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2006年1月の47件の記事

2006年1月31日 (火)

下駄箱と合理性

 最近、また歯医者に通っている。とくに痛む歯はないのだが、定期チェックをしたところ、むかしヤブ歯医者が治療したところが悪くなってきているのがわかったので、この際、修理すべきところは修理しようと通っているわけである。

 まあ、歯医者はこの際あまり重要ではない。歯医者などに置いてある“下駄箱”が問題なのである。扉のある下駄箱で手元に番号を書いた鍵が残るのなら、なんの問題もない。扉もなく、ただただ仕切りがあるだけの下駄箱がおれを悩ませる。

 下駄箱に靴を入れようとするとき、あとで場所がわからなくなっては困るので、「左上の隅から5、下に3」といった具合に憶えますわな。隅っこのほうが空いているときは、まだ簡単だ。「右に2、下に2」とか「右に3、下に4」とかさ。

 だが、「2の3」だったか「3の2」だったか思い出せないこともあるにちがいない。それでは困る。そこで合理的な方法を人はすぐ思いつくにちがいない。「Cの3」「Eの5」といった具合に憶えればよい。しかし、人は問うであろう。「ちょっと待て。縦と横のどちらがアルファベットでどちらか数字かを忘れてしまうのではないか?」

 縦をアルファベットにすべきである。なぜなら、たいていの下駄箱は横に長いものであって、高さのほうが幅より長い下駄箱にはあまりお目にかからないからだ。「AA」「AB」「AC」などという手は美しくないので使わないのだとすれば、短いほうの軸に限りある資源を割り当てるべきである。縦に二十六段以上ある下駄箱が絶対ないとは言えないが、まあ、ふつう、ない。もしあったとしたら、下駄箱のそばには長い棒が立てかけてあるはずだ。セルゲイ・ブブカがたまたま通っている歯医者にちがいない。

 このように考えておけば、歯を治療しているあいだになぜか多少アホになって、縦と横のどちらがアルファベットだったかを忘れたとしても、「縦にアルファベットを割り当てるのが合理的である」といつでも導き出せるはずだ。

 この方法にも欠点はある。下駄箱の“セル”が三次元に並んでいた場合、三つめの軸になにを割り当てたものか、少し悩んでしまうからだ。なあに、心配は要らない。「いろはにほへと……」を割り当てればよいのだ。「Bけ8」とか「Qぬ16」とかにしておけばへっちゃらである。

 とはいえ、この方法にも欠点がないではない。下駄箱のセルが四次元に並んでいた場合、四つめの軸になにを……(以下、略)。



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2006年1月30日 (月)

呼べるもんなら呼んでみろ

【講演会のお知らせ】

セッション1:「卵が先か鶏が先か」
                お話:乙武洋匡 氏

セッション2:「この住みにくい宇宙について」
                お話:スティーヴン・ホーキング 氏

会場:東横イン 駐車場  ※当日は混雑が予想されます。健常者の方は、お車での来場はご遠慮ください。

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なんということでしょう! 2

 なんということでしょう! たまにしか使われることのなかった身障者用の駐車場が、匠の手によって、快適な喫煙スペースを備えた美しいロビーに……。

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所変われば豆変わる

 「北海道・東北・信越地方では落花生で豆まきをする!?」のだそうだ。へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜(×19)。千葉だったらわかるんだけどね。ふつう、「節分に落花生撒きますか?」なんて人に聞いてまわったりしないので、四十三年以上生きてきて、恥ずかしながら初めて聞いた。北海道出身・在住の知り合いが何人もいるというのに。殻に入ったままの落花生を投げても、空気抵抗で減速されてしまい、当たってもあんまり痛くなさそうだ。魔除けの効果はあるのだろうか? あっ。そういえば、ひょっとして、ロッキード事件の“ピーナッツ”というのには、深ぁ〜い意味でもあったのだろうか。“金を撒く”という意味だったのかもよ?

 このぶんでは、おれが知らないだけで、日本のどこかには、節分にトマトを撒いたり牛を撒いたりするところがあったとしても不思議ではない。それはすでに別の行事になってしまっているような気もするのだが、細かいことを気にしていては福が逃げるぞ。


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2006年1月29日 (日)

『銀齢の果て』(筒井康隆/新潮社)

 筒井康隆、ひさびさのブラック・ドタバタ。「今や爆発的に増大した老人人口を調節し、ひとりが平均七人の老人を養わねばならぬという若者の負担を軽減し、それによって破綻寸前の国民年金制度を維持し、同時に、少子化を相対的解消に至らしめるため」日本政府が導入したのは、老人相互処刑制度、通称「シルバー・バトル」だった!
 要するに、老人版『バトル・ロワイヤル』である。筒井御大の弁によれば、若いときに書いたのでは老人差別と叩かれるので、自分が七十歳を超えるのを待っていたのだそうだ。もう、筒井康隆もこの歳になれば怖いものなし(若いときからそうだったような気もするが)、なんでも書ける(若いときからなんでも書いていたような気もするが)。
 筒井康隆の毒に耐性を持つ愛読者にとっては多少もの足りないくらいだが、やっぱり慣れない人は眉を顰めるだろうなあ。怒り狂う人もいるやもしれん。それでこそ筒井作品である。老人問題以外にも、現代日本社会に対する痛烈な“おちょくり”(“批判”ってのとは、ちょとちがう)が随所に横溢している。作中歌「葬いのボサ・ノバ ソニア・ローザに捧ぐ」(詞・筒井康隆、曲・山下洋輔)は、楽譜も付いていてお得――

 死に水が のどに詰まって
 ごろごろと 鳴るその音が
 涼しげに 耳に響くの
 快く 胸に響くの Hm− Hm−
 
  殺すたび 死んでいくたび
  生き返るたび また殺すたび
  わたしは 愛を感じるの
  死者たちに 愛を感じるの

 もはや陳腐化・定番化しているからこそいけしゃあしゃあと使えるえげつない設定とは裏腹に、不快に凄惨な感じはほとんどなく、殺し合う老人たち一人ひとりの人生に妙に感情移入させられながらも大笑いしてしまう。「頑張って、突いてっ。突いてっ」は最高やなあ。『敵』『わたしのグランパ』など、“老い”をテーマにした近年の筒井作品同様、おもしろうてやがてかなしき中に、いつか来る道へと響く自分の足音が少しいとおしく聞こえてくる快作である。

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死の商人

 たとえば、ある晴れた日、コレが飛んできて、毒ガスや生物兵器を撒いていったら……と想像してしまう今日このごろである。改造して性能をアップし、不正輸出しているやつがいたりして。

 サリンやらなにやらを積んだコレがどこかの国の兵器倉庫に何百機もずらりと並べてある光景を想像すると、ふつうの無線ヘリよりよっぽどコワいと思うぞ。

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ケータイ貸してくれ爺さん

 そうだ、書こうと思って忘れていた。先日、会社からの帰りの電車に、ヘンな爺さんがいたのだ。

 それは特急電車で、おれは座れずに立って本を読んでいた。と、「いますぐここに電話せんとあかんのや」という甲高い声が、背後の座席から聞こえてきた。見ると、座席に陣取って窓際に食いものやら飲みものやらを広げている爺さんが、隣に座っている若者に、なにやら懇願している。耳をそばだてて状況を把握するに、どうやら携帯電話を貸せと迫っているようだ。若者になにかの雑誌を見せ、そこに書いてある(あるいは自分でメモした)電話番号のところに、すぐ電話しなければならないと言っているらしいのだ。「ここに電話せんとえらいことになりますのや」「あんたら若い人にはわからんやろうが、人生の片隅で細々と生きてるもんもおるんや」

 それを言うなら「世間の片隅」だろうとツッコミを入れたくなったが、もちろんツッコまない。そのあとも爺さんは、周囲の人に次々と携帯電話を貸せを迫っては断られ続けていた。あたりまえだ。

 最初は単に常識のない爺さんなのかなとも思ったが、これはひょっとして詐欺なのではあるまいか、もし携帯電話を貸してやろうという人が現れたら、止めに入らねばなるまいなと、おれはずっと話を聴いていた。爺さんがその得体の知れない番号に電話をしたら、番号非通知にしないかぎり(爺さんがそうするとはとても思えない)、そのケータイの番号が向こうに知れてしまうことになる。とすれば、あとは“ワン切り詐欺”同然の展開があっても不思議ではない。ことによるとこの爺さんは、番号収集のために雇われている可能性だってないとは言えないではないか。

  だいたい、一刻を争うような電話をいつなんどきしなければならなくなるかもしれないような人間が、どうして通勤客がほとんどであろう特急に乗って呑気に飲み食いをしているのか? どういう事情が知らんが、常に連絡が途絶えてはならん仕事なのであればケータイを持たされるであろうし、ケータイを持てないほど貧しい爺さんの私事であったとすれば、なぜ各駅停車に乗らない? おれがそういう状況であれば、時間がかかっても各駅停車に乗る。電車に乗ってしまってから、突然一刻を争う電話をしなければならない事態が発生したとも考えにくい。なぜなら、その爺さんは、ケータイはもちろん、外からリアルタイムの情報を得る手段を、見たところなにも持っていないからだ。では、なにか重要な用件を突然思い出したのか? にしては、次の駅に止まるまでの三十分ほどが待てないのは不自然だ。そのまま忘れていたかもしれない程度のことなのだろう?

 あれは新手の詐欺未遂だったのではないかという可能性が捨てきれないのだけれども、現代の個人持ち携帯電話がもはや身分証明書にも等しいものになっていることにも思い及ばない、ただのヘンな爺さんだったのかもしれない。詐欺でないとしても、十円なり二十円なり三十円なり(もしかしたら二、三百円?)を、見ず知らずの人にめぐんでくれと言っているにも等しいのだ。なんだったんだろうね、アレは?

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2006年1月28日 (土)

なんということでしょう!

「ビフォーアフター」アスベストで終止符
http://www.asahi.com/culture/nikkan/NIK200601280007.html

 テレビ朝日系の人気番組「大改造!! 劇的ビフォーアフター」(日曜午後7時58分、朝日放送制作)が3月でレギュラー番組として終了することが27日、分かった。発がん性のあるアスベスト(石綿)問題の影響で1軒のリフォームに半年かかるようになり、週1回の番組としての制作が困難になった。02年4月にスタート。同年の新語・流行語トップテンに「ビフォーアフター」が選ばれるなど社会的な反響も呼んだ。スペシャル番組は放送する予定。

 古い家をリフォームするからアスベストが問題になるわけで、いっそ新しいマンションとかをリフォームする番組にしてはどうか? 「なんということでしょう! あんなに鉄骨が少なかったマンションが、匠の手によって……」

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なんにでも3つの種類がある

 「嘘には 3 つの種類がある。 嘘、真っ赤な嘘、そして統計である」のだそうだ。たしかに、この斜に構えた感じがいかにも Google っぽい。

 やっぱり、この日記的には、「嘘には3つの種類がある。 嘘、真っ赤な嘘、そしてSFである」と言いたいところ。

 「現実には3つの種類がある。現実、仮想現実、そして拡張現実である」 あたりまえすぎて面白くないな。
 「日記には3つの種類がある。日記、三日坊主日記、そして間歇日記である」 だからどうした。
 「キューには3つの種類がある。オバQ、バーベキュー、そしてモンテスキューである」 盗作だ、盗作だ。

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2006年1月27日 (金)

謎のハーレム男

「一夫十妻」?一軒家に 同居拒む女性脅した容疑で逮捕
http://www.asahi.com/national/update/0126/TKY200601250421.html

 平成の“イエスの方舟”と言ったら千石イエスのおっちゃんに悪いような(おれはあのおっちゃんのキャラ、けっこう好きである)気がするほど、じつに胡散臭い話。夢の中で教わった“モテる呪文”とやらを心の中で唱えたら、女性が次々寄ってきたということらしい。あんまり寄ってこられても鬱陶しいと思うんだが、おれにはどうもその辺の実感が湧かない。十人も要らんけど、たまには二、三人寄ってきてもバチは当たらんのではないか――ってそれはともかく、じつに考えさせられる事件でもある。

 警察は、この男と一緒に暮らしている女性たちがマインドコントロール下にある可能性を調べているらしい。でも、ちょっと待てよ。十人だからややこしいのであって、これが一人だったら、ふつうの恋愛結婚とどうちがうのだろう? かなり線が引きにくいのではなかろうか? 恋愛ってのは、マインドコントロールみたいなものではないのか? 結婚してしまってからマインドコントロールが解ける人は少なからずいるようなのだが、解けなきゃ解けないで、それはそれでけっこうなことである。ダンナが定年退職した日にマインドコントロールが解けたり、もうとっくにマインドコントロールは解けているのに、厚生年金の夫婦分割ができるようになる来年四月を待ったりしている女性も、これまた少なからずあるらしい。

 それにしても、このハーレム男、目つきの悪いキン肉マンみたいな顔をしているくせに、しゃべりかたが加藤淳氏そっくりである。そこいらのギャップがたまらないなんて女性も、ひょっとしたらいるのかもしれないよなあ。

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2006年1月26日 (木)

諸行無常

horiemon 駅のトイレにて撮影。まあ、世の中こんなもんだ。

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2006年1月25日 (水)

米食う人々

 例えばの話、突如、異常プリオンを含む米が出現し、あちこちで米が狂って(?)枯れてゆく“狂米病”が報告されるようになったとする。もちろん、狂米病に冒された米を食うと、そのうち変異型クロイツフェルトヤコブ病になるのである。なぜか収穫から一年以上経った米には狂米病は見られないので、一年未満の米でないと流通させてはならないということになるのだが、そこはそれ、いくら決まりを作っても破るやつがいるのは世の常であるから、当然、一年未満の米もいくらかは出回ってしまう。どうやらそれで儲けているやつらもいるらしい。その事実が発覚し世間は大騒ぎになるけれども、一年未満の米と一年以上の米を厳密に弁別する技術が、ほどなくアメリカで確立される。だが、困ったことに、いっぺんに検査する方法はなく、一粒一粒、その検査法で調べなくてはならないのだ。

 さて、こんなことになったら、日本人はどうするだろう? 政府はどうするだろう? どうも見て見ぬふりをするような気がしてならないのよな、おれは。毎日食っているあまりにも馴染み深いものに容易に避けがたい危険が潜んでいるなんてことになったら、問題のあまりの大きさに、「できるだけそれは考えないことにしよう。人間、交通事故に遭ったりもするわけだし、なにも狂米病ばかりに神経質になることはない」といった方向に世間が進んでゆくような気がする。

 諸外国は日本の輸出米にアメリカの検査法による“全粒検査”を要求してくる。日本政府は「熟練すれば、見ただけでわかる」といけしゃあしゃあとのたまい、目視による全粒検査を行なっているだけのことを大仰に「科学はわれわれの側にある」とふりかざし、諸外国に米の輸入を迫る。じつのところ、見ただけじゃおおざっぱにしかわからないうえに、検査官たちは居眠りしながら適当にやっているのだ。「安全だから食え。おれたちなんか毎日食っている」というわけのわからない理由で、日本は執拗に米の安全性を強調する。日本人が毎日米を食っているのは、絶対安全だと思って食っているのではなく、正直なところ、食わなきゃしかたないから食っているにすぎないような気もするのだが、ほんとうのところは、自分たちにもよくわからないのであった。安全だと思っている理由が自分たちにもわからないくらいだから、諸外国にわかろうはずもない。

 狂米病なんてものが出現しないことを祈るばかりだ。

 ま、おれはアメリカの牛肉食うのは厭だけどね。

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2006年1月24日 (火)

そりゃあ、ほかに書きようもないだろうけど……

 ライブドアのIR情報を見たら、「当社取締役等の逮捕に関するお知らせ(2006.1.23)」というのが出ていた。「本日、当社代表取締役社長兼最高経営責任者堀江貴文、取締役宮内亮治、取締役岡本文人及び社員1名が証券取引法違反の疑いで逮捕されたとの事実を確認いたしましたのでその旨お知らせします」というのだが、この文書は「代表取締役社長兼最高経営責任者 堀江貴文」の名義で出ているのである。まあ、IR担当者としては、ほかにどうしようもないだろうしなあ。ともあれ、このような世にも珍しい文書はめったに見られないので、なんとなく得した気分ではある。こういう事態をマスコミ報道に任せずに淡々とIR情報として自社から提供している姿からは、この会社がいかに株主を大切に思っているかが窺われ、なかなか見上げたもんではあるなと、一種珍妙な感慨を覚える。

 ホリエモンの四次元ポケットは、ああいう仕掛けになっていたのかー。

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2006年1月22日 (日)

ぼくは断じてガチャピンであります

gachapin なんか、コカ・コーラ系のドリンクのおまけに付いてたガチャピン。「駅伝」バージョンだそうだ。
 たしかにガチャピンと書いてはあるのだが、どうもケロロ軍曹っぽく見えるのはおれだけ?

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2006年1月21日 (土)

すまじきもの

 PowerPoint を使いこなすみのもんた。レーザーポインタのビームでパネルを叩こうとするやしきたかじん。犬小屋の上でワイヤレスキーボードを叩いているスヌーピー。悪いやつに Edy を投げつける銭形平次。人知れず集まって Suica をチャージすると、一人ひとり夜の江戸に消えてゆく必殺仕事人。ニコレットを噛んでいるエイトマン。戯れに開発者を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩歩まぬアシモ。ぢっと手を見るアシモ。iPod に夢中の騒音おばさん

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2006年1月20日 (金)

大学合併の時代

関西学院大と聖和大、08年4月の合併に向け協議
http://www.asahi.com/life/update/0118/004.html

 少子化が進んでいるのだから、必然的にこういうことが進んでゆくだろうとは思っていたが、なんだかえらくなじみ深い大学が先陣を切って、ちょっとびっくりした。

 そのうち、大学も銀行みたいになるのかもよ〜。

 「やったー! 大学受かったよ! 第一志望だよ」
 「そりゃあ、おめでとう、よかったね。で、どこだっけ?」
 「国立音楽流通科学白百合女子アジア太平洋ノートルダム工業大学」

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2006年1月18日 (水)

回りながら唄ってください

 今度は替え歌をばひとつ――

 ♪たいへんたいへんたいへんたいへん、ライブドアもーっと
  たいへんたいへんたいへんたいへん、ライブドアもーっと
  たいへんたいへんたいへんたいへん……


 そういえば、堀江社長は三月にもCDデビューの予定だったはずだが、予定どおり出すのかなあ?

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ひとつでけた

 「ブラック・ジャックとトラックバックくらいちがう」

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2006年1月17日 (火)

君にも見えるウルトラの街

タイにウルトラマンの街、誕生へ 博物館に怪獣数千体
http://www.asahi.com/culture/update/0114/001.html

 タイの古都アユタヤ郊外に、「ウルトラマンの街」が誕生する。同国の映画制作会社ツブラヤ・チャイヨーが、ウルトラマン一族と怪獣の模型を陳列する博物館などを建設。6月までに着工し、2009年ごろにオープンする計画だ。ウルトラマンは同国でも人気が高いが、同社のソムソン取締役は「世界中に知られるような施設にしたい」と話している。
 この施設は同社が約10億バーツ(約29億円)を投じ建設する。博物館はウルトラマン一族の出身地「M78星雲」をイメージし、数々の死闘を演じた歴代ウルトラマンと怪獣、宇宙人数千体を陳列。身長50メートルのウルトラマンとバルタン星人の像も造る。施設内では、公開ショーも行う。(時事)

 どひゃあ、「身長50メートルのウルトラマンとバルタン星人」ですと!? ウルトラマンはこの際どうでもいい。バルタン星人! 50メートルのバルタン星人!! これは見たいなあ。というか、日本にもぜひ作ってほしいものである。

 それにしても、ほんものの宇宙からの侵略者が飛来したのがたまたまタイで、しかもこの施設だったとしたら、どういう誤解をするだろうか? この星の生物は身長50メートルで、オスは両手がハサミで、メスは銀色のエロチックな肢体を大きく露出しており……ってまあ、宇宙からやってくるようなやつが、これが像だとわからないわけはないか。だとすると、この星の知的生物は独特のアニミズム信仰を残しており……といった具体に誤解するだろうかなあ。

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2006年1月14日 (土)

効果的な掃除用具

 チョコパイを食おうと各個包装してある小袋を引き裂いたら、中からパイが飛び出して絨毯の上を転がってゆき、ソファーベッドの下に入っていった。あちゃー、一個損した。二十六円二十五銭を無駄にした。けったくそ悪い。

 ベッドの下に手を伸ばしてチョコパイを引っぱり出すと、埃の塊のようなものになっていた。表面にじつによく埃を吸着している。むかし話題になった“ケサランパサラン”とは、このようなものであったのかもしれぬ。これをそのまま無駄にするのは、それこそもったいない。

 おれはそのチョコパイで絨毯のあちこちを軽く叩いて、たっぷり埃を吸いつけてから捨てた。二十六円二十五銭の元は取れていないかもしれないが、少しは取り返したような気がする。チョコパイも、自分にできることはしてから捨てられたほうが、悔いがないにちがいない。

 「これはよいことを聞いた」と、掃除にチョコパイを利用しようとなさる方、けっしてチョコパイを雑巾のように絨毯になすりつけてはいけない。あくまで軽く叩く、これが肝要である。よろしいか? さもないと、結局、雑巾のお世話になる羽目になり、損害は二十六円二十五銭に留まらないであろう。真似して絨毯がチョコレートだらけになっても、当局は一切関知しないからそのつもりで。

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[間歇日記]休止期間中の日記からよりぬき転載することにした

 あ、そうか。このブログは「ココログ プロ」のコースで作っているから(というより「ココログ ベーシック」じゃないから)、過去の日記を書くことができるのだった。

 じつはおれは、表ウェブサイトの「[間歇日記] 世界Aの始末書」を休止していたあいだも、ぼちぼち mixi で日記のようなものを書いていたので、[間歇日記]再開を喜んでくださっている方々に感謝の意を込めて、裏日記から表に出せる程度のクオリティ(笑)のものをよりぬいて、こちらに転載してゆくこととする。

 ほぼ一年ぶんを一挙転載というわけにもいかないから、ぼちぼちやってゆこうと思う。どのみち、おれの日記は、あんまり日付と関係ない内容のものが多いのだ。

 さっそく、2004年12月24日のものから、転載を開始した。わざわざ転載するほどの内容かどうかは別として……。

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2006年1月13日 (金)

風呂に入るのが面倒くさい人に控えめな提案

 いま風呂から上がったところだ。ああ、風呂入るのが面倒くさい。おれは風呂が嫌いではない。どちらかというと好きなのである。好きだが、時間のない平日はとくに面倒くさい。いったん入ったら、中途半端に洗って出てくるのは入らないよりも気色が悪いので、結局なんだかんだで一時間半くらい潰れてしまう。ああ、面倒くさい。二十四時間のうちの一時間半などというのは、あまりにももったいない。ああ、面倒くさい。

 まあ、おれなんかはまだ、ドモホルンリンクルの製造ラインに生まれなかっただけましだと考えれば、少しは気が楽になる。風呂に入るのが面倒な人は、ぜひそう考えて、わが身の幸福を噛み締めていただきたい。分解に一時間、洗浄に二時間、組み立てに一時間かけて風呂に入らねばならないとしたら、そりゃあ、たいへんにちがいないぞー。ドモホルンリンクルの製造ラインがどんな前世の報いであのような過酷な目に会っているのかは知る由もないのだが……。

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2006年1月12日 (木)

遡及効果

 今朝、開口一番に母が言った。

 「昨日の晩、○○さんからもろうた漬けもんが冷蔵庫にあるのを、言うの忘れてたわ」

 べつにおれは漬物にさほどの興味はないが、一応、訊いてみた。「なんの漬けもんや?」

 「ミョウガの漬けもんや。私はミョウガ食べへんしなあ」

 おれは爆笑した。おのれの存在そのものを忘れさせてしまうとは、ミョウガおそるべし。

 ミョウガを食うともの忘れがひどくなるというのはあくまで俗説だろうけれども、“ものすごく強力なミョウガみたいな食いもの”ネタで小説が一本書けそうだよなあ。

 じつはこの地球上には、「    」という食いものがあるのだ。ところが、そんな食いものが存在することを誰も一秒たりとも憶えていられないほど強力な催忘効果(?)があるため、そんなものは存在しないものとして世の中が回っている。といっても、それは取るに足らない食いものではなく、微量ながら人間が生きてゆくために必須の未知の栄養素を含んでいるのだった。さて、その食いものは、いったいどうやって流通し、人々の食卓に“人知れず”のぼり、口に入っているのか……みたいな、哲学的なドタバタになるかもしれないが、一念発起して書いてもすぐ忘れ去られそうな気が激しくするので、むろん書く気はない。

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電脳リフォーム詐欺?

今思い返すと、あれはつまり詐欺師か何かだったのだろうか (「不倒城」 2005年12月23日)

 会社で読んでいて、噴き出しそうになった。こういう手合いがいるんだねえ。「通りがかりにお見受けしたところ、お宅は床下の換気が悪い。このままでは床や柱が腐って、たいへんなことになりますよ」の電脳版といったようなもんである。悪辣というよりは、あまりにもまぬけな手口がいっそ微笑ましいほどだ。

 論理的にヘンなのは、こんな手に引っかかる会社だったとしたら、そもそも自社でウェブサーバを立てたりしていないだろう。コンテンツの簡単な更新くらいはできる程度に社員の誰かを教育して、インフラまわりは外部委託するはずである。自社でサーバを立てているなら、ping の何たるかを知っている社員がいないはずはない。休日を狙ってきているのは、そういう社員が出社している確率が少しでも低いだろうと考えているのかもしれないが、サーバやネットワークの管理者が休日に出勤している可能性は、全社平均よりも確実に高いはずだ。第一、社長であろうが専務であろうが、自分が基礎知識も持たない分野のことに関して、ふらりと現れた馬の骨と勝手に即日契約して金を払うなんてことをするはずがない。「わかる者が出てくる日に出直してきてくれ」となるだろう。

 それにしても、このようなアプローチ(というか、詐欺未遂というか)をするのなら、もう少し素人目にも“見栄え”のするコマンドにすればいいのに。せめて、traceroute にするとか(って、そういう問題か)。

 そのうち、自分で立てたエロサイトかなにかのアクセスログを印刷して持ってきて、「ここを見ていただきたい。ほら、おたくの会社から、あきらかにおたくの勤務時間中に不正アクセスを受けている。公表したらたいへんなことになりますよ」などと強請りにくるやつも現れるかもなあ。そういうのは“不適切アクセス”ではあるかもしれないが、不正アクセスじゃないってば。

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2006年1月11日 (水)

蛋白質の呪縛

 おれは、ここ二年ばかり、月曜から金曜まで晩飯にはずっとコンビニ弁当を食っている。なるべく栄養が偏らないように、カロリーを摂りすぎないように、限られたメニューの中から精選(?)して買うのだけれども、それでも奇妙な傾向が出てしまう。

 コンビニ弁当には、栄養分の表示がありますわな。おれはどうしても“蛋白質が多くて脂質が少ないもの”を選んでしまう。「これはなかなかうまそうだな」と思っても、表示を見て蛋白質が少ないとなんだか損をするような気がしてしまい、結局、蛋白質の多いものを選ぶことになる。どういうわけか、おれの中には、蛋白質イコール上等な食いものという刷り込みがあって、同じ金を払うのなら蛋白質を食おう食おうとしてしまうのである。なんというか、蛋白質と聞くだけで、問答無用のありがたみがある。刺身を食うときなどでも、おれは中トロやら大トロやらにあまり魅力を感じない。赤身がいちばん得にちがいないし、いちばんうまいと思うのだ。経済的なやつである。

 なんなんだろうね、これは? どうも、子供のころに“ビフテキ → めったなことでは口に入らない → ごちそう”というような思考のチャンネルが形成されてしまったことに関係がありそうだ。植物性蛋白より動物性蛋白のほうに、よりありがたみを感じるのも、そのあたりに根があるにちがいない。

 これは一種の貧乏性なのだろうが、“ビフテキ=ごちそう”という連関が頭の中に刻み込まれてしまっている人は、昭和三十年代生まれあたりには多いと思うんだがなあ。おれが死ぬまでに一度は食ってみたい食べものは、『はじめ人間ギャートルズ』に出てくるあの“肉”、肉的なものを純粋に抽象化したような、あの肉肉した肉なんである。そこのあなた、あなたもアレ、食いたいでしょう?



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2006年1月10日 (火)

成人式で暴れるアホは減っている

 また今年の成人式でも、おれの言う“揺りかごアウトロー”どもが暴れたところがあったようだ。盛岡市では、市長の挨拶をクラッカーを鳴らして妨害したアホを県会議員プロレスラーのザ・グレート・サスケが注意して、もみ合いになったそうな。グレート・サスケが真面目に注意するから騒ぎが大きくなるんであって、ここはやはり、くいしんぼう仮面とかえべっさんとかが止めに入るべきであろう。

 でも、ここ二、三年、ああいうアホどもに関する報道が徐々に減ってきているような気がするのはおれだけだろうか? まるで子供をあやしているかのような各自治体のケツをまくった工夫(?)が功を奏しているのか、それとも、暴れるアホが実際に減っているのか? マスコミが報道すればするほど、あの手のアホはつけあがるので、さすがにマスコミも飽きてしまって並大抵のことでは報道しなくなり、アホはあまり減っていないのに、騒動が減っているかのように見えているだけなのか?

 あっ、そうか、アホはあきらかに減っているにちがいない。新成人が減っているのだから、アホの出現率に大きな変動がないとすれば、確率的にアホも減っているはずなのである。めでたしめでたし、ってめでたいのか?

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NOVAうさぎの地位を脅かす新キャラは何者?

 「近ごろ、NOVAうさぎを見かけなくなったなあ」と思っていたら、年が明けてからやたら目にするようになった。あの宝船に乗っている新キャラは、やっぱり“NOVAパンダ”とでもいうのであろうか……と気になったので、NOVAうさぎのサイトに行ってみたが、CMのコーナーは更新されていない。新キャラの正体は謎のままである(ってまあ、見たまんまだろうとは思うが……)。そうか、NOVAうさぎは、先月からプロデュース業に参入しているのか。みずからはタレントとしての第一線から退くのかな? つんく♂みたいなやつだな。

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2006年1月 9日 (月)

コリイ・ドクトロウが専業作家になっていた

 あらら、ひさびさにコリイ・ドクトロウのサイトに行ってみると、2006年1月1日付けで、彼は専業作家になっていた。電子フロンティア財団(EFF)を辞めたとのこと。まあ、講演やらなにやらであっちゃこっちゃ飛びまわるのはあいかわらずのようだが、少なくともそれ以外の時間は執筆に専念できると喜んでいる。

 『マジック・キングダムで落ちぶれて』(川副智子・訳/ハヤカワ文庫SF)の解説に書いたことが、半年もしないうちに陳腐化しちゃったわけだなあ。ハヤカワ文庫に初めて入る作家の場合は、著者の紹介と近況を解説に書かないわけにもいかないが、すぐ情報の鮮度が落ちてしまうというリスクがある。難しいところだ。そのうち、解説を書く人はみな、「著者の近況は、本人のウェブページをご参照ください」とURLだけ書くようになるのかもしれない。外国語の苦手な読者だって、ウェブの適当な無料翻訳サービスで大意くらいは掴めるだろうしなあ。

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ケータイからの書き込みテスト

 ケータイから写真を添付してポストしてみる。
 おれの部屋の仮面ライダー1号。「桜島1号」のほうね(^_^;)。060109_0133001.jpg

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三菱東京UFJ銀行に提案

 「三菱東京UFJ銀行」というのは、いくらなんでも言いにくい。そのうちみんな「MTU銀行」とでも呼びはじめるのではないか。なんだかUFJだけが浮いているような気もする。統合したんなら、“ひとつの組織”という印象を与える名称を、もう少し考えてもらいたいものである。

 そこでおれも考えてみた。三者が「わしらがわしらが……」と我を通すから、「三菱東京UFJ銀行」などという見苦しい名前になるのだ。むしろ、「新しく生まれ変わったこの銀行は、○○銀行ではない」と排他的に定義すれば、“三方一両損”みたいな感じで、当事者も納得しやすいのではなかろうか? となると、たとえば「GNU銀行」というのはどうだろう? もちろん、「GNU's Not UFJ」 の略である。

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2006年1月 8日 (日)

グリーン“スクリッティ・ポリッティ”ガートサイドが活動再開

 スクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイドが、ほぼ二十五年ぶりにライブ活動を再開したというニュースにびっくり。イギリスの The Windmill というパブで“DOUBLE G & THE TRAITOROUS 3”というグループとしてライブを行なったらしい。このパブのページを見るかぎり、事前には(ウェブでは)グリーンだということは伏せていたみたいだね。そんなもん、噂だけであっというまに売り切れちゃうだろうからなあ。なーるほど、“DOUBLE G”ねえ。「フォー!」とか叫び出さないだろうなってそれはHG。

 こいつは春から縁起がいいかも。いや、おれ、スクリッティ・ポリッティ大好きです。『Cupid & Psyche 85』なんて二十年以上愛聴しているが、いまだに飽きない。

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条件反射

 イスラエルのシャロン首相がこないだから脳出血で重体と報じられているが、「だから、医者をミクロ化して注射してだな……」みたいなことをすぐ連想してしまうのは、不謹慎は承知だが、おれの性だからいたしかたない。というか、同じこと考えたSFファンは十四万八千人くらいはいるだろう? どこかの国の大統領みたいに「死ねばいい」などと公言するよりは、よっぽど穏当な空想だと思うんだが……。

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あの人はいま?

 “ノロウィルス”というのを耳にするたび、ヘルメットをかぶったウィルスがプラカードを掲げて「どーもどーも」と言いながら姿を現すところを想像してしまうのは、おれだけだろうか?

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画像を貼ってみる

fuyuki あー、あー、ただいま画像挿入のテスト中。本日は晴天なり、本日は晴天なり。あー、あー、ただいま画像挿入のテスト中。本日は晴天なり、本日は晴天なり。あー、あー、ただいま画像挿入のテスト中。本日は晴天なり、本日は晴天なり。fuyuki あー、あー、ただいま画像挿入のテスト中。本日は晴天なり、本日は晴天なり。あー、あー、ただいま画像挿入のテスト中。本日は晴天なり、本日は晴天なり。あー、あー、ただいま画像挿入のテスト中。本日は晴天なり、本日は晴天なり。

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2006年1月 7日 (土)

ご恵贈御礼コーナーを作った

 旧「間歇日記」の休止中、日記でやっていた「ご恵贈御礼」ができなくて心苦しく思っていたので、ブログ版での再開にあたり、さっそく右サイドバーに「ご恵贈御礼コーナー」を作ってみた。日記休止期間中にいただいた本はさいわい全部記録を取っていたから、遅ればせながら、このような形で御礼をさせていただくことにする。改めて、まことにありがとうございました。

 現時点では日記休止期間中にご恵贈くださったものはすべて載せさせていただいているが、徐々に古いものから非表示にしてゆこうと思っている。

 なお、このような形で公の場で御礼を述べることに関するおれの考えは、旧「間歇日記」で述べているので、気になる方はご参照いただきたい。端的に言うと、「もらったことに関する感謝の意はぜひ表したいが、全部タイムリーに読めないうえに、読んだものに関しては、感謝の意とはまったく関係なく公の場で否定的な評価をすることも当然あり得る」という前提で御礼を申し上げるということなのである。あしからず、ご了承いただければさいわいである。

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教育の欠陥?

 さっき、団地の郵便受けから郵便物を取り出そうと鍵を開け、郵便受けの扉を開いたら、なにかがぽとりと地面に落ちた。見ると画鋲(関西では“押しピン”)だった。おおかた、金持ちで美人だがピアノの才能はいまひとつでおべっか使いの取り巻きをいつもまわりに侍らせている根性の捻じ曲がった娘が、貧乏だが努力家で天才的な才能を持つおれが有名なコンクールに参加するのを妬んで、こういう犯行に及んだのだろう。けしからん。今度からトウシューズを履くときにも気をつけねばな。

 危ないから一応母にも注意しておくと、「こないだもあったわ」とのこと。鈍くさい年寄りにも気づかれているほどで、いたずらは全然成功していないのである。

 そもそも不可解なのは、自分の仕掛けた画鋲で人が怪我をするところを見られるわけでもないのに、なぜこういうことをする気になるか、である。仮におれがやるとしたら、自分の行為の結果を確認しないと、ちっとも面白くない。いたずらのやりっぱなしとは、じつに嘆かわしいことである。ちゃんと結果を確認し、失敗したなら、失敗の反省に立ってさらにプランを改良せねば、まるで進歩しないではないか。PDCAサイクルが回っとらん。こんなことでは、歴史に名を残すような巨悪にはとてもなれないにちがいない。教育がなってないのか。どうせ子供のいたずらだろうが、大人だったとしたらなおのこと嘆かわしい。

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「[間歇日記] 世界Aの始末書」再開

 ほぼ一年間のブランクができてしまった「[間歇日記] 世界Aの始末書」だが、ブログ版として再開してみることにした。まだここのシステムに慣れないので、本調子になるまで時間がかかるかもしれないが、旧版を愛読してくださった方々には改めてよろしくお願い申し上げる次第であります。

 なお、冬樹蛉の公式ウェブサイトは、あちらのままで生きている。こっちはあくまで日記用である(つっても、あちらもほとんど日記がメインだったのだが……)。

 また、こっちもやっぱり記事中の一人称は“おれ”でゆく。それがいちばん書きやすいからだ。コメントでは、いきなり“私”になる予定(^_^;)。mixi をやってみて発見したのだが、こうすることで、記事として書くスタンスと二次的にコメントをつけるスタンスを切り分け易いような気がするのである。

 デザインは、ま、とりあえず機能すりゃいいってことで、無愛想きわまりない(^_^;)。



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ほしのあきの末路?

 ほしのあきが歳を取ったら、はしのえみになるような気がする。そのうち、同じような顔をした「はしのあき」やら「ほしのえみ」やらが出てきたらどうしよう?

 とはいうものの、ほしのあきははしのえみより五歳若いだけなのだから、世界は驚異に満ちている。



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2006年1月 5日 (木)

『古畑任三郎ファイナル 第3夜』

 『古畑任三郎ファイナル』の第3夜は、最終回(ほんとに〜?)にふさわしく松嶋菜々子が二役の「ラスト・ダンス」。ゲスト犯人と被害者が同一の役者である。

 冒頭の劇中劇『鬼警部ブルガリ三四郎』(なんちゅうタイトルや)で、いきなり『溶ける糸』のパロディ。締めの台詞まで同じ(「あなたを逮捕します」 You're under arrest, sir.)。まあ、たしかに『溶ける糸』の落としかたってのは本質的にはああいうことであって、オマージュとも揶揄とも取れる。

 双子が出てくるという設定そのもので、もう最初から「いま見ているこいつが、もう一方だと仮定したらどうか?」という目で見る癖がついてしまっているため、大枠はまったく驚くべきものではなかったが、最終回だけあって、そこへ持ってゆく作劇はじつに面白かった。『ブルガリ三四郎』打ち上げパーティーのバーのシーンで、松嶋菜々子がワイングラスの縁を指で拭ったところが、よもや手がかりだなどとは考えず、「あ〜、ねーちゃん、その手ぇどこで拭くねん、どこで」と、おれには純粋にやたら気になってしまったので(ま、このへんが女性と二人で酒を飲んだりすることがほとんどない者の“強み”だ)、カフェのシーンで大枠はほぼ確定。

 センサー玩具の“ピンキー”の使いかたは面白かった。お約束の“今泉耐久レース実験”の見納めもあった。今泉と西園寺の推理が途中これ見よがしに冴えているあたりも、ドラマとしてのミスリーディングがうまい。

 まあ、脳年齢が52歳の犯人が古畑に立ち向かおうとするところに最初から無理があるのだが、松嶋菜々子だから許そう。おれは、松嶋菜々子が両手に生茶パンダをはめて被害者を絞殺するシーンを(ちょっと)期待していたんだがなあ。そこまでやったら、完全にコメディになっちゃうもんなあ。

 最終回ならではという部分がなかったのは、ちと不満であると同時に、まだあとがあるかもしれないという楽しみを残した。第一回の小石川ちなみの事件への言及があったのはご愛嬌。古畑はひところちなみちゃんちなみちゃんとうるさかったが、ひさびさに出た。唯一最終回らしいところだ。そんなに中森明菜が好きか、三谷幸喜。

 ところで、“赤い洗面器を頭に乗せた男”問題がまだ片づいていないっ!



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高慢と変遷

 『プライドと偏見』という映画のCMをテレビでやたら流している。むろん、ジェーン・オースティンの Pride and Prejudice である。大むかしは『高慢と偏見』が定訳で、やがてそれが『自負と偏見』になり(おれが持ってる文庫本はこのタイトルだ)、いまやこの映画化によって、文庫の帯や、下手するとタイトルまでが『プライドと偏見』になってしまうのだろう。そんな気がする。そのうち、『プライド・アンド・プレジャディス』にでもなってしまうかもしれん。本の背が見苦しいことおびただしいにちがいない。

 それはともかく、キーラ・ナイトレイはなかなか清楚でいいよね。アミダラ姫の影武者としてしかおれは観たことないんだが、どっちかというと、ナタリー・ポートマンより品があるような気がおれにはしていて、だからエピソード1にはすごく違和感を覚えるのである。どっちが侍女だかわからない。まあ、単におれの偏見かもしれないけど。



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2006年1月 4日 (水)

『古畑任三郎ファイナル 第2夜』

 『古畑任三郎ファイナル』の第2夜は、イチローが本人役で出演することで話題の「フェアな殺人者」。まあ、これは箸休めだろうと思っていたとおりの凡庸な作品だった。詰めは、コロンボで言えば「逆転の構図」そのまんまである。“嘘をつかない犯人”というのは、以前「笑わない女」で沢口靖子がやったけれども、今回のイチローも“ほぼ嘘をつかない犯人”という設定。さすがに沢口靖子のときと同じ落としかたはできない(あれは一回だけ使える手として、たいへん斬新だった)。結局、ありがちな罠で逃げたか。

 とはいえ、見どころがなかったわけではない。イチロー、やるじゃん。本人を演じているとはいえ、下手な役者よりよっぽどサマになっている。歴代の犯人で最も演技が下手だったのは、たぶん笑福亭鶴瓶だと思うが(だもんだから、劇画みたいなカット割りでコミカルに撮ってしのぐしかなかったのだろう)、少なくともイチローは鶴瓶には勝っていると思う。さすが、大ファンを自認するだけのことはあった。DVDが擦り切れるほど(?)観てるんだろうねえ。

 さあ、明日の第3夜では、はたして“赤い洗面器を頭に乗せた男はなんと言ったのか”(「さよなら、DJ」/犯人:桃井かおり/1994)という、足かけ十二年の謎は解けるのか?



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『古畑任三郎ファイナル 第1夜』

 『古畑任三郎ファイナル』の第1夜は「今、甦る死」。もう、ミステリとしてどうこうという意図は製作側にもないようで、少なくともこのタイトルだけで“落としかた”の推測はついてしまうような話である。ケツをまくっている。

 もののみごとにアガサ・クリスティの作品を繋ぎ合わせたようなトリックの連発なのだが、それがそのように稚拙なものであることの理由はちゃんと提示されていて、設定の面白さには感心した。もっとも、ほんとうの大枠も、結局はクリスティなんだけども。

 昨年から番組宣伝している段階でネタの半分はばれているようなものだから、フジテレビ的にも結末の意外性などは最初から狙っていないのだろう。だいたい、仮面ライダーカリス程度の格の役者が真犯人のわけないじゃん(『仮面ライダー剣』のライダーの中では、彼がずばぬけた名優ではあったけれども)。『古畑任三郎』は、あくまでドラマを楽しむためのものであって、あっと驚く推理ドラマではないのだ。そういう意味では、とても面白かった。なにしろ、古畑任三郎と金田一耕助の対決だもんなあ。さすがお正月。



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2006年1月 3日 (火)

立体テレビ

 どこかにやってるやつがいるだろういるだろうとは思っていたのだが、やっぱりいた

 『探偵!ナイトスクープ』でもやってたよなあ(^_^;)。

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2006年1月 2日 (月)

年末年始は脚を鍛える

 いやあ、忙しい忙しい、正月は忙しい。ふだんの三、四倍は洗いものがあるのではなかろうか。しかも、洗いにくいものばかりだ。なんか、一日中台所で洗いものをしていたような印象ばかりがある。

 だいたい、おせち料理とかいうやつ、あんなものうまいか? ほとんどが縁起担ぎ系の料理ばかりで、しかもやたらカロリーだけは高い。ふつうに飯を食っても、ふだんの食事の三、四倍のカロリーを摂っているのではなかろうか。おまけに、こいつは“片付けて”しまわなくてはならないのだ。ふだんのとおりに食っていたら、まちがいなく腐ってしまう。食わざるを得ないのである。妹が持ってきてくれるので文句も言えんが、はっきり言って、おれひとりならおせち料理など食わん。面倒くさいだけで、しかも不健康だ。母がこだわるから、一応、世間並みのお正月じみたことにつきあっておるだけで、正月なんぞ、それこそククレカレーかなんかだけですませたいところである。

 おかげで年末年始は、ふくらはぎがとても鍛えられる。去年のいまごろも書いたような気がするが、おれは台所にいるあいだは踵を接地しないという制約をみずからに課しているからである。接地しないどころか、台所を歩いていないときには、繰り返しカーフレイズをしている。スクワットをしているときもある。腹筋を締めながらひたすら腰を左右に振っているときもある。

 家事というのは純然たるメンテナンス労働であり、なにも生産的でない。一見生産的に見えるようなものは、梅原猛の言う“擬似労働”である。おれは昨日のおれよりなんらかの形で一歩前進していたい。明日のおれを今日のおれよりなんらかの形で一歩前進させたい。よって、非生産的労働を余儀なくされるときには、精神衛生に悪いので、せめて肉体の鍛錬に当てるのが合理的だという結論にいたったのである。

 どのみちやらねばならないのであるからして、おれは家事をスポーツと割り切り、せめて中年肥りの予防に役立てようと、家事をしながら筋トレや有酸素運動になるように、いろいろと工夫しているのであった。

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2006年1月 1日 (日)

葉月里緒奈、一年半ぶりにドラマ復帰

葉月ママ1年半ぶり復帰「相棒元日スペシャル」
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/nov/o20051127_20.htm

 というわけで、いまから観ます(^_^;)。録画録画……。

 葉月里緒奈は誘拐される銀行員役だというのだが、葉月がやるんだから悪女に決まっている。いや、悪女じゃないと! あ、はじまった! ゆけ、葉月! 悪女、千里を走れ!

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壁の中の煉瓦その2

 四時くらいまで音楽を聴きながら酒を呑み、それから溜まっている洗いものをして、母がひとりで朝飯を食えるようにしておいてから、いままた音楽を聴きながら飲み直している。

 iTunes Music Store をうだうだ見てまわっていると、The Wall - Live in Berlin(@iTMS)を発見。そういや、そんなコンサートがありましたなあ。シンディ・ローパーが唄っている Another Brick in the Wall Part 2 (@iTMS)なんてのが入っていて、それだけ思わず衝動買いする。ライブのタイトルは The Wall なんだが、ロジャー・ウォーターズが音頭を取っているだけで、ピンク・フロイドが参加しているわけではないのである。まあ、シンディ・ローパーがこの曲を唄っているのは、たぶんこれだけだろうから、珍しもの聴きたさというやつだ。

 ところがこれが、けっこういいのである。どうもシンディ・ローパーは、日本では軽いイメージで売り出されてしまったせいもあって(「ハイスクールはダンステリア」って邦題はないだろう)、ノリノリなだけのヘンなねーちゃんという印象をいまだに持っている人も多いのだが、本来、ボブ・ディランみたいな、なかなか思想性のあるアーティストなのである。だから、こういうチャリティ・コンサートにもよく顔を出している。そう考えると、彼女が唄う Another Brick in the Wall Part 2 は、じつによくハマっていると言える。

 あーあ、iTMS ってのは、ほんとに怖いなあ。発泡酒一本くらいだと思うと、ついつい衝動買いしてしまう。この塵が積もってゆくとバカにならないので、せいぜい自制することにしよう。

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あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます(^_^)/。

 去年はいろいろありましたが、今年もいろいろあるでしょう。よろしくお願いしまーす!

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