、不快だ。しかし、面白い。
投稿: 冬樹蛉 | 2006年3月27日 (月) 00時22分