人類補正計画
最近、エプソンのカラリオのCMをよく目にする。プリンタのくせに、おせっかいにも人の顔を判別して、写真の色を自動補正してくれるという新機能がウリらしいのだが、あれはどういうアルゴリズムになってるんだろう? たとえば、顔が暗がりになってしまっている写真の“明るさ”のみならず“色”まで補正してしまうということは、情報量の少ない状態から、無理やり情報量を増やしているわけであって、それはもはや、“補正”というよりは“補完”なのではなかろうか。あのプリンタで“補正”された写真は、オリジナルと比べて、情報エントロピーは低いのだろうか、それとも高いのだろうか?
また、あのプリンタは、黒人を撮っても、ちゃんと“補正”してくれるのだろうか? 松崎しげるを撮ったら、平均的日本人らしい肌色をした松崎しげるに改竄してしまうのではあるまいか? たいへん興味深い。買った人がいたら、ぜひ松崎しげるを撮って、プリントしてみていただきたい。
まあ、「画質は落ちるが見栄えはよくなる」ということはあるわけだから、それを容認するなら一般消費者向け家電としては、面白いコンセプトだと思う。音楽プレーヤーの類についているプリセットイコライザーみたいなものだ。つまり、もはや映像再生機器も音楽再生機器も、多かれ少なかれ一種のヴァーチャルリアリティー機器になっているのだから、プリンタがその仲間入りをしてなにが悪いという発想なわけである。うむ、二十一世紀じゃなあ。
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