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2005年7月31日 (日)

おれも婆さん役をやらねばなあ

 『仮面ライダー響鬼』がない日曜日は、激しくもの足りないなあ。

 だもんで、漫然と流していた『サンデーモーニング』でやってた「60年目の夏」という特集を観て、ちょっと反省。たしかに戦争体験は風化しておるなあ。

 いやまあ、おれが体験したわけじゃないんだが、おれの子供のころにはまだ、日常生活の中で自然に戦争を語り継いでいる大人たちが身近にいた。新しい家電製品などを買うと、「まあ、便利なもんができたなあ。こういうのは、戦争中はなあ……」といった“ぼやき”に近い形ではあったが、そういう話を体験者から直に聴いて、おれたちは自分では体験していない戦争というもののイメージを形成し、本を読んだりテレビを観たりすることで、背景やディテールを知識として補完していったわけである。

 そのおれたちの世代(三十代後半〜四十代後半くらいとしておこうか)が感覚的に忘れがちなのは、おれたちが生まれたのは、まだ戦争が終わって二十年そこそこの“戦時の記憶も生々しい”時代であったということなのだ。まだ日常に戦争の痕跡が存在した。大人たちの意識の中に、明確に存在した。中年SFファンなら実感できると思うが、“サイバーパンクってのに初めて触れたとき”を思い出してみてほしい。それが“約二十年前の出来事”を思い出すという感覚なのである。つまり、おれたちが生まれたころの大人は、おれたちがいまサイバーパンク出現を思い出すくらいの感覚で、戦争を思い出していたわけである。

 終戦から六十年というのは、若い世代が、戦争体験者から直接話を聴けなくなるぎりぎりの時間幅だろう。おれの親の世代でも、戦時中は子供にすぎない。おれの母なんぞは、べったり京都にいたもんだから、第二次世界大戦の生々しい記憶はあんまりないのだ。“先の戦”は応仁の乱だと思っている。おれの婆さんは、よく戦争の話をしていたけれども。いまの十代〜二十代くらいの世代が、どのくらい“日常の中で戦争のかけらに触れているか”は、推して知るべしである。

 おれたちの子供のころは、子供向けのヒーロー番組にすら、戦争の痕跡が色濃く残っていたし、また、クリエイターたちもそれをそのような場ですら表現しようとしていたのだろう。

 おれたちにはどうも、直接戦争を体験をしていないという気後れがあるもんで、「戦争中はなあ……」という話はしにくいのだが、そういう気後れを感じる必要はないんじゃないか。おれたちは、“戦争体験者から直接日常的に話を聴く体験を持つ者”として、おれたちなりの“戦争体験”を語り継いでもよいのではないかと思う。

 面倒だし、うざいし、嫌がられるので、おれはついついそういう話題を避けてしまう傾向があるんだが、そんなことではいかんなあと反省した次第である。姪どもには、堂々と爺い然として戦争の話をしてやらんといかんよなあ。

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